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俗物水滸伝  作者: 孔明
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第61話  楊志、拷問する

 巡回中の王都頭は直ぐに見つけることができた。

 屋台を出しているオヤジになにかつまらない因縁をつけている。そうやって小金をせびろうとしているのだろう。この時代の街では特に珍しくもない光景だ。

 ずんずんと後ろから近づいた楊志は、有無を言わさずに王都頭を引き倒した。


「わわ、な、なんだ!? わ、私を誰だと思っている!」


「王都頭でござろう」


「分かっていてこのような狼藉を……ん? 貴様、楊志じゃないか! どうして同じ都頭のお前がこのようなことを」


「こっちへ来るでござる」


 乱心したとしか思えない楊志の凶行に市民がざわめくが、そんなことはお構いなしである。

 抵抗する王都頭を凄まじい力で引きずりながら、手頃な小屋を探した。

 人が何人か入っても大丈夫なくらいの広さで、竹簡に字をかける台があって、ついでに入り口以外の逃げ場がないところがいい。

 少し探して楊志は丁度いい家を見つけたので、そこへ思いっきり王都頭を投げ込んだ。


「ひ、ひぃ! いってぇ何事でございますか!?」


 家の住人の夫婦が突然のことに慌てふためく。彼らからすれば普段通りに生活していたら、いきなり虎殺しで有名な都頭が、自分の家に人間を投げ込んできたのである。まったく状況が理解できないだろう。


「緊急の取り調べでござる。この家を使わせてもらうでござる。構わんな?」


 一方的に楊志が告げた。


「へ、へい! ではあっし等は外へ出ていますんで……」


「いや、そなたらもここに残ってもらう。証人は一人でも多いほうがいいでござるからな」


 そそくさと逃げようとした夫婦の行く手を、楊志の部下が遮った。一般庶民の夫婦が武装した兵士に逆らえるはずがない。夫婦は逃げる気力を失いへなへなと尻をついた。

 だが王都頭はまだ文句を言ってきたので、顔面を蹴り飛ばして大人しくさせる。鼻頭が潰れたような音がしたが、どうでもいいことだろう。


「楊都頭、お連れしました」


 暫く待つともう一人の部下が三人の男を連れてくる。

 左から医者、元文官の商人、私塾の講師。いずれも読み書きができるだけの学のある人物たちだ。


「ご苦労でござった」


「楊都頭! これは一体どういうことなのですか? 我々は御上に逆らうようなことはなにもしておりませぬぞ!」


「無論そんなことは分かっているでござるよ。今回は強引にこの場に連れてきてすまなかったでござる。決して酷いようにはせぬから安心されよ」


 楊志がまずそう前置きすると、ビクついていた三人は安心したようだった。

 罪を犯していなくても役人の横暴で罪人にされてしまう。そういうようなことが幾らでもあることを三人は知っていたのだ。


「で、では楊都頭。我々はどうすればよいのです?」


「証人になってもらいたいんでござる」


「証人?」


「うむ。毛英、筆と竹簡を」


 楊志が命じると毛英と呼ばれた部下が、元文官の証人に言われたものを手渡す。

 元文官で多くの文章を書いてきた彼には、これからやることを任せるのに丁度いい。


「お主等も噂は耳にしているでござろう。先日、西門慶が手下を使い、武大という男に暴行を加え、妻の潘金蓮を奪った。

 拙者は直ぐに知事に直訴し、西門慶の屋敷に踏み込むよう掛け合ったが、知事は証拠がないからとこれを取り下げたでござる。

 しかし武大は拙者と刎頸の誓いを交わした武松の兄で、拙者にとっても兄と呼べる男。このまま泣き寝入りをするつもりは毛頭ござらん。

 これより拙者は西門慶の屋敷に乗り込み、悪を成敗し、潘金蓮を救い出すつもりでいるでござるよ。我が友である武松は一足先に西門慶の屋敷に向かっているでござろう」


 楊志が説明すると集められた三人たちは感嘆の声を漏らした。

 こういう反応を求めて西門慶の商売仇や、好漢に握手喝采するような人間を選んで集めたのである。

 想定外だったのは完全に偶然巻き込まれた夫婦までもが、感極まった様子になっていたことだろう。


「だが証拠もなしに西門慶を殺したのでは、拙者たちの行いは義挙ではなく乱心であると受け取られかねん。そこで拙者は今から西門慶の一味である王都頭を拷問し、証拠となる証言を引き出す。お主等にはその証人となり、調書をとってもらいたいのでござる」


 楊志が一人で王都頭を拷問して証言を引き出しても、後でしらばっくれるかもしれない。

 公衆の面前で証言させ、文章に残してこそ証拠能力が発揮されるのだ。

 最初は楊志に感嘆していた者たちは狼狽し始める。これから自分たちが『拷問』を見せられると理解したためだ。多少御上に反骨的なだけで素朴な民衆である彼らに、拷問のような血生臭いことは拒否感のあるものだった。

 しかし楊志は気にせず、早速王都頭に近づく。

 自分がこれから何をされるのかが分かった王都頭は顔面を蒼白にしていた。

 王都頭を選んだのは順番である。

 役人の中で一番親しいのが王都頭だったから、まず初めに拷問することにした。もしなにも出てこなければ、二番目に親しくしている者を探して、同じように拷問をするだけである。そうして三番目、四番目と続けていれば、いずれ当たりを掴むだろう。


