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83話「明日、海を越えて」

 降り注ぐ太陽。

 きらめく水面。

 穏やかな波。


 昨日から続く休息は騎士たちの英気を養っていた。


 浜辺ではマリーがパラソルの下、持参したラム酒をグラスに注ぎ、海を眺めながら楽しんでいた。

 マリーが身に着けていたのは、胸元で二本の布が交差し、そのまま首の後ろへと伸びるクロスフロントホルターと呼ばれる水着だった。

 黒い水着が、マリーの白い肌をより引き立てている。


 マリーが持っていたのは小さなグラスだったが、口へ運ぶ速度が早く、傍から見ればぐいぐいと呑んでいるように見えた。


「そこのおねえさん、おねえさん」


 背後から黄色い声がかかる。


「別に急いで呑んでいるつもりはないのよ?

ただコレが美味しくて──」


 マリーは声の主に対して、振り向かずに答えた。


「いえ……別に、呑み方について何かを言うつもりはないんですけど……」


 マリーが振り返るとそこにはアリーシアスが立っていた。

 彼女は頭に黒のキャスケットを被り、ロングシャツとニットベストを着ていた。


「あら、今日はひと味違うわね。可愛い」


 マリーは微笑みながら彼女の服装を褒める。


「ありがとうございます。せっかくなので新しい服を着てみ……いえ、わたしのことは良いんですよ。それよりレイディル知りません?」


「ディル君? そうね……見かけなかったけど……」


 マリーは口に指を当て、考えていた。


「街にも港にもいないみたいなんですよね」


「んー! ディル君を探すなら一番に確かめるところがあるじゃない?」


 マリーは何か思いついたように言う。


「……あっ、ヴァルストルムさん……ですか!」


 ヴァルストルムを載せた機動馬車が、どこに置かれていたかをアリーシアスは思い出した。


「それじゃあ行ってみます」


 彼女はそう言うと踵を返し、駆け出した。

 マリーはその背中を黙って見送る。


 途中、風でキャスケットが飛ぶのを、アリーシアスは慌ててキャッチしていた。


 その姿を肴にマリーは楽しそうにラム酒を味わっていた。





 アリーシアスは小走りに広場へとやってきた。


 昨日、機動馬車を停めた場所へ向かい、そこに馬車が残されていることを確認する。


「あれ……?」


 しかし、荷台に載せられていたはずのヴァルストルムの姿はない。

 そのとき、機動馬車の影からクラウス博士がのそりと姿を現した。


「おや、アリーシアス君。今日はまた可憐な格好だね」


 朗らかに笑いながら話しかけるクラウス博士。

 彼は見慣れない機械を手にしていた。


「ありがとうございます。それよりヴァルストルムさんはどこへ?」


「僕が来た時にはもういなかったね。まあ、あの大きさだ。街で話を二、三聞けば行先は直ぐにわかるんじゃないかな?」


 アリーシアスは少し「むーっ」と頬を膨らませると、博士に礼を告げ街へと駆け出した。


「やれやれ、元気だ。若いっていいねぇ」


 クラウス博士は言いながら疲労が蓄積した腰をトントンと拳で叩いた。






 岩礁に波が打ち砕かれ、飛沫が舞う。

 何度も波が打ち寄せる岩場。


 その波が不自然な波紋を立て、大きく広がっていく。


 波の音よりも大きく、水を分ける音を鳴らし、海を割って巨体の上半身が水面へと姿を現した。



「やっと見つけました!」


 岩礁海岸から少女の声が響く。


 ヴァルストルムがそちらに顔を向けると、アリーシアスが波に攫われないように、ヴァルストルムから少し離れた位置で岩に捕まっていた。


 彼女は器用に岩場を移りながら、ヴァルストルムへと少し近づく。


『今から上がる。濡れないよう気をつけてくれ』


 レイディルはそう言うと、ヴァルストルムの腕を波が立たないようゆっくりと突き出し、手のひらに彼女を乗せた。


「うっ……揺らさないよう……」


 レイディルはアリーシアスの言葉に合わせ、ゆっくりとヴァルストルムを海から上げる。


 そのまま安定しそうな足場を探すと、ヴァルストルムを跪かせた。


