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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
最終章 過去から現在へ、現在から未来へ
85/96

一緒

 兄弟というものは片方がいい加減でもう片方はしっかりとしている。それはキンバー兄妹やザイツ姉弟、バーベリ姉弟など言える話である。もちろん、マックスにも兄がいた。彼の故郷である旅懐の町でガヴァンと悪企みを考えるほどの悪ガキだったのだ。


 自由奔放で、町の学校の授業なんてサボるのは当然。店のお金をちょろまかすのも当たり前。平気で酒やタバコを嗜む者だった。よく真夜中の町へと繰り出してはクラブに行っていたらしい。それで町の見回りをしている軍人に何度お世話になったことか。両親が深夜に呼び出されて頭を下げていたことか。


 そんないい加減な兄を嫌いとは思っていたが、一応兄弟ではある。兄貴らしい存在を見せつけていることもしばしばあったため、完全な嫌悪感は抱いていなかった。


 マックスが軍人を目指すきっかけとなったのはその兄が失踪したからだった。何日も帰ってこない日が続いて、捜索依頼を出して――自分の部屋で兄からの手紙を見つけた。そのようなことをやらなさそうな人物だと思っていたのだが――。


 汚い殴り書きで書かれた手紙の序文には『父さんと母さんには見せないで欲しいし、伝えないで欲しい』と記されていた。そこから伝わってくるのは絶対に見せるなという強い感情がむき出しになった文面である。


『家族なんて要らない、自由が欲しかった』


 兄は家族を捨てたのだ。


 そのしわ寄せが訪れたかのようにして、後日に兄は零落の村にある池にて死体で発見された。なぜに殺されたのかはわからない、原因不明の死亡事故。


 両親――特に母親はノイローゼになるほど泣いた。父親もショックで仕事は手付かずだった。自分たちの愛情に気付いてもらえなかった我が子の死。唯一手紙の内容を知っているマックスは不憫に思った。兄に対して怒りはあった。受け取った手紙を両親に見せようかとも思ったが、そちらよりもまずは理由が知りたかった。あんな一文を書いた兄の心情を知りたい。故にあの手紙を彼らに見せてはいないと思っていた。


 死人に口なし。兄の心内なんて誰も知る由はなかった。だが、まだわからないことは他にもある。それが、死亡原因。何のトラブルがあったのか。自分はもちろん、両親も知りたがっていた。しかし、軍の方もわからないということで闇に葬られようとしていた。それだけは許せなかった。


 それ故に――。


「大きな荷物抱えてどこ行くんだよ、マックス」


 その言葉通り、大きな荷物を手にして町にある三本の木の下を通りかかったとき、ガヴァンにそう言われた。彼は未成年だというのにタバコを飲んでいる。


「まるで夜逃げでもするみたいだな」


 周りに煙を吐き散らしながら笑うガヴァンにマックスは「そうじゃない」と言う。


「兄さんが死んだ原因を知りたいんだ」


「そういうのって、軍がするモンじゃないのか?」


「してくれないから、俺が軍に入って自分で調べるんだよ」


 その発言に「軍人になるのか?」と疑問を抱く。


「えっ、あの学校に行って、卒業してお前が軍人に?」


 若干ばかにしているような気もするが、別に笑われたっていい。己が掲げる目標に向かって階段を突き進むのは何も悪くないのだから。


「ガヴァンも行くか? 入学金と学費を払って、単位を落とさなければ軍人になれるぞ」


「行かねぇ。俺が勉強嫌いだって知っているだろ」


「知ってる。でも、その腐った根性を叩き直せるかもな」


「失礼なやつ」


 ガヴァンはそう言いながらタバコを地面に捨てると、その火を足で消した。


「第一によ、お前が『軍人になれるという証拠』はどこにある?」


「なんだよ、その『証拠』って」


「『証拠』は証拠だよ。つまりは事実さ。事実を俺に見せてくれよ、マックス。お前はできるか、耐えられるか、それは。絶対に脳筋だけじゃ務まらないその仕事をできるかどうかの、論だけじゃなくて形だよ、形」


 ガヴァンは自身の頭を指差しながらそう言うが、マックスは理解できなかった。言っている意味がわからないからである。


「要は軍人になった姿を見せろと?」


 二本目のタバコを取り出して火をつけた。


「うーん、そういう意味じゃないんだけれどもな。まあ、できたら褒めてやるよ」


「だったら、なってやるさ。絶対に」


 ガヴァンとはそれっきりだった。最初――学校を卒業して王国軍へと入隊し、帰郷したときに彼の家へと行ってみたが、数年前から帰ってきていない、と彼の母親は言っていたから。まさか、兄のようにして死体として発見されたのではとも思ったりもした。だが、違った。更に数年が経ったある日、黒の皇国軍の侵攻戦時に民兵軍の名簿を整理していると、ガヴァンの名前は載っていたのだから。


 このとき、マックスは防衛戦で戦線に出ることはなかったため、いつか会えるだろうという軽い気持ちで思っていた。元より、まだ『証拠』はないのだから。


 軍人としての仕事内容はほとんどが東地域にある軍基地でのデスクワークだった。座学、実技ともに申し分ない成績は上位で卒業。それを見込んでの振り当てられた仕事場だった。


