外国
エレノアの付き人が運転する車に乗せられたキリ。隣には窓の外を眺める彼女がいる。突然、沈黙状態が続く車内にエレノアが彼に紙袋を渡してきた。
「流石にその服で行けやしないだろう?」
どうやらキリのために服を用意してくれたらしい。彼はお礼を言った。収監所へと着いて三銃士軍団員たちと合流する前にトイレで着替える。
「おっ」
貴族であるエレノアにしては珍しいセンスだな、と思った。三銃士軍団の貴族たち――特にワイアットやマティルダであるならば、華美でどこでも目立つようなファッションセンスを持っているのに。
今着用しているのはパーカーとハーフパンツである。実にシンプル。庶民的な服装を選んでくれたことに内心感謝していた。
しかし、一つ問題があった。
「伸びたなぁ」
エレノアに言われた自身の髪の毛。茶色の髪は肩まで伸びきっている。前髪も邪魔くさいが今更髪を切りに行っている場合などないだろう。どうするかなと毛先を弄っていると、エレノアの付き人がトイレ内へと入ってきた。
「デベッガさん、エレノア様からこちらを渡すのを忘れていたそうです」
そう言ってキリに渡してきたのは髪の毛を結わえる用のゴムだった。これはありがたい、と思うのだが――このゴム、可愛らしい動物の飾りがついた物である。明らかにもうすぐ十七歳になる男子がするべき物ではないなと表情を引きつらせるも、これはエレノアの厚意あってのことだ。
付き人に「ありがとうございます」と言うと、慣れない手付きで後ろ髪だけを結わえた。
トイレから出ると、エレノアが待っていてくれた。早速キリは新しい服とゴムのお礼を言う。
「服とゴム、ありがとうございました」
「いいってことだよ。ふぅーん、なかなか似合っているじゃないかい?」
「ははっ。でも、このゴムはなんとかなりませんかね?」
後ろの方に結んでいるからさして視界には入らないが、他人の目が気になる。これは絶対男である自分がする物ではないよな、と思っているから。
「仕方ないだろう? 服とついでに買ったんだ。ギリギリ男がしても問題ないのを選んだんだよ。まだキラキラゴムとか花がついたやつとかじゃない分マシだと思っておきな」
そう言われると、これがマシだと思えるようになったキリは黙るしかなかった。
◆
収監所の応接室に行くと、そこには三銃士軍団員に加えてガズトロキルスとハイネ、ターネラにレナータの十一人が揃っていた。周りの目――特にケイたちはやって来たキリをあまりいい目で見ていなかった。髪型かとも思ったがそうではない様子。何かもっと別の目で見ている気がする。
「全員、揃ったのかね?」
エレノアがワイアットにそう訊ねると、彼は小さく頷いた。
「それじゃあ、メアリー奪還作戦について話すよ。だから貴様も適当に座りな」
キリはそう促され、空いている席に座った。その隣はハイネだ。彼女はどこか俯き加減の様子である。声をかけようとするが、エレノアの話を優先的に聞くべきだと思い、後で話しかけることにした。
「メアリーが誘拐されて半年近くなっていることは知っているね?」
その言葉にキリだけ驚いた。ずっと地下牢獄に閉じ込められていたから、時間間隔がわからなかったのである。ということは、相当な時間が経過しており、まだ自分が十六歳だと思っていたのがもう誕生日も過ぎて十七歳になっていたという話だ。そんな風にして驚愕している彼にエレノアは「そうだよ」と教えてあげた。
「貴様の解放が一番時間かかったんだよ。面倒な書類とか、色々あったからね」
よくよく見れば、周りのみんなは少し大人びた面持ちをしていることに気付く。
エレノアは話を続けた。
「まあ、その長い期間もあってか、作戦に使える資料も集まった。特に黒の皇国の首都の地図とその地下にある水道路の地図が苦労したけどね」
「流石です、エレノア様」
そう言いながら、ヴィンが今なら出してもいいだろうと言うような形で一部の新聞をその場に取り出した。これにはエレノアも想定外のようなのか「なんだい、それは」と訝しげである。
「ここで新聞は使うことはないよ」
「いやいや、エレノア様。私も独自に情報収集していたんですよ。当然、青の王国の人々が知らない情報です。知られたら王様大激怒間違いなしですからね」
ヴィンは新聞を広げてみんなに見せる。見出しが一番に飛び込んできた。
『ハイン皇子婚約か!?』
おめでたい見出しではある。そして、この新聞は王国が出版している物ではなく、黒の皇国の首都のみが発行される新聞であった。
「皇子、誰と結婚すると思う?」
「まさか?」
誰もが思った。とても嫌な予感しかしない。
「お相手は外国人で、国際結婚の可能性あり? どこの国の人かまでは書かれていないけど、可能性はあるよね?」
捨てきれない可能性にエレノアは頭を抱える。結婚式典の日にちはまだ決まっていないにしろ、可能性のある日付が記載されていた。今日から約三ヵ月後の様子。詳細はわからなかった。それまでにメアリーをなんとしてでも奪還させたい。
「もし、そうならば、本当にエブラハムには言えない話だね。貴様、やつには言っていないだろうね?」
「もちろんですとも。報告すれば、逆に私が危険な状況になりますって」
「これは、本当に貴様ら犯罪者になりかねない……」
「問題ありませんよ、エレノア様」
悩ましい表情を見せるエレノアにケイがそう声を上げた。
