第四十四話「戦端を告げる疾走」
山道へと跳躍し、姿を消したヴァルストルムをアルバンシアの面々は見送った。
ウェリティアはヴァルストルムが駆けて行ったリオ山道をいつまでも見ていた。
「うわー、アレってマジで動くんだ……いや、動くとは聞いてたけど……あぁ……」
ヴァルストルムがはじめて動いた姿を見た彼女は感嘆の声を漏らしていた。
「あーなるほどね、シエナは“我が国開発”って国民に言ってたらしいけど、アレはムリムリ。
ってか、この世界の技術、超えちゃってるじゃん」
ウェリティアはそう一人でブツブツと楽しげに呟いてる。
「何してるのウェリィ。私たちも準備しないと」
突然シエナ姫から声をかけられたウェリティアは「なんで?」と言った顔をしている。
「なんの準備? 帰んの?」
「リオ山道に行くに決まっているでしょう?」
その言葉を聞きウェリティアは目を丸くした。
「えー……いやいやいや……そもそも作戦会議にも私加わる必要なかったし……なに? ついて行く必要ある?」
「当たり前でしょう。貴方がいなかったら誰が機動車二号を操縦するの」
ウェリティアは心底嫌そうな顔をする。
「そもそもお姫様が作戦に参加するって危なくない?」
「大一番、騎士たちの指揮を上げるためです。
国家の象徴たる私が作戦に身を置く。
それ自体が、この一戦に懸ける国の意思を示すのです」
シエナ姫は淡々と言い放った。
「理解はできるけど、無茶言うねー……」
「配置としては軍の背後。警戒のために少し前寄りね。だから言うよりは安全よ。
そうね……どうしても嫌だと言うなら権力使っちゃうわよ?」
シエナはニヤリと口角を上げ、悪そうに微笑んだ。
「あーもう、わかったわかった。わかりましたー! 安全ね! はいはい……」
ウェリティアは両手を上げて降参のポーズを取った。こうなっては何を言おうがシエナは意見を変えることはない。抵抗するだけ時間の無駄というものだ。
「ウェリィでこれだもの、爺やを置いてきて正解だったわ。絶対反対されて面倒なことになっていただろうし」
ウェリティアは執事の老人の気苦労を頭に思い浮かべ苦笑した。
「でも、そうね、護衛が心許ないのは確かだわ。なら──」
姫は辺りをキョロキョロして、アリーシアスを見つける。
「アリーシアス! 貴方私の護衛をなさい!」
唐突に声をかけられ、自身を指さすアリーシアス。
「はぁー、そういうことは事前にちゃんと周りに相談してから決めるもんだよ……」
ウェリティアの口から吐き出されたため息は怠さそのものだった。
「将軍や大隊長……そういった方々には話は通してあるわよ」
「いや、私たちに、ね」
姫の堂々たる態度にウェリティアは呆れ返っていた。
「さて、機動馬車には博士とマリーさんとロルフ、そしてダイレル。機動車……二号には私、ウェリティア、アリーシアス──と言ったところかしら」
機動馬車と二号は、隊列やや後方よりの中央。周りに兵がいて万が一狙われたとしても狙いにくい配置だという。
自身の場所こそが一番安全だ、と考えた姫はアリーシアスをわざわざ護衛として自身の車に配置した。
それは彼女を危険に晒さないためであり、同時にアリーシアスと執政官の双方を気遣った、姫なりの判断だった。
「執政官とは別、なんですね」
配置を聞いたアリーシアスが姫へ疑問を呈した。
そもそも執政官が戦場に着いてくるのも、正直おかしな話だ。
だが、ウェリティアの運転する機動車二号がなければ、彼は王都へ戻れない。
ダイレルも、姫の無茶振りに相当渋い顔で了承したらしい
「私も凄く考えたのだけれどね……本来なら娘と一緒の方がいいのだけれど、女子ばかり四人のところに良い年の男性は居心地が悪いと思って……まぁ、落としどころとしては、そのあたりね」
四人……。姫が挙げたのは、どう考えても三人のはずだ。そうアリーシアスが思っていると、少し離れた位置から聞き慣れた声がした。
「や~や~、まさかホントに量産しちゃうとはねぇ」
ジルベルトだ。
「量産、には程遠いわ。あくまで二台目程度よ」
姫がそっと訂正を促した。
「まま、ともかく世話になるわ~」
「ジ、ジルさんがなぜ馬車に!?」
ジルベルトほどの強力な魔術師が前線へ参加せず後方待機だという。
「この事については特別な事情がある。
姫、将軍、両名の意見合致のものだ」
ダイレルが横から理由を告げた。
「さて、機動馬車に乗る人員全て揃ったことだ。改めて軽く作戦を説明しよう」
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山道を疾走する巨大な影。
ヴァルストルムが走る。
一度のステップで目の前の川を越え、二歩目には起伏を越えていた。
凄まじい加速ではあるが、とはいえ広くは無い山の道である。
想定よりもスピードは出ない。
いや、出してはいない。
走りながら、ヴァルストルムの手を適時地面へと触れさせる。
操縦席から機体の腕へ魔力が通る。
ヴァルストルムの情報は必要な分だけに抑えるように。
魔力は山を広がり、レイディルの脳内につぶさに状況を伝えた。
「正面……中型ギガスの反応……五!
