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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第三章 罪人たちによる奪還戦
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奪回 ⑤

 首都より東にある町にて。そこには青の王国軍及び、白の公国軍の共同拠点があった。その場所で一時的保護されているハイネとセロに名なし。彼らは終始無言状態で居続ける。三人が脱走しないように――特に名なしがである。そこにはマックスが見張り役として佇んでいた。


 空気が重い。それもそのはず。暴走したハイチがいなくなってしまったから。名なしにとってこれは大きな誤算だった。拾った鎖を見る。これを引き千切るほど、精神的に追い詰められているとは思いもよらなかったから。


「…………」


 もしも、だ。レナータを自らの手で殺してしまっていたが――彼女がハイネを守らなかったならば、どうなっていたのだろうか。絶対に自分たちは無傷などで済むはずはない。この場にいる全員皆殺しになってしまうだろうとしか考えようがなかった。


 名なしは座っていた椅子から立ち上がり、窓の外を眺めた。依然として嫌に思う暗い空。そこかしこから爆煙か、上空へと立ち込めていた。


「勝手に外へ出るなよ」


 逃げられては敵わない、とマックスはそう注意を促した。それはわかっている。今のハイチがどこにいるのかさえわからない状況で、どう捜せと。あんな状態の彼に話しかけたとしても、それは無謀なのだ。それに自分の正体の半分もバレたというよりも、話してしまっている。ラトウィッジやここにはいないエドワードはすべてを知りたがっているだろう。


――いや、知りたいのは別にいい。


 別に話したところで、どうこうできる話じゃないだろうから。だが、一番怖いのはキリが過去の歯車を没収されることだ。今まで受けた傷の痛みは相当蓄積されていた。放棄せねばならない状況に陥ったとき、彼はどんな選択をするのだろうか。


 小さく鼻でため息をついたときだった。その部屋に一人の王国軍人が入室してくる。彼は敬礼をすると、マックスがそちらの方へと出向いた。


「失礼致します。孤軍数名をこちらに連れてきて参りました」


「ご苦労」


 中へと入ってきたのはガズトロキルス、ヴィンにマティルダだった。彼らは入室した部屋に名なしがいることに気付くと、大きく目を見開いていた。なぜに彼女がここにいるのか。いや、それも知りたいが、この場に一人足りない気がする。レナータだ。


「レナータは?」


 マティルダがハイネたちにそう訊ねると、セロが口を開いた。


「ハイチに殺された」


 その一言に誰もが硬直する。ハイチが殺しただと? 彼はこちらの方に来ていたのか。


「あいつが逃げ出して半年間、彼女と一緒にいた」


 名なしのことをどう呼べばいいのだろうか。セロは口ごもりながらも、自分たちが目の当たりにした状況を説明した。その話を聞いて、ガズトロキルスはハイネの方を見る気にはなれなかった。いいや、それは誰もがだと思う話だ。彼女は泣き腫らした赤い目を膝に向けているのだから。


「なんでハルマチさんが一緒に?」


「……あたしはあの人の殺処分を止めて、王国から脱走しただけ。多分彼を庇ったら、あたし自身も処刑されかねないから」


「殺処分だって!? だって、あの人は捕まえたけど逃げられたって……」


「その『殺処分』って言えるわけないでしょ」


 殺処分――明らかに人に対して使う言葉ではない。特に肉親が目の前にいるのだ。そのような単語を容易に出せるはずもない。周りが重い空気で息をする中、ガズトロキルスは名なしの前に立った。


「お前、こうなることがわかっていたのか?」


 思い出すはあのときの発言だ。


【歯車が動き始めるだけ】


 こうなる未来を知っていたから、そう言ったのか。ガズトロキルスのその問いに名なしはじっと彼を見た。


「全部が全部じゃない」


「何が視えていた?」


「きみが反逆者として生きていく未来」


 森厳平野防衛戦の未来を視ていたとでも? だから、キリに近付くなと。自分の幸せを考えて行動しろと――。


「待って、ハルマチさんって未来が視えているの?」


 果てしなく、妙な勘が降りてきたマティルダとヴィンは名なしの方を見た。彼女は言おうか言うまいか迷いを見せていたが、セロたちにはもう見られている。それにラトウィッジたちにも。黙っておくのも時間の問題だろう。


 名なしはポケットに入れていた古びたコンパスを取り出した。それにヴィンが大きく食いついてくる。


「なんできみがそれを持っているの!?」


 奪われた未来のコンパスはここにあった? ということは、あの笑顔の仮面を被った男とつながりがあるとでも?


