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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
王都・魔術学院編
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75話「彼女の魔術」

 アリーシアスとレイディルは、途中一課程生の教室へと行った。


 今日は登校しているというソフィを、いち早く安心させるためだ。


 (もちろん、アレのことは伏せて……)


 不安を煽るような情報を伝える必要はない。

 アリーシアスはそう判断した。


「というわけで、安心して大丈夫です。

もっとも帰りが遅くなるのはおすすめできませんね。

お化け騒動とは別に、夜道には夜道の危険がありますし」


 ソフィは身を縮こまらせながら、コクリと頷いていた。



 ソフィの表情が幾分和らいだのを見届けると、アリーシアスとレイディルは六課程生の講義室へと向かった。


 途中「年下には優しいんだな」と、レイディルが冗談めかして言っていたが、アリーシアスは口元を緩めるだけで反論はしなかった。


 講義室に着くと、クラスメイトにことのあらましを告げる。


「なるほどね。早速、校内新聞にしなきゃ!」


 クラスメイトの一人──以前、被害生徒のメモを渡してくれた女子が、話を聞くやいなや、自身の椅子に腰を下ろし紙に向かって作業を始めた。

 紙の上を走るペンは止まらない。どうやら、もう記事の構成を練り始めたようだ。


 この記事が張り出されれば、他の被害生徒達も安心することだろう。

 アリーシアスはそう思った。


「さて、それではイリス。わたしはもう行きますね」


 アリーシアスがアルコイリスへと向き直り、そう告げる。


「あら、ゆっくりして行けばよろしいのに」

「元々、学院長に会いに来たんです。あれから数日、もう戻って来ているでしょうし、本来の目的を済ませますよ」


 名残惜しそうなアルコイリスを背にし、アリーシアスは階段の方へと向かった。


「去る時までクールですわね」


 アルコイリスの言葉に、レイディルは眉を下げ笑っていた。





 レイディルもアルコイリスに一旦の別れを告げ、アリーシアスの後を追う。


 彼女は学院長室の前で、レイディルを待っていた。


「どうやら学院長は戻ってらっしゃったみたいです。と、言うわけで、行ってきますね」


「あぁ」


 レイディルの短い返事を聞くと、アリーシアスは部屋の扉を三度ノックする。


 「どうぞ」という声に従い、彼女は中へと入っていった。




------




「やあ、アリーシアス君。久しぶり。

数日空けていてすまなかったね」


 アリーシアスが部屋に入ると、四方五メートル程の部屋は、壁一面を埋め尽くす本棚に囲まれていた。

 部屋の中央には机が置かれ、そこに学院長は座っていた。

 その机の前には椅子が用意されていた。


 補佐はおらず、どうやら一人のようだった。


 学院長は、ゆったりとした青いローブをまとい、口髭を蓄えていた。短く切り揃えた白髪に、優しげな顔立ち。その目元には眼鏡がかかっている。


「この数日、どちらへ行かれていたのですか?」


 用意されていた椅子に腰掛けながらも、アリーシアスが疑問を口にする。

 すると学院長は顎を撫でた。


「うむ……その事については、公言は出来ないな……」


「……多方、国のお偉い人関連というところでしょうか」


 学院長の反応から、アリーシアスは予想を立てる。


「ははは、それに答えてしまえば、大体の事がバレてしまうだろう? そこは容赦願いたいものだよ」


 学院長は軽く笑って答えた。


「さて、本題に入ろうか」


 彼がそう口にすると、部屋に満ちていた雰囲気が若干、真剣味を帯びた。


「預かっていた資料には目を通しておいたよ。

うむ……光魔術、前例の無い事だ。判断が私に回ってくるのも頷けるな……」


 学院長は資料とにらめっこをしながら、呟くよう言った。


「本来ならば、これは魔術規定に基づき、等級や系統を定めるべきものだ。

更に魔術研究庁への登録を果たすところだが──」


 学院長はそこで一度、言葉を切る。

 そしてアリーシアスの顔を見る。


 彼女は眉間に皺を寄せ、難しい顔をしていた。


「普通ならば喜ぶ所だが、アリーシアス君にとってはそうではないようだね」


 学院長の言葉に、アリーシアスは軽く首を縦に振った。


「それで……学院長ならばこの術……《ルミナス・レイ》をどう評価しますか?」


「ふむ、そうだな」


 学院長は顎を軽く撫で、眼鏡のツルを持ち上げ直す。

 そして資料をじっと見つめた。


「私の意見としては、だが……今の情報だけならば『種別・攻撃』『属性・光』、威力は二級……いや、『一級相当』と言ったところか」

 

