第15・最終話
ラメールを自分の部屋につれていき、同じように座って話を続けさせる。
少し体を動かしたことで気が紛れたのか、廊下に居たときよりは落ち着いていた。
「舟、私はこの世界よりもっと未来の地球から来たみたいなの」
舟は声も出ないくらいに驚いてしまう。しかし、あの光の球体、よくわからない素材のスーツ。この2つを考えると、それもあり得るのかもしれないと考えられた。
「私達の地球はね、人類が文明を持ってから2万年近く、途中で幾つか変わってるけど、確か、舟達と同じせいれき? で合わせると、多分6000年くらい先の地球」
「ろく……」
舟にとって想像できないレベルの物だった。舟達が居る現在から6000年前となると、メソポタミア文明辺りだろうか。ともかく、とても長い時間の開きがあることだけは理解できた。しかし、それらを考えると、例のスーツも、光る球体も納得してしまいそうだった。
「私達の何代か前の世代に、世界で戦争が起きたの。その戦争も、人が多くなって、ゴミをいっぱい出して、それをそのまま埋めてたら住めなくなったの。そして、その住める土地を奪い合うために戦争を起こしたの」
人間の本質は結局変わらず、生存の為に、何もかも奪い合うという原初の性格がいまだに残っていたのだろう。しかし、文明を重ねても人間は愚かなままだったという事か。舟はそんな悲しい未来を耳にし、天を仰ぎたくなった。
「だけど、そこでやっちゃいけない強い爆弾を幾つも落としたの。負けるならその住める場所を壊しちゃえってね」
本当に愚かだ。第2次世界対戦の日本の長崎、広島。これで人類は学んだのではなかったのか。本心からそう思ってしまった。祖父が、祖父の友人達が、死を意識しながら戦い、負けた戦争。もう少しで祖父は特攻隊に抜擢されただろう戦争。その世界的に多くの傷を負うことになった大戦でもまだ人類は学びきれていなかったのかと悲しくなった。
「そして、地上に住めなくなった人達は、地下に移ったの。狭くて暗い地下に。でも、技術が進んでいったから、次第に快適な暮らしになっていったみたい。でも、その生活に慣れ始めた人達に、今も戦争が続いている地上で大変なことがわかったの。地球がまっすぐに立っちゃって、自分で回る時間が長くなっちゃったの。しかも、1年で10分短くなりつづけてたの」
つまり、地軸が曲がり、自転周期が遅くなったということだろう。遅くなり続ければ火星だか金星の様な星になってしまうと言う事だろう。そうなればいずれ人類は住む星をなくしてしまう。
「だから、世界で統一した政府を作ったの。そして、一番近い地球と似た星に移ることにしたの。でも、一番偉い人の家族だけ優先にね。皆からいっぱい文句出たよ。だけど、そのまま行っちゃった」
偉い者達が民衆を捨てて我先にと逃げ出す。これは小説の中だけでは無かったのだなと呆れるが、逆に感心してしまった。
「でもね、数年先の星だったの。そこから遅いけど通信が届いたの。知らないウィルスでみんな死んじゃったって」
事実は小説よりも奇なり。だが、これは小説の中の悪代官の末路の様で、少しスッキリしてしまった。
「大気が不安定になってきた地球で、残れる可能性を考えるより、みんな飛び出してどこか探そうってなって、12個の方面に分けたの。私の船団は乙女座方面船団。211個目の船団だったの」
地球が住めなくなる。次の安全な住まいは用意されていない。それだけでも舟にとっては恐怖だった。生命活動を安全に維持できる場所等作れなかったのかと思う。小説などで有名なコロニー等。しかし、彼女達の世界の人達はその余裕が無かったのか、それともしなかったのかわからないが、やはり、母星があってこそのコロニーなのだろうと考えた。
「私達の船団は250年宇宙を進んできた。でも、その途中、50年くらいで重力を作る装置が壊れたの。半分の重さくらいしか作れなくなったの。そして200年ずっとその状態だったの」