「私たちは元よりそういう覚悟あって集まってきているんですから」
その言葉に一同が頷く。彼らはもう運命の成りゆきに任せるらしい。それはもちろんキリもであった。
「そう言ってくれるのは嬉しい限りだね。でも、一つでも情報が増えるのも歓迎だよ」
前向き的な気持ちを自分に言い聞かせるようにして、エレノアは付き人に「あれを」と指示を出した。彼が持ってきたのはこの場にいる全員分の連絡通信端末機である。全くの新品。
それぞれの専用器機らしく全員が行き渡るようにして受け取った。キリもまたそれを受け取ると、中身を確認する。連絡先は新品の端末機をもらった彼らに加え、エレノアやヤグラにガンの連絡先まで登録されていた。
「前に除籍になった教官がいただろう? 彼にもお願いして、私たちだけのネットワークを作ってもらったんだよ。それにしても、すごい時代になったね。データ世界とやらの住人とメールができるだなんて」
どうやらヤグラとガンも協力してくれるらしい。これは心強いに違いない。
「うわっ、すげぇ」
なんて言いながらガズトロキルスが端末機を操作している。早速、ネットワーク上のゲームで遊んでいるようだが――。
ガンからメールが届いた。
『自分たちだけのネットワークだからね。面白みがないと、つまらないだろう?』
という文章の下にリンク先が張られていた。そこへ飛ぶと、ガンお手製のゲーム一覧があるではないか。
まあ、暇潰しのときに使えるかなと電源を切るキリ。その傍ら楽しそうにゲームで遊ぶガズトロキルスを叱咤するケイ。
「今、遊んでいる場合じゃないからな?」
ケイの言うことはもっともであった。ゲームで遊ぶガズトロキルスを止めさせて、話を進めさせる。
「それで、皇国の方に今から行く、というわけにもいかない。現在、両国の出入国はおろか、貿易もストップ状態だからね。そこで、三つのグループに分かれて入国してもらうから」
エレノアの言葉に一同は頷いた。
「今の国交情勢を考えて、陸上でここから白の公国を経由して入国するグループと海上でここから赤の共和国を経由して入国するグループの二つに分かれる。もう一つはケイとザイツが行けるルートを知っているというから、貴様らに任せるね」
エレノアはケイとヴィンを見ると、彼らは頷いた。
「あと、スタンリーは過去の歯車の件があるから、ソフィアとフェリシアと共に残ること。あんまり向こうに人が居過ぎたら却ってあやしまれるからね」
その言葉に三人は「はい」と返事をした。
こうして生まれたメアリー奪還作戦の入国ルートグループ。経由先が白の公国なのはキリ、ガズトロキルス、マティルダ、レナータの四人。赤の共和国はセロ、ワイアット、ハイネの三人。そして、独自ルートはケイとヴィンである。
作戦実行についての細々した話をして、ようやく出発のときかと思えば――エレノアが懐から錆びた過去の歯車を取り出してそれを全員の前でキリに渡した。
「なぜ、貴様がこれの所有者であるかは、今は問わない。詳しい事情は帰ってから訊く」
キリは驚きながらもそれを受け取った。まさか、エレノアが持っているとは思わなかったから。
「それと、みんなにはその事情を話している。そして、それがどういう物であるかもだ」
改めてキリは一同を見た。あの快くない顔をこちらに向けていたのはエレノアが話したことが理由だったらしい。
「そう、ですか」
完璧に、全員に自分が不死者だと知られてしまった。隣にいるハイネでさえも。彼女はこちらを見ようとしてくれない。これではハイネに話しかけることもままならなかった。
◆
収監所を出て、白の公国を経由するグループはレナータが運転する車に乗り込んだ。空気が重々しい。車内はエンジンと走行音だけが聞こえる。この静かさは自分がここにいるのが原因なのだろうか。なんてその場にいるキリが小さくなっていると――「キリ」そう、ガズトロキルスが声をかけてきた。
「知っているか? 今から俺たちが行く白の公国って肉料理が伝統的料理らしいぞ」
一気に空気が軽くなった気がした。ガズトロキルスは自分を普通の人として扱ってくれるらしい。
「そうか」
キリは少し安心したように相槌を打ち、端末機を弄るガズトロキルスの方を見ると、肉料理の画像を見せてきた。だが、画面が近過ぎてどんな物かすらもわからない状態だ。
「近い」
「悪い」
「ああ、本当だ。美味しそう」
見せてもらった画像を見て率直な感想を述べた。そんなキリを見てガズトロキルスは――。
「お前さ、なんでその可愛いゴムしてんの?」
訊かれたくないことを言われて、固まる。心なしか運転席と助手席にいるレナータとマティルダに笑われている気がしてたまらなかった。
「……エレノア様からもらったんだよ」
「悪い、俺には何を言っているのかわからない」
「わからないなら、黙っていてくれ」
「あれですわ、ガズ様。エレノア様はきっとデベッガさんの女装をご覧になられたので」
と、マティルダがいたずらっ子のようにして余計なことを言ってくるではないか。今更ではあるが、彼女は前まで長かった金色の髪を切っていた。トレードマークとも言えたあの縦髪ロールと赤色のリボンがなくなって、どこか寂しくはある。それにガズトロキルスはキリの方を改めて見て――。
「お前、本当に何してんの?」
「うん。俺もわからないから、その目で俺を見てくるの止めてくれない? ボールドウィンもさ、余計なこと言うの止めてくれない?」