 一級魔術とは、戦略級を除けば最高峰の魔術だ。

《ルミナス・レイ》は絶大な破壊力こそ持つものの、都市を巻き込むような戦略級魔術には届いていなかった。


「……不服そうだね?」


 再度、アリーシアスの顔を見た学院長はそう言葉を漏らす。


「はい。色々と思うところはあります。

それは評価のことではなく、自身の未熟さ故、ですが……」


 アリーシアスが再現した《ラディアント・ブラスター》。

 《ルミナス・レイ》は大元には遥かに及ばない。


(本物なら数倍以上の威力がある……)


 未完成の己の魔術に対し、アリーシアスは自然と静かに唇を結んでいた。


「さて、アリーシアス君に聞きたいのだが──」


 学院長は資料をそっと机に置いた。

 そして両肘を机に突き、組んだ両手を口元の前に持ち上ると、じっと彼女を見据えた。


「通常、新術に対して魔術研究庁への登録が推奨されているのは知っているね?」


 これこそが本題。

 アリーシアスは黙って頷く。


「では、君はこの術を登録するつもりはあるかね?」


 魔術を魔術研究庁に登録すると、作成者の名をはじめ、系統、属性、等級、魔術名が資料へと残される。

 さらに術を構築する際の指針となる構築図、発動に必要となる実行言語、そして術の効果までが詳細に記録される。


 つまり登録とは、その魔術を後世へ残すということだ。


 一度、正式な新術として登録されれば、その資料は魔術師たちが閲覧できるものとなる。


 もちろん、記された内容を知ったところで、誰もが容易に扱えるわけではない。

 必要な魔力量や技量が不足していれば、術式を理解したとしても発動には至らない。


 学院長の問いに、アリーシアスは首を横に振った。


「学院長、わたしは登録するつもりはありません」


 アリーシアスはきっぱりと告げた。


「だが、いいのかね? 登録すれば君は歴史に名を残す事になるだろう。賢人として扱われる事にもなる」


「わたしはそんなものよりも、この未完成な術が知れ渡ることの方が嫌ですね」


 彼女は視線を一度、下に落とす。

 そして、また学院長の目を見据えて続けた。


「問題は『登録すると誰でも閲覧可能になる』という点です」


 アリーシアスは人差し指を立てる。


「それはこの国(・)だ(・)け(・)に留まらないでしょう?」


 目の前の少女にそう言われ、学院長は腕を組んだ。


「うむ、最もな話だ」


「各国でこの術が扱われる可能性がある。それは帝国だって例外ではないでしょう。

でしたら、わたしは拒否します」


 つまり《ルミナス・レイ》を使う者が、自分やこの国に牙を剥く可能性があるということに他ならない。


 だが、それだけではない。

 自分が積み重ねた時間も、試行錯誤も知らぬ者に、未完成の術だけを扱われること。

 それもまた、彼女が望まないことだった。


「名誉や名声よりも、矜持を取る……か」


「魔術師ですから」


 彼女の言葉に学院長は、笑顔を零した。


「ならば、固有魔術認定という形で登録にしよう」


 それは魔術の詳細を公開するものではなく、その術を生み出した者と、その存在だけを記録する制度だ。


「これならば、君が『光魔術を再興した』という事実のみ残せるだろう」


「言わば、必殺技と言ったところでしょうか?」


 真剣な表情で告げる少女に、学院長は一瞬目を丸くした。


「わっはっはっはっは! 必殺技か、なるほど言い得て妙だな!」


 そしてひとしきり笑ったあと、資料に目を落とす。


「よし。では、君だけの必殺技として登録しておこう!」


 そう言って、学院長は勢いよく資料に判を押した


 その直後。


 バァン! と、勢いよく学院長室の扉が開かれ、息を荒らげた補佐が飛び込んできた。


「が、学院長!」


「なにごとかね。騒々しい……」


 補佐の慌てぶりに、学院長は眉を釣り上げた。


「失礼いたします」


 補佐は机のそばまで駆け寄ると、その耳元で何かを急速に囁いた。


「なに……本当かね?」


 学院長の顔から悠々とした笑みが消え、目を見開いて立ち上がる。


「すまんな、アリーシアス君。 近況など詳しく聞きたかったのだが、そうもいかなくなったようだ」


「……?」


 アリーシアスが問い返す間もなく、学院長はローブを翻し、補佐を引き連れて足早に部屋を飛び出していってしまった。


 後に残されたのは、開け放たれた扉と、静まり返る学院長室だけだった。




------




 その少し前。


 いつものお決まりのように、手持ち無沙汰に扉の前で待つレイディル。


 彼は前回、瞑想をしていたらアリーシアスに引かれたことを思い出していた。


(他のことするか……)


