第23話 公孫勝、星を占う
時は少し遡り北京大名府。
東京開封府から転勤してきた公孫勝は、北京のある大富豪の屋敷でじっと星を見つめていた。
星占術も修めている公孫勝は、星を通して人の運命を知ることができる。そして自分が北京にきてからというものの、星の輝きがいっそう増しているのを感じていた。
特に北斗七星の輝きは強まるばかりだ。
それだけではない。上手くいえないのだが公孫勝は北斗七星に対して、郷愁に似たものを感じていた。見ているとどうにも胸がざわめくのである。
「天よ、貴方は俺になにを伝えようとしている?」
強く星天を睨み、その背後に浮かび上がる情景を読み取ろうとする。
果たして星を通して公孫勝の千里眼に浮かび上がったのは、
「!!???」
紫色の紫衣をだらしなくはだけて、なにやら絵画に熱中する女性。そして、
「見えたァ! 星々の輝きに映りこんだ純白の光景は、陛下のパ・ン・チ・ラ!!」
急募:公孫勝の顔面をぶん殴ってくれる屈強な人間。
「まてよ? もしかして占いを利用すれば合法的に覗きし放題のやりたい放題なのでは? うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
近所迷惑な雄叫びをあげる公孫勝。もしも道術に人格があれば、こんな人間に習得されてしまったことを嘆くだろう。
そんな雄叫びを聞いて男が一人、公孫勝に近づいてきた。
風采、人格、気品の全てが並外れたこの男は、この屋敷の大旦那であった。
「どうしたんだい道士殿。星なんか見上げて、なにか面白いもんでも見えたかい?」
「盧俊義殿……」
北京大名府一番の大金持ちで、武芸においてもあの林冲と同門で『河北の三絶』と謳われるほどの豪傑。
およそ男が欲する全てを持つであろうことから、人は彼を玉麒麟と呼んで称えていた。
こんな大物中の大物と公孫勝が友誼を得た切っ掛けは、やはりというべきか公孫勝の特異な経歴が盧俊義の目に留まったからであった。大商人という立場から、林冲に並ぶほどの武勇を持て余している盧俊義には、雲を泳ぐ龍のように自由な公孫勝の生き方になにか感じ入るものがあったのかもしれない。
「すまないな。少し興奮して大声を出してしまった。迷惑であればやめよう」
「おいおい。人が星を見ることを禁じる法律なんかこの世にはねえぜ。ただ大声をいきなり出されるのはちょいと遠慮して欲しいがな」
「重ね重ねすまない」
「だがそんな大声を出させた占い結果には興味あんな。なにを見たんだ?」
「パンツだ」
「え?」
「惚れた女のパンツを見ていた!」
盧俊義は硬直していた。科挙一位で及第した官僚にして、術を極めた本物の道士が途轍もないぶっちゃけ発言をしたのだ。誰だって固まりはするだろう。瞬間氷結だ。
しかし盧俊義もまた天下に名を轟かせた大人物である。すぐに硬直から復帰する――――喜色満面で手を叩いた。
「そいつは凄ぇ! その占いを使えば実際に覗いているわけじゃないから、どんな女のパンツだって覗き放題やり放題じゃねえか! 頼む! 俺にも見せてくれ!」
「一時的に視界を共有すれば可能だが、宋国一の大商人である盧俊義が、占いに頼ってまで覗きたい女が誰なのか気になりますな。占いには姓名も必要ですので、教えていただいても?」
「うーん。ノリで言ったが、わざわざ占いを使ってまで下着を覗きたい女なんて…………あ、まてよ? どうせばれないなら、この国で一番犯しがたい皇帝陛下のパンツとか覗いてみようぜ」
「盧俊義殿。遺言はそれで構いませんか?」
公孫勝は全身の気力を練り上げると、大の男を軽く吹っ飛ばせる術の準備を始めた。自分が徽宗のパンツを覗くのはいいが、他の男に覗かれるのは許せない。公孫勝はそういう自分勝手な男だった。男は大抵そういうものであるかもしれないが。
公孫勝のただならぬ気配を察した盧俊義は慌てて謝る。
「い、いやだなぁ。冗談だよ冗談。さすがに幾ら河北の三絶だの玉麒麟なんて畏れられる俺でも、さすがに陛下に無礼を働くほど命知らずじゃねえよ」
「なんだ冗談か。驚かさないでくれ」
「と、ところで公孫勝殿。例の生辰網……もう直ぐ都へ移送する手はずだったな」
盧俊義はこの話を続けるのは不味いと話を変えた。
「前回の失敗をふまえて、今回は輸送責任者をあの青面獣・楊志にやらすとか。お前さんはどうするんだ?」
「俺は役人だぞ。どうもこうもない。普通に仕事をするだけだ」
「……こいつは俺の直感なんだがな。初めて会った時からお前の顔にゃ『ここは自分のいるべき場所じゃない』って書いてあったように見えた。
始めは俺と従者の燕青くらいにしか読めないような薄い字だったが、生辰網の話を聞いてからどんどん濃くなってるぜ。今なら梁中書の奴とかにも読まれっちまうかもしれねえぞ」
「俺の居場所、か」
人には天命というものがある。天より与えられた、その者が果たすべき命題。
公孫勝が仙人にならず下山したのは、好きな女を自分のものにしたいという我欲である。科挙を受けたのも、そのためだ。
けれど官僚になって腐敗した朝廷を間近で目の当たりにして、なにも感じるものがなかったわけではない。だが、
(暫く新たに会得した千里天パン通を楽しみたいから、今はいいか)
公孫勝は天命を後回しにした。




