5・冒険都市アルフガフト
「え……街?」
迷宮から出ると、そこは中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
全体的に白色の建物が多い。
元の世界に比べて、高い建物が少ないのは文明レベルが少し下なのか。
道は石畳の絨毯というヤツ。
街を歩く人々も多く、活気に満ちあふれていた。
「ああ——ここは冒険都市アルフガフト」
「普通、地下迷宮とかダンジョンってのは街の外にないのか? 俺の勝手なイメージだが……」
「もちろん、ダンジョンにはモンスターが出るからね。街の外にあるのがほとんどさ」
「なら——」
「でもこのアルフガフトでは街の中に地下迷宮がある。というより地下迷宮を中心にして栄えてきた街、といっていいかな」
後ろを振り返ってみると、地下迷宮の入り口はしっかりと整備されている。
さらに入り口の両脇には兵士らしき人間が突っ立っていた。
ダンジョンの入り口……というよりは、アトラクションの入り口に近いイメージを抱いた。
「なんでそんな危ないことをする」
「それが効率的だからね。地下迷宮というのはモンスターや宝箱から得られる資源もあり、冒険者も集まってくる。人が集まるところに、店が建ち並びそして家も作られていく。とはいっても、迷宮を中心にして作られる街は珍しいんだけどね」
そんな解説をイアンから受けながら、アルフガフトの街並みを歩く。
うむ。
ただこうして歩いているだけでも、色々な人がいた。
耳が尖っており、金色の髪をしたエルフっぽい女の子。
獣人族、というヤツなのか。神様のように耳を生やした女の子。
無骨な格好で、周囲に威圧感をまき散らしながら歩いている男。
元の世界では海外旅行も長らくしていなかったからな。
ついつい異国(というより異世界)の光景に目を奪われてしまう。
「着いたよ」
そんな感じで歩いていると、イアンはとある建物の前で立ち止まった。
「ここは?」
「入ってみれば分かるさ」
イアンの後に付いていき、建物の内部へと入る。
「ああ——これはこれはイアンさん。今日はどのようなご用で?」
中はとてもキレイな場所であった。
元の世界で例えるなら、宝石店によく似ているだろうか。
ガラスケースがいくつかあり、中には……使い道が分からないガラクタのようなものや、宝石ものが飾られている。
さらにはガラスケース以外のところにも、絵画が飾られていたり、液体が入った瓶——そう、丁度ポーションのようなものも置かれていた。
ただ俺が見たポーションは青色の液体であったが、ここに置かれているポーションは何故か赤色だった。
種類が違うのだろうか? それともそもそもポーションではない?
そんな建物の中。
一番奥でカウンターに座っている一人の男性。
この建物の主であろうか?
縁なしのメガネをかけており、温厚そうな顔は落ち着いた大人の雰囲気を醸し出していた。
「今日は良い人を連れてきたよ」
「良い人? 後ろの方ですか?」
その建物の主(?)は俺を見て、首を傾げた。
一つ一つの動作が映画の俳優を見ているようだった。
「紹介するよ。この方は道具屋『シャルリム』の店主のホレスさん。アイテム職人としってやっていくなら、ホレスさんはきっと君の力になってくれるはずさ」
「道具屋」
——アイテム職人とは切っても切れない関係のように思える。
道具屋にアイテムを卸し、それを売ってもらう。
そうすることによって金銭を得る。
接客業なんてわざわざしたくないしな。
客からのクレームなんて受け付けません!
