42話「主導権は君の手の中」
ヴァルストルムを解析してみたい──
興味本位でそう口にしたウェリティアに、マリーがすかさず口を挟んだ。
「聞いた話だと、解析魔術をかけた人達はみんな倒れたらしいわ。やめておいた方がいいと思うけど……」
マリーもカーネスで起きた職人昏倒事件を思い出し、警告する。
「あー、確かに、ヴァルストルムって情報量多そうですもんね。
私、絶対ぶっ倒れますよねー」
そう言いつつも、ウェリティアは引く気配がない。
どうやら覚悟の上らしい。
「こういうモノのために、わざわざ魔術学院で解析魔術、履修したんで」
「うーむ、ウェリィにはやはり適性があったか。……羨ましいものだね」
博士が小さく呟いた。嫌味などではなく、純粋な羨望だった。
「だけど、今は遠慮願いたいな」
意外にも、博士ははっきり首を横に振る。
「作戦会議前だ。もし倒れられたら、僕は会議どころじゃなくなる」
「……まぁ、そりゃ心配になりますよね」
会議中、上の空でオロオロする博士を想像してしまい、レイディルは思わず苦笑した。
「んー……そっか。そですよね」
ウェリティアは頬をぽりぽり掻く。その顔には、わずかにがっかりした色が浮かんでいた。
「んじゃあ! せめて操縦席だけでも見ていいです!?」
両手を合わせ、懇願するように身を乗り出すウェリティア。
博士は「うっ」と言葉に詰まり、自分の一存では決められないとレイディルに視線を投げる。
「んー、一応機密扱いではあるんだけどな……」
「シエナからは『操縦士さんが良いって言ったら良いわよ』って言われてるから、ね?」
レイディルの方へ勢いよく振り向き、わざとらしく姫の真似をするウェリティア。
「姫がそう言ったなら、良いけど……」
国の偉い人がそういうのなら仕方ない。
レイディルはウェリティアを操縦席に案内することにした。
「ふむ、そういうことなら機動馬車の新機能、試してみようか」
ヴァルストルムが乗った荷台の元へ向かおうとするレイディルとウェリティアに博士が声をかける。
「そういえばヴァルストルムから弾を取り出した時に『ちょうどいいアイデアも沸いた』って言ってましたね」
レイディルは大工房でのやり取りを思い出していた。
しかし、それと操縦席を見せることとなんの関係があるのだろうか。
そこまでは彼には分からなかった。
荷台の上、ヴァルストルムの跪く足元。
ちょうど操縦席の真下に三人が移動する。
マリーは「大人数で行っても仕方ないわね」と言い、下でお留守番だ。
「それでどうするんです?」
「まぁまぁ待ちたまえよ」
疑問を発するレイディルの声に被せるかのように博士は声を出し、続けて床から突き出た棒の先端に付いている箱状のもの、そこに付けられた三角のボタンを押す。
下から柵がせり上がり、三人を囲った。
続けて機械音とともに、床がゆっくりと上昇し始める。
「わー、これって昇降機じゃん!」
三人を乗せた床は、静かに上を目指す。
留学中、ウェリティアも人力式の昇降台に触れたことはあったが、完全な機械駆動となると、おそらく世界初だろう。
「高所での作業は不安定で危ないからね。
これでだいぶ安全になるはずだよ。もちろん、レイディル君がヴァルストルム君に乗り込む時も、ね」
「確かに。今まではよじ登ってましたからね……だいぶん楽になりますね」
たとえ屈んでいるとはいえ、ヴァルストルムの操縦席までは八メートルほどある。
装甲の足がかりがあるが、毎度の乗り降りは手間がかかっていた。
「しかし、そんなことより世界初を体験してしまっていいんですかね!?」
レイディルは目の前──もとい、足元の技術にいたく関心を示している。
「おっと、まずはウェリィに、操縦席を見せるんだろう? 今感じた興奮はまた後で聞くことにしよう」
博士はレイディルの反応を見て、笑いながらそう諭した。
「レイディルはいつもこんな感じ?」
「彼は大体新しい技術を見ると喜んでくれるよ。開発者冥利に尽きるね」
ウェリティアは、横で喜び震えているレイディルをちらりと見やった。
博士の言うとおりで、どう見ても“嬉しさを隠せない”タイプだ。
博士も博士で、そんな反応を見るのをどこか楽しんでいるようだった。
興奮を抑えきれず、小刻みに震えるレイディルを見てウェリティアが小さく「おもろ」と呟いた。