1G から0.5Gの空間になってしまったという事か。それが200年。つまり、4~6世代は重力が半分で過ごしてきているということなのか。それを考えると、ラメールの体がとても弱かった事もある程度納得できる。しかし、それを知ると、初めてこの世界に放り出された時、とても怖かっただろう。息もしにくかったようだし、腕もほとんど動かない。よく心が折れなかったと思うと同時に、そんな彼女がよく自分の事を信用してくれたと驚いた。
「私が生まれて10年した頃に地球に似た惑星を発見したの。そして、惑星表面に着陸して色々な事を調べたわ。地上に生きている生物、植物、海に生きている生物、植物。そしてもちろん、ウィルスやバクテリアもね。そして、10年かけて調べた結果、問題ないって判断されたの」
声は凄く嬉しそうだった。それもそうだろう。250年の悲願。彼女は地球の存在も過去のものとしか知らない。だが、それでもその人類が生きていたはずの場所を夢見ていただろう。どのくらいの規模の移民船かはわからないが、地球ほど広い船は作ることができなかっただろう。その為、広い土地、広い世界、それらを自分達の生きる場所に選べるようになったのだ。彼女達の喜びは計り知れなかっただろう。
「お祝いの式典もやったわ。そして、一番最初の人達を決めて出発する放送もしたの。だけど、皆気づいてなかったの。その調べた基準が地球に済んでいた人類とくらべていた事に。新しい人類の一歩、だけど、それはV221 船団の人達にとっては悪夢の一歩だったの。だって、皆の前で、重力フィールドから出た瞬間に倒れて、身動きできなくなっちゃったんだもん」
希望の一歩のはずが、絶望の一歩になってしまった。しかも、重力制御装置が正常に働いていれば、ひょっとしたら回避できたかもしれない絶望。悲しかっただろう。本当に悲しかっただろう。希望が見えた時の絶望だ。舟にはその様な体験も経験も無い。だが、彼女の言葉から痛いほどその気持がわかった。
「多分、0.5Gだけが問題じゃ無いと思うの。舟に初めてご飯を食べさせてもらって、そして、動けるようになって気づいたの。私達の食事は、地球に居た時から全部管理されててね。生きて行く最低限の栄養だけ口にしてたの。普段は錠剤2錠。舟に食べさせてもらったラムネだっけ、あれと同じ大きさの2個だけ。赤ちゃんを作る時と生む時。それだけは特別に薬と特別な錠剤を追加で貰えるようになるんだけど、基本みんなそれだけ。だから、舟がやってるような運動なんてやっちゃいけなかったの。移民船の中も皆それだけで過ごしてたの。運動出来ない代わりにあのスーツが皆に配られるの。体の補佐としてね。だから、ひょっとしたら、ご飯を食べられていたら、運動が出来ていたら。悲しいことは起きなかったかも知れないって」
本当に悲しそうに話すラメール。なんとなくこの後何が起こったのか想像出来てしまった。
「見つけた星に住む事を嫌がった皆は、住むことを決めた私のお父さんに反対して、攻撃をしかけてきたの。禁止されていた物まで持ち出してね」
やはり反乱が起きたかと納得した。しかし、ラメールの父が決めた、主導者だったという事は初めて耳にした。
「そんな時にね、侍女のアニヤと、科学者のサーラに言われて、遠くにある船に移ることにしたの。転移装置で、離れた船に移るつもりが、舟の所に出てきちゃったの」
あの光る球体は、テレポートする時の現象だったのかと初めて納得する。しかし、未来にはその様な技術があると知り、少し興奮してしまった。
「でもね、怖かった。出た時にこんなに大きな舟が居るんだもん」
その興奮もすぐに冷めてしまった。自分がいた事に、自分の前に出てしまったことが怖かったと言われてしまったのだから。
「倒れて、動けなくなってすぐに寝ちゃって。そして目を覚ましたら舟が何か言ってて。何されるのか解らなくてほんと怖かった。でも、水を優しく飲ませてくれて、吐き出しちゃったけど、ご飯も食べやすくしてたのを食べさせてくれて」
あの時は本当によく対応出来たと思う。しかも、何故か冷静に自分の昼飯も作っていた。人が倒れているのに、何故そこまで冷静になっていたのか、今では理解できない。いや、今のラメールに対する気持ちを持っていたら、当時は冷静に食事を作ることはできなかっただろう。もう、それだけ自分がラメールの事を大好きなのはわかっている。だから、当時の状況を今の心境で考えても、意味のないことだ。