 そう思い、右掌をじっと見つめ、魔力を収束させていった。


(格子状のイメージ……)


 幾束の魔力の線が編み込まれていく。

 それはひとつの板へと形を成した。


 魔力で編まれた壁。

 防御壁(ウォール)だ。


「よし!」


 魔術形成の、しっかりとした手応えを感じたレイディルはつい大きな声を上げてしまう。

 彼がしまった、といった感じで辺りを見渡す。


 すると廊下の奥から早足で近付く一人の人物が目に入った。


 学院長補佐だ。


 彼はレイディルを一瞥することもなく、学院長室の扉を開け放った。



 ほどなくして、部屋から補佐と学院長らしき人物が連れ立って出て行った。


(なんだ……? )


 廊下に残された足音が遠ざかっていったのとほぼ同時に、アリーシアスがひょっこりと顔を覗かせる。


 彼女はレイディルの掌をチラリと見ると、感心した表情を見せた。


「何かあったのか……?」


「さぁ? お急ぎのようで事情も話さずどこかへ言ってしまいました…… 」


 学院長の行動に、アリーシアスも首をかしげている。


「話自体は終わったので、問題は無いんですが……」


 アリーシアスは顎に手を添えながら呟いた。


「……出ていったのは学院長でいいんだよな?」


「ええ、そうですね」


「学院長が慌てるくらいのことが起きた……そう考えているんだな?」


 思案するアリーシアスを見たレイディルがそう問いかける。


「ご名答……はなまるあげちゃいます」

 

 アリーシアスは、そう言って人差し指をくるくると回し、宙にはなまるを描いた。





 学院長室を後にし、階段を降りるレイディルたち。

 横から勢いよく人影が飛び出してきた。


 あわやぶつかりそうになるも、人影は咄嗟に踏みとどまった。


「あ、あらアリーシアスじゃございませんの」


 アルコイリスはその場で足踏みをして名前を呼んだ。

 すぐにでも飛び出しそうな雰囲気だ。


「なんですか騒々しい」


「廊下は走らない方がいいぞ」


 アリーシアスとレイディル、双方から非難の声を浴びせられる。


「って、授業はどうしたんです?」


 お昼休みにはまだ早い時間。

 授業を受けているはずのアルコイリスが、この場にいることがおかしかった。


「お花摘み……とやらか?」


 レイディルがボソリと呟いた。

 その言葉に、アリーシアスは半目で彼をジロリと見た。


「それなら階段を下る必要はないでしょう」


 レイディルとアリーシアスのやり取りをよそに、アルコイリスは未だ足踏みをやめない。

 今すぐにでも走り出したい。そんな様子だった。


「いえ、違いますわ! 端的に話すと……えぇ……今は自習になりましたの。他の先生に声をかけられて、私(わたくし)のクラスの先生が血相を変えてどこかへ行ったのですわ」


