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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第一章 巡り出会う者たち
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想思 ③

 建物の陰より、こそこそこっそり。周りの気配を警戒しているのはソフィアとフェリシアである。そんな彼女たちを遠目で見ているセロとイヴァンは苦笑いしていた。


「二人とも、もう少し普通にしないか? これじゃあ、全部回れずに日が暮れるぞ」


 セロが二人にそう促す。後ろではイヴァンが頷いて同意していた。だが、彼女たちは剣幕した様子で「何を言っているんだ!」と叱責してくる。その尋常ではないオーラに彼らは顔を引きつらせるしかないだろう。


「バグ・スパイダーは私たちの記憶を食たべるウィルスなんですよ!? 悠長に道を歩いてみてくださいよ! あっと言う間に囲まれてしまいますよ!」


「そうだ、そうだ! それに、あの気持ち悪い、得体の知れないやつを間近で見てみろ! 私はそいつらに出会いたくないんだよ!」


「二人の言い分はわかったから、一度落ち着けよ。ヴェフェハルさんが困っているから」


 イヴァンが落ち着かせようとした。それなのに、彼の後ろの方を見て彼女たちは悲鳴を上げた。その大声に急いで後ろを振り向く。裏通りからのっそりと仰天するような巨大バグ・スパイダーが一体現れたからだ。悲鳴に気付いたのか、奇声を張り上げてこちらへと猛スピードで迫ってくる。体が大きいから一歩が大き過ぎて、あっと言う間に捕まってしまいそうだった。


 一足先に逃げているソフィアとフェリシアに「間道に入るなよ!」とセロが忠告をするのだが――喚声を上げるばかりで、自分の話を聞いているのかどうかすらあやしい状況である。


「ヴェフェハルさん! これじゃあ……」


「あいつらは、きっと声に反応しているんだろうな。それはわかっているが、あの二人は――ったく」


 バグ・スパイダーの出現理由は二人の大声にあると察したセロはイヴァンに指示を出す。


「俺は左の子、バーベリ弟は右の子の口を押えておいてくれ」


「はい」


 指示を受けて彼らは走るスピードを上げると、彼女たちに追いついた。それぞれ二人の服をひっ捕らえる。交差点の右へと曲がり、ごみ箱の陰に隠れると口を塞いだ。


「何を見ても、黙っておけ」


 言われるがまま、口を塞がれている彼女たちは小さく頷いた。


 やがて、巨大バグ・スパイダーは四人がいる交差点の方へとやって来た。もう走って追いかけてはこないようで、ゆっくりと動きながら彼らを探していた。幸い、こちらの方には気付いていない様子。十字路のど真ん中でしばらくの間探し見ていたが、いないと思ったのか、そのまま通り過ぎて行ってしまった。


「でかいですね」


 イヴァンが驚いた様子で呟いた。夜で聞いた報告。あれが軍のシステムに現れたというウィルス大軍の大将。今回はあれを倒したとしても、他のバグ・スパイダーは消えていなかったと聞いている。だとするならば、あれ以上の親玉が存在することになる。


 考え込むセロの手を塞がれているソフィアが叩く。慌てて彼は手を離した。イヴァンもまた手を離す。


「す、すまん」


「いえ、私も落ち着かなければならないのに。つい、大声を……」


「いや、俺も悪かった。少し俺は様子を見てくるから、三人はそこにいてくれ」


 そう言うセロは立ち上がると、巨大バグ・スパイダーの後を追った。座り込んで、大きなため息をつくソフィアの足下の排水溝で違和感があるとイヴァンは思った。試しにそこをエレクトンガンの銃身で軽く叩く。


 二人も不思議そうに覗いていたのだが、叩いた音に反応したようで――排水溝の蓋をウィルス軍団が抉じ開けて現れた。彼女たちは必死に大声を上げないよう、自身の口を塞ぐ。イヴァンは慌てたように二人を引き連れて、セロのもとへ。


 やって来た彼らにセロはすべてを察したのか、四人は追ってくるバグ・スパイダーの軍団から逃げ出した。


「な、なんで!?」


「は、排水溝からっ――!」


「とにかく、逃げろっ!」


 排水溝から出てくるなど、どこにいてでもそのウィルスたちは存在するのだろうか。逃げるとするならば、どこがいいか。セロは追いかけてくるバグ・スパイダーたちを見た。数的にさほど多くはない。それでも、まだあのデカブツは近くにいるはずだ。ここで戦闘になれば、騒ぎを聞きつけてやって来るだろう。それならば――。


「こっちだ!」


 三人を誘導して逃げ込んだ場所は、交差点を右へ曲がってすぐの建物の中であった。


「ほとぼりが冷めるまで、ここでしばらく待つぞ」


 肩で息をする彼らにセロがそう言うと、ソフィアがまたしても口を手で塞いで彼の服を引っ張った。なんだ、と視線の先を見ると――。


 大声を張り上げそうになったのか、セロ自身も両手で口を塞ぐ。この建物の裏通りが見える窓に振りきったばかりの巨大バグ・スパイダーがいたからだ。誰もが口を塞いで、心情を落ち着かせようとする。幸い、こちらに気付かずに道を悠々と闊歩しているようだった。