「意外とデベッガさんの女装、似合うかもしれませんね」
レナータまでもが肩で笑いながらそう言ってきた。
「えっと、レナータさんでしたっけ? あなたも止めてくれません?」
「ふふっ、すみません。あと一時間すれば出入国管理局へ着きますよ」
話を誤魔化すようにして、話題が変えられた。だが、その場の空気が変わったからよしとしよう。ほんの少し――本当に少しだけ、ガズトロキルスに感謝しなくては。
なんて僅かだけガズトロキルスに感謝していると――そう言えば、とキリは思った。きちんとした手続きで他国に行くのは初めてだ、と。旧灰の帝国は強引に連れ去られてしまったのだから。それは何も彼だけではないようで、ガズトロキルスが「なぁ」と訊いてきた。
「俺、白の公国に行くの初めてだけど、どういう国か知ってる?」
その質問にきちんと説明できるほどにキリはその国について知らないのが現状であった。
「旧灰の帝国を捨てた国だっていうのは知っているけど、二人は知っていますか?」
「公国は……そうですね、黒の皇国と同様にキイ教の信者が多い国としても有名ですね」
レナータの説明にキリはほんの少しだけ眉間にしわを寄せるような表情をした。だが、前を見て運転をする彼女は気付かずに話を続ける。
「以前の同時侵攻防衛戦において、彼らはこちらには必要以上に援助をしてきそうでしたし」
「援助?」
どういうことだ、と片眉を上げた。
「ああ、デベッガさんは知らなくても当然ですわね。メアリー様の誘拐事件直後に黒の皇国と黄の民国から同時侵攻を受けましたのよ。結果的にどちらも撤退して行きましたけど」
「公国と協力して?」
「いえ。実際は黒の皇国に侵攻するならば、軍も食料も援助すると仰っていまして。でも、こちらがしないと知った彼らは何も援助してくれませんでした」
「話を聞く限り、白って黒のことを相当恨んでいるようだな」
「大体の国相関図で表すと、このような感じですわ」
マティルダの書いた相関図を見て二人は吹き出した。
「えっ、これ何の冗談?」
「だとしても、赤の共和国は他の国のことを無関心過ぎるだろ。なんだよそれは」
「赤は他国の援助がなくても、自立していける中立国家ですからね」
「それに赤の共和国は平和主義国家でもありますし」
「いや、思想の違いとかあるからわからなくもないけどさぁ、ボールドウィンって極端な書き方してないか?」
「これは言うほど極端ではないですわよ。今の情勢からして、これが妥当なんです。本当はもっとひどくってよ」
「いやいや、キリよ。これはあれだ。本当は? 俺ら人類ってある意味での仲良しじゃねぇの? 嫌よ、嫌よも好きの内って言うし」
呑気にそう言い放つガズトロキルス。それに三人は苦笑いするしかなかった。
「そういう前向きな姿勢。俺、嫌いじゃないわ」
◆
出入国管理教を経て、四人は夜になってようやく白の公国へと入国した。出国と入国手続きに時間がかかり過ぎたのである。
「手厳しいなぁ。手続き料までもが取られるとは」
そうぶつくさ言いながらも、キリは車内で自身の財布の中身を確認する。一応、軍資金としてエレノアから一人にいくらかはもらっているのだ。だが、国を行き来する以上、お金の不安は拭えない。特に、とガズトロキルスの方を見た。
「腹減ったなぁ」
ガズトロキルスの食事代が怖いと思っていた。大食いの彼だ。どれほどの少ない量で我慢できるか。
「結構な出費になりましたね。そうとなれば、黒の皇国での出入国管理局でも相当取られそうですよ」
領収書に記載された金額を見て、レナータは空笑いをしている。
「まあ、武器関係を没収されなかっただけでもマシじゃないですか?」
「これじゃあ、節約するしかないのかしら」
「えっ、ご飯食べられない的な?」
「……ガズってさ、俺たちがしている旅の意義を理解している?」
少しばかりズレた様子のガズトロキルスの発言に心配になってきた。だが、彼は「知らないで旅していたらどうするんだよ」と鼻で笑ってきた。
「ライアンは大切な友達であるし、みんなの思いも知っているよ。ただ、俺は一食でもご飯を欠かしたくないだけなんだよ」
なんとも欲深い人物である。
「でも、節約は大事ですよね。今日はそのためにも宿ではなく、車内で過ごしましょうか。最近温かくなってきましたし」
車内にも毛布は積んでいるから、とレナータは言った。こればかりは仕方ないと三人に異論はなかった。
「どこかお店で夜ご飯を買おうよ。時間も遅い方だし」
それならば、とマティルダがキリとガズトロキルスに何かを渡してきた。受け取ったそれに書かれているのは『白の公国の国民身分証明書』のカードである。要は偽装証明書だ。
「黒の皇国に着くまで、私たちはこの国の人間としていなくては出入国もできそうにありません。何より、この国では外国人が買える物に限度があるらしくて……」
「そこで、私とデベッガさんとオブリクスさんです。二人は確かに青の王国の者ですが、どこの国の出身かはっきりとした判別ができないと思うから、ある程度の誤魔化しは利くと思うんですよ」
「まあ、ボールドウィンってどこからどう見ても青の民族だしな」
キリはマティルダを瞥見してそう言った。金髪碧眼、これは青の王国周辺の先住民族を象徴とする姿。特に貴族にその表れがあるとか、ないとか。