 反対に名なしはヴィンの食いつきにやっぱり、と鼻で嘆息をついた。過去の歯車同様に何かしら知っていたのか。


「何って、これあたしのだし」


「あやしい男からもらったとかは?」


「それは一体誰の話をしているの?」


「仮面だよ! あやしい笑顔の仮面を被った男――」


「あぁ、あの人か。あの人も持っていたよ、これ」


 ヴィンは更に食いついてきた。その話を詳しく聞かせろとでも言わんばかりに、名なしの肩を掴んでくる。


「どこで見た!?」


 あまりのヴィンの気迫に名なしは片眉を上げてたじろいだ。あの男のことを知っているのだろうか。そうであるならば、ここは情報共有とでもいこうではないか。


「教えるけど、あたしにもその人のこと教えて」


「構わない」


 すんなりと肯んじたヴィンに虫がいいなと思いつつも、覚えている限りのことを話した。あの男がコインストの者であること。そして、男が自分と同じコンパスを持っていたこと。そう説明をすると、下唇を噛みながら悔しそうにしていた。何かしらあったな、と見るしかない。他の者たちは彼らの話を静かに聞くだけ。


「やつは私が持っていた未来のコンパスを盗んだんだ」


 その言葉に名なしは自身のコンパスを見た。ということは、二つの過去の歯車と同じような物なのか。それならば、自身が持つこれは似た性質の物だろう。


「所有権は持っていなかったみたいね」


「よくわかったね」


「これ、所有権を放棄すれば必然的に死ぬから」


 所有権を放棄すれば必然的に死ぬ? それならば、キャリーは放棄したから死んだのか? 


 動揺を隠せないヴィンに、名なしはそれのことだけ詳しく知らなかったのかと察した。どれほど知っていて、知らないのだろうか。


「ザイツ君、きみは未来のコンパスとやらの所有権についてどこまで知ってる? 過去の歯車のことは知っているの?」


「すべての未来を見通す物だろ? 過去の歯車は師匠から教えてもらった」


 やはり、すべてを知っているわけではないようだ。そのことについて話すのは構わないが、自分が持つ物とあの男が持っている物では性質は全く違うはず。二つの過去の歯車がそうであるから。


「ハルマチさん、知っているなら教えてくれないか? その未来のコンパスのことを」


 ヴィンは真っ直ぐな目をして名なしを見てきた。言おうか迷ったときだった。


「やれやれ」


 そう、老婆の声が聞こえてきた。その声の方を見ると、そこにはエレノアとエブラハムが部屋の前で立っているではないか。


「こ、国王様? エレノア様? どうしてここに……」


 唖然とする一同。それにエレノアは「ふん」と鼻を鳴らした。


「ババアが孫たちを迎えに来てはいけないのかい?」


「え?」


「それよりも貴様、一体何者だい?」


 エレノアはこちらを見て怪訝そうにした。手には未来のコンパスらしき物を持っている。ただ者ではないとは理解できた。


「それ訊く前に自分から名乗ったら?」


 エレノアを隣にいるエブラハムの――国王の王母であると知らない名なしはとんでもない発言をし出す。その言葉に誰もが青ざめた表情をした。慌ててマティルダが彼女の紹介を耳打ちをする。


「無礼ですわよ!」


「無礼も何も――あぁ、ということは、メアリーのばあちゃんか!」


 ああ、そうだった。何を言っても無駄だったか。ここにきて指導不足だった、とマックスは頭を抱えた。


「ちょっと、ハルマチさんっ!」


「何?」


「いくらなんでも、失礼ですわ! もう軍人だからぁ、とかそういう規則関係は意味ないんですのよ!」


「知っているよ。除籍になったんだっけ、あたし? でもさ、大丈夫だって。さっきばあちゃんが言っていたじゃん。『ババアが孫たちを迎えに来てはいけないのかい』って」


 それのどこが大丈夫だというのか。なんて周りがハラハラしていると、エレノアは「そうだね」と口を開いた。


「今は私たちは身分を捨てて来ているに違いない。もちろん、エブラハムもただの父親としてだ」


「えっ? 国王様は総指揮監督では?」


「だとしても、だよ。娘の帰りを値段の高い椅子にふんぞり返って待ち侘びるよりも、こっちに行くべきだと私は思ったから引きずってきたのさ」


「なるほどねぇ。じゃあ、今はどんな無礼を働いても問題ないんだねぇ」


 だからそういう問題ではないのに。マティルダとマックスが咎めようとするが、エレノアは止めた。


「いい。元より、この子は失礼極まりない子なんだろ。ねじ曲がった性格はそう簡単に直せないようなものよ」


「あれ? あたしばかにされている?」


「話が拗れてきたね。もしかして、貴様が『アイリ・ハルマチ』かい?」


「まぁ、そうですけど」


 話をする前に、とエレノアは足が疲れたのか適当に椅子を取って座った。そして、名なしとヴィンを見る。


「未来のコンパスについて知りたいんだろう?」


 それにヴィンは頷いた。すると、エブラハムの方にも顔を向けて「貴様もよく聞いておくんだよ」と、言い聞かせた。


「まず、過去の歯車については知っているからいいね? 未来のコンパスというのはこの世のありとあらゆるものすべての未来を視ることができる代物さ」


「すべて?」


「そう、すべてを。それは過去の歯車同様に黒の王国が持っていた。だけれども、過去の歯車はスタンリー家が盗み、未来のコンパスは旧灰の帝国の者が逃げるようにして持ち去って行った」