 あるときに事件・事故のファイルを整理していると、兄の死亡事件を見つけた。それは未解決の物。兄が死亡して三年後で捜査は止まっているようであった。


【兄さんが死んだ原因を知りたいんだ】


 そうだ。自分はこの原因を究明したいんだった。忘れてはならない、両親の悲しみに暮れた表情。


 早速そのファイルを手にして軍基地の支部長に捜査申請をしに行った。手掛かりも何もない、行き詰まった事件の歯車を動かしたい。どうしても真相を知りたい。そのような気持ちも添えて。支部長は、最初は渋った様子でいたが、許可を出してくれた。


「何一つ手掛かりはないけれども、それでいいのならば」


「ありがとうございます」


 許可を得て、すぐに兄の死体があった零落の村へと直行した。その村は穏やかな場所であり、十数年前に水死体が発見された事件があったとは思いがたいほどのどかな場所である。兄が死んだと知らせを受けたとき以来か、この場所へと向かうのは。


 車を走らせ、問題の池の方へとやって来ると――。


「あっ」


 花を携えて、池のほとりにいる女性がいた。柔らかそうなその雰囲気にマックスは硬直する。


「こんにちは」


 女性は頭を下げて花をそこへ献花する。ほとりにはしおれた花や枯れかけた花があった。自分たち家族がここに献花をしに来たわけではない。両親は思い出したくもないから行く気にはなれず、もちろんそれはマックス自身もそうだった。だが、兄は一人でそこにいたのはなかったのだ。


「もしかして、昔にここで亡くなられた方の調査ですか?」


「は、はい」


「私、その事件のことを知っています」


 女性の見た目の年齢から察するに、幼いときにその事件を知ったのだろうか。自分よりいくつかは年下のようである。


「まだ犯人は捕まっていないんですよね?」


 兄の死亡時刻は深夜であり、死因は銃殺と記載されている。近隣の住民が水の音を聞いたとき、その池には一人の男がいたらしい。わかっているのはそれだけ。証拠隠滅とでも言うようにして身包みをはがされているし、所持品すらもなかったそうだ。ほとりのところに足跡すらもなし、道路に泥水がついて乾いた足跡もなし。


「はい、多くの情報が集まればいいのですが。なんせ、十年以上も前から何も進展していないんです」


「亡くなった方、すごく悲しかったでしょうね。家族にも会えなくて」


 兄は家族は『要らない』と手紙で断言している。本当に最期は自分たち家族に会いたかったというのだろうか。それとも――そう思っていたとしても、この女性の手前でそのような発言は控えるべきだった。だから、別の話題を出すようにして、花束を指差した。


「あの、花っていつもではないですよね?」


「いえ、あの日から週一でずっと。ちょっとでも慰めになれば、と思いまして」


 マックスは直感で――ああ、この人はとても優しい人なんだなと思っていた。顔も知らない死人に花をずっと手向けられるなんて。


「それでは、私はこれで」


 もう一度女性が頭を下げると、マックスも同様にして頭を下げた。


 マックスはあの女性にもう一度会いたいと思いながらも、独りでに調査を続けるのだった。


     ◆


 調査を始めて三ヵ月が経った。この期間だけの成果は一人の男は森厳平野の北の方へと逃げたことぐらいか。聞き込み調査ではなく、森厳平野付近に設置されていた監視カメラを調べてわかったことである。以前調査していた者は行き先を見落としていたようだった。


 夜の監視カメラに街灯がないような田舎。いくら男と言っても顔の判別はできなかった。それでも一歩だけ進展はしたのだ。


 しかし、それ以上の成果は上がらなかった。ほぼ詰みかけているその事件に頭を悩ませるマックスの癒しと言うならば、たまに会うあの女性との他愛もない話だろう。


 今日は来るかなと思いながら池の周りを調べていると「こんにちは」そう、声をかけてきた誰か。この声はあの女性だ。


「ああ、こんにち――」


 声に振り返って気付いた。あの人の隣にいる知らない誰か。もしかして、恋人だろうか。そうだとするならば、とてもショックだ。


「どうですか、お仕事の方」


「えっ、ええ。進展はないです」


 そして、自分の恋の進展はこれ以上ないでしょう、と悲しいアナウンスが頭の中で鳴る。女性の手には献花用の花束とランチボックス。これから二人は出かけに行くのか。隣にいる男性が羨ましい。マックスは歯噛みする勢いで「デートですか?」と嘆きを堪える。


 その質問に二人は顔を見合わせた。ややあって、女性は恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「えっと、クランツさん。私たち恋人同士じゃないですよ」


「ああ、夫婦ですか?」


 もはや結婚に至るまでの仲なのか。超絶に悔しいマックスはその男に嫉妬をする。


「夫婦でもありませんよ! 彼は私の友達ですから!」


 それでも、結婚を誓い合った仲なんでしょう? そうとしか捉えようとしないマックスにその男は肩を震わせて笑っていた。何がおかしいのだ。どこもおかしい話ではないのに。


「いいんじゃないか?」


 突然男はそう言い出した。何がいいのだ。腹立つな、と不機嫌そうにマックスがしていると、女性は――。


「そんなことより、一緒にお昼はどうですか?」


「いや、そんな。二人の仲を悪くするのはいけませんし」


 だから恋人同士でもないのに、なんて女性はちょっと面倒そうに見てくる。それだから、代わりに男は「いいから」と木陰の方に誘い出す。


「一緒にご飯を食べましょうよ」


「なっ、あなたは彼女を愛しているのでは!?」


「いやいや、僕はもう結婚しているし。奥さんも彼女との友人関係だと知っていますよ」


 きちんとした関係性を訊くべきだった。はや合点してしまった。と恥ずかしそうに顔を紅潮させた。まさかの既婚者。戸惑いは隠せない。


 二人に誘われて近くの木陰に腰を下ろし、女性が作った昼食をいただいた。メニューはホットベジタブルサンドとフルーツスープらしいのだが――。


 開けてびっくり。ランチボックスの中には丸コゲの物しか存在していない。フルーツスープの中身すらも真っ黒なのだ。なんなのだ、この奇妙なランチは。これに男はそっぽ向いて肩を震わせていた。いや、これは笑っているのか?