 その姿が見えなくなったところで、全員は口から手を離すと大きくため息をついた。


「な、何ですかね?」


「多分、音に反応しているんだろうけど。そういう類なんですか?」


「お、俺も詳しくはわからない。が、きっとそうなんだと思う。ウィーラーが我慢してくれたおかげであいつはこっちを見ずともどっか行ってしまったからな」


 大通りの方の窓を覗き見していたイヴァンは「まだ外にいます」と報告する。これにセロは頭を抱えるのだった。


「そうか。それなら、捜索できないなぁ」


 他のみんなはどうやっているのだろうか。


     ▼


 足ぐせを悪そうにして、アイリはロッカーを蹴って開けた。蓋が開かれたそこには大量のエレクトン系の武器類があるではないか。


「大量、大量ぉ」


 中から使えそうな物だけを取り出して一ヵ所に集める。そんなアイリのやり方にマティルダは感心しなかった。


「行儀が悪いですわよ、ハルマチさん」


「悪いも何も蹴破らなきゃ、開かなかったんだもん。ていうかさぁ、ここ武器多いでしょ。隠され過ぎ」


「それには同感ですわ。もっと探し回ったら拠点のストック以上が出てきそうですしね」


 自分たちがいる場所を見渡す。アイリは次のロッカーを手で開けようと必死になっていた。


「ハルマチさん」


 アイリに声をかけたとき、開けようとしていたロッカーの蓋が勢いよく開いた。そのまま彼女は集めた武器類の方へと転がり込む。寝転がった状態で「何?」と応答してくれた。そんなアイリに鼻白みながらも、心のどこかで引っかかっていることを打ち明けた。


「ここ最近、ガズ様の元気がよろしくないようなんです。私は何をしたらよろしいのかしら」


「ガズ君? だったら、普通にボールドウィンさんが料理を作ってあげればいいでしょ。それでほとんど解決でしょ」


「そうですか?」


 あっさりとした答えにマティルダは目を丸くした。それでいいものなのだろうか。


「何を考え込んでいるかは知らないけどさぁ。単純じゃないのガズ君って」


 服についた土埃を掃いながら、アイリは起き上がった。開けられたロッカーの中身を確認する。こちらの中には武器がなかったようで、悔しそうな表情で乱暴に蓋を閉める。


「ここ、粗方見回ったし、男子たちのところに行こうよ。上に行ったんだっけ?」


「ええ」


 二人は念のため、見つけたエレクトン系の武器――突撃銃四挺を手にして建物の上の方へと向かった。そこでケイとヴィンも彼女たちと同様に武器を探しているのだ。アイリたちがやって来ると、上のフロアにもたくさんの武器があった。


「集まったねぇ」


「そっちも、結構あっただろ?」


「もちろんですわ」


「これと下のを合わせれば、減った分以上を取り戻せるな」


 そう言うケイは見つけて手に持っていたエレクトンガンを下に置いた。


「ん? そう言えば、ザイツ君は?」


「ザイツ? あれ……どこ行った?」


 アイリに言われるまで気付かなかった。ヴィンはどこへ行ったのだろうか、と三人はそのフロア内にいるはずの彼を捜した。だが、いなくなることもどこかへ行くこともなく、すぐ近くの場所である両開き扉の前に立っていた。


「こんなところで何をしているんだ?」


「ああ、ここのドア鍵がかかっているようでね。どうにかして開かないかな、って考えているんだけど」


 扉をガチャガチャと音を鳴らすヴィンに替わって、アイリがこの廃ビルで見つけた針金を取り出して鍵穴に入れて開けようとした。


「それで開くのか?」


「やってみなきゃ、わからないよねぇ」


 本当にこれをして開くものだろうか。軽く考えていた三人であったが、アイリは鍵を開けてしまった。


「開いたぁ」


「うわっ、ハルマチさんすごいね」


「まぁね。で、ここの部屋って何?」


「わかんないから開けてみるよ」


 ヴィンはそう言うと、両開き扉を開けた。四人の視界にはその奥の部屋に見たくもない物が映ってしまう。すぐさま扉を閉めた。


――いた。


「……夢?」


 扉の奥から大きな物音が聞こえてくる。


「じゃない、逃げろっ!!」


 ケイはヴィンの首根っこを掴んで、彼女たちは自力でその場を離れた。それと同時に扉は勢いよく開かれ、部屋の奥から巨大バグ・スパイダーが飛び出してきたではないか!


