友人
連絡通信端末機の画面を見ながら、キリは住宅街のターミナルで王都行きの便を待っていた。その隣ではガズトロキルスがガンと連絡を取り合っているようだ。あの後、連絡先を交換したらしい。ハイネは工業の町への便へと乗ってしまったため、ここにはもういなかった。
「楽しいか?」
ガズトロキルスが画面を見て大笑いしていた。何がそんなにおかしいのか。キリもガンとはメールをよくするのだが、そこまで笑うほどの文章を送ってきたりはしないはずだ。それとも、彼の笑いの沸点が低いだけか。
「いや、『戦場の中心でバカヤローと叫ぶ』のセカンドシーズンのネタでな」
「なら知らないな。って、ガンもドラマ見るの?」
「最近、ネットワークで公開されているらしいからな。見てないの、多分キリだけ」
そう言われて少しばかり腑に落ちなさそうな表情を見せる。こればかりは仕方ない。一度だけ無理やり起こされて途中から見たが、自分にはどこが面白いものなのか、さっぱりわからなかったのだから。自分自身の笑いの沸点は他のみんなと違うのだろうか。どこか不安になってくる。
「し、仕方ないだろ? 正直言って、あれのどこが面白いのかわからないんだし」
「ていうか、キリの場合はテレビなんて見ない方が多いじゃん」
それはもっともな話である。キリ自身、滅多なことがない限りテレビは見ない方であった。見たとしても、ガズトロキルスが見ている番組をただ茫然と眺めるだけ。内容は耳からすり抜けることが多かった。
「悪かったな」
「いや、悪いわけじゃないけど。つーか、キリは誰と連絡取ってるの?」
ガズトロキルスはキリの端末機の画面を覗き込んでくる。それはメールの受信ボックスだった。
「ハルマチだよ。ここ最近連絡が全く取れないから」
――色々と話したいことがあるのに。
まだ学校の方にいるのだろうか。そう思いながらも、王都行きの便がやってきた。それに彼らは乗車する。今、キリは学校の方へは行けない。なぜなら、明日からメアリーに三銃士軍団員としての仕事があると言われているから。内容は貴族たちによるパーティーの参加及び、見回り。実質、見回りがメインになりそうなのだが。一応彼女からはガズトロキルスも誘って、と言われているのだが――。
「本当に行かなくていいの?」
「おう、俺は観光でもしているよ」
行かないならば、マティルダは残念そうにするだろう。それに、誘わなかったと自分が責められそうな気もする。
「ていうか、俺が行ってもしょうがないじゃん。ただの一般人がさ」
「いや、俺だって一般だよ。貴族じゃないし」
「お前は三銃士軍団だからじゃん。それだったら、俺はただの学徒隊だし」
「もっとも言えば、ガズはボールドウィンに好かれているじゃない」
そのことを言うと、ガズトロキルスは押し黙ってしまった。その妙に重苦しい空気は自分が原因か、とキリは悪びれた様子で黙ってしまう。
その長い沈黙の最中、突然ガズトロキルスが――。
「腹減ったな」
そう話題を変えてきた。連絡通信端末機の画面に時間が表示されているのを見て、キリは鼻で笑う。
「一時間前に食べたばっかりじゃねぇか」
◆
王都の西側にある町へとやって来たキリとガズトロキルス。その町にある宿へ荷物を置きに行く。キリは三銃士軍団用制服に三銃士軍団の証と紅武闘勲章を装着した。
一方でガズトロキルスは観光用のグルメガイドブックを手にしてわくわくとした様子で閲覧していた。彼のことを特に気にしなくても、一人で町中を楽しみそうである。
「キリ、見てみろよ。この店! 王都名物だってよ!」
本を開いて、その部分をキリの顔へと近付けた。だが、あまりにも近付き過ぎて内容が見えるはずもない。
「近い」
ゆっくりとガイドブックを引くと、確かに美味しそうな食べ物の写真がずらりと並んでいるではないか。どれもこれも見ているだけで涎が出てきそうだ。
「これ、全部食べるつもり?」
「おう」
「ここ、隣の町とかよりも商品の値段が高いってこと知ってるか?」
「おう」
そう返事をすると、ガズトロキルスはその場で頭を下げた。
「だから、お金貸してください」
流れはわかっていたはずだ。予想はしていた。だが、実際にそう言われると、何も言えなくなってしまうキリ。ため息をつくと、財布を取り出して「いくらだ?」と訊ねた。
「俺もあんまりお金ないからよ」
「これほど……」
ガズトロキルスは指を三本立てる。頭をちょっとだけ上げて見た。それに対して、キリは指を一本だけ立てる。これだけしか出さないらしい。
「お願いだっ! 貸してください!」
少しばかり妥協をしたのか、ガズトロキルスは指を二本にした。それでもキリは絶対に妥協はしない。指の数は一本である。
「ダメ。俺も俺で必要だから」