 手のひらを水平に胸元へと移動させる。

 そしてハッチを開けると、レイディルは顔を覗かせた。


「その服……いつかの……?」


「あっ、気付きましたか? 以前王都でレイラさんに買ってもらったものです」


 アリーシアスは袖を持って腕を軽くあげる。

 そしてチラリとレイディルへと視線をやった。


「……ん? あぁ、似合ってる」


 アリーシアスはその言葉にヨシと頷いた。


「レイディルは海にいるというのに、なんだかふつーの格好ですね」


「まぁ……これでも一応、いつもとは違う格好はしてるんだが」


 彼はそう言って視線を落とした。


「ここからじゃレイディルの服、見えませんよ」


「そりゃそうか……」


「で、こんなところでなにを……?」


「前にヴァルストルムが海に入っても大丈夫かもって思って。丁度いいんで今その検証をしてた」


「もぉ……勝手にいなくなるからあちこち探し回りましたよ。街でも聞き込みしたり……」


「悪い悪い。で、アリシアは何の用なんだ?」


 レイディルに改めて問われ、アリーシアスは口を開いた。


「港──あ、桟橋なんですけど海賊さんたちがちゃんと直したみたいです。

で、その桟橋前で出港後の説明をするらしくシエナ姫がレイディルを呼んでました」


「オレだけ?」


「だってリーダーですもん」


「そう言えばそうだったな……」


 レイディルはそう呟くと、アリーシアスを地面へと下ろした。


「しかし、また急な……」


 彼のボヤキは、波とハッチの閉まる音によってかき消された。






 ヴァルストルムを機動馬車の荷台に戻し、レイディルは桟橋へと向かった。


 坂道の上から見える桟橋は見事にその形を取り戻していた。


 桟橋前に辿り着いたレイディルは、思わず声を上げる。


「デカイ……」


 彼の目の前にあったもの、それは……


「ようこそレイディル殿。いかがかな?我が船は」


 海賊の副長、マルクスがレイディルに声をかける。


「殿はやめてくださいよ殿は」


「しかし、あなたはお頭の友人。さらに対帝国において重要な戦力、機械騎士の操縦者と聞かされれば、敬意を払うべきでしょう」


「うーん……やりにくい……」


 マルクスは自身の髭を撫でながら片眉を吊り上げ、面白そうにレイディルを見やった。


「そんじゃ、やりやすい喋り方にしとこうか」


 そう言ってカラカラと笑った。


「しかし、これがアルバンシアが貰い受ける船……ですか。最新式だ……」


 レイディルは目の前の巨大な船をマジマジと眺めた。


「おっ、レイディルはコレがわかるのか」


 マルクスは嬉しそうに顔を綻ばせる。


「全長四十五メートル! 排水量八百トン! 左右には四門ずつ、計八門の砲を備え、船首にはこのラム!」


 彼は船体の前で大きく手を振った。


「蒸気機関で外輪を回し、最高速は二十ノット超! 燃料さえありゃ、帝国の動力艦にも負けねぇ! これが俺たちのエンブレイス号だ!」


「これなら、機動馬車も余裕で乗りそうですね……」


 レイディルは呆気にとられながら、巨大な船体を見上げる。


「まぁ、弱点がないわけじゃあないが……」


「燃料をバカ食いする……?」


「そう、その通り。戦闘航行ばっかりやってるとあっという間に素寒貧だ」


 マルクスはわざと首を振ってみせた。


「まぁ、そこは俺たちの腕でカバーしてみせるけどな」


 笑うマルクスにレイディルも笑顔で返す。


「でも、これは……海賊としては過剰ですね」


「ははっ、違いねぇ」


 レイディルの冗談めかした言葉に、マルクスも苦笑気味に答えた。


「あともう一つ──」

「はい、お二人さん。楽しい船のお話はここまで。

航海のお話に切り替えましょう?」


 マルクスが言いかけた時、盛り上がる二人の背後からシエナ姫が声をかける。

 見れば姫はシャツの上に前を閉じたパーカーを羽織り、下はハーフパンツという海に相応しいラフな格好だ。

 金の髪も邪魔にならないよう、アップにまとめ上げている。


 レイディルは黙ってその格好を見つめていた。


「……まぁ、海ですもの。海風も強いし、ドレスを着ていたらバサバサと邪魔でしょう? それに──」


