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鋼騎のヴァルストルム  作者: 小春ささら
アルバンシア反攻編
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第五十八話「車内は今日も騒がしい」

 先ほどまでの賑やかさはどこへやら。

 騒いでいた海賊たちはスゥーっと静かになっていた。


 リヴィアとシエナ姫へ、周囲の人間たちの視線が集まる。


「実はですね。アルバンシアとウチで同盟を組んでもらいたいと思い、やって来ました!」


 リヴィアは息を吸い、握りこぶしを作る。

 ぐぐぐっとその手に力を込め、胸を張った。


「そう──私たち対帝国海賊団サンライズ・リムナントと!」


 場の空気が張り詰める中でも、リヴィアの明るさは変わらない。

 その声音は、先ほどよりも力強く、真っ直ぐに響いていた。



「そもそもオレたちは、この付近の海に一際でかい帝国の船が来たって情報を得て、慌てて追いかけて来たわけです」


 そこでマルクスが一歩前に出て、言葉を引き継いだ。


「その規模の船なら皇帝本人、あるいはそれに準ずる者が乗っている可能性が高い。

隙があれば仕掛ける。難しくとも、可能な限り情報を持ち帰るつもりでした」


 淡々とした口調のまま、しかしその内容には海賊らしい大胆さが滲む。


「残念ながら入れ違いになったようですが──」


 マルクスはそこで一度、焼け跡の港へと視線を向けた。


「アルバンシアの港から煙が上がっているのが見えましてね。

帝国の艦影は既にない。ならば何があったのか確かめようと、上陸を決めました」


「港は壊れてたので、小舟で来たんですけどね!」


 リヴィアが明るく補足し、どこか得意げに胸を張る。


「来てみて驚きましたよ」


 再びマルクスが口を開く。


「どうやら皇帝が来ていたらしい」


 その言葉に、場の空気がわずかに揺れた。


「セイレオスはギガスの軍団に押しつぶされ、そこまで辿り着けなかった……」


 マルクスは小さく息を吐き、視線をわずかに落とした。


「カラヴェルサもそう……ステルバルデアはどうだったかな」


 三万の軍勢が皇帝一人に蹂躙された。

 少し前までなら、到底信じられない話だっただろう。


 だが今は違う。


 つい先刻までのあの怪物じみた光景を見たあとでは、むしろ当然とすら思えてしまう。


 だからこそ、今は誰もその話を広げようとはしなかった。


「だがアルバンシアは違った」


 マルクスの目が、真っ直ぐシエナへ向けられる。


「それを、この国は退けてみせた」


 短い言葉だった。

 だがその重みは、潮騒よりもはっきりと場に響いた。


「だから、アルバンシアと手を組む価値があると判断しました」


 その言葉を受け、リヴィアが一歩前に出る。

 明るい笑顔のまま、それでも瞳だけは真剣だった。


「なので、交渉は私がやろうと思ったんです」


 そう言ってリヴィアは胸に手を当て、どこか誇らしげに笑ってみせる。


「なんたって私の国ですから」


 そこでリヴィアは、自信満々に笑った。


「あと、お頭なもんで!」


 一拍置いたリヴィアは、足を大きく開いてぐっと腰を落とした。