「……うう、全部食べられなかったら恨んでやる」
ぼそりと言うガズトロキルスのその発言がキリの耳へと入ってくるが、聞かなかったことにした。一々反応していると、きりがないからである。
キリは財布の中から紙幣を一枚だけ取り出して渡した。お金を受け取っている側なのにガズトロキルスの表情は全く浮かない様子である。
「なぁ、後もうちょっと、貸してくれないですか?」
「だから、ないって。ここ最近任務がなかったから」
「でも、三銃士軍団じゃん。報酬金は倍だろ?」
「本来の任務の半分以下だよ」
衝撃的事実なのか、ガズトロキルスの表情は絶望的な顔を見せた。
「お前も大変なんだな」
「ああ、そうだよ。じゃ、俺行ってくるから」
キリは宿の外へと出た。時間帯的に昼時である。どこからか美味しそうなにおいが漂ってくるが、任務を優先しなければならない、と王城の方へと急ぐ。そうしていると、偶然にも前を歩くワイアットを見つけた。彼は肩を落とした様子で歩いている様子。
何だか声をかけにくいと思ったが、呼びかけた。こちらを振り返るワイアットの表情は青いが、目が赤い。充血しているが大丈夫だろうか。
「ああ、デベッガさん」
声に張りがない。まるで幽霊のようだ。
「よ、よお。大丈夫なのか? 目、赤いけど」
「いえね、徹夜で本を読みましてね」
「へぇ。どんな本?」
なんて訊いてみれば、ワイアットは肩を竦めた。若干キリをばかにしたような態度を取っている。
「デベッガさんには読んでも仕方のない物語ですよ」
「そ、そうか」
空気が重たい、とキリは感じながらもワイアットと王城の方へと赴くのだった。
◆
王城へと入城し、キリとワイアットはそれぞれ別れて行く場所が決まっていた。キリは衣装室へ行くように促される。そこへ待ち構えていたのは、憂鬱そうな表情を浮かべたヴィンがいた。一体、どうしたのだろうか。
「ヴィ――ザイツ」
「ん、おお。デベッガ君か。きみも大変だね」
「えっ、何が?」
一瞬だけ動揺をしてしまうキリ。
「あれだよ、パーティー。出れるのはいいんだけど、写真撮影は禁止ですって、没収されたんだよ。カメラ」
ヴィンは不服そうに口を尖らせて、鏡台の前へと座った。その彼のカメラ没収と自分はどう関係するのか。それについてヴィンは語らなかったが、話題を切り替えるつもりのようだ。唐突に「知ってた?」と訊いてくる。キリは今宵のパーティーに着る衣装を選びながら返事をする。
「キンバーのお兄さん、学徒隊辞めるって」
その一言に、手に取ったジャケットを落としそうになった。耳を疑う話であった。
「えっ、そ、そうなの?」
「いや、私も聞き伝いだから詳しくはわからないんだけど、数日前に鬼教官が脱退願と三銃士軍団の証を受け取ったってさ」
数日前に? だが、今日までハイネと一緒にいたが、彼女からは何も聞いていない。いや、元気のなさそうな素振りだなんて見ていなかったのに――。
「俺、ハイネさんと会ったけど、あの人何も言っていなかったぞ? 今日、ハイネさんは家に帰るけど、そこで聞くのかな?」
「それはできないんじゃない?」
ヴィンがじっとこちらを見てくる。濃い灰色の目がレンズ越しに自分を捉えていた。キリはどういうことだと言わんばかりに、眉間にしわを寄せる。その表情を読み取ってなのか「言葉通りさ」と教えてくれた。
「次席とその妹が学徒隊に登録した際の住所は違う」
上手く言葉が出てこない。兄妹だから、実家は一緒のはずではなかったのか?
「なんで? 二人、兄妹だよな?」
「それは間違いないよ。二人の出身地は工業の町で合っている。けど、実際に工業の町と記入しているのは妹の方。兄は――労働者の町だ」
「ろ、労働者の町って――」
「王都の最北西端の小さな町だね。彼の家はそこにあるらしい」
「じゃあ、それハイネさんとかに……」
「言ってどうするつもりだい? 聞いた話によると、家に帰って来いだの、帰らないだのという次席と首席のけんかがあったんだ。もちろん、次席は帰らないと言っていた」
ヴィンは立ち上がって、キリのもとへと近付いてくると――。
「きみは何か知っているんじゃないのかい?」
「はぁ!?」
ヴィンは鋭い人物であると知っている。自分が持っていた過去の歯車のことだって。どうも、疑り深いようだ。だが、キリはこのことについては全く知らないのだ。なんだったら、誓ってもいい。
「俺は何も干渉なんてしちゃいない」
「じゃあ、どうして次席は実家に帰らないだなんて思うかな?」
「そんなの、俺が知った話じゃない。それは当事者たちの問題だろ?」
「まだわからないかい? 彼の行動について」
二人の目がぶつかり合った。ヴィンは何を言いたいのだろうか。ハイチの行動? もしかして、何かしら疑っているのか?