 ジロリと上から下へ、レイディルを見返す。


「レイディルだって似たようなものでしょ」


「検証の時に濡れる可能性もあったんで……」


 レイディルはいつもの格好ではなく、上着を脱ぎ薄手の半袖シャツに濃い紺色のデニムパンツ、そしてスニーカーという楽な格好だった。


 レイディルの言葉に、シエナ姫はツンとした顔をした。


 姫に続きバーグレイ将軍とダイレルがやってくる。

 彼らはいつもの格好だった。


 さらにリヴィア、グレオール、レイラ、エリオス、リオルドもぞろぞろとやってくる。

 こちらは皆、海に合わせたラフな格好だ。

 シエナ姫はレイディルを見る。

 その顔はどこか「ほら」と言いたげだった。


「お前ら、その格好は……」


 バーグレイ将軍がなにか言いたげにリオルドたちを見た。


「いきなり呼び出されたんだ、仕方ねぇだろ。それにこんなとこでシャッキリとした格好で打ち合わせする必要も無いしな」


 リオルドは頭の後ろに手をやりながら、そっぽを向く。


「どうせなら将軍も気軽な格好になれば良かったのに」


「……わしゃこの服しか持って来とらん」


 グレオールの苦笑に、バーグレイ将軍は目を細めて答えた。


(急いで着替える必要はなかったな……)


 ダイレルは端っこで服の襟元を掴み、そんなことを思っていた。


「はいはい、服装はこの際どうでもいいから。

私が許可します」


 シエナ姫はそう言いながら、用意されていた机の上に地図を広げた。


「うむ。だがしかし、彼らは決して気を抜いてるわけではない、ということは信じて欲しい」


 ケイオン王がいつの間にか姫の横に立ってマルクスに対し弁明していた。


「わっ、びっくりした!」


 目を大きく見開くシエナ姫。

 その王の姿は、王冠を被り、マントを羽織る威厳に満ちた姿であった。


「……」


 シエナ姫は王へと視線をやった。

 何が言いたげな目。


「さて、それじゃあ皆集まったことだし……マルクスさんから航路の説明があります」


「あ、あぁ……はい……」


 それまで服装のことを言い合っていた一団を前に、マルクスは呆気にとられていた。

 急に話を戻され言葉に詰まる。


 リヴィアがマルクスの肩をポンポンと叩いた。


 がんばれ!ということらしい。


(本当なら海賊のお頭(リヴィア)が説明するべきなんじゃ)


 レイディルは心の中でそう思いつつ、気を取り直したマルクスの邪魔をするのも悪いと思い、胸にしまった。



「えー、さて……お集まりの皆さん。

向こうに渡るためにエンブレイス号は、まずこの海域を突破します」


 マルクスが地図の海を指で示した。


 目的地はエルバルト(この)港から真っ直ぐ北だ。

 しかし指し示された航路は、北上するのではなく、北東へ進路を取り大きく迂回する形だ。


「うん? 随分と大回りだね……」


 エリオスが首を捻る。


 マルクスが航路のすぐ左、西側を指でトントンと叩く。


「生憎とこっち側に少し行けば帝国の海域。

ひとたび発見されれば戦闘になるでしょう……まぁ、負ける気はしませんが、無駄に消耗するのも面白くない」


「しかし……で、あればもっと距離をとった方がいいのでは? その方が発見もされにくい」


 グレオールは地図の上を指でなぞりながら言った。


 その言葉にマルクスが困った顔をする。


「実は、その海域は……」


 マルクスが言うより早くリヴィアが口を開いた。


「そこに船を入れたものは、例外なく海の藻屑と化す……いわゆる一つの『魔の海域』と恐れられている場所なのです」


 リヴィアは両腕を胸の前へ突き出し、だらりとした手つきで揺らす。

 口で「ひゅ~どろろ」という効果音のおまけ付きだ。


「うむ、聞いたことがあるな……」


 バーグレイ将軍は思い出すように呟いた。


「そういうわけで、帝国の支配海域と魔の海域。

その間のギリギリを我々は行く、というわけです」


「その後は向こう側最南端の港……今は帝国領となっているセレスタ港から離れた位置に接岸、または船を沖に停泊させ、ヴァルストルムで港を攻略。安全を確保し船を港へ、と言った感じね」


