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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第二章 回天動地
36/96

予告

 結局あの手紙がなんであるのか気になったメアリーは、ハインから送られてきた手紙を一通だけ持ってきてしまった。彼からはあの箱に入った分だけ大量にあったからだ。それもすべて自分宛てに送られた物である。こっそり持ってきたのはいいものの、内容が怖くて開けられそうにない。


【今度私と文通しませんか?】


 式典の際に言った言葉を思い出す。ハインが皇妃を殺したせいでうやむやになった話だ。彼はおそらくそのことでずっと自分に送ってきていたんだろうと思う。


 メアリーは複雑な思いで鏡台の前で金色の髪をといていた。今日の準備をしなければならないのに、手紙の内容が気になって仕方ないのだ。自分の部屋なのに、周りを見た。誰もいないはずの自室。それでも、誰もいないことを確認してしまう。


「いないよね?」


 まだ開けられていない封を開けた。封筒の中には一枚の便箋が入っているようだ。


『いつになったらお返事をくれるでしょうか。私はあなたのお返事をずっとお待ちしているのですが。私はあなたと会話がしたいのです。あのときのように私に優しく接してくれたあなたが恋しいのです。そう、恋しいからこそお迎えに上がりに行きますね。』


 読んで後悔してしまった。封をされていたときよりも、さらに不気味さを煽ってくる。


 それ自体を見るのを恐れたメアリーは自分の机の引き出しの奥へと詰め込み、考えないようにした。急いで身支度をする。今日はテレビの取材が入っているのだから。


     ◆


 王城の方へとやって来たキリはゲストルーム前を通った。その部屋にはメアリーを取材するために入城していたテレビ取材者たちがいる。機材類が見えていた。


――ここで取材でもするのかな?


 なんて考えながら応接室へと向かうと、そこには珍しくパンツスタイルのマティルダがいた。どうやら、ここには彼女だけのようである。


「来ましたわね」


「うん。そうだけど、他のみんなは?」


「ソフィアとフェリシアは後で来ますわ。ワイアットは別件ですの」


「そうなんだ」


「ただ、ケイとザイツさんは朝からどこにもいなくて。だから、ワイアットに捜させているんですの」


 不満垂れたようなその言い方をするマティルダは口を尖らせていた。それにキリは苦笑いする。


「ザイツはわからなくもないけれども、シルヴェスターもいないなんて珍しいな」


「本当ですわ。ところで、デベッガさん。今回の取材での護衛において、こちらに着替えていただけませんか?」


 そう言うマティルダの手にはキリと同様のサイズの学校の男子座学用制服に近しい物があった。それは彼女が着ている物とは開きだけが違うが、同じ物である。彼はそれを受け取った。


「うん」


 渡された服を応接室の奥のにある小部屋で着替えてみるが、校内にいるときと対して変わらない感覚だった。ある程度は慣れた感覚の方が緊張しなくてもいいかと思うことにした。


 キリは着替え終わって、マティルダに「そう言えば」と視線をゲストルームの方へと向けた。


「取材ってそこ通って来たけど、ゲストルームでもするの?」


「だと思うんですが……」


 キリの質問にマティルダは確信がないのか、目を泳がせた。それが気になる彼は「別の場所に変更になった?」と訊いてみた。


「場所変更はよくあるのかな?」


「それが、向こうの方は場所はこちらで決めるからメアリー様を出せ、と」


「なんでら、姫様が?」


「おそらくと思いますが、メアリー様を実際に見て場所を決めたいんでしょうね」


「それ、いいの?」


「私にはわかりませんけど、これが撮影禁止の場所になっているリストですわ」


 そう言ってマティルダがキリに二枚の書類を渡してきた。そこに記載されているリストの数は多かった。


「じゃあ、ボールドウィン的にはゲストルームで済ませたい感じ?」


「済ませたい、というか。確かにここは私やケイたちの寝床はあるにしろ、所有は国王様ですのよ? だから、どこでもとされるのが一番怖いの。おそらくは向こうもわかってはくれると思うんですけどね」


「なるほどなぁ」


 そのリストを返した途端に、応接室のドアにノックがかかった。マティルダが返事をすると、そこへやって来たのは取材をしにきた者たちである。二人の男性だった。


「いかがなされました?」


 あまり彼らに対していい顔を見せないマティルダに、男性の一人が「いやね」と声を上げた。


「先ほど、学徒隊員の子が通ったみたいだから。ああ、きみでしょ? 茶髪のきみ」


 その男性に指を差されたキリは怪訝そうな表情を見せた。


「いや、きみってあれでしょ? 平民からの三銃士軍団に入団した子。噂じゃあ、あと二人いるって聞いたけど」


 ハイチとヴィンのことだろう。ハイチはもう学徒隊を辞めているのだが、そのことについてはあまり口出しをしない方がいいのかもしれない。だとしても、彼がこの場にいなくてもよかったのかもしれない。ハイチの場合だと調子に乗るか、取材陣に対してけんかを売りそうな気がしてたまらないからだ。だが、流石の彼の年齢から考えて、そういう大人げないことはしないだろうが。


