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43話「揺るがぬ光」

 グレオールの提示した作戦を、レイディルは確かに断ると言った。


 予想外の答えにテントは沈黙に沈む。



「お断り……ですか」


 グレオールは極めて平静を装い次の言葉を続けた。


「キミの気にしている初手での“光の大砲”は不使用……」

「ラディアント・ブラスターです」


 グレオールの声に重なるようにツンとした顔でアリーシアスが訂正を促す。


「ラ、ラディアント・ブラスター……?」


 名前は大事だと言うようにアリーシアスは頷く。


「えぇっと……初手でのラディアント・ブラスターを用いない作戦を僕は立案しましたが、それも気に食わないと?」


 グレオールは折られた話の腰を、軌道修正するように、改めてレイディルに問うた。


 一瞬、ジルベルトが身を乗り出そうとしたが、リオルドが無言で制止する。



 レイディルはゆるく首を振り、絞り出すように声を紡ぐ。


「……それでも、です」


「それでも?」


 グレオールの眉がわずかに動く。


「遠距離から砦を撃てば……人を巻き込みます。どれだけ正確に狙ったって、逃げ遅れた人がいたら終わりなんです。だから砦を壊すなら近距離から……それか、警告して避難してもらってからなら、まあ……」


 力をコントロールしやすい方法を取りたい、そう言いよどむレイディルに、グレオールは深く息を吐いた。


「レイディル君……いいですか? ヴァルストルムを隣山の頂上に置くのは、砦を破壊した“直後”に、最短距離で港へ攻撃へ向かうためです。位置取りはこれ以上ないほど合理的なんですよ。」


 恐らく港には山道よりも、戦力が集結しているだろう。

 ならば、それこそがヴァルストルムを用いた奇襲として一番効果が高い。

 そして、強い声音で続ける。


「それに砦さえ壊せば、主力は無駄にギガスと戦わずに済む可能性も高くなる。

──キミは中型ギガスの恐ろしさを知らないから、そんな甘いことが言えるんだ。

あんな化物と戦わずに済むならその方がいい」


 言葉の切れ味は相変わらず鋭い。しかし、その奥にある焦燥もまた隠しきれてはいない。


 レイディルは唇を噛み、しかし静かに言った。


「中型ギガス……確かにオレ自身が直接戦ってないから、他の人よりはわからないのかもしれません」


 だが、と彼は胸に手を当てた。


「生身の人間を、オレが……ヴァルストルムで攻撃したら……ヴァルストルムも、オレも……その化物と……同じになります」


 言葉にした瞬間、レイディルの表情には迷いが抜けた。

 何かを確認するかのように一言二言、呟き、やがてそれを形にする。


「そうです……いま、はっきりわかりました。オレはそれが嫌なんです」


 沈黙。

 その一言が、テントの空気をまた変える。


 先に口を開いたのはグレオールだった。


「……では、どうすると言うんですか。最善を選ぶなら、この作戦しかない。キミのワガママと兵の安全を両立できる方法なんてない!」


「あります」


 レイディルは遮るように声を上げる。

 その声音は、驚くほど澄んでいた。


「だったら……オレがやります。

 オレが、中型ギガスを──全部倒します」


 山道も、港も。

 目に映るすべてを。


 青年の宣言に、グレオールの目が見開かれる。


「バ、バカな……!  報告ではヴァルストルムは君の魔力で動くと聞いている! そんな数──持つわけがない!」


「持たせます」


 即答だった。


 グレオールはしばらくレイディルの瞳を見つめ、そして低く告げる。


「……いいですか。僕は、予備の操縦者計画をまだ諦めていません」


 グレオールは低く、深い声で告げる。これは彼の遠回しの警告だ。

 意にそぐわねば、何としても代わりを立てる、と。


「わかってます」


 レイディルは弱く笑った。


「グレオールさんのやり方……間違ってるなんて思ってません。むしろ一番正しいと思います。

多分、あなたの言うことが最善で最良です」


 だが、と彼は胸を張る。


「だけど……オレ以上にヴァルストルムを上手く動かせるヤツなんて──絶対にいないって、見せてやります」


 彼の瞳に宿した決意。

 拳を静かに握りしめる。



「これは命令です。君にお願いしているわけじゃない!」


 グレオールの語気が強くなる。

 しかし、その発言に割って入るかのようにアリーシアスの声が響いた。



「……だったらおかしいですね。

わたしたちは姫が編成した遊撃隊です。

軍の命令を聞く必要は無いと思いますが?」


 至極当然だ、とでも言いたげなアリーシアスに反応するようにシエナ姫が続く。


「んー、そういえば……そうね」


 シエナ姫は照明で自身のキラキラと輝く金の髪の先端を弄んでいた。


「確かにヴァルストルム含む四人は私とダイレルが任命したわ。

独自の判断の上で遊撃を目的とした部隊として。

必要とあれば軍に力を貸すことも含まれてるけれど、軍の指揮系統に入っているわけではないわ」


 柔らかく、でもはっきりと。

 その声はただ「ここは線引きしておきましょう」と告げるためのものだった。


「……っぐ! し、しかし……」


 姫の言葉を受けつつ、なおもグレオールは食いさがろうとした。

 