「しかし、博士も腕上げましたね」
「君はどこから目線なんだ……」
「褒め言葉ですよー」
ウェリティアの言葉に、博士はやれやれと言った感じで手をひらひらと振っていた。
やがて昇降機はヴァルストルムの操縦席の前で止まった。
ウェリティアは「待ってました」とばかりに上半身を操縦席へぐいっと突っ込む。
「うっわ、なんかわかんないモノが沢山!」
まじまじと見つめるように、目を細めるウェリティア。
ヴァルストルムが起動していないのをいいことに、あっちこっちを触り始める。
「ふーん、この操縦桿で操作するのね……っと、足元にはペダル。へぇ」
腕をのばし、操縦桿の先端を人差し指で抑え、ガチャガチャと弄くり回す。
「ああ、思ったより柔軟に、それでいて人間らしい動きをするぞ」
レイディルは機体を背にしながら、横目でチラリとその様子を盗み見た。
隣では博士も同じく目を逸らし気味に、レイディルへそっと囁く。
「うん、まあ……はしたないよね……」
ウェリティアはというと、上半身を機体に預けたまま、宙に出た生の両脚をパタパタと揺らしている。
まるで犬の尻尾が元気よく振られているようだ。
「おもろいね、今までみたどんな機械より複雑怪奇だ」
「確かにその意見には賛成だね」
ウェリティアの言葉に博士が頷き答えた。
「話を聞くところによると、この子って中型ギガスを難なく蹴散らして、大型ギガスだって一撃で吹っ飛ばすそうだけど、この力があれば、神様だって悪魔にだってなれるんじゃない?」
「それはさすがに言い過ぎ、かな?」
ウェリティアの言葉をレイディルは即座に否定した。
「乗ってるオレの方が持たないよ。それに、乗ってない時に操縦者が襲われたり、疲れるまで物量で攻められたら……打つ手なんていくらでもある」
「まあ、それはそうかもね」
ウェリティアは足のパタパタを止め、上半身だけを機体に預けたまま、顔だけレイディルに振り返る。
「シエナが言ってたんだけど『操縦士さんは“動かせる責任”や“守りたい”という思いで英雄になってくれてるの。
見返りだとか催促だとかそういうのないのよ?
無欲なのかしらね』だってさ」
またもやわざとらしくシエナの真似をするウェリティア。
「無欲ってわけじゃ……ないけど」
ふと、先程問題を先送りにした自身の心が過ぎ、レイディルは弱々しく答えた。
「まぁなんだっていいけどさ」
操縦席に視線を戻し、ウェリティアは小さく呟いた。
「でも……シエナは“無欲”って言ってたけどさ。こんなすんごいの任されてて、無欲で済ませるもんなんだ?」
あくまで不思議そうに言うだけの調子。
「普通はもうちょい、なんか言うんじゃないの?動かせるのレイディルだけなんだし、主導権は君の手のなかだよー?」
それだけ言って、また足をパタパタさせるウェリティア。
レイディルの胸の奥で、ほんの小さなひっかかりが動いた。
博士は二人の会話を聞き、空を見上げている。
「そういうもんかな?」
彼がウェリティアに振り向くと、ちょうど風が吹いた。
コートがふわりと翻り、その下のスカートはお尻にぴったりと張り付いてラインを際立たせる。
「!」
その丸みを目にしたレイディルは、慌てて前を向き、気まずそうに食いしばる。
当のウェリティアはまったく気付く様子もなかった。
レイディルが落ち着くため遠くを見る。
荷台の上、更にヴァルストルムの胸の辺りともなれば、高く遠く見渡すことが出来た。
その視線の先に、アリーシアスとダイレルの姿が見えた。
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少しレイディルらと離れた陣地の端。
アリーシアスは柵に腰をかけ、ダイレルはその隣に並んでいる。
どちらからも言葉は出なかった。
気まずいわけではない。
だが、何をどう切り出すべきか、ダイレルは測りかねている。
「……」
「……」
喋り出す切っ掛けが掴めぬまま、風だけが木々をざわめつかせる。
「……調子はどうだ」
沈黙を破ったのは、父のほうだった。
だがその声音は妙に素っ気なく、どこか申し訳なさが滲んでいた。
「まぁ、そこそこです」
娘もまた淡白に言葉を返す。
「……そうか」
ダイレルはただそれだけを発した。
「……」
「……」
また沈黙。