「二人に関しましては、今日は休暇ですわ」


 一応は事情を知っているマティルダがそう答える。ヴィンのこともあえて誤魔化したようだ。


「そうなんですか? まあいいや、きみ。ちょっとさ、王女様が来るまでお話したいんだけど」


「俺ですか?」


「そうそう! まだ、小一時間ほど時間があるでしょ?」


 そう言う男性に対し、キリはマティルダを見た。勝手に自分で決めていいのかわからないような視線を送る。彼のその視線に「ソフィアたちも来ていませんし、いいですわ」と許可を出した。


「だ、そうです」


「よしよし! じゃあ、カメラとか向こうにあるから行こうか」


「えっ!? か、カメラって……?」


「何? 別に困ることじゃないでしょ? むしろ、きみの人気は上がると思うよ? 平民三銃士軍団員が語る王国軍の裏側! とかね」


 なんて強引に連れ出されて行ってしまったキリ。その場に残ったマティルダはため息をつくのだった。


「変なことを仰らなければいいんですけどね」


     ◆


 半ば強引にゲストルームへと連れてこられたキリ。ヴィンに撮られる写真用のカメラと違って、こちらは映像用の物である。当然そのような物に慣れていない彼は落ち着きがない。緊張し過ぎて肩が強張った様子だった。


「きみ、緊張しているの?」


「は、はい」


 緊張しない方がどうかしている、とキリは思う。


「ははっ、リラックス、リラックス。きみに詳しく訊くのは三銃士軍団に入団したきっかけと学徒隊としての任務についてなんだよね。じゃあ、まずはきみの名前を教えてくれる? ついでにもう二人の団員も」


「……私はキリ・デベッガです。で、一人はハイチ・キンバーっていう方です。もう一人はヴィン・ザイツです。任務は、まあ潜入捜査とか土地調査とか」


「なるほど。それが三銃士軍団の証ってやつかな?」


「あっ、はい」


 キリは取材記者たちに見えるようにして三銃士軍団の証の記章を見せた。彼らはそれを見ていたが、隣にある物にも気になる様子。それについて訊ねてくるため、それにも答えてあげた。


「これは紅武闘勲章です」


「本物!?」


 迫るようにして訊ねてくるものだから、キリは戸惑いを隠せない様子である。


「そうですけど」


「うわっ! 本物初めて見た! ええっ!? これ、いつもらったの!?」


「とある任務後です」


「任務!? 学徒隊の任務で!?」


 キリは頷く。


「はぁ。ちなみになんだけど、その三銃士軍団の証はいつもらったの?」


「け、建国記念式典の後です」


「……ねぇ、ちょっと、その話を詳しく訊いてもいい?」


 急に取材記者たちは周りに誰もいないのを確認すると、こっそりと訊いてきた。これにキリは眉根を寄せる。


「皇妃を殺したのはハイン皇子だけれども、この事件で学徒隊員の裏切り者がいたっていうタレコミがあったんだけど、知ってる? 軍にも学校にも取材をしたことがあるけどそれについてはいつもノーコメントなんだよ」


「そうそう、この前のサバイバル・シミュレーションで人類初のヴァーチャルの世界に行ったんだよね? そのときもコンピュータウィルスが侵入して、何人かの学徒隊員たちが記憶障害を起こしているって聞いたんだけど、こっちも裏切り者がいたんでしょ?」


 キリならば知っていると見越して訊いたのだろうが、そのことについて言ってもいいものかわからないのが事実なのである。彼自身や一部の者は真実を知っているのだが、世間は全く知らないのだ。というよりも、その事実に自分が大きく関わっているから言いたくない。目立つ気にはならないのだった。


「俺――わ、私もよく知らないんですよ。だから、何もお答えすることができなくて……」


 本当は知っている。裏切り者と見た学徒隊員の正体はマッドだ。しかも、彼は自分と同じ顔をした存在――いや、ディースは言っていた。キリの遺伝子から作り上げたコピーの存在だと。そんなこと、言えるはずもない。


「本当に知らないの?」


「はい」


「本当の本当に?」


 しつこいくらいに訊いてくる。それにキリはうんざりしていた。


「知りませんってば」


「ははっ、これだけあげるから教えてよ」


 取材記者の一人がメモ帳みたいな物を取り出すと、そこにペンで数字のゼロを数えなくてはわからないほど書いて見せた。どうやら小切手の様子。


「これだけのお金、あげるよ。いくら、学徒隊だろうと、報酬金も限度があるんでしょ?」


 その数字を見ただけで、キリは目が眩みそうになった。今の彼は金欠状態であるのだから。だが、そのような誘惑で負けていてはいけないと思ったのか、首を横に振った。


「要りません」


 そう断るも、交渉をし続けてくる。その度に断るキリ。


 やがて、お金でどうにもならないとわかったのか――取材者は諦めたように、大きくわざとらしいため息をついた。


「あのね、こっちは世間に情報を伝えるためにお仕事をしているの。きみたちは僕たちが納める税金で楽しているんでしょ? だから、僕たちは本当のことを知る必要があると思うんだけどねぇ?」


