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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
最終章 過去から現在へ、現在から未来へ
92/96

過去

「本当にその人は何も言わなかったんだね?」


 キリは病院のベッドの上で小さく頷いた。現在、彼は王国軍人より事情聴取を受けているのである。


「……いきなり、おれに」


 カートゥーンキャラクターのお面をした男が言っていた言葉を隠した。言っていたことすべてを覚えているから。その中の単語には『罪人の子』があるから。少しでも言えば、バレてしまうと思っていたから。バレたくなかったから。


「そうかい、それは可哀想に」


【あなたは存在してはいけない。あなたは存在するべき者じゃない】


【だから、あなたは死なねばならないんですよ】


 あのお面の男を思い出す度に、村長の言葉を思い出す。


【お前も殺せばよかったんだ!!】


 思い出すだけでも、負の感情は胸の奥へと溜まり出していく。このようなこと、早々に忘れるべきだ。覚えておくものじゃない。


 王国軍人はキリの頭を優しくなでて、病室から退室する。その後になだれ込むようにして『父さん』と『母さん』が入室してきた。


「キリ……」


「『かーさん』、『とーさん』……」


 入ってくるや否や、『母さん』はキリを強く抱きしめてきた。それが温かいと感じる。


「ごめんね……ごめんね……」


 二人は泣いていた。なぜに泣くのだろうかと思う。


「……私が、腑がないから……」


「なんで、泣いているの?」


「あなたは生きていいの」


 もしかしたらば、あのときの会話を『母さん』は聞いていたのではないかと不安になった。それでも、そのような思わせぶりの言葉はそれっきり。キリは聞かなかったことにした。話を掘り返す気になれなかったから。


     ◇


 今更『父さん』と『母さん』に訊きたくても、訊けないのが現状だ。それは自分があの二人を殺したから。村長も自分が殺した。誰の言うことが本当であるかはわからない。


 知りたくても知れない。一度だけ鬼哭の村へと連れていってもらったとき、『父さん』と『母さん』、実父母の墓に手を合わせた。そうしても彼らの本心は教えてくれなかった。


 当たり前だ。自分が悪いということは重々わかっている。そうだとしても、本当は育ての親の言葉に偽りはなかったのではないかとは思いたい。


 自分は偽り、嘘で身を守っていた臆病者。


 キリはコンパスの剣を強く握りしめた。


【あなたは生きていいの】


 もしも、あのとき『父さん』たちに出会わなければ、どうなっていたのだろうか。彼らが自分に向けていた愛情は?


「威勢だけはいいね。まあ、そこがキリなんだろうけれども」


『ちーくん』は歯車の剣を手にしてこちらを余裕ある表情で見ていた。足でにじる両者。外の周りは風の音が聞こえてくる。霧は一向に晴れる気配はないようである。


「お前が、俺でそれを扱えるならっ!」


 腹の痛みを堪えながらも、キリは剣で突撃する。それをいとも簡単に歯車の剣で防がれてしまう。彼が足払いをしようとするが、それを『ちーくん』に先を越されて転倒してしまった。


「キリ!?」


 アイリとラトウィッジが援護に回ろうとするが、歯車の籠によって近付けなくなってしまう。理由はもちろん『ちーくん』。


「一対三なんて、卑怯だぜ」


 あくまでも『ちーくん』はキリだけで戦うと言う。いや、彼自身もそうでなくてはならない。そこにいる者は自分の心の中における最大の敵(過去)なのだから。


 絶対に負けられない。その気迫が『ちーくん』を襲う。


――ただの念だけで倒せるものか。倒れてたまるか。


 己が崇拝しているのはキイ神。崇める者さえ――心の支えとなる者さえいなければ、ここにはいない。そして、キリが『死』を恐れるような者へと成長して本当に感謝している。


 キリは狂人でも番人でもなければ、囮役でもない。紛れもない、世界改変者(クラッシャー)という存在そのもの。


【あいつの『器』なんかには絶対になるものか!】


 その思いすらなければ、『ちーくん』という存在はなかった。あのとき、世界改変者がキリを殺そうとしなかったことに対しても大いに感謝しよう。いや、感謝されるような者であるからこそ、彼はキイ神なのだ。いやいや、もっとも感謝するべき人物はその二人よりも――。


「危ないっ!」


 急に、アイリへと向かって伸びてきた歯車の籠の手からラトウィッジが防いだ。彼が手にしていたよく斬れる君は絡むようにして巻き込まれてしまう。いくら振り解いても取れそうになかった。逃げた方がいいかと彼女の手を引いて逃げようとするが、アイリは逃げなかった。


 なぜか――。


――あたしはそれの『契約者』なんだけど?


