第6話
「あーもうベタベタ……」
ここ何時間かで私たちはジュースやら粉砂糖やらポップコーンを頭から被って、全身かなりお綺麗とは言えない状態になっていた。というか、この世界の日本語おかしいだろ。なんだぁ『ありがとうございません』って。さっきも「いらないです」って言ったら物落としてきたし。
「……ここは現実と真逆の位置に存在している場所だから……もしかして、言葉も逆を言っている時があるのかもしれない。」
えぇ……そんなことある?じゃあ「いりません」って「いります」の意味になるってこと?なんだ早く言ってよ。
「それよりキャラメルくさい……このパジャマ洗いたい」
秋葉は頭にまだ付いていたポップコーンを払い落とし、顔を洗わんと公園内の水飲み場の蛇口をひねる。するとオレンジジュースのしゃぼん玉が勢いよく膨らんで私たちの前で派手に破裂した。おかげで顔はさらにべとつき、白いパジャマは幼児が食べこぼしたみたいにひどいことになった。
「おや、お猫さん達、どうしたの?元気だねぇ」
白いヒゲを生やしたカメさんはホッホッと笑っている。頭のシルクハットがよく似合う。
あの……ちょっと汚れてるので洗いたくて、と言うと「ああ、泳ぎたいのかい。プールなら、この街の先の『ニューコッケイベイ』という最高級のオテールにあるよ。」と、持っていた杖でどこかの方角をさした。
オテル……ホテルのこと?ええと……そういうんじゃなくて、と言おうとしたら『……いいんじゃない?お金もいらないんだし、せっかくなら一番いいところに行ってみようよ。』とささやくから思わず耳を押さえた。「耳、弱いの?」って、触るな。
「ほっほ。仲がよろしいですな。そこに行くには予約が必要じゃよ。これが番号だ。」
親切にメモ書きをくれたので、何かお礼を……と思ったらもういなかった。とりあえず顔を洗うまともな水もないのでコンビニを探すことにする。公園を出て、路上サーカスで盛り上がる動物さん達の横を通り過ぎているとフィナーレだったのか、道が突然波打つトランポリンになって、私たちは意味もなく何回も上空へ飛び上がった。
かなりの高さから、私たちの夢の世界を見渡せた。少し遠くに大きな橋と、ギラギラの光でひしめきあう夜景の都市が見えた。カメじいさんが言っていたのは、たぶんあの辺りにあるのだろう。
『サボン・トレボン』という3色ストライプ柄のコンビニに立ち寄ると、いきなり床が泡立って滑った。『いらっしゃいませ〜ん』と店員は丸い大きなまんじゅうを温めるのに忙しそうで転んだのには気づいていない。秋葉は季節限定と書いてある大福や和菓子に夢中になっている。店内にあるものはどれも珍しくて気になるけど、雑誌のコーナーに差し掛かって私は足を止めた。
『——特集、ベストアルバム発売。HISUIの軌跡。』
何年も前のものだ。表紙の女性は、白いシャツに黒い髪を横になびかせてこちらを見つめていた。その憂いと優しさを帯びた目に一気に吸い込まれる。
少しミステリアスな雰囲気、圧倒的美、飾らない表情からわずかに滲み出る人間的な温かさ…………。入学以来、学校の友人達が秋葉のことを頻繁に話題にしていたけど、はっきりとHISUIを見たのは初めてだ、ここまで似てたのか。