 エレノアがそう言うと、ヴィンを見た。


「貴様、師匠から聞いたと言っていたね。師匠って誰だい?」


「ヨイチ・ヤマトという戦場カメラマンです」


「ふぅーん。やつが所有者だったのかい?」


「いえ、師匠は所有していません。していたのは私の兄弟子であるキャリー・オハラという者です」


 キャリーの名を聞くが、エレノアは「知らないねぇ」と言いきった。


「ということは、その人は旧灰の帝国の辺り出身かい?」


「いえ、白の公国と聞いております」


 納得したようにして頷く。エレノアは、今度は名なしの方を見た。


「それならば、貴様も白の公国出身者かい?」


「いいえ、あたし『は』青の王国生まれですよ」


「王国のどこだい。貴様はそれをどこで手に入れた?」


「……ちょっと待ってくださいよぅ。ザイツ君たちは未来のコンパスについて知りたがっているんでしょ? そっちの話じゃなくて、まずは所有したときのメリットとデメリットを教えてあげないと。あたしが持っているのは本物と性能が若干違うんで」


 名なしは話を誤魔化すようにして話題を変えた。それに何か裏があるな、とエレノアは見る。いや、ここで訊かずとも王国人ならば、連れて帰って訊いても問題ないだろう。話のすり替えにあまり納得しない様子ではあったが、彼女は話を進めた。


「過去の歯車の所有者は事実改変とそれを所有している間は絶対に死なない。ただし、放棄すれば今までの痛みが死ぬまで襲いかかってくる。ここまではいいね?」


 エレノアは名なしを一瞥した。彼女もまたそちらの方をじっと見ているようだ。


「未来のコンパスの所有者はこの世のすべての未来の透視だ。ただ、それを所有すれば、己の存在がないことに加えて、放棄すれば死んでしまうんだ」


 誰もが名なしに注目する。しんとした部屋に静まり返る気味の悪さ。


「要は、未来のコンパスの所有権持つ者は誰でもないし、何者でもないということさね」


「そ、そんな! じゃあ、キャリー姉さんは……」


「その人がどういう人かはわからないけど、その通りだよ。彼女は誰でもない上に、何者でもない。貴様もそうだろう? 何者でもない者として、生きていたんじゃないのかい?」


【あたしは『アイリ・ハルマチ』じゃない】


【名なし】


 ラトウィッジとの会話を思い出す。冗談交じりでも言っていたと思っていたが、まさか本当だとは思わなかったからだ。エレノアのその言葉に名なしはというと、拍手を送っていた。一人だけしているそれは嫌に部屋に響く。


「ご名答です。メアリーのばあちゃん、察しいいねぇ。確かにあたしは何者でもない。だから、名前もパクった」


「察しがいいねって。貴様、それを持っているじゃないか」


「別に所有者じゃない人も持っていたみたいですけど? ねぇ」


 そう言う名なしはヴィンの方を見た。それにつられてエレノアも見てくる。


「なんだ貴様も持っていたのかい? 所有権なしに」


「でも、奪われました。コインストの者に」


 素直にヴィンがそう答えると、エブラハムは眉間にしわを寄せ始める中、マティルダが割って入ってきた。


「彼らはそれを使って、オリジン計画という物を企てているんです!」


 その言葉にエブラハムはもっと深く眉根にしわを掘った。彼の顔の表情に気付いたエレノアは「何か知っているのかい?」と声をかける。言うべきか迷う。いや、エレノアを前にして誤魔化すなどできない話である。言わねばならないようだ。


「エイキム・ソルヤノフ。元三銃士軍団員の男です」


「やつがその件に絡んでいるのかい?」


「トルーマンから話は聞いている。きみが一人の学徒隊員に渡したUSBの中に入っていたデータにな。その計画は生物学会から追放されたウンベルト・バグスターとアイリ・ハルマチの二人が企てたMAD計画と同時侵攻して行うもの。元より、やつが立てた計画こそがオリジン計画なはずだ」


 その言葉にマティルダが「待ってください」と頭をこんがらかせた。


「その計画の第一人者はソルヤノフではなく、ザイツさんの未来のコンパスを盗んだコインストの者ですが」


「そうでなくとも、やつらはキイ教に魅了されている。盗んだ者はもう何者でもない存在となっているならば、ソルヤノフが立てた計画となる」


 エブラハムはそう言うと、部屋を出て行こうとした。エレノアがどこへ行くのかと訊くと、彼は――。


「ラトウィッジのところに行ってくる」


 そう言い残して行ってしまった。


     ◆


 黒の皇国の首都にある城内へと入城進撃しようと試みるラトウィッジたち。彼が率いる青の王国軍は皇国軍兵ではなく、MAD兵に苦戦を強いられていた。城門から出てくるわ、出てくる。異形生命体の兵士たち。最新精鋭兵器をぶつけていくも、数は減った気がしない。


「やれるか?」


 ここまでの大量のバケモノ軍だとは思わなかった。彼らはこちらを完全に敵と見なし、理性も知性もないその一つの身を投じてくる。それが一番厄介なのだ。元より弾丸すらも通さない屈強な体を持っているから。いくら最新精鋭兵器を持ってしても弾が尽きればそこで終わり。そして、その弾も尽きようとし始めていた。


 ここで万事休すか。後は城内にいるほぼ丸腰状態のキリたちに任せなければならないのか。そう思っていたラトウィッジの真上を大きな影が横切った。それは一直線に皇国の城の建物へと直撃する。巨大な砲弾だった。後ろを振り返る。こちらの方に王国軍ではない戦車が向かって来ているではないか。