 そのまま沖へ向けて両手を大きく差し出す。  

 遠く離れた海上に浮かぶ船影を、どうぞご覧あれと言わんばかりの大袈裟な仕草だった。


「もし同盟を組んでくれるなら、戦力として船を二隻お渡しできます!」


 リヴィアの言葉を継ぐように、マルクスが静かに口を開いた。


「見たところ、アルバンシアの船はほぼ全て破壊されたようですし。必要な戦力にはなるでしょう」


 マルクスは一度、沖の船影へ視線をやった。


「現在、《サンライズ・リムナント》は八隻を運用しています。

そのうち四隻を預かっているのが、今の我々──第二艦隊です」


 そこで彼は言葉を切り、わずかに頬をかいた。


「先程、第七艦隊と名乗ったのは、まぁ出自を明かすためですが……」


 少しだけ気まずそうに視線を逸らす。


「元と付けなかったのはご容赦願いたい……」


 自身の国が滅びたことを口にするのに抵抗があったのだろう。

 マルクスは小さく息を整え、再びシエナへ向き直った。


「そのうち二隻を、同盟の証として差し出す用意があります」


 シエナ姫はしばし沈黙し、そっと顎に手をやった。


「……確かに、その申し出は魅力的だわ」


 八隻の内、二隻。

 戦力の割合で見れば、それは破格の条件だった。


 だが──


「ただし、いくつか問題があるわ」


 視線をゆっくりとリヴィアたちへ向ける。


「あなたたちは対帝国を掲げているとはいえ海賊団。国として正式に関係を結ぶ以上、さすがにこの場で私一人が即断できる話ではないの」


 たとえ王女として今この場の全権を任されていようとも、それは個人で即断できる話ではない。


「それに……アルバンシアが今後、帝国とどう向き合うのかも、まだ方針が定まっていないわ……」


 それは国家の進路そのものだ。

 シエナはわずかに目を伏せ、海の向こうへ視線を流す。


「こちらから打って出るなら船は必要になる。けれど守りに徹するなら、その価値は変わる」


 シエナ姫はそこで一度言葉を区切る。


「だから──」


 顔を上げ、はっきりと告げる。


「この件は一度、王都へ持ち帰って協議が必要よ」


 その言葉を聞き、リヴィアはふむふむとうなづいていた。


「というわけで」


 シエナ姫はくるりと振り返り広場の方を見やる。


「ひとまず王都に戻りましょうか」




------



 ヴァルストルムがゆっくりと荷台に乗り、腰を落とす。

 やがて静かに機能が停止した。


 操縦席でレイディルが一息ついた。


「おつかれ、いやぁレイディル君以外動かせないから助かったよ」


 クラウス博士がヴァルストルムの足元へと近づき、声を響かせる。


「動かすくらいなら……なんとか……」


 そうは言いつつも、レイディルの肩は上下に大きく揺れていた。


「さて、あとは馬車に乗って帰るだけだ。

ゆっくり休憩するといい」



 そのやり取りを、少し離れた機動馬車のそばでリヴィアとベイルが眺めていた。


「おぉ……レイディルってばいつの間にあんなものに……」


 見慣れない物を見て、リヴィアは目をらんらんと輝かせていた。

 その横でベイルが腕を組み鼻を鳴らす。


「へへん、アイツはな、アレでめちゃくちゃ活躍してんだぜ!」


「なんでベイルが得意気なのさ」


 