「ホレスです——えーっと」
カウンターから出てきて、握手を求めてきたホレス。
「コウキ。コウキ・オクムラだ」
「コウキさんですか。よろしくお願いしますね」
ホレスの手を握る。
「ん……それにしても、アルフガフトでは見たことのない顔ですね。他の街からやって来た方ですか?」
「いや、他の世界からやって来たんだ」
「他の世界?」
「ああ、イアンから聞いたけどそういうヤツのことを《異人》って言うらしいな」
「な、なんと……《異人》でしたが」
興味深げに顎を撫でるホレス。
「私も長らくアルフガフトで道具屋を営んでいますが、《異人》の方を見るのは初めてですぞ」
「ふふふ、興味が出てきたかなホレス。ユニークスキルも持っているから、大事にした方が良いと思うよ」
「それはそれは——良い方を紹介してくれましたね、イアン」
イアンとホレスは最初から仲良しだったのか。
二人の間に流れる空気は穏やかなものであった。
「じゃあ——僕はそろそろ行くよ」
そう言って、イアン達が道具屋から出て行こうとする。
「え?」
「僕が出来るのはここまでさ。後はホレスさんに任せておけば大丈夫だから」
「でも……」
「僕は迷宮を踏破するまでは、アルフガフトにいるつもりさ。もし僕に用があるなら冒険者ギルドに来ればいい。僕達は大体そこにいるから」
別れは名残惜しい。
でもいつまでもイアンの世話になるのも悪いだろう。
それにイアンの言葉を信じるなら、今生の別れというわけでもない。
「……ふ、ふんっ! あんたなんかすぐ野垂れ死ぬわよ」
イアン達が店から出て行こうとする時、ジェリーが振り返ってそう言った。
「そうならないように気を付けるよ。またジェリーに会いたいしな」
「なっ……! また変なこと言って! ま、まあ。街中であんたの死体があったら、それはそれで気持ち悪いからね。もし! 死にそうになったら、ギルドに来ること! 分かったわね!」
なにかと突っかかってくるジェリーでも、しばらくの別れとなったら少し寂しい気持ちになった。
それに今の言葉を聞いて、性格は不器用な娘かもしれないが、俺のことを嫌っていないことが分かった。
やがてイアン達が店から出て行ってから、
「……イアン達ってやっぱ凄腕の冒険者だったりするのか?」
「それはそれは。イアンさん達のパーティーは《黄翼の蹄》と呼ばれていまして。アルフガフトでも一、二を争う有名なパーティーでもあります」
「四人しかいないのにか?」
「確かに百人程のパーティーを組んでいる者もなかにはいます。しかし……それではスキルレベルを上げるという観点から非効率で——ああ、すいません。この話はもっと落ち着いた場所でしましょうか」
そう言って、ホレスは「どうぞ」と手招きをする。
ホレスに付いていくような形でカウンターの中、奥の事務所的なスペース
へと入る。
「外からは分かりにくかったけど……結構広いんだな」
「おかげさまで」
アルフガフトはまあまあ都会だと思う。
他の街がどうなのか分からないので、断定は出来ないけど。
ならば——そんな都会の中で広い店を開けるのは有能の証のように思えた。
実際、事務所の中はとても広く、整理整頓・掃除もされておりここで生活していってもなんら問題がないように思えた。
「どうぞ、ここにお座りください。紅茶は飲みますかな」
「ありがとう」
丸いテーブルに向かい合うような形で。
俺はティーカップの中に注がれた紅茶に口を付ける。
温かい……。
紅茶が体の芯まで染み込んでいくようだ。
どうやら気付かない内に体は疲労を覚えていたらしい。
それもそうだろう。
異世界に来たと思ったら、迷宮なんか探索していからな。
俺はそんなことしたくなかったんだけど。
「さて……なにから話しましょうか」
ホレスは優しげな目を向けて、優雅に紅茶を飲んだ。
「——いきなり本題に入って失礼ですが、イアンさんはあなたがユニークスキル持ちだと言っていましたが?」
「ああ。ユニークスキルかどうか分からないけど、イアンはそう言ってたな」
神様から授かったスキル。
そのおかげで、イアンのような冒険者が気にかけてくれ、こうやって有能な道具屋の店主と会わせてくれたりする。
「……【全体効果付与】ですか。聞いたことありませんね」
おそらく、ホレスも【鑑定】スキル持ちなのだろう。
ならば【鑑定】スキル持ちには、俺のことが丸裸のように見えるのだろうか。
それはどうなのだろう。
この世界にとってスキルを知られるということは、どれだけの意味を持つのだろう。
今のところ、イアンやホレスといった問題のなさそうな人に見られているから大丈夫だ。
でもこの先……俺に敵意を抱く人にやすやすと情報をオープンに閲覧させることは?
その辺りも後々対策を考える必要も出てくるだろう。
「単刀直入に言う。このスキルはポーションに【全体効果】のスキルを付与させることが出来るんだ」
「な、なんと……! それは真ですか」
「ああ。良かったらこの店で余っているポーションを一つくれるかな」
そう言うと、ホレスは立ち上がり店内からポーションを持ってきた。
「赤色のポーション? 俺の知っているポーションは青色なんだが」
「ハイポーションです。ポーションの上位バージョンですね」
「そんなものを使っていいのか? 高いんじゃないのか?」
「……お値段は張りますが、先行投資です。どうぞお使いください」
ならば遠慮せずに使わせてもらおう。
「スキルオープン」
まずはもう一度、自分のスキル情報を確認しよう。