――あれは……。


 その戦車はまだまだ食らえとでも言うように、城へと砲口を向けて撃ち放つ。更には続々とその戦車の後ろからも同じような戦車がやって来てバカスカと撃ち始めた。


《王国軍フォスレター総長!》


 初めに大砲を撃ち放った戦車より、誰かが出てきてマイクとスピーカーでラトウィッジの名を呼んだ。その誰かは灰色の軍服に勲章や記章を身につけた男性だった。


「あなたは――」


《白の公国が軍より黒を駆逐するために貴殿の国の援護を致す!》


 そう言い放つのは白の公国の軍のトップに立つ将軍であった。白の公国軍が北より攻めて、ようやく青の王国軍と合流したのである。


「将軍、ご無沙汰しております」


 ラトウィッジが戦車に近付いて、そうあいさつした。将軍もまたその場から降り立って「いつ振りですかな」とにこやかに言ってくる。


「ところで、今のこちらの状況はいかがでしょうか?」


「城内にあり余るほどの異形生命体がはびこっていて、中に姫様と助けに行った若者たち三人が残されております」


「ややっ!? 異形生命体とな!? 黒め、汚らしいやり方で……それに比べて王国の若者はすばらしい! 是非とも我が軍に欲しいくらいですな」


 将軍は、後はこちらに任せろと意気揚々に言った。そうして「総攻撃開始!!」と命令を下す。戦車に備えつけられた砲弾は止むことを知らずして、城の外壁や異形生命体へと当たっていく。


「総長殿! あの忌まわしいバケモノどもはこちらにお任せあれ! 是非ともその若者たちの手助けをしに行ってあげてください!」


「お願い致しますっ」


 ほとんどの軍人たちを公国軍の援護に回し、数名の王国軍の者たちを呼び寄せて彼らは城内へと向かった。マティルダたちの話によれば、城内広場のモニターには礼拝堂の映像が映し出されていると聞く。早速その場に辿り着くと――あった! メアリーはハインの腕の中にいるし、キリたちもその場で対峙していた。一つ気がかりなのは扉の方にいる人物――。


 あれはこの国の大臣? なぜに彼は忠誠を誓う主に対して刃を向けているのか。


《皇子! メアリー王女を王国へ帰してあげるべきです!》


 そのときだった。公国軍の流れ弾が城壁に当たり、瓦礫がモニターに直撃したのだ。それにより、礼拝堂の中の様子がわからなくなってしまった。だが、これでわかったことは、大臣――イダンは王国側の味方であること。それならば、なぜメアリーを帰して――いや、そのようなことを考えているならば、急いであちらの方へと向かわねばならないだろう。彼女は人質となっているようなものなのだから。


「急ぐぞ」


 ラトウィッジは数名の王国軍人たちにそう促すと、礼拝堂へと向かうべく城の建物中へと入っていくのだった。


     ◆


 白く、美しいドレスを深紅に染め上げるのは真っ直ぐに刺さった刀剣。ハインは無表情の仮面を被っているのに、そこから漏れているのは嘲笑だった。


「さあ、答えてみよ。青の民よ」


 思わず、目を背けたくなるこの状況。見ていられない。強く軍刀の刃を押し当てられているメアリーはとても苦しいはずだ。どうにかしなければ――。


 焦りを見せるキリはただ、歯噛みをしてハインに憤りの視線を送っていた。


「どうした、早く答えないか」


 ハインはキリの答えが遅いとでも言うように、メアリーに突き立てた軍刀をぐりぐりと抉るように遊び始めた。そのせいで、傷口からはどんどんと血があふれ出てくる。これはなにも彼だけではない。ケイもワイアットもイダンも――キレた。


 動き始める四人。すぐさまハインは胸から刃を抜き取り、周りへと振り回し始める。その反動があってか、イダンは肩と上腿を負傷した。その場にナイフを落として、膝をついてしまう。


「答えないならば、処刑予定の大臣。貴様からだ」


 動けないならば、今この場で処刑をしてやろう!


 頭上には血の滴る剣。迫りくる刃――死の恐怖。それを安心へと変えてくれたのはキリが投げつけた過去の歯車の剣。ハインが手にしていた軍刀は弾かれた。それを機にワイアットが拳銃を一発撃ち放つ。


 まさか、キリが助けてくれるとは思わなかったイダン。ハインとの間合いを取りながら「ありがとうございます」と謝礼する。だが、それになぜか憎悪ある目を向けられた。その薄青色の目が物語るのは感謝するな。視線で自惚れるな、と訴える。俺がそうしたのは、ライアンを助けるため。ただの偶然だからな。そこであんたが死のうが、俺には関係ない。


 ワイアットが撃った弾丸は仮面を掠った。怯むハインを見て――これより、一気にたたみかけろ。ケイはメアリーを引きはがすべく、近付こうとするが――。


「舐めるなっ!」


 剣を弾かれ、銃撃を受けたことに腹でも立ったのか。服装飾のピンを抜き取ってケイの顔面に突き刺そうとした。だが、その動きは見切れる。そう避けた先には――礼拝堂の照明に反射して光る何かを視界に捉えた。途端に右目が見えなくなってしまう。激痛がそこを中心にして走った。


 何があったのはすぐに理解できた。ハインが自身の右目にまだ持っていたピンでも突き刺したか――いや、ピンという割には得物が大きい。反射的に後ろの方へ逃げるようにして足を動かした。自身の目から引きずり出されるのは――自分たちが持ってきていたナイフより刃渡りが短い物だった。こちらも隠し持っていたのか!