 その二人のやり取りに、ひょこりとアリーシアスが顔を出した。


「それで……リヴィアさんは、交渉のために王都へ赴く、と」


「うん、里帰りも兼ねてね。あ、リヴィアでいいよ!」


 にこっと笑うリヴィアへ、ベイルが顎をしゃくった。


「あの厳ついおっさんらはどうすんだ?」


「マルクスさんたちはここで待機かな。船をずっと沖に停めとくわけにもいかないし、桟橋を直すって言ってた」


 そこでリヴィアは、えへんと胸を張る。


「あと復興の手伝いもお願いしといたよ!」


「意外にちゃっかりしてますね……」


 アリーシアスが半眼気味にそう漏らした、その時だった。

 そこへ、マリーに付き添われたジルベルトが姿を見せた。

 その後ろから、リオルドもゆっくりと歩いてくる。


「よお! 見送りに来たぜ。

ん? レイディルはあそこか」


 リオルドはそういい荷台のヴァルストルムを見上げた。

 昇降機に乗り降りてくるところだ。


 リオルドはひょいと軽くジャンプし、数メートルの高さの荷台の上へと飛び乗った。


「手貸すぜ」


 レイディルは照れくさいのか、頭を掻きながらリオルドの肩を借りようとした。


 だが彼はお構いなしに、レイディルを軽々と背に乗せた。


「ちょっ……兄さん! それは恥ずかしいって!」


「遠慮すんな! これが一番楽だろ!」


 リオルドはレイディルの照れを豪快に笑い飛ばし、アリーシアスたちの元へと飛び降りる。



「さて、ということで、だけど……帰還組は姫一行と、お嬢様たち遊撃隊と、そこの二人。あと将軍ね」


 レイディルとリオルドのやり取りを見届けてから、ジルベルトが視線を一同へ戻した。

 その両手は包帯でぐるぐる巻きにされている。


「将軍さんもですか?」


 意外そうに目を丸くするアリーシアスへ、マリーが肩をすくめる。


「これからの進退を決めるなら、軍事のことがわかる人は早めに戻ってもらいたいでしょ?

