想思 ④
青の王国の南部にある孤島のとある施設では王国軍や教官たちが焦りの表情を見せていた。現場監督であるヤグラにも現在の対応に追われている。
ヴァーチャル・シミュレーションを開始してから、時間を経たずして、事件が起きていることを知った。ハイチたちのチームとセロたちのチームが対戦中にエラーの連発がなったのである。何事かと確認をしようとしても、操作コンピュータはフリーズしている。彼らを観戦するためのモニターは砂嵐状態で二チームがどのような状況になっているのかさえ把握できなかった。いや、それはほとんどのチームがそのような状態に陥っているのである。
「る、ルーデンドルフ教官!」
彼ら――特にメアリーに何かしらの支障はないのかと訴えるブレンダン。当然だ。
「げ、現在確認しています!」
原因、安否の確認。誰だって急かすのはわかっている。だからこそ、ヤグラは焦りを見せていた。
「何がどうなっているんだ?」
ガイドをしているガンは気付いているのか。連絡を取りたくてもコンピュータが固まって動かせいない以上、どうしようもない。
ふと、王国軍のシステムを警備するガンが頭を過った。いや、彼は違う。彼とガイドのガンは別個体の物だ。それでも、基盤はガン本人である。そう、ガン本人であるからこそ――。
訊いてみなければ、わからない。そう思い立ったヤグラは自身の鞄から端末機を取り出して、ガンに呼びかけてみた。電子世界のことならば、彼が一番知っている可能性はあるかもしれない。そう思って。
『きみの知恵を貸してくれ。脳情報変換機を利用して人を専用ソフトの中へ送り込んだんだけれども、メインコンピュータがフリーズした状態でかれこれ二時間以上も経っているんだ。何が原因なんだろうか?』
メールを送って、すぐに返信が届いた。
『ヤグラの端末機をメインコンピュータにつなげてくれないかい? 確認してみよう』
ヤグラはすぐさま自身の端末機を操作コンピュータにつなげた。
それを待って十数分後、ようやく端末機にガンからのメールが入った。
『そっちのシステムに接続できないみたいだ。何かしらに遮断されているみたい。もう少し解析してみるから待っていて』
またしばらく待っていると、ガンからメールが入った。
『遮断された痕跡がバグ・スパイダーにそっくりだね』
その事実にヤグラは目を見開いた。これは何かの冗談だと思いたかった。
「ルーデンドルフ教官、いかがなされましたか?」
「ひ、非常に申し上げにくいのですが、システムをウィルスに乗っ取られたようです。す、すぐに、対処致しますので!」
とんでもない状況に追い込まれてしまった。ということは、だ。彼らは現在バグ・スパイダーと戦っているのである。今の彼らはデータでできた者たち。あのウィルスはデータを食べる者たち。
『ヤグラ。そのシステムの中にキリを送ったらどうだい? 彼なら倒せるし、そのための資料を送ることを惜しまないよ』
どうやらガンはキリを信用しているようだった。その提案に渋った表情を見せる。今頃の彼は戦っているのだから。
『ガン、もうデベッガ君は中にいるよ』
事実だけを報告すると、ガンから返信が来た。
『一度、ヤグラの端末機をキリのところにつなげて。そっちからじゃ送れないだろうから、私が彼に必要な物を送るよ』
『頼んだ』
頼みの綱はキリだけか。ヤグラはすがる思いで自身の端末機を彼が座って眠るマシンに接続した。
「い、一体何を?」
「デベッガ君に賭けるしかないようです」
キリに賭ける? 困惑するブレンダンも彼を見た。
▼
「ウィーラー! ライアンを頼んだ!」
そう大声を張り上げるのはセロである。待ち伏せていた建物が突如として倒壊されたのだ。一応はデータの体だからこそ、骨折といった重傷はなかったものの、落ちたときの衝撃の疲労感があった。だが、ここで休んでいられない。否、あるわけがない。彼らの眼前には自身の目を疑うほどの巨大バグ・スパイダーがいるのだから。
セロは手近にあった軽機関銃を手にして連射する。その音でソフィアは気がついたようにして、メアリーの盾となるも怖かった。膝が震える。落ちたときの感覚のせいか。いや、違う。慣れたはずと思っていた物が更に慣れない大きさになっているからだ。それでも、と弱気を見せられない。
「わ、私がついています!」
ソフィアの怯えようはメアリーにも伝わっていた。
セロの方を見た。すべて、己に注視させて誘導攻撃ばかりをしている。エレクトン系の軽機関銃を連射する片手間にエレクトンボムを投げる。これの繰り返し。しかし、巨大バグ・スパイダーにかすり傷一つも与えられていない。彼の表情が段々と険しくなってくる。自分たちが動ける範囲も瓦礫があるせいで限られていた。
ゆっくりと追いやられているのがわかる。それに応じて彼女たちも後退していく。逃げ道などない。瓦礫が自分たちを囲っているから。
そう、自分たちの手で対処しないといけないのだ。それはソフィアにとって重々承知している。このような状況で虫が怖いだなんて言っていられないはずなのに、恐怖心が増すばかり。
「ぐっ!」
セロが一人苦戦を強いられているのに、黙って見たままでいいものなのか。
――これでいいの?
