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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
海上航行編
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85話「海は広く、未知に満ちて」

 右は海。左も海。

 前後はもちろん海。


 エルバルト港を出航して一時間。

 変わらぬ景色が、同じように繰り返し過ぎていく。


「……変わるものといえば……雲だけですかね……」


 体を上下に揺らしながら、エンブレイス号の甲板でアリーシアスが壁に背を預け足を投げ出し座っている。

 彼女は顔を上げ、口を半開きにしていた。


 別にボケっとしているつもりではない。


 身体もまた、揺らしたくて揺らしているわけではなかった。


「波が強いからな。で、気分はどうだ?」


 アリーシアスの隣に立ち、レイディルは視線を落とした。


 アリーシアスはレイディルへと視線をやる。


「レイディルが上下に揺れてますね……」


「オレが揺れてるわけじゃない……で?」


「気分……ですか。別に吐きそうとか、そんなのはないので大丈夫です……今は……そう、なんか気怠いだけで」


 アリーシアスは自分の顔をぐしぐしと手で撫で回す。

 そして指の隙間から前をじっと見つめた。


「揺れるのが得意じゃないんです。わたしは乗り物酔いをするわけじゃないです」


 目の前の少女は、聞いてもいないことを喋っている。


「確かに……機動馬車で速度出しても平気だったしな……」


 レイディルはポツリと呟いた。


「船が通常よりも高くて大きいことも原因でしょうか……」


「つまり、高くて揺れるのが苦手か……この甲板、そんなに高いか?」


「海面からここまで云(うん)メートル……視界が高い……」


 レイディルには彼女が言っていることがイマイチ実感できなかった。

 アリーシアスは大きく息をつくと、のっそりと立ち上がる。


「とりあえず……他のことをして気を紛らわせてきます。そうすれば自(おの)ずと……克服もできるでしょう……」


 彼女はそう言いながら、壁に手を付きフラフラと船内へ歩いていった。

 レイディルは一瞬、肩を貸そうかと思ったが、アリーシアスが鋭い目で見返してきたので、そっとしておくことにした。


「あくまで自力ってわけか……」


 レイディルはやれやれと、ため息をつきながら、甲板の様子に意識を戻した。



 広々としたエンブレイス号の甲板には、しっかり固定された機動馬車と、寝そべっているベイル、そして何人もの騎士の姿が見えた。


「みんな、暇つぶしかな?」


 ぐるりと見渡すと、とある二人組の姿が目に付いた。


「あれは……」


 レイラと部下と思しき女性。

 女性は本を片手に、レイラと何かを話し合っているようだった。





「そう、ですね。大隊長の魔術は『風』なので……でしたら、こう剣を起点に──」


「あ、えっと……う、上手く……いくでしょうか……?」


 話し合う二人の邪魔にならないよう、レイディルはそっと近づいた。


「あっ、レイディルさん」


 しかし、その気配をレイラは鋭く察知し振り向いた。


「すみません、お邪魔して」


 レイディルが頭をかき申し訳なさそうに言った。


「いえ、良いんです。あ、今、この方とお話をしていて……」