 アルコイリスの説明にレイディルとアリーシアスは顔を見合せた。


「その反応、なにか知っていますのね!?」


 アルコイリスはアリーシアスの腕をガシッと掴んだ。


「え、なに!?」

「道すがら聞かせてもらいますわ!」


 有無を言わさず、アリーシアスを引きずるように階段を駆け下りる。


 階下へ消えていく二人を眺めながら、レイディルは頭を掻き、後を追った。




------




 三人は学院を飛び出し、街の入口へ向かって駆け出している。


「わたしとの面談が終わったあと、学院長は補佐に呼ばれ慌ててどこかへと行かれました」


 走りながらも、先に声を上げたのはアリーシアスだった。

 彼女は学院長室での出来事を大まかに説明した。


「なるほど……これで繋がりましたわ」


 アルコイリスは納得したように、両手をパンッと叩いた。


「実は先生方の会話が聞こえてしまったんですの!」


「ず、ずいぶん耳が良いんだな……」


 アリーシアスの光魔術の件といい、今回といい、よく次から次へと話題が耳に入るものだ──レイディルは眉をひそめながら感心していた。


「ええ、自慢でしてよ!」


 そんなレイディルの思いも露知らず、アルコイリスは実に素直に胸を張った。


 三人は繁華街へと駆け込む。行き交う人々の間を縫うように走り抜けながらも、足は止めない。


 アルコイリスは一つ息を整えると、話を続けた。


「街の入口に魔術研究庁の人が何人も来ているそうですわ。どうやら緊急の用件らしくて、先生も血相を変えていましたの」

「なるほど。それで、わたしたちも街の入口へ向かっていると」


 繁華街の石畳を蹴る足音を響かせながら、アリーシアスは状況を頭の中で整理する。


「学院長に先生……これは思っていたよりも大事かもしれませんわね」


 アルコイリスが往く道を見据え、表情を引き締めた。


「……ですが、なんでイリスがそんなに急ぐ必要が?」

「え……?」


 唐突で意外な質問だったのか、アルコイリスはきょとんと目を瞬かせた。

 しばし、アリーシアスがアルコイリスの瞳をジッと見つめる。


「あぁ……」


 そんな彼女の真っ直ぐな瞳を見て、アリーシアスは声を漏らした。


「街の一大事ともなれば、じっとしていられないってわけですか」


 心の内を見透かされたと言うのに、アルコイリスの表情はみるみる明るくなっていく。


「さすがですわ! よく分かりましたわね!」


 アルコイリスは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 彼女の表情を見たアリーシアスは小さく苦笑する。


(根っからのお人好しというか、なんというか……)


 アリーシアスは心の中で小さく息をついた。







 やがて街の入口が見えてくる。


 そこには何人もの人影が集まっていた。


 三人は速度を緩め、ゆっくりと近付いていく。


 距離が縮まるにつれ、その中に見覚えのある姿があることに気付く。

 