ページをめくるたびに、もう一人の彼女がいて面白い。ステージ上で手を振ったり、ギターを抱えて少し微笑んでいたり、ちょっとドキッとするような大胆な衣装を着てポーズを…………ってあれ?また暗い。関係者によるNGで視界を遮られたようだ。
振り向くと、もう一人のHISUIは無表情で佇んでいる。秋葉、お母様にそっくりだねって、今まで何百回も言われたであろうことをあえて言ってみると、うん……というだけの反応。しばらく、私が見ていたページをじっと見つめてから秋葉は話す。
「母は……本当はもう少し……かなり明るい。」
え!そうなんだ!と、ちょっと大きい声が出た。プライベートな話を聞けてワクワクする。どんな雰囲気なの?気になるって聞くと「……ぜんぜん暗くない。変顔したり鼻歌歌って踊ってる」って、それ別人じゃん!と言ったら「そうだよ」と静かにうなづいた。
「だから人間の世は……見た目で判断してはいけない。心が大事。」
と、そっくり雑誌のままの表情で遠くを見ている。これはなかなか難しい世の中だ、ついつい外側だけに振り回されそうになる。
でも、明るい人って聞いてますますお話したくなったよ、って喜ぶと秋葉は何だか複雑な顔をした。「やっぱり、会わないほうがいいかも……丹海が危ない」なんて、よく分からないことを言っている。なにが?と問うと「あの人、見境ないから……どうしよう」などと考え顔でペットボトルのコーナーへ行ってしまった。
結局レジなんて無いので水とお菓子を頂き、コンビニを去ることにする。と思ったら、出口の所に小さな黒いレトロな電話が置いてあった。受話器からピーというネット回線みたいな音がする……カメじいさんのメモを取り出してかけてみよう。数字に指を通しながら右に回して離すとしばらくしてから『……ありがとうございません♪こちらニューコッケイベイでございます♪』という上品な女性の声が聞こえた。
ええと、予約した……くないのですが、というと『はい承りました♪こちらチェックイン過ぎるとすぐに次の方が入りますので、アズスンアズのポスィブルまでによろしくお願いしませんっ♪お迎えに上がりますので少々お待ちを、ありがとうございませんっ♪』と、こちらの名前も聞かれずに切られた。何か頭痛い。
お迎えって、タクシーでも来るのだろうか。とりあえずコンビニの駐車場で立って待っていることにした。逆さまのバイクに乗る集団は、楽しそうに最高速度で飛ばして警察に追いかけられている。すると、それらとは反対の道から突然、かぼちゃの馬車風の車が突っ込んできて目の前で急停止した。2人の前髪がぶわっと上がって下がる。おい……殺す気か。
『あなた乗りません?』と、かぼちゃ自体がしゃべり出した。の、乗りません、と私が言うと手が伸びてきて『プッチは?』と要求してくる。意味が分からずしばらく黙っていたら『ネオントーキョはこことは別。プッチが必ずひつよう。早くちょうだいよ。』と言う。
もしかして……プッチッて、チップのこと?と秋葉は考えている。えぇ?そんなの1円も持ってないよ……どうしよう、はは……と笑うと、途端にチャリンチャリンと音がしてから『もっと。あと1億2350万円足りない。』と再び手を伸ばす。一体何なんだこれは。
「丹海、スマイルだよ。ここでは0円じゃない。」
と言うから、軽くニコッとすると激しい効果音が鳴る。なるほど、じゃあこうかと、首をかしげて最高の笑顔を心がけると『ウッ!!!』ってかぼちゃが叫んだ。ウッてなに?