 ギッと歯車の籠の手を睨みつけると、元の籠へと戻っていた。今のアイリにとってはここまでが限界である。所有権はないにしろ、契約権はある。過去の歯車を扱える契約。


 二人が無事であることを確認すると、キリは駆け出した。


 コンパスの剣で思い出すは情報の大食い者(バグ・スパイダー)の件。この剣は赤と黒の剣に分けることができていたはず。ならば――。


 キリは見様見真似で剣を二つに分けると、その内の一つを『ちーくん』へと向けて投げつけた。当然、見え見えの攻撃だから、彼はそれを素早く弾き、反撃に備える。


 目の前の敵が自分であるならば。


 歯車の霊剣がキリの頬を掠め、赤色のコンパスの剣が『ちーくん』の肩を貫いた。どこまで自分の記憶があるかはわからないが、結局根本的には己なのだ。行動は読めるのも理解できる。だからこそ、三手先も考えておかなくてはならない。


 肩に傷を負ったせいか、歯噛みをした。どうやら、想定外だったらしい。そして、キリの考えは総じて間違っていなかった。彼もまた、苦痛の表情を浮かべるのは腹の傷が治らないから。


 そう、『ちーくん』の傷は治らない――二人は傷付けられた傷が治らない。どこかに仕掛けがあるはず。自分たちの今の常識を覆す仕掛けとやらが。だが、それを解いてはならぬ。それはアイリたちにも理解はあるようで、歯車の籠の外で彼らの様子を窺っていなければならなかった。


 次はどう来るか。『ちーくん』の動きに注視する。自分のどこを狙ってくるか。彼の立場になって考えれば――。


――首。


 コンパスの剣で自身の首を防ぎ、腹に目掛けてくる蹴りも素手で受け止めた。


 問題はこの後。どうアクションを起こすにしても、読まれてしまえば意味がないし、何より『ちーくん』の次の動作がどうくるかをこれ以上は予測できなかった。なぜならば、ここまでの予想しか知らないから。この先の行動は承知しているのではないかという不安のせいで何もできそうにない。


 何もできなかったからこそ、次の行動に遅れてしまった。歯車の剣を緩めたかと思えば、それを手放した。地面に着けた片足に勢いをつけて殴りにかかる。慌てて寸前で避けるにしても、それが終わりであるはずはない。


 避けたがためにバランスを崩す。このときを待っていたと言わんばかりに、赤色の剣を握っている手を抑え込み、もう片方の手で腹の傷口に触れようとした。


――そのようなこと、誰がさせるか。


 見透かしている攻撃に対して、キリは『ちーくん』に向かって頭突きをかました。このおかげと言っても過言ではないだろう。ぶつけられたその頭――特に額を抑えながらのた打ち回った。正直な話、彼自身も痛かったことは内緒ではある。


 ここで悠長なことはしていられない。痛がっている場合ではない。これがチャンスなのだから。赤色の剣を真上に掲げて――振り下ろそうとしたくても、なぜだか自分の腕が許さなかった。


――なんで!?


 理由は簡単、『ためらい』である。


 眼前にいる者は自分であり、そうではない者。自らを『キリ・デベッガ』として名乗ることも『マッド』として名乗らず、ディースの幼馴染であるはずの『ちーくん』とやらの存在としている。だが、考えてみろ。いくら別存在だとしてもそれとこれは別だ。そこにいるのは同じ顔をした者。そこにいるのは途中までの記憶が同じ自分。殺せるか、自分を。止めを刺せるか、彼を。


 マッドのときとは心情が全く違う。彼は自分になりたい何も知らない者である。一方で『ちーくん』はマッドとは違う存在なのだ。同列ではないはず。


 そう、それは『甘え』に値する。甘えに隙をつかれたキリは首を掴まされ――剣を握っていた手も足に踏まれていた。『ちーくん』の空いた手には歯車の剣。淡い光が狙い打ちでもするかのように、真っ直ぐにその首を捕えているではないか。


 更にキリが持っている『ためらい』は存在しない。キリとは正反対の人物でもあるから。


 キリは人を殺せそうになくて、嘘つきで、素直になれなくて、優しい者。逆に『ちーくん』は人を殺せて、嘘をつかなくて、素直で、優しくない者。つまりは誰かを殺すことに躊躇は一切ない。あったところで何になるのだ。そんな邪魔なものを大切にしてどうしろと? そのようなものがあるからこそ、小うるさい連中が喚き立てるのに。


――すべてを断ち切れ!


――嫌だ!


 当たる寸前での必死の抵抗。かろうじて、首を少し切っただけで済んだ。危なかった、もう少し奥までいっていたならば、死は免れないのだから。


 キリはもう一つの抵抗として『ちーくん』に向けて足蹴りで上から退けさせた。二人の間に距離が生まれた。両者ともに気が引けないし、一瞬たりとも目を逸らすことなんて以ての外。地面に落ちていた黒い剣を拾上げて、コンパスの剣の状態へと戻した。


 手汗握る緊迫感。一向に二人は動く気配はない。


「まだ抗うか? 存在価値のないやつが生きていてもしょうがないだろ」


『ちーくん』の挑発にキリの眉は僅かに動いた。


「……まだ? 何がまだなものか! 俺は絶対に死なないし、『器』になんてなるか!」


『母さん』にも言われた、アイリにも言われた。死なないで、と。生きてもいい、と。


 自分のことを生きて欲しいと願っているはずだ。そして、自分だって死にたくもないし、生き続けたいと思っている。自分が想う人と共に未来へと生きたいと思う。それ故にムカっ腹が立ってきていた。


――ムカつく……何もかもが!