 マルクスとシエナ姫の説明にレイラが手を挙げる。


「あ、あの……見たところ、目の前の船は、その……大きいとは思いますが、アルバンシア軍を全員は乗せられません……よね?」


 彼女の質問にマルクスは「もっともだ」と答えた。


「そこはそれ、エンブレイス号よりは遅いですが、大人数を乗せられる帆船をもう二隻用意してあります。

エンブレイス号は先行し、安全を確保。その後ろを帆船がついていく、といった形になりますね」


「あれ……貰った船は一隻って……?」


 マルクスの言葉にレイディルは引っかかりを覚えた。


「ああ、そうだな。だから帆船二隻は借り受けた」


 ケイオン王が、指で輪っかを作り答えた。


「上陸後は以前の説明通り、というわけですね」


 レイディルの確認にバーグレイ将軍が頷いた。


「んで、オレはどの船に乗るんだ?

まさか目の前のこのでかい船にオレも将軍も……全員が乗るわけじゃないだろ?」


 リオルドが気にしたこと、それはエンブレイス号に戦力が集中してしまうか否かだった。


「そこについてはある程度割り振ってある。

まずエンブレイス号には遊撃隊と大隊長二人。帆船一隻目にはワシ。二隻目にはグレオール。リオルドには二隻目を頼みたい」


 リオルドの投げた質問にバーグレイが答える。


「その編成には何か意味が?」


 地図に顔を向けたまま、ダイレルは視線だけを将軍へと動かした。


「これにはちゃんと理由がありまして」


 ダイレルの問いに、マルクスが口を開く。

 彼はレイディルを一度チラリと見た。


「エンブレイス号はそりゃあまあ速くて強い船なんですが、弱点もありましてね……」


 レイディルはマルクスが言いかけていた言葉を思い出した。

 『もう一つ』と。

 先程はシエナ姫によって中断されてしまったが、そのことだろう。


「蒸気船って見たことあります?」 


 その場の全員が首を振った。


「蒸気機関車なら王都にも走っていたが……」


 ケイオン王が思い出しながら呟く。


「あっ……煙突?」


 シエナ姫の言葉にマルクスは指をパチンと鳴らした。


「そう蒸気で動く限り目立つんです」


「つまり、いざと言う時に戦力を多めにしておきたい、と」


 蒸気船は航行時、煙突から煙を吐き出す。

 それによって帆船よりも帝国(敵)に視認されやすい。

 加えて、エンブレイス号は先行して港へ向かい、上陸することになる。

 ヴァルストルムで港を制圧する予定とはいえ、何が待ち受けているかは分からない。

 だからこそ、少し多めに戦力を割り振っている。


 とはいえ、戦力を一点に集中するわけにもいかない。

 絶対的な戦力であるリオルドを帆船に回したのは、そういった理由からだった。


「あ……」


 レイディルがつい声をあげる。

 皆の視線が一気に彼に集まった。


「どうしたのレイディル?」


「いや……すっかり忘れてたんだけど……」


 不思議そうにレイディルを見つめるシエナ姫に、彼は目を合わせて言った。


「向こうの大陸での連絡の取り合いってどうするのかなって……さすがにフィオルーナは使えないでしょう? 遊撃隊は移動するから伝書鳩も無理だし……」


 フィオルーナ──別名、導花鳥は、魔力を記憶して追跡できる希少な魔獣だ。いまでは百羽ほどしか残っていないため、遠征のために国外へ連れ出すのは難しい。

 伝書鳩も一所(ひとところ)に留まらない遊撃隊とは相性が悪い。


「そのことだけど、そうね。

原始的な方法ではあるけれど、各街に間者を潜り込ませて、連絡に使うのが現実的ね」


「それしかないですね……」


「なんだか難しい顔をしてるわね、レイディル」


 シエナ姫は、レイディルの顔を覗き込むようにして言った。


「何を考えているのか、分かるわよ。

……当ててあげましょうか?」


「……?」


「連絡速度が、今よりも圧倒的に遅い。でしょ?」


 レイディルは黙ったまま、少しだけ頷いた。


「そこは仕方ないでしょうな……他に手段があれば、良いのですが」


 バーグレイ将軍が口を挟む。

 しかし、その言葉の途中で──


 シエナ姫の肩に一羽の鳥が止まった。