『お客さん……そんなにもらっても困りますから。』
なんか逆ギレされた。そんなの分かるわけがないが。すると『余った分を使いますね。』とかぼちゃは指をくるくるし、私たちをそれぞれ青とピンクのドレス姿に一瞬で変える。おお、おそろいのガラスの靴とグローブと煌めくダイヤネックレス。猫の耳は消え、髪はきれいに姫コーディネートされてティアラが乗せられた。
「丹海……すごくきれい。ピンクのプリンセス……」
そういう秋葉も綺麗だよ、本物のシンデレラよりカッコよくてすごい……ってお世辞ではない感想をお互い言い合うと、2人で手をつないで馬車に乗った。ドレスなんて、ちょっと女の子過ぎて自分的には恥ずかしいんだけど……夢だから。こういうのも悪くないって思う。
ドアが閉まり、大きな車輪が回って静かに走行をはじめる。窓の外はいつまでも夜で、幻想的だ。それと同時に通りの街路樹を眺める秋葉を見てうっとりする。はぁ……絵画……映画……童話……それとも彫刻……神話。スマホがないので脳で撮影してたら「見ないでよエッチ。」と言われ。
そうださっきの荷物は……と思ったら足元にあった。コンビニの袋から秋葉が選んだ大福と私のチョコを取り出して半分ずつ食べた。「ここ、クリームついてるよ」って口の端をさしても逆を触ってるので、グローブを外して手でとってあげる。その指を秋葉はじっと眺めてるから、イタズラ顔でぺろっと舐めたら「だから……ずるい、そういう……」と、赤面顔のシンデレラになった。超絶かわいい。
馬車が、大きな橋の真ん中あたりでしばらく止まる。ずっと渋滞しているようだ。『お客さ〜ん、悪いけど〜これ以上遅くなるとチェックイン間に合わないからこっちに乗り換えてくれないかなぁ?』と、いきなり空中に浮くほうきを取り出し、指さした。……えぇ?これに2人で乗れと?
『目的地まで勝手にいくから、落ちなきゃ最速の乗り物だよ。しっかりつかまってね、バーイ。』
馬車の屋根がウィィンと空き、そこから1本のほうきの上に強制的に乗せられると、私たちがそれにつかまった瞬間、ブルゥンという骨太なエンジン音と共に後ろから火花が出てぶち飛んだ。ほうきじゃないのかいっ。
2人とも橋の遥か上空へ叫びながら投げ出される。とっさに空を泳ぐ魚達に避けられた……おい、助けてよ。海の藻屑となる前に、ほうきバイクは手を伸ばして私たちをキャッチし、乗せ直した。手があるんかいっ。
「現実に戻る前に……死ぬわけにはいかないっ」
前にまたがる秋葉が少年マンガのラストバトルみたいなセリフを言ってるけど私たちは既に霊ですし、彼女の腕はかなり震えている。夢の中とはいえ、リアルさは本物だ。下を見るとかぼちゃ馬車があんなに小さく見えてぞっとする。
もちろん、こんな暗い所に落ちてずぶ濡れになるなんて嫌だ。私は後ろから手を伸ばして、柄をつかむ彼女の手に触れた。少し深呼吸しようよと提案し、2人で吸って吐いた。
ほうきバイク君の手も伸びてきて、私の身体を後ろから支える。「丹海……ありがと、私につかまってて。」と秋葉は強く微笑み、前かがみになって3カウントダウンでまた飛んだ。運転の必要はないんだけど、スピードがありすぎて怖い。そのまま橋を通過し、大きな都市の上空を飛んだ。ネオンで輝く摩天楼だ。
空を航行する遊覧カーの乗客たちが私たちに驚いてみんな窓から顔を出している。魔女じゃなくてドレス姿で、しかも2人でほうきに乗ってるんだ、明らかにおかしな連中だと思われている。『私たち変に思われてるよっ!』って叫んだら『絶対そうだねっ!』って風の中から秋葉の愉快な声が返ってきた。
そのうちほうきは急降下してビル街の通りを高速で突っ切っていく。まるで遊ぶようにたくさんの車と動物たちの間をギリギリすり抜けて、角を3回ほど勢いよく曲がると大きなホテルの階段の前で突然急停止して、私たちが反動で吹っ飛んだところを手でキャッチして入り口の前に立たせた。2人とも気絶していた。
自動ドアが開き、2メートルほどの半透明な人影に『いらっしゃいません♪ウェルカムドリンクをどうぞ♪』と言われたところで我に返る。すぐにティアラの存在確認をするところが真のプリンセス達である証だ。頂いた丸いグラスの底には海が映っており、そのまま飲むと爽やかな味と共にその場で南風が吹いて穏やかな気分に少し戻る。
ニューコッケイベイはカメじいさんの説明通り、この街一番のホテルみたいだ。受付の垂れ耳ウサギさんによると、なんとフロアは2000階あって、その最上階にプールがあるらしい。そしてなぜか宿泊料はすべて支払い済みになっていた。はあ、こんなすごいオトナ贅沢な場所を私たち元高校生が利用するなんて……と思ったら、なんと2億6000万プッチの追加料金で特別スイートルームを使えるというじゃないか、これは……やるしかない。
すぐさま、後ろであちこちよそ見している秋葉を呼び、2人で並んで『スマイル2億6000万円』を見せた。そうしたらまた要求以上を支払ってしまったのかうさぎは困惑し始めて、はは……残りはサービスであげます、はは……と笑ったら更に困られてしまった。というか、他の人はどうやってきっかり額を払ってるんだ?