 キリの頭には数時間前まで考えていたことが頭に思い浮かんだ。誰もが許そうとしないこと。自分の本音を誰が肯定してくれるのか。


【俺さ、世界中に敵に回すかもしれない】


 この世界改変者との戦いを美談で終わらせる気はない。この人生自体がそうではないからこそ、世界という物もすばらしく、美しい話としてこの戦いを締め括るとあらば、嫌われたって構いやしない。汚してやる。


『父さん』と『母さん』のことで後悔があるから。いや、それだけじゃない。


「……俺はわがままだ」


 世界改変者の思い通りにも、戦友軍たちの思い通りにもさせたくない。わがままで何が悪い。誰も彼もわがままではないか。世界を手に入れたいと思うわがままと、世界中の人たちが幸せになれればと思うわがまま。この際、一人の意見が通らないのであれば、意地でも通してやる。もう決めた。


「ああ、わがままさ! 後先考えない精神年齢がお子様の俺の考えの何が悪い!?」


「……は?」


「それで、お前はどうしてその格好で戦いを挑んだ?」


 唐突にどうしたんだ、としかアイリもラトウィッジも『ちーくん』に至ってもたじろぐしかない。この妙に吹っきれた感にキリらしさは一切ない。闘志は滾るようにして見えている。いつもであるならば、不安そうにして「仕方ないから戦うしかない」というような雰囲気を出していたのに。今回に限っては何かしら開き直って入る。


「俺を動揺させるためか?」


 もう惑わされるものか、とキリは刃を向けてきた。


「それとも、ただの自己満足か?」


「な、なんだよ、お前は……」


 明らかに『ちーくん』には動揺が見えている。いや、何も彼だけではない。歯車の籠の外にいる二人に至っても顔を見合わせるほどだ。


「お前はどうして俺に戦いを挑む?」


 通常のマッドの目的を持ってはいない。ただ、思えるのは自分が不幸な目に合っているからそれをこちらに送り届けたいのではないか、と。


「存在を得るためか? 俺は存在価値なし野郎じゃないのか? 倒してどうするつもりだ?」


「世界改変者の器になるからに決まっているだろ。俺はお前の死体を差し出すまでだ」


「それって、別にお前の死体でもよくなかった?」


『ちーくん』の答えの有無を聞かずして、キリは突進していく。コンパスの剣を再び二つの剣に分けてである。だが、彼の攻撃は見え見えなのもまた事実。今度は防ぐことはせずして、避けて突き攻撃を仕掛けようと考えていた。


「俺は死にたくないと思っている。けれども、正反対のお前ならば、『死にたい』と思うはずだ。だから、別にお前が死ねばいいんじゃないの?」


 歯車の剣に見向きもせず、自分を犠牲にしてでもいいから迎え討つことを目的とした。




「『罪人の子()』の格好をしているくらいなら、お前こそが何者でもない、価値なしの嘘つき野郎じゃねぇか!!」




 両手に握る赤と黒の剣にまとわりつく淡い光はより一層強みを帯びた。その光にアイリは大きく反応を見せる。あれは――。


 二つの剣は歯車の剣の光から奪い取っている。双方の剣が交えるとき、光は更に強くなる。もう目を開けてはいられないほどの眩しさである。それで歯車の籠の外にいる彼らは目を瞑ってしまった。


『記憶とはすべてにおける可能性の示唆を提示してくれる存在』


 キリの頭の中には真っ先にこの言葉が思い浮かんだ。もう『ちーくん』の格好を見て動揺したり、恐れたりしない。いや、この先マッドが現れても、だ。なぜか、それは記憶が可能性の示唆を提示してくれることを知ったから。彼らは過去の自分を受けられなかった己自身でもある。自分の存在を羨ましがる存在なき者たちだ。だから『キリ・デベッガ』を欲しがっていた。だが、『自分そのもの』はここに在る。誰にも渡したくない。


 易々と己を差し出せるほどに世の中は甘くない。優しい世界ではない。自分たちを嫌っている世界であるならば、運命を変えようとするほど嫌っている世界であるならばなおさらである。





「俺は『キリ・デベッガ』にして、幼き頃の呼び名は『罪人の子』! どちらの存在その物は誰にも渡さないっ!」





 記憶は過去でできているから。その今があるために存在している。だから、それは『存在しない者』としている『罪人の子』であるにしろ、誰にでも記憶や過去は存在しているからこそ――。





「俺は俺だ! 俺の存在は俺のためにあるんだ!!」





 世界改変者のためにでもなければ、戦友軍たちのためでもない。もちろん、アイリたちのためにあるわけでもない。自分()という存在はそういうものではないのだろうか。誰かのために存在するくらいならば、生きる価値は等しくないと思う。それは自分ではないという無に近い存在。人の人生はその人の物だ。記憶だってその通り。誰かの奴隷じゃない。誰かのために生かされるのではない。