「やれやれ……グレオール、もうやめておけ」


 それぞれのやり取りを見て、今まで黙っていた将軍が声を発する。


「それでは、中型ギガスはヴァルストルムに任せるものとする。

……レイディル、お前は迅速に中型ギガスを殲滅、そして港へ迎え」


「バーグレイ将軍!」


「問答しとる時間はない、コレがレイディルの力の使い方なんだろう。

それで戦果が出るのなら上々だ」


 将軍は腕を組み、鋭く告げた。



「兵を危険に晒したくないお前の気持ちもわかっている。

だが時と場合というもんがある。

作戦前にいたずらに士気を下げるマネは辞めておけ……」


 将軍はグレオールにだけ聞こえるかのように小さな声で呟き、彼の肩を叩いた。





------




 一時間後の進軍に備え、各自準備のためにテントを出る。




 昼の光が陣地の木々を照らし、緑葉を淡く輝かせていた。

 武具を鳴らす音や兵たちの声が重なり、味方陣地はどこかそわついている。


 その喧噪から少し離れた場所で、レイディルは機動馬車の傍らに立ち、静かに目を閉じた。

 彼の真上、機動馬車に固定されたヴァルストルムが、陽を受けて鈍く光る。

 巨大な影がレイディルの足元へ落ち、まるで主張するかのように存在感を出している。


 深呼吸をひとつ。吸い込んだ空気に、自分が担うものの大きさが染みていくようだった。





「ちゃんと言えましたね」


 背後から声をかけたのはアリーシアスだ。


「いやー……なんていうか、偉い人に物申すの、こう……手汗やばいな!」


 振り向きおどけ気味にレイディルは言った。

 その様子を見てアリーシアスはクスリと笑う。


「この短時間で言語化出来たんです。もっと自信持ってくださいよ」


 アリーシアスもまた苦笑混じりに茶化すような感じで言った。


「まあ、あの場で言ったようにグレオールさんの言うことは何も間違ってないし、戦う人のことを考えたら最もだからな」


 レイディルは頭を掻きながら言う。


「どうでしょう、何が正解かなんてわからないものですよ? それに常に最善手を引き続ける、なんて人には出来ないでしょう?」


 アリーシアスはこほんと咳払いをし、続ける。


「とはいえ──十五の小娘に何がわかるって話なんですけどね」


 両手を軽く上げ、半目であっけらかんとそう告げた。


「だからこそ、自身を貫く必要がある、そう思いませんか?」


 その言葉はレイディルの胸に心地よく響いた。


「そんなもんか?」


「そんなもんです」


 二人はそう互いの顔を見合わせ、少し微笑む。



「さて、レイディル。有言実行という言葉がありますが……算段は?」


 中型ギガスを全て倒す。

 何体いるかもわからない中型ギガス相手し、さらに港へも進軍するという。果たして魔力は持つのか。

 アリーシアスのその問いに口角を上げるレイディル。


「ははは」


 笑い声が響く。

 胸を張りそして自信たっぷりと、声を大にして言った。


「無い!」


「……だろうとは思いましたが……その上であんな啖呵を?」


 アリーシアスは知っていたとばかりに表情を変えず、尋ねた。


「だって『できません!』なんて言えないだろ」


「確かにそれは、かっこ悪いですね」


「言ったからにはやる。それだけだ」


「精々、限界までやってください」


「うっ、その言い方は中々刺があるな……」


 きっとこの人は無理をするだろう、アリーシアスはそう思いながら慣れたとばかりに言葉を投げかけた。




「あとひとつ」


 アリーシアスが人差し指を立てて質問をする。


「レイディルはなにを根底にし戦いを続けますか?」


 戦うことは楽なことではない。

 ならば自分の中にある信念を支えにしなければならないだろう。

 アリーシアスはそれを聞いている。



「んー、そうだな……当初ダイレルさんや姫に英雄になれって言われたけど、今のオレとしては英雄とかそんなんはどうでもよくて……」


 一度アリーシアスの顔をちらりと見る。

 顔を見られた彼女は少し不思議そうな顔をして見つめ返している。


 始まりはこの少女の人を護る後ろ姿だ。

 あの姿を立派だと、尊いと思った。

 自分もそうなれる手段があるのなら、その力で人々を守りたいと。


 だが当人の前でそれを口に出すのは面映(おもは)ゆく、自分の口から漏れることはないだろう。


 レイディルはそう思い、思考を別のことに当てる。


「そうだな……ヴァルストルムを動かせるのは今のところオレだけみたいだし、その力を上手く使って人を守りたいかな?」


 こんなことを口にするのは、どこか気恥ずかしい。それでも、言わなければ伝わらないと思った。


「それにほら道具って使う人次第とかよく言うだろ? きっとオレ以外がヴァルストルム(アイツ)に乗ると“兵器”として使われるんだろう」


 レイディルは少しずつ己の思いを言語化していく。


「まぁ、それだって間違いじゃないと思う」


 ヴァルストルムのことを思い、見上げ、もう一度自身の思いを口にする。


「でも、オレはヴァルストルム(アイツ)を作った人たちは、“人を護る”為に作ったと思ってる。だったらオレが乗る限りは“ただの兵器みたいな扱い”にはしたくないなって……」