キリが黙ってヴィンを見ていると、彼はヒントらしきものを言ってきた。
「この時期に脱退するのっておかしくないかい?」
確かにハイチの辞めた理由なんてキリは知らない。しかし、それのどこがおかしいのだろうか。人にはそれぞれ事情がある。それだからではないのか。
「……デベッガ君って労働者の町の隣にある村出身だよね?」
その質問にキリの鼓動は大きく聞こえ始めた。耳元で大きく脈が打つ。
「そ、そうだけど……?」
「なら、知っているんじゃない? 十数年前に皇国が侵入してきた際に外国からその村に転居してきた内通者がいたことくらい」
「し、知っているけど……って、それとハイチさんに何が関係しているって言うんだよ」
「その村の隣にある労働者の町、何の稼ぎで成り立っていると思う?」
回りくどい質問ばかりをしてくるが、キリはそれに素直に答える。
「……グリーングループの工場」
「あとは、わかるだろう?」
「ハイチさんが王国を裏切るもんかっ!」
ヴィンが言いたいことはわかる。それを連想してしまうのもわかる。だが、それを信じたくはなかった。ハイチ自身、青の王国に忠誠を誓っているはずだし、彼に限ってそのようなことがあるはずはないと信じたいから。
「……まあ、これは何の根拠もない私の憶測だから、デベッガ君にだけ言ったんだよ」
「からかっているのか?」
「だって、きみが緊張していたから」
どうやら、冗談を言っただけのようであるが、心臓に悪い言い方である。全く以て洒落にならない。
キリはヴィンとはあまり関わらないでおこうとして、自分のサイズに合うジャケット選びを再開した。それを機にヴィンも冗談が過ぎたとでも思っているのか、何も言わずして服選びをしていたが――。
「でも、学徒隊辞めたのは本当だからね」
すぐに着替えて、それだけを言い残して衣装室から出ていってしまった。一人その場にいるキリは眉根をひそめながらもジャケットに記章と勲章を着けるのだった。
◆
王国軍の見回り隊員の者からイヤフォン型の無線機を受け取った。一応グリーングループの最新型の無線機らしい。
「デベッガ君!」
その無線機を装着していると、メアリーが笑顔でこちらへとやって来た。彼女は王女としての煌びやかなドレスを着飾っている。そんな彼女の髪にはいつもの青いリボンが結わえられていた。
「らい――姫様」
ここは王城内。今のメアリーは学徒隊員ではなく、一国の王女である。キリは周りを気にしながらその場でお辞儀をした。ケイやワイアットたちに教えてもらった作法ではあるが、慣れないせいでどこかぎこちない。
「来てくれたんだね、ありがとう! ところで、お兄さんは……やっぱり?」
ハイチが気になるのだろう。メアリーは彼の姿を探し出す。キリは知っていたが、この場で言ってもいいものかと不安になった。しかし、黙っておくのはいけないと思い、事実を伝えた。
「え」
メアリーはすごく寂しそうな表情をした。
「だ、だって、お兄さんとは数日前だけど、会ったし。来ないっては言っていたけど……」
「俺――わ、私も人伝で聞いたんです。ハイネさんとお会いしたときは何も仰っていなかったので」
「なんかみんなと会わなくなるばっかりだよ」
まだ二人がアイリに送ったメールの返信は届いていない。キリが連絡通信端末機の画面を眺めていると、メアリーがそっと服の裾を握ってきた。
「デベッガ君はどこも行かないよね?」
一瞬だけデジャヴを感じる。キリが何かを思い出そうとしていると、マティルダがこちらへと近付いてきた。そのせいで、何かしらの記憶は遠退いてしまった。
「デベッガさん」
声をかけてきたマティルダの表情は暗い。
「あの、ガズ様は?」
「一応、誘ったんだけど、行かないって」
「そうですか」
キリの答えに彼女は更に暗くなった。それだけを訊ねると、その場を立ち去ってしまう。そんなマティルダの後ろ姿を見て、メアリーは愁容を見せていた。
「オブリクス君、珍しいね」
いつものガズトロキルスならば、料理が出るところならば出没するとでもいうような人柄だったはずだ。今回のパーティーに来ないのは何かあったのだろうか。
「うん、珍しく遠慮していたよ。俺はただの学徒隊員だって」
「マティと何かあったのかな?」
そればかりはキリもわからなかった。
◆
パーティーは夕方から、ということでキリは見回り隊員の者に王城の屋外を見回って欲しいと言われた。早速城内を巡回していると、裏門の方の建物の陰であやしい人物がいるのを見つけた。その人物はあの物書きの老人と同じぐらいの年齢の老婆のようである。彼女は何やらこそこそとしているが――。
いくらこの城の関係者だろうと、今のご時世で放っておくわけにもいくまい。キリはその老婆に声をかけた。
「あの」
話しかけられた老婆は焦った様子で、後ろに何かを隠す。そして、虚勢を張った。
「な、なんだ!? 私は何もしとらんぞっ!」
「だったら、後ろの物、見せていただけますか? 何もなければ、いいですよね?」
「見せる前に問う! 貴様は何も……なんだ三銃士軍団の者かい」
ジャケットに装着した三銃士軍団の証を見て紛らわしいとでも言わんばかりの目で見てきた。だが、それで逃してはいけないに決まっている、とキリは「なんだではありませんよ」と腕を組む。
「いくら身分の低いお、私でも見逃しはしませんよ。知っているはずですよね。最近の事件とか。王城内は今、警戒態勢なんですから」
「それくらい、知っているわ! なんだい、あの子らは何も言っていないのかね?」
一人口を尖らせ、ぶつぶつと呟く老婆。容貌からするに貴族だとはわかる。高級感漂うお洒落なワンピース。一体彼女は何者なんだと困惑していると、そこへラトウィッジがやって来た。
「エレノア様! ここにいらっしゃいましたか!」
「ラトウィッジ! 貴様、何も言っていないのかい!?」
やってくるや否や、エレノアと呼ばれた老婆はラトウィッジの耳を引っ張った。その拍子にキリの足下へと何かが転がる。それをキリが拾い上げると、彼女は急いでそれを取り戻した。一瞬、可愛らしいラッピングされた物が見えたような――。
「え、えっと?」
状況が呑み込めないキリにラトウィッジは咳払いをする。
「きみにはまだ紹介していなかったようだ。ここのところ、きみもエレノア様も忙しかったからな。彼女はエレノア・ライアン・シャーロット・ヒューイット様で、国王の王母にあたる方だ」
紹介に預かったエレノアは不機嫌そうにキリをじろじろと見てくる。いくら、自分の仕事だとしてもこれはまずってしまったか、と不安になった。それに対して、ラトウィッジは自分の自己紹介をするようにと促す。
「あっ、お、俺――じゃなくて。私はキリ・デベッガと申します。三銃士軍団のボールドウィン団に所属しております」
慣れない畏まった自己紹介に、キリは不安を隠せない。
「ふぅーん?」
頭の先から爪先に至るまでじっと見てくる。緊張の汗が大量に噴き出ていた。謝るべきか。そうだ、早いところ謝った方がいい。そうしよう! なんて考えが頭に浮かんでくると、キリはもう一度頭を下げた。
