40話・幕間「とある報告」
テント内には、紙を擦る音だけがあった。
そこにいるのは、バーグレイとレイラだけだ。
バーグレイは書簡から顔を上げ、報告を終えたレイラを見据える。
「……以上、です」
カーネスの街での事細かい報告。
潜入時のことから解放後のことまで、詳細に書かれている。
「ふむ、メンバーがほぼペーペーみたいなもんだが少数での潜入、上手く成功させてくれたみたいだな」
レイラと共に潜入した、レイディルもアリーシアスも、有用な技術を持っていたとはいえ、潜入任務の経験は皆無──つまり素人であった。
しかし、失敗もせず、作戦を完遂させた。
「よくやってくれた」
「い、いえ……あの……二人が頑張ってくれたので」
「本来ならもう少し人員を導入したかったが……」
「……ヴァルストルムの……て、手のひらにはそんなに乗れないので、仕方ない……と思います」
「おかげで苦労をかけた」と、バーグレイは告げた。
「それにしても、住人すべてを避難させるために、助け出した衛兵と住人をそのまま戦力に組み込んだ、か……」
バーグレイは口髭を手で撫でながら、苦笑した。
「中々に無茶な作戦をしおる」
「は、はい……。ですが……あのアルバンシア……ならでは、だと思います」
「ふむ、目の付け所が良かったな。ただ──」
「カーネスの住民を危険に、晒したことは……私の落ち度です……」
人質に取られないため住民全てを救い出すことを目的にしたが、万が一の可能性があった。手放しで褒められたものではないだろう。
「……奇抜な作戦だが、結果は出した。
だからこそ、次は一層慎重にやれ」
将軍はそう言い、一呼吸置いてから続ける。
「だがまぁ……今回の人員数では、仕方の無い部分もある。よって今回は不問! そういうことにしておくか」
それでもレイラは万全とは言えない作戦に表情が浮かない様子だった。
「沈んどるところ悪いが──」
バーグレイが話を切り替える。
「バルゲインのことだが……」
「は、はい。事前情報通り……敵指揮官として対峙しました」
テント内に静寂が訪れる。
二人分の呼吸音だけが残った。
バーグレイはしばし黙り込み、指で書簡の端を叩いた。
「……それで」
短い一言だったが、何を指しているのかは明白だった。
その言葉を受け、レイラはバルゲインとの会話を将軍に伝えた。
一語一句。
言葉に漏れがないように。
「……バルゲインは、確かにそう言ったのだな」
「はい、皇帝について……です」
皇帝……ガンディール・ヴァルディウス。
その言葉が落ちた瞬間、テント内の空気がわずかに重くなる。
「一個人で、三万を蹂躙したと」
「そのように……語っていました……」
誇張とも取れる内容だ。
だがレイラは、訂正も補足もしない。
「バルゲインは……ヤツは虚言を弄する人物だったか?」
「……いいえ。最期まで……理路整然としていました。おそらく将軍が知っている通りの人物……かと」
バーグレイは短く息を吐いた。
「確かにヤツは……淡々とはしていたが嘘や妄言を吐く人物では無い……例え心折れてたとしても、だ……にわかには信じられん話だが……」
そう告げ、今度は「はぁ」と、深く息を吐く。
「で、他には……」
「今際の際……ですが」
レイラは一拍置き、正確に言葉を再現する。
「『説得したいのなら、伝言でなく、自身が来い』と」
それだけだった。
沈黙が落ちる。
バーグレイはしばらく視線を伏せ、やがて低く呟いた。
「……そりゃそうだ。まぁワシが説得した所で結果は変わっとらんだろうが──」
将軍は「そういう男だ」とだけ呟き、一人物思いにふける。
報告は終えた。
レイラは静かに、何も言わず、ただ敬礼を残して踵を返した。
テントの入口の布が閉じた後、バーグレイは一人、机に置かれた地図を見下ろす。
「皇帝……ガンディール、か……」
それは一つの、災厄にも等しい呼び名だった。
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報告を終えたレイラは背後に違和感を覚えた。
人の気配。
おそらく将軍とレイラの話が終わるのを入口横で待っていたのであろう。
レイラはそっと振り向き、人物を確認した。
エリオスである。
「エ、エリオス……さん?」
なにかこちらに話があるのだろうか。
レイラは戸惑いながらも彼の言葉を待った。
「レイラちゃん」
やけに真剣な顔だった。
レイラは肩に力を入れ身構える。
そして続く言葉に備えた。
「さっそくなんだが……温泉の話の続きといこう」
「え……? あ……は、はい……? お、温泉……の、ですか……?」
到着したばかりの時に、既に質問攻めを受けたはずだ、とレイラは思った。
だが彼はあの程度で満足してはいなかったのだ。
思わず聞き返すと、エリオスは肩をすくめる。
「これは私の予感なんだが、今のうちに、話の続きをしておいた方がいい気がしたんだ」
この人は何を言っているんだろうか? レイラはそう思い苦笑する。
(苦笑?)
ふと考えてみると、自覚はなかったが、報告した内容の重さが、彼女を緊張させていたのだ。
それが、ようやく解けた。
「ん、強ばった顔が元に戻ったね?」
安心したと言うような口調だった。
「……そ、そんな顔してましたか?」
「ああ。なんだか温泉の話を聞ける顔じゃなかった」
(それなのに、この人聞いてくるんだ……)
彼の軽い調子にレイラは呆れていた。
「しかしだな、温泉はなんというか私の唯一の趣味なんだ。それを聞かずして次の作戦は出来ないってほどの」
エリオスは妙に真面目な顔で語った。
レイラは珍しく大きなため息をつく。
「はぁ……仕方ない……です。ど、どんな質問にも答えます……」
諦めの言葉と表情を浮かべると同時に、彼女はバカバカしいやり取りをして、肩の力が抜けるのを感じた。




