第三章 其ノ肆
「それと——猿渡さんのお母様かお父様は八丈島出身ですか?」
「八丈島ですか?」
唐突の質問に戸惑う基子。
八丈島は、ここに来る際に飛行機からヘリに乗り換えた島だ。
「わかりません。本人達から聞いた事もないです」
「そうですか——突然すみません。変な質問しちゃって」
「あ、いえ。全然大丈夫です」
「円香のやつが、猿渡さんは源家の人間だなんて言い出してたものですから、ちょっと気になって」
「源家?」
「源」と聞いて基子の頭に浮かんだのは、あの国民的有名アニメのヒロイン。
よくお風呂を覗かれる、セクシーな彼女だ。
「ええ。八丈島の元盟主なんですけど、恐らくそこの家系じゃないかと言ってました」
「そう、なんですか……」
もちろん両親から出身地を聞いた記憶はない。
「ちなみに、お父様とお母様の名前を伺っても?」
「はい。父はサトルで母は『春香』です」
「ハルカ——もしかして漢字は春に香るですかね?」
「そうです……」
佐々木は口に手を当て空を仰ぐと、ゴソゴソとポケットから一枚の写真を取り出し、それをテーブルの上に置いた。
そしてそのまま、すっと基子の目の前に滑らせる。
「この写真の真ん中に写ってる方は、もしかして猿渡さんのお母様ではないでしょうか?」
制服を着た女の子が五人並んでいる。
左右端の子達はギターだろうか。機関銃でも撃つかのよう先端をこちらに向けてポーズをとっている。
その隣の子達も楽器を斜め上に掲げたり、ドラムスティックを両手に持ち、カメラに向けて十字に重ねていた。
ただ、真ん中の子だけは何も持っていなかった。胸の前で両手をクロスして、小指だけ立てて舌を出している。
基子は遠き日の記憶と照らし合わせた。
「確かに、お母さんっぽいです」
当たり前だが、基子の知っている母親よりも写真の中の彼女は若い。
「そうですか」
そう言って佐々木は小さく溜息を落とした。
「彼女は——春香さんは、私や円香の憧れの人だったんです」
「憧れ?」
「はい。春香さんは学校の先輩だったんですよ。部活は軽音部に入っていて、その容姿も相まってか学校のマドンナ的な存在でした」
佐々木は虚空に目線を向け、遠い目をした。
「彼女とは円香の紹介で仲良くなったんです。自由奔放な人でした。何をするにも本当に楽しそうで」
基子の記憶の中の母親もよく笑う人だった。
「やっぱり、春香さんにそっくりですね。もしかしたら円香は大分前に気がついていたのかもしれませんね」
佐々木は基子の顔を見つめると優しく笑った。
「あの! 実は私の両親は、その……」
「恭平からお話は伺ってますよ。事故の詳細までは聞いていませんが、本当に惜しい人を亡くしました」
「はい」
基子は小さく頷いた。
「源家は八丈島の元盟主です。伊豆諸島の巫業を取り仕切る家系でもあります。それと——鬼の管理者でもあるそうです」
「鬼の管理者?」
「はい。詳しいことまでは分かりませんが、円香がそう言ってました」
「じゃあ、私はその源家の巫業の力を受け継いでいて、そのせいでオボシナサマに……」
「おそらくですが」
基子は自分のせいではないと無理やり納得しようとしていた。
たまたま、運が悪くオボシナサマという悪霊に取り憑かれ、意識を乗っ取られたのだと。
しかし、その矢先に実は出自のせいだと教えられる。
「遅かれ早かれ、こうなってたって事ですかね……」
この島に来る前までは、仕事に多少の不満があったとはいえ、普通の生活をしていた。
今回のような不思議体験など、人生で一度もなかった。
寧ろ、遠慮したいまである。
基子は俯き唇を噛み締めた。
すると、どたどたと廊下を走る音が聞こえ、勢いよく襖が開いた。
「佐々木さん、大変だ! 恭平が——っ!」