 レイラはひらりと手で女性を示した。

 レイディルはぺこりとお辞儀をする。


「私、しっかり見ていました、レイディル君。港での挨拶を。いやはや、感心しました」


 彼女──エルネは言いながら、ハッとしたように目を開いた。


「おっと、失敬……申し遅れました。私はエルネ。

エルネ・グランシェ。

中隊長を任されています。二級魔術師です」


 エルネはにこやかに言うと、胸に手を当て深々と頭を下げる。

 長い髪が彼女の動きに合わせて流れた。


 ふと、レイディルは彼女に目を向けた。


 やや横幅のある目は、落ち着いた印象を与える。

 左のもみあげは三つ編みに結われ、おしりまで届く長い髪が風に靡いていた。

 彼女は魔術師らしくローブを着ている。

 しかし、一般兵の黒とは色が違う。少し暗めの白をしており、遠目からでも視認しやすそうだった。


「これはこれはご丁寧に……それで、師匠。なんの話を?」


「師匠じゃないです……えっと、ほら、私の剣は対人という話したじゃないですか……そのことで、あの……エルネさんに」


「剣と魔術を組み合わせた技を使う国があるという話を聞いたのです。あっ、これカラヴェルサのことなんですけどね。

……で、大隊長は自身の剣で、ギガスに対抗するために、何か良い手段がないかと私に相談を。

という次第です」


「それでなにかいい案ありました?」


 レイディルの質問にエルネは肩を竦め、レイラは首を振る。


「仮説の段階ですね。まだ。

魔術が剣に乗るとは限りません。それに有効かどうかも」


「まずは、一つずつ……一歩ずつ、です!」


 レイラは胸の前でぐっと拳を握ってやる気を見せた。

 その横でエルネは思い出したように、手をぽんと叩く。


「そういえば──報告を読んだのですけれども、レイディルさんは魔獣を見たことがあるとか」


 突然のことにレイディルは頭を捻る。


「魔獣……? 魔獣……魔獣……」


 うすぼんやりとした記憶を辿る。


「はて……見かけたような……」


「トレルムの森です。その報告書は」


 エルネの言葉に、レイディルはハッとした。


「あー! あれか! でも、正直言ってあの時オレ限界ギリギリだったんで、あんまり覚えてないですよ?」


「構いません、それでも! 是非お話お聞かせください!」


 勢いよく身を乗り出すエルネに、たじろぐレイディル。


「彼女、魔獣のこと詳しくて……色々本を読んだり話を聞き集めているみたいなんです」


「はい、魔獣の情報を本のみならず、蒐集(しゅうしゅう)しております。ライフワーク、といっても過言ではないですね」


 レイラの言葉を補足するようにエルネが言う。

 そんな彼女は誇らしげに胸を張っていた。


「そういえば、ジルさんが『ヒポグリフ』って呼んでたっけ……」


 レイディルは出来るだけ当時のことを思い出し、彼女に伝えた。


「『ヒポグリフ』ですか……珍しいですね。

いえ、魔獣自体、珍しいのですが……鷲と馬の合わせ技、みたいな外見、良いですよね」


 エルネは腕を組み、しみじみと呟いた。


「それに、ジルさん……あぁ、あの高名なジルベルト・ルルアノークさんですね。一級魔術師の」


「ざ、残念ながら……今回の作戦には……不参加のようですが……」


「港での戦略級。凄い光景でした。

ご本人に会えないのが残念ではありますが……」


 レイラの言葉に、エルネは至極残念そうに項垂れる。


(アップダウン激しい人だな……)