「僕一人で貴様ら相手をするのにも苦労はしない!」


 ハインがそう大声を上げると、ケイの目を刺した短いナイフを礼拝堂に提げられているシャンデリアに向けて放った。それを固定している部分を刃が切る。


 シャンデリアの真下にいたキリとワイアットはすぐに避けた。キリは急いで、扉の方に突き刺さっている歯車の剣の方へと走る。


 何もそれを落とすことがハインの考えではなかった。避けたワイアットは妙な気配を感じ取る。背後――その場から走り出した。瞬時に彼が立っていた床に銃弾が減り込んだ。壁に自動銃が埋め込まれていたのだ。その銃口はワイアットを追いかけてくるようだ。ロックオンでもされたか。ずっと、追いかけられても困る。そうならないためにも、自身のナイフを刺した。これで撃てないはずだろう。


 ハインの方を見た。彼は床に落ちているシャンデリアの中に手を突っ込み――割れた衝撃でできたガラスの剣を握りしめる。その歪な形はまさに彼の心を表しているようだ。仮面越しの視線の先は片目が開けられないケイ。見えるもう片方のその目をかろうじて見開かさせ、ガラスの剣の攻撃をナイフと拳銃で受け止めた。強度は金属製のナイフと拳銃が勝る。所詮はガラス細工。すぐに根元からぽっきりと折れた。


「往生際が悪いぞ、皇子!」


 そう言うケイであるが、まだまだ終わりなものか。青の王国の者たちがこの国に来ているということはすでに承知済み。それ故に、己がお花畑の頭で式典に挑んでいたとでも言わせるものかっ!


 ハインは使えないガラスをイダンの方に投げ捨てる。椅子の背もたれの端に手を取ると、そこから音を出して剣を取り出した。その剣先は――。


「ああっ!」


 歯車の剣を防ぐ。片手でメアリーを担ぐようにしているため、両手で力を押し当ててくるキリの力には敵わないとでも思ったらしい。彼に足払いをした。その場に倒れるキリに見向きもせず、ハインはこちらに向かってくるケイとワイアットのナイフ攻撃を彼女で防御しようとした。


 寸止めのところで手を止める二人。ハインは手に持つ剣で一閃攻撃をした。慌てて避けるしかできない。迂闊に近付けやしないこの状況ではあるが、諦めるわけにはいかなかった。ここまで来たのだ。君主より裏切り者というレッテルを張られても、自分たちの()を守るがため、助けたいがためにここまで這い上がってきたのだから。


「ワイアット!」


「はいっ!」


 もしも、ハインがメアリーを奪還しに来ようとしている者たちに気付いていたならば。まだこの礼拝堂に仕掛けはあるはずだ。二人が椅子の背もたれの端の装飾に手を触れた。


――やっぱり!! 


 刃渡りが短いよりか、リーチが長い方が有利だ。彼らはハインと同様の剣を構えた。


「デベッガ!」


 ケイの呼びかけにより、キリは勢いつけて起き上がった。三人がかりで剣撃を仕掛ける。今度はどう防ぐつもりだ?


 どう出るのだろうか、と不安に思いながらも彼らが立ち向かう。そうしていると、メアリーの手が動いた。誰もが反応を見せる中、彼女はハインが手にしている剣の刃を掴み取った。そして――。


 それをメアリー自身の胸に再び突き刺した。


 それは自身に対するものではない。ハインに対してだ。彼はメアリーを離すまいと抱きかかえるようにしていた。離れないように、奪われないようにしていた。


 まだこの場にある仕掛けがすべて起動していなくとも、こちらにMAD兵士の増援が来る可能性があろうとも。これについては誤算に決まっている。胸にはすでに穴が開いている。もう息絶えてもおかしくないほどの出血量。そうだとしても、まだ可能性があるならば――。


「私は……死を投じてでも、あなたに断りを入れます!」


「何っ!?」


「姫様!?」


 よろめくハイン。その直後に礼拝堂の扉は開かれ、ラトウィッジたちが駆け込んできた。この現状を見て彼らは目を見開く。


「姫様!!」


 片手は手から血を流してもなお、離さんとする刃を握る。もう片方はハインの手を。こちらも絶対に離さないとしっかり握っていた。


「放せっ!!」


「……いいえ、私はあなたを放しません」


 いくら強く握っていようと、メアリーは生命の炎が弱まりつつある。手が震え始めていた。


「皇子が私を放さないからじゃない! あなたの思いに対しての報いよ!」


「何を言っている!」


「私はあなたを愛してなんかいない!!」


 その一言にハインは頭が真っ白になりながらも、椅子の背もたれに手をかけた。その反動でメアリーは吐血を起こす。だが、それでも彼女は言葉を続けた。


「そして、あなたも……私を愛してなんかいない」


「違うっ! 僕はきみが……」


「本当に、誰かを愛しているならば……自分は幸福なはずです。あなたは私を愛して……本当に幸せでしたか?」


 メアリーにそう言われ、ハインは獄中にいた頃の彼女とのやり取りを思い出す。どれも自分に向けられた視線は全くもって気に食わない目。楽しい、嬉しい、喜んだ様子など一切なかった。不愉快だった。そう、毎日が――。