父は腕を組んだまま、落ち着かない様子で人差し指でトントンと腕を打っていた。
「やれやれですね。口下手にもほどがありますよ父さん。
レイディルだってもう少し上手く喋ります」
「むっ、それはそれで心外だな……レイディル君はそう喋りも上手くないはずだが──」
ダイレルは顎に手をやり、不服そうに反論する。
「どうだか」
アリーシアスは目を閉じつーんとした表情を取る。
ダイレルは一度視線を落とし、つま先で地面を軽く叩いた。
「……で」
一拍置いて、まるで難問を聞くかのような声の重さで喋る。
「……食事は、足りていたか」
ダイレルがなんとか絞り出した声を受け、アリーシアスがぱちくりと瞬きする。
「驚きましたね……まさか次に出てくる言葉が世間話みたいなものだとは……」
アリーシアスは少々呆れながらも、ダイレルの言葉に答える。
「そうですね……幸いにもマリーさんが料理の達人で……中でもパンが、今まで食べたことがないくらい美味でした」
「そうか、お前がそこまで言うのは珍しいな」
「グレナウの食事も美味しかったですよ。
さすが豊穣都市ですね」
「ふむ」
「まぁ博士が作った機動馬車が速くて、野宿などはほとんどありませんでしたからね」
「確かにあれは速いな……」
ダイレルはそこで言葉を切った。
まだ何か言いたげだが、口の中で転がしては消えていく。
そういう父の不器用さを、アリーシアスはよく知っている。
「いけませんよ、父さん。返事のバリエーションが少なすぎです」
「……む。気をつけよう」
注意してなお、会話の種類に乏しい父に、アリーシアスは「はぁ……」とため息をひとつついた。
「出来れば父さんから色々話を広げて欲しかったんですが……仕方ないですね」
アリーシアスはジトっとした目で、横にいる父を見ると、柵の上で肘を太ももに乗せ器用に頬杖を着いた。
彼女が沈黙を続けていたのは、父の言葉を待つためであった。
が、どうにも上手くいかず痺れを切らした。
「それじゃあ、わたしから質問です。
よく仕事から離れられましたね。ラディオ……さんでしたっけ、その方はよほど優秀なのですか?」
「……そうだな」
しばしラディオとのやり取りを思い出すダイレル。
「出来れば事細かく教えて欲しいです」
アリーシアスは父の口数を増やすためわざと注文をした。
「……私が姫の動向を仕事が多忙だからと断ると……」
『何言ってるんですか! 仕事は私がやっておきます。あなたは娘さんのところに行くべきでしょう!? 全く……娘さんのことになると姫の命令ですら動くのが遅いんだから……会えるタイミングは大事ですよ!』
そう怒られケツを叩かれた、とダイレルは言った。
「物理的に叩かれたぞ……」
父なりのジョークだろうか、それともラディオなりの発破のかけ方なのか、アリーシアスには測りかねた。
「それはまあ……頼もしい方で」
「優秀だからな。ゆくゆくは私の後継として推しているほどだ」
父が言うのなら相当なのだろうとアリーシアスは思った。
少しして、黙っていてはダメだと、 ダイレルはなんとか話題を見つけるため思案した。
「ところでレイディル君は──どうだ」
そして出てきた言葉がこれである。
「そうですね──あの人、悩んだり迷ったり無茶したり、血を流したり怪我したり……ほんともうなんて言うか、放っておけませんね。
なんだか手のかかる兄みたいな感じです。
頼れる所もたまにはありますけど」
「……そうか」
「父さん」
「なんだ」
「知ってましたね? ……レイディルの魔術が、なぜ使えないか」
「……何を根拠にそう思う」
「そもそも本人が言いました。王都の魔術師に調べてもらった、と。
父さんが見落とすとも、王都の術師たちが見逃すとも思えません」
「調べたのは触りの部分だけだ、原因までは特定していない」
「そうですか、一応説明しておきますと、解析魔術でのイメージを受け取ることに慣れすぎた弊害です」
「才能が邪魔をした、か……アリーシアス。お前は、その理由に自分で気付いたのか?」
「もちろんです。あの人を見ていれば分かりますよ。わたし、才女なので」
「……いやはや凄いな」
我が娘ながら、彼女の返事を否定する箇所は見当たらないな、とダイレルは思った。
「だが、彼に魔術の才能が無いのは事実だ。