 死にたくないのではなく、生きたい。自分が自分であるために。己の存在価値を再確認するために。


 光が『ちーくん』の体を支配していく。勝手に体が消えていく。


「お前は俺だ。紛れもなく、俺の過去っ……!」


 消えることが嫌なのか、『ちーくん』は必死に振り解いて逃げようとしていた。しかし、ここで逃すわけにはいかない。過去は捨てるべきじゃないから。


 それでも『ちーくん』は喚いた。


「嫌だっ!! 俺は俺として存在したいんだ!!」


 ディースに願ったことを思い出す。キリ・デベッガでもない、マッドでもない全くの新しい存在。もうこの世に存在せずして、新たに存在でする『ちーくん』。だからこその喜びがある。自分が存在しない者だと解っていたから。ただの、彼のクローン体に古い物しかない記憶を植えつけられた偽者。


 何度死んだことか。それでも、死ぬに死ねない。あの『死ねない』苦痛はもう嫌だった。どれほど願ったことか。叶うはずのないその願いを。名前が欲しい、存在が欲しい、と。


「……『ちーくん』」


 消え逝くことに抵抗する『ちーくん』にアイリは眩しそうに呼んだ。すでに彼らにはもう歯車の籠の隔たりは一切ない。


 ああ、自分の名前が呼ばれた。キリの言うことは間違っている。自分は存在してもいいものだ、と。だが、その喜びは束の間だった。


「きみは『ちーくん』じゃないし、『ちーくん』はきみじゃない。彼はディースの古い幼馴染。あいつは彼を殺してはいないし、今もどこかで生きているはず」


「え?」


「どちらにせよ、きみは過去の存在だ。今あるべき存在じゃない」


 その言葉に『ちーくん』の方から何かが壊れるような音が聞こえてきた。やがて、彼は崩れ落ちると――光に包まれて、過去の歯車を残して消え去って行ってしまった。それと重なるようにして、周りを覆っていた霧が晴れていき、キリの体の傷が徐々に癒えていった。やはり、この霧が傷の完治を防いでいたものだったか。


 辺りは緑色の植物を見せていた。キリは地面に落ちている過去の歯車を拾い上げた。そして、投げ捨てられた『父さん』の連絡通信端末機も。その様子を見ていたアイリは「キリ」と声をかける。


「……きみさ――」


 アイリが何かを言おうとしたとき、自分たちがやって来た方向の扉からハイチにエドワード、ガンとエレノアがやって来た。それどころか唐突に彼女の髪の毛が伸びた――というよりも、コンピュータ世界にいるときの格好になってしまう。


「エレノア様?」


「……うん? この声はラトウィッジかい?」


 自分のことが見えていないのかと多少不安になっていると、エドワードがこの状況について教えてくれた。もちろん、ハイチの姿についても。


「私がアイリたちのもとへと来たのは、エレノアがきみにどうしても伝えなければならないことがあるって言うからなんだ」


「あぁ、もしかして『器』のこと? それなら聞いたけれども」


「も、あるが、まだまださね」


 エレノアは一番重要なことがあると言う。


「ミスミ家が誰にも言うことなく、名なしである貴様のために残した伝言だよ」


「へ?」


「いいかい? 世界改変者が番人や狂人たちを自分の周りに固めて揃えていたわけじゃないこと。揃えることを阻止する、彼らを倒すことが貴様のやるべきことじゃない」


 そういうことはキリやラトウィッジたちのように戦力的ある人物にやらせるべきである、とエレノアは言う。


「もっとも、この戦いにおいてはオリジン計画と世界の果てを阻止することを前提として動かなければならなかったんだよ。だけれども、私たちはちっとも阻止しようとしていなかったんだ!」


「えっ? いや、しているけれども? 戦っているけど?」


「ちがぁう! 違う、そうじゃない。貴様がするべきことは世界改変者の計画自体を止めること! 戦うんじゃないよ、止めるんだ!」


 それでもアイリはいまいち理解できない様子でいる。いや、何も彼女だけではない。一同が腕を組んでエレノアの言葉を理解しようとしていた。


 そうこうしていると――。


「うわっ!?」


 大規模地震が一同を襲った。その場に立ってもいられなくて、屈まなければならないほどである。


「な、何!?」


 しばらく続いたそれはようやく収まる。まだ揺れている感覚がある気分のようだ。土砂崩れは? 内部の被害状況は? 誰もが混乱を見せる最中、エレノアは状況が把握できないため「何があったんだい?」と訊ねるしかない。