 言葉の誘導作戦なのだろうか。鼻につくような物言いにキリの苛立ちは隠せなかった。


「……ですが、そのことについては本当に何も知らないんです」


「いやいや、何も知らないっておかしいでしょ。きみは建国式典で活躍したから三銃士軍団員になれたんじゃないの? 違う?」


「それは事実ですが……」


「じゃあ、知っていることくらいあるでしょ? 公に出ていない事実がさぁ」


 二人の言葉に、眉間にしわを寄せるキリは服の下に隠している過去の歯車が頭に過った。彼らが言及しなければいいのに。そう思った。キリにとって、この場から離れたい気持ちでいっぱいだったのだ。一瞬だけでもいい。逃げる隙が欲しい。


「本当に知らないです! あの、忙しいんで失礼します!」


「……はい」


 事実が改変されている内にゲストルームを退散するキリ。部屋を出た瞬間に中から「あれ?」と声が聞こえる。向こうが追いかけてくる前に逃げなければ!


 先ほどの応接室の方に行くか? いや、彼らがやって来る可能性がある。別の場所と言われても、まだ王城内について詳しくないキリは逃げられそうな場所へと駆け込むしかなかった。


 別のゲストルームだと思って飛び込んだ場所は城内の使用人たちの休憩室だった。しかも女性ばかりがいる。こちらの方をびっくりしたような顔で見ていた。


「あ、あなたって……」


「す、すみません、実は――」


「あの子、どこ行ったの!?」


 廊下の向こう側から聞こえる取材記者たちの声。


「ごめんなさい! お――ぼ、僕を匿ってくれませんか!?」


 キリの焦りようからして、ただ事ではないと見込んだ一人の使用人が掃除道具入れに入るように促した。そこへと詰め込まれるようにして入れられるも妙に生臭い。ここ、絶対に洗っていない雑巾があるだろ。


 取材陣の彼らの声が近付いてきた。やはり自分を探している様子。このまま終わるまでやり過ごしてもいいのだが、メアリーの取材中は存在をさらし出さなければならないのだ。取材陣の者たちがこちらの方を訊こうとしなければいいのだが――。


 なんて考えていると、掃除道具入れからノックが聞こえてきた。勝手に開けられる。


「もう、行かれましたよ」


「ああ、ありがとうございます」


「先ほどの方たちは王女様の取材に来られた方たちですよね? なぜにデベッガさんをお探しに?」


「いえね、僕にも知らないことをしつこく訊いてこられて逃げ出してきたんですよ」


 息を吐きながら、そこから出てきた。すると、その部屋にいた女性が何かを閃いた様子。


「それならば、時間までこれをいかがでしょうか?」


 使用人はある物をすぐに持ってきた。その手の物を見て、キリは顔を引きつらせる。すぐにそれを否定するも、彼女たちは「いいわ」と大賛成。強引にその作戦でいこうとするのだ。いや、よくないし。


「意外と俯いていれば平気ですよ。それに長いからこれの上から着ればいいんですし」


「で、でも――」


     ◆


 女性の使用人の者たちにするべきだ、と強引に促されたキリは彼女たちと同じようなワンピース型の紺色の制服を着ていた。服の下にはあの服を着用している。更にスカート部分はロングになっており、下に履いているスラックスは一応見えない状態になっていた。頭には茶色の長い髪のかつらを被って――そう、すなわち女装をしているのだ。


「……ごめんなさい、なんか」


 思ったより似合ってないとでも思っているのか、この提案をしてきた使用人が頭を下げてきた。


「そう思うなら、他の案はなかったんですか」


「いや、あなたって、そこまでゴツくないからいけると思ったんですよ。でも、やっぱり違和感がありますね」


 別の提案を募ろうなんて考えちゃいない。なんとかなるとという謎理論で使用人たちはキリを応接室へと行かせようとするが、彼はこの部屋から出たがらない。当然だ、こんな格好で城内を闊歩するなど。他の知り合いなどに見られたくもないのに。


「大丈夫ですよ。黙って下向いていればいいんですし」


「いや、おかしくないですか、それ」


 意外にも力が強いのか女性使用人たちに押され、キリは休憩室から半ば追い出された。もしかして、自分のことを厄介者だとでも思っていたのか。そうだとするならば、完全に落ち込む彼はマティルダのもとへと向かうしかなかった。


 応接室とゲストルームも近いということもあり、部屋の廊下では取材記者たちがキリを探し出している。彼らに話しかけられず、応接室に辿り着くまでが勝負なのだ。話しかけられませんように。なんて強く願う。


「あっ、すみませーん」


――こういうときだけが一番つらいと思う。


 願いは叶わず。キリが心の中で舌打ちをした。


「向こうから来られましたよね? 三銃士軍団の男の子、いませんでした?」


「い、いえ」


 我ながら裏声は難しいなと表情を引きつらせた。顔は上げない。ずっと下げたまま。これで何もなければ。そうその場を通り過ぎようとするが、まだ話を終わらせてはくれない。こんちくしょう。


「あの、あっちの方に我々行ってみたいんですけど、できますかね?」


――知らねぇよっ!