「そういえば、ジルさんはともかく──エルネさんの服装、他の騎士とは少し違いますね」


 エルネの服装は、灰白色のローブこそ他の騎士たちと異なっていたが、その下に着ている上着は同じものだった。ただし、下半身は他と違いロングスカートを履いている。


「これですか。中隊長ともなると、ある程度、服は好きにできるんです。大隊長ほどではありませんが」


 エルネ曰く、中隊長にはローブや上着の襟と袖に、それぞれ好きな差し色を入れられ、ボトムは好きなものを着用できるとのことだ。


「ともあれ、部下から見つけられやすいのは良いんですけれど、目立って狙われやすくもあるんですよね」


 つまり、中隊長はそれ相応の実力を保持している必要があるということだ。


 その話を聞き、レイディルはレイラを見た。


 彼女は確かに他と一線を画す格好だ。


「なるほど」


 大隊長ともなれば、なおさら。

 レイディルは納得がいったかのように、短く呟いた。


「しかし、レイディルさん。魔獣を見られたのは運が良いです。今やほとんど見かけませんから」


 エルネは海風に揺れる髪を抑えながら切り出した。


「なんか、アリーシアスが魔獣のこと言ってたな……なんだっけか」


 トレルムの森でアリーシアスが言っていたことをレイディルはなんとか思い出そうとした。

 だが彼は疲弊していたため、その時のことを詳しく思い出すことは叶わなかった。


「魔獣大戦、ですね」


 エルネは腰に手を当て、胸を張った。


「約三百年前、突如、世界各地の魔獣が人類に牙を向き、この世界は存亡の危機を迎えました。

しかし人類も黙ってやられるわけではありませんでした。

各地で実力のある者を中心に一致団結。

これにより、魔獣の大半は狩り尽くされたと言い伝えられています」


「あー、それだ……」


 レイディルは朧気な記憶の中、アリーシアスが言った言葉を思い出す。

 “狩り尽くされた”と。


「昔はそこで名を上げた人たちなどを、英雄と呼んだそうです」


 エルネは腕を組み、「もったいないですね」と一人唸っていた。


「それじゃあ、あの時のヒポグリフとかいう魔獣は珍しいんですね」


「世界の片隅には、魔獣の生き残りがいるとされていますが……レイディルさんの言う通りですね。珍しい」


 エルネはどこか惜しむような表情を浮かべていた。

 本当に魔獣が好きなようだ。


「あ、あとは、アルバンシア(我が軍)で使っているフィオルーナも……一応、魔獣……です」


「もっとも、フィオルーナに関しては、強力な魔獣というよりは、『“魔力感知”ができるため“魔獣”としてカテゴライズされている』に近いでしょうか……戦闘力皆無ですしね」


 二人の解説に、レイディルは「そういえばそうだった」と小さく声を漏らした。


 船が一度、大きく揺れる。


 どうやら大きな波とぶつかったらしい。


 エンブレイス号は船首で波を押し分け、何事もなかったかのように進んでいく。


「さすが最新式だ。この程度はへっちゃらか」


 レイディルは感心したように船首を見やった。

 そこでハッとした。


 船が大きく揺れたということは、アリーシアスは今どうなっているのか。


「すいません。お話ありがとうございました。

オレちょっと船内に行ってきます!」


 レイディルは二人の返事も聞かず、慌てて駆け出した。





 レイディルは船内へと入る。

 しかし、彼女がどこへ行ったのかは分からない。


 とりあえず片っ端から探してみることにした。

 その廊下の途中でクラウス博士と鉢合わせる。


「おっと、レイディル君。慌ててどうしたんだい?」


「あー、いや……アリシア見かけませんでした?」


 アリーシアスの状態が気になっているとは、わざわざ口にすることでもない。レイディルは目的をついはぐらかしてしまった。


「うーん……見てないな」


 視線を上にやり、心当たりを探るクラウス博士。

 レイディルは博士のその手に持つ物に目がいった。


「あっ、それメカフィオルーナ!」


 港で見せてもらった、フィオルーナの能力を機械で再現したもの。


「ああ、うん。遊撃隊の皆の魔力は登録できたからね。次は大隊長殿を、と思ってね」


 レイディルは出航直後、自分やアリーシアス、マリーも登録したことを思い出した。


「少しでいいので、使わせて貰えませんか!?」


「い、良いけど……」


 クラウス博士は押され気味に答える。

 するとなにかに気づいたようににこりと笑った。


「ああ……そうかこれを使ってアリーシアス君を探すのか。よし、良い試験運用になるね。やってみてくれ」


 クラウス博士はそう説明し、機械の鳥をレイディルへと手渡した。


「いいかい? メカフィオルーナは一度魔力を込めて起動させるんだ。そして追いたい人物の名前を言ってくれ」


 レイディルは言われた通り、丁寧に魔力を機械の鳥に流し込む。


 そして──


「悪い。アリーシアスの所へ案内してくれ!」


 レイディルはメカフィオルーナに向かって、呼びかけた。




 メカフィオルーナは飛ぶ。

 船内の廊下を目線より少し高い位置で。


 レイディルは走って追いかけた。


(凄いな、天井の高さを認識してるのか……それに船内の狭さに対応して、飛ぶ速度も調節してるみたいだ……)


 目の前を飛ぶ機械の鳥を観察しつつ、置いていかれないように走る速度を上げた。


 廊下の途中、人とぶつかりそうになるも、すんでのところで身をひねり躱した。


「すいません!」と大きな声を上げながら、レイディルは下の階へと降りる。


「廊下を走るなってよく言われるわけだな……」


 そんなことを言いながら、降りた先の廊下を真っ直ぐに走る。

 途端、船がまた一度大きく揺れた。


 レイディルは危うく体勢を崩しかけ、倒れそうになるが、壁の手すりを掴みなんとか耐えた。


「っ……海ってこんなに揺れるのか……」


 レイディルは愚痴にも近い声を、ついひとりごちる。


(こんなに揺れるんじゃアリシアがどうなってるか)