「つ、つい先ほど、大きな地震が来まして」


【『舞台装置』はすでに『稼働』している】


 今頃になってラトウィッジはエイキムの言葉を思い出した。それの言葉が重なってようやくエレノアが言いたかったことを理解する。


【それ故にオリジン計画は『実行された』】


「い、今すぐに世界改変者を捜し出せっ!!」


 ラトウィッジの焦りようにエレノアは「何だって!?」と怪訝そうに声を上げた。


 しかし――。


「どうしたんスか、そんなに慌てて」


 まだ状況を把握できていないハイチがそう言えば「ばか者っ!!」そう、怒声を上げる。


「あいつらの『オリジン計画』はすでに『実行』されているんだぞ!!」


「うん、だから俺たちがここにきて戦っているんじゃないっスか?」


「やっぱり、兄の方はばかだね」


「失礼な!?」


 と、ここで一人周りの言葉で推測立てていたキリは口を開いた。


「もしかして、その実行って『世界の果て』が施行されていることですか?」


「そうだ!!」


 キリの的確な発言にアイリもアイリで「えっとぉ」と考え出す。


「『世界の果て』って、世界の終わりだっけ?」


「当たり前だ! 名なしのきみが知らなくてどうする!?」


 すべての現状を把握した一同は顔色なし状態へと変わった。これは非常に危険な状況である。本当は悠長に敵としてくる異形生命体と戦っている暇などなかったのである。その事実にようやく気付いて――。


「野郎はどこに!?」


「きっと、上層部にいるっ! 着いてこい! こちらから行くぞ!!」


 エレノアとガン、エドワードには事の状況を戦友軍たちに伝えるように頼み込み、そのまま世界改変者がいるであろう上層部へと急ぐのだった。


     ◆


 これまでに経験をしたこともない大きな揺れを感じた。その場に立っていることもできなくて、近くにある木々にしがみつこうにもそれは危険であった。


「メアリー様! こちらへ!」


 地面の起伏により、木の根ごとごっそりと抜ける姿を見たフェリシアは安全そうな場所へと誘導した。


 突如として起こったこの地震、これで二次災害が出なければいいのだが――。


「ありがとう、フェリシアさん」


「オブリクス君、ここから本拠地までどんな状況かわかる?」


 現在、自分たちがいるのはセロがいる本拠地から遠回りしてそこら一帯に木がないような場所だった。


 地震の揺れが収まって落ち着くと、ガズトロキルスは状況を確認するためにグラグラとしていない木へと登った。木の頂上へと登りきり、周りを見る。陸だけじゃない、上でも空を飛べる異形生命体と戦闘機が交戦をしているのが見えた。この揺れで山崩れを起こしているところは今のところは見掛けないようだ。そして、何より戻り道に関しても特に変わった様子は見受けられなかった。


「うん、地震以外に何も問題は――」


 ないと言おうとすることを止めた。それはなぜか。世界を見る目の山の頂付近にある穴から光が見えるから。この位置で、花畑が見えるような場所から日の光なんて見えるはずはない。肝心の日は自身の真上にあるから。


 それならば、この光は? 何か関係している?


 報告ないし、ずっと上にいたままでいるのが気になったのか、マティルダが「ガズ様?」と呼びかける。それでもガズトロキルスに返事はない。不安に思った彼女も預かっていた槍をソフィアたちに渡して木に登った。慣れない木登りで悪戦苦闘しながらも、彼のもとへとやってくる。ガズトロキルスは唖然と山の方を見ていた。


「ガズ様、いかがなされまし……」


 マティルダもまたそちらの方を見た瞬間、穴から放たれていた光は一直線に、真上に――山の頂を破壊しながら伸びていった。この出来事に周囲一帯にもう一度大きな地響きが襲ってくる。今度は先ほどよりも随分と大きかった。


 このままでは揺れの影響で木が倒れてしまう。危険だと察したガズトロキルスはマティルダと共に下へ落ちないようにしがみつきながらも、誰かに連絡を入れようとした。誰が出てくれるか。


 連絡発信に出てくれたのはセロだった。


「お、俺です! オブリクスです!」


《お前か! さっきので何もなかったか!?》


「大ありですっ! 山から妙な光が空に向かって……!」


《光!?》


 そのやり取りの最中、セロの後ろからは慌ただしい物音が聞こえてくる。向こうの方からもあの一筋の光は見えているのだろうか。彼もその物音に加わりながらも、現在状況をこちらに教えてくれた。


《よく聞け。あの光は、世界改変者たちは……『舞台装置』という物を稼働してしまったらしい!》


「ぶ、舞台装置?」


《これから何が起きるか予測ができないっ! 薬草探しはそこで中断して、こちらに戻ってこいっ!》


「う、うっス!」


 それはガズトロキルスにとっても賢明であると判断はしている。戦線離脱をしたよく斬れる君を所持していないメアリーと共にいることに加え、異形生命体に出くわして戦えるか不安だから。ここにいるのは五人だけだ。彼女たちを守りながらの戦いが自分にできるかと言われると、閉口せざるを得ない。


 そうだとしても――。


「…………」


 連絡を切ったガズトロキルスはマティルダの方を見た。


「……マティ、お前はライアンたち連れて本拠地に戻ってくれ」


「な、なぜですの?」


「俺はあの光が気になってしょうがない。キリやハルマチ関連につながることだと思っている。それで何が起こるのかをこの目で確かめたいんだ」


 それを巻き込むわけにはいかないから。何が起きるのかわからないから。危険な目に合わせたくない。その思いにマティルダは素直に木から降りた。今回ばかりは身を引いてくれたかと思えば、彼女は再び登ってきた。