 おそらく行けないだろうという自己判断で「申し訳ありません」と断りを入れて応接室へと急いで入った。入室すれば、マティルダだけではなく、ソフィアとフェリシアも来ていた。彼女たちは女装キリを見て目を丸くする。


「どなた?」


「しっ!」


 口元に人差し指を立てた。これで彼らが入室してくることはあるまい。そっとドアに耳を立てて静かな様子だと安心すると、キリはかつらを取った。これにより三人は更なる驚きを隠せない。


「何をしているんですの!?」


「お、おい、あんまり大きな声を出さないでくれよ!」


「まさか、デベッガにそんな趣味があろうとは……」


「だから、違うって。本当にお願い。そんな目で俺を見ないで」


 事情を説明しようとするにも、彼女たちは自分の話を聞こうともしてくれなかった。まるで変態を見るかのような目でキリを見る。


「それ、似合うと思ってやっているのかしら?」


「思わねぇよ! 頼むから人の話を聞いてくれ!」


「聞きたくないよ、変態の言い訳なんて」


「俺、変態じゃねぇし!」


「…………」


「…………」


「…………」


 そうキリが反論をするのだが、彼女たちは互いに顔を見合わせて眉根をひそめていた。何も言わずして、ただ単にこちらへ近寄るなという無言のアピールをしている。


「ごめんっ! そこは何でもいいから反応が欲しかった! 無言はキツイ! 俺の精神に堪えるから、頼むから何か言って!」


「……だって、ねぇ」


「そうねぇ」


 これでは埒が明かない、とキリは上に着ている制服のスカートの下を見せた。これにより、彼女たちはより一層に邪険扱いをするような目付きへと変えるのだった。


「ほら、これっ! 使用人の人たちから借りたんだってば!」


「だとしても、その格好でその行動だけは止めていただけません!?」


「そうよ! それだから、きみは変態だって言われるの!」


「うるさいな! 膝下までしか捲ってないだろうがっ! って、それどういう意味!?」


 あまりにも騒ぎ過ぎたのか、突然に応接室のドアが勢いよく開かれた。ドアを開けたのはエレノアである。


「うるさいね! 隣でお茶タイムをしていたのに……」


 そう途中でエレノアは押し黙った。今のキリの姿、格好を見て。


 そして勢いよく開かれたドアは勝手にゆっくりと閉まっていき、エレノア退室――ではなく、二度見するかのようにもう一度開けた。


「なっ!?」


 ああ、もうとでも言うように、キリはエレノア自身も応接室に連れ込んだ。


「な、何をするんだい!? もしかして、貴様は熟女が好きなのかい!?」


「ごめんなさい! エレノア様の言っている意味が僕にはわかんないです! いや、わかりたくもないですから!」


 これ以上、ややこしくならないためにもキリは説明をした。彼女たちがなんとか納得してくれるまでその状態で何度も説明をし続けるしかないのである。


     ◆


「はぁーん、なるほどね。全く、紛らわしいにもほどがあるよ」


「も、申し訳ございません」


 自分は何も悪くないはずなのに、どうして謝っているんだろうか。なぜか正座を強要されたキリは暗い表情になっていた。


「とにかく、その格好もなんだし。脱いでくれないか?」


 ソフィアが目線の置き場を気にしているらしい。キリは返事をすると、応接室の奥で脱いできた。片手には紺色のロングワンピース型の制服にかつらがある。


「そういうのはどこで手に入れたんだい」


「使用人の人たちの休憩室にあったようです」


「ああ、これ私知っています」


 フェリシアは先ほどまでキリが被っていたかつらを手に取ってそう言った。


「ずっと前に使用人たちの演芸か何かで使われていた物ですね」


「え、お城の人たちって普段何してんの?」


 演芸だなんて、そのようなことをするとは思ってもいなかったキリは苦笑いをするしかない。というか、これ以外の表情を作れという方が無茶である。


「でも、今度の演芸会で貴様がそれをすればいいんじゃないのかい? いつもより大受けするんじゃないのかい?」


――いつも!? 何この人! この人も参加者!?


「エレノア様が率先してやられてらっしゃるわ」


 マティルダがこっそり教えてくれた。まさかの衝撃的事実に唖然としていると、応接室にノックがかかった。そこから入室してきたのはキリをしつこく追っていた取材記者たちである。彼らの姿を見て、急いで手に持っていた物を後ろに隠す。


「どうされましたか?」


 取材陣の者たちの登場にソフィアが訊ねた。


「いえ。そろそろ、お時間ですよね?」


 その言葉にマティルダは部屋にあった時計を見た。確かに彼らの言う通りである。時間を確認した彼女は「呼んできます」と言い残してその場を後にした。


 それを機にゲストルームに戻って待っていればいいものを。取材者たちはその場に留まる。じっとキリの方を見てくる。体に穴が空きそうなぐらいに見てくる。絶対に受けていた取材から逃げたのが原因だ。とでも言わんばかりに威圧感があるような視線を送ってくる。後ろにある物なんて絶対に見せられない。これをどうしようかと悩んでいると、急に手元が軽くなった。