「あ、あのっ、先ほどの無礼は申し訳ありませんでした! わ、私、侵入者かと思ってしまったので……」
知らなければ無理はないだろうな、とラトウィッジはほんの少しだけ同情した。この年代――特に平民であるキリの場合はすでに隠居して表にあまり出ないエレノアを知る機会はほとんどいないだろう。しかし、彼の目の前にいるのは一国の王の母親である。下手すれば不敬罪に相当する可能性だってあるのだから。
エレノアはどう出るのかと横目で見ていると――。
「いいよ、別に」
あっさりとキリの不敬を許した。これに彼らは目を丸くする。
「貴様、よく見れば……うん、平民の子じゃないかい? それもこんな若いくせにして紅武闘勲章だって所持している。ラトウィッジはこの子より後だっただろう?」
「は、はあ」
「ラトウィッジ、この子を私の部屋に連れてきて。この子と話がしたい」
エレノアはラトウィッジにそう言うと、その場を立ち去って行ってしまった。彼女の背中を見送ると、二人は盛大にため息をつく。
「ふ、フォスレター総長、申し訳ありませんでした」
「いや、こればかりは仕方ない。きみも私も首が刎ねるところだった」
ラトウィッジのその言葉にキリは引きつった表情を見せた。それが現実にならなくてよかったと安心するばかりだ。
「ところで、きみはエレノア様に何をしていたんだね?」
「ここであやしいことをしていらっしゃったようなので、聴収していただけです」
「ああ、多分それはメアリー様の誕生日プレゼントだろう。毎年、こうしてバレるような仕草をしながらプレゼントの調達に行っているのだよ」
誕生日プレゼント? そう言えば、エレノアが落とした可愛らしい物が見えたが、あれはメアリーに渡すプレゼントなのか。
――うん? 待って?
「ひ、姫様の誕生日パーティーですか? 今日って……」
「そうだが、聞いていなかったのか?」
「は、はい……。貴族が集まるパーティーだとしか聞いていなかったので」
言えばよかったのに、とキリは思った。何も知らずして、パーティーが終わって「おめでとう」の一言もなしなのはいただけないはずなのに。
「とりあえず、きみにはエレノア様の部屋まで案内させるよ」
「ありがとうございます」
◆
ガズトロキルスがグルメガイドブック片手に残高を確認する。まだまだお金には余裕があった。次はどこへ行こうかとページを捲っていると、見慣れた人物を発見した。
「おっ、ハイチさん!」
呼びかけられた人物、ハイチは「おう」と片手を上げる。
「こんなところで観光か?」
視線の先はガズトロキルスが持つ本である。それに頷いた。
「ハイチさんも観光ですか?」
「まあな」
「だったら、一緒に行きませんか? キリは王城にって、ハイチさんも三銃士軍団ですよね? あいつ、王城にいますけど、行かなくていいんですか?」
「……ああ、参加は自由だからな」
そう答えるハイチは視線を逸らしながら王城の方を見た。
「ところで、一緒にって観光にか? いいぜ、行こうぜ」
「そうっスね。どこに食べに行きましょうか」
「お前にとって、観光は食べることでしか考えていないの?」
◆
ラトウィッジにエレノアの部屋へと案内されたキリはノックをして入室した。部屋に入ると、花の香りが漂う。すごくいいにおいだと頬が緩んだ。
「来たね。まあ、そっちに座りなさい」
すでにソファに座ってお茶を優雅に飲むエレノアがそう促すと、キリは一礼をして向かい側のソファに座った。同時にテーブルに乗ったお茶やお菓子も食べろと言ってくる。その言葉に甘えて、彼はお茶をいただいた。
よくよくテーブルを見れば、お茶やティーポットと言ったお茶セットはもちろん、先ほどエレノアが落としたプレゼントに一冊のノートがあった。
「えっと、貴様がデベッガって言う名前だったね」
そうキリに確認しながら、置いてあったノートのページを捲るエレノア。いつの間にか老眼鏡をかけていた。彼は「はい」と答えるが、内心怯えていた。何をされるか、わからないから。
「……ほぉー。貴様があのデベッガか」
「エレノア様?」
「貴様、メアリーのことをどう思っている?」
唐突に返答に困る質問を投げられた。その答えに口ごもってしまう。
「あの、えっと、その……?」
「色々あるだろう。こう可愛らしいとか、可愛いとか、なんか可愛いとか」
――可愛い以外何も変わらねぇ。
今回の相手が国王の母親であるため、キリは心の中でツッコミを入れる。というか、エレノアは何が言いたいのだろうか。彼女の質問にキリは――。
「か、可愛いと思います」
そう答えるしかない。というよりも、言葉の誘導をさせられている時点で「可愛い」以外の答えはないに等しいのだから。
「そうだろう! 自慢の孫だよ。昔の私によく似ている!」
――性格は全く似ていないなぁ。
本音を言えないキリ。
「ほっほっ。あの子もあの子だね。奥手なのは私の旦那に似ている」
エレノアはそう言うと、ソファから立ち上がって棚の引き出しを開けた。ごそごそと漁り、小さな箱をキリの前に置く。
「はい」
いや、「はい」と言われても。何をどうしたらいいのか、キリは戸惑いを隠せなかった。エレノアが彼に示しているのはその小さな箱である。恐る恐ると、その小さな箱を手に取って開けてみた。そこに入っていたのは青色の石でできたイヤリングだった。この石、ハイネやディースが持つブレスレットの石と同じような輝きを放っているようである。
「これは?」
このイヤリングを見る限り、女性物に見えるのだが――。
「それ、今日のパーティーでメアリーに渡しなさい」
「えっ!?」
びっくりするのも無理はない。それ以前に、これを――エレノアの所有物をメアリーに誕生日プレゼントとして渡してもいい物なのだろうか。なんて不安に駆られるキリは恐れ多いのか、イヤリングの入った箱をそっとテーブルに置いた。
「どうしたんだい?」
「いや、これはエレノア様のでしょう? 私がこのようなことをしてもいいのか……」
「別にいいから、貴様に渡しただけだよ。それにこれは今の私の物じゃない。メアリーの母親の物さ」
メアリーの母親、すなわち青の王国の王妃はキリや彼女が小さいときに亡くなっているというのは知っている。つまり、このイヤリングは王妃の形見なのだ。
「で、でも、どうして私なんかに?」
「メアリーはね、昔に母親が着けていたそのイヤリングが欲しいとずっとねだっていたんだ。でも小さい子どもだろう? ダメに決まっているね。だからちょうど、エブラハムがあの子と同い年のときに母親に、プレゼントした時期にいいんじゃないかって思ってね」
なおさら気が引ける話である。これを公衆の面前で渡せというのか。なんとも罰当たりな光景だろうか。そして、絶対にエブラハムは怒るに決まっている。いや、怒るでは済まされない。処刑になる可能性だってあるだろう。
「や、やっぱり、私には……」
「メアリーが欲しがっているんだよっ! パーティー会場で、公然で渡しな! 私は見張っているからね!」
――いや、俺が死ぬ!