「なっ!? ま、マティ! 危ないからライアンたちと戻ってなくちゃ……!」


「嫌ですわ。言ったはずです、私はガズ様の傍から離れない、と」


 是が非でもガズトロキルスと共にいるらしい。


「どうなるのかわからないのであれば、私はあなたの傍から離れたくありません。たとえ、それが死に直結することだとしても」


「…………」


 マティルダの意志は固かった。それは彼女の目が物語っているから。死を投じてでも一緒にいたい。この思いはやがてガズトロキルスの心にも積もり積もっていく。


「……わかった。ならば、さっきの花畑のところに戻ろう。向こうなら、さして危険じゃないはず」


 二人は木から降りると、そのまま花畑の方へと向かって行った。地上からでも見える木々の間に光る物。あの光は何を意味するのだろうか。


     ◆


 一方でマティルダの意志を尊重したメアリーたちは本拠地へと戻っていた。周りや足下に細心の注意を払い、元来た道を目指す。


 そうしていると、セロからソフィアへと連絡が入ってきた。


《オブリクスとの連絡が取れなくなっている。何があったんだ?》


 ガズトロキルスに連絡を取りつつ、五人の安否を確かめたかったようだ。だが、肝心の連絡が取れなくなってしまっていて、不安が拭えないのである。


 残って光の行く末を確かめている、とソフィアが伝えると――。


《なんでそんな事をした!?》


 怒られてしまった。


《いいか!? 『舞台装置』が稼働しているということは『世界の果て』が始まっているんだぞ!?》


「はい、私たちはそれを承知した上で彼らを残してきました」


《何だって……!?》


「マティルダ様も仰っておりましたが、オブリクスには私たちには止められない強い意志を秘めています。彼の目を見てわかったんです」


 あのとき、木の上に登っていたガズトロキルスの表情がソフィアには見えていた。それに加えて、マティルダの言葉――。


【申し訳ありませんが、私たちはこの先どうなるかこの目で確かめたいんです】


 それは世界が救われようが、滅ぼうが――。


《そんなのっ……》


 許したくないとセロが言おうとするが、ソフィアが持っていた連絡機にノイズが入り始める。機械の調子がおかしいのか、電波の入り具合が妙だった。


「ヴェフェハルさん?」


 相手に向かって名前呼び続けるが、返事はない。向こうからの声はノイズに混じって全く聞こえなくなってしまう。このことに焦りが見え始めた。


「そ、ソフィアさん? 大丈夫?」


 よければ、自分の物で。そうメアリーとフェリシアが取り出すも――。


「電源がつかない?」


 その通り。いくら電源スイッチを押しても画面は真っ暗なまま。仕舞いにはソフィアの連絡機も通信は途絶えた。これにより、連絡手段は鎖されてしまったのだ。このまま立ち往生してもどうしようもない彼女たちは自分に危害が及ばないように、早急に本拠地へと向かうことにするのだった。


     ◆


 ソフィアたちと連絡が途絶えてしまったセロは渋面を見せていた。誰かの連絡通信端末機及び、他の連絡機器に呼びかけても誰も応じるどころか、こちらからの発信ができなくなってしまっているのである。これに困惑するのは何も彼だけではない。本拠地で情報機関としての役割を果たしているヤグラも頭を抱えていた。位置情報確認もできないらしい。


 この状況――サバイバル・シミュレーションと似ているな、とセロは思った。あのときも同じだったから。原因はバグ・スパイダー。今回もそうなのだろうか。そのことをヤグラに訊ねてみた。


「そうではないと思う」


 これに首を横に振った。もし、バグ・スパイダーが原因であるならば、電源が入らないという症状ではないのだから。そもそも、そのコンピュータウィルスは情報を食らうものなのである。


「じゃあ、何が?」


 何がどうなっているのだろうか。あごに手を当てて考えていると、マトヴェイが「問題は電子機器だけじゃないみたいですよ」と報告をしてきた。


「医療機器に関しても、操作不能のようで。それどころか、すべての機械類の電源が落ちているようです」


「そうなんですか?」


 まさか、これが『舞台装置』を稼働した結果とは思いたくなかった。つまりは――世界が終わる(世界の果ての)とき、機械類は止まってしまうものなのか。文明の崩壊とでも言うべきか。


「でも、あの光は一体? これから世界はどうなってしまうんでしょうか?」


「それはわかりませんが……」


 ヤグラはヤグラでハイチのもとへと向かっているガンが気になる様子。彼はコンピュータの住人なのだ。ここら一帯の機械類の電源がつかなくなってしまうのであれば、電子世界を展開している彼らであっても――。


     ◆


 ブツンッと何かが切れる音が聞こえてきた。何の音なのだろうかとラトウィッジが周りを確認すると、その場にいた人数が減っていることに気付いた。


 この場にいるのは自分にキリとアイリ、エドワードにハイネの姿をしたハイチ――。


 急激に元の姿に戻るものだから、変な声を上げてしまった。いや、それ以前にアイリに至っては先ほどまで髪の毛が伸びていなかっただろうか。何がどうして、どうなっているか混乱していると――。