「どうぞ、たくさん作りましたので」


 たくさんの焦げた何かがある。これは食べられるものなのか、それともドッキリか何かなのか。一口食べてみてもびっくり。劇物だ。ホットベジタブルサンドなのに、冷めていて口の中が砂を食べているみたいでジャリジャリと言っている。甘くも辛くも酸っぱくもない。ただ、ひたすらに不味い。


「スタンリー君も食べてよ」


「いや、僕はフルーツスープだけ……」


 それだけでも不味いらしい。スタンリーと呼ばれた男は顔を真っ青にしている。口を手で押さえている。きっと、吐き出したいに違いない。


「クランツさん、どうかされましたか?」


 まだ一口しか食べていないスタンリーに残念そうな表情を見せる女性。いいところを見せつけたいのか、マックスは「まだまだ食べますよ」と無茶ぶりを試みていた。


 それを見てスタンリーは男だなと感心する一方で、勧めてくる真っ黒料理に怯えるしかなかった。


 悪意が一切ないその笑顔に押し負けて、マックスは一人でその劇物を食べきった。正直言うと、これ以上食べてしまえば吐いてしまうだろう。だが、それをを見せてしまえば、きっとこの人は悲しむだろう。悲しませるのはよくないという精神のもと――。


「お、美味しかったです」


 自分の胃袋は無事か。そう願うだけ。


「よかったです。また作ってきますので、スタンリー君と一緒に食べましょうね」


 寿命は足りるだろうか。


     ◆


 お腹を押さえながらも、午後の調査をするマックスのもとにスタンリーがやって来た。あの人は家に帰ったらしい。


「……先ほどは勘違いをして申し訳ありませんでした」


 言えていなかった謝罪をする中、気にしていないと笑ってくれた。だが、お昼のフルーツスープが腹にきているのか、スタンリーもまたお腹を押さえていた。


「ははっ、彼女が気になるでしょ?」


「え、ええ……。まさか、あんな料理の作り手だとは思いませんでしたよ」


「いやいや、そうじゃなくて。好きなんでしょ、あの子が」


 それが恥ずかしいと思ったのか、途端に顔を真っ赤にさせる。


「か、からかわないでくださいよ!」


「いいんじゃないですかね。告白したって」


「お互いのことを何も知らないのに、それは――」


「彼女はあなたのことを知りたがっているみたいですよ」


 思わず、調査表を地面に落としそうになった。それは本当なのだろうか。


「ぶっちゃけ、彼女は村の男たちにモテる分にはモテるんだけど、あの料理の作り手ですからね。知った人は大抵逃げるんですよ。見た目だけ見て、食べもせずに逃げる」


 それでもあなたは違う、とスタンリーは確信ある目をしていた。


「全部、食べてくれたでしょう? それが嬉しかったんですよ」


「えっ……?」


「僕も友人として見てきましたけれども、あなたみたいな人が彼女を支えてあげるべきだと思いますよ」


 なぜに自分はあの人を好きになったのだろうか、と問い質した。正直な話、可愛らしいからということもある。しかし、それよりも名前も顔も知らない自分の兄のために献花をしてくれていたことが一番印象深かった。町では厄介者とされてきた彼のために悲しんだのは自分たち家族だけ。


 そう思っていた。赤の他人であるあの人が悲しむ理由なんてないはずなのに。彼女と家族になりたい。素直にマックスが思っていると、スタンリーが「あの」と顔色悪そうに声をかけてくる。


「お仕事中、申し訳ないんですけれども。近くの病院まで乗せてもらえますか?」


 そして、何よりあの人の料理を毎日食べなければならないことも百は承知であった。


     ◆


 それから一年後、東地域の軍基地で調査していた兄の事件のファイルをまとめていると、支部長がやって来てこう言い放った。


「その事件に関しての捜査は辞めなさい」


 その言葉に目を丸くするだけ。数秒遅れて「なぜですか」と抗議を申し立てる。まだまだわからないことだらけなのに。真実を知るべきなのに。


「私は兄の死の真相を知りたいんです!」


「そうだとしても、どれだけの時間が経ち、捜査成果もあまり上げられていないじゃないか。これ以上何を調べるつもりだね?」


 支部長の言うことはもっともであるし、事実だ。十数年ぶりに再開したその捜査はほとんど手掛かりなど得られていない。彼は進展なしの行き詰っている昔の事件は捨てろと言い出したのだ。


「こちらにはまだまだ未解決の事件や事故が溜まっているんだよ?」


「…………」


 マックスの机の上には別の事件や事故の資料を乗せられてしまう。結局兄のことについては足掛かりもつかないまま、再び闇の中へと葬られてしまったのだった。


 それでも、と休日を利用して零落の村の池へと足を運んだ。もはや、あの人に会うためだけの時間となってしまったこの頃。調査打ちきりと聞いた彼女も寂しそうにしていた。


「……クランツさんのお兄さん。きっと、悲しんでいるでしょうね」


 その気持ちは自分と同じである。


【お前が軍人になれるという証拠はどこにある?】


 町を出るときにガヴァンに言われた言葉を思い出した。自分は軍人にはなりきれていない。そう思った。証拠がないのだから。マックスは肩書きが『軍人』と言うだけの人だったのだ。己の力不足を悔やむ。自身の肉体や精神がこんなにも脆弱だったとは思わなかった。