「武器は後だ! 今はここから離れるぞ!!」


 階段を駆け下りる四人。その後を追う巨体ウィルス。建物の壁を破壊しながらやって来る。


「どこに逃げるの!?」


「わからん! が、一度外に出る!」


 一気に一階まで駆け下りて、外へと出た。しかしながら、周りはどこからか嗅ぎつけてきたのか。道路の左右にはバグ・スパイダーの大軍がみっちりと。逃げる先など、向かいのビルしかないようだ。


「うわっ、来たっ!!」


 狭い出入り口の方へと迫りくる。ケイが判断を下す前に、アイリが「こっち!」と向かいのビルの方へと誘導する。もうこれに賭けるしかない。


 巨大バグ・スパイダーは入り口を破壊してまでも、外へと出てきた。その姿に一同が唖然しながらも走る。そこまでするくらいなのだから、こっちの建物を破壊してまでもやって来るに違いない。


「は、ハルマチ! どこへ逃げるんだ!?」


「屋上!」


「はぁ!?」


 三人は耳を疑う。そこへ行ったとしても逃げ道はないのに。まさかとは言うが、別の建物の屋上へ飛び移る気なのか!?


「何を考えているんだ!?」


「今、考えているのっ! 黙って、走れ!!」


 大きな体をしたバグ・スパイダーは四人を逃さないつもりなのか、どこまでも追いかけてくる。壁が壊れようが、天井が壊れようがお構いなし。その後を子分軍団がわらわらと着いてきていた。


 走りに走って、アイリは飛び蹴りで屋上のドアを破った。眼前はあの巨大なウィルスの幅ぐらいしかない狭さの屋上。よしっ。すぐさま三人に壊れたドアを一緒に持つように指示を出した。彼らは言われるがまま、それに従うも――。


「い、一体何を……」


「いいからっ!」


 これで足場を作って屋上から屋上へと飛び移る気なのか。果たしてそのようなことが可能なのか、それにあいつが来るまでに行けるとでも?


 混乱する三人がドアを持ち上げたその直後、狭い入口を強引に巨大バグ・スパイダーが突破してやって来た。彼らの視界に映る物すべてがスローモーションに見える最中、アイリの大声が聞こえた。


「今ぁ!!」


 アイリは三人の背中を押して走る。押し押されて、ドアを間に飛び出てきた大きな体に体当たりし――。


 巨大バグ・スパイダーを下敷きにしてビル下へと落下させた。


 その反動で四人は地面へと尻餅をする。巨体のウィルスは背から地面へ着地して痙攣をしていた。それを機に「今の内に逃げよう!」と三人を促して、その場から速やかに逃げていくのだった。


     ▼


 地鳴りがした。僅かに感じたこの振動にハイチは周りを見る。特に異変はないようであるが――。


 周りを気にするハイチにメアリーは声をかけた。


「もしかして、ですか?」


「いや、気のせいだな」


 どこに潜んでいるのか、わからない連中を気に留め過ぎているせいだろう。神経を削らされているようだ。現実世界じゃ二時間も経っていないのに。


「ハイネさん、大丈夫でしょうか」


 メアリーは心配そうに後ろの方を歩いているハイネとヤナを見た。ハイチも二人の方を見た。自身の妹の表情は憂いに満ちている。


「…………」


「夕方からあんまり元気がなかったと言うか、なんと言うか……」


「ライアン、ハイネを心配してくれてありがとうな」


 ハイチが微笑む。なぜか彼のその表情を見て、動揺してしまった。


「い、いえ」


 なんなのだろうか、この妙な気持ちは。メアリーがそう感じていると、彼女たちが武器を見つけてきたようで、こちらへとやって来た。


「お兄さーん、武器を見つけましたぁ」


 ヤナが弾薬の入った箱を手にしてこちらへと駆け寄ってくる。その箱を見たハイチは「武器と言えば武器だけどな」と皮肉っていた。


「でも、お兄さんが持っているやつと一緒の物ですよね」


「そうだな」


 弾薬の箱を受け取るも、ハイチの視線はハイネに向けられる。彼女は一人壁に寄りかかっていた。


「気になります?」


 心配性ハイチにヤナはいたずら顔でそう訊いてきた。


「そりゃあな、兄貴だし」


「わかります、わかります。ボクもイヴァンがああなったら気になりますしねぇ」


「んー、でもこういうとき、どう接するのかわからないんだよな」


 あごに手を当てるハイチを見て、にたりとあやしい笑みを浮かべた。それはメアリーも目撃する。この笑みに嫌な予感が過るのだ。


「ボク、知っていますよ」


「はあ?」


「お兄さんがハイネを笑わせればいいんですよぅ」


「笑わせる?」


「そうそう! 誰だって強引に笑わせれば、笑顔になっちゃう!」


 そのようなことが通用するものなのだろうか。ハイチはハイネの方を見て、ヤナの方を見た。相も変わらず彼女はにこにことしている。


「つーか、笑わせるって。俺、そんなばかはしないぞ?」


「できますよ、お兄さんならば」


 そうヤナが何かを耳打ちしてくる。一体何を話し込んでいるのだろうか。


 耳打ちで話を聞くハイチの表情が段々と顔色なしになってくる。ややあって、「嘘だろ!?」と大声を出した。これにハイネも気付いたようで、メアリーに何があったのかと訊ねてきた。