「私が戻してくるよ」


 エレノアの計らいにより、キリは一安心した。だが、彼女が手に持った瞬間に彼らはすぐに気付いた。


「すみません、それって……」


「…………」


 誰もが黙る。とても気まずい空気が漂い始めた。エレノアに向けられた視線はこちらへと戻ってくる。ああ、もう完全にバレてしまった。視線を泳がすキリ。そんなカオス的状況に「お待たせしました」とメアリーがやって来た。


 このとき、キリはそんなメアリーがまさに救世主だと思った。こんな危機的状況の中、空気を壊しに来てくれたのだ。ありがたい他ない。


「えっと、あちらのゲストルームでの取材ですよね?」


「は、はい! そう考えていたのですが……」


 メアリーのその姿を見て、取材記者たちは顔を赤らめた。ウェーブのかかった金色の髪に映えるような青色のリボンと昨日キリが渡したイヤリング。体をまとっている薄い青色のドレスには思わず見惚れてしまう。流石、一国の王女。間近で見るその姿は麗しい。だからこそ、彼らは――。


「ここでカメラを回すのはあまりにも陳腐過ぎます。もっと別の場所で取材をしたいのですが」


 メアリーにとって一番相応しいような場所で取材をしたいと申し出てくる。マティルダは撮影禁止の場所リストを手に取った。


「たとえば、どのような場所をご希望ですか?」


 なんて言いつつも、ぺらぺらと紙を捲る。取材できるような場所なんてほとんどと言っていいほどないのに。


「謁見の間はどうですか? こう、いい感じな雰囲気が出ますよ」


「式典の際の事故で修復中ですわ」


「王女様のお部屋とかはどうでしょう?」


「プライベートに関わることです。ダメですわ」


「どこか、煌びやかな場所ってないんですか!?」


「あなたたちに与えられているのはここかゲストルームのみのようです。エントランスや中庭は軍の者たちが行き交う場所でもありますし、嫌でしょう?」


 選択肢がないと言われ、落胆を見せる取材者たち。それにメアリーが慰めようと声をかけようとするが、エレノアに止められた。


「あ」


 そうしていると、取材者の一人が声を上げる。何かいい案でも思いついたのだろうか。


「プロデさん、あそこはどうですか? ほら、北通りにある家具屋さん」


「ああ、いいなそこ! そこに行きませんか!?」


 プロデと呼ばれた彼はメアリーにそう言った。彼女は一人で決めることにためらいがあるのか、マティルダとキリの方を見た。二人は顔を見合わせる。マティルダはあまりいい顔をしない様子であった。


「ここではダメなんですか?」


「こんなにお美しい王女様であるならば、もっとちゃんとした場所の確保が要ります!」


 プロデは是が非でも北通りにある家具屋で取材をしたいらしい。


「申し訳ありませんが、護衛の人数が足りないんですの。だから、ここが一番安全なのですが」


「平気でしょ。そこに紅武闘勲章を持った心強い味方がいるんですし」


 そういう問題ではないのだが、とマティルダは言うのだが、彼らは一向に食い下がらない。


「あの、メアリー様の安全を考えた上でしてもらわないと困るのですが」


 取材陣に対してソフィアやフェリシアが対抗し出してきた。エレノアもその通りだと言わんばかりに彼らを見ている。


「だから、それが心配なら城にいる人たちを集めてきたらいいじゃないですか。手が空いている軍人さん、いないわけじゃないんでしょう?」


「で、ですが――」


「いいんですか? あんな質素な部屋を背景に王女様を撮っても。そもそも、あそこだと景観を損ねているんですよ。全く王族らしくない雰囲気の部屋ですよね? 家具の値段は高そうですけれども。前に見たことのある謁見の間の方がとても煌びやかでしたよ」


「あ、あの、私はゲストルームでもここでも構わないんですが……」


 むしろ、高飛車な雰囲気が出なくてもいいとメアリーは主張する。


「……わかりましたよ。それならば、後これだけ出しましょうか」


 そう言ってプロデが見せたのは先ほど、キリに見せた数字のゼロがいっぱいついた数字の羅列。元の取材料の更に上乗せするらしい。それでも断るマティルダたち。だが、それが彼らの策略。


「そうですか、流石は王族ですね。軍事費を国民から税金で搾るだけ搾り取って、まだ足りないと言いますか。やはり、こういう方たちはお金の亡者ですね。わかりましたよ、ええ。今回の取材はなしで、『王族は金の亡者』とでも放送しましょうかね」


