第27話 鍛冶・透破の給与制組織化と駒打ちの結実
本日3話目です。
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獅子目近辺の簡単な地図です。
永禄十二年(一五六九年)十月上旬。
初秋の涼風が吹き抜ける獅子目の盆地には、以前の殺伐とした空気に代わり、槌音と火花の匂いが立ち込めていた。
春の第二次防衛戦において、二千二百の肝付本隊を地雷壺の連鎖爆破ですり潰して以来、敵は「獅子目の天狗の神罰」を恐れて完全に沈黙していた。さらに大姶良城の橋口但馬守とも裏の不可侵密約が機能しており、姶良川の水運と高須港の製塩ラインは極めて安全に稼働を続けている。
だが、すり鉢状の谷底に急造された「獅子目ラボ・第一鍛冶工房」の土間からは、相変わらず激しい怒号と悲鳴が響き渡っていた。
「熱ッ! 痛ッ! 煙ィ! 若君、僕ぁね、もう眉毛も前髪もチリチリに焦げて全滅しましたよ!!」
煤まみれの麻布を頭から被った弥三郎(二十一歳)が、鍛冶場の鞴の横から転がり出てきて絶叫した。
手にした木板の勘定帳をパタパタと仰ぎながら、涙目で千代丸へ詰め寄ってくる。
「獅子目の山奥で木を伐り、豚の糞を片付け、高須の荒波で船酔いし、二千二百の軍勢の目の前で囮をやったと思ったら……今度は火の粉が飛び散る鍛冶場の労務管理ですか! なんで二十一歳の武士が、頑固一徹な鍛冶職人どもの日当計算と火花除けのケツ拭きをしなきゃならんのですか! 武士の扱いじゃない! 完全に町工場の工場長ですよォッ!!」
「弥三郎、喚くな。火花が散るのは鉄を鍛えている証拠だ」
十一歳の楠千代丸は鍛冶場の入口に腰掛け、手元の薄板に炭で引いた「武器内製化工程表」を検分していた。
十一歳になり、わずかに背丈は伸びたものの、鍛冶場の巨漢職人たちに比べれば依然として子供の体躯だ。だが、前世の製造業サプライチェーンを担当していたコンサルタント脳は、この鍛冶工房が生み出す戦略的価値を冷徹に計算し尽くしていた。
「坊津から買い付けた種子島産の鉄五十貫と、薩摩本家公認の黒色火薬。これらをただ倉に積んでおくだけでは意味がない。戦場で折れた槍を研ぎ直し、銃身の清掃具、火縄、弾丸、火薬包まで自前で揃える工房がどうしても必要だったんだ」
千代丸が指差した土間の炉の前では、高須や近隣の郷から集められた腕利きの野鍛冶や鉄砲鍛冶五名が、上半身裸で大槌を振るっていた。
カンカンカンッと小気味よい音が響き、真っ赤に焼けた鉄塊が槍の穂先や鏃へと姿を変えていく。
「しかも若君、この職人どもに固定給と出来高の手当を組み合わせた給与制を導入したでしょう! 出来のいい槍を一本作るごとに米一升を上乗せするもんだから、あいつら飯も食わずに一日中槌を振り回して、鉄の消費量が当初の予定の三倍ですよ! 僕ぁね、帳簿の数字を見るだけで胃がキリキリ痛むんですよォッ!!」
「弥三郎、成果報酬が機能している証拠だ。現場のやる気管理としては大成功だろう」
「成功しすぎて予算がパンクしそうなんだよォッ!!」
弥三郎が頭を抱えて叫んだその時、鍛冶場の奥から白髪混じりの髭を煤で真っ黒にした甚兵衛(六十一歳)が、満面の笑みで飛び出してきた。
手には、打ち直されたばかりの長槍を一本、誇らしげに掲げている。
「ガハハ! 見よ若君! 蒲生八幡の御神木ならぬ、獅子目鍛冶の極上槍じゃあぁぁっ! 職人どもに『若君の御為に打て』とハッパをかけたら、昨夜だけで槍十本と鉄砲玉二百個を仕上げおったぞ! これぞ蒲生の武の力!」
「爺様ァッ! だから職人を煽って夜業させるんじゃないよ! 炭と鉄の在庫が秒で溶けるでしょうがァッ!!」
弥三郎の悲鳴が鍛冶場の天井を突き抜ける。
相変わらずアクセル全開の祖父と、胃痛を抱えるブレーキ役の孫。
だが、この泥臭い現場の摩擦のおかげで、我が蒲生陣営の武装水準は、島津本家の精鋭部隊に匹敵する速度で更新されていた。
鍛冶場の熱気の外、雑木林の木陰から、漆黒の濡れ蓑をまとった道純が音もなく姿を現した。
その無表情な顔に、わずかな高揚が滲んでいる。
「若君。山奥の仕込み場にて、例の木片に変化が生じ申した」
「駒打ちの原木か」
千代丸は手元の薄板を置き、立ち上がった。
二年前に仕込んだ、クヌギの丸太によるシイタケ栽培実験。
手斧で傷をつけて胞子水を塗り込む鉈目法と並行して、千代丸の記憶にある「あらかじめ菌を繁殖させた木片を丸太に穴を穿って打ち込む」という概念を行者衆に授け、試行錯誤させていた実験区画だ。
「道純、案内しろ。弥三郎、甚兵衛、行くぞ」