「い、いえ、私も何がなんだか……」


「無理、無理! 無理だって!」


 高速で首を横に振り続けるハイチ。どんなことを言われたのか。


「やるっきゃないでしょ!」


「そう言うなら、バーベリがやれよぉ!」


「いいえ、ここはお兄さんがやらないと意味がないんですよ!」


「二人とも、どうしたの?」


 怪訝そうにハイネが訊いてくる。ヤナは急かしてくる。


「ほらほらぁ!」


「――ああ、もうわかったよ! やればいいんだろ、やればっ!!」


 口を尖らせ、不満垂れた表情で「ハイネぇ!」を呼んだ。


「なっ、何?」


 当然、理解しきれないハイネは戸惑いを隠せない。それは傍らにいるメアリーも同様の反応を見せていた。『やる』とは何をだろうか、と疑問を抱きながらも、ハイチはヤナの方に顔を向けた。彼女は髪の毛を後ろへ払う仕草をする。


「ヘイッ、ジェシカ。これから戦場に行くというのに、どうしてドレスを着ているんだい?」


 突如、ハイチがカッコつけながら、身ぶり手振り大仰そうに言った。きらりと見せる白い歯。元々が内面残念系のイケメンだからか、余計に腹立つ。


「ハァイ、ジャック。戦場はパーティーよ。だから、私は着飾るの」


 ヤナも普段の口調とは裏腹に、大人っぽい女性のような声でそう答えた。


 二人は一体何の真似をしているのか。メアリーには見目解答もつかない。


「オウッ、それは頭のいい考え方だねっ! じゃあ、お酒もおつまみも持っていく方が楽しさ倍増だ! おーっと、こんなカッコじゃ――ハハッ。パーティーを楽しめないね。平和的にタキシードでも着替えぐぶっ!?」


 何もないところで一人仰向けに倒れたハイチに、慌ててヤナが駆け寄ってきた。


「す、すまない、ジェシカ。俺はここまでだ……」


「そ、そんなっ! 嫌なことを言わないでよ、ジャック!」


 しかし、ハイチは反応は見せない。目を瞑ったまま力なく地面に寝転がっていた。そんな彼にヤナは悲痛の叫び声を上げる。


「ジャック! じゃあああっくぅうう!! 起きて、起きてよぉおお!!」


 大声が周りにこだまする。ただ、それだけ。謎の沈黙タイム開始。


 何がなんなのか。わからないメアリーはハイネの方を一瞥する。彼女も二人に対してどのような反応をすればいいのかわからないようで、困惑した表情を浮かべているようだった。


 何の反応も見せない二人に、ハイチはうっすらと目を開けた。二人の方を見る。今度はヤナの方を見た。彼女はまだ演技に入っているようで、泣き真似をしている。


「…………」


 やがて、気恥ずかしそうに起き上がった。この戸惑いの空気が痛い。


「じゃ、ジャック! 生き返ったのね!? ――あれ? こんなシーンありましたっけぇ?」


 こっそりと耳打ちしてくるヤナに、ハイチは彼女の頭を軽く叩いた。


「いつまで演技に夢中なんだよ」


「へ?」


「へ? じゃねぇって。二人見てみろ、二人」


 あごで差す二人に「絶賛?」そう、小首を傾げる。


「そうだな、絶賛どう反応していいのかわからない状況だな」


「ああ、なるほど」


「ほらぁ!! だから俺、言ったじゃねぇか! 無理だってぇ!」


 ハイチは項垂れた様子で、顔を膝に埋めた。余程恥ずかしかったのだろう、顔を上げようとしない。


「まぁ、まぁ。お兄さん、恥じらいなくジャック役を演じれましたか? そうでなければハイネを笑わせるなんて十年早いですよ」


「なんだとぉ!? バーベリは自分が名演技だって言いたいのかっ!?」


 ようやく顔を上げたハイチは耳まで真っ赤な状態である。


「もちろんですよ。今の私はジェシカ・ノーマンよ」


 そう言って、ヤナはまた髪の毛を後ろに払うふりをする。それを見ては鬱陶しそうにしていた。


「だから、もういいってば」


 と、ここでハイチとヤナのやり取りが面白かったのか、ハイネが小さく笑った。つられてメアリーも笑ったが、正直なところ何のコントをしていたのだろうか。


「それってさ、『戦場の中心でバカヤローと叫ぶ』のパーティーのやつ?」


 どうやら、アイリとガズトロキルスがよく話していた深夜ドラマのネタらしい。それならば、自分は知らない。その時間帯はすでに寝ているのだから。


「そうだよ。よかったですねぇ。ハイネとライアンさんが笑ってくれて」


「なんだ、その言い方」


 ハイチが頭を掻いて立ち上がったとき、妙な気配を感じた。真上からひしひしと伝わってくる嫌な感覚。急いで、真上の方を見た。自分たちの傍らに立つビルの壁に巨大なバグ・スパイダーがこちらを見て這っていたのだ。何もそれは彼だけに限った話ではない。気付いた彼女たちは絶句。


――ヤベッ!