もちろん、その事を大声上げたいところだが、『不敬』という言葉が邪魔して言えなかった。
「まあ、貴様自身が渡せないということも見越して……ケイ、ワイアット!」
その言葉に反応するかのようにして、部屋のベッド隣にあるクローゼットから青い顔した二人が出てきた。
――どこから?
「今宵の時間作りはこの子たちがしてくれるからね」
ふらふらと彼らのもとへとやって来る顔面蒼白二人組。近寄ってわかることはいつもと違うにおいがする。おそらくではあるが、長時間クローゼットの中に潜んでいたため、香水か何かのにおいで酔ったのだろう。
エレノアはケイの背中をバシバシと叩く。それに対して、彼は今にも嘔吐しそうで苦痛の表情を浮かべていた。
「頼んだよ、二人とも!」
二人は返事ではなく、反応だけを見せた。話す余裕がないのだろう。だが、それを許さないのがエレノアであり、彼女は強く彼らの背中を叩いた。
「はっ、はい……!」
そして、エレノアは意気揚々と三人を部屋から送り出すのだった。
彼らを肩で担いで指定された部屋へと送ろうとするキリ。そうしていると、彼もにおいで気分が悪くなったのか、段々と顔色なしへとなっていく。
「……二人とも、香水とか振るの?」
しないというのはわかっていたが、訊ねてみるだけ訊ねてみた。
「違うっ! あれはエレノア様が愛用する香水だ」
「昔、城でかくれんぼしていて、エレノア様の部屋に隠れただけで気分が悪くなっていましたもんね」
「それでも、あの香水って高いんだろ?」
その質問には否定しない彼らに、キリは苦笑いするしかなかった。
◆
三人は人気のない王城の片隅にやって来ると、ケイは窓を開けて外の空気を堪能した。まだ、あのにおいが残っているらしい。
一方でキリはエレノアから受け取った青い石の入ったイヤリングが入った箱を手にして悩ましそうにしていた。
「デベッガさん、それを姫様に渡すんですか?」
「う、うん。エレノア様が渡せと仰るし。ライっ――姫様も欲しいって聞いたから」
キリがそう言うと、ワイアットは眉間にしわを寄せて彼を怪訝そうに見てきた。
「あなたはハイネさんの気持ちは考えたはずですよね?」
その言葉にキリは片眉を上げると頷いた。その真意に偽りはないから。
「それのこと、知っているんですか?」
「うん。これって、王様が王妃様に渡した物だよな」
「それは少し違うぞ」
いつの間にか、開けた窓を背にしてこちらを見るケイが言った。
――違う?
「それは本来、青の王国の王族に伝わる王族の王女や王妃、もしくは女王として迎える者に贈る『誓いの証』だよ」
「は?」
「だからそれをデベッガが姫様に贈るというのは、結婚してくださいとプロポーズするようなものだって」
その衝撃的事実を聞いて、箱を落としそうになるキリ。なんだか全身に嫌な汗が噴き出てきている気がするのは絶対に気のせいじゃない。
――俺って今、とんでもない物を持っているの……!?
「ワイアットはそのことを踏まえて訊きたかったんだろ」
「いやいやいやいや!? ちょっ……えっ!? エレノア様!? 本気で待ってよ!?」
キリの動転さは二人にしっかりと伝わっていた。
「俺がライアンに……? はぁ!? 本当、あの人何を考えているんだ!?」
「デベッガさん、知らなかったみたいですね」
「いや、知らんだろ。デベッガは平民なんだからよ」
「ねえ、これどうすればいいの俺!?」
動揺が隠せないキリは箱を持つ手が震えている。それを見て危なっかしいとでも思ったのかワイアットが持っておくことにした。
「しかし、エレノア様もエレノア様だ。王族と庶民の結婚を賛成するとは思わなんだ」
「ですねぇ。貴族と庶民がという話はごく稀に聞きますけど、流石に……」
「だと思うなら、何か考えて!」
キリはもうパニック寸前である。これからどうすればいいのか、これからどう動けばいいのか。ああ、もう頭の中がごちゃごちゃし過ぎて弾けそう! パーンってなりそう!