「そうですわ。それだから、黒の皇国に入国する際は私だけ別々に行くんですの。じゃなきゃ、車に積んだ武器を没収しかねませんし」
「なるほどな。これ見て、本当俺たちって改めて犯罪者だって実感したよ」
「皮肉なこと、言わないでちょうだい」
◆
ガズトロキルスとレナータは夕食の買い出しのため、店の駐車場に停めている車の中で彼らを待つキリとマティルダ。無言ながらも最初に車へ乗ったときより空気は重々しくない、と思う。少しばかり暇だからガン自作のゲームで遊ぶことにした。
「ねえ」
マティルダが声をかけてくる。ゲームを中断した。
「何?」
「始まって早々、こんなことを言いたくないけど。どうして、過去の歯車の所有権を持ったの? それ持って何をしようと考えていたの?」
マティルダの不安そうな顔が店の明りに照らされていた。それにキリは端末機の電源を切る。
「成りゆきだよ。別にこれ持って、世界を乗っ取るとかそんなこと考えちゃいない。ていうか、できないから」
「過去の歯車でしょう? 事実の改変ができるんでしょう?」
「それはスタンリーが持つ過去の歯車だけだ。俺のは改変が許されないからなかったことになるだけ」
「本物じゃないの?」
驚きを隠せないのか、目を丸くするマティルダ。キリはエレノアから受け取った錆びた過去の歯車を取り出す。
「俺は本物じゃない本物だって思ってる。安心しなよ。これ持って、王国を乗っ取る気はないから」
「そ、そう……」
キリの言葉に少しだけ安心したのか、マティルダは彼の方を見た。
「それならば、いいのだけど。やっぱり、エレノア様から聞いていたから……」
「不安になるのは仕方ないと思っているよ。俺だって、持っていて怖いから。所有権放棄したら、それが一番怖いし」
所有権の放棄についてはマティルダも知っている。そのようなことをすれば、今までの傷の痛みが死ぬまで襲いかかってくるから。キリは腕なしに腹を空けられていた。彼の気持ちは痛いほどわかるはず。
「でもさ、ライアン奪還のときにこれは役に立つかも。人を傷付けることができるけど、結局なかったことになるから、また復活するし。ある意味での人を傷付けない武器じゃないかな?」
「それはいいですわね。誰も殺生しないのは。でも、どうしてあの異形生命体のときにそれを?」
「手近に武器なかったしね」
あの異形生命体――ハイチのことだろうか。彼は本当に刹処分になってしまったのだろうか。キリはまだ生きていると信じて、アイリのお願いについては黙っておくことにした。それを言わずとも、マティルダが納得してくれたからだ。
「そういうことでした――ん?」
マティルダが窓の外の方を見ると、一人の男性が女の子を抱えて店の駐車場の方へと逃げるようにしてやって来るのが見えた。それは過去の歯車を仕舞い込んでいるキリにも見えている。
「何か慌てた様子の方ですわね」
「だな。何か買いにきたんじゃないの?」
そうキリが推測するが、どうもそのようには見えなかった。彼らは慌てているというのではなく、何かに怯えているようである。
「本当にそうなの?」
「気になるなら、俺が訊いてこようか?」
「じゃあ、お願いしますわ」
明かに外国人である自分よりか、キリの方がまだいいのかもしれない。そう思ったマティルダはお願いを申し立てる。キリは車から出て、焦ったように周りを見ている男性に声をかけた。
「ひいっ!?」
なぜだかとても怖がらせてしまった。男性は抱えている子どもを自分に見せないようにして隠したから。
「あ、あの?」
「こ、こっちに来るなっ! 悪魔めっ!! エマは渡さないっ!!」
ひどい誤解を受けてしまったようだ。周りの人々はこちらをじろじろと見ている。どうにか誤解を解こうと、キリは必死の弁解をし始める。
「あの、俺はそういう意味であなたに近付いたわけじゃないですよ?」
「そういう意味!? そういう意味とはなんだそれは!」
「いや、そういう意味ではないんですけど」
「何してんだ? 流石の恐喝はダメだろ」
店から出てきたのか。見かねたガズトロキルスがそう言ってきた。
「誰が恐喝なんてするか」
「えっと、大丈夫ですか?」
ガズトロキルスが男性に対して声をかけると、彼はキリに向かって「悪魔じゃない?」と指差してくる。それは抱えていた子どもも同様に「あくまじゃない?」と言ってきていた。
「いや、俺は悪魔じゃないですから」
そうキリが反論をすると、荷物を車に置いてきたレナータも近付いてきた。
「お二人方、何をされているんですか? 行きますよ」
その言葉に飛びついたとでも言うように、男性はレナータにすがってきた。
「あ、あのっ! しばらく匿っていただけませんか!?」
抱きかかえられた子どもはじっとキリの方を見てくる。彼は少しばかりぎこちない笑顔を見せると、女の子はにっこりと笑ってくれた。
◆
車内ではぎゅうぎゅう詰めで夕食を食べていた。ちゃっかり男性と女の子もそれをいただいているようだ。
「すみません、ありがとうございます。なんか、僕たちまで……」
男性――アレンはどこか安心したようにお礼を言う。自身の子どもであるエマにも「ありがとうございます、を言いなさい」と促した。彼女は大きく頭を下げる。
「ありがとぉございまぁす」
なんとも可愛らしい仕草に微笑むキリであるが、ガズトロキルスとマティルダに変な目で見られてしまった。その視線に「なんだよ」と怪訝そうな顔を見せる。なんでそんな目で見てくるんだ?