「だったら、なぜ、僕に文通なんか……」


「あなたが、皇妃を殺していなければ……楽しい手紙相手だったでしょうね……」


 メアリーの頬に涙が伝う。なぜに泣くのか、それがハインにとってわからなかった。わからなかったから、どうしてだと訊ねた。


「あなたとお手紙友達になりたかったのは本当です。それは嘘ではありません」


 ハインの方を振り返り、涙目の柔らかい笑顔を見せた。ああ、どこかで見たことのあるすてきな笑顔。


【それならば、今度私と文通しませんか?】


 毎日と顔を見せていたはずのに、ここでは初めて見る笑みだった。


 忘れていた。ただ、これだけを見たかったからなんだ。手紙を通して、見られると思っていた優しい微笑み。なぜにここまで執着をしていたんだろうか。メアリーが返事を出さなかったから?


 違う。


――僕がカムラに唆されていたんだ。


 魅了されていたんだ。美しき金色のその髪、すべてを見透かされそうな青色の瞳。まさに女神。美しきその姿に見惚れていたんだ。ずっと、ずっと――。あの表情を思い返しながら、自分に向けられた特別な笑顔を我が物にしたい欲に駆り立てられていたんだ。


 ハインはメアリーこそがカムラだ、と思った。しかし、そう思ったからと言って彼女を悪魔呼ばわりはしないし、思わない。


 思い立ったハインは強引に胸に刺さった剣をメアリーごと抜き取って、それを奪い取った。そして、彼女を突き放すと――。


「皇子!」


 王国軍人たちに囲まれたイダンが叫んだ。


「……メアリー王女」


 ふらふらとした足取りで、死にかけのメアリーに言葉をかけた。焦点が合わなくとも、床に倒れ込んだ彼女の耳にはしっかりと入ってきていた。


「確かにあなたの言う通りです。僕はあなたを愛していなかったのかもしれません……」


 すっと、剣の柄を両手で握る。刃先は血塗られた自身の胸。


「でも、僕があなたのことを、カムラ様を好きだった、という事実には変わりありませんよ」


 キイ教の教典には欲望に溺れてしまう者たちをキイ神が殺してしまう描写がある。だが、それは無慈悲で殺しているわけではないという解釈もある。本当は慈悲あっての死を与えた。キイ神はそれが彼らにとって幸せなことだと考えたのである。つまりはハインも己の醜い欲に溺れていたと自覚したのか。この場は神が見守るであろう礼拝堂、壁画に描かれた彼の先には世界を見る目がある。ここはキイ神が見守る聖域なのだ。


 キイ神が人を愛するのであれば、カムラは人を愛さない。


 なんと哀しいことか。ハインが思い描いていた恋心は叶わぬ儚い思いだったのだ。


――キイ様よ、どうかこの数ならぬ哀れな僕を。カムラ様に恋をしてしまった僕にご慈悲を。


 その場にハインは倒れてしまった。床には血の水たまりができる。誰もが息を飲んで彼の方を見ていた。だが、一人の人物の声で我に戻る。


「ライアン! ライアン!」


 キリが不安そうにして、メアリーに声をかけていた。そんな彼女は息をしているのかさえあやしい。慌ててラトウィッジも駆け寄る。


「姫様!」


 ラトウィッジに嫌な汗が額ににじみ出る。心音と共にメアリーの静止を確認した。彼女からは何の音も聞こえない。ということは――。


「…………」


 ラトウィッジが首を横に振った。それに誰もが脱力を見せる。


「そ、そんな……」


 メアリーを助けるがために立ち上がったはずなのに。ケイは右目の痛みを感じるよりも悲しみを感じていた。ワイアットも涙を流す。イダンは呆然とした表情でメアリーを見つめていた。


「……私は、王女に助けられて。今一度、ヒューイット様のお願いを……」


 キリは力なかった自分を悔やんだ。ポケットから取り出したのは片割れの青色のイヤリング。それを強く握りしめる。


 ふと、視界の端に何かが見えた。それはもう一つのイヤリング。メアリーはずっと自分があげた物を持っていたのだ。片方だけ落としてもなお――。


 キリは床に落ちていた片割れのイヤリングを拾い上げた。


【だいじょーぶ?】


 泣き顔の女の子。青色のリボン。メアリーはずっと自分のことを思っていた。それを思い出させようと、彼女なりに合図を送っていた。


 もう一度会えたならば、話したいことがあった。メアリーの気持ちに気付いているのか、気付いていないのか。どちらかと言うならば、薄々は感付いていた。しかし、流石に王族の者がただの一般庶民に恋心を抱いていたなんて思いもしないし、諦めというものが最初に思い浮かんでしまう。