ならば、中途半端な力を持つ危険さも分かるだろう」
「……あぁ、そういうこと」
ダイレルの言わんとしたことが彼女には理解できた。
「父さんは、レイディルを“騎士”にしたくなかったんですね……戦いに身を置いて欲しくなかった、と。
レイディルのお父さんとでも約束しましたか?」
「まさか。私の独断だよ」
「独断……ですか」
「……彼には、争いとは無縁でいてほしかった。彼の性格上、そういうことには向かないと思った。それだけだ」
ダイレルは苦々しそうな顔で続けた。
「しかし、兄か……ふむ」
その一言に、妙な重みがあった。
「……なんですか、その意味ありげな顔」
そんな父の反応にアリーシアスは怪訝な顔をする。
「いや、いい。気にするな」
「……そういうところ、嫌われますよ」
「お前は、私に似て、言いたいことを言うな……そういうところは嫌われるぞ」
言葉を返されアリーシアスはムスッとした。
「自分が言いたいこという性格だと思うなら、わたしにも言いたいこと言えばいいのに……」
そう呟くような声でダイレルに聞こえぬよう、小さく不満を漏らす。
そして、気を取り直し真面目な顔をして声を吐くように出す。
「……でも、あの人はもう、争いと無縁じゃいられませんよ」
その言葉を突きつけられた、ダイレルは無言で空を見上げる。
雲が頭上を通り過ぎた。
流れが早い、きっと上空は風が強いのだろう。
「……知っている。私がそうさせた」
ダイレルの言葉は、押し殺したような低い声だった。
「だったら──」
『だったらヴァルストルムの操縦者の予備を作る計画があったことを知っていますか?』そう言いかけて彼女はハッとする。
別れ際にレイディルが目配せした理由に気付く。
(あぁ、このこと……確かにヴァルストルムさんにレイディルを乗せるのは執政官の父さんと姫が決めたこと……言ってしまえば、多分二人はなんとかしてしまう、と思う。
それを言うなってことは、レイディル……自分でなんとかするってこと、だよね……?)
「なんだ?」
考えふける娘にダイレルは不思議そうな顔で聞き返す。
「……なんでもないです」
「あえて語らないのなら、それでいい」
娘の反応に、ダイレルはそれ以上言葉を重ねず、静かに受け止めた。
「……まぁなんだ……戦いは続く。
自分の身を一番に考え、無理はするなよ」
「わかりました。無理は程々にしておきます。
そうですね──レイディル基準で」
そう言われダイレルは呆気にとられた。
「それは無理をすると言っているも同義ではないのか……」
そんな驚く父の顔を見て、アリーシアスはクスリと笑った。
遠くで二人を呼ぶシエナ姫の声が聞こえる。
「はぁ、そろそろ時間ですね。やれやれです。ほとんどレイディルの話になってしまいました」
アリーシアスは「よっ」と言う掛け声と共に柵から飛び降り、ポツポツと姫の声がした方へと歩みを進めた。
ダイレルもまた、娘の背中を追うように移動を始める。
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「将軍が戻ってきたみたいよ。
作戦会議の時間ね」
姫の合図でレイディルたちとアリーシアス、ダイレルは再び合流をする。
テントへ向かう道すがら、アリーシアスは隣を歩くウェリティアにふとした疑問を投げかけた。
「そういえばウェリティアさんは」
「ウェリィでいいよ」
即座に訂正を促すウェリティア。
「……ウェリィは、昔は黒髪で三つ編みで縁の太い眼鏡をしていたと聞きましたが、今は大分印象が違いますね」
実は気になっていた、と博士が聞き耳を立てる。
「あー……なんてことはないよ。
つまんない昔の話」
「あら、私も興味あるわね」
姫が二人に並ぶように歩く速度を緩める。
「んあー……いちお、十四くらいまではその格好だったんだけどさー……」
ウェリティアは頭を掻きながら、昔を思い出していた。
シエナ姫はうんうんと頷いている。
「なんてか、留学先でねー。
三つ編み眼鏡な格好だとさ、チョロそうに見られるわけよ……はぁ、マジでさ」
ウェリティアはウンザリしたような声を上げながら、つらつらと語り始めた。
「やれ『押せばイける』だとか『チョロそうだ』とか……はたまた『オレこういう娘に弱いんだよ』とかさ、あとは『オレだけが彼女の良さを分かってる』なんてのもあったっけか……そんな人が多くてね」