このまま走れば約一分後ってところか」
ヴァルストルムの速度を殺すことなく、そのまま前進。
やがて左右がそびえ立つ崖になった、ほどほどに広い道へと出た。
眼前には中型ギガスが立ち塞がるように並んでいる。
「っ! これは……!」
前面で大盾を構えるものが一体。
その後方には剣と槍をそれぞれ装備しているものが二体。
更にその後方、大砲を構えたタイプが二体。
いわば中型ギガスの一小隊と言ったところか。
厄介なことに、そのどれもが鎧を着込んでいた。
人型の利点を活かした形だ。
「岩の化物に鎧、ね……趣味が悪いな」
レイディルはなおも速度を緩めず、操縦桿を握り直した。
その疾走は、戦端を開いた。
山道に響き渡る──爆音! 轟音!
放たれる大砲、飛来する砲弾の爆撃を左右に躱しながら、ヴァルストルムの左腰に備え付けられた斧を右手で引き抜く。
走行のスピードを乗せ、一気に投げ放った。
鋭く飛ぶ斧は、剣を装備したギガスの頭に深々と刺さり大きく仰け反った。
盾を持った先頭のギガスが構えたまま、猛烈な勢いでヴァルストルムに迫る。
シールドチャージ。
が、しかし、ヴァルストルムは盾を横に躱しそのまますり抜ける。
仰け反ったギガスの頭に突き刺さった斧を引き抜き、そのまま力任せに上半身へ叩きつけ、縦に潰す。
「兜も付けとくべきだったな」
レイディルはそう言い放ち、槍持ちに真っ直ぐ脚を突き出した。
放たれた脚はギガスの鎧ごと鳩尾にめり込んだ。
蹴り吹き飛ばされたギガスは激しい音を立て、背後の崖に激突し崩壊する。
二体の大砲持ちが次弾の装填を急ぐ。
しかし、もはやそこはヴァルストルムの間合いだった。
背中から抜き放たれる槍の一閃は、ヴァルストルムの膂力が合わさり、鎧の継ぎ目を軽く突き破る。
一体目の胴が粉々に砕かれる。
二体目の大砲を持ったギガスの装填が間に合い、即座にヴァルストルムへと照準を合わせた。
だが既に一手遅い。
レイディルはすかさず槍を横に薙ぎ、力任せに柄を叩きつけた。
大砲を持ったギガスの鎧がひしゃげ、たたらを踏む。
その隙を逃さず、ヴァルストルムは一歩前へ跳躍。左の拳で頭部を粉砕した。
残った一体の盾持ちが向き直り、正面から突進してくる。
その大盾は、十五メートル級の中型ギガスの全身を覆い尽くしていた。
レイディルは呼吸を一つ。
剣を抜いたまま、あえて構えを取らない。
斬撃を与えるためではない。
進行を制するための、一太刀。
盾の挙動を読み、歩調に合わせて刃を走らせる。
次の瞬間、盾と剣が正面から噛み合った。
刃を盾の下縁へと正確に掛け、ヴァルストルムは剣を上方へと打ち上げる。
腕が浮き、巨大な盾が大きく跳ね上がった。
防御は崩れ、中型ギガスの胴体が剥き出しになる。
──その瞬間を、剣は逃さない。
上段より、一直線。
唐竹割り。
鋭く走った一太刀は、鎧ごと岩躯を断ち割っていた。
「……ふぅ」
五体、見事に撃沈。
しかし、まだ山道の入口に過ぎない。
本来ならば、再度のギガス創成を阻むため、術者を行動不能にすべきだ。
だが──それは、最初から織り込み済みだ。
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「レイディル、お前はひたすら中型ギガスを狙え」
出発前、将軍がレイディルへと言い放った。
「小型も術者も無視だ。それはこちらでなんとでもなる。迅速に中型を撃破し、砦を突破、そのまま港へ進軍だ。──グレオールとお前の、中間案だな」
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これまでの戦闘で、はっきりしていることがある。
素材さえあれば、ギガスはいくらでも創り出せる。