【デベッガってさ、メアリー様のことをどう思っている?】


【好き、だとかそういう感情は?】


 あのとき、ケイは訊いてきた。だからこそ、それに対するキリの答えは『諦める』だった。気付いていたはずだ。本当はうっすらとメアリーのことを思っていたんじゃないのか、と。それでも、自分の思い人として一番強いのはアイリ。それに埋もれるようにして存在していた小さな『好き』という思い。


 何も答えも出さなかった自分を恨む。


――本当に最低だ。


 後悔しても遅い。


――もしも、ライアンが死ななかったら、どうなっていたのだろう。


 答えるべきだったんだ。気付いて、自覚するべきだったんだ。前夜祭で泣いていたのは――。


 やるせない表情を見せていたケイは、床に落ちている歯車の剣の光が大きくなっていることに気付いた。その淡い光はキリをまとうようにして、手の平に乗せていたイヤリングを包み込む。


「デベッガ、何を?」


 呟くように設問をするケイに誰もがキリの方を見た。なんて美しい光なのだろうか。初めて目に入ってくる、これほどまでに魅了される光にラトウィッジは困惑していた。


「……俺はまだライアンに伝えなきゃならないことがあったんだ」


 まさか、とは思いたい。だが、キリは所有する過去の歯車は、事実を改変にしたとしてもなかったことになると自ら言っていたのではないのか。


「お前、それは――」


【事実改変したくば、代償を払わなければならない】


 ふと、牢獄での会話を思い出す。キリは何かしら代償を払う気なのか。自分を犠牲にする気なのか。


「……俺が悪いんだ。何もかも、自分の本音から逃げ続けて。きっと、ライアンは知りたがっている。気になっていると思う。だからこそ、答えたい」


「で、デベッガ!? 一体何を――」


 キリが何かをしようとするのは見えた。その問いに彼はラトウィッジの方を見ると、視線を青色のイヤリングに落とした。


 光に包まれたそれは乾いた音を立てて、形を変えていく。大きな照明が消えた礼拝堂に美しく輝く青い光がその場を照らしていた。


――すべて俺が悪いんだ。


 変形した青色のイヤリングはそれにまとう光と同様に美しい花の形へと変貌した。その光につられるようにして、周りに散らばったシャンデリアの欠片も空中に浮かび上がり、音を立てて似たような花に変わっていった。あのハインと同じような歪な心をしていた欠片は、まるで改心でもしたかのように変わったのだ。


 ずっと伝えたかった想い。シャンデリアの花はキリとメアリーのもとへと集まっていく。


「ライアンは俺の気持ちを知らない」


 やがて、青色の花はメアリーの胸の傷口へと移動する。その花から放たれている淡い光は傷口の中へと入り込んでいった。


「俺が悪かったんだ」


 すべては自分が元凶。そう、己に非があるからこそ、キリは願う。


 この後悔は一切ない。


――もしも、ライアンが再び息を吹き返せるならば――。


「この先、俺がどうなろうと構わない。嫌なこと、哀しいこと、腹が立つこと。すべてを受け入れよう」


 清く、美しく咲き誇る花――『代償の花』はこれまでにないほど、キリの切実な願いに答えるようにしてメアリーに生命の光を与えていくのだった。


     ◆


 メアリーの傷口が完全に塞がると、彼女は目を覚ました。開けた瞬間に広がる光景を見て、とても美しいと思う。開けられた目からはキラキラと花の光に反射していた。


「デベッガ君。やっぱり、きみが――」


「うん、思い出したよ。青いリボンして、迷子になって泣いていた女の子」


 その声にメアリーは目を大きく見開いた。急いでそちらの方を見ると、そこには笑顔でこちらを見てくるキリがいた。会いたかった人が目の前にいる。そして、遠い記憶を思い出してくれた。これ以上までになく嬉しい話だった。涙があふれ出てくる。


「デベッガ君」


 半年前と違って髪は伸びきっているが、紛れもないキリだった。優しい彼。幼い彼と重なって見えた。


「ごめんな。ずっと俺のことを知っていたのに」


「ううん。思い出してくれただけでも……」


 小さい頃、道に迷って二度と両親に会えないと思って泣いていたあのとき。山の中から現れた、小柄で泥塗れのヒーロー。ああ、ずっと会いたかった彼にまた会えるとは――。


「また、会えて嬉しい」


「俺もだよ」


 これで答えを出せるのだから。


     ◆


 しばらく時間が経つと、宙に浮いていたガラスの花は音を立てて床に落ちてしまった。ほとんどの物が粉々になってしまう中、青色のイヤリングだった花だけは優しくメアリーの胸の上に落ちてきた。彼女はそれを拾いつつ、ゆっくりと起き上がる。とても綺麗でキラキラとしている。これは一体何だろうか。


「これ、何? とっても綺麗」


「えっと、それは誕生日にあげたイヤリング……」


 まさか、変形するとは思いもよらなかったらしい。キリは苦笑いしながらそう言った。だが、メアリーにとってはこれでもよかった。彼がくれた物には変わりないのだから。


「デベッガ君、助けに来てくれてありがとうね。もちろん、他のみんなも、大臣も」


「いえ、私はメアリー王女がご無事で何よりです」


 ただ、とイダンは床に倒れたままの人物を見る。ハインはびくともせずしていた。そんな彼に王国軍人に応急手当てをしてもらったケイとラトウィッジが近付く。ラトウィッジはイダンの方を見た。