 卑怯な手立てだとキリは思った。助けてやりたい、この過去の歯車で。しかし、効果は一瞬だけ。自分みたいに逃げることができないのだ。


 そう誰もが戸惑っていると、メアリーが「わかりました、お金は要りません」と言う。これに一同は驚きを隠せない。


「北通りの家具屋さんに行きましょう。そこで取材を受けます」


「め、メアリー様!?」


 場所変更にも色々と問題が出てくるのに。マティルダが困惑するがメアリーは「大丈夫」と言う。


「また何かあったとき、デベッガ君が助けてくれるから」


 プロデたちに聞こえないようにメアリーはそう言った。キリの方を見ると、彼は目を丸くする。


――大丈夫、お城でなくともデベッガ君がいるから。


     ◆


 その頃、ケイとヴィンはキャリーの家へと向かっていた。王都から外れたどこかみすぼらしい町中を歩く。ヴィンに言われて古い服を着てはいるが、視線を感じる。何やら外から建物の中からこちらを見る人々たちがいた。


「ザイツ」


 あまりにも気になるのか、ケイは声をかけた。


「うーん、これは団長の雰囲気が原因だろうね」


「俺か?」


「だって服はボロくても、貴族らしい品はあるんだもの。そりゃ、みんなが見るわけだ」


 自分自身の佇まいが原因だと言われた。納得のいかない様子で歩いていると――ふと、後ろから誰かが着けてきていることに気付いた。


「おい、お前の言う人の家は後どれくらいだ?」


「えっと、十分も経たない場所に……あ、ああ」


 ヴィンも察知したのか、眉間にしわを寄せた。いる、確実に。こちらを着けてきている誰かが。


「下手に動けないな。こりゃ」


 今、自分たちはとても目立っている。周りに溶け込めていないせいで、注目を浴びている。後ろにいる者が何者なのか。


「どこか……」


 一時的に身を隠す場所はないだろうかとケイが目で探していると、前の方に見慣れた人の姿を見つけた。あの後ろ姿はハイチである。彼は路地の方へと入っていった。なぜ、ここにという疑問もあったが、今は後ろを着けてきている者を撒かなければならない。ヴィンにこっそりと伝えた。


「さっき、キンバーさんが見えた。助けてもらおう」


「えっ? いや、団長……」


 ヴィンが静止をかける前に、ケイはハイチが入っていった路地の方へと入る。慌てて追いかける。後ろからの者もこちらへと来ていた。


「あれ?」


 路地には入ったものの、ハイチの姿はなかった。それどころか、物騒な物を手にした者たちと出会ってしまったではないか。全身黒ずくめに製造登録がない武器類を手にしている。彼らはじっと二人を見ている。すごく嫌な予感しかない。自然にそんな彼らと同様の者たちが集まってきた。前からも、後ろからも。絶対に逃げられない。そんな確信が頭の隅にあった。


「何か、ご用ですかぁ?」


 一人が若干ケイたちをばかにしたようにそう訊ねてきた。


「ここに、背の高い男が通らなかったか?」


 駄目元でその者たちに訊ね返すケイ。それを一同に笑われた。何がおかしいのか。それに睨む。


「背の高い男だってよ」


「ああ、あいつのことじゃね?」


「ははっ、だったら教えてあげてもいいですよぉ?」


「じ、じゃあ――」


 ケイの口に銃口を向けられた。まるでしゃべるなとでも言っているようだ。


「そこの眼鏡がキャリー・オハラの居場所をしゃべったらな」


 キャリーの名前を聞いた瞬間に二人は後頭部を殴られ――意識を失ってしまった。


     ◆


 ケイが目を覚ましたときは硬い地面の上でうつ伏せになって転がっていた。両手両足の自由が利かない。それだから、今自分が置かれている状況がどうなっているのかいまいち把握できない。


 周りから音は聞こえない。そうだ、ヴィンはどこにいるのだろうか。


「ザイツ、いるか?」


「起きたかい、団長」


 自分の左の方から声が聞こえた。どうやら、そこにいるらしい。


「何が起きた?」


「よくわからないけど、一つだけわかるのは私も団長も手足の自由が利かないことだね。縛られている」


 つまりはあの黒ずくめの連中に捕まったらしい。それならば、ここはどこだろうか。下が床ではなく地面だということはわかる。においは――地面の砂臭さがある。いや、僅かに工業用の油のにおいがした。顔を動かせるだけ、動かしてみた。見える範囲で窓のない建物のようである。


 広くもなく、狭くもない。何もない場所。


「どこだ? ここ」


「さぁ?」


 質問に答えるヴィンもここがどこかわからないらしい。


 この状況をどうにか打破せねば。対策を考えていると、後ろの方から低い音が聞こえてきた。何の音だろうかと思えば、人の足音が聞こえてくるようである。


「こいつらです。未来のコンパスの在処を知っている連中は」


 人の気配からして数名。その内、一人はリーダー格だろうか。横目で見ると、あの黒ずくめの者たちに囲まれて一人だけ妙な仮面――そう、地下博奕闘技場での係員がしていた、ケイがしていた怒った表情の仮面である。


