未来
「……二人とも」
「……なに」
「……なんですか」
「他の子供たちはどうしてる?」
「……レオとトーリッツの部屋でカードゲームしてます」
「じゃあ私もやりたい」
「はい?」
「お前たちも参加しなさい。みんなが眠くなるまで」
そういうことか、とマティアスは舌打ちしたい気持ちになった。
オードックは自分とエマリンドが寝室に戻るまで監視するつもりだ。
「嫌とは言わせんぞ」
「言いませんよ」
「私はいいけど」
「ならよし。……さあ、行こう」
オードックは従者たちに合図した。
従者の一人がオードックの脇につき、もう一人が車椅子を押す。
オードックはマティアスとエマリンドを追い立てるようにして絨毯の道を進んだ。
「……まったく、マティアスにしろエマリンドにしろ、どうしてそうダニエルを目の敵にするんだ。あいつほど友人にすれば心強いやつはいないだろうに」
ひとりごちるようなオードックに、エマリンドとマティアスは白々とした目を向けた。
「あんなノホホンとしたヤツに先を行かれるなんて信じられない屈辱だからよ」
「学生はできても准尉でしょう。
それも戦時中の特別措置として。
この平時に准尉を飛ばして少尉なんてあり得ない」
エマリンドとマティアスの言っていることは当然のことだと、オードックは理解している。
それゆえに、二つの原理に挟まれたダニエルが余計に気の毒で、擁護したい気持ちになる。
「辺境の防人、その長たる辺境伯である以上、相応の階級が必要だというのが軍部の結論だ……実際、あんなに若く辺境伯の地位についた人間は今までいなかった」
「不正ですよ、これは」
「……苦肉の策だよ、時代の変わり目にはつきものさ」
「…………」
「……〈戦士から騎士へ、騎士から兵士へ〉、だな」
オードックは歴史学者の言葉を引用した。
エマリンドもマティアスも、オードックの言わんとしていることは分かっている。
今は歴史の過渡期なのだ。
血と階級によって生業が決まる騎士の時代は終わり、万人にあらゆる可能性が開かれる兵士の時代が訪れる。
それは、貴族より他の階級に属する全ての人間をも、剣を持ちうる時代に突入するということである。
エマリンドもマティアスも、そしてダニエルも、時代の先陣を切った先達に続くつもりで、士官学校に入学したのだ。
気持ちは同じなのだろう。
だが、生まれついての地位や称号が、平民の士官候補生たちのように平等かつ公平な関係を築くことを、許してくれない。
オードックは心を痛めた。
あとどれくらいの時間が経てば、貴族の子供たちは、このくびきから解き放たれるのだろう。
一行はしばらくしずしずと廊下を進んでいたが、ふと思い出したようにマティアスが口を開いた。
「そういえば、香水はどうなったんですか」
「トリステア姉上への贈り物のことか」
オードックは気を取り直して、誇らしげに笑った。
「喜んでもらえたよ。ルチア殿に来てもらえて、本当によかった」
「よかったですね。可愛らしい香水商を呼び出せて」
オードックは「マティアス」と名前を呼んだ。
注意するときの声音だ、とマティアスは思った。
「ルチア殿は香水商じゃない。香水職人だ」
「……大した違いじゃないさ」
「大違いだよ。
彼女は創作者なんだ。
芸術家なんだよ」
「その芸術家に商人まがいのことをさせたのはどこの誰かしら」
再び痛いところを突かれたオードックの表情を見て、エマリンドは満足げに胸をそらした。
オードックはモゴモゴと言い訳まがいのことを口にした。
「ルチア殿には本当に感謝している……ダニエルにも……だからこそ二人には幸せになってもらいたいんだ……」
「ひとりよがり!」
「うっ……」
「……でもルチアは喜ぶかもね」
「え」
「ダニエルとは、もっと仲良くしたい、って言ってたから」
「エマリンド……」
オードックはエマリンドの尊大な横顔をしみじみと眺めた。
「お前とルチア殿が友達になれて、本当によかった」
「ふふん……私、友達作るの得意なの」
「向こうから寄ってくるだけだろ」
「なによ、マティアス。なんか文句でもあるの?」
「別に。エマリンドまでダニエルに肩入れするようになったかと思っただけ」
「私がいつダニエルに肩入れしたって⁉︎」
「静かにしろ! 廊下だぞ‼︎」
「ッ、兄上の方がうるさい!」
一同は静まり返ったが、それは一瞬のことで、すぐにエマリンドが声を上げた。
「私が肩入れしてるのはルチアよ。
ルチアの味方をすればルチアと仲良くなれるし、ルチアとダニエルが仲良くなればダニエルの情報が手に入るかもしれないわ。
一石二鳥よ」
「それは一石二鳥といえるのか……?」
「友達に情報屋まがいのことをさせる気か? 気持ち悪い」
「なんですって……」
「エマリンド、抑えろ」
オードックはため息をついた。
「どうして仲良くできないんだ、お前たちは……」
「いいじゃない、別に。みんなと仲良くなんて虫唾が走るわ」
「同感だな……私も誰とでも仲良くするつもりはない」
「エマリンドはともかく、マティアスはそれではダメだろう」
お前は未来の皇帝なのだから、とまでは、言えなかった。
何事も、確定するまでは安心できない。
そうこうしているうちに皇太子の次男と三男……レオとトーリッツの相部屋が近づいてきた。
いとこたちもいるのか、明らかに二人以上の騒がしい声が聴こえてくる。
「突然入って、驚かせてやろう」
「いいわね」
「ガキか?」
「うるさいわね。お前もやるのよ、マティアス」
文句を言った割に、マティアスも乗り気である。
エマリンドと手分けして、両開きの扉のノブを片方ずつ手に掴む。
息を合わせて扉を開き、オードックを突入させる手立てである。
「準備はよろしいですか、叔父上」
「……よし、いいぞ」
「三、二、一、……ゼロ!」
扉が開く。
従者が車椅子を押す。
子供たちの悲鳴と、それに続く歓声にもみくちゃにされ、自分も笑いながら、オードックは思った。
貴族のくびきが、地位が、称号が、子供たちの関係にヒビを入れるものであってはならない。
友情や恋が、生まれついての呪縛によって、最初から成立しない、なんてことが、許されていいはずはない。
そのために、自分ができることはなんでもしよう。
たとえそれが、自分の地位に矛盾するものでも。
次のゲームを何にするか話し合う賑やかな子供たちを眺めながら、オードックは、天文台に残してきた、若い二人のひそやかな後ろ姿を思った。
おまけ:子供たち 終