頭を抱えて困惑するキリをよそに、ケイとワイアットは何かしらの対策を考える。
ややあって、ワイアットが一つの提案を考え出した。
「じゃあ、ハイネさんを呼んでデベッガさんが告白するというのは? こう自分には好きな人がいるんだっ、って」
「……お前、フられたからって割りきっているなぁ」
どうも、ワイアットが失恋したことをケイは知っているようで、鼻白んだ。
「いや、正直な話、まだハイネさんに贈ろうとしていたドレスが五十着あるんで、それを着てもらおうかなと。マティルダさんや姫様にもあげようと思っていたんですが、どれも持っていたらしくて」
「実はまだ諦めてなかった?」
なんて話題が変えられると、キリが怒った。ずっとどうしよう、どうしようとしか言っていないのであれば、お前も何か考えろ、とケイは苛立ちを隠せない。
「……ベタな作戦だが、デベッガが下でアクセサリーを買ってきて、これとすり替えるしかないだろ」
「ベタだな」
「ですね」
「じゃあ、お前はキンバーさんを呼んで彼女にここで告白するか!? それこそエレノア様、ブチ切れて、デベッガとその提案者であるワイアットの首が刎ねるぞ!」
ケイの気迫に押され、彼らは素直に「すみませんでした」と頭を下げるしかなかった。
◆
「そもそも、二人はどういうところで買っているの?」
当然庶民であるキリは貴族の行きつけの店だなんて知る由もない。ただ、なんとなくシエノ港町に行ったときは、どこの店を利用するというのは知っているのだが――。
「店と言えば、王都は北通りだな」
ケイはそう言いながら、連絡通信端末機から地図画面をキリに見せた。中央にある王城の北側を差す。ここが北通りのようだ。
「一応、城の裏通りに直結している通りだからな。今すぐにでも行けるが――」
渋ったようにして、エレノアの部屋の方角をケイは見る。それにキリは小首を傾げた。
「その北通りはエレノア様の部屋から見える場所だ。あの人、町中を双眼鏡で観察するの大好きだからな。すぐバレる」
「じゃあ、北通り以外のところで買えばいいじゃん。どこかあるだろ?」
「時間がないんだよ。あと二時間で始まるんだから。お前、ここから二時間以内でシエノ港町へ行って戻ってこれるか?」
「どうして、そう極端な場所の選択しかないんだよ」
行く場所がない、と言われキリは頭を掻いた。表情は渋った様子であった。
「別に高級店じゃなくても、アクセサリーショップはいくらでもあるだろ。ええっと、ほら! 南通りにある広場なんて露店もいっぱいあるし!」
「ろ、露店? デベッガは何を考えているんだ?」
ケイのその物言いにワイアットも賛同する。これにキリは頭を抱えるしかない。そうだった、彼らは貴族。建物内での店以外は倦厭するようだ。
「何って……。俺、ガズにお金を貸したから、これだけしか残っていないし」
そっと指を二本立てた。それを見て彼らから同情を仰ぐ。
「苦労しているんですね」
「確かにこれじゃあな、北通りの店で買い物なんてできないな」
――これだから、金持ちはっ!!
言いたいことがあったが、言ってしまえば負けるような気がした。そのため、キリは歯軋りしながらも堪えるしかなかった。
「ていうか、それ以前に買い物しても最低でも向こうに帰るための交通費も必要だよ。だから、実質使えるのはこれだけだな」
そう言うキリの指は一本へと減らされた。それに対して更に彼らは何も言わなくなる。こちらから視線を外してはいるものの、同情心は少しばかり見える二人組であった。
「い、言いたいことがあるなら、言えよ!」
「いや、俺はもうそれ見て何も言わん」
「僕もです」
せめて、何か一言ぐらいは言って欲しいと思うキリであった。
◆
お金がないから仕方ないとばかりに、キリはタキシードのジャケットとネクタイを外して南通りへとやって来た。傍らには少しばかり怪訝そうなケイとワイアットもいる。二人も彼と同様の格好をしていた。その嫌そうなオーラはキリにきちんと届いている様子。
「……嫌なら俺一人で行ってくるけど?」
「いやっ、俺はデベッガのセンスを知らないからな! もし、変な物を買おうなら止めるんだ!」
「買わねぇよ。変な物だなんて」
「いいや、わかりませんよ! 下の方の考えと僕たちの考えは違い過ぎますからね! 僕たちにとっては趣味が悪い物かもしれませんし」
――庶民が思う貴族のセンスもそっちが思うことと大して変わらねぇよ。
キリはワイアットがハイネに贈ったというドレスの画像を思い出した。あれは宝石が散りばめられ過ぎていて、目がチカチカしそうなほどの代物だったのは覚えている。実際にマティルダがそのドレスを着ていたのだが、ガズトロキルスは目が疲れなかっただろうかと思っていた。
――俺が選ぶ物、絶対に否定してきそう。
なんて思いながら偶然にも目に留まった露店のアクセサリーを眺めていると、彼らから尋常ではないほどの視線を感じ取っていた。その思いは「ここじゃないどこかで買え」と訴えているようである。
この店のどこが悪いんだとキリが品物を物色していると、商人が声をかけてきた。
「お客さん、他の人が入ってこれないから」
そう言われる原因はわかりきっている。後ろを振り返った。
「どっか、行ってよ。お店の人、困っているから」
「おい、デベッガ。まさか、それを買うんじゃないだろうな?」