「いや、だってキリさぁ……」
「ええ」
「やはり、きみは悪魔!?」
アレンはエマを隠すようにしてキリに威嚇をし始めた。
「違いますよ。ていうか、こらっ。二人が考えているのはもう誤解が解けているはずだぞ」
「でも、事実だろ? 小さい女の子に――」
その先を言わせない、と高速の勢いでガズトロキルスの口を塞いだ。
「いいか? あれは不抵抗力だ。俺の意思じゃないし、俺はその子に振り回されていただけだ。いいな? わかったところで復唱してみようか」
「いや、そのようなことをしていては話が拗れてくるんですけど」
マティルダに話を流され、彼女はアレンの方を見た。
「それで、悪魔に追われているとはどういうことですの?」
「甘い言葉に乗せられたんです。エマの病気を治してやる、って」
「治ったんですか?」
「はい、勝手に。それは嬉しかったんですが、やつはエマを寄越せ、と言ってきたんです」
アレンの家は貧乏でエマの病気を治すための治療費もままならったのだが、ある日、見知らぬ者が現れて、「病気を治してやる」と言い、彼女の頭をなでると、本当に治したのだそうだ。そして、その直後に「治したからその子を寄越せ」と言い、ずっと今の今まで逃げ回っていたと言う。
「妻はやつに殺されました。エマまで奪われるのはっ……!」
そう言うアレンはお菓子を食べるエマを強く抱きしめた。
「そのやつの名前は?」
キリは放っておけないとでも思っているのか、アレンから名前を訊こうとする。だが、それをマティルダとレナータがあまりいい顔をしない様子で耳打ちをしてきた。
「わかっているんですの? 可哀想ではありますが、これ以上の詮索なんて……。私たちには時間がないんですのよ?」
「知っている。でも、放っておけないじゃないんだよ。その病気がなんなのかわからないけど、頭をなでて治すって聞いたことないよ」
「それは、そうなんですが――」
「その力、妙にあやしいし」
もしかしすると、その力は過去の歯車に関する物なのかもしれない、と思案するキリは助ける気があるようだ。エマの病気を治した。それは彼女の病気という事実を消した、とでも言える話だからだ。それに二人が困り果てていると、ガズトロキルスが「ガンに協力してもらおうぜ」と言ってくる。
「それがこれで見つかるかもしれないから」
「が、ガズ様……」
「アレンさん、やつの名は?」
キリたちはマティルダたちに聞く耳を持たず、話を進めようとアレンにその人物の名前を訊こうとするが――。
「わからないんです」
アレンは悔しそうな顔を見せてそう言った。
「わからない、とは? 名前がわからないんですか?」
頷きながら、アレンはエマの頭を優しくなでた。
「この話、続きがあって……。治した日から三日以内に自分の名前を言い当てろと言ってきたんです。そしたら、見逃してやるって。でも、名前も知らないから妻と逃げていたんですが、妻は一日目に……。明日で三日目なんです!」
「なんだ、そいつはっ!」
人の命を遊んでいるようにしか見えない。とても腹立たしいと思った。しかし、アレンはその人を悪魔と言っていた。更にこの国ではキイ教を信仰する者が多いという。ということは――。
「カムラとか?」
キイ教信者にとっての悪魔はカムラである。アレンは頷く。
「最初は悪魔みたいなやつだと思ったからその名前を言ったら外れて。元より、自信のない答えだったんですけど」
いつの間にかエマは眠くなったのか、アレンの腕の中で眠ってしまっているようである。キリは連絡通信端末機を弄るガズトロキルスの方を見た。
「ガン、何かわかったって?」
「いいや。お手上げ状態。そんな話聞いたこともないだとよ」
「ガンという方は医者の方ですか?」
「いえ、博識ある知り合いです。知識に精通しているやつなんです。なんと言うか、この世のなんでも知っているやつとでも言うんですかね。流石の彼も知らないと言っているようで……」
「すごいですね、その人」
キリはガンのことを誤魔化した。それにガズトロキルスが「なんで嘘ついているんだよ」と小声で言ってくる。
「別に本当のこと言ったとしてもいいじゃん」
「話が拗れてくるからに決まっているだろ。これ以上、話をややこしくするべきじゃないし」
キリが小声でそう返すと、レナータが「お話し中すみません」と言ってくる。
「一度、駐車場から移動しませんか? お店の方が閉めたがっているようですし」
そう指差す店の入り口で電気を消したそうにこちらを見てくる店員がいた。それにレナータは車のエンジンを回す。
「私たち、今夜は車で寝泊まりするので。もし、アレンさんたちもよろしければ……」
「いいんですか?」
「構いませんよ。明日考えましょう? お疲れではありませんか?」
暗がりでよく見えなかったが、よくよくアレンの目元を見ると隈ができていた。ここ最近、追われていることで眠れていないのだろう。
「はい。でも、やつらが来るかわからないので」
そう言っていたアレンであるが――。