「舟の所に来れてよかった。美味しいものをたくさん食べられた事もそうだけど、伊万里、花、晃、陽向、大地、明夫、蒼衣、雄樹、空也、政輝、紗矢華、紅。皆と出会えて。だけど、やっぱり一番は舟に会えたこと。それが一番うれしい」
声だけでも、本当に嬉しいのがよくわかった。そこまで信用してくれた。ただそれがとても嬉しかった。だが、一抹の不安が残る。何故、その話を今するのかと。
「舟が好き。ケンカしたままは嫌」
体を少し傾けつつ、こちらに顔を向ける。その目には少し涙が浮かんでいた。
「アニヤからこの前連絡来たの。一時休戦したから、もうちょっとでこっちに向かいに来れそうだって」
衝撃の事実を舟は聞き、驚きを隠せなかった。ラメールとお別れしてしまう事になる。彼女が自分の世界に帰ってしまう。心から大好きと言える人が自分の前から居なくなってしまう。それが、あとすこしで実現してしまう。舟の心臓は大きく跳ね上がり、緊張を隠せなかった。
「帰りたくない! 舟と一緒に居たい! でも、お父さんやお母さんの所にも戻りたい! ねえ、舟! どうしたらいいの?!」
舟にも何が一番正しいことなのかわからない。感情だけで言えば帰ってほしくない。しかし、彼女はこの世界の人ではない上に、多分指導者の娘という位置づけなのだろう。そんな人が居なくなった場合、まともな指導も出来ないだろう。今の自分からラメールが奪われたらどんなに取り乱すか。それを想像すると胸が苦しかった。痛かった。掻きむしりたい程に取り乱しそうだった。その為、舟にも答えが出せず、うつむいてしまった。
ラメールはそのまま胸に顔を埋め泣いてしまっている。そのラメールになんて声をかけてよいかわからなかったが、彼女のその悲しんでいる顔を見て、自分の気持ちだけは伝えることにした。彼女の葛藤をより強くさせてしまうかも知れない。彼女の事を考えれば、本来の世界に帰るほうが良いだろう。でも、彼女を失うことを考えたら、自分の本心を伝えられなくなってしまう事を考えたら、今のまま、ケンカしたまま別れてしまう事を考えたら伝えられずには居られなかった。
「ラメール。僕は君が大好きだよ。初めて会った時から綺麗だなと思ってた。色々と食べられるようになって、少しずつふっくらしてきて、より綺麗な女性になってきた。でも、一番好きなのは君の笑顔だよ。ご飯を食べた時、美味しいものを食べた時、綺麗な物を見た時、可愛いものを見た時、楽しい事があった時、嬉しい事があった時、僕が包んでいる時に見上げてくれる時、手を繋いで歩いた時、奥さんと言われた時、花火を見ていた時、そして、僕の顔を見てる時。それらの笑顔が大好きだよ。だから、行かないで欲しい。僕はラメール。心から君のことを愛してるよ」
心のすべての言葉を伝えられたとは思わない。だけど、今の自分で伝えられる精一杯の言葉を伝えたつもりだ。
「舟……、私も、大好き! 愛してる!」
どちらからともなく、口づけをする。お互いの気持が届き、嬉しいはずの口づけ。しかし、二人には涙が流れていた。
夜が明け、二人は同じベッドから起きる。
1年過ごしてきて、一緒に眠ったのは寒さに耐えられなかった日以外で言えば初めてだ。
お互いの気持ちが通じた翌朝、気分が晴れているかと言えば、そうでもない。昨夜と言っても夜が明ける前程度だが、その時に残り時間は少ない。だが、いつ迎えに来るかははっきりとわからない。そう言われてしまったのだ。
そして、愛を語らった後、ラメールは舟に真剣な顔で伝えてきた。
「舟、私を助けてくれて、受け入れてくれてありがとう。本当に嬉しかった。いっぱい初めての経験することが出来た。でもね、私は本来この世界にいちゃいけない人なの。だから、帰るね」
今愛を語らったばかりではないかと、舟は叫びたかった。しかし、彼女のとても悲しそうだが、決意した目を見てすべてを受け入れることにした。