 アリーシアスはしばらくレイディルを見つめていた。

 真剣な眼差しが、少しだけ柔らかくなる。



「言いたいこと、しっかり言えたみたいですね。はなまるあげちゃいます」


 そう言って、はなまるを描くように指をくるくると回してみせる。

 そしてふと疑問に思ったことを口にした。


「ところで、もしかしてレイディルの解析魔術(アナライズ)は作った人の思いも読めるんですか?」


「そうだ──と言いたいところだけど、さすがに無理だな。ただ、なんとなくだ」



 レイディルの口元には、迷いとも安堵ともつかないわずかな笑みが浮かんでいた。

 その変化を見届け、アリーシアスは静かに目を閉じ頷く。



「なるほど。ひとまずはこんなところですね、皆さん」


 アリーシアスが背後の茂みへと声をかける。



「いやー、心配ってワケじゃないんだけどよ。

ほら、最初は意気消沈してたみてぇだから、な」


「話には聞いてたけど、なんか結果オーライな感じ?」


 茂みからリオルドが頭を掻きながら出てくる。続いてジルベルト。



「ディル君がこの短期間で立派になってお姉ちゃん嬉しいわ」


「まずは一区切りと言ったところかな?」


 そしてマリーに博士とゾロゾロと出てくる。



「んだよ、悩みがあったならオレに相談してくれればいいのによ」


「あ、お邪魔だったでしょうか……でもなにかあったみたいで心配で」


 挙句にベイル、そして進軍の準備で忙しいはずのレイラまでもが、顔を覗かせた。



「……は? なんだコレ」


 イマイチ状況が理解できずレイディルは口をポカンと開けていた。


「いやね、皆さんレイディルのこと心配してたんですけどね。虚勢なのか、売り言葉に買い言葉だったのかーとか……本心知りたいじゃないですか。

でも、みんながいる前だと本音って中々出せないだろうし……だったら、わたし一人なら喋りやすいんじゃないかと……」


 若干申し訳なさそうにアリーシアスが目を逸らして告げる。それはさながら言い訳のようでもあった。



「……っ! ひ、人に聞かれたくないことだってあるだろ!」


 レイディルは耳まで赤くしながら叫ぶと、勢いよくアリーシアスへ歩み寄る。アリーシアスも「あっ」と短い声を漏らし、すぐに後ずさる。


 ──次の瞬間、レイディルが追いかければ、アリーシアスも「わー」と半ばふざけながら逃げ出した。

 作戦前とは思えないほど賑やかに、二人は機動馬車の周りを駆け回る。



「おーおー、仲がいいことで……」


 その様子をジルベルトが腕を組み、ニヤニヤしながら眺めていた。

 どこか大人が青春を見守るような、少し羨ましさすら混じる視線。


「いやー、ジルさんにもそんな感情あるんですね!」


 調子に乗ったベイルが余計な一言を口にした。


 次の瞬間、ジルベルトの眉がピクリと跳ね上がり──

 静かに一歩、踏み出す。


 その無言の圧に、ベイルは顔を引きつらせたまま踵を返し、全速力で逃げ出した。


 そして今度は、全く別方向で新たな追いかけっこがはじまるのだった。






「ゴホン!」


 追いかけっこが繰り広げられる中、大きな咳払いが辺りに響く。


 ダイレル執政官が、わざとらしく喉を鳴らしていた。反射的にレイディルとアリーシアスは動きを止める。


 それはあたかも「睦み合っているんじゃない」とでも含ませるような、そんな咳だった。


 ジロリと半目で二人を見つめるダイレルの左右から、シエナ姫とウェリティアがひょっこりと顔を出した。


「あー、なんかおもろい瞬間見逃しちゃった感あるね」


 気だるげだが、それでもなお興味を隠しきれていない、そんな様でウェリティアは宣(のたま)う。


 シエナ姫はウェリティアの反応に「はいはい」と笑って言葉を続けた。


「なんだか、少し変わった作戦会議になってしまったけれど──」


 姫は小さく息を整え、場に戻った静けさを確かめるように周囲へ目を配った。



「とりあえずレイディルにはやってもらいたいことがあるわ」


 突然の指名に、レイディルは「え、何だ?」と胸の内で身構える。


「あと、レイラ大隊長!」

「あっ、ひゃい!」


 姫に思いがけず名を呼ばれ、レイラは肩を跳ねさせて姿勢を正した。剣士としての鋭さはどこへやら、完全に不意を突かれた反応だ。


「心配で顔を出したのはわかりますけど大隊長なんですから、早く自分の持ち場に戻ってくださいね」


 レイラは「うぅ……」と小さく呻きつつ、無念そうに踵を返した。


 そのレイラと入れ違いに、追いかけっこを終えたジルベルトがベイルの首根っこを捕まえながら、ずるずると引きずって戻ってきた。



「ということで──」


 シエナ姫は腰に手を当て胸を張りながら、レイディルを見やった。





------




 全軍がズラリと並ぶ。

 何千何万という兵が目の前に雄々しく立つヴァルストルムに注目している。

 レイラやエリオスはその大勢の前に立っていた。


 正確には、ヴァルストルムが地面につけている手のひらに立つシエナ姫にだ。


 そのヴァルストルムの横には二台の機動馬車。

 馬車前面にはアリーシアスやダイレルといった面々が立っている。



 全軍に姫の顔がしっかりと見えるようにするため、高台の代わりにヴァルストルムを使いたいのだという。

 