スイートルームは、1999階のすべてだった。身体が透けている従業員の案内でエレベーターがアトラクション並の速度で上昇し、叫ぶ間もなく到着して扉が開くと広大すぎて部屋の端まで把握できなかった。どんなだ。
私たちは本物のプリンセスとして何mもあるベッドの上をひたすら転がり、それに飽きたらいくつもある自動販売機と冷蔵庫の中から好きなだけジュースを選んで全部テーブルに並べた。「最強炭酸飲料!」と書いてあるガラス瓶の蓋を取ると爆発して部屋の空気がシュワシュワとくすぐったく煌めき、2人で笑いながら踊り回る。
ピンポン、とニワトリさん達が夕食の案内に来た。夜景を展望できる貸切会場で頂くらしい。そんなプラン内容だったのか……と彼らのお尻を見ながら入り口まで辿り着くと、スーツを着ているパンダからちょっと待ってとストップが入った。
『えーと、ドレスコードなんですよん。』
え?プリンセスじゃだめなのか?と思ってるうちに制服ワンピーススタイルに切り替わった。しかもこれ……私たちの高校のをアレンジしてある。なぜこれに?と思う間もなく長身なキノコさんが席まで連れていってくれ、椅子を引かれるままに座った。不思議な気分だ。
『丹海、全然読めないんだけどっ』
秋葉が小声で言う通り、コース料理紹介の文字が分からない。象形文字とゲームバグで生まれた新日本語みたいな羅列で書かれている。……2択なんだから、適当に選べばいいんだよ、タダだし、と言って、きのこさんに左のコースをお願いするとすぐ青とシルバーの濁ったドリンクを持ってきたので一口飲むといきなり背中から羽根がバサッと生えて、静かな空間の中2人で笑いをこらえるのに必死になった。
その後も次々と奇想天外なお料理が運ばれてくる。椅子ごと浮いたりしたけど何とかお上品に耐えた。そして最後に、シェフからの特製スイーツですと、一つの球体が漂う透明なスープのようなものが目の前に静かに置かれた。
『これは……メモリーという、お二人の美しい記憶そのものでございます。ごゆっくり。』
記憶?なんだそれ?と、秋葉と見つめ合う。丹海から食べていいよと、こやつ言ってきた。不気味で怖いけど……一口は食べないと、私もあのキノコさんみたいにエリンギにされそうだ。仕方なくスプーンの先で青くて丸いものにちょんと触れると意外にも柔らかい。途端にそれが強い光を放って、私たちは白さに包まれた。
『……丹海 咲希です。みんなと楽しく過ごしたいです、1年間よろしくお願いします。』
『ニウ〜、ジャージと体操着忘れた〜お願いかして〜数学の教科書も〜』
『え〜?しょうがないなあ……』
『咲希、また告られたん?人数エグすぎ、こっちにも分けろよ〜』
『知らないよ、もう……』
『丹海さん、良かったら放課後みんなでカラオケ行きません?』
『いいけど……何人くらい?』
『僕も含めて10人っす。』
『了解、日直あるからそれでいいなら行くよ』
うわ……私だ。これは……この視点は……秋葉から見た……私?