その日は二人でゆっくりと過ごし、その次の日から各家に連絡しに行った。
まずは神坂家。陽向に雄樹君も呼んでもらい、一緒に話を聞いてもらう。
「ラメールは、実は未来から来た人なんだ。そして、今度その未来に帰ることになった」
4人は未来人と言っても反応は薄かった。なんとなく気づいていたのか、それとも気にしていなかったのか。だが、帰ると聞いた瞬間、一気に感情は爆発した。
「ラメちゃん、帰るの?! 舟が変なことした?! 舟だから襲わないかと思ったけど、やっぱり襲われちゃったのね?!」
一番の暴走は陽向だった為、周りは言い遅れて何も言えなかったみたいだが、とても失礼なことを言ってきた。しかし、ラメールもラメールで素直に答えてしまう。
「二日前に初めてしたよ。昨日もいっぱいした。なんか、すごく舟が可愛かった。でも、それとは別。舟は今でも大好きだし、本当は離れたくない。だけど、私はここに居るべき人じゃないの。帰らなきゃいけないの」
ラメールの悲しげな告白により、皆が静まり返る。どういう言葉を投げかけて良いのかわからないからだ。あんなに苦労して体を治して、そして、体が回復した今、とても幸せそうに見え、目の前に居る二人は結婚も秒読みではないかと、別れる言葉を聞いていても、信じてしまいそうな所だ。そして、その対象はラメールだけでなく、別れる舟に対してもだ。
大切な家族を失い、そして心の傷を癒せるような相手が出来、一安心した所でまた別れてしまう。神様はなんてこんなにも苦しい事を背負わせるのかと思ってしまったからだ。
「陽向」
ラメールは、その哀しみを癒やすために、そして感謝のために各々一人ずつ回って抱きしめていく。
「ラメちゃん、元気でね……」
「うん。いっぱいいっぱいありがとう。陽向の元気貰っていくね」
「いっぱいあげるよ!」
ギューっと力強く抱きしめ合う二人。陽向は特に今生の別れとなってしまうことを意識してしまい、涙が溢れていた。
「大地」
「お……、おう」
「いっぱい、野菜ありがとう。おかげで元気になれたよ」
「……元気でな」
大地さんは今度はすぐ離れず、ラメールの好きにさせた。
「伊万里」
「はいよ。ラメちゃん元気でね」
「うん。伊万里も。ご飯いっぱいありがとう」
「大したことないさね。うちの野菜をいっぱい食べてくれて嬉しかったよ」
伊万里さんも目から涙が溢れていた。こちらも陽向に負けず、長く、長く抱きしめあっていた。
「雄樹」
「はい。ラメールさん。お元気で」
「雄樹も。レギンスありがとうね。陽向と仲良くね?」
「はい。それは大丈夫ですよ」
苦笑いしながら抱きしめる。しかし、寂しいのか少し目が潤んでいた。
「陽向、大地、伊万里、雄樹、ごめんね。今までありがとう。それと、舟のことよろしくね」
悲しげだが、スッキリとした笑顔で4人に再度礼を言う。4人はもうそれ以上追求することが出来ず、その日は神坂家で夕食をごちそうになって帰ることになった。好奇心旺盛な4人は帰ること以外は根掘り葉掘り聞いてきたが、それについては割愛する。
翌日、蒼衣さんを交えた立華家の夕食時にお邪魔させてもらう。
ここでも同じようにラメールの事を伝える。
「ラメールは、未来人なんだ。僕達より6000年先の未来から来たの。だけど、もうそこに帰らなくてはならなくなった」
立番家でも、未来人というところに関しては余り反応を示さなかった。そして、同じように帰るという所は大きく喰い付き、取り乱した。
「舟! ラメールさんに無理に入れたのか?! 優しくやれってあれほど言っただろう!」
明夫さんも何故か陽向と同じ結論に達しているのに妙な気分になる。だが、蒼衣さんと、花さんが両脇から突っ込んで黙らせる。
「帰っちゃうのね……。寂しいわ。それで、舟君は連れていくの?」
花さんの言葉に思わずドキリとする。そう言えば、一緒に行けるのかと聞いたことがなかった。
「明夫、舟は優しかったよ。それは大丈夫。花、多分舟は連れていけない。一緒に行けたとしても、あっちで舟が生きていけるかわからない」