 その人物はケイの頭を掴んだ。髪の毛を引っ張られて顔を歪める。


「キャリー・オハラはどこへ行ったか教えろ」


「……俺が知るか」


 ケイがそう答えると、掴んでいた手を離す。地面に頭を強打した。


「こっちが知らないなら、こっちが知っているか?」


 仮面の人物はヴィンの方に顔を向ける。


「知っているんだろう? 一緒に逃げていたからな」


「何の話だ?」


「お前、前にあの女の家に来ていたじゃないか」


「は?」


 ヴィン自身も話が掴めないらしい。これに対して、その仮面の人物はケイの頭を踏みつけた。


「正直に答えろ。いたんだろ? キリ・デベッガと」


 仮面の人物の発言に二人は驚きを隠せない。ヴィンがキリとキャリーに会いに行っていた? いつ? ケイにとってそちらの方の驚きが強過ぎて頭を踏みつけられていることを忘れるほどだった。


「私が、デベッガ君と?」


「とぼけたふりでもしているのか? 別にそれでもいいけどな。言わなければ、キリ・デベッガから訊き出せばいいだけの話だし、お前らは用済みだ」


 そう言い放つと、仮面の人物はケイから足を退かして「そろそろ時間だ」と周りに言い聞かせる。二人はそのまま放置された状態で、彼らは立ち去って行ってしまった。


 ケイはヴィンに呼びかけた。


「デベッガと行ったと言っていたが――」


「そんな、記憶にないよ」


 ヴィンの表情は見えない。だが、声音は嘘をついているようには思えなかった。それではどうして、あの男たちはキリと一緒に行っただなんて言ったのか。


『キリ・デベッガに記憶を変えられる』


 不意にヴィンの汚い字を思い出した。


――もしも……?


「……その事実がデベッガに記憶を変えられる前の事実だとしたら?」


 ヴィンからは何も答えはない。ただ、終始無言状態が続いていた。そんな彼がケイに何かしら言おうとしたとき、二人の鼻に焦げるようなにおいがしてきた。不愉快なにおいだ。


「何か、におわないかい?」


「ここに来たときからだろ」


 原因をケイはわかっていた。自分たちのいる場所を燃やされているんだ、と。彼のその回答にヴィンはなぜなのか即座に理解した。


 崩れるような音が外から聞こえるようになった。周りの壁が軋むような音が聞こえてくる。


「だ、団長、どうすればいいんだい?」


「この状況じゃ、どうしようもない」


 ケイはどうにかして起き上がろうと、もがいて――ようやく地面に座ることならできた。焦げのにおいはどんどんと押し寄せてくる。自分たちがいる場所には何もない。せめて、足の縄が解けさえすれば!


 連絡通信端末機は没収されているようだ。助けを求めることすらもできない。壁に窓はない。唯一、出入り口が一つあるだけ。


「クソっ!」


 一切の手立てがない状態に苛立ちを隠せないケイがヴィンの方を見ると――。


 ヴィンはいつの間にか裸足だった。括りつけられていた縄を解いている様子。そして、両手も後ろに縛られていたはずなのに、前の方に持ってきて歯で解こうとしていた。


「ふぁんふょー、ひょっふぉはっへへひゅひゃひゃひ」


「いつの間にっ!?」


「ぐわっ、この縄堅い! 千切れない!」


「いや、足はどうやってしたんだ!? まさか、靴を脱いだだけで解けたとか!?」


「元々が学校のコンバットブーツだしね。団長はそうでなくとも解けないよ」


 それはわかっているが、なんとも器用なやつだと逆に呆れ返っていると、建物のドアが蹴破られた。そこに入ってきたのはワイアットである。


「ケイさん、ザイツさん!」


「ワイアット!? どうしてここに!?」


「それは後で言います。ザイツさんは走れますか?」


「うん、一応は」


 ヴィンがそう答えると、ワイアットはケイを担ぎ上げて入り口に向かって走り出す。そのあとに彼も走り続くが裸足のため、焼けた場所を走り、一人てんわやんわとしていた。


 火に包まれた建物から出た瞬間に王都中に国民緊急サイレンが鳴り響いた。突然に彼らは立ち止まってしまう。


「さ、サイレン!?」


「僕、嫌な予感しかしません。急いで王城へ戻りましょう!」


     ◇


 取材者たちの意向を引き受け入れたメアリーは、北通りにある高級家具店にいた。その店の前にはキリとソフィアが見張りをしている。中の方ではマティルダとフェリシアがいた。ただ、彼ら三銃士軍団員だけでは心もとないと判断したのか、幾人かの精鋭部隊員が動員されていた。彼らは主に店の外に立つように指示が下っている。


 キリの隣には精鋭部隊員――南地域での東地区で土地調査に同行した班長がいた。


「元気にしていたか、デベッガ隊員」


「はい、お久しぶりです。班長」


 班長のあいさつに答えた。キリの変わらない様子に頷くと、途端に神妙な顔付きで「学徒隊長から聞いたか?」と訊ねられた。


「保護区にいた男がまた逃げたそうだ」


「えっ!?」


 そのようなことをキリは聞いていなかった。だからこそ、驚きを隠せないでいる。


「逃げたんですか? また」


「元々、縄抜けと脱走に関しては天才だよ。悪事を働くときが一番賢いやつだね」


「何か情報は?」


「いいや……」


 あまりにも衝撃的な事実にキリが何も言えなくなっていると、やたらと王城の方から人の声が騒がしく感じた。それは彼だけではない。護衛に来ていた者、取材に来て、この場で待機をしている者たちもそちらの方に注目していた。