「え、え、なにこれ?」


 シエナ姫は突然の来訪者に驚く。

 それもそのはず。形こそ鳥であったが、その身体は金属で出来ていた。



「その問題、僕が解決してみせましょう」


 驚く姫を尻目に、遠くから声がかかる。


 金属の鳥が姫の肩から飛び立ち、声の方向へと飛んで行く。


 やがて鳥は、声の主の腕へと止まった。


 現れたのはクラウス博士だった。


「さてさて、なんとか間に合わせましたよ。

僕の発明品、パート……いくつだっけかな?」


 クラウス博士は指を折り数えてみたが、答えが分からないと思ったのかすぐにやめた。


「こ、これは一体……」


 レイラが不思議そうに鳥を見つめる。


「簡単に言えば、フィオルーナを模した機械仕掛けの鳥、と言いましょうか」


「メカフィオルーナ……」


 クラウス博士の説明に、レイディルがつい言葉を漏らした。


「それいいね!」


 クラウス博士は嬉しそうにレイディルを指さした。


「まぁ機能的には登録者の魔力を感知して飛んでいくといった単純なものです」


「ああ……いつか言っていた連絡の解決策」


 シエナ姫は金属の鳥を改めて見つめた。

 クラウス博士は満足そうに頷いた。


「単純とは言いましたけど、これは結構優れものでしてね。

敵に発見されない高度を飛び、エノヴァテール大陸の広さは大体カバーできる……予定です」


「ずいぶん弱気だのう」


 バーグレイ将軍が目を細め博士を見つめた。


「ははは、近距離しか実験してないんで……概ね大丈夫だと思いますけどね」


 クラウス博士は頭をかきながら告げた。

 レイディルは博士に近寄り機械鳥をマジマジと見やる。


「気になるかい?」


「やっぱりこれって……」


「ご明察。ヴァルストルム君の駆動系の落とし込みだよ」


「あとで触ってもいいですか!?」


「もちろん。レイディル君の魔力も登録する必要があるしね」


 クラウス博士は機械鳥をレイディルの手元へ向けると、顔を上げた。


「あと──そうだな。将軍と補佐君。大隊長のお二方も登録が必要ですね」


 博士はそれぞれの顔を順に見て言った。


「これで連絡手段は解決ってわけですね。

上手く行けば……ですが」


 グレオールは片眉を上げ、顎に手を添えながら機械鳥を見つめた。


「……では、物資を積み込み次第、出港予定です。

恐らくは……明日の昼前には完了するでしょう」


 マルクスがエンブレイス号を見ながら告げる。

 視線の先には、せっせと荷運びをしている者たちの姿が見えた。


「出港前には騎士たちに私から言葉をかけようと思う。なにせ危険な場所へと向かわせるのだ」


 その目には、騎士たちを案じる思いが宿っているかのようだった。


「出港の前には、皆この場へ集まってもらいたい」


 ケイオン王はシエナ姫へと目配せをした。

 彼女は一つ、深く頷いた。


「それでは各自、休暇を楽しむもよし、心残りのないよう頼んだ」


 王の言葉を最後に、一行は解散となった。





 日は水平へと沈み、街の喧騒は凪へと消える。


 ただ少しの休養を楽しんだアルバンシアの騎士たちもまた、夜の帳と共に一日の熱を収めた。


 明日はアルバンシアを離れることになる。


 つかの間の静寂に誰もが身を委ねていた。



 そんな宵の街。



 レイディルは寝付けず、宿を後にした。


 海風に冷やされた夜気が肌を撫でる。


 大通りに差し掛かり、ふと周りを見回してみた。


 その建物には大きな斬り傷が横一文字に走り、上部がわずかにずれていた。


「ああ、ここはアーヴィングと戦ってたところか……」


 改めて街を見渡した。

 補修が間に合わず、未だ一部が崩れている街路。

 人手が足りず、建て直しもまだ進まない建物。


 更には広場から海へ真っ直ぐに続く、焼け爛れた街。


「これは……戦略級の跡か……」


 その威力に、レイディルの背中に冷たいものが流れた。


 それでも街は、人の営みは、また新たに進み出そうとしている。

 壊れた建物は修繕され、桟橋は新たに掛けられた。


(しぶとさこそが人間なのかもしれないな)