後ろにいるメアリーは自分のことをどう思っているのだろうか。王族に仕える身でありながらも、動けないこの体たらく。あまりにも惨めで悲しくて、ソフィアの目からは涙が頬に伝う。
「…………」
「ソフィアさん」
泣いているソフィアにメアリーが優しく声をかけた。その優しさが涙を誘う。彼女は泣きながら盾になった。
「ご、ごめんなさいっ。青の民として……私、失格ですよね?」
泣いて謝って許せることではないと自覚している。それでも言わなければ、と頭の中にあった。しかし、メアリーはそれが最初からなかったかのように「そんなことないよ」と手を握ってくれた。
「大丈夫。道は拓けるから」
メアリーが力強く頷くと、手を離して落ちていた散弾銃を手に駆けた。
「姫様っ!?」
――どこかに弱点はあるはず!
静止を聞かずして、メアリーは巨大バグ・スパイダーに気付かれないように背後へ回った。そんな彼女をセロが見た。
「ら、ライアン!?」
「ヴェフェハルさんは、注意を逸らしていてください! 私がどこか弱点を探りますから!」
固まるソフィアの方を向いて何か言おうとするが、巨体は自分の方に向いており、よそ見できなかった。もうここは為すがまま、メアリーに任せるしかないのだ。
「頼むっ!」
二人が危険だと承知して行動をしているのに。自身が守らなければならない人が行動をしているのに。自分自身が動かなければならないのに。
「なん、で……?」
――私は一体何をしているんだ?
ソフィアは幼い頃から虫が苦手である。特に地や壁を這う虫がダメで――よくケイたちから泣かされていたことを思い出した。それでも、弱虫だって言われないために鍛錬をした。それを隠すようにして――。
【大丈夫。道は拓けるから】
メアリーを見た。彼女は奮闘している。巨大バグ・スパイダーが気付いた。
――あっ。
【大丈夫。道は開けるから】
ソフィアの足が動き始める。
「ライアンっ!」
遅れてセロも気付いた。
メアリーに巨体が攻撃――した、はずだった。いたはずの彼女がいない。これにはバグ・スパイダーも混乱している様子。
「ここだ、気持ち悪いやつめ」
声がする方を一体と一人が振り向いた。そこにいたのは、メアリーの盾として、散弾銃を構えているソフィアがいた。泣いていたせいか、目を赤く腫らしていた。
次の行動をとらせまい、と引き金を引いた。その弾は吸い込まれるようにして巨大バグ・スパイダーの口の中へと命中する。これに騒ぎ出す、暴れ出す。のた打ち回りながら、二人の方へと突進してきた。
ソフィアは怯えずして、メアリーを引き連れて逃げていく。そして、彼女たちを守るようにして、セロが足止めをしに来た。軽機関銃を連射しつつ、エレクトンボムを投げる。
逃げ回っていて、メアリーはあることに気付いた。
――もしかして……。
「わ、わかったかも!」
「何がでしょうか?」
「外側、傷つけられないでしょ!? それなら、口を開いた瞬間に威力ある物を突っ込んだならば勝てるんじゃないのかな!?」
「威力ある物ですか?」
困惑するソフィア。それはセロもであった。
「だが、ライアン! 威力が大きいやつは瓦礫の下だぞ!? 今、あるこれで対処するしかないんだ!」
そう、諦めるしかないのだ。そうかとメアリーが落胆しかけたとき、ソフィアが出た。
「ならば、私が囮になりましょう! その隙にヴェフェハルさんと姫様が探すのです!」
「え」
メアリーが驚くのも無理はない。ソフィアは虫が苦手であることを知っているから。それはもちろんセロだって。だが、彼女は臆することはなかった。むしろ、堂々とした態度で前に出ようとした。
「姫様が言ってくれた! 道は拓けると! それならば、私はそれを信じよう! 青の民ならば、信じようじゃないかっ!」
大声を張り上げるソフィアは巨大バグ・スパイダーの誘導を始めた。唖然とするセロにメアリーが近寄って真剣な眼差しを向ける。
「ヴェフェハルさん、私たちもソフィアさんを信じましょう」
「……ああ!」
巨大ウィルスをソフィアに任せることにして、瓦礫に埋もれたエレクトン系の重機関銃を探し出す。この目で見たはずだ。埋もれながら下に落ちていく姿を。それが使えるとは限らないのは知っている。だが、彼女が自分で道を切り拓こうとしているならば、それに加担するべきである。
自分を信じなければ。誰かを信じなければ。
――あった!!