だからバーグレイさんは機動車二号に乗せるって、姫が」


「あと、軍はひとまず港で待機ね~。この後どう転ぶかわかんないし……」


 ジルベルトが淡々と補足する。


「あ、あのー……わ、私も帰還……です」


 おずおずと現れたのはレイラだった。


「レイラさんもですか?」


「剣が……その、ボロボロになったので。部下(みんな)が、大隊長は帰っていいって……」


「大所帯、賑やかになりそうですね」


 ジルベルトとレイラが一緒だと知って、アリーシアスの声音が少しだけ弾む。

 そんな彼女とは対照的に、元気よく挨拶を飛ばしてきたリヴィアにレイラはびくりと肩を跳ねさせていた。




------




「では、頼んだぞグレオール」


 将軍が機動車二号の入口に足をかけながらそう告げる。


「将軍がいない港番。なんだかのんびり気分ですよ」


 軽口を交わしながら、二人は短く別れを告げた。


 港に残る者たちの指揮はグレオールとエリオスが取ることになっている。


「エリオスさんの場合、隙あらば温泉を狙いそうね」


 機動車二号の奥からシエナがポツリと呟いた。

 早馬を使えばエルバルト港からカーネスまでなんとか日帰りができる可能性もある。


「まぁ……さすがに今はそんな無茶せんでしょう……」


 車内に入り、着席をしたバーグレイ将軍がフォローするが、いささかその言葉ぶりに自信が無さそうだった。




「んじゃ、王都でのんびりしてこいよ」


「そんな気楽な帰還じゃないって……」


 レイディルが苦笑すると、リオルドは肩をすくめて笑う。


「冗談半分ってヤツだ。

でも、ちゃんと休める時は休んどけよ。

こっちは港と海賊の様子を見とく。妙な動きがあったら、すぐとっちめてやる」


「んー、リオ兄は見張り役ってこと?」


 リヴィアが首を傾げると、リオルドは鼻で笑った。


「まぁ……念の為の保険、だな」


 その顔に、マルクスたちを疑う色はまるでない。


「兄貴の場合、面倒な指示を飛ばされるのが嫌なだけだろ?」

「だよねー」


 ベイルの一言に、リヴィアがカラカラと笑った。


「うっせ!」


 照れ隠しのように言い返したあと、リオルドは片手をひらりと振る。


「んじゃま、気をつけてな」


 その言葉に、レイディルたちも軽く手を上げて応え、機動馬車へと乗り込んだ。



 そうして、博士の運転する機動馬車とウェリティアの操る機動車二号が、港を後にした。


 二号車の車内は、将軍(バーグレイ)執政官(ダイレル)護衛役(ロルフ)まで揃ったせいか、どうにも空気がむさ苦しい。


 そんな空気から意識を逸らすように、ウェリティアは眼鏡を押し上げ、いつも通り猫背のままぐっと前のめりになってハンドルを握っていた。



------




 焼け跡の港を離れ山道に入ると、空気が変わった。

 つい先刻までは剣戟の音と叫び声、爆音が響き渡っていたこの道が、今はただ静かだった。


 傾き始めた陽光が木々の隙間から木漏れ日となって道に落ち、ところどころに残る土の抉れや焦げ跡が激戦の爪痕を物語っている。


 それでも穏やかな潮風が山肌を優しく撫で、遠くで小鳥のさえずりが聞こえていた。


 戦いの傷跡を残した山道を、機動馬車はゆっくりと、しかし確実に王都へと向かっていく。



 機動馬車の荷台休憩室。

 わずかな揺れが身体をゆっくりと揺らし、ベッドに横たわるレイディルの意識を心地よく沈めていく。


 その静けさの中、なぜかベイルまで当然のような顔で、レイディルの向かいに居座っていた。


「……なんでここにいるんだよ」

「えぇー、いいだろ……ここにいても……」


 ベイルは不満そうにグズる。


「だから、なんで」


 寝台の上で半目になったレイディルへ、ベイルは露骨に顔をしかめた。


「お前さー、客室の面子思い出してみろよ」

「……?」


 一瞬、レイディルはベイルがなにを言っているか理解できないような表情を見せた。


「アリーシアスの嬢ちゃんに、ジルベルトさん、リヴィア、マリーさん……あとレイラさんか」


 そこでベイルは深々とため息をつく。


「女子ばっかなんだよ。居心地わりぃよ……」


 あそこにはジルベルトがいる。

 ベイルにとっては、どうにも落ち着ける空間ではなかった。


「マリーさんとレイラさんだけなら、オレも喜んで向こうに行くんだけどな……ともかく、そういうわけで男子部屋に避難させてくれ」


(こいつ博士のこと完全に忘れてるな……)


 レイディルはそう思ったが、ベイルにとってはこっちの方が気楽なのだろう。

 それ以上は何も言わず、放っておくことにした。



 だが、ベイルは暇なのか、レイディルがうとうとしかけるたびに話しかけてくる。


「うるせぇ! 寝させろ!」


 その日一番の大声が、後方の荷台から馬車の中ほどまで響いていった。



------




 そんなこんなで出発の時間が遅かったため、エルバルトからトレルムまで距離もあり、いかな速い機動馬車といえど、街に着く頃には日はどっぷりと暮れていた。


 このまま走行するわけにもいかず、一行は宿を取ることにした。


 とはいえ、要人を何人も連れている一団、簡単な宿というわけにもいかない。


「まさか姫様や執政官がいらっしゃるのに、用意がないとはいきませんよ」


 と、ロルフ。

 彼は王都に出発することになった時点でこうなることを見越し、鳥をトレルムの街へと飛ばしていた。


 街は連絡を受け、王族が泊まるに値する宿泊所を用意していた。



 通された宿泊所は、さすが王族を迎えるだけあって、地方都市とは思えないほど豪奢だった。

 疲れ切った一行は、細かな感想を交わす余裕もなく、それぞれ割り当てられた部屋へと散っていく。



 明けて次の日。

 出発前に何やら馬車の周りでクラウス博士とウェリティアが話し込んでいた。


「どうだいウェリィ、君は気にならないかい?