 そう、本当の軍人にならなければならない。まだ自身の兄は闇の中で叫び続けている。彷徨って、真実の光を探し求めているのだ。それだからこそ――。


 悔しそうな表情をするマックスの手をそっと女性は触れた。


「…………」


「何も一人で抱え込まないでください。私がいますから」


 本当にこの人は優しい心を持つ女性だった。そんな彼女を生涯の伴侶にしたい。マックスはそう胸に誓った。両親や彼女の思いのためにも、自分の不甲斐なさにも、ガヴァンのあの言葉のためにも――。


――本物の軍人になってやる。


     ◇


 次々に押し寄せてくるバグ・スパイダーを薙ぎ払うマックスは先の見えない不安に駆られていた。こんなときに限って自身の兄の存在を知らしめてくるとは。


 あの日から誓っていたはずなのに。まだまだなりきれていないと心の中の自分が言っている気がした。毎日鍛錬もしているし、勉強も欠かさずやり遂げている。いつになれば、自分は本物の『軍人』とやらになれるのだろうか。その証拠を見せつけるためのガヴァンはこの世にいない。


【枷のない世界がお前を自由にしてくれるさ。お前の兄貴のようにな】


 あのとき、ガヴァンはそう言っていた。


【家族なんて要らない、自由が欲しかった】


 兄はそう手紙に記していた。自由とはなんなのか。


 マックスが歯を食縛りながらもバグ・スパイダーを蹴散らしていると、とある疑問へと辿り着いた。そのせいで手が止まってしまう。


――いや、ちょっと待て。なぜ、あいつは兄さんの手紙の内容を知っている? 


 知らなければ、知る由もない。自分が持っていた手紙を。当の本人である兄が話さなければ、知らないはずのに。その場に立ち尽くして、頭を抱え出す。絶対にガヴァンは兄の死について何か知っているはず。


【お前の兄貴は――】


 思い出せ、最期の言葉を。処刑執行前にガヴァンはなんと言っていた?


     ◇


 ガヴァン・ブルースの処刑はウンベルト・バグスターの処刑執行翌日に行われることになった。処刑方法は絞首刑。彼は台の上に乗り、縄を首に括りつけられるのである。


 マックスが台を外すスイッチを押せば、空中で首を絞められて宙ぶらりんとなるだろう。つまりは、ガヴァンの生死を握っているようなもの。


「…………」


 処刑執行場に向かって責任者であるラトウィッジが「言い残したことはないか」と訊ねる。その言葉はなんとも不思議な感覚に陥る気分だった。無言でガヴァンを見つめていると、こちらに視線を向けてきた。それが怖いものであるとは断言できる。


「マックスよ」


「なんだ」


 ガヴァンの言い残したことは自分に宛てるつもりか。旅懐の町に残された両親に対する懺悔でもするつもりか。それならば、一向に構わない。おそらく、この世に残されたおじさんやおばさんは嘆き悲しむだろう。それも一緒に分かち合うつもりであるのだから。


「お前、結局軍人になれていなかったな」


「……これでも鍛錬などは怠っていない」


「いや、そうじゃなくて。俺が言っていただろ? お前が軍人になれる『証拠』はあるのかって。その『証拠』とは何かわかっていないだろ」


「『証拠』ならばある。ここに俺が立っている時点でな」


「……もう一度言うぜ。お前が『軍人』になれる『証拠』はあるのか?」


 言っている意味がわからず、眉根を寄せた。回答ができないマックスに「もういい」と半ば呆れていた。


「勝手に混乱してろ」


 言い残すことはないと断言するガヴァン。ラトウィッジがマックスに指示を出した。訊きたいことがあるのだが、この処刑執行の責任者はラトウィッジなのである。彼がここでは一番の権力者となる。


 つまり、マックスはその指示に従わねばならない。


「わかりました」


 納得はいかない。それでも、その指示に従わねばならぬ。なんというもどかしさか。


【軍人は皆平等】


 嫌にガヴァンの言葉は脳裏にこびりつく。もしも、自分がラトウィッジのように執行時の責任者であるならば、その口から真実を聞けただろうか。


 あまりの悔しさに歯噛みしながらマックスはスイッチを押すしかなかった。


「お前の兄貴はおっ――」


 そこに犯罪者の死体がぶら下がっていた。直視はできない。恐ろしいものだと言いきれるから。最後にガヴァンは何かを言っていたが、わからなかった。兄のことについて? 何を言いたかったのだろうか。


     ◇


【お前が『軍人』になれる『証拠』はあるのか】


 あの言葉の意味は? 旅懐の町を出るときに言われた真意は?