「学院の先生が何人かいますわね……」

「それに学院長ですね」


 現場には魔術学院の先生が数名と、街の衛兵の姿も見える。


 遠目では会話の内容までは聞き取れない。

 しかし、集まっている人数と、学院長たちの険しい表情から、穏やかな話ではないことだけは伝わってきた。


「学院長たちは、なにやら言い合いをしているみたいですわね……」

「と、すると対面が魔術研究庁の人ということですか」


 アリーシアスの視線の先には、学院長たちと向かい合うように、数名の人物が立っていた。

 彼らは通常の魔術師とは異なり、簡素でありながら、規律と格式を感じさせる衣服を身につけていた。

 それは以前、魔術研究庁で目にした服と同じだった。

 間違いない。彼らは魔術研究庁の人間だ。


「ん?」


 学院関係者と魔術研究庁の人間に混じり、一際異彩を放つ人影がレイディルの目に付いた。


「カトレアさん!」


 彼はつい大きな声を上げる。


 その声に気付いたのか、数人がレイディルたちはと視線を向けた。


「なんだお前たちは!」


 魔術研究庁の人間、その一人が一歩こちらに近付き声を荒らげる。

 その表情は切迫していて、余裕が無さそうだった。


「部外者は遠慮してもらおう!」


 そう言った男の目線は、アルコイリスのカフスへと吸い寄せられていた。


「月煌章……!?」


 男は驚きの声を上げ、そして続ける。


「失礼をした……月煌章を持つような優秀な生徒なら話は別だ!」


「な、なんですの?」


 手のひらを返すように態度がコロリと変わる。

 戸惑うアルコイリスをよそに、その様子を見た学院長は目付きを鋭くした。


「あんた、学生を戦力にしようとしとるのかね!?」


 身を乗り出し、魔術研究庁の男へと食ってかかる勢いだ。


「大体、私は忠告したはずだ! 事が終わればアレはさっさと解体しろと!」


 学院長の迫力に男は気圧され一歩下がった。


「いや、しかし、ですね……」


 男がしどろもどろになりながら何かを言おうとするも、言葉にならない。


 その態度に学院長は大きなため息をついた。


「はぁ……こうして話していても埒が明かん。

魔術師と衛兵を動員するしかなかろう……!」


 学院長はひとまず怒りを収め、この後の対応を提案する。


「そ、それで抑えられますかね……」


 学院長の提案に、魔術研究庁の男が言葉を漏らした。

 学院長は目付きを険しくし、男を見やる。



「あー……何が起きてるか話してくれるとありがたいんですが……」


 傍で聞いていたレイディルが、痺れを切らし両者の会話に割って入った。

 そんな彼を、先ほどの魔術研究庁の男──研究員は睨めつける。


 研究員の態度に、レイディルは後頭部を掻き、アリーシアスに視線を送る。

 アリーシアスは黙ってひとつ、首を縦に振った。


「えぇっと、オレたちは遊撃隊です。良ければ事情をお教え願いたい」


 レイディルは短くそう告げた。


 遊撃隊。

 その言葉を聞いた途端、一同の視線がレイディルたちへと一斉に向く。


 あの機械の騎士を駆る部隊である。

 しかもシエナ姫直属だ。


 そんな者たちのことを無碍に扱うことは出来ない。


 研究員は難しい顔をしながら一歩また一歩と下がった。


「はぁ……いちいち肩書きを持ち出さなければならない……なんとも、面倒なことですね」


 アリーシアスが小さな声でボヤいた。


「うむ、私から説明しよう」


 学院長がレイディルたちの前へ出る。


「実は……ここから十数キロ離れた場所で帝国の捕虜から聞き出した情報を元に、彼ら魔術研究庁の研究員は中型のギガスを何体か作り出したのだ」


 学院長の説明の最中、「中型」と聞いた衛兵たちが一斉にどよめいた。

「今初めて聞いたぞ……」そんな声があちこちから漏れる。

 そのざわめきを遮るように、研究員が口を開いた。


「ちゃんと形を成した……上手くいったんだ!

しかし……」


 彼は悔しそうに歯を食いしばった。


「だから、あの後解体するようにと言っておいたんだ……!」


 学院長は傍らの研究員を鋭く睨みつけた。


「まさか……こんなことになるなんて……」


 研究員はガックリと肩を落とした。

 他の研究員も同様に頭を垂れていた。


「術式が暴発暴走でもしましたか……」


 アリーシアスの言葉に、研究員が黙って頷いた。


「捕虜の言う通り、一手一言、間違いなくやったはずだ……だが、しばらくして作り出したギガスは暴走を始めた! 今まさにこの街に向かっている!」


「だったら、悠長に話をしてる場合じゃないでしょ」


 アリーシアスがピシャリと言い放つ。

 その指摘に研究員は「うっ!」と声を詰まらせた。


「今から教会にヴァルストルムを取りに行って間に合うか……?」


 教会の方角を見やりレイディルが呟く。


「そこは安心して頂戴」


 そんなレイディルにカトレアが声をかけた。


「そろそろ着く頃よ」


 カトレアがそう告げると、街の入口……ではなく、街の外周を大きく回るように東から機動馬車が猛烈な速度で走って来た。


 街中では速度を出せないためか、機動馬車は一度街を出て、大きく外周を回ってきたようだった。


 そして機動馬車は、レイディルたちから少し離れたところで車輪を滑らせ停止する。



「お待たせー! おっ、マリー君の言う通り、レイディル君もちゃんと来ているみたいだよ!」


 御者台の博士が洋々と声をあげると、キャビンの扉を開け、マリーが出てくる。


「でしょう? こういう時のディル君とシアちゃんの嗅覚は良いもの」


 ニコニコとしながらレイディルたちへと近付くマリー。


「先に魔術研究庁の方々と合流して、事情は聞いていたのよ」


 カトレアは落ち着いた様子で説明を続ける。


「だから、機械の騎士(アレ)が必要になると思ってね。マリーには教会へ向かってもらっていたの」


 カトレアはそこで一度言葉を切った。


「もちろんキミを信頼しての行動、だけれどね」


 そして彼女はレイディルへ流し目を送り、悪戯っぽく笑って見せた。


 笑顔を受け取り、レイディルは機動馬車へと駆ける。


 周囲の人間は、機械の騎士を、期待半分不安半分の目で見ていた。


「学院長ご不在だったのは、この件のためだったんですね」


 アリーシアスは視線をレイディルから離さずに、学院長へと問いかける。


「もはや隠し立てしても仕方ないことだね……あぁ、彼らの実験の監修をしていたんだよ」


 こんな大事になるのならば、解体するまで付き合っておくべきだったと学院長は悔やんだ。


「キミとの約束を先延ばしにしておいて、この体たらく……面目ない」


 メガネの位置を直しながら、学院長はアリーシアスへと視線を向けた。

 目の前の少女は目線を離さない。

 