 攻撃される前に、とハイチはエレクトンガンを一発だけ発砲した。


「俺がこいつを引き連れている間に逃げろっ! いいか、三人で固まって逃げろ! こっちだ、デカブツ!!」


 ハイチは彼女たちの安全のために自ら囮となり、巨体なウィルスの挑発をした。それに乗ったバグ・スパイダーは建物の壁に穴を空けながらも迫りくる。


「うわっ!? こわっ!?」


 予想以上の恐怖心に駆られたハイチは表情を引きつらせながらも、一人誘導し始めるのだった。


     ▼


 ワイアットとターネラはこのエリアにあるかもしれないエレクトン系の武器類を探していた。現在、彼らがいる場所は元オフィスビル。使われていない埃塗れの机や椅子が乱雑にあった。引き出しやロッカーから見つかるのはごみばかり。


「ここの部屋、ないですねぇ」


「そうだな。他の部屋にあるかもしれない。先に行っているぞ」


「はい」


 キリたちのチームは今、このオフィスビルで手分けして捜索中である。流石に外を歩くときは固まっているが、ビル内であるならば、同じフロアで別々の部屋にいても問題ないだろう。そんなワイアットの考えであるのだが――それはただのわがままに過ぎない。キリと一緒にいたくないだけなのだから。しかし、その心内をターネラは知らないし、あの二人も知らない。


 ワイアットがまだ捜索していない部屋へと入ると、そこの部屋に誰かさんがいた。一瞬だけ、嫌だな。そう思った。するべきことをせずして、机の上に座り込んで窓の外を眺めているだけだから、なおさらだ。


 何をしているのだろうか。


「何をしていらっしゃるんですか?」


 物事にでも更けているのか? そうだとしても、今はそんな悠長している状況ではないのに。わかっているのか?


 ワイアットの呼びかけに、顔だけを向けられた。


「…………」


 何も言わず、ずっとこちらを見ていた。もしかして、夜のことで怒っているとでも? あれは向こうが悪いのに、責任をこちらに押しつける気か。


「何か見つけられたんですか?」


 ワイアットのその問いに小さく頷くと立ち上がった。こちら、入り口の方へと近付いてくる。靴と床の音が嫌に大きく聞こえた。


「もちろん」


 部屋を出て行ってしまった。我に戻ったようにして、ワイアットが慌てて追いかけるも階段を下りてしまう。その場で混乱していると、ターネラが呼ぶ声が聞こえてきた。


「フォスレターさん、デベッガさんたちもついさっき終わったそうで。そっちの部屋はまだですよね?」


「えっ、ついさっき?」


 聞き返してしまった。今、彼は階段を下りたのに?


 別の部屋からキリとガズトロキルスが出てくる。驚きは隠せない。


「おっ、フォスレター。俺たちも手伝うぞ。この部屋だな」


 そう言って、三人は入っていく。ワイアットも部屋に入って捜索をし出す。今のは何だったんだ?


 訳がわからずして、窓の外を見た。外には――急いで、部屋にいるキリの方を見る。彼は適当に引き出しを開けたり閉めたりしていた。また窓の外を見るが、外には誰もいなかった。