 彼はそう考え、視線を前へと向ける。


 メカフィオルーナが右へと曲がり、部屋に飛び込んだのが見えた。


「な、なんです? メカ……ルーナさん……?」


 部屋の中から少女の声が聞こえた。


「どうやらゴールみたいだ……」


 レイディルは走るのを止め、メカフィオルーナから少し遅れて部屋へと入る。


 そこではアリーシアスとエリオスが、机を挟んで話をしていた。


 突然やってきたレイディルに、アリーシアスは不思議そうな顔をする。


「どうしたんですか? 汗までかいて……」


「いや……メカフィオルーナの試験をしようと思って」


「船内で、ですか?」


「そう、船内で」


 アリーシアスはレイディルの思っていたよりも平気そうだった。


(船が結構揺れたから心配で……とは言えないな)


「試験は出来るうちにやっとかないとな」


「はあ……」


 アリーシアスはいまいち腑に落ちない表情を見せる。


「で、珍しい組み合わせだけど、エリオスさんと何を話してたんだ?」


 これ以上、突っ込まれても困るのでレイディルは話題を変えることにした。


「ああ、彼女──アリーシアスちゃんは……」


 言いかけてエリオスが一度言葉を切った。


「……おっと、今は作戦中でもないし、君らとはもう面識が出来たから敬語はやめておくけど、いいかな?」


 わざわざ断りを入れるエリオス。


「律儀ですね」


「ははは、お互いにね」


 レイディルにそう返され、エリオスは大きく笑った。


「で、だ。その彼女がね、俺の二種混合魔術が気になるらしいんだ」


 エリオスは話を本題に戻す。


「二種……なんですそれ?」


 エリオスの返答に、レイディルは間の抜けた声を出す。


「そういえばレイディルは、あの時ダウン寸前でしたっけ」


 あの時とは、エルバルト港での皇帝の大型ギガスとの戦闘の時だ。

 レイディルは意識こそ保っていたものの、ギリギリの状態だった。


「二種混合魔術とは、平たく言えば魔術の並行使用だ。異なる属性の実行言語を織り交ぜて放つ。言わば技術(スキル)だね」


「そうです! それはやっぱり構築する時のイメージも同時に出力を?」


 二人の間でなにやらレイディルには理解し難い話題が始まった。


「そうだな……ただ、実行言語も何でもかんでも混ぜればいいもんじゃなくて、しっかり適合する文字配列がある。構築に関しては右手で絵を描きながら、左手で筆記をする。そんな感じか」