ラメールは律儀に報告するため、舟は真っ赤になるが、とりあえず明夫さん以外は流してくれた。
「きもち「はいはい。舟君が生きていけないってどういうこと?」……」
遮られた明夫さんは少し不機嫌だったが、花さんの言葉も気になっていたため、そのまま話に聞き入る。
「こっち来てわかったの。ご飯の量と種類が全然違うって。向こうに居た時、ラムネの大きさ位の錠剤しか飲んでなかった。多分、舟だとそれじゃ生きていけない」
「そっか。お腹いっぱい食べられないんだ」
「うん。生きて行くのに必要な量だけだったの」
「そっか。だから、あんなに体が細かったのね」
「それは重力が上手く作れなくなったの。それで、筋肉を必要としなくなったから、体が弱かったの」
「重力が作れない?」
「ラメールの未来、暮らしていた地球は人が住めなくなって、今は移民船団に住んでるんだ」
「なるほどね。それで重力制御装置かな、が故障してと」
「うん。そしてもうちょっとで迎えが来るの」
「いつなの?」
「わからない」
「そう……」
色々と納得してきた彼らは、ようやく落ち着いてきた。感情派の神坂家と比べ、理論派の立華家であるために、この様な差も出たのだろう。
「花、ありがとう。ご飯、きもの。いっぱいいっぱいありがとう」
「良いのよ。私の娘みたいなものなんだから。蒼衣さん、あなたもよ?」
ぎゅっと抱きしめながら礼を言うラメール。娘と言われ、今度はラメールの目に涙が浮かび上がっていた。
「晃、陽向と一緒にいつもありがとう。舟のことよろしくね」
「ラメールさん。寂しくなるね。舟のことは任せて」
言葉少なく抱きしめ合う。晃もはじめからずっと見てくれていた人だから、流石に寂しいのだろう。少し目が潤んでいた。
「明夫」
「おう。舟の嫁になってくれると思ってたんだがな。寂しくなるぜ」
「ごめんね。私も寂しい。元気でね」
ぎゅっと抱きしめる明夫とラメール。流石に今回は浮気とか茶化す事は無かった。
「蒼衣、仕事大変なのにいつも来てくれてありがとうね」
「ラメールさん、私も妹ができたみたいで嬉しかったわ。陽向もかわいいけど、ラメールさんは綺麗だからね。服を選ぶのも気合入ったよ。向こう行っても元気でね」
二人ともストレートの髪な為、本当の姉妹かと思えてしまっていた。その二人が優しくお互いに抱きしめる。お互いに満足するまで抱きしめていたので、暫く抱きしめあったままになるが、誰もその事に何も言うつもりはない。表には出さなかったが、舟を除けば一番心配していたのはこの蒼衣さんなのを皆が知っていたからだ。
夕食を終え、その日は立華家に泊まることになる。ラメールにとって初めての立華家。こんな形で訪れたくは無かった。だが、連れてこれたのは良かったと思う。ずっと前からここからの景色を見てみたいと言っていた彼女の希望を叶えられたのだから。
翌日昼過ぎ、空也、政輝、紗矢華、紅の4人を集めて話をする事に。子供達には海外の実家に帰るという設定にする事を、神坂家、立華家には口裏を合わせている。
そして、帰ることを伝えた途端、子供達の顔色が一気に変わった。
「なんで?! ラメール姉ちゃん何で帰っちゃうの?!」
「やだよ! 帰っちゃやだよ!」
「せっかく仲良くなったのに、お別れなんて嫌!」
「帰ってほしくないです……」
紗矢華や政輝は涙まで浮かべて帰らないでほしいと懇願する。せっかく仲良くなった、一緒に歩行訓練までしたのだから、せっかく一緒に歩けるようになったのだから、帰ってほしくないと思うのは当たり前だろう。しかし、ラメールにも事情があるということで納得してもらい、その代わりに今日一日ずっと付き合うことになった。駄菓子屋行ったり、サッカーに混ざったり、まだ走れないラメールに気を使って優しいボールをパスしてくる所は子供達の優しい所だろう。
「姉ちゃん、いつ帰っちゃうの?」
別れの時、4人は皆泣き出していた。楽しい時間の終わりは悲しいもの。4人の中ではまだ会えるかもしれない。そう思っていた。しかし、この悲しい別れが恒久的な物になってしまう。それを伝えられない事は舟は心苦しかった。