ようやくセロとメアリーは瓦礫に埋もれていた重機関銃を見つけた。見たところ壊れた様子はなかったが、ここら辺にはこれ一機しかないのだ。
やるしかない。
「ソフィアさん!!」
メアリーが大声を上げた。その声に一人と一体。ソフィアが一足先に動いた。
「いいか、ウィーラーが来ても撃つな。食われる間際にぶち込むぞ」
「はいっ!」
ソフィアが走ってきて、共に構え出す。巨大バグ・スパイダーは迫ってくる。それでも三人は見極めた。ぎりぎりまで。
大きく口を開いたその瞬間を見逃さなかった。
「今っ!!」
彼らは巨大バグ・スパイダーの口の中に向かって重機関銃を連弾していった。入り込む弾丸は隙を与えない。その巨体を痙攣させながら奥へ、奥へと吸い込まれていく。
この連射は弾切れまで行われた。
▼
残った鉄骨に服を引っかけてしまい、宙ぶらりん状態のヴィン。地上の方を見ると、瓦礫の山に身を据えている巨大バグ・スパイダーがいた。そこに青ざめた様子でヤナとイヴァンがいる。
「逃げ道、ないよね?」
「逃げてもあいつの一歩でかいだろ。俺ら二人でどうにかしないと」
どうもあの二人は自分の存在に気付いていないようである。それ以前に助けてもらわないと、この状況でどう現状を打破すればよいのか見目解答つかないのだ。とりあえず、彼らを呼んでみることにした。
「おぉい、助けてくださぁい!」
一発で気付いてくれた。バグ・スパイダーの方が。こちらに向かって振動を立てながら迫りくる。
「なんでぇ!?」
揺れに揺られ、ヴィンは巨体の背中へと上手い具合に落下する。その様子を見ていたバーベリ姉弟は驚いた表情をした。
「あれ!? ザ、イツくん!?」
「ば、ばかっ! 大声――」
出すと、標的を変えて迫りくる。逃げる姉弟。ヴィンは背中で振り回されていた。揺れに揺られ、鉄骨に引っかかっていたときよりも断然酔いが強い。気持ち悪くなってくるが、そこは何かと堪えた。
「ぶ、武器は!?」
逃げ回っていても、いずれ体力の限界でやられてしまう。そうなるくらいならばとイヴァンが地面に落ちている武器類を探してみるものの、どこにもない。まさか、全部瓦礫に埋もれたとでも? そんな冗談はあいつの体のでかさだけにしてもらいたい。
「ないなら、これぇ!」
武器がないならば、その場にある物を使えばいいじゃない。そう言わんばかりに、ヤナはその場に落ちていた瓦礫を巨大バグ・スパイダーに投げつけた。だが、彼女のコントロール能力はあやしいようで、ヴィンに当たりそうになる。
「ば、バーベリ姉さん!?」
「ヤナぁ!?」
「失敗っ! 逃げろっ!」
さほど反省をしない様子で、ヤナは距離を置くために離れる。
「お前っ、あれじゃあザイツが死ぬところだったぞ!」
「仕方ないでしょ! 武器がないんだから! あるのはなんかロープしかないしぃ!」
「それだぁ!!」
巨大バグ・スパイダーの上に乗ったヴィン、走るイヴァンは一つの案を思いつく。それは二人同時に同じことを考えていたようで――。
ヴィンは鉄骨がむき出しになっている方を向いた。建物の床はすべて総崩れ。自分たちがいたビルには『あれ』があるはずだ。
イヴァンは逃げ回る中、一本のワイヤーを見つける。それは瓦礫の中に埋もれていたようだった。
――あった!