車が移動し始めて十分も経たない内に、揺れに揺られて眠ってしまった。眠気に勝てなかったらしい。
「アレンさん、エマちゃんと寝てるぞ」
「あっ、本当だ」
「朝までそっとしておきましょうか。もう少し行った先にパーキングエリアがあるのでそこで私たちも休みましょう」
◆
キリは何かに叩かれるようにして、目を覚ました。始めに視界に映ったのは駐車場。辺りは少し薄暗い。まだ朝日は見当たらないようで、もう少しだけ眠ろうと目を閉じようとするが――。
また叩かれた。眠たい目を擦りながら、その原因を探る。
「……ん」
キリの左隣は車のドアである。右隣りにはガズトロキルスが座っているはず――ではない。彼との間にエマがいた。いつの間にかアレンの腕からすり抜けて、こちらの席に移動してきていたようだった。
「おにいちゃん、おはよ」
にこにこと彼女が赤い頬を見せびらかして、あいさつをしてきた。
「……おはよう」
目が冴えてしまったのだろうか。大きな目をぱっちりと開けてこちらを見ているようである。
「あそぼぉ」
「まだみんなが寝ているから静かにね」
それよりも寝かせて欲しいと思うキリ。だが、完全に目が冴えてしまった幼児が言うことを聞くはずもないよね。自分を中心として大体考えるよね。
「おそと、いきたい」
「ダメだよ。お父さんに怒られちゃうよ」
「おーそーとぉ」
是が非でも外で遊びたいと仰る、危機管理のない子ども。いや、ないのは仕方ないのかもしれない。エマはキリの服を強く引っ張るようにしてぐずり始めた。どうしても行きたい、駄目。行きたい、駄目。の言い合い。それでも行かせるわけにはいくまい――というか、キリはまだ眠いのだ。お願いだから、寝かせて。久しぶりにそこまで硬くない場所で寝ているんだからさ。
「うん、しぃ、ね。しぃ。みんな寝ているから」
本当はエマのお願いを聞いてやりたいのは山々だが、元より自分たちは他人同士である。昨日今日で会ったばかりの者なのに。キリが駄目だと言うと、エマは不貞腐れた表情で口を尖らせた。それでも、ぐいぐいと彼の服を引っ張ってくる。
「ねぇ、おーそーとぉ」
「寝させてね」
強引に寝ようとキリがそっぽ向いて寝ようとしたときである。「あぁ!!」とエマは大声を上げた。そのせいで、アレン以外の者は目を覚ました。何事かと発信者である彼女の方を見る。エマはこちらを見て、目をキラキラとさせていた。
「どうしたの?」
「なぜにエマちゃんがガズ様たちのところに?」
「目が冴えちゃったみたいなんだよ。みんな寝ているから静かにねって言ったんだけど」
「本当はキリが起こしたんじゃねぇの?」
あやしむ三人。それにたじろぐキリ。
「してねぇよ。ていうか、なんで大声上げたんだ?」
「いや、だからキリが――」
「だから、俺じゃねぇって。もっと別の要因を考えてくれ」
別の要因――マティルダはエマの視線の先に気付いた。エマはキリの後ろ髪の方を見ている。彼の後ろ髪は一つの束にして結わえている――。
【なんでその可愛いゴムしてんの?】
「デベッガさんの結わえているゴムじゃないかしら?」
「これ?」
ちらりとエマの方を見た。彼女は物欲しそうな目で見ている。あげてやりたいのは山々だが――。
「二人とも髪を結わえるゴムって持ってる?」
伸びきった髪を切りに行けない今のキリにとってゴムはある種の必需品であった。
「私のこのリボンはどうかしら?」
前にしていたマティルダの赤いリボンを差し出した。だが、キリはそれを着けることに抵抗があるらしい。更にエマの場合だと、それでは不満らしい。どうしても彼のゴムがいいらしい。
「私は普段より結わえないので」
レナータは残念そうに言う。
「ていうか、エマちゃんのゴムと交換すればいいんじゃね? エマちゃんもなんか結わえているみたいだし」
エマの後ろ姿が見えているガズトロキルスがそう言った。外が段々と明るくなってきて、ようやく気付いた三人。エマはハーフアップの髪型をしていたのだ。
「あら。これならば、私結わえれますわ」
「じゃあ、そうとなれば交換だな」
勝手に話が進んでいくな、と思いながらもキリは渋々ゴムを外した。いや、嫌ではない。むしろ、女の子らしい、可愛らしい装飾品がなくなるのは彼にとって歓喜するようなものだから。
「こっちにいらっしゃい。あのゴムで結わえてあげるわよ」
「ほんとぉ?」
わくわくとした様子でエマはキリから可愛らしい動物のアクセサリーがついたゴムを受け取ると、マティルダたちの方へと移動した。早速、髪の毛を弄る彼女たちは楽しそうである。エマの髪に結わえられていたゴムを取り、それを彼に渡した。受け取ったキリは車から出ると、公衆トイレの方へと向かう。ガズトロキルスもついでという形で着いていくのだった。
◆
トイレの洗面台で顔を洗い、交換したゴムで結わえるキリを見てガズトロキルスは「今更だけど伸びたな」と笑った。
「獄中だからな。髪の毛とか切れない」
「キリもさ、二人に結わえてもらったら?」