「まだ決まってないの。でも、あと何日かだね」
「僕達学校始まっちゃう……」
「お別れ出来ないの嫌だ!」
「姉ちゃん困らせないの!」
「舟兄ちゃん。元気だしてね」
泣きながら子供達が各々話し出す。そんなラメールは膝立ちになって皆を抱きしめて、こう伝える。
「皆元気でね。いっぱい色んな事してくれてありがとう」
4人は哀しみの限界を越え、大きな声で泣き出してしまう。ラメールも、何度も何度もごめんね、元気でねと伝え、皆を撫でていく。この中で一番気丈な紅がいち早く泣き止んだが、舟の服の裾を握りしめたまま動かなかった。やはり、まだ悲しいのだろう。そう思い、屈んで頭を撫でると、無理に押さえ込んでいた物が再度決壊し、大声で泣きはじめる。その様子をラメールは少し微笑みながら見つめていた。
子供達と別れた翌朝、舟とラメールは縁側に座っていた。
いつもなら舟が修練着を着て修練をしている時間。しかし、この日だけはなぜかする気になれなかった。ラメールも何かを感じ取って、不思議と聞くこともなかった。
少しぬるめに入れたお茶を入れ、二人で縁側でお茶を飲んでいる。
ラメールが意識を取り戻した次の日から、今日まで、ケンカをした時も一日も欠かさず舟は朝の修練を行っていた。そして、ラメールも、寒い時は窓越しだったが、一日も欠かさずここから景色、風景、そして舟を眺めていた。
そんな二人だけの特別な時間。一人で座れるようになってからはあまりすることは無くなったが、今日は舟がラメールを抱きしめながら座っている。まるで初め得てここで一緒に座りながらお茶を飲んでいた時の様に。
「舟、あったかい」
「うん」
「お茶もだけど、舟がね」
「うん」
他愛もない会話。だけど、二人はそれだけでとても満たされていた。
残暑ある日付だが、早朝の為、まだそこまで熱くはない。舟にとっても、このラメールの体温は暑いとはならず、暖かいと感じている為、苦になることも無かった。
その暖かで穏やかな時間が過ぎていく。既にツバメは巣立っている為に、静かになっている庭。と思いきや、目の前の神社の林には色々な鳥たちが住んでいるため、そこまで静かでもない。しかし、その声も穏やかな日常のBGMであるため、慣れてしまった二人には優しい物だった。
二人が言葉が少ない理由。心が通じていると言う事もある。しかし、お互いにもっと話したかった。伝えたかった。どれだけ自分が愛しているかを。そして、帰りたくない、帰ってほしくない。それを願っているかを。しかし、どれだけ相手の事を考えているかもお互いに知っているため、それらを言葉にすることは無かった。
悲しい結末、もう二度と会えない未来。それらが近づいていく事への恐怖はお互いに感じている。しかし、こうして触れ合っているからこそ、それらを克服出来ているのかもしれない。
そんな穏やかな空気が流れる中、突然目の前に光る球体が現れた。
二人は驚くこと無く、お互いの手を握り合い、その光る球体を眺めていた。
「舟、私もこうやって出てきたのね?」
「うん」
「びっくりしなかった?」
「びっくりしたよ」
「ごめんね?」
「大丈夫。だって、出てきたのがラメールだったから」
「んふふ。ありがと」
今回も30分かけて現れてきた。光る球体の中には四角い何かと、人型の影が二つ。くっきりとしてきた頃に、真ん中から同じように光る球体が裂けていく。
舟とラメールにとって、その30分は長く、そして短かった。
この光景を見ている30分としては長いが、もう二人の生活が終わってしまう。その時間としてはとても短かった。
球体の中からは二人の女性が顔を表した。
「****************(姫様! ご無事でしたか!)」
「**********(よかった。やっぱりここにいたんだ)」
右側の女性が初めに話し始め、とても心配した表情を見せる。そして、左側の白衣を着た女性が安堵という表情を見せつつ話していた。舟にとっては何を言っているのか全くわからない言葉だった。しかし、ラメールには通じている様なので、同じ国の人だろうと判断できた。
「****************(さあ、姫様、帰りますよ)」