僕は気になる」


「んー、そんなもんですかね」


「そりゃあそうさ、車体は機動馬車の前バージョンとはいえだよ? 君の拵えたあの舵輪……ハンドルと言うべきか。あれは面白い! 是非とも使ってみたいね」


「とどのつまり、馬車を交換しようってことでしょ」


「そうさ! 君も最新の衝撃吸収機構と機械馬シュタちゃんフォルちゃんに驚くがいいさ!」


「いや……馬はどうでもいいんですけど……」


 そんな会話を交わし、互いが運転をする馬車を交換した。


「あら、ウェリィが機動馬車の方に行くのなら私も行くわ」


 それがさも当然であるかのようにシエナはサッと機動馬車へと乗り込んだ。




 やがて二台の機動馬車はトレルムを後にする。


 レイディルはベイルと共に荷台内にいる。

 彼はまだ本調子ではないのかベッドに腰かけうなだれていた。


「まだダルいのか?」


 ベイルが端に備え付けられた椅子に座りレイディルへと問う。


「まだ身体が重いな。まぁ、昨日の今日だしなぁ……」


 レイディルは言いつつ大きなあくびをひとつ。


「まっ、この速さでも王都まではまだかかるしのんびりすりゃいいさ」


 ベイルは小窓から外を眺め、機動馬車のスピードに関心を寄せていた。


 と、その時。

 前方の扉が開き、僅かに隙間風が流れ込む。

 その風と同時に一人の人物が荷台内へと入ってきた。


 ベイルが短く「げっ」と声を漏らす。


「ジルさん、どうしたんですか?」


 唐突なジルベルトの訪問に、レイディルはきょとんとしながら尋ねた。


「いや~、治療魔術受けるとさ~ダルくてダルくて……ちょい一眠りしようと思ったトコ」


 そう説明するジルベルトの傍をすり抜け、無言でそそくさとベイルは車内へと移動して行った。


 そんなベイルの行動を半目で見送った後ジルベルトは続ける。


「ディル坊はどうする? ここでおねーさんが添い寝したげようか?」

「いえ、オレも前に行きますっ!」


 ジルベルトが言い終わるや否や、レイディルはサッと立ち上がり、扉を開け前方へと姿を消した。


「ちょい、からかいすぎたかな?」


 荷台に残されたジルベルトは笑いながらぽつりとそう呟き、ベッドへとダイブした。



------



「オイオイ……昨日より女子密度上がってるじゃねぇか……」


 ベイルが青くなり車内を見渡す。

 その後ろからレイディルが現れ、苦笑していた。


 運転手がウェリティアに変わったこと。

 そしてシエナ姫が移動したことによって、男性が一人減り、女子の数が二人増えた。


「ジルさんが荷台に行ったから女子も一人減ったけどな」


 なんの慰めにもならない言葉をレイディルが補足した。


「お、俺も二号車に行くか……」


 そう呟くベイルの肩を、レイディルがガッチリと掴む。


「待て……逃がさん……」


「お前、さっきまで身体重いって言ってたくせに、こんな時だけ異常な力出すな!」


 二人の騒ぎをジト目で見つめていたアリーシアスが言葉を発した。


「だんしーうるさいですよー」


 その声は「バカやってないで座れ」と雄弁に物語っていた。



 二人は黙って空いている後部の座席へと腰を落とす。ベイルが窓側、レイディルが通路側。


 車内では女子たちがワイワイと会話に花を咲かせていた。

 やれ王都のどこの菓子が美味しいだの、やれ流行りの衣服だの、やれお肌の手入れだの。


 ベイルは遠い目をして窓の外に思いを馳せ、時折「あっ、野生の馬がいるぞー」と動物を見つけては一人でブツブツと言っていた。


 レイディルの反対、通路を挟んで向こうの席では、女子の会話から外れ、アリーシアスが一人本を読んでいる。


 前の座席のシエナが振り向き、彼女に声をかけた。


「アリーシアスはどう?」


「ん、どうと言われても……あまりそういうことは詳しくないですね」


 アリーシアスは少し考え言葉を続けた。


「それにガールズトークとかよく分かりませ──」


 いつもの返しをしようとした矢先、シエナは軽く立ち上がり、声を重ねた。


「あら、せっかくなんだし可愛い格好した方がいいわよ、今度見繕ってあげるから」


「い、いえ……今は別に……」


「いずれ貴族のパーティや社交の場に出るかもしれないし、それに年頃でしょ。オシャレは今からでもしといた方がいいわよ」