 あれは何? そんな疑問が頭の中をぐるぐると回り続けていた。これをキリに言うべきか。いや、彼とは口を聞きたくもない。そうだ、ハイチに報告しよう。


 ワイアットはこのことを夜まで黙っておくことにした。


     ▼


 辺りが暗くなり始めて、視界が悪くなり始めた頃にそれぞれ各チームは本拠点へと戻ってきた。本部として置いている部屋に見つけた武器や道具類を並べていく。


 その数を見て、ハイチは屈んで眺めていた。かなりの量の弾薬に加えて軽機関銃なども見つかったようで――おまけにロープや工具類といった道具もある。これはありがたい。


「みんな、結構見つけたな」


 そう言うハイチはドアノブを手に取った。なぜ、このような物がここにあるのか。それ以前に、これの使い道はあるのかと微苦笑を浮かべながら床に置き直す。


「ほとんど見つけたの、ハルマチたちのチームじゃないですか?」


 キリもまた中腰で見ており、話を振るようにケイの方を向いた。彼は「そうだな」と頷く。


「あの巨大なバグ・スパイダーと遭遇しなければもっと持ってこられたんだがなぁ」


「お前らも出会ったのか」


 ハイチが怪訝そうにそう言った。その発言にキリは彼らも会ったんだなと推測する。


「なんだ、ハイチもか」


 セロが驚きながら、こちらへとやって来た。どうやら、キリたちのチーム以外全員が巨大バグ・スパイダーに遭遇したらしい。


「ちなみにデベッガのところはどうだった? 逃げ回ったのか?」


「いや、俺たちのところは特に何も……なぁ?」


 ガズトロキルスとターネラは肯定するように頷いた。一歩遅れてワイアットも小さく頷く。本当は違うのに、と彼は罪悪感に見舞われながらもキリを見ていた。


 言うべきか――否、これはハイチやセロだけに言った方がいいのかもしれない。そう思ったワイアットはキリがここから立ち去った後に報告しようと決めていた。


「ということは、なんだ? デベッガたちのところだけ何もなかった、てか?」


「そうなりますね」


「いいなぁ、あたしたちずっとこそこそ動きだったよ」


 アイリが羨ましそうに言う傍ら、ケイが「結構堂々としていたよな?」とマティルダに確認していた。それに対して彼女は大きく頷く。


「あんな思いするのはごめんですわ」


     ▼


 解散となった後、その場に残ってセロと明日の行動について話し合うハイチにワイアットは声をかけた。


「なんだ?」


 ただ、言うだけなのに緊張する。


「あ、あの、お昼にデベッガさんを二人見たんですけど……」


 そう言うと、ハイチとセロは顔を見合わせた。彼らは怪訝そうにこちらを見てくる。


「フォスレター。デベッガを二人見た、とはそのまんまの意味で捉えていいのか?」


「はい。なんと言うか、前夜祭のあいつと同じような雰囲気がして……」


「マッドってやつか? そのことはデベッガに言ったのか?」


 ハイチの質問にワイアットは否定した。彼の眉間はより一層深くしわが刻まれる。


「なんでお前、それをデベッガに報告しなかった?」


「逆にそれを言ってどうするんですか? もし、あの人が裏切っていたら?」


 どうやら、ワイアットにはキリに対しての疑心暗鬼が強く抱いているらしい。反問をしてくる。


「ちょっと、お前の言っている意味がわからないけど……二人見たなら、一人は確実にマッドだろ。マッドがここに来ているんだろ? だから、それわかってんならデベッガになんで言わなかったのか、って言ってんの。それができないなら、オブリクスにも言えただろうが」


「…………」


 その無反応を見てハイチは頭をかくと、舌打ちをした。そして、「セロ」と呼ぶ。


「今回の件でどう見る?」


「……そのデベッガの偽者がコンピュータウィルスの親として来ている可能性もあるな。聞けばこのゲーム自体、専用ソフトウェアに人の脳の情報をデータ化した物をインストールしているとか。なら、偽者の脳のデータをウィルスソフトに組み込んで、こちらにハッキングすれば――」


「まあ、そっちの可能性が一番確実ちゃ、確実だよな」


 ハイチが確信をすると、じっとワイアットを見た。


「マッド、見たことあるだろ? どんなやつか知っているだろ? お前も俺もぶちキレそうな目にあったことくらい」


 そう言われて、前夜祭を思い出した。鮮明に記憶に残る嫌な光景。


「…………」


「デベッガが頼りないと思うのはわからなくもねぇけど、それでも言えよ。あいつじゃなくても、オブリクスぐらいには。二人ともその場で素早く対処できるほど器用じゃないと理解しているだろうけどさ。少なくとも、チームを拠点へと送るぐらいはできるはずだと思うぞ?」