「器用でなければ難しいといった感じですね……」


「自慢じゃないけど器用貧乏だと自負しているよ」


 アリーシアスの言葉を受け、エリオスはハハハと笑って答えた。

 その傍でレイディルはちんぷんかんぷんな顔をしている。


「で、アリシアはその二種なんたらを使いたいってことか?」


 そこでレイディルは、自分にわかる話を切り出した。


「いえ、魔術関連なので興味があるだけですね。おそらくセンスが問われるものでしょうし……まぁ、使えるなら使いたいものですが」


 アリーシアスとしては珍しい答えだった。


「魔術に関しちゃ『なんでもドンと来い』なのかと思ってた」


「いえいえ、治癒とか解析はわたしだって門外漢ですからね。出来ないことはありますよ」


 二人のやり取りを笑ってみていたエリオスが口を挟む。


「まあ、才女ちゃんならそのうちできるかもね。

それより器用さでいえば、レイディル君こそ目を見張るものがある。と、俺は思っている」


 エリオスが頬杖をつきながら、レイディルを真っ直ぐ見据えた。

 レイディルは予想外の言葉に「はぁ……」としか答えられない。


「だってそうだろう? あのヴァルストルムの操縦はかなり厄介だという話じゃないか。俺もグレーオールに聞いただけだが……それこそ魔力の並行運用と言うべきか」


 エリオスは空いた右手をレイディルへと向ける。


「ヴァルストルムを解析しつつ、胴体内の動力線を魔力で繋ぎ、操縦もする。

なんだったら今の君はそこに防御魔術まで重ねて使うほどだ。これを器用と呼ばずなんと呼ぶ?」


 エリオスは目を細める。

 どこか楽しそうに。


「あ、えっと……じゃあ、もしかしてオレは上手くやれば二種混合魔術を使えると?」

「いや、それは無理だろう」


 期待の籠るレイディルの眼差しを、エリオスは瞬時に打ち砕いた。


「一度、とある人から相談されてね。君は魔術のイメージの出力が苦手と聞いている。だから無理だ」


「は、はぁ……」


 思わせぶりに話を振られたが、梯子を外されてしまったようだった。


「とある人……それでエリオスさんはなんて答えたんです?」


「そこは、国の機密事項に触れるため黙秘ということにしといてほしい。

まぁ、俺も忙しかったし、今やレイディルには優秀な魔術の先生がいるんだろう?」


 エリオスはアリーシアスをチラリと見て、話を続けた。


「だから介入する必要はないと思って断った」


 おそらくアリーシアスにはとある人のことがわかっているのだろう。

 なのに、エリオスは話さない。そんなエリオスを彼女はジトっとした目で見ていた。


「おっと、いらない話をしすぎてしまったようだ。ってことで、俺の話は忘れてくれ」


 そう話すエリオスは肩を竦めて苦笑した。


「そんなわけで、戦略級魔術も一級魔術も使えない二級魔術師の俺だけど、器用さのお陰で、大隊長をやらせてもらっているよ」


 自虐する大隊長の言葉を聞いたのか、部屋の入口から数人の騎士が声をかける。


「大隊長が器用だけの人間なら大隊長やれてませんって」

「あの人、すぐああ言って自虐風自慢するからな」

「温泉バカだしなー」



「……ずいぶんな言われようだ。って温泉は関係ないだろ! 温泉は!」


 エリオスは勢いよく席を立つと、そのまま部下たちの方へズカズカと歩いて行ってしまった。


 残されたレイディルとアリーシアスは、顔を見合わせる。


「まぁ……好かれてるってことだよな」

「ですね……」


 エリオスが去ったあと、レイディルは何気なくアリーシアスの顔を見た。

 好きな魔術の話題を話していたからか、調子の悪さは今はまだ大丈夫なようだった。


(しかし、アリシアも二級魔術師なんだよな……中隊長や大隊長と同じ……)


 そんな考えで彼女をジロジロと見ている。


「なんです……?」


 あまりにもレイディルが見るものだから、アリーシアスは半目で聞き返してきた。


「いや、凄いもんなんだなと……」


「……なにがですか」


 レイディルがなにか言おうと口を開いた瞬間。


 船がまた上下に揺れた。


「うっ……」


 集中力が切れたのか、アリーシアスが嫌そうに顔をしかめる。


「んー……まだしばらくは海の上だし、この調子だとアリシアが疲れるばっかだな……」


 レイディルは顎に手を当て考え込んだ。


「そうだ。海のことは海の人に聞け!