えぇ……こんな髪型してたっけ?恥ずかしい……
『……あ、これ落ちてましたよ。』
プリントを手渡す私だ。これがはじめての会話だったのかも。ものすごいそっけないのは、秋葉のオーラが強すぎて怖かったからだ。
そして……授業中の私がいた。おいっ、思いっきり寝ちゃってるよ。……ああ、秋葉も私のこと見てたんだ。全く無関心ではなかったんだな、と嬉しくなる。
ん?それからこれは……みんなで体育の服に着替えてて……
『咲希、ウエスト細すぎ〜スタイル良すぎ〜』
『やだなぁチヨ吉さん、セクハラで訴えるぞっ』
っておいおい!上から下までじっくり凝視してますねぇ!秋葉さん!君こそエッチランキング単独トップだこれは。うわ……めちゃくちゃ見られてるじゃん。顔が熱い。
そのうちに光が消え、顔を隠している秋葉は「ごめんね………」と真っ赤な謝罪をはじめた。
い、いや……まあ大丈夫だよ、この謎のプライバシー侵害なスイーツがいけないんだ、でもエッチなのは秋葉で確定ですね。と付け足すと「それは丹海もでしょっ」と、なんか開き直った感じで怒っている。そしてその勢いで「私が食べるからねっ」と、今度は彼女が桃色の球体をスプーンで触れて、私たちは光に包まれた。怖い。
『秋葉 ここあです。1年間、よろしくお願いします。』
『……ニウ、あの子すごいよね、HISUIの……ってウワサ、多分合ってると思うよ。』
『そうなんだ、本当に綺麗だよね。お話したいけど何だかそう言われるとますます近寄れないよ。』
『丹海さ、あの秋葉さんと仲良い?……俺、できたら話したいんだけど雰囲気的に厳しくてさ……』
『それは私もそうだから。彼女、周りの子とは喋ってるみたいだよ。斎藤くんもそこに入ってけばいいじゃん』
『できねぇって、丹海が行くなら俺たちも行けるから……』
『いやいや。第一に秋葉さんはみんなでとか、そういうのたぶん好きじゃないでしょ。ただでさえクラス外でも話しかける人たくさんいるんだから。そっと接するのが一番だよ。』
うわ……本当の私の記憶だ……こっちの方が恥ずかしさがとんでもない。
もちろん、授業中の秋葉の光景も目の前に映し出された。長い髪、頬杖をつく横顔、閉じたまぶたを照らす午後の優しい日差し……いつまでも変わりなく、永遠に私の心に保存されている。
それから……私もちょっと、着替えている後ろ姿を見ていたようだ。別にそういう深い意味はなくて…………ええと、これは後で彼女に弁明しよう。
すると学校の日常風景から、今度は見慣れた自分の部屋へと景色が変わった。ごく最近までそこにいたのにね……もはや懐かしささえある。
……今、あの家は実在しないのだと思う。
なぜなら……私しか新しい現実に戻っていないし、それにもう、必要だと思っていないから……
でもそれが悲しいとは思わない。思い出せばこうして、記憶に戻ることができる。ただ……それ以上に私があの家に求めるものは……何一つなかった。だからあの場所はあの場所のまま「過去」に保管されて、未来もずっとそうだろう。
『どうして、終わっちゃうんだろう……』
いつも見ていた枕元の常夜灯が映し出され、私の心の声が静かに思い出の部屋に響く。
『たぶん……つまらないよ。このまま3年生になったとしても……新学期が来ても、きっと……』
……そうだ、何かが起きる日の最後の夜、私は珍しくこんなことを思っていた。春休みが半分過ぎて、部屋にかけてある制服を見ながらぼんやり考えていた。
『秋葉と一緒のクラスにまた、なれたらいいな。でも……分からないよね。今後も、未来も、何もかも…………不確定なんだから。何もかも………』
天井の視界が歪んだ。あの日なぜか涙が出たんだ。
『秋葉が前に言っていたこと……よく分かったよ。私も同じ気持ちだ。このままみんなで……仲良くいられたらいいのに……どうしてそれができないのかな………?』
夜になって、また明るくなって、桜が咲いて……そんなものはどうでもいい。
……秋葉といたいって思ったんだ。大事な友達と、未来までずっと。