「や、やめてくれ楊志! たしかに俺は西門慶様とよく付きあっていた! 賄賂だって沢山もらった! だが本当にそれだけなんだ! 証言なんてできないぞ!」


 楊志は無言で王都頭の前歯を引っこ抜いた。

 口から血を流しながら身もだえる王都頭を蹴り飛ばすと、右手首を踏みつけながら吹毛剣で小指を切り落とす。


「あっ、が……っ!」


「これからする質問に正直に答えるでござるよ。答えずに下らん言い訳をしたら、気分で歯を引っこ抜くか指を切り落とす」


「ほ、本当に知らな……ぁああああああああああああっ!」


 警告に従わなかったので中指を切り落とした。

 恐怖と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、王都頭は助けを求めるように集まった証人たちを見た。

 全員が目を逸らす。彼らに顔色一つ変えずに拷問を行う楊志へ、文句を言う度胸などありはしなかった。


「最初の質問でござる。武大を襲ったのは間違いなく西門慶の手下でござるな?」


「あ、ああ! 西門慶様の側近の李欣ってやつだ! そういう仕事はいつも李欣がやる!」


「証人殿! 調書を!」


「は、はい!」


 元文官の男が王都頭が吐いたことを、そのまま竹簡に書いていく。


「いつも、と言ったな。西門慶は前にも同じようなことをやってきたんでござるか?」


「そ、れは……」


 言い淀む王都頭。楊志は顔面を殴りつけてやると、右耳を切り落とした。

 想定外の痛みにのたうち回る王都頭だが、彼の悲鳴が聞きたくてやっているのではない。吹毛剣を喉元に突き付けて脅しつける。


「答えるでござる」


「そ、そうだよ! 同じことは何度もやってきた!」


「正確な数はどれくらいでござる?」


「わ、分からねえ。覚えてねえ」


 数えきれないほど同じことをやってきたということだろう。

 竹簡に新たなる罪状が書かれていった。


「そうやって西門慶は女を無理やり手に入れては、酷いことをしていたんでござるな?」


 楊志は手籠めにしていることを『酷いこと』と言ったつもりだった。しかし拷問によって冷静な判断力を削ぎ落された王都頭は、途轍もないことを暴露する。


「そ、そうだ! 西門慶様は口説いても自分に靡かない女は、無理やり連れ去って食ってきたんだよ!」


「――――――は?」


 西門慶が過去に同じようなことをしていたことは、意外でもなんでもない。

 しかし『食ってきた』という言葉が楊志を唖然とさせた。


「食った……だと? それはなにかの比喩かなにかか?」


 女性を犯すことを食ったと表現したのかもしれない。どうかそうであってくれと祈りながら尋ねる。


「ち、違う……あの人は、好きな女を食わないと、興奮できないって性質なんだよ……。だ、だからこれまでも何人も……」


 それから王都頭が暴露した話は、恐るべき西門慶という男の実態であった。

 証言を聞いているうちに証人は吐き気を催し、口元を抑え始めた。殺し合いの経験のある兵士たちですら、悍ましすぎる真実に絶句している。

 しかしこの中で一番衝撃を受けていたのは、他ならぬ楊志であった。

 王都頭の証言が全て真実だとすれば、潘金蓮は既にこの世にはいない。それどころかもっと酷いことになっているだろう。

 武松は情の深い男である。その武松がこのことを知ってしまえば、どうなるのか。

 楊志にはその光景がありありと想像がついた。


「き、鬼畜外道め! 恥を知らないのか!」


 証人の一人である医者が、目から血管を浮かび上がらせながら王都頭を罵る。他の商人たちや、楊志の部下達も同じ気持ちだった。この場にいる全員が、拷問で立つこともできない王都頭へ殺意を向けていた。


「お、俺は西門慶様に言われて、隠蔽に手を貸しただけだ! 誓って手は染めてない!」


「だからなんだ! 真実を知りながら隠しただけでお前も同罪だ!」


「死んで償え!」


「ひっ、仕方なかったんだ……西門慶様は街一番の大金持ち。俺みたいな木っ端役人が逆らえるはずが……」


 王都頭は見苦しく言い訳を重ねるが、誰の心にも響かなかったのは言うまでもない。

 部下の毛英が剣に手をかけながら口を開く。普段は上官の楊志に黙々と従っている男で積極的に意見することはない。けれどこの時ばかりは怒りを露わにしていた。


「楊都頭、斬りましょう。こんな奴が都頭として我らの上に立っていることが我慢なりません」


「気持ちはわかるでござるが落ち着け。この者にはまだ生きていて貰わねば困るのだ。今度は知事の前で証言させねばならん」


 楊志は拷問に使った吹毛剣を鞘へ納める。


「……後は任せたでござる」


 それだけ言って楊志は家を飛び出した。

 拷問の返り血で着物を赤く染めた楊志を見て、通行人がぎょっと慄く。

 街には不審者を見咎めるべき役人もいたが、鬼気迫る楊志の形相に誰もなにもできなかった。



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