【事実だよ、事実】


 軍人になると言う理由(事実)――本来、自分が軍人を目指したのは兄が死亡した理由を知りたかった。


 証拠と言う事実――自分が『軍人』になった姿(兄の死の真相)を見せつけるという物。


 エレクトンLXを振り回すマックスはあることに気付いた。そして、まさかそのようなことがあるまいと冷や汗が垂れ始める。いや、そのようなことを考えているならば、思いついてしまうくらいならば――。


《よお、マックス》


 背後から懐かしくも嫌な声が聞こえてきた。振り返りたくなかったが、振り返るべきだとして後ろを向く。そこにいたのは処刑執行されたはずのガヴァンであった。


《『軍人』になれる『証拠』は見つかったか?》


「お前っ……!?」


《そう。俺だよ、俺》


 ガヴァンの下卑た笑い声がその場に響いた。得物を握る握力が強まっていくのがわかる。


《多分、捕まった俺が色々とヒントをあげていたはずなんだけどな? もう二十数年前の話になるのに、ここにきてようやく解明できたか?》


「なぜ、兄さんを殺した!?」


 原因はわかったところでも、理由はわからない。おそらく、これは本物のガヴァンではないことは承知済みである。だが、今回はその場の指示を仰ぐ者は存在しない。否が応でも聞かせてもらおうではないか。


《なんでって? そこは別に何だっていいだろ? あいつが嫌いだから、ムカつくから、ヤクを奪ったから。そこら辺は適当に補完しといてくれよ》


「何だっていいわけじゃないっ!」


 刃を仕向けるマックスにガヴァンは慌てた様子で《止めてくれよ》と言ってくる。


《そうするならば、兄貴の死の理由は永遠にわからず仕舞いだぞ》


「だったら、さっさと答えろっ!」


《ははっ、普通に殺したかったからに決まっているんじゃないか?》


 こめかみに青筋を立て、マックスはガヴァンに大斧の刃を叩きつけるようにした。その衝撃で地面はバックリ割れ始め、周りにいたバグ・スパイダーは散り散りと消し飛ばされる。


 表情を引きつらせながら、避けたガヴァンは苦笑いをした。


《おぉ、怖っ》


「そこに直れ。王国の枷を壊してやる」


《壊すのはいいけれども、いいのかぁ? お前がやろうとしていることは単純に俺と一緒になるんだぜぇ?》


【普通に殺したかったからに決まっているんじゃないか?】


 先ほどのガヴァンの聞き捨てならない発言に、手を止めるマックス。コンピュータウィルスが集まってきた。頭を食われては元も子もない。慌ててあふれ出てくるそれらを蹴散らした。


 自分もガヴァンが兄に思っていたことを同様にしようとしていた。そのようなことを言われてしまうと、手が止まってしまう。体が動こうとしない。


――俺はガヴァンのような存在に怯えている?


《あーあ、やっぱりマックスは両手両足に枷がついているから自由に動けない》


 永遠とバグ・スパイダーを振り払うだけの時間が過ぎていく。ガヴァンへと立ち向かいたいが、そちらの方には行けそうにない。


《お前の兄貴と一緒だな》


 反論したくてもできやしない。それが一番煩わしく、つらく思う。


《枷があるから自由になれない、枷があるから幸せになれない。哀れだな》


 ガヴァンがそう皮肉った瞬間、一本の槍が体をすり抜けた。彼自身のその体は肉体ではないため、支障はない。だが、不意をつかれたようで、苛立つようにして後ろを振り返った。


「絶対幸せというものを知らないだろ、あんた」


 槍を投げつけてきたのはガズトロキルスだった。左手にはエレクトンガンを装備している。


《どこかで見覚えがあると思えば……》


「おじさんに騙されたことのある一人だよ」


《あぁ、オブリクスか。お前も結局犯罪者になったもんなぁ。それをこうして他国まで逃げてきたってわけかい》


「実際に逃げているのはおじさんの方だろ」


 ガズトロキルスにそう言われ、ガヴァンは眉の端を動かし始めた。


「自由になりたいがために現実から目を逸らしているだけだろ。妄想はいい加減にしておけよ」


《調子こいてんじゃねぇぞ、クソガキがっ!!》


 ガズトロキルスの発言が癪に触ったのか、はたまた図星なのか。そう罵声を上げた。直後に二人の周りに大軍のバグ・スパイダーが出現する。その状況を見てマックスはまさかガヴァンが『親』なのではという直感が降りてきた。


【こいつらは親が存在しているからいるんだと思います】


 (ガヴァン)を倒せばこのわっさりといるコンピュータ世界の連中は消え去る。彼を狙いたいのだが、それには周りの者が逆に邪魔であった。先に倒さねばとエレクトンLXを振るおうとすると、白い弾丸が真上から雨のようにして降り注いだ。大量にいたそれらは消え去っていく。何事かと上の方を見れば、建物の屋根の上にマティルダがエレクトンガンを装備していた。


「事実を言われただけなのに、そこまで怒る理由がわかりませんわっ!」


《あ? 黙れ、クソ女がっ! お前も調子こいていると、そこから引きずり下ろして公衆の面前で×××に手ぇ突っ込んで、×××から出てきた×××を口の中に突っ込んでやろうか!?》


 なんとも卑猥な言葉の連発に、今度はガズトロキルスがキレる番となる。


「汚ねぇ発言してんじゃねぇぞ、中年下衆野郎がっ!!」


 エレクトンガンを連射した。しかし、その銃口から放たれる弾をガヴァンは避けるのだ。


「てめぇみたいな腐れ×××は薄汚いクラブで一人飲み明かしていろっ!」


《なんだと、コノヤロー! ×××に×××をつけやがって!》


「うるせぇな! ×××に×××がありそうなくせにっ!」


 汚い発言するなと言っている割にはガズトロキルスも大概汚い単語を織り交ぜているし、マックスやマティルダは恥ずかしいというより呆れた様子でいた。


 下ネタ発言オンパレードは止むこともなく、その場に響き渡っている。この大声は防衛隊や共に来ていた小隊の者たちに聞かれていないだろうか。もしそうだとするならば、この緊張感ある決戦に恥のある戦いがあったと記録が残ってしまうのではないだろうか。


――それは流石にダメだ!