『どうしていつか……離れてしまうのかな?そんなのは…………嫌だよ…………秋葉………………』
光の時は終わった。すべてをはっきりと思い出した私は、席を立って駆け寄ってきた彼女にきつく抱きしめられた。
「丹海………同じ……気持ちだね…………」
なぜか彼女の方が泣いていた。そうだね……分かったんだよ。どうしてあの時、秋葉の声に気づいて再会した時に涙が止まらなかったのか。本当の本当に、嬉しかったんだよね……私は…………
「丹海、大好きっ…………」
うん、私もだよ……好きだよ。って言ったら、もうしばらくは泣きたくなかったのに抑えきれなくて。2人でバカ泣きしてたら、ドアの向こうからキノコさんや厨房の皆さんが揃ってやってきて『おめでとう〜ございませんっ』とクラッカーを割り、赤い絨毯と鐘のアーチとペアの指輪を持ってきたから何かを勘違いしている。
『ほっほ、末永く幸せにな。わしの特製スイーツは素晴らしかったじゃろ?』
なんと、ホテルの電話番号を教えてくれたカメじいさんがコック帽姿で笑っていた。シェフだったのか。
いつまでも床に落ちない紙吹雪が舞う中、私たちは無理矢理バラの鐘のアーチの前に連れてこられ、誓いのキスを2人で拒んだら泣いたままの顔でお揃いピースの記念写真を撮ることになった。うん、それはすぐにも消去したい。
その時、スゥと身体から力が抜けるような感覚があった。ああ……そろそろ半霊薬が切れる頃なのかも。
カメじいさん達に感謝を告げ、渡されたティファニーの指輪は返して、頭に花冠を乗せたまま未だ盛り上がるディナー会場を後にした。
夜の大都会を一望するスイートルームへ戻り、長い長いベッドに身体を投げ出す。……とても楽しい夢の旅だった。私たちはゆっくりとまどろむ中で、お互い静かにシャンデリアのある天井を見ていた。
上に腕を伸ばす。……懐かしい、高校の制服だ。
遠い異国で体験したような、優しい記憶になっていた。でも忘れてはいない……しっかりと、私の心に保存されている。
本当に不思議だね、この世界って何なんだろうね……とつぶやいたら、秋葉は目を閉じながら「この世は一人一人が創っている……」と、私の方へ身体を丸めてきた。
「なぜ地球が変わったのか……それは自分が変わったから……これからもそう。また自分が新しくなれば……地球も脱皮を繰り返して……いいにおい……」
そっか……世界が勝手に変わったわけじゃないんだね、私たちの中から何かが起こったから起きたんだ。じゃあ革命じゃん、勇者じゃんと言ったら「丹海はプリンセスだよ……強いプリンセス。」と私の腕の中で褒め讃えてきた。
そう言うけど……どうせ裏があって本業は魔女なんでしょ?と聞くと「護身のために魔術を習得したら……怪しい魔法薬や危ない潜入捜査を頼まれるようになった」と、くすくす笑い出す。本当にそうだ……秋葉と数々の酷いことをやってきた気がするし、我ながらよくやったなと思う。私の胸に寄せている顔にふっと息を吹きかけ、わき腹を撫でると、やめてって離れた。猫だな。
最後の力を使って身体を起こし、ベッドの枕元に2人で座り、念のため手をつないだ。名残惜しいけど薬のタイムリミットだ。
秋葉……楽しかったね、戻ろっか。と、私たちが生み出した夢の世界を、それから黒い夜空を眺めながら微笑むと、彼女はあくびをしながら「ありがとう……ございません」とふざけた。あれは何なんだったんだ本当に。
それからおもむろに「月が……すごくきたないですね。」と、こちらを見て穏やかに告白する。はぁ……月なんか見えないのに何を言ってるんだか……この世界最高の美女め。
まったく、姫のふりをして君こそ立派な魔女だよ秋葉。しかもエッチな呪文を使うタイプのね……と眠りながら講釈を垂れていたら「耳赤いよ?かわいい」って頬を撫でられた。もう力が抜けてきてやり返せないんだ。
耳、赤くない……赤いよって、何回かやりとりをするうちに、ふっと意識が螺旋の滑り台に乗ったようにするする落ちていく感じがして…………私は手を握り、彼女も握り返して、自然と目を閉じながら夢から降りていった。
私は、…………なんだっけ?