だが──次を生み出すまでには、必ず間がある。
だからこそ、中型ギガスはヴァルストルムで叩く。術者の処理は、後続部隊に任せる。
最短で、道を切り開くための役割分担だ。
レイディルは周囲を見渡した。
「あとは……ちゃんと考えて倒さないとな」
中型ギガスの残骸。
砕けた岩が山道に散らばっている。
広くもない道だ。
倒し方を誤れば、それ自体が障害になる。
レイディルは短く息を整え、再びヴァルストルムを走らせた。
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ヴァルストルムの出撃から、少し間を置いてレイラの率いる大隊は、西側の山道へと踏み入った。
なだらかな傾斜を越え、穏やかな川を渡る。
やがて地形は変わり、斜面は次第に勾配を増していった。
ほどなくして、やや開けた場所へと出る。
崖の圧迫感が一瞬だけ薄れ、視界が左右に広がった。
とはいえ、幅はせいぜい数十メートル。
部隊が横に展開するには心許ない。
それでも、中型ギガスやヴァルストルムが通行できる程度の余白はある。
兵たちは左右へ広がらず、岩肌との距離を一定に保って進む。
レイラは、歩みを止めずに周囲へ目を走らせた。
散乱する岩塊。
その傍らには、鎧だったものの残骸が転がっている。
「大隊長、これは──」
傍の部下が声を落とす。
「……中型ギガスの痕跡でしょう」
レイラは静かに答えた。
「つまり、レイデ……いえ、ヴァルストルムがここを通ったということ……です」
もう一度、レイラは残骸を見る。
岩や鎧の砕け方が、そのまま中型ギガスとヴァルストルムの戦闘を物語っていた。
状況は、すでに十分だった。
それだけで、どのような戦いが行われたのかは、レイラには見えている。
地面に横たわる大盾、その縁を見る。
(なるほど、正面から相手せずいなしましたね。良い判断です)
自分との特訓のせいかが出ているようでレイラは満足気に頷いていた。
そして気持ちを切り替える。
狭い道での伏兵は定石だ。
仕掛けるなら、ここしかない。
レイラは手を上げ、短く指示を飛ばした。
「前衛は間隔を詰めすぎないでください。盾兵は左右を警戒。
後衛は魔術準備……いつでも撃てるように」
隊列が静かに形を変える。
足は止めず、しかし油断なく、部隊は進んでいった。
「後続には機動馬車があります。
後方に抜かれないよう注意を……!」
その言葉が何を意味するのか、この場にいる者で分からぬ者はいなかった。
レイラの大隊の後方には、将軍の隊と、
機動馬車と二号が控えている。
レイラの伝令はすぐさま、機動馬車のさらに後方に控える、あと詰めの部隊へと伝わっていった。
兵の歩行速度に合わせながら、ゆるりと進む後方の機動馬車と二号。
その周り、そして最後尾にいた兵たちに、にわかに緊張が走った。
「崖に挟まれた狭い道、伏兵にはもってこいね」
周囲の状況を把握し、シエナ姫が冷静に告げる。
「うへぇ……」
緊張からか、やや前傾姿勢になりながら、ウェリティアは操縦をする。時折、変な声をこぼしていた。
その顔には運転のための眼鏡がかけられていた。
「それにしても、機動馬車……一号の方です。
それとは操縦も違うんですね。
舵輪のような──なんですその輪っか」
姫の後ろの座席に座るアリーシアスが、不思議なものを見るかのように質問した。
「んえ? あー、これ? これハンドルっての。
これを左右に動かすと連動して車輪が動く仕組み。ちなコレ私のアイデア」
気を取り直したウェリティアが自慢するでもなくごくごく普通に返事をした。
まるでその技術が当たり前であるかのように。
「ふむ……」
アリーシアスは感心したように、その輪をしげしげと見つめた。
「なになにお嬢様、機械に興味出た?