 自分がこの場にいなかったのであれば、笑い話になるだろうが、今は当事者のようなものである。


 現在ガズトロキルスに集中している今がチャンスだと言わんばかりに、マックスはガヴァンの背後を取って大斧を振り下ろした。地面に減り込む。ガヴァンは――。


《人の動きは粗方読めるんだぞ、データとやらはな!》


 どうやら自分たちの動きを読めるらしい。軽々しく避けられてしまった。


《特に俺みたいに人を信用していないやつはどういう動きが来るのかも想像つく限りの予測はつくからな》


 不意打ちには強いらしい。それだからこそ、あんなにも軽々しく避けることができていたのか。こればかりは分が悪いのかもしれない、とマックスは顔をしかめた。


《さあ、さあ、どうする? お前らはわかっているんじゃないのか? 俺がバグ・スパイダーの親だってことを!!》


 大きく膨れ上がるガヴァンの体。変形し出していくその姿をガズトロキルスとマティルダには見覚えがあった。サバイバル・シミュレーションの屋上にて。マッド・バグ・スパイダー。上半身はマッドであるが、下半身はバグ・スパイダーの物である。今の彼はまさしくその通り。これも一種の異形生命体と言える代物なのだろう。


「き、教官っ……!」


 まさかの出来事に驚きは隠せない二人にマックスは「距離を取れ!」と指示を出した。


 あのコンピュータウィルスを増やすことができるのであれば、ガヴァンの全体を注視するべきである。それに、何よりもあの体での行動は予測不可能と言えよう。おまけに人の動きもある程度把握できる能力があるらしい。つまり、自分たちが勝てる確率は低いということ。


《はっはっはっはっはぁあ!! 言っておくが、データ上ただの人間が俺に勝てる確率はゼロだ! どうやっても、どう足掻いても俺には勝てない! 人がコンピュータに勝てるなど、到底ありえないのだからなっ!!》


 それだから死ねと本格的に自分たちに潰しにかかってくる。こちらへと繰り出してくる糸も、地中から出現した爪も予測はできない。パターンが読めないのだ。


「……ぐっ!」


《ほらほらほらぁ! さっさと諦めないか!! さっさと、俺のガキどもに()を寄越せ!!》


 それでも諦めようとはせず、戦いに挑もうとする三人にガヴァンは青筋を浮き立たせる。苛立ちは大きく膨れ上がってきているようだ。読めない攻撃にかろうじて避けながらも、反撃を仕掛けてくる。その威力は微々たるもの。彼が恐れを抱くほどのものではないのだから。


《つまらない攻撃は止めて、大人しく死ねっ!!》


 ガズトロキルスに爪で薙ぎ払った。そのまま地面へと転がり込むも、立ち上がろうとする。その絶対的に諦めようとしない精神に《しつこいんだよっ!!》と腹の虫は収まりそうにない。


《そこのクソガキも女もお前もくだらない信念を貫き通そうとしているんじゃねぇぞ!!》


 ガズトロキルスに止めをとガヴァンの爪が迫りくる中、マックスがエレクトンLXで受け止めた。耳が劈くような金属音に誰もが顔を歪める。


《ああ、くだらない! ああ、くだらな過ぎて、ムカつくっ!》


「……覚えているか?」


 唐突にガズトロキルスは呟くように言った。


4(ダイス・フォー)であんたが言った言葉を」


《ンなモン、一々覚えているわけねぇだろうがっ!! いいからさっさと諦めろっ!!》


「ルールは誰だって抜け道を探す。俺たちはまだ負けだと決まったわけじゃないってな」


 どういう意味だとガヴァンの爪の威力が落ちていく。


「ゲームをこの戦いだとすると、ルールは選択肢。この戦いの選択肢にはあんたが知らない抜け道は存在する」


《何だって!?》


 ガズトロキルスのその言葉にマックスも驚くばかり。この状況で勝てる算段があるのか!?




「人類最強の男――『マックス・クランツ』というカードがある限りなっ!!」




 意気揚々と言い放つガズトロキルスにマックスもガヴァンも呆気に捉われる。彼はどこか誇らしげだ。そのしてやったりの顔が少しだけ腹立たしい。明らかに勝ち目のなさそうな現状で逆転でも狙っているつもりなのか。いや、そもそも勝手に人を『人類最強』だなんて挙げてはいるが、言うほどにそのような称号を手にする器の人間ではないのも確かであると自負していた。


 なぜにマックスという選択肢(カード)が勝てる抜け道だと断言できるのか。ほら見ろ。あまりにもばかげていると思っているのか、ガヴァンは大笑いだ。


 変なことを言うなとガズトロキルスに言おうと横目で見たとき、彼の視線と合った。ある言葉を思い出した。


【骨折したおじさん】


 両足骨折したときにアイリが言っていた言葉。この前に何かを――。


【人は人であるんです。そう、人間だからこそ知識や力、あるいは誰もまだ発見したことのないような未知なる力を身に付け、その力を無限大に活用できる生命体である、と】


 要は、ガズトロキルスは自分に過大に期待しているのだ。だが――。


――オブリクスが考えていることは悪くはない。


 見せてやろうではないか、人間の限界突破とやらを。見せつけてやろうではないか、その未知なる力とやらを!