「姫、折角演説をするのでしたらこれをお使いください」


 博士が手のひらの上の姫に近づき、何やら珍妙な機器を手渡した。

 それはラッパのようなそうでないような奇妙な形をしている。


「これは?」


「これはですね、ヴァルストルム君の拡声機能を参考に、なんとか僕が再現してみた“拡声機”ってやつですね。

これなら大声を出さずとも声が行き渡るでしょう。

使い方は──」


 博士は得意げに、しかし早口になりすぎない絶妙な調子で説明を始めた。

 握り方や角度まで、指先の細かな動きとともに丁寧に示してみせる。


 シエナ姫はうんうんと頷きながらも「角度は必要なのかしら……」とボヤいている。


 ひと通り終わったところで、姫は息をつき、軽く口元を緩めた。


「概ね使い方はわかったわ……便利な物ね」


 姫はヴァルストルムの肩越しに見える山道の頂きを見やり、ほんの一瞬だけ考え込んだ。


「でも、そこまで声が大きくなるのなら、敵にも聞こえるかしら……」


 姫は顎に手を当て、少し考えてから続けた。


「うん……そうね、どうせアルバンシア軍がリオ山道前に集結していることは、帝国側も先刻承知でしょうし……だったら盛大に聞かせてあげるとしましょうか」


 シエナ姫が左手を上げ、レイディルに合図を送る。

 ゆっくりとヴァルストルムの腕が上がり姫は上空へと運ばれて行った。


「おー……」


 姫の眼下ではウェリティアが関心の声を上げる。


 ヴァルストルムは胸の高さまで腕を上げると、そこでピタリと動きを止めた。


 シエナ姫は“拡声機”を構える。


『あー……テステス……』


 姫は機械を試すように数度呟く。

 その声は確実に大きくなり、列の最後尾まで響き渡った。


『皆様、ここまで本当に長く苦しい戦いを耐え抜き、ありがとうございます。

あなた達の勇敢な働きがなければ、アルバンシアは歴史に埋没する道を辿ったでしょう』


 言葉は静かに、しかし確かな熱を乗せて広がった。

 太陽が斜面を照らし始め、雲の切れ間から眩しい光が覗く。


『しかし、まだ終わりではありません。

我らが背後に残されたリオ山道……そしてエルバルト港。

このふたつを取り返し、ようやく全てが戻るのです!』


 姫は深く息を吸い、片手を軽く掲げる。

 その合図を受け、レイディルはヴァルストルムを半歩回転させた。

 巨体がゆっくりと反転し、兵達の視線が一斉に集まる。



『いえ全てが戻る──そんな訳ではありません……ここまで多大な犠牲を払いました。

それらの中には二度と戻らぬものも含まれています……』


 握りしめた拳が、山の方角へと突き出された。   

 その動きには気品はなく、怒りが宿っていた。


『我らの刃を奴らに思い知らせるのです!』


 鋭い声が全軍を貫いた。

 兵達からは歓声が湧き上がる。

 勢いづいた姫は、山に向かって声を張り上げた。


『帝国軍! 首を洗って待っていなさい!』


 その言葉に、もはや上品さの欠片はなかった。

 姫の突き抜けたノリっぷりに、歓声の中へ戸惑いの声が少しずつ混ざり始める。



「……いいんですかね、あれ……」


 立場を忘れたかのようになおも勢いよく叫んでいる姫。

 アリーシアスが上を見上げ、呆れるように呟いた。

 隣ではダイレルが手で額を覆っていた。


 姫は肩で息を切らし、拡声機を下げる。