「大臣殿、お一つ訊いてもよろしいか?」


「なんでしょうか」


「なぜ、ハイン皇子はこのような仮面を被っていらしたんですか?」


 その設問にイダンは怪訝そうな表情を見せるが、黙っていては仕方ないと納得したように頷いた。


「皇子の仮面を外してみてください」


 ケイがハインの仮面を取った。それの下には皇妃によく似た青年が。彼の顔には痛々しい大きな傷痕が見えていた。これは一体?


「ハイン皇子は生まれつきその傷を持っていました。それが原因で顔を隠したかったんです」


「怪我で……」


「皇帝や皇妃は恥ずかしくはない、と教えていらしたんですが、皇子にとっては自分の顔が嫌いだったようです。いつも、顔を隠されて人の前に出ることもあまり好きではないらしくて。確かその仮面は数年前に、ソルヤノフという来訪者からもらったと」


 その名にラトウィッジとキリは反応を見せた。なぜエイキムがここに? いや、ありえなくもない話か。コインスト及び、反政府軍団は黒の皇国――ハインと手を組んでいた。


「彼からもらったんだな?」


「ええ」


 これが彼らと関わった者の末路か、とラトウィッジは渋面を見せた。おそらく、この国と手を組んで資金でも得ていたのだろう。だが、この国――黒の皇国を統治する者はいなくなってしまった。これからどうなるかはわからない。耳を澄ましていると、外の方から轟音が聞こえてきている。彼は慌てたようにして無線機の電源を入れた。


「応答してくれ。こちら、メアリー王女を保護した。ハイン皇子も死んだ。砲撃を止めてくれ。以上」


《――了解》


 了承の言葉が聞こえてきてしばらくすると、轟音は止んだ。それに伴い、ラトウィッジはその場にいる全員に指示を出した。


「ケイ。お前たちは姫様をお連れして行きなさい。後のことは私がしよう」


「私もお手伝い致します」


「お願いします」


 キリたちはその指示を承り、メアリーを連れて外へと行こうとするが、彼女はハインの亡骸へと近付いた。ドレスに着けていた白い大きな花である安久花夢(あんぐばなのゆめ)を一輪だけ取りつつ、それを彼の胸元に置き、祈りを捧げる。つられてケイとワイアットも祈るが、キリだけは何もせずに彼らをじっと見つめているのだった。


     ◆


 四人が城門外へと出ると、一斉に歓声が沸き上がった。そこには見慣れない灰色の軍服を着た者たちがいるのだから。


「よくやったぞ、若人よ! 見事、メアリー王女を奪還した!」


 キリたちに向けられる大きな拍手。この人は誰なんだ、と鼻白んでいると、こっそりケイが教えてくれた。彼は白の公国の将軍らしい。


「おじさんがこっちに来ている時点で、公国軍の援軍はあったから」


「そ、そうなのか」


「メアリー!」


 大きな歓声が上がる中、灰色の者たちを掻き分けて彼らのもとにやって来たのはエブラハムだった。彼の姿を見て、メアリーは目に涙をにじませる。


「パパ!」


「メアリー!」


 抱き合う二人。どちらとも温かいと思った。もう二度と会えないと思っていた。だが、この場で会えたのだ。帰りを待たずとも。エブラハムは改めてここに来てよかったと安心した。目頭が熱く感じる。あんな切羽詰まった部屋でイライラしながらメアリーの帰りを待たなくてよかったのだから。彼女に会えてよかったと本当に思う。


【だったら、身分捨てて親父として行くぞ!】


 必ずしも自分もそうであるが、エレノアの言うことが正しいとは限らない。しかし、愛娘に会いに行くためには身分は関係ないのだ。ただの娘の親として、父親として――。


 エブラハムは三人を見た。その視線に彼らは緊張する。肩を強張らせ、彼の言葉を待った。エレノアから自分たちがメアリーを助けに行くことを許さないとしていたようだが――。


「これだけは言わせて欲しい」


 三人に頭を下げるエブラハム。彼らはただ、目を皿にしていた。


「娘に会わせてくれて、ありがとう」


 そこにいたのは青の王国を統治する王でもなく、紛れもない娘の父親がそこにいた。


     ◆


 せっかく会えたのだが、エブラハムはラトウィッジに用があるということで、もぬけの殻となった城内を王国軍人と足を踏み入ってしまった。


 キリたちは一度拠点にしているという東方面にある町へと行くために、白の公国軍の装甲車に乗せられて向かおうとしていた。


「ライアン? 行くぞ」


 メアリーは壊れ、破壊し尽くされた城を見ていた。


「……これだけは絶対にお約束致します。いつか必ず、私からお手紙を送りします。そのときは私とお手紙友達になってくださいね」


 もう一度だけハインに祈りを捧げると、声をかけてくるキリたちのもとへと駆ける。手には青色に輝く『代償の花』が光っていた。

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