「何事だ?」


 一人の隊員が様子を見てくる、と言い残してその場を離脱した瞬間だった。キリの足が何かに掴まれている感覚があったのだ。その足元を見ると、手が石畳の地面を突き破って出てきているではないか。その手がなんであるかすぐにわかった。


 そう思ったときはすでにキリは家具店の向かいの服屋のショーウインドウに突っ込んでいた。ガラスが割れる音に反応するように、誰もが振り返る。


 キリを投げた張本人である、人を捨てたバケモノ――異形生命体が地中より這い上がってきた。


 怒号と悲鳴そして、悪臭が一斉に沸き上がる。それに伴うようにして、周りに現れたのは黒ずくめの集団。キイ教徒を表す大きな真っ黒の旗を掲げて装甲車に乗車していた。


「反政府軍団!?」


 ソフィアの言葉に反応するように、キリは急いで突っ込んだ場所から出てきた。店先には異形生命体、道路の周りには反政府軍団。


「ひぃっ!?」


 プロデはそのバケモノを目の当たりにして腰を抜かしていた。急いで精鋭部隊員は編成を組み、一人が本部へと連絡を入れる。彼らは高級家具店の入り口を固める。それはメアリーを守るため。しかし、いくら精鋭部隊員と言えども、人外のパワーを持った怪物に敵うはずがない。そのまま押し潰されてしまった。このままでは彼女が危険だとキリは動いた。護衛用にと地面に落ちていた散弾銃を拾い上げると、それを撃ち続ける。だが、反政府軍団員が乗る装甲車に邪魔をされてしまった。


 後一歩のところで轢かれそうになった。その間を通る車内に怒りの表情を浮かべた仮面を被る者がキリを狙う。強引に服を引っ張り、車の中へと引き込ませた。その衝撃を利用して、仮面の人物に対して引き金を引くも大きく外れてしまう。


 そのまま装甲車を走らせる彼らはキリを殴り、武器を没収する。


「デベッガ!?」


 連れ去られていくキリを見てソフィアは叫ぶが、反政府軍団が邪魔をしてくる。この優雅である北通りは一気に銃撃戦へと発展してしまった。彼らが撃ち放つ銃撃に、店の建物は破壊されていく。なんとしてでもメアリーを守らなければ――!


 店の中へと強引に入っていく異形生命体の意識をこちらに向けるためにソフィアは引き金を引いた。弾丸はその堅い皮膚を貫通しなかったが、バケモノは彼女の方を見る。目と目が合い、怪物はソフィアを標的に追いかけ始めた。逃げる彼女は狭い路地の方に入るが、どこまでも追いかけてくる異形生命体は建物を破壊していく。さあ、どこまで持つだろうか。普通の、ある程度鍛練をしてきた己の体力は。


 その場にいなくなった異形なる者に感謝でもするかのように、反政府軍団員が運転する車両が高級家具店へと突っ込んだ。


「メアリー様!」


 マティルダの目に映った光景は、口元が欠けた悲しい表情の仮面を被った人物がメアリーを抱えているところだった。彼女はそれに必死に抵抗するも、仮面の者が強引に連れ込んで殴っているではないか。


 メアリーを助けるべく、手近にあったカメラ機材を手にしてその者たちへと攻撃を加えようとする。だが、何者かによって後頭部を殴られた。


「マティ!?」


 倒れるマティルダ。そんな彼女の隣には同様にその場に倒れているフェリシアが。


「フェリシアさん!?」


 メアリーは己の力で為す術もなく、その場から連れ去られてしまった。その直後にようやく国民緊急サイレンが鳴るのだった。


     ◇


 サイレン直後、国王エブラハムに一通の書状が手元にやって来た。差出人はハインからである。いつもの封筒ではないのが嫌な予感しかない。封筒の中にある書簡には短文が書かれていた。


『我らの信条に従い、黒の皇国及び、黄の民国は青の王国へ侵攻致す。メアリー女王はその生贄に値するだろう』


「こ、国王様……」


 この手紙内容を先に閲覧していた側近は不安を隠せない様子で見ていた。この文章を見てエブラハムはその書状をぐしゃぐしゃに丸める。


「大至急、外交官らに遣わせて武力なしで話を終わらせるようにしろ。そして、万が一に備えて我が国の総戦力を集めるようにしておけ」


「はい! 直ちに!」


 このことにエブラハムは憤怒していた。それは目の前にある手紙の束がすべてを物語っている。ハインからメアリーへの百数十通ものの手紙。内容は文通をしようという誘いだった。平然とあのような事件を散らかしておきながら。王都をめちゃくちゃにしておきながら。キイ教の過激派を放置させておきながら――。


――今度は同時侵攻だと!? 冗談じゃない!


「許さんぞ、ハイン皇子……!」

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