そう言って右側に立っている女性が手を差し伸べて来る。
舟にも言葉は解らずとも理解できていた。その為、ラメールが立ち上がることを邪魔することなかった。
舟も一緒に立ち上がり、ラメールと見つめ合う。
「舟、愛してる」
「ラメール、愛してるよ」
二人は最後の口づけを交わす。
涙は出ていなかった。お互いに最後の顔は笑っている所を見せて上げたかったからだ。
球体の方からは何か叫び声が聞こえてくる。しかし、ラメールも舟もその言葉に耳を貸さず、ずっと口づけを続けていた。
ゆっくりとした口づけが終わり、一歩お互いに下がり、繋いでいた指が離れる。
お別れの言葉をお互いに言いたかった。しかし、言いたくもなかった。そんな葛藤がラメールの顔にも、舟の顔にも現れている。だが、もう迎えは着てしまっている。お別れの言葉を言うと、もう行かなくてはならないと思えてしまう。それが口を開く事を困難にさせていた。
しかし、その時、光る球体の方、左側に立っている白衣の女性から声が上がる。
「*!(あ!)」
「****(なんです?)」
「***********(球体、開き切っちゃう)」
「*?(え?)」
右側の女性が質問をする前に、光る球体が開き切り、その球体が完全に消失する。
舟には、見覚えのある光景だった。そして、その次に起きる出来事も直ぐに想像できてしまった。
「***!(あうち!」)
「*******(お……重い)」
二人は一気に地面に倒れ、呻く。そして、一緒に持ってきていた何かの機械と思える箱も地面に落ち、そして崩れるというか、壊れた様に見えた。
舟はどうするべきかとラメールの方向を見ると、目を輝かせながら舟の胸に飛び込んで着た。
「舟! よかった! 私、まだ帰れない!」
ラメールは持ち寄ってきた機会を使って帰る事になっていたのだろう。それが壊れてしまったという事は、帰れなくなったという事だ。
「通信は向こうの言葉しか届かなかったの。だから、こっちがこんなに重いってわからなかったの。でも、おかげでまだ舟の所にいられる!」
ラメールが帰れない。帰らなくていい。その言葉に舟はとても喜び、彼女を抱きしめる。
そして、涙を流して喜んでいる彼女を見ながら、伝える。
「おかえり」
「ただいま!」
二人はもう一度口づけを、今度は先程以上長く続けるのだった。
舟にはまた新しい住人との辛くとも楽しい生活があるのだなと、直ぐに理解できたが、後ろで苦しんでいながら叫んでいる二人はとりあえ得ず、置いておくとして、ラメールとの生活が出来ることを喜び、彼女との口づけを続けた。
END
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
初めての全年齢向けということで、書いてみました。
異世界から来る人というテーマみたいなものを考えており、そして、異世界から来たらこっちで無双する事も考えたのですが、こちらのほうが環境が辛い場合と仮定したのが始まりです。
単純に異世界にすると、思ったより話が膨らまないような気がして、設定は未来の地球人類からタイムトラベルという古典手法になりました。
ジョンなんちゃらさんが体験したより遥か未来になりますね。
設定は奴隷の花嫁を書いている最中に頭のなかで描いていたので、ちょこちょこ書き起こしてました。
そして、とある理由で1ヶ月未満で書き上げなければならないとなり、気づいたその日にプロットを突貫工事で仕上げ、その日から書き始めました。
プロットも、ちゃんとしたものではなく、キーワードのみで構成してあります。例えば「おむつ、食事、排泄、筋肉、風呂、ゴミ箱」等。
それからイメージを膨らませてなんとか書くだけであれば20日で書き切りました。
おかげで無理な設定になっている所があるのではないかと戦々恐々としておりますが…。
さて、次ですが、基本に立ち返って長編ファンタジー物を考えております。
他にも色々と書いてみたい物も多いのですが、多分それになるんじゃないかなと。
それでは、また次作にお会い致しましょう。