「やだよ。何を言うんだ。恥ずかしいじゃねぇか」
なんてキリは怪訝そうにガズトロキルスを見た。
「いや、だってお前、結び方雑過ぎるだろ。髪の毛、残っているぞ」
ガズトロキルスは後れ毛を指摘してきた。そう言われ、キリは一度ゴムを外して、髪の毛が残らないように結わえていく。
「慣れないとダメだな」
「いや、慣れないというか、結ぶことなんて滅多にないじゃん。まあ、これで毎朝髪の毛を結ぶ女子の気持ちはわかったんじゃない?」
「複雑だな。それ」
◆
「ほら、できましたよ」
車内ではマティルダがエマの髪の毛を結わえていた。彼女の茶色かかった髪に可愛らしい動物のアクセサリーが顔を覗かせている。レナータは自身の鞄から手鏡を出すと、エマの前に持ってきた。
「どうかな?」
「わぁ! ありがとぉ、おねえちゃんたち!」
柔らかい笑顔に癒されていると、ようやくアレンが目を覚ました。
「エマ?」
自身の手の中で眠っていたはずのエマがいなかった。アレンは急激に目が冴えて、車内を見渡す。ここでレナータが起きた彼に気付いた。
「アレンさん、おはようございます」
「お、おはようございます! あのっ、エマは……いたっ! びっくりしたぁ」
エマが運転席の方にいたことに安堵した。彼女は嬉しそうに「みてみてぇ」と言ってくる。
「あのねぇ、おにいちゃんからゴムこぉかんしたの」
「ゴム?」
「ええ、エマちゃんが、デベッガさんが結わえていたゴムが欲しいと言っていたので、勝手ながら彼女の物と交換致しました」
「いや、それは構わないと言うか、エマがわがまま言って申し訳ありません」
アレンがお詫びを入れる最中、エマは自身の父親のもとに行こうと、座席移動を始める。そして、彼の膝の上に座った。
「かわいぃでしょ?」
「本当だ。デベッガ君の趣味?」
口にしてはいけないとわかりつつも、ついつい訊いてしまう。レナータが「そうではないんですけどね」と苦笑いしていると、アレンの視界に嫌な物が映った。その窓の外の方を見る。つられて彼女たちも見た。
そこに誰かいた。大きさからしてエマより少し大きめの子どもであるようだが――。
「あっ、悪魔!」
アレンの表情は一変して青ざめる。あれが悪魔? 二人はにわかに信じがたかった。二人はエマと車内に残っているようにと指示を出す。そして、銃砲を手にしてゆっくりと近付いた。
歩み寄ってわかったこと。この子どもは普通の人間には見えなかった。人と違って、顔の造りが何か違うからだ。普通の人と違って単調過ぎる。たとえるならば、そう――三次元の中に二次元の物が放り込まれたような感覚。それはこの場において、異質的存在だと言えよう。
「あなた、何者ですの?」
《何者だと思う? きみたち、事情を知っていそうだよね。答えられたら、あの車の中にいる二人を見逃してあげる》
やはり、アレンの言う悪魔らしい。その悪魔は人の声と言うより、機械的音声だった。
《ただね、一日以内に答えながら逃げないと死んじゃうからね》
その発言後に子どもの背後から鋭利な刃物から重たそうな鈍器に至るまで飛び道具以外の武器を装備した。それを見て二人は銃砲を構え出す。
《ちょっと、ちょっと。こっちは飛び道具を我慢しているのに、それはないんじゃないのかな?》
「我慢ですって?」
《そう、我慢。夜になれば使う予定。これで父親もろとも穴だらけになっちゃうぞ》
なんとも無機質な笑い声を上げる悪魔。
――こいつ、明らかに人じゃない!
マティルダたちが悪魔を睨みつけていると、なんとも絶妙なタイミングでキリ一人がトイレから戻ってきた。
「あっ!? な、何この状況!?」
驚くのも無理はない。大量の武器を装備したあやしい人外がそこにいるのだから。
「デベッガさん! 気をつけてください! やつです! アレンさんたちを追い回していた悪魔です!」
「悪魔ぁ!? これが!?」
――つーか、こいつ!
キリが何か言おうとしたとき、マティルダが声を上げた。
「何をぼけっとしてらっしゃるの!? ほら、武器を構えなさい! 今ここで倒さないと!」
慌てて過去の歯車のアクセサリーを歯車の剣へと展開させ、構えるキリはこの状況に戸惑いを隠せない。そして、何も言うなというような雰囲気が漂っていた。
その場に緊迫感が漂っているが、遅れてガズトロキルスがスッキリした様子でトイレから出てきた。そして、目の前で起きている現状に首を捻る。
「なんだ?」
「オブリクスさん! 出ました!」
「えっ、はい。出ましたけど。でかいのが……」
「そちらのお話ではありませんわ! こいつですわ! 彼らをつけ回していた悪魔とやらは!」
マティルダが若干頬を赤らめながら訂正すると、ガズトロキルスは驚きを隠せない様子で「ええっ!?」と叫んだ。それもそうだ。目の前にいるような単調的なこいつが悪魔とは思いたくないのだから。
「おわかりになりましたら、アレンさんたちを――」
「悪魔って、アンドロメダだったの!?」
ガズトロキルスの一言にその場が硬直した。えっ? 知っていたの?