名前は…………大丈夫だ、覚えている。
……ええとそうだ、戻ったのか。ここは…………秋葉と創生したワンルームだ。現実だ。
気がつくと私は、ソファにだらしなく横たわっていた。テーブルには小さなグラスが空の状態で倒れている。怪しげなボトルの中のグリーンの液体はゴボゴボと沸騰していて。ああ……やってきたことは全部夢じゃない、と嬉しさがじんわりとこみ上げてくる。
……と思ったら秋葉がいない。ゆっくり起き上がると彼女はすぐそばで床に倒れたまま目を閉じていた。
ちょっと大丈夫?と身体を揺すろうとしたら、急に腕を引っ張られて倒れる。寝ながらハグをされて顔を上げると、秋葉はイタズラ成功という風に嬉しそうにして
「心配してくれたの?生きてるけど?」
と、私をニヤニヤ見た。ああそうですか……って起き上がろうとしても離してくれない。しばらく抵抗したり首のにおいを確かめられたりしているうちにフローリングの床から芝が生え、花が咲いて春の丘に場所が変わった……なんか創生された。
秋葉は驚き、そして起き上がり、真面目な顔でしばし考えたのち、ぎこちなく指を動かしてハートを描く。
桃色のハートはふわふわと宙を浮き、ゆっくりと真っ直ぐに私の前髪に触れ、弾ける。私が好きな秋葉のシトラスの香りがして、すごいじゃん!って思わず抱きしめたら「うん……できた。」と、はじめて自転車に乗れた少年のように照れた。
「丹海のおかげ……色んなことができるようになってきた。母がやったことのない事にも挑戦できて……楽しかった。本当に……ありがとう。」
こちらこそありがとう、私も面白かったよって答えたあと、しばらく静寂があって。
私は……何となくどこか気持ちが落ち着かないのと、さっきの仕返しがしたかったから、……ねぇねぇやっぱりさ、それができたっていうのも私へのラブがあるからだよね〜?とからかった。すると「うん……」と、赤くうつむきながら指をいじくる強烈なカウンターが返ってきて面食らってしまい。
じゃ、じゃあまた今度さ、色々探検しよう!夢世界のプールも行けなかったし、半霊のことも、この新しい現実も、もっともっと知りたいよ!それに……秋葉のことも知りたいな?って片目を閉じてスマイル1億3000万円を渡したら、いつもの通りさっと私の顔を両手で遮った。……よし、今度こそ食らったな。
「そういうの……使ってくるからみんな……騙される……悪女……」
え〜そんな、私悪女なんかじゃないし〜、……でも、もしドキドキさせちゃったなら……ごめんね?って、私も青色のハートを手で描いて飛ばすと秋葉はそれをさっと避けて
「やっぱり……丹海は呪い系も扱える高能力万能型……ずるい…………」
と、なぜかちょっと拗ね気味になった。
ええ〜呪いなんて使ってないよぉ〜、でも……別の魔法は使ってたのかも?魅了の魔法とか?……ねぇ、もしかして効いちゃってた?クラクラ来た?ってさらにいくつもハートを飛ばしたら
「効かないっ……私には効かないっ…………」
思いっきり手で全部受けて赤面している。なぜ避けない。
しまいには「丹海の魅了魔法なんか全然効果ない……」なんて失礼なことを言うから、じゃあキスしてかけてあげよっか、と冗談で言ってみると困惑した表情で横を向いて