「ヤナ、逃げ回るくらいなら、地面に落ちているロープを拾いまくれ!」
「えっ。あわわ、わかったっ!」
「それならば、私は上から援護しましょう!」
追いかけ回すバグ・スパイダーがむき出しになった鉄骨付近まで近付くと、ヴィンはそちらへと飛んだ。そこにしがみつく。
三人がいたビルは全壊ではない。いくつか鉄骨がむき出しになった状態で残っているような感じだ。
ヴィンはそれを見越して、地面に落ちなかったロープを拾って鉄骨と鉄骨に張っていく。同時進行でイヴァンとヤナは二人がかりでロープを使い、足を引っかけるために低位置に張っていった。
自分たちはこんな大きな相手を直接倒せると思っていない。特にヴィンとイヴァンだ。自分たちの力量は把握していた。だからこそ――。
「ザイツ、どうだ!?」
「あとは、やつに引っかけるだけです!」
ヴィンは下りてきた。手には真上に張り巡らされたロープの余りが。
大きな物音がした。巨大バグ・スパイダーは低位置にあるロープと上に張り巡らされたロープに引っかかって暴れ回り始めていたのだ。
「大詰めだな」
「ですね! いやあ、『あれ』がこのビルにあってよかったですっ!」
満足げに頷くと、ヴィンは走り出した。だが、一人だけ状況を把握できていない者がいる。ヤナだ。彼女は「どういうこと?」とイヴァンに訊いた。
「『あれ』って何?」
「ヤナ、俺たちが待機していたはずのビルに一つだけあるだろ? 大きいの」
「手動爆弾?」
「そ」
「あれって、下に埋もれたんじゃ?」
「使い方、教えてもらったはずなんだけどな。まあいい、俺たちも行くぞ!」
「う、うん?」
イヴァンに急かされ、ヤナは走り出した。彼らはヴィンの援護に入るつもりである。
バグ・スパイダーに噛みつかれ、食われたらその自分が持っている何かしらの記憶はなくなってしまう。やつらが出現したときの夜に聞かされた話だ。信じがたい話だ、とヴィンは思っていた。しかし――。
【今の私たちは脳の情報を基にしてできたデータ。バグ・スパイダーはデータを食い散らかすコンピュータウィルス。軍のシステムに行ったことのあるキリ君なら、わかるよね?】
ハイネのあの言い種。疑いたくもないのだが、キリは――彼は何かしらの記憶を失くしている? いや、そうとしか捉えられ――。
「のうわっ!?」
考え事をしていたヴィンは間一髪のところでイヴァンに助けてもらった。あと一歩遅れていたならば、どうなっていたことやら――。
「危ないだろ!」
「す、すみません」
ヴィンの手には一本のワイヤー。それの先は瓦礫の下に埋もれている。真上の方からロープが千切れるような音が聞こえてきた。それに「間に合わない」とイヴァンが呟く。
「急ぎます!」
ヴィンはすべてを間に合わせるために、巨大バグ・スパイダーの足下へと転がり込む。引っ張られないよう、ワイヤーを慎重に足へと括りつけた。
その瞬間、何かを察知したかのようにして、ヤナが彼の首根っこを掴み取ってその場から一目散に離れ出した。それと同時に足に括りつけられたワイヤーは強く引っ張られる。
「ひっ!?」
凄まじい轟音、迫りくる爆風に二人は地面に転がった。すぐさま、爆心地を見る。あまりの破壊力なのか、巨大バグ・スパイダーからは火柱が上がっていた。それは動かず、ただ燃え盛るのみ。
▼
三人もいるのに、巨体ながらも素早く動くウィルスはターネラを執拗に狙っていた。ケイやワイアットが挑発に踊り込んでも、それをすべて無視し続ける。何を以てそんなに狙うのか誰もわかる余地がなかった。彼女には疲労が見えている。このまま走り続ければ、いずれ食われてしまう。どうしたものか、とターネラを守りながらやるしかないのだ。
「ケイさん!」
ワイアットがこちらを見てきた。ケイは頷く。
「スタンリー! もう少しの辛抱だから逃げていろ!」
「は、はいっ!」
そうターネラに指示を出すと、その場を離脱した。そんなケイのもとへとワイアットが走ってきた。彼はその場で構え出す。
ワイアットはケイの膝に片足を上げ、もう片足で彼の両手にかけた。ケイはこめかみに青筋を立てながら、大声を上げてワイアットを上へと投げる。