シエナ姫は「本当にそんな人間が存在するの?」と、不思議そうに首を傾げている。
どうやら姫には縁遠い話のようだった。
その逆隣ではアリーシアスが、レイディルをじとりと半目で見ていた。
“男ってみんなそうなのか”とでも言いたげな、疑いを含んだ視線だ。
それを前で振り返り見たダイレルは、わずかに眉をひそめた。
「なに、そうなのか?」と、まるで“怒る準備に入った”かのように、眉間に皺が寄っていく。
「おいおい……別にみんながそんなわけじゃないぞ。そんな目で見るな」
慌てて言い返しながら、レイディルは前方の執政官にも手を振る勢いで弁明した。
「執政官も! 誤解しないでくださいよ!」
本気で困惑しているのが、声色だけで伝わってくる。
「でも、何となくわかるわ。
私もこんな格好してると、優しくて清純とか言われちゃうもの……そうじゃないのに」
と、修道服に身を包むマリー。
その言葉にはなにやら含むものがあった。
「なワケで、ちょっと反逆でもしてあげようかと思って、こんな格好になりました……とさ。
やっぱ嫌なことは嫌だってちゃんと言わないとね」
ウェリティアは「私は外見から表したけど」とダルそうに付け加えた。
「それじゃあ眼鏡は……」
今のウェリティアは裸眼だ。
「あぁ、あんまり見えないかな。
機動車運転する時は眼鏡してたよ?」
そんなやり取りを他所に神妙な面持ちでレイディルは呟いていた。
「……嫌、か」
胸の奥で何かが引っかかっている。
理由はわからない。ただ、言葉だけが妙に響いた。
「んー、なに? なんか刺さった?」
自分の言葉に気になるところでもあったのかと確認をとるウェリティア。
「……いえ、彼はいま絶賛お悩み中なだけです。
そうですね──“なにが嫌なのか”すらわかっていない段階ですが」
「あー、こう、人に言われると……なんか、なんかむず痒いぞ……」
レイディルはアリーシアスの方を見て、暗に“やめてくれ”と訴えた。
「お喋りはここまでのようだ……ほら、もうテントに着いてしまった」
博士が言い、七人は足を止めた。
ダイレルが幕を押し分けて中へ入る。
ランタンの光が差し込み、将軍とグレオール、大隊長であるレイラとエリオス。
そしてリオルド、ジルベルト、そしてベイル──アルバンシアの主だった面々がすでに揃っていた。
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「まず主力部隊は二手に分け、二つの入口から山道へ入ってもらう」
バーグレイが立てかけられた地図を指揮棒でなぞり、滑らかな手つきでルートを示す。
山道は決して広くない。大軍で押し込めば長大な縦列となり、機動力が死ぬ。
そのための“分割”だ。
「で、オレたち別働隊はベイルの案内で山越え、ってわけだな」
「道と言っても……獣道ですけどね」
リオルドの確認に、ベイルが肩をすくめる。
道とも呼べぬ山中を抜けるため、彼の隊は山慣れした肉体派ばかりの少数精鋭が選ばれていた。
「さて最後に、ヴァルストルムについてですが──」
将軍の説明を補足するように、グレオールが一歩前へ出る。
そして言葉を切り、わざと間を置いてからレイディルを見る。
「ヴァルストルムは隣の山の頂上まで一気に先行。その位置から砦へ攻撃してもらいます。
手段は問いません。“機関砲”とやらでも“弓”でも“投石”でもなんでもかまいません」
そのグレオールの言葉にレイディルは答えるでもなく、顎に手をやり黙っていた。
考え込むような沈黙が、場の空気をわずかに重くする。
「……なにか?」
気になったのか、グレオールが問いかける。
しかし返事はない。
一歩遅れてアリーシアスがわずかに目を細めた。
レイディルが何を思案しているのか──彼女は、察した。
けれど、その理由をこの場で口にすることはしない。
彼女は静かに視線を伏せ、そっとレイディルの選択を待つ。
他の面々もまたレイディルの出方をうかがっていた。
やがてレイディルは一度目を閉じ、深く息を吸い込む。
そして、静かに目を開いた。その瞳には決意の色が宿っていた。
「……お断り……します」
その意外な言葉に、グレオールはわずかに目を見開き──ゆっくりと表情を崩した。