機械はさっぱりって聞いたけど」
さらに後ろの座席から、からかうような声が飛んでくる。
ジルベルトだ。
ジルベルトは両手を頭の後ろで組み、棒付きの丸い飴を咥えたまま、棒をブラブラと揺らしている。完全にリラックスモードだ。
「あ、いえ、興味があるわけではないんですが」
ジルベルトに声をかけられて、アリーシアスの頬が緩む。
顔はニヤついたままだが、視線はまだその“輪”に向けられていた。
「レイディルが見たら……喜びそうだな、と。
なんだか新しい構造みたいですし」
「あーあー……確かにレイディならそうかも
機動馬車の昇降機に目輝かせてたし」
ウェリティアが前方を走る機動馬車を見ながら軽く笑う。
──その直後だった。
前を走る機動馬車のさらに遥か前方から甲高い金属音が連続して響いてきた。
剣と剣が打ち合わされる音。
怒号と、号令。
「……前、ですね」
アリーシアスが息を詰める。
「どうやら、レイラ大隊が接触したみたいね」
シエナが窓の外に視線を向ける。
車の周囲に直接敵影はない。
だが、空気が一変したのは誰の目にも明らかだった。
ウェリティアは速度を落とし、慎重に進路を保つ。
「……あー、マジでこっち狙われたら一目散だかんね。わたし戦闘能力なんてないんだし」
「我が国の騎士は皆優秀です。
抜かれるようなヘマは無いでしょう……万が一の時のために護衛もいるし」
心底うんざりしているウェリティアにシエナは姫として答えた。
「まぁ、もしもの時は猛ダッシュで逃げていいわよ」
その声は終始落ち着いている。
前線の騎士たちが突破を許すとは、微塵も考えていない。
それでも万が一のための指示だけは、姫として欠かさなかった。
「もしも、が来ないよう祈っておきなさい」
そう言葉を付け足し、シエナは軽く笑った。
アリーシアスは静かに、あくまで念のために、臨戦態勢を取る。
(……レイディルは、大丈夫でしょうか)
自然と、前方へと思考が向かう。
──その頃。
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レイラの大隊が進む西山道、エリオスの進む中央山道、その間の見晴らしの良い崖の上にヴァルストルムは姿勢を低くし中央山道を見下ろしていた。
レイディルは魔力を放ち、自身を中心に届く範囲をくまなく探った。
すぐさま反応が返ってくる。
「……正面に……五キロくらいのところか……中型ギガスが四体いるな」
肉眼では見えない距離。
だが、解析魔術は敵を確実に補足していた。
加えて周囲に人の反応無し。
「例に漏れず、盾持ちが一体いるか」
ギガスの身体を覆うようなあの大きな盾だ。この距離からだと、まともに狙っても防がれるのがオチだろう。
ならば、まずはその隣、守りから外れている奴からだ。
レイディルは作戦を切り替える。
「一体でも減らせれば、御の字だな」
そう告げ、ヴァルストルムの右の背から弓を取り出した。
(ん……弓って、弦を引く方が利き手だったか)
ヴァルストルムに利き腕などあるはずもない。
だが、どうにも気になり、レイディルは弦を引く側を自身の利き腕に合わせる形で、弓を左手に持ち替えた。
(うーん、たしか昔、兄さんが言ってたな。
『基本、利き目ってのが大切だが、まぁどうでもいい。構えとかそんな細けえことは考えんな。
俺みたいに力さえあれば、多少ずれても当たるんだよ』って)
なんとも大雑把な説明だが、無いよりはマシだとレイディルは思い出していた。
そして、同じく右の背に装備された矢筒へ右手を伸ばす。
「この位置……思ったより取りにくいな」
操縦に集中したまま一本を引き抜き、弦に番えた。
意識を前方、五キロ先へと集中する。
途端、操縦席の壁に映し出されていた景色の一部が拡大した。
遥か前方に立つギガスの姿が、はっきりと映し出される。
「こんな機能あったのか……助かる!」
レイディルは短く呟き、盾の守りからわずかに漏れた、隣にいる個体へと照準を合わせた。
操縦桿を握りしめ、ゆっくりと倒していく。
ヴァルストルムの両腕が弓を引く。ギリギリと弦が独特の音を立てる。
弦は、これ以上ないところまで引き絞られていた──