「あれ? 先輩元に戻っていますよ」


「あっ? あ、本当だ。ギミックが切れたな」


「だからなんですね」


「おかしいな、故意的に展開できるし、たためるんだけれども」


 何がどうなっているのかわからないな、と五人が階段へと続く扉を開けると、偶然にもケイたちと会った。本当におかしい、彼らは西の方から突入していたはずなのに。


「お、おじさん!」


「ケイ。きみたちも……。西側から入ったんじゃないのか?」


「西側の上層部は何もないという情報があって。それで、俺たちこちらの方へと来たんです」


「情報? その情報って誰が?」


 エドワードの質問に言うべきか迷ったが、言うことにした。黙っていても仕方がないから。


「しょ、初代国王です」


 ばかにされるかもしれない。そう思っていたが、実際にその言葉を聞いて怪訝そうにしていたのはエドワードとハイチだけ。他の三人はそれがおかしな話ではないとでも言うようにして「そうか」という薄い反応を見せていた。


「あの人がか……」


「総長? 何か知っているんですか?」


「いや、私が見た幻覚だよ。先を急ごう」


 そちらよりも地震の原因が気になって仕方がないから。


 一同は上層部へと続く螺旋階段をひたすらに上り続けていく。先ほどからこの建物内より振動が伝わってきていた。パラパラと上から軋む音が聞こえる。


 そうして上りきった先には大きな広間に最後の悪足掻きとでも言うようにして、異形生命体が三体待ち構えていた。ここまで来てまだバケモノがいるとは。キリがコンパスの剣を構えていると――。


「先を急ぎなさい。ハルマチとキンバー、彼を頼んだ」


 三体怪物の相手は自分たちがすると言う。


「エレノア様は戦うのではなく、止めろと仰っていた。『舞台装置』はすでに稼働している、『世界の果て』も始まっている。我々人類にはもう時間がないんだ」


 ラトウィッジの言葉にキリはアイリとハイチを見た。彼らは頷いている。行くしかないのだ。それに応えるようにして、彼はハイチにコンパスの剣を差し出してきた。


「俺にはこれがありますから」


 ハイチの得物は刀身が折れた『LILAS(リラ)』しかない。それで戦えというには無茶があったから。だから、いいよなとアイリの方を見る。それに彼女は大いに賛成のようであった。


「……うん」


 三人はラトウィッジたちが気を引いている内に奥の方へと走って行ってしまった。


 その場に残ったラトウィッジ、エドワード、マックス、ケイ、ヴィン、ターネラに戦友軍数名はこれが最後だと言わんばかりに、腕を揮った。エドワードや戦友軍たちが突撃銃で異形生命体の気を引いている間に、ラトウィッジ、マックス、ケイの三人が斬っていく。そんな彼らをサポートするのがヴィンとターネラであった。


 ここまで来ると、これまでの戦いの疲労が表れ始めているようだった。特に怪我を負っている者は動きが鈍い様子。


「やっぱり、元人間が一番キツイよ。このバケモノどもは」


 そうヴィンが呟くようにして苦笑いをした。建物内で戦った異形生命体の大半が元人間ではなく、野生の動物。人としての動きではないため、戦うことに戸惑っていたが――彼らにとっての最大の敵がこちらの方であると知ら示された気分に陥る。


 元人間としての存在のジレンマであること、そして何よりどの生き物よりも硬い皮膚の巨体。おかげで手を煩わせる、煩わせる。


「よく斬れる君でも一番の難儀だな」


「だとしても、私たちは戦わねばならん! デベッガたちに任せっきりはよくないからな!」


 そう言うラトウィッジ。それに対してケイにはキリの心中が気になっていた。ガズトロキルス伝から聞いた『世界』と『アイリ』の天秤。


 一応はあのことを伝えた。弥終集落で聞いた、見せてもらった隠れカムラ教典の中身。ただ単に可能性としてキリに教えただけのことだ。それが果たして正しいやり方であるかはわからない。そのリスクすらも判断がつきにくいから。


 そのことを知っているのは自分とキリ――そして、あちらで共に教典の中身を見知っているヴィンとターネラだ。彼らにもあのことを話はしている。


「気になりますか?」


 不安そうにターネラが訊いてくる。それについて否定はしなかった。キリがどう選択を取るかは知る由もないから。だが、選ぶ自由はある。権利はある。


「俺は……それでも、あいつの気持ちはわかるから」


 失いたくない気持ち。それは誰もが一度は思ったことのある思いだろう。ケイは弥終集落で学習した。心の傷として残るほどの教訓にもなったのだから。


「私もデベッガさんの気持ちは痛いほどわかります」


「…………」


 二人の会話を聞いていたヴィンは黙っていた。


     ◆


 連絡が途絶えて電源すらも入らない状況の中、王城ではミスミを前にしてエレノアが頭を抱えていた。一応は伝言ができたが、最大の問題が残っている。


 王都中にて、電子機器類が一切使えない状況に陥っていることだ。緊急非常放送用の予備機器類も同じだ。これ以上までに大混乱が自分たちを襲っていた。


 どうしたならばと思案を浮かべていると、その場が大きく揺れた。地震か。それはすぐに収まったが、これで終わりではないとは理解できている。


「た、大変だ! 城下町の地面に亀裂が!」


「何だって!?」


「い、いや、それよりも、城も崩壊する可能性だってある!!」


 衛兵たちの会話が聞こえてくる。それを聞いたエレノアは双眼鏡を手にして、窓から見える北通りを観察した。確かに彼らの言う通り、道には大きな亀裂が入っているではないか。先ほどの地震が原因か。


「…………」


「こ、これからどうなってしまうのでしょうか?」


 不安は拭えないミスミが問いかけた。


 こればかりは年の功でさえも見当つかない未来の話。もはや、頼れるのは世界改変者を倒すことを任された者たちのみ。彼らが世界の命運を握っているのだ。


――あの子は……また迷っていないだろうね?