 軋む両手両足の枷をつけたまま、マックスは力ずくで押し返してやろうとした。これにガヴァンはさせまいと力を入れてくる。


《まだ足掻くかっ!》





――人を捨てたお前が人間を舐めてんじゃねぇぞ。






 突如として砕け散るその爪。


《何っ!?》


 このようなことが起きるのを想定していなかったのか、ガヴァンは驚きを隠せなかった。それはマックスも同様であるが、一驚しているほど暇ではない。やるべきことはただ一つ。己の手で過去の友人を葬ってあげること。彼にはそれしかできないのだから。


「……ガヴァン、枷というのは悪くないんだぞ。人のために存在するのだから」


 マックスの大振り攻撃がガヴァンに直撃した。


     ◆


 ようやくと言ってもいいほどにバグ・スパイダーの数が減ってきている感覚があった。ちらほらとまだ残党はいるものの、着実に倒していっている。


「減ってはいるが、気を抜くなよ!」


 エレクトンガンの銃口をコンピュータウィルスの群れへと向けて、引き金を引く。それは当たった瞬間に消えてしまう。


――希望は見えてきた、我ら人間に勝機あり!


「一気に叩き込め!」


 小隊の隊長が全員に指示を仰ぐ。誰も手を止めることはなかった。


 ソフィアはターネラの方を見た。彼女は慣れない武器を手にして歯を食い縛って、諦めぬその精神で立ち向かっている。


「ウィーラーさん! もうちょっとですよ!」


 自分で精いっぱいのはずなのに、こちらを気にかけてくれている。


「もうちょっとで、道は拓けます!」


【大丈夫。道は拓けるから】


【これでだいじょーぶ】


――誰かに背中を押されるだけじゃダメだ……。


 怪我を手当てしてもらったあの日。バグ・スパイダーに怯える自分に声をかけてもらったあの日。どれも自分より上の身分の者に後押しをしてもらった。


 許せない身分上の関係。軍人は対等という名目ではあるが、上の者には逆らえないのが現実。正直言ってキリはすごいなと思っていた。自分は平民なのに、対等に接している。だが、それは彼の出生上の問題があったまでであって、普通の家庭で育っていたならば――あんな彼はなかっただろう。それどころか、出会っていたかどうかもあやしい。


 それにヴィンもである。彼こそ、まさしくケイと一番対等に渡り歩いている人物と言える。本当の友人とも言える。羨ましいと思っていた。


 そう、本音を言えば、本当はあのときからみんなと一緒に遊びたかったのだ。だから、今はそうでなくとも、世界を見る目にいるケイと共に戦っていることを感じて――。


 これはただの戦いではない。世界のための戦いだけではない。己の心と共に誰かと戦わねばらないのだ。それこそが戦友軍である。


「あああああああああああ!!」


 ソフィアは自ら突撃して、最後の群れを倒した。


     ◆


 辺り一帯のバグ・スパイダーを倒し終えて、誰もが安堵を見せた。一緒に戦っていた小隊の者たちは他に生き残りはいないかの確認へと行ってしまう。その場にソフィアは座り込んだ。


「だ、大丈夫?」


 フェリシアとターネラが心配して駆け寄ってきた。


「う、うん」


「それならば、よかったです」


 ほっと安息の表情を見せるターネラに「どうして?」と訊いた。


「どうして、スタンリーは自分のことでいっぱいのはずなのに、私に言葉をかけ続けてくれたんだ?」


「へっ? そ、そうですか?」


 しどろもどろするあたり、自覚はしていないようである。


「……もしかしたならば、ウィーラーさんは虫が苦手だったはずだから、無意識なのかもしれません」


「そうか。それでも、ありがとう」


 嬉しかった。ターネラの言葉がなければ、自分はずっと怯えていただろう。やせ我慢していた挙句、限界がきてその場を駆け出していたのかもしれない。


「でも、私なんかより、ウィーラーさんやドレイパーさん、ガンさんがいたからこそ、私は戦えているようなものですよ」


 一人だと絶対に絶滅していると、なんとも悲しそうな顔を見せた。


「みなさん、私を助けていただいてありがとうございます」


 頭を下げるターネラであるが、《頭を上げて》とガンが声をかけた。


《私たち一人一人、誰もいなければここで終わっていたさ》


 そう言うと、空を見上げた。初めて現実世界にやって来たようなガンは生まれて初めて空を見たのだ。ここまでに広く、遠いものとは思わなかった。データ・スクラップ・エリアなどで見掛けた空の写真よりも遥かに美しい。


 生い茂る木。それはヤグラたちに助けてもらったときに見た記憶為想思(きおくがなすおもい)とそっくりである。


《……前に私は友達に助けられた。それだからこそ、こうしていられる。きみたちもそうなんじゃないのかい?》


 ソフィアたちは互いを見た。


 友達。


《戦友軍としているならば、なおさらさ》


「それならば、私は戦友軍の者たち()を助けるために戦います。身分なんて関係ない。友ならば、そうなんでしょう」


 弥終集落での出来事を思い出した。自分は誰かがいなければ、成り立たない存在であると。悔しかった。あのとき、ケイの右腕を持っていかれて。己に腹が立った。どうして彼にだけこのような目に合わせてしまったのか。もう何も失いたくない。おそらくはその心があったから、ソフィアにずっと声をかけていたのだろう。