 レイディルはそんなことを考えながら港の方へと足を運んだ。






 波の音だけが響く一角に、少女は海辺の段差に腰掛け、星を眺めていた。


 その隣には金の髪を海風に靡かせる少女。

 彼女もまた何も言わず、月を眺めていた。


 コンコンと近くの壁を叩く音。


「こんな夜更けに天体観測か?」


 レイディルは二人の少女に声をかける。


「あぁ、レイディルですか」


 少女の一人、アリーシアスが振り返り、彼の名を呼んだ。


「レイディルこそ、夜更かしさんですね」


「まあ……明日、海を越えるからな」


 レイディルは自嘲気味に笑った。

 アリーシアスは海へと視線を向ける。


「夜の海は……暗いですね。

吸い込まれそうなほどに」


「ずいぶんとまぁ……感傷的だな」


「そりゃあ、明日、海を越えますからね」


 言葉を返しアリーシアスは少し微笑む。


「それよりも、珍しいことに、イリスが静かなんですよ」


 アリーシアスはそう言って、アルコイリスを見やる。

 隣に座るアルコイリスは、月から目を離し二人に顔を向けた。


「えぇ……」


 彼女は小さく声を発する。


「なんというか……明日、二人があっちに行ってしまうと考えると、こう……センチメンタル的なズーンとした気持ちがですわね」


「……オレにもわかるように話してくれると助かる」


 アルコイリスの言葉にレイディルは肩を落とす。


「まったく……雰囲気がないですね、イリスは。

えっと、私たちが遠征に行ってしまうので寂しいって言ってるみたいです」


 見かねたアリーシアスがアルコイリスの言葉を要約した。


「いえ、まぁ、そうですけど……それだけではなくて……だって戦場でしょう?」


 戦場、その言葉にレイディルは腕を組んで空を見上げた。


「そりゃそうだ」


「不安はないのですか?」


 アルコイリスは首をかしげレイディルに問いかける。


「不安だらけだな……」


 彼は眉を寄せ、珍しく即答した。


「だから、なんか街を歩いてみた。気晴らしに」


「私(わたくし)たちと似たようなものですのね」


 レイディルはゆっくりとアルコイリスに視線を向ける。


「でも今はもうちょっと楽観的かな?」


「と、言うと?」


「今さっき街をちゃんと見てきたんだけど、思ったよりは直っててさ。案外何とかなるもんなんだなって」


「はぁ……」


「なんていうのか……的確に言うのは難しいんだけど……心配事なんて、ある程度は何とかなるんじゃないかって。

例えば……帝国に支配されてる所は大丈夫なのか、とか、今まではアルバンシアの解放しか見てなかったけど、外はもっと酷いんじゃないかとか……土地勘もない場所で上手くいくのか。戦いだって……大丈夫なのか、とか」


 レイディルは頭をポリポリとかいた。

 自身の心を言葉にするのが難しい、と言わんばかりに視線を逸らす。


「ごちゃごちゃ考えてたけどさ……色んな不安の一つが、こうして案外何とかなってるところを見ると……難しく考えても仕方ないのかもなって。

そう思うことにした」


「つまりは……」


 アルコイリスが首を傾げる。


「なんとかなるってことだ」


 そう言ってレイディルはうんうんと頷く。

 自分に言い聞かせるように。


 アルコイリスは今一腑に落ちない顔をし、アリーシアスへと振り向いた。


「なんです?」

「アリーシアスはどうなのかしら……と」


 アルコイリスの瞳を見つめ、アリーシアスは視線を横に流し、目を細める。

 顎に手を当て、考え込んだ。


「わたしだって……出港前夜、何も思わないわけじゃないです。

自分でわがまま言ってついて行くんですけどね。

不安とか心配とか……そりゃあ、もう沢山」


 アリーシアスは小さく首を振った。

 そして再び星に視線を移す。


「でも、それでも、きっとわたしは遊撃隊《アルジェントシュヴァリエ》について行かなきゃならない……そんな気がするんです。

だから、今はとりあえず戦争とか戦いとか、そういうのは二の次って決めました」


 アルコイリスは眉を寄せ、難しい顔をした。


「そういうものですの?」


「……そういうもの……かもな」


 アルコイリスの言葉を受け、レイディルは目を伏せ、一度だけ頷く。


「なので──」


 アリーシアスは腰掛けていた段差から勢いよく飛び降り、前方へと着地する。

 そして二人へと振り向いた。


「明日はいつものように、うるさく笑って見送ってください」


「だな。その方がイリスらしい」


 レイディルとアリーシアスはアルコイリスへと顔を向け、笑った。



 港の夜は、ただ静かに濃さを増していくだけだった。

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