     ◆


 淡い光を帯びた歯車の剣とコンパスの剣。双方の光は不安定に揺れ動いていた。


 東螺旋階段上層部より奥の広間の中央には謎の球体の機械が存在していた。それは音を立てて床壁天井に管でつながれて動いている。その球体にはキイ教の物――世界改変者が創り出した『未来のコンパス』と『過去の歯車』があった。


 この広間にはたった一人の人物が三人を待ち構えていた。


「おやおや。ようやく、来ましたか」


 もちろん、勝てないと見込んで逃げたはずのハイチもいる。ああ、本当におかしいな。そこにいる二人は自分の手駒だったはずなのに、どうして名なしのもとにいるのやら。


「多数であるならば、威勢もあるのですか」


「それのどこが悪い? 俺はどんな手を使ってでも、自分の人生をめちゃくちゃにしたやつをぶっ殺してやるから」


 ハイチはそれがどうしたとでも言うように、コンパスの剣を構えた。それを見て怯えることは一切ない世界改変者は「女性ならば、今一度自分の姿を鏡で見た方がいいですよ」と挑発をしてくる。


「なんだとっ!?」


「いや、これはあいつが正しいとは思いますよって、言いたいところだけれども……囮役の先輩には同情をします」


 アイリもまたよく斬れる君を構えた。


「なんせ、何千何万それ以上もあたしを騙してきた野郎だからっ!」


 今度こそ、絶対に逃すものか。すべての嘘に惑わされていたのだから。憤りは収まることはないはず。


 敵意むき出しの二人に世界改変者は目をくれず、代わりにキリの方を見た。


「キリ君。いや、存在なしのあなたで世界の果ては終わり、その先を見ることができますよ」


 さあ、いらっしゃいとキリに軌道修正させるがために、誘いの言葉を持ちかけた。それに対しての彼の答えは歯車の剣先を向けること。


「俺はお前の『器』なんかにはならない!」


 もちろん、それがただではないことくらいは重々理解している。なんともわがままに育った子どもか。口が利けぬままに母親を『殺した』のに。『死』を受け入れることを当然とさせるために、その直後に口を利けさせたのに。


 そう、すべては偶然からなるものが原因である。必然的であったはずの計画はガタガタながらもここまできた。ここで終わるわけにはいかない。これまでの苦労を水の泡にしたくないのだから。


「やっぱり、名なしさんが一番の邪魔ですね」


 あのとき、絶好のチャンスが到来していたのに。


 雪山で死に際だったキリと出会わなければ。名なしが彼に過去の歯車の所有権を渡さなければ。このような条件は聞いていない。


 見えていたすばらしき世界に忍び寄る邪魔者。なぜに邪魔をする。この世界は『彼』から奪い取った自分の城であるのに。『彼』が傍観しかしてこないかと思えば、思いっきり干渉をしてくる始末。


 要らないのではなかったのか。どうでもいい世界だと思っていなかったのか。日記をずっと放置していたくせに。『彼』が憎い。名なしが憎い。この世界にいるから邪魔だ。


「ならば、また死ぬがいいっ!!」


 世界改変者は空中から一本の剣を取り出す。それはどの黒よりも真っ黒の剣だった。まるで闇に溶け込んでしまっているように見えるのだ。それを手にして彼はアイリに向けて叩き斬ろうとするところをキリとハイチが受け止めた。助けてもらっている最中に彼女は低い笑い声を上げる。


「死ぬがいい? 死ねって? 死ねって言ってんの?」


「黙れ! ただの人形がっ!!」


 世界改変者のその発言にムカっ腹でも立ったのか、アイリは手に構えていたよく斬れる君で顔面に向けて、叩くように振りかぶった。


 何かが割れる音と共に、世界改変者は球体の下へと転がり込む。床には彼がしていた仮面の欠片が点在している。


「うるっさいなぁ、躾もなっていない悪ガキが」


――冗談じゃない、たかが他人の物にいたずらをしたやつにここまでして手こずらされるなんて。冗談じゃない、誰のせいでこのような目に合っているのか。


「元はと言えばあんたが『神様の日記』にいたずらをするからでしょ」


――それで人に八つ当たりをしないでもらいたいんだけど。こうなることは知っているはずでしょ? 原因を知らないとは言わせない。忘れたとは言わせない。理解しなければならないこと、把握しているよね?


 この世で一番悪いやつはだぁれだ?

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