ケイは強張った様子でキリが手にしている木材を細工して作られたペンダントを指差して言った。
「俺は見ているのっ!」
「主人。すまないが、ここで一番高価な装飾品はなんだ?」
キリとケイがやり取りする最中、ワイアットが店の店主に向かってそう言う。商人は戸惑いながらもテーブルの下から「これです」とネックレスを見せた。
その値段を見てワイアットは「安過ぎる!」と声を張り上げた。これに驚く三人。道を行き交う者たちは疑わしそうに一同を見ている。
「安すぎるぞ、主人! もっと五十倍……いや、二百倍の値段の物はないのか!?」
「そ、そんな言われましても。ここ、宝石店じゃないですが!?」
もっとも、この露店は木材を細工して作った工芸品を展開している。木がメインだから宝石はないかもしれないが、ワイアットの発言は場違いと言えるようなものであった。
「いいや! これだけで、あなたは生計を立てられるんですか!?」
なんて言ってはならないような爆弾発言をワイアットがしたため、キリは二人を連れて退散した。ある程度店から遠ざかって、彼は彼らに言い聞かせる。
「ちょっと、もう! お前らなんなの!? ああ言うの、言ったらダメだろ!」
「何をっ! 僕は親切心あって言ったまで――」
「親切心でもなんでもねぇよ。ただの貴族の嫌味にしか聞こえねぇよ」
「だが、もう少し値段が高くても俺はいいと思うが」
「買う層わかって言っているか? 高かったら、庶民は基本的に買わないの。あそこで店を展開していたら確実に潰れるから。あの値段が妥当なんだから」
「そうか」
やはり、二人と買い物に行くのは失敗したか、とキリはため息をついた。そもそもの自身と彼らの金銭感覚や物の価値観は違うのに。
「もういいや。俺、適当なところでさっさと買ってくるからここにいて」
おそらく、他の店に行っても同じ展開が繰り広げられるだろうと見越して、キリはそう言った。だが、それを彼らは許すはずもない。
「ダメだ! デベッガがあの店で買おうか迷っていたペンダントのセンスは全くの皆無だった!」
「そうですよ、あんな安い物を姫様にあげるおつもりですか!? 周りからひんしゅくを買いますよ!」
「そんなこと言われたって、仕方ないだろ!? 俺はただの一般庶民、お前たちは貴族。何もかも考えること、思うことは全然違うんだよ!」
「そりゃ、当たり前さ」
キリの後ろからどこかで聞いたことのある声が聞こえてくる。急いでそちらの方を見ると、そこにはエレノアがいた。三人は一気に血の気が引いていく感覚に陥ってしまう。
「エレノア様!?」
「どうして、ここへ?」
「ふん、貴様に渡しそびれていた物があってね。それを渡しに行こうと思えば、外に行ったって言うじゃないかい。で、捜してみれば、このあり様――」
エレノアは老いたその姿でもなお、鋭い眼光でキリを見た。
「貴様、メアリーを本当はどう思っているんだい?」
「え、あっ、え?」
「庶民なりの意見を訊きたい。貴様はメアリーをどう思っている? その胸に抱くのは、恋愛? 尊敬? 一体なんだい?」
自分はメアリーをどう思っているのか。あまり、そう考えたことがなかったのかもしれない。
王族とは思わせない、とても優しい振る舞い。自分を特別扱いされることを嫌う女の子。自分を戦力外と知っていてもなお、普通に接してくれた女の子。どこかで見たことのある女の子――。
「……お、俺は――」
メアリーについて考えなくてはならないのに、ハイネやアイリが浮かんでくる。
――ああ、そうか。
キリはエレノアの目を見た。
「俺は、彼女のことを一人の友人としてしか見ていません」
メアリーが嫌いではない。むしろ、好きな方だ。それは恋愛感情とは全く関係のない違う思い。一緒に笑い合える友人として、友達として。
「……だから、これはお返し致します。きっと俺なんかより、ライアンにはいい人がいるはずです。――あっ、ひ、姫様には、です」
頭を下げて箱を差し返すキリを見るエレノアは、口をへの字にして鼻で嘆息をした。すっと、差し出された箱を受け取る。
「まあ、自覚が一番大事だからね」
エレノアはそれだけ言い残すと、王城の方へと行ってしまった。その場で立ち尽くす三人は顔を見合わせる。ケイとワイアットはどこか安心した様子の表情を浮かべていた。キリにとって、これはこれでよかったんだと理解するのだった。
◆
夕方、メアリーの誕生パーティーが行われた。庶民ではあるが、三銃士軍団員の枠組みとしてキリは会場の端の方にいた。その隣にはヴィンもいる。彼は珍しくベレー帽を脱いでいた。
「これで、姫様は十八歳かぁ。おめでたいね」
「そうだな」
周りの拍手喝采に二人の会話が消え入りそうになる。
「デベッガ君はプレゼントでも用意したのかい?」
「うん。どういう反応をされるかわからないけれども」
そう言うキリはポケットから、こっそりと小さな箱を見せた。これは紛れもなく、彼のお金で買った物である。
「へぇ。まあ、私も一応用意はしているんだけど、喜んでくれるかな?」
「どんなの?」
「一応、アクセサリーになるかな? あそこ、北通りの店って高いねぇ」
ヴィンのその言葉にキリは固まった。北通りの店だと?
「……金、持ってんの?」
「まあ、これでも? 私って、重複任務やっていたりしたからね?」
本当にこれで大丈夫なんだろうか、と冷や汗が垂れてきた。
――いや、プレゼントは気持ちだ! 安物がなんだっ!