「きっと、この戦いは一人だけで背負うことはないはずです」


 その言葉にソフィアとフェリシアは頷いた。一人が一人、バラバラでは戦えない。そう、これは友がための戦い。あの日に誓った心は嘘ではないのだから。


「そうだね。私はソフィアがいなかったら……多分、一人だったんだと思う」


 中庭の端っこで独り寂しく羨ましそうに見ていたはず。二人だからそうでもなかった。だが、独りよりも、二人。二人よりも――。


「でも、スタンリーさん……ターネラがいたから、二人ぼっちでもなかった」


 ケイに仕えていたとき、堅苦しさはあったが、少しだけ彼と離れて初めて心細いとは思った。一緒にいるのが当たり前と化していたから。それでも、王城内での手伝いはつらいものでもなかった。二人がいたから。


「私たちは足りない物を補い合っていくべきなんだよ」


「ああ! 助けを求めている友を助けに行こう!」


 三人とガンはマックスのもとへと向かうのだった。


     ◆


 記憶のない世界はどうなっているのだろうか。ガヴァンはそれが怖かった。自分の体が動かず、光の粒子と成り果てていく。こちらを見るのは悲しい目をした幼馴染のマックス。


《……しけた面しているな》


 虚勢を張って、そうため息をついた。


「俺は悲しいぞ、ガヴァン」


《兄貴が殺されたからか? そりゃ、仇討ててよかったな》


「違う、俺は民兵軍にいたお前と再会したかった。零落の村で出会った友人や学校で知り合ったやつを紹介して、一緒に酒を飲んで……」


 友人だからこそできる、くだらない世間話を酒の肴にして。きっとガヴァンならば、自分の友達を受け入れてくれるはずだと思っていたのに。それはもう叶わない思い。スタンリーは死して――あの女性、すなわち自身の妻はいるも、彼女は彼の死を嘆いていた。


【誰も悲しまないことってないのかしら】


 亡くなった零落の村の人たちに献花をする我が妻はそう言った。優し過ぎる彼女はとても悔やんでいたんだろう。泣き喚いていたのだろう。少しばかり老いた彼女は目を真っ赤に腫らしていた。


 マックスはその場に座り込み、頭を抱えた。


「……なんでお前、兄さんを殺したんだよ……」


――何がいけなかったのだろう。何が狂っていたのだろう。ああ、この世は狂っていやがる。


《へっ、精々この世にいない俺を一生恨んでろ》


「恨めるわけないだろっ!」


 目頭が熱くなってくる。旅懐の町では嘘つき悪たれとして嫌われていたガヴァンではあるが、楽しい思い出は記憶にある。心の中にある。けんかしたこともある。腹が立つような言行もされた。だが、それらすべてをひっくるめて大切な昔の思い出なのだ。マックスにとってはそれでも『友達』としての見識があった。


 そのとき、ガヴァンの方から拍手の音が聞こえてきた。今にも消え入りそうなその音にマックスは涙を流しそうな顔をする。


《恨めよ。結局お前は『軍人』になった『証拠』を見つけたんだからよ》


「……え?」


《言ったろ? できたら褒めてやるって》


 そうだと言われても、あまり嬉しくはなかった。しかし、心のどこかでは認めてもらえて嬉しいと感じている自分がいる。そのため、涙を堪えた顔を向けた。


《ははっ、その顔面白いな。こういうとき、連絡機がないのが歯痒いぜ》


 ガヴァンは拍手を止めて《それにお前らしい》と鼻で笑う。


《マックスはいつも一人で混乱しているときの顔が一番面白いからな。まさに、その顔だよ》


 その言葉を最後にガヴァンは消えてしまった。跡形も無く――。


 二人のやり取りは何もガズトロキルスたちだけでなく、ターネラたちも見ていた。その光景は心の奥底でどこか痛むようであった。


《マックス……》


 誰も何も言えないせいか、ガンも声をかけようとしても言葉が詰まってしまっていた。


 ふと、マックスは目を赤くしながらガンに頭を下げた。


「彼女たちを守ってくださってありがとうございました」


 この場で泣き叫びたいことはある。だが、今は時間がない。泣き止まないと。マックスはガンにお礼を言うと、小隊隊長へと連絡を取った。


「無事、『親』を倒しました」


《了解。こちらと合流後に西側の入り口の応援へと向かおう》


 マックスは悲しみに暮れることを堪えて一同に装甲車の方へと向かうように促した。ガンはこのまま村に残ってヤグラと残党の再確認をした後に本部へと向かうらしい。


 この場でガンと別れ、装甲車の方へ行っていると――「教官」そう、ガズトロキルスが声をかけてきた。


「泣いたって、いいんじゃないスか?」


「え?」


「大人が泣いてもおかし話じゃないですよ」


 なんともからかってくるな、とマックスは怪訝そうな表情を見せた。


「……お前、この戦いが終わったら五ミリ反省文書けよ」


「なんでぇ!?」


 釈然としないガズトロキルスをよそに、鼻で笑った。


「でも、ありがとうな」


【一人で抱え込まないでください。私がいますから】


 不意に自分の妻の昔の言葉を思い出した。彼らに甘えることは流石に恥ずかしいからできないが、帰ったら彼女に泣きつこう。彼女は話を聞いてくれるし、受け入れてくれるに違いない。彼女がいるから自分自身を保つことができるのだから。


 マックスの表情は穏やかであった。

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