「大丈夫ですよ。だって──レイディルがヴァルストルムさんを駆るんですから」


 アリーシアスは真っ直ぐな瞳で機械の騎士を見据えていた。



 やがて機械の騎士、ヴァルストルムが駆動する。

 跪いていた騎士は雄々しく立ち上がった。


 周囲から一斉に感嘆の声が漏れる。


「う、うごきましたわ! あんなに大きいものが、うごくんですのね!!」


 アルコイリスがもみあげの縦ロールを、ぴょこぴょこと跳ねさせながら興奮する。



「レイディル、メンテナンスして部品を交換しておいたけど、どうだい?」


 機動馬車の荷台下へと移動した博士が、ヴァルストルムに向かって声を上げた。


『少しバランスが変わったように思いますが──』


 拡声機能を介したレイディルの声が響く。

 巨大な機械から人の声が発せられたことに、またもや周囲から「おぉー」という歓声が漏れる。


 荷台から地面に降り立ったヴァルストルムは、地を二度三度踏みしめてみる。


『大丈夫みたいです。問題はありません』


 レイディルはそう言うと、ギガスがやってくるであろう方角へと、ヴァルストルムを向けた。


「武装は用意できなかったから無理はしないでね」


 博士が片手を前に出し、ごめんねというポーズを取った。


 ヴァルストルムは頭を縦に振り、軽く頷いて見せる。


 すると足元から声が響いた。


「お前……いや、キミ! す、すまんが中型ギガスは出来るだけ無傷で制圧してもらいたい……!

ようやく成功した物だ、貴重なんだ!」


 下を見ると、研究員がヴァルストルムへ近付き、必死に声を張り上げていた。


「この後に及んで……!」


 学院長が研究員を睨む。

 が、学院長の言葉をレイディルが断ち切った


『あぁ、はい。出来るだけ無傷ですね。やってみます』


 彼がそう答える。

 すると地平の奥から三体の大きな巨人の影が姿を表した。


「もう、ここまで!」


 学院長の頬に汗が流れる。


 影を確認するなり、ヴァルストルムは前へと歩を進めた。


 瞬間。


 地を滑るように巨体が唸りを上げ、影へと迫った。


 その挙動に、集まったものたちから三度(みたび)驚愕の声が上がる。


 その背を見守りながら、アリーシアスが研究員に問いかける。


「本当に術に間違いはなかったんですか?」


 急に問われた研究員は、慌てて首を振った。


「ほ、本当だ。何度も確認をした。間違いは無い……」


 研究員がそう告げる言葉に、学院長も静かに頷いた。


「捕虜が嘘をついている可能性はありませんの……?」


 横から興味本位でアルコイリスが口を挟む。


「いや、それはない! 取引をした上での開示だ! あの取引を破るメリットはヤツには無いはずだ!」


 アルコイリスの言葉を遮るように、研究員は声を荒らげた。


 どんな取引が行われたか、アリーシアスたちに知る術は無かった。

 しかし、研究員が言い切るからには破格の条件なのだろう。


「言い切りますわね……」


 アルコイリスは、研究員に対して少し呆れた顔で呟いた。


「であれば、術の成立には何か条件があるのかもしれませんね。それも、捕虜さん自身も自覚していないような何かが……」


 アリーシアスは顎に手をやり、思考を巡らせている。

 その思考をかき消すように研究員は喚いた。


「あの機械の騎士は大丈夫なんだろうな!?