《続いては三銃士軍団員の者からの贈呈に参ります》
司会者が前に出てくるように促される三銃士軍団員たち。前へと出てくるキリは周りの視線が痛いと感じていた。そう、この視線は紛れもない他の貴族たちからの物。すごく嫌な予感でしかない。他の者たちはメアリーに彼女が好みそうな物を渡していく。どれも北通りでしか買えないような高級品ばかりである。
《じゃあ、次。あなたたちも》
先に出て行ったのはヴィンである。彼も貴族たちと同じような自分の所持金じゃ買えない高級店の紙袋をどこからともなく出した。これに周りの者たちの関心は集まる。
「ありがとう、ザイツ君」
とても嬉しそうにするメアリーの笑顔。ああ、これでがっかりさせるような笑顔になってしまうかもしれない。
「えっと、デベッガ君?」
メアリーに声をかけられて、焦ったキリは自身が買ったプレゼントを差し出した。それに誰もが目を疑った。見たことがない柄で包装された小箱。彼は一体どこで買ってきたのか。
「……あれ、南通りにある店のじゃないのか?」
ぼそりと会場で誰かの声が聞こえてきた。その声が引き金となるように周りの貴族たちはこちらを見てひそひそと話している。キリは心の中で仕方ないだろと憤るしかない。
「も、申し訳――」
キリがメアリーに謝罪しようとすると、彼女が「開けてもいい?」と訊いてきた。
「何か、気になるから」
「うっ、は、はい……」
ラッピングを解いて箱を開けると、その中はエレノアから受け取ったイヤリングに似た物が入っていた。だが、それが安物であるということは誰の目を見てもわかるようで、キリを怪訝そうに見てくる者たちばかりいた。
「そ、それ。あの、エレノア様に姫様が王妃様が持っていたイヤリングが欲しいと聞いていたので、似たような物を……」
「えっ!? おばあちゃん!? デベッガ君にそんなことを言ったの!?」
恥ずかしそうにするメアリー。顔を真っ赤にして、エレノアを見ていた。
「すみません、姫様。もし、それがお気に召さなければ――」
「そ、そんなことないよっ!」
耳までも赤く染めるメアリーは会場に響く声で言った。その途端に周りのざわつきは収まる。
「私、すごく嬉しいよ! ありがとう!」
「いえ、こ、こちらこそ……」
「ねえ、着けてみてもいいかな?」
「はい」
キリはメアリーに渡した箱を持ち、彼女はそのプレゼントされた青色のイヤリングを着けた。金色の髪の毛によく映える青色に感嘆の声が上がる。
「ど、どうかな?」
「お似合いですよ」
喜んでもらえてよかった、とキリは頬を緩ませた。彼のその笑顔にメアリーは下を俯く。
「あ、ありがとう」
しかし、この状況の中、あまり快く思っていない者がいた。そう、メアリーの父親であるエブラハムである。キリが渡した物が、自分が王妃に渡した誓いの証でなくてよかったが――その渡した物自体がそれに似ているのだ。だから、それが気に食わない。エレノアからその話を聞いているならば、彼はメアリーに結婚の申し込みの紛いものをしているようなもの。だからこそ――。
「貴様になどメアリーを渡すものかっ!!」
エブラハムはキリに対して、ラトウィッジが腰に提げていた軍刀を勝手に奪い取り、刃先を向けた。
「えっ!?」
「メアリーが結婚するなど、二十年早い話だ!! メアリーは渡さん!!」
キリとワイアットはエブラハムの言行とこちらに向けるオーラにデジャヴを感じた。結婚は二十年早い? ああ、この人ハイチと一緒だ、と。
「王様!? わ、私はそのようなことなど、滅相も……」
「それではなぜ、メアリーに誓いの証に似た物を送った!?」
「いっ!? ち、違いますよ!? 私はただ、欲しがっていたという話を聞いただけで! そのようなことは一切考えていないですっ!」
「そうですよ、国王様! デベッガさんは僕からハイネさんを奪って――」
援護にでも入ろうと思っていたのか――ワイアットが何かしらを言おうとするが、その発言がこの場で不適切だと察知したキリは口を塞ぐ。
「ち、違いますよぉ……」
言い逃れをしようとするキリに、ワイアットは口を再び開いた。
「だって、本当じゃないですか。デベッガさんはハイネさんが――」
「フォスレターは絶対に俺の味方じゃないよね!? むしろ、状況を悪化させようとしているよね!?」
「いいえ。そのようなことはありませんが、これだけは言わせてください! デベッガさんはハイネさんを――」
「本日は私みたいな庶民を豪華絢爛な宴にご招待いただき、誠にありがとうございましたっ!」
これ以上埒が明かない、とキリは逃げるようにしてワイアットを連れてその会場を後にした。彼は引きずるようにして、人気がないところまで連れてくる。嫌な汗が出ているようだった。
「フォスレター! この場でだからこそ、言えるから言ってやるっ! 安心しろ! 俺はハイネさんのことが好きだよ!」
「知っていますよ、それくらいは。でも、あなたって迷いがありますよね?」
薄暗いその場所で、青色の目がじっとキリを見てきていた。
「確かにあなたはハイネさんのことが好きでしょう。それは誰にだってわかります。でもデベッガさんは他に好きな人っているんじゃないんですか?」
「…………」
◆
二人のことを気にしてか、会場を後にして彼らを捜すメアリー。だが、どこにもいない。どこにいるんだろうかと見渡した。ふと、エブラハムの書斎へのドアが目に入る。明かりがついているが、まさかここにいるわけではあるまい。そう思っていたが、念のためにその部屋の中を覗いた。彼らはいない。
当然かと書斎へ入ってみた。その部屋の奥にあるデスク――エブラハムの机の上には箱に入った大量の手紙を見つける。
「すごい」
流石は国王だと自身の父親を尊敬しながらも、その差出人を見てみた。
『ハイン・ヴァシリー・ソコロフ』
その名前を目にてメアリーは目を丸くした。この名前は黒の皇国の皇子だからである。なぜに彼が、と思いながら彼女は封筒の表を見た。そこには宛て人が書かれていた。
『メアリー・ライアン・エレノア・ヒューイット様』