 シエナは返事を待つより早く、次の話題を重ねてくる。

 気づけばアリーシアスは、有無を言わさずその会話の輪へと引き込まれていた。


 そんなシエナの言葉に、意外にもウェリティアまでうんうんとうなずいている。


 着崩した服装のせいでそうは見えにくいが、彼女なりに身だしなみには気を遣っているのだろう。


 いつもなら上手く話題をかわしてしまうアリーシアスが、珍しく逃げ場を失っている。


 その様子を見て、マリーはどこか満足げにニコニコと微笑んでいた。



「んー、えーっと……お、オシャレと言えば──」


 さすがにタジタジになっているアリーシアスを見かね、レイディルが話題に割って入る。


「リヴィアはなんで海賊の格好なんだ?」


「あ、それね!」


 リヴィアはぱっと顔を輝かせた。


「釣りしてる時に読んでた本が海賊のお話だったんだよ。みんなで楽しく歌いながら冒険しててね。すっごく楽しそうだった!」


 そこで彼女は胸を張る。


「海賊服って、かっこいいよね!」


「なっ……それだけ……だと……」


 レイディルは思わず絶句した。

 幼馴染とはいえ、その理由は彼には読めなかった。


「というか、そもそも戦時下でいつどこで釣りしてたんだよ……」


「えっとね、一年前にエルバルト港で帝国兵のおっちゃんに聞いたら、親切に釣り場を教えてくれたよ。『波が高いから気をつけてな』って」


 リヴィアはけろりと答える。


「気をつけてたんだけどねー」


 そう言って、波にさらわれた時のことを悪びれもなく語り出した。

 その自由奔放さに、レイディルは頭を抱えるしかない。


 だが、そんな話を聞いていたシエナがふと口元に手を当てた。

 少し間を開け「なるほど」と呟く。


「……理にはかなっているわね」


 車内の視線が自然とシエナへと集まる。


「ひとつ、海賊を名乗ることで、この海域が危険だと民間船にも帝国にも一目で伝わる」


 彼女は静かに指を立て、説明していく。


「ひとつ、帝国船の動きを鈍らせられる。襲撃そのものより、“ここを通るのは危険だ”と思わせることに意味があるわ」


 そこへ、マリーがそっと言葉を添える。


「民間の船も、海賊が出るって聞けば近づかないものね。結果的に巻き込まれる人を減らせる」


 シエナは小さくうなずいた。


「ええ。悪名を利用して海域そのものを封鎖する。レジスタンスより、海賊の方がずっと効果的だわ」


「大首領もマルクスさんも、あとから“それ効果的だ”って褒めてくれたよ」


 そう言って笑顔を浮かべた次の瞬間には、リヴィアの話題はすっかり別の方向へ飛んでいた。


「あとね、私なりに服にリボンを散りばめたりしてるんだよ!」


 交渉の場に着くからには、おめかしの必要もあるとリヴィアは言った。


「あら、最初に会った時から気になっていたけれど、そのリボン可愛いわね」


 シエナがすぐさま食いつく。


「でしょでしょ!? ねぇねぇ王都だと今どんな飾りが流行ってるの?」


 リヴィアのその一言、そこから先は早かった。話題は再び流行の衣服や装飾品へと戻り、女子たちの会話はさらに勢いを増していく。


 どうやらレイディルの割り込みは、一瞬の話題転換にしかならなかったらしい。

 彼は隣のアリーシアスに「悪い……」と目配せをした。


 結局、車内は再び華やかなガールズトークに包まれ、ベイルは窓の外へ、レイディルは座席へ身を預ける。


 アリーシアスは半ば諦めたように、振られる会話にハイハイと答えていた。



 そうして機動馬車は走り続け、やがてドゥルム砦を越える。


 だが王都まではなお距離があり、その日のうちに辿り着くことは叶わなかった。


 一行は砦と王都の間にある街で一泊し、翌朝まだ陽も浅いうちから再び馬車を走らせる。


 一夜明けた空は高く澄み、機動馬車は街道を快調に駆け抜けていった。


 そして、陽がゆるやかに傾き始めた頃。


 遠くの地平線の先に、ついに王都の姿がその輪郭を見せた。


 レイディルは遠くの景色を眺め、静かに目を細めた。

 ほんのしばらく離れていただけのはずなのに、ひどく久しぶりな気がした。

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