マルクスさんに相談してみるか」


「そこまで大変なものでもないです……」


「対処法とか応急処置とか、聞いとくだけ聞いて損はないだろ?」


 レイディルの提案に若干不服そうなアリーシアス。

 彼女の反応は置いておいて、レイディルたちは操舵室へ向かうこととなった。





 軽くノックをし、中から返事が返ってくるのを確認してから操舵室の扉を開ける。


 中は横と前面がガラス張りになっており、船からの眺めは良さそうだった。

 そのガラスの前には双眼鏡を手にした観測手が立っており、船の周囲を常に見張っていた。


 左手にはテーブル。

 その上に海図が広がっている。

 傍に立っているのは海図や進路、位置を確認し、船の針路を判断する航海士だろう。


 中央には舵。

 舵輪を操っているのはサンライズ・リムナントの副船長、マルクスだ。

 彼の右手には台があり、その上には伝声管がいくつも並んで固定されていた。


「よく来たなレイディル。あと……魔術のお嬢ちゃん」


 部屋に入ると、マルクスは視線を前方から外すことはなかったが、快く応対してくれた。


「おおー、これが最新の船か」


 レイディルは思わず感嘆の声を上げる。

 だが、ハッとなりすぐに元の目的を思い出した。


「っと、今はそうじゃない」


 首をブンブンと振るレイディル。


「で、なんの用なんだ?」


 マルクスはニヤリと笑う。


「実は──」




 レイディルはアリーシアスの状態を説明した。

 マルクスは舵輪から手を離さず、フンフンと相槌を打つ。


「そりゃあ船酔いとはまた違うな。

船酔いなら安静にしてるとか、風に当たるとか、水平線を見つめるって応急処置もあるが……」


 マルクスは言い淀む。


「あれか、お嬢ちゃんは高いとこで揺れるのが……あー……ちょい苦手なんだな」


「苦手……」


 マルクスがなにか言葉を選んだ様子を感じ取り、レイディルは呟いた。


「だったら……」

「だったら?」


 マルクスの返答に、レイディルがオウム返しに聞く。


「慣れ、ですよ。慣れ……」


 そこで言葉を発したのはアリーシアスだった。


「だから、最初から自力で克服すると言っているでしょう。心配無用です」


「でもなぁ……」


 レイディルは困ったように眉を下げる。


「心配してくれるのは嬉しいですけど……わたしにも一応、秘策があるので」


「秘策? いつの間に……」


 アリーシアスは少し顔を赤らめる。


「さ、先ほど思いつきました……」


 その言葉にレイディルはこれ以上言っても仕方がないと息をついた。


 船がまた少し揺れる。

 今度はそれほど大きな揺れではなかった。


「うーむ……」


 しかし、マルクスは神妙な面持ちで前方を見つめていた。


「どうかしたんですか?」


「いや……波の様子がな」


 マルクスの言葉を受け、レイディルも前方を見る。


「自然相手だ、なんでも定石で測れるものじゃあないが……」


 マルクスは目を細め、歯切れ悪く言った。


「嵐が近づいてるわけでもねえ。風も弱い。遠方からのうねりがあるわけでもない……それなのに、波の動きがどうにも妙でな」


 マルクスはしばし言葉を切った。

 レイディルも目をこらして波を見てみたが何も分からなかった。


「杞憂であれば……いやなんでもない」


 マルクスはそれ以上口にせず、前方の海を見据えた。

 海では何が起こるかわからない。願望で異変を見誤るわけにはいかなかった。





 その後、二人はマルクスに礼を述べ、操舵室をあとにした。

 風を浴びたいというアリーシアスの希望で、再び甲板へと戻る。


 途中、クラウス博士に出会ったので、借りていたメカフィオルーナを彼へと返し、大隊長であるエリオスの位置も伝えておいた。



 緩やかな海風が頬を撫でた。

 アリーシアスは壁に背を預け、座り込む。


「心配はありません。まぁ、少し考え事するので」


 そう言って空を見あげた。


 レイディルが甲板に目をやると、ベイルの姿はもう無く、機動馬車の近くでマリーが手すりに体を預け、海を眺めている。


「マリーさん、なにか見えますか?」


 レイディルがマリーに近寄り声をかける。

 彼女はふるふると首を横に振る。


「面白いものはなんにも。

海はロマンチックだけれど、海しか見えないというのは、やっぱり暇ね」


 彼女はそう言って、船の後ろを見やる。

 視線の先には、暇を持て余したのか、はたまた真面目なのか、騎士たちが筋トレに励んでいた。


「じゃあお酒でも取って来──」


 言いかけたレイディルの口へマリーは人差し指を当てた。


「ふふっ、さすがにもう作戦中よ?

お楽しみは今度、ね」


「あっ、これは……すいません」


 レイディルは苦笑する。


「ディル君はどうするの?」


「んー、しばらくアリシアの様子でも見ておこうかと」


「そう。それがいいわね」


 ウィンプルが風に揺られる。

 マリーはレイディルを見て微笑んだ。

 そうしてまた彼女は何もない海を眺める。


 たとえ景色が面白いものでなくとも、彼女は彼女なりの楽しみ方をしているようだった。


 レイディルは船の行く先を見るように、船首へと目を向けた。


 その視界の端に、機動馬車が映る。

 荷台には、いつものようにヴァルストルムが黙して座していた。


(さて、アイツ(ヴァルストルム)はどんな暇の潰し方をするんだろうな)


 心の中で機械の騎士に語りかける。

 機械は暇など持て余さない。

 それが分かっていながら。


 騎士は見つめる。

 水平線をただ真っ直ぐに。

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