「えっ、これ……キリ、そうなの?」
「っぽい。俺、こういうときに空気読まずしてツッコミ入れるお前を本当に尊敬するわ」
その言葉にも二人は耳を疑った。キリも知っていたというのか?
名前を言われた悪魔――もとい、アンドロメダは《何っ!?》と驚きを隠せないような声を出す。だが、所詮は機械音であり、言うほどにびっくりした様子ではない。というのも、その緊張感がなかった。
《なぜに貴様、僕の名前を知っている!?》
「いや、知っているも何も、スター・トレジャーのガイド役のアンドロメダじゃねぇか。俺、何か間違ったこと言ってる?」
「いや、ガズは何も間違っていないし、嘘も言っていないよ。いや、最初から言わない俺もいけないんだけど……」
《お前は悪魔から聞いたな!? お前は悪魔から聞いたな!?》
あまりの屈辱に激昂するアンドロメダは地団太を踏み出す。まさにその通りであり、キリとガズトロキルスは何も言えやしない。そんな状況の最中、いつの間にか車の外に出てきていたエマが――。
「あんどろめだぁ」
指を差して笑った。これにアンドロメダは更に強く地団太を踏んだ。あまりの強さにその振動がこちらに伝わってきているようである。
《ちくしょうめがっ!!》
アンドロメダがそう怒声を上げると、なぜか自爆した。あまりにも唐突過ぎる出来事に唖然とする六人。アンドロメダは駐車場の真ん中で燃えていた。
「何これ」
呆気に捉われるマティルダがぼそりと呟く。それが聞こえたキリは安心しろ、みんな同じだ、と心の中で訴える。なんて誰もが茫然としていると、どこからともなく拍手音が聞こえてきた。
その拍手してくる方を見れば、ガズトロキルスの後ろ、すなわちトイレから黒ずくめで笑顔の仮面を被った男が出てきた。これに見覚えがあるのはキリだけで、彼は男を睨むように見る。
「いやはや。スター・トレジャーのチーム最下位の名を知っている者がいないと思っていれば、このあり様です。きみはすごいっ!」
男はガズトロキルスを褒め称える。ガズトロキルスは少し照れくさそうな表情を見せるが、照れている場合ではない。こいつは危険な人物なのだから。
「お前か? こんなことをしたのは」
そうキリが言うと、謎の男はこちらの方を見てきた。
「おやおや、少女みたいな少年がいると思えば。その声はキリ君でしたか。あなた、半年で随分と外見が変わりましたよねぇ」
なぜに自分の名前を知っているのだろうか、と疑問を持つが、こいつはマッドを従えていた男だ。故にディースとのつながりがあってもおかしくはなかった。
「まあ、もっともそれを手にしている時点でわかりきった話でしょうがね」
「ご託はいいっ! 何しに来た!?」
キリは歯車の剣を男に向かって構え直した。その気迫につられるようにして、ガズトロキルスは身構え、マティルダたちは銃砲を構える。
「何、と言われましてもね。実験ですよ、実験。この実験、すばらしいと思いませんか? まだ、試運転なのですが、人の病気をいとも簡単に治せるこの医者いらず! まあ、自爆起動が作動してしまったんで、もうどうしようもありませんが」
「だからと言って――」
「犠牲はたったの一人でしょう? それの何がおかしいと言うんですか?」
言葉を遮る男のその発言に何も言えなくなってしまう。奥歯を噛みしめていると、男はどこかへと行こうとした。キリは剣を手にして追いかけようとするが「いいんですか?」と振り返って指差した。それに立ち止まる。
「私はオリジン計画の第一人者ですよ? 私の一言でたくさんのMADたちがあなたたちの眼前に現れるんですよ?」
「MAD!?」
「あなたたちの言葉で言うならば、異形生命体と言えば正しいでしょうね」
男の発言にキリは剣を元のアクセサリーの形に戻してしまった。状況を考えれば無難な選択であろう。ここは青の王国でもないし、他国である。滅多な騒ぎを起こせば強制送還されるし、何よりこれは事実の改変がなかったことになる過去の歯車である。倒しても、復活するのは目に見えていた。
「賢い選択です。ねえ、キリ君」
キリをばかにしたように男はその場を立ち去っていってしまう。何もできなかった自分が恨めしいと思うのだった。
◆
爆発の騒ぎを受けて人や見回りの軍人たちが来る前に、と六人はその場から離れ、アレンとエマを降ろした。
「みなさん、ありがとうございました」
アレンは四人に深く頭を下げた。
「このご恩は一生忘れません。僕とエマは妻の分まで頑張って生きます」
「ええ、お二人方もお元気で」
マティルダはエマに小さく手を振る。それに手を振り返してくれた。
「それじゃあ……あっ、デベッガ君。エマにゴムをありがとうね」
「いえ、そんな」
「ありがとぉ、おにいちゃん」
エマはもう一度キリにお礼を言うと、すてきな笑顔を見せてくれた。それに頬を緩ませると、アレンが彼女を抱きかかえて「きみにはやらないからねっ!」と盛大な勘違いをしてくる。これに三人がこちらの方をじっと見てきてこう言うのだ。
「だってよ」
「だそうよ」
「だそうです」
「いや、なんか俺、ロリコンになってません!? ていうか、俺ノーマルだから!!」
そう叫ぶキリの声は周辺にこだまするのだった。