「そんなことしたら…………子ども……できちゃうかも…………」
などとおっしゃり。
……え?なにを言って……いやいや、そんなことあるわけ…………あるの?と秋葉にお尋ねすると「知らないけど……愛と想像力で世界は創られるから……」とうつ伏せで草をむしりながら言われ。
うん、確かに……この世界でならそんな事もあり得るのか……と考える。何でも創生される世界であるなら……そうなのか?それは…………ちょっと面白くて気になるじゃないか。
秋葉の隣に行って、ねぇ……試しにキスしてみようよ?と小悪魔みたいに囁いたら「しない……」と、くるっと向こうに転がる。
「子どもは丹海と……母とあおいさんで十分…………」
おぉい、酷いことをつぶやいているぞ。なんだそれは。
反対側に回って、ねぇ……してみようよ?ってまた言ったら今度は「顔近い……悪女退散。」と、たんぽぽの綿毛をポンポン鼻にくっつけてきた。私も近くのを引き抜いて秋葉の顔に吹きかけたら風で自分の方にも飛んできて、高笑いするみたいにあーはっはと笑うと彼女に引かれた。
——世界は変わったんだ。私が変わったから。
かつてはそう呼ばれるのも嫌いだったのに、今や本当に「本物」になった。研究熱心な「魔女」になった。
もちろんこれからはたくさん怪しい魔法薬を作り、そしてプリンセスとして、もう一人の姫と一緒にたくさんの知らない世界を見つけていくつもりだ。
——気になるなら走り出し、走り出したら掴もう。
私は、すっかり生まれ変わった。実験が楽しくなってきた。やってみたい、気になることは何でも試したい。
とりあえず、横になっている秋葉の口の端にキスをした。特に変わったことは起きず。う〜んおかしいな?
その代わり、彼女の顔から絶え間なく熱と炎が創生された。おおうすごい、立派な魔法使いだ。
「丹海っ!!なんでっ、そんな、ことっ、もうっ!!」
お真面目なこと……ほうきにだって乗れるのにさ、わざわざ足で追いかけてくるんだ。私も走ってるけどね?
ここを元の部屋に戻せばいいのにすっかり気が動転しちゃって。まったくしょうがないなあって、止まって振り向いて悪女みたいに、ここにしていいよって口の端を指して。
秋葉は絶句したけど、魔法合戦に負けたくないのか勢い任せに震える手で私の肩を強く掴み…………そしてくすぐったいくらいに優しく……触れた。私は微笑んで彼女をぎゅっとハグする。これは親愛の証……それから一つの同盟の証だ。素敵な、世界を、創ろうって。
……秋葉。毎日、思いっきり、楽しもうね?
って笑いかけたら「それダサいから……」と気恥ずかしく却下された。えぇ……君が作ったスローガンでしょ?と問うたら「それ、やめる……新しいの考える」だそうだ。せっかくなら私を褒め讃えるのはどう?って提案したら「丹海、すごい、いいにおい」ってふざけてくる。
特大のハートを秋葉に投げつけて、そこら中を走り回って、小学生の運動会よりも激しい演目を何日も何時間も、時間なんか忘れて……というかないから、飽きるまであれこれやって、疲れもなく、眠ることもなく笑い合って……また次の実験を2人で探した。いつまでも、思いっきり、毎日、楽しむんだ。
これで完結です。読んで頂きありがとうございました。
スマイル1億3000万円をあなたに。




