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黒い炎と氷の刃  作者: 雪華
最終話
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55話  bon voyage

 あれから三年の月日が流れた。


 すっかり復興した中央都市は、朝からお祭りムードに沸いている。

 街中が花で飾り付けられ、露店が並び、陽気な音楽がそこかしこに流れていた。


 宮殿では、珍しく紋付き袴の正装をした煌牙が、煌牙によく似た銀色の髪の小さな男の子の後を、慌てたように追いかける。


「夜霧! その部屋はダメだ、今準備の真っ最中だから」

「余は退屈なのじゃ!」


 煌牙の伸ばした手をすり抜けて、夜霧と呼ばれた小さな男の子は、薔薇のモチーフが彫り込まれた大きな両開きの扉の前に立った。


「あれっ、夜霧。こんなところで何してるの?」


 ドアノブに手が届かずに背伸びをしていた夜霧を、通りかかったルージュがひょいっと抱き上げる。


「レンに遊んでもらうのじゃ」

「んー。今日はちょっと難しいと思うよ」

「ルー、お前も主役だろ。何やってんだよ」


 呆れ顔の煌牙がルージュに声をかけると、ルージュも苦笑いした。


「俺の準備なんてあっという間に終わっちゃうから、手持ち無沙汰なんだよ。それにしても、夜霧はますます『夜霧』らしくなったね」

「そうなんだよ。誰も教えちゃいないのに、いつの間にか自分のことを『余』なんて呼ぶようになってさ。口調まで似てきやがった」


 ルージュから夜霧を受け取ると、煌牙は愛おしそうに夜霧に頬を寄せる。


「ファロが最期に言った、『罪滅ぼし』ってこのことだったのかもな」

「自身の全てと引き換えに、夜霧をこの世へ戻した……って事か? まあ、そう考えちまうよな。そうだったとしても、違っても、どっちにしたって夜霧がいるってことが俺には有難いけどな」


 煌牙の片手に納まる夜霧は、甘えて首にしがみついた。煌牙は空いている方の手で、よしよしと頭を撫でる。


「溺愛だな」

「お前もそのうちわかるよ」


 穏やかな笑みを浮かべた煌牙は、ルージュを真っ直ぐ見つめた。


「やっとこの日を迎えられたな。……おめでとう」

「何だよ。お前が改まると、何か調子狂うな」


 照れくさそうに目を伏せたルージュは、頬を掻く。そして、顔を上げ「ありがとう」と笑った。


「あ、義兄にいさん。ルージュさんも。お久しぶりでーす」


 片手をあげながら現れた汐音に、煌牙とルージュも笑顔で迎える。汐音はルージュの目の前まで来て立ち止まると、自分の背とルージュの背を比べるような仕草をした。


「何だよ。まだ俺の方が高いだろ?」

「ちょっとだけね! でも、もうルージュさん身長伸びないでしょ? 僕まだ伸びしろあるから、次に会った時には追い越せるな」


 得意気に胸を逸らせる汐音を見て、ルージュは大袈裟にため息をつく。


「それより、お前まだ教会で暮らしてるんだろ? 不便じゃないのか。こっちに来ればいいのに」

「うーん。でも、香澄が差し入れしてくれるから平気。人間界のモノって、面白いし美味しいし、飽きないよ」

「へぇ。上手くいってんだ。汐音たちの番が来るのも、すぐかもな」


 煌牙はウトウト眠り始めた夜霧の背中をトントンと叩きながら笑った。汐音は顔を赤らめながら、視線を泳がす。


「まぁ……そうなればいいなって思いますけど。……あ」


 思い出したように汐音は顔を上げると、ルージュに向き直る。


「言うの忘れてた。婚礼の儀おめでとうございます。ナイと思うけど、姫様泣かせたら怒りますからね」

「うん。ないから安心して。……ありがとう」


 微笑むルージュを見て、汐音は嬉しくて泣きそうになるのを堪えた。三年前の大戦を思い返えせば、今の幸せそうな姿に胸が熱くなる。


 潤んだ瞳を隠す汐音に、煌牙もルージュも気づかないふりをした。穏やかな沈黙が流れる。

 不意にルージュの背中で、重い扉が開く音がして、三人は視線をそちらに向けた。


「あら、皆様お揃いで。丁度良かった、姫様のご用意が終わりましたよ。ルージュ様、入られたらいかがですか?」

「まぁ、夜霧までこんなところに。寝ていんすか?」


 顔を出した雪乃と氷鯉に続いて、香澄も扉の外に出るとにっこり微笑んだ。


「レン、すっごく綺麗だよ。ルージュさん、どうぞ!」

「や……。でも、俺は」


 照れながら遠慮するルージュの背中を、香澄が押した。


「式典が始まったら、その後は宴もあって中々二人きりで話す時間はなさそうですよ? 今のうちに、ほら!」


 グイグイと押し込められて、ルージュは部屋に一歩踏み入れた。氷鯉が含み笑いを浮かべて、ルージュにそっと耳打ちする。


「参謀殿。もしレンの口紅が落ちても、また直しんすから、どうぞお気兼ねなく」

「っ―― ヘンな気回すな」

「ふふ。ごゆっくり」


 睨むルージュにお構いなしで、氷鯉はクスクス笑うと扉を閉めた。


「ルー? いるのー?」

「うん」


 パーテーションの向こう側からレンの声が聞こえて、ルージュは扉を睨むのを辞め、緊張しつつ振り返った。ちょこんとパーテーションから顔を出したレンを見て、息をのむ。

 純白のドレスが眩しかった。

 今の気持ちをどこから伝えようか悩んでいると、レンが手をたたいて感嘆の声を上げる。


「わぁ、ルー。白いスーツ凄く似合うよ、素敵! でも、他の女の子に見せるの、ちょっと嫌だなぁ……独り占めしたいよ」


 同じようなことを考えていたルージュは、苦笑いしながらレンの頬に触れた。


「あのね、それは俺のセリフだよ」

「ルーも? あ、ねぇさっき夜霧の声がしたけど、大丈夫だった? 遊んであげられないから、泣かなかった?」

「すぐ寝ちゃったから大丈夫」

「そっか。あ、ねぇ私、良いこと考えちゃったんだ。もしも私とルーの間に女の子が生まれたら、夜霧のお嫁さんにしてもらうの」

「えっ」


『良いこと?』と眉をしかめてルージュはレンの姿をもう一度確認した。レンとそっくりな女の子が、今のレンのような花嫁衣裳を身に着け、その隣に煌牙そっくりの夜霧が立っている場面を想像する。


「レンとそっくりの女の子が……なんか、複雑」

「ルーにそっくりかもしれないじゃない」

「それはそれで……やっぱり複雑」


 そう言ってお互い目を合わせると、同時に吹き出して声を上げて笑った。愛おしさに胸が張り裂けそうになって、ルージュはレンに唇を寄せる。


「あ……折角お化粧したのに」

「氷鯉が何とかしてくれるってさ」


 ルージュが噛み付くように口づける。すっかり口紅が落ちきった頃、ようやく唇を離すとレンが笑った。


「ルー、ずっと一緒にいてね」

「もちろん。生まれ変わっても、必ずレンを見つけるよ」




 カーテンコールのその後も、物語は続いていく。

 冒険譚の表紙がセピア色に変わっても、

 想いはずっと色褪せることなく輝き続ける。


 ドラマチックなダイアモンドのように――――



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