「へいへい。次は山登りですか。僕の足腰はもうボロボロですよ……」
弥三郎のボヤキを背に、一行は獅子目の南、霧深い原生林の奥深くへと足を踏み入れた。
木漏れ日がわずかに差し込む、獅子目の南に広がる深い原生林の奥底。
沢のせせらぎと湿った腐葉土の濃密な匂いが立ち込める一角に、十数本のクヌギの丸太が、直射日光を避けるように木立の影へ斜めに立てかけられていた。
「若君、これをご検分くだされ」
道純が膝をつき、一本の太いクヌギの丸太を指し示した。
その表面には、二年前、千代丸の指示で行者衆が試作した仕掛けが施されている。
「うわ……! なんだこれ、木に穴が開いて……変な木片が刺さってる?」
弥三郎が十文字槍を杖代わりに寄りかかり、目を丸くして丸太を覗き込んだ。
「これ、鉈で傷をつけただけの丸太と全然違うじゃないですか。あっちの鉈目の丸太は、ポツポツと小さなシイタケが出てる程度ですけど、この穴を開けた丸太、全体から噴き出すみたいに巨大なシイタケがビッシリ生えてますよ!」
「成功したか」
千代丸は歩み寄り、丸太に生え揃った見事なシイタケの傘をそっと指先で撫でた。
分厚い肉厚の傘、裏側に広がる美しい白いヒダ。
現代の人工栽培で主流となっている種駒接種法の試作だ。
前世の記憶にあったのは「木片に菌を回して、丸太に穴を開けて打ち込む」という概念だけだった。
現代なら純粋培養された種菌を使えるが、戦国時代にそんな無菌設備などあるはずもない。そこで千代丸は二年前、道純率いる楠行者衆へ概念だけを伝え、現場での試行錯誤を託したのだ。
山奥で最も生命力の強い天然シイタケを見つけ、細かく砕いた木片と一緒に湿らせた壺の中で数ヶ月寝かせる。木片全体に白い菌糸がびっしり回ったら、それをノミでクヌギの丸太に開けた穴へ打ち込み、木槌で叩き込むという手法である。
「道純、よくぞここまで形にしたな」
「滅相もございませぬ。若君の仰せの通り、木片に白き菌をしっかりと纏わせてから打ち込みますれば、鉈の傷に胞子水を塗るよりも、菌が木の芯まで一気に喰い込み申す。雨風に流されることもなく、他の雑菌に負けることもありませぬ」
道純が無骨な顔をほころばせ、誇らしげに深く頭を下げた。
「この打ち込みし丸太、わずか一年半で原木一本から百を超える極上シイタケが湧き出しておりまする。鉈目法の三倍以上の収量にございます」
「三倍じゃと……!?」
甚兵衛が丸太の前に両膝をつき、白髪混じりの髭を震わせて大粒の涙をこぼした。
「おおお! 蒲生八幡の御神木ならぬ、獅子目の打ち出の小槌じゃあぁぁっ! 若君、この干しシイタケ、都の公家や堺の豪商へ運べば、銀の山どころか金の延べ棒に化けますぞッ! 弥三郎、何をぼさっとしておるか! ノミと木槌を持て、山中のクヌギに穴を開けまくらんかい!」
「爺様、だからアクセル全開で叫ぶのをやめなさいよ!」
弥三郎が頭を抱えて叫び返した。
「三倍取れるのは凄いですよ! 凄いけどね、原木に何百個も穴を開けて木片を打ち込むのを誰がやると思ってんですか! 職人どもの槍打ち管理が終わったと思ったら、今度は山奥で果てしない木片打ちですか!? 僕ぁね、もう腰どころか肩甲骨がバキバキに砕け散りそうですよォッ!!」
「弥三郎、安心しろ。木片打ちの作業は、新入りの百姓たちに出来高払いで割り振る」
千代丸は手元の薄板を取り出し、シイタケ量産体制の工程表をサラサラと書き足した。
「この極上干しシイタケは、高須の港から薩摩本国や博多へ流す超高付加価値の換金物資にする。軽くて腐らず、出汁が出て高値で売れる。さらに、一部は塩漬け黒豚や干し筍と一緒に粉末にして練り固め、蒲生武士団の高密度保存食に仕立てるぞ」
「金にもなり、兵糧にもなる、か」
弥三郎は首筋の古傷をさすりながら、呆れたように、だが頼もしげに息を吐いた。
「給与制で囲い込んだ鍛冶職人が鉄砲と槍を量産し、行者衆が山奥でシイタケを湧き出させ、高須の浜では塩が山積み……。若君、この狭い獅子目の谷底、完全に大名家の本拠地より物資が充実してきてますよ」
「ああ。防衛、兵站、換金力――すべてが計画通り、完璧な好循環を描いている」
千代丸は満足げに頷き、獅子目の緑深い山林を見渡した。
だが。
千代丸が資源循環の成立に悦に入っていた裏で、二年前に「成長が早く万能の建材・防壁になる」と谷のあちこちに植え広げた孟宗竹の地下茎が、音もなく凄まじい勢いで山林の土壌を侵食し始めていたことなど、まだこの時の計算には一片も組み込まれていなかったのである。
次は明日の7時に投稿予定です。