「ハァハァ……レイディル、折角だからあなたも何か言いなさいな」


「オレが……」


「あなたはここで、言葉を口にするべきよ。

自分のやり方を貫くというのなら、皆の前で迷いなく言いなさい」


「騎士達はあなたを見ているわ。ヴァルストルム越しとはいえね」


「顔を見せるも名前を言う必要もないけれど、それでも覚悟を示すの。 嘘でも理屈でもない、自身の言葉で。

それがグレオールに真っ向から対峙し、我を押し通したあなたの責任よ」



 レイディルは狭い操縦席の中で一度、深く息を吸う。

 そうしてヴァルストルムを再び軍の列に向け直した。


『えー……どうも。

ヴァルストルムの操縦士です』


 言葉を選びながら、何を言うべきか迷いながら、ひとつづつ紡いでいく。


『今回の作戦で一番にオレが突撃します』


『で、そうだな……えっと、誰も巻き込みません。

守ってみせます。

自分勝手とは思いますが、それがオレのやり方です』



『でも、中型ギガスは全部オレが引き受けるので皆さんは安心して進軍してもらえると幸いです。

あぁ、あと、よろしくお願いします』


 それは姫とは違って恐ろしく不器用な物言いだった。

 拙く、下手で、未熟。

 ある者は唖然とし、ある者は不安がっている。



 しかし──


 パチパチパチ。


 乾いた拍手の音が、小さい音が鳴り響く。


 レイラが、マリーが手を叩く。

 そしてアリーシアスもまた。


 次第にそれは戸惑っていた騎士たちにも伝播し広がっていった。

 やがてその音は不安をかき消すかのように大きく辺りに響いた。


 機動車二号の横でベイルが「立派になりやがって」と零し、横のリオルドに苦笑いされているのがレイディルのいる操縦席の窓から見えた。


 手を叩くアリーシアスの隣ではダイレルが静かに目を閉じていた。


 バーグレイ将軍が各部隊に号令を出す。

 短い指示が端的に飛び、騎士たちが動き出した。

 グレオールもまた、肩の上着を払い直し、補佐官としての役割に戻るように足を進める。


「伝令、準備。各隊は所定の位置へ。

戦況の推移は逐一、私へ報告を……

できれば早めに。胃に優しい順序でお願いします」


 口調の端には冗談めいた軽さが混じっていた。


 周囲の兵はわずかに肩を竦め、苦笑しつつ持ち場へ移動を開始した。



 レイディルはヴァルストルムを跪かせ腕を下げる。

 ウェリティアが手を貸し、手のひらからシエナ姫を降ろした。



「それじゃ操縦士さん、ご武運を」


 胸を張って激を飛ばす姫。


「できれば無理は、わたしが怒らない程度にお願いしますね」


 アリーシアスは口の端を上げ、いつもの調子で軽く言う。

 だがその瞳は、真面目な色を宿していた。


 博士は何を言うでもなくニコリと笑って手を振っていた。


 レイディルは一度ハッチを開け、各々に顔を見せ、告げた。


「それじゃあ行ってくる」


 その顔は自信に溢れているとも、不安ともとれない、いつもの表情。

 けれど迷いはなかった。


 そうしてヴァルストルムは立ち上がり、跳躍。


 土煙が爆ぜ、鋼の影が空を切り裂く。

 一足飛びにリオ山道へ消えていった。


 残されたのは風と、見送る者たちの呼吸だけだった。

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