上空に投げられ、持っていた金属の棒を巨大バグ・スパイダーの頭と背中の関節へと突き刺した。堅い音がしたが、やつは立ち止まって大きな奇声を上げた。手応えはあったよう。ワイアットを振り落とそうと必死になる。彼もまた食いつくように、しがみつくしかない。その金属の棒を抉るようにして、押し込めていった。
「ケイさん! こいつ、関節が弱点みたいです!!」
その言葉にケイは周りを見渡した。今、自分たちの手元にあるのはエレクトンガン二丁とワイアットの金属の棒のみ。他の武器は瓦礫に埋もれているか、高いところにある倒壊していない場所にある軽機関銃くらいだ。
「行くならば――」
上へとよじ登れそうにはない。だからと言って、ワイアットに我慢して待ってもらえるほど瓦礫を軽々しく退かしている時間もない。
――やらせるしかない。
ケイはターネラに向かって呼びかけた。
「スタンリー! ワイアットと同じ要領で来いっ! 上にある銃のところまで飛ばすから!」
「えっ!?」
突然やれ、と言われて戸惑いを隠せないターネラ。当然だ。そこまで順応能力が高くない普通の人間だ。入隊して半年が経ってようやく実技関連の授業が本格的になってきたばかりなのに――。
「いいから、来いっ! お前なら飛べる!」
「む、無理です!」
「スタンリー! 行けっ!」
ワイアットもターネラに呼びかけた。なんとも無茶を言う二人組。
「できないです! 私には……」
「できる!」
「できません!」
「できるって! 来いっ!」
「無理です!」
できる、できないという押しつけ合いをする二人。ワイアットの腕の力にも限界は訪れてようとしていた。その反動のせいか、足を滑らせて金属の棒のぶら下がった状態の宙ぶらりんとなる。この状況にケイはターネラを急かす。
「いいから、早く来い、スタンリー!」
「嫌です! 怖いです!」
ほんの一瞬だけ、ケイの片眉が僅かながら動く。いや、小刻みに動き始める。尋常ではないほどのオーラがどっとターネラに押し寄せてきていた。それはもちろんワイアットも気付いている。
「いい加減にしろ、この弱虫がっ!!」
あまりの怒声に暴れ回るバグ・スパイダーも察したのか、一瞬だけ硬直する。しかし、再び奇声を上げる。それにケイは「うるさいっ!」と声を荒げた。そのようなことを言っても意味などないのにな、とワイアットには顔色なし状態である。
「状況を考えろ、状況をよぉお! 諦めんなっ! 何がなんでも諦めんなっ! お前ならできるっ! 自分を信じろ!」
「で、でも……」
ターネラの目には涙がにじみ出してくる。余程ケイが怖いのか、それとも――。
「『でも』ぉ!? でもという言葉を持っているから、できないって考えるんだよ! 捨てろっ! 今すぐに捨てろ!」
「怖いんです!」
「俺だって怖いんだよ、バカヤロぉ!!」
ケイが本音をぶちまけた。
「状況が状況なだけに怖いんだよ! この上を上れるのは俺とお前の連携しかないんだ!」
「…………」
「スタンリーが戦ったっていう証を残せよっ!!」
【まだ一回生だけど、経験にはなるからな】
ふと、マックスとサバイバル・シミュレーションでの話を思い出した。
ここに来てからは上級生に頼りっぱなしだった。どうせ、まだ一回生だから。どうせ、上級生の方が強いから。そう思って参加したけど――本当は、本当の自分は――。
――私だって……本当は!
ターネラは地方貴族であるが、ここ数年で落ちぶれてきている。だから彼女は学徒隊に入隊し、色んな経験を積んで家を建て直したいと思っていたのだ。家のため、名誉のため。正直な話、王都に住む貴族たちが羨ましい。言うほどに自身の家は名家ではないことは理解している。だからこそ、名声のあるケイやワイアット、マティルダたちの家が羨ましかった。
何かしら。何かしら自分の取り柄を探しても特にない。よく何もないところで転んだりするドジな子。一般人であるキリやハイチ、ヴィンが三銃士軍団に入団しているのが羨ましい。
「私だって……!」
「なら、さっさと来いっ!」
視界が涙でぼやける。それでもターネラは走った。ケイに向