 ワイアットに反応はない。ただ、下を俯くばかり。


「……ちょっと、デベッガを呼んでこい。話をするから」


「え」


「いいから、呼んでこいって言ってんの。自分がしたこと、わかってんの?」


 ハイチの気迫に押されるがまま「はい」と小さく返事をすると、その場を去っていった。妙に重々しい空気がこの場に漂う最中、セロは軽いため息をつく。


「珍しいな」


 その呟きにハイチの反応はない。


     ▼


 キリは昼に見つけた武器や道具類の整理をしていた。その場にはケイとヴィン、ガズトロキルスにイヴァンもいる。


「これ、誰だよ。持ってきたのは」


 ケイの手にはドアノブが握られていた。詳細不明の物。これに苦笑いする。


「さぁな。俺が戻ってきたとき、ハイチさんが手に持っていたけど」


「あの人が持ってくることはないと思うがなぁ。――ワイアット、ヒマなら手伝ってくれ」


 ケイがワイアットにそう呼びかけた。だが、彼はそれを無視してキリのもとへと近付く。それに多少の戸惑いを隠せないキリは硬直していた。


「えっと?」


 あのときの今だ。昼から思い抱く心のせいで、どう接すればいいのかわからない。それでも、とワイアットは「あの」と言った。


「お義兄さんが呼んでいます。来てください」


「あ、ああ、うん」


 どこか暗い表情のワイアットには誰もが感付いていた。そんな彼の後をキリは着いていく。


 今のワイアットもそうであるが、ハイチの呼び出しが気にかかる。なんだろうか――。


     ▼


 先ほど昼の報告をした部屋へとキリとワイアットはやって来た。そこへ入った瞬間、妙な空気を感じ取った。なんとも言えない不穏な空気である。


「えっと?」


 どうして自分が呼ばれたのか。コンテナの上に座り込んでいたハイチに声をかけようとすると、彼が口を割り込んできた。


「言えよ」


 一瞬だけ、自分のことかと思った。だが違う。ハイチはワイアットの方を見て、若干苛立った様子でそう言っているようだ。キリは彼の視線を見た。


「…………」


「ほら、早く言えって」


 段々と追い込んでいる気がして、可哀想だと思ったキリはワイアットに助け舟を出した。


「えっと、俺に何かある?」


 ワイアットは視線が泳いでいるようだったが、それでもとキリの方を向いた。


「前夜祭に現れたあなたの偽者を昼に見ました」


 衝撃的事実を聞かされ、キリは瞠目した。マッドを見た? それは自分たちが担当していた場所にだろうか?


「こいつがデベッガやオブリクスにそのことを報告していなかったんだとよ」


 そう言われても、何も言葉は思い浮かばない。頭が真っ白になっていた。まさか、マッドがヴァーチャルの世界にまで来ると思いもよらなかったから。ワイアットが報告していなかったという事実よりも、どうしてここまであいつが執拗に追いかけてくる疑問が強過ぎるのだ。


「デベッガ。やつが行きそうなところわかるか?」


「行きそうなところですか?」


 質問の答えを考える隙も与えさせないほどの動揺がきている。それでも、と必死で頭の思考を巡らせた。マッドが行きそうなところ。それはすなわち、自分自身が行こうとする場所。行きたい場所。


――あいつが俺なら……。俺があいつなら……。


「……少なくとも、このビル内には一度くらいは侵入しているかもです。もしかしたら、誰かと接触くらいはしているかと……」


「なるほどな。おい、フォスレター……お前、本当は『見た』じゃなくて『接触』しているんじゃないのか? それも何度か」


 これにキリは驚いた様子でワイアットを見た。何度も? いや、本人自身もびっくりした表情でいた。どうも自覚をしていなかったようだ。


「これなら、フォスレターがデベッガを邪険にする理由がわかるな」


「えっ、で、でも! デベッガさんとあいつは持っている記憶とか違うんじゃないですか?」


 何かを察知したかのようにハイチの片眉が僅かに動いた。


――はぁ?


「記憶?」


 ワイアットに訊き返した。


「ハイネの記憶か?」


 今度はキリが視線を泳がせた。ワイアットが小さく頷くと、セロは眉間にしわを寄せ始める。ハイチはなぜそのことを知っているのか、と疑問を抱くよりも、マッドがキリの記憶を持っていることがありえるのかと考えていた。なぜなら、今まで見てきたマッドはキリの性格に似ても似つかないから。


――ありえるのか?


 険しい表情のハイチはキリの方を見た。


「デベッガ。ハイネの記憶をデータの世界で失くしたって言っていたけど。それ、どこでだ?」


 もし、失くした記憶をマッドが拾っていたならば? それ以前にどこで失くしたのか。そこを知りたい。


「どこと言うか……お、俺が悪いんですけど、ガンがデータ・スクラップ・エリアっていうところに捨てたらしくて――」


「はあ!?」


 声を荒げるのも無理はない。失くしたのではないのか? 捨てた?


「ガンが捨てたぁ?」


「えっと、軍のシステムにガンが知らないデータがあったらしくて、俺とハルマチに確認したけど、そのときにキンバーさんの記憶だって知らなくて……」


 キリは三人にこれまでの経緯について話した。もちろん、情報の大海にある海岸で今も欠片を集めていることについても。


 すべての事情を聞き終えたハイチは顔をしかめて何かを考えていた。ややあって、その口を開く。


「お前に言いたいことはあるが……多分、わかった」


 一同がハイチを見る。


「野郎、お前のハイネの記憶のデータを拾ったんだ」


「え?」


「じゃなきゃ、フォスレターとの会話の辻褄も合うに合わんだろ」


「……いや、ハイチ。マッドはハイネの記憶だってわかるのか?」


 セロが腕を組みながら疑問を言い放つ。それにキリが答える。


「か、可能性はなくはないです。あいつは俺です。俺の記憶がどれかぐらいか、わかると思います」


 キリは奥歯を噛みしめた。ここまで来るとは思いもよらなかったから。どこまでも自分を追いかけてくるもう一人の自分。絶対に自分のふりをしてワイアットを翻弄していたに違いない。ハイネと自分の関係性のことを知っていたから――。


 腹の底から煮えたぎる苛立ち。握り拳を作る。


「……ハイチさん、ヴェフェハルさん。一つ提案があります」


     ▼


 キリは突撃銃を一挺持って、ビルの屋上にいた。ここは本拠点の屋上にもなる。そこにたった一人で、たった一人の人物を待つ。それは互いにどちらも待ち侘びる者だ。


 生憎の天気。向こう側の空は曇っており、朝日は全く見えなかった。いや、それがもっともなのかもしれない。あまりにも眩し過ぎると、戦闘に差し支えてしまうから。


 不意に気配を感じた。どこからやって来るのか、ただ静かに神経を研ぎらせる。瞬時に振り返って、それの銃身で攻撃を受け止めた。重たいその一撃で気力が一気に削がれた気がする。