武器も何もないんだろう!?」


 その必死の形相を見やり、アリーシアスはツンとした顔をする。


「まぁ、黙って見ていてください」


 その一言だけを残し、彼女は押し黙った。





 アリーシアスが研究員と会話をしている最中、ヴァルストルムはあっという間にギガスとの距離を縮めた。


 既にヴァルストルムの間合い。


 しかし、三体のギガスはヴァルストルムには目もくれず、街を目指し爆走を続ける。


「おいおい、無視か!?」


 ヴァルストルムの脇を抜けようとするギガス一体に対して、レイディルは足払いを繰り出した。


 一閃。


 放たれた蹴激(しゅうげき)はギガスの右足を払った。


 ギガスは勢いのまま、地を転げ倒れ伏した。


 レイディルは残り二体も続けて、地に叩きつけた。


 しかし──


 ギガスは倒れようとも起き上がり、なおも街へと迫ろうと歩を進め始めた。


「これは……まぁ、仕方ないな」


 ヴァルストルムは重心を低くする。


 進むギガスの背後から、地を這うような低さで突進を繰り出した。


 そして滑るように中空へと低空の飛び蹴りを放つ。


 先頭を走るギガスの、胴体が分かたれた。



「あ、あぁー!!」


 その光景を見ていた研究員から悲痛の声が上がる。


 ヴァルストルムはその声を拾っていたが、レイディルは気に止めることもなく、残り二体のギガスを鋼鉄の拳で粉砕した。


「うわ……」


 最初の一体を見たレイディルが、声をあげる。


 上半身と下半身に別れたはずのギガスは、手を、腕を使い、なおも街へと前進しようとしていた。


「さすがに少し気持ち悪いな……」


 ヴァルストルムはその上半身を思いっきり踏みつけ跡形もなく粉々にした。





 ギガスを制圧したヴァルストルムは、街の入口へと帰還する。

 レイディルは機体を跪かせると、操縦席から地上へ降り立った。


 すると先程の研究員が食ってかかってきた。


「お、お前! 出来るだけ無傷でって言ったじゃないか!」


 怒りと悲しみをぐちゃ混ぜにしたような顔で、迫り来る研究員にレイディルは表情ひとつ変えず、言葉を返した。


「ええ、だから『出来るだけ』やってみました。

街に被害が出そうだったので砕きましたけど」


「ーッ!!」


 その言葉を聞き、研究員は地団駄を踏みながら、声にならない声を上げる。


「私(わたくし)も聞きましたわ。貴方が『出来るだけ無傷』と言ったことを」


 アルコイリスが横から得意そうな顔をして口を挟んだ。


「うむ、私も聞いたな」


 学院長がしてやったりと言いたげな顔で答えた。


「言質ってやつですね。あきらめてください」


 アリーシアスがくすりと笑い研究員の肩を叩いた。

 研究員はガックリと項垂れ、膝から崩れ落ちた。




------




 その日は、ギガスの件が一段落したところで解散となった。

 街に被害はなく、ヴァルストルムの活躍により危機は去った。

 魔術研究庁の不手際については、後日あらためて学院長が問いただすこととなる。


 そしてその夜。


 教会のカトレアの部屋。

 魔道ランプの緩やかな光と月光が、部屋を染めていた。


「昼間は大変だったわね」


 カトレアは椅子に腰掛けながら、向かいに座りワインを飲むマリーへと声をかける。

 机には既に瓶が三本空いていた。


「そうねぇ」


 グラス片手にマリーは苦笑を浮かべる。


「でも、ディル君がいるんだもの。あの程度ならなんてことないって感じかしら」


「ふふ……随分と信頼しているのね」


 カトレアは自身のグラスにワインを注ぎ、微笑む。


「そういえば──」


 瓶を置き、カトレアが思い出したように呟いた。


「夕刻、王都から伝書が届いていたわよ」


「あぁ……そろそろだと思っていたわ」


 マリーは封筒を丁寧に開け、中の手紙を開く。


 そして、そこに書かれた内容を読んだ瞬間、表情を僅かに変えた。


「どうしたの?」


 マリーの僅かな感情を見逃さず、カトレアが訝しげな顔で尋ねた。


 マリーはしばらく黙った後、小さく呟いた。


「予想通り……帰還の催促状ってところね」


「……でも、それだけじゃないんでしょ?」


 それだけならばマリーがそんな顔をするはずがない。

 カトレアは「わかっている」といった顔をした。


 マリーは答えず、手紙を静かに閉じ、窓を仰ぎ見る。

 月の光がやけに眩しい。


 そしてため息を零した。


「……シアちゃんには、試練ってところかしら」


「?」


 カトレアにはその言葉の意味は分からなかった。

 しかし、マリーは口をつぐみ、それ以上何も言わなかった。

 ただ優しく、少し悲しげに微笑むだけだった。




 エングラム邸──


 静かな部屋の中で、アリーシアスは一人、窓の外の月明かりを眺めていた。

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