 上手い具合に銃身で払い、距離を取った。この場に現れた敵――マッドである。


「…………」


 マッドは何も言わずして、手に持っていた突撃銃の銃身でキリを殴ろうとする。彼はその打撃を受け止めず、避け続けていた。その攻撃は滅多なことでは受け止める気はないらしい。


 引き金を引いて、弾丸を当てようとする。命中とまではいかなかったが、マッドの脇腹を貫通した。そう、貫通しただけで苦痛の表情を浮かべることはないだろう。キリはすぐさま動く。


 避けては引き金を引き、避けては引き金を引き、それを何度も繰り返す。そうしていく内にマッドの体にはいくつもの風穴が空いていた。見た目が自分だからか、すごく気分悪い気がする。


「ここに何しに来た?」


 ようやく、キリがマッドに質問をした。それに鼻で一笑される。


「お前が俺ならわかるだろ?」


「俺の存在か?」


「それも、そうだが……」


 自身の胸を差してきた。嫌な予感しかない。


「いるよな、一人。過去の歯車を持ったやつが」


 自分の持っている過去の歯車のことではないようだ。いつ、どこでそれを知ったのだろう。


「それはただのデータなだけだ」


「いいさ、データでも。作ればいいんだからよ。もしくは――」


 マッドは駆け出し、突撃銃の銃身打撃をキリに与えようとした。


「力ずくで奪うまでっ!!」


 途端、こちらへと何かが飛来してきた。その場に立ち止まるマッドの足下には――ドアノブが。


 なぜ?


 そのドアノブに気を取られたマッドにキリが先に銃身で殴打する。その場でよろめく彼に対して追い打ちをかけるかのように、周りのビルから一斉射撃が行われた。キリは自身が銃撃に当たらないようにその場を離れる。


 今回はデータでできた体。特にバグ・スパイダーにとっては一番堪えるはずのエレクトン系の武器。もしも、マッドがここへやって来たのに、自分たちと同じようなマシンを使っていたならば――。


     ▽


「デベッガが囮になるのか?」


「はい」


 キリは大きく頷いた。それしか方法がない気がしたから。


「マッドは俺になりたがっています。もしも、俺のキンバーさんの記憶を拾ったとするならば、俺になろうとする時点で俺の他の記憶も欲しがるはずです」


 ハイチはあごに手を当てて、しばし考えに更けた。


「……デベッガはそれでいいのか?」


 セロは心配しているのか、キリにそう訊ねた。彼はもちろんだと頷く。


「ずっと、このままこの世界に閉じ込められるのはみんなにとって危険ですので」


 長期戦、それは下手すれば疲労の隙をつかれて食われてしまうかもしれないから。ハイチは納得した。


「経験者は語るってか。わかった、それで行こう。決行は朝日が昇る前からだ」


「はい、わかりました」


     ▽


 一斉射撃はエレクトンボムも使うため、キリはマッドからなるべく距離を置く。爆風がこちらまで迫ってきており、黒煙が広がってきて視界は悪劣だった。マッドの姿が見えない。


 しばらくして、一斉攻撃が止んだ。爆発中心地がどうなっているのかは誰もわからない。


 キリは突撃銃を構えて、周りが静寂になるのを待った。他の者も武器を手に取り、ひたすら待つ。


 爆心地を睨んでいると、そこから何やら影が見えた。その影はこちらへと飛んでくる。銃身で防御に入った。それの正体は白い糸だった。


――マッド!?


 マッドがいるはずの場所へと引き寄せられそうになる。僅かながらもキリは引っ張られていた。だが、力差に負けて突撃銃を手放してしまう。


「言っただろう」


 四方を囲むビルが突如として倒壊を始めた。その原因は誰もが見た巨大バグ・スパイダーよりも更に巨体へと変貌を遂げたウィルス四体が建物を食い荒らしていたから。それに伴い、大きくアラームが鳴り響く。誰かがアウトになった証拠であるが、このヴァーチャル世界から脱出することはまだ叶わない。


 煙が晴れ始めると、マッドの右手が見えた。手には自分のか、それとも彼が最初から持っていた銃か。圧し折る。同時に屋上の入り口からハイネが。屋上の左右にあるふちから、ハイチとアイリが這い上がってきていた。そして、ようやくマッドの姿が見えたとき、四人は驚愕した。


「力ずくでも奪うまでだと」


 雲の隙間から窺える光が差し込んでくる。それを後ろから浴びる姿は上半身がキリの体で下半身がバグ・スパイダーのバケモノ――マッド・バグ・スパイダー。これこそ、まさしく異形生命体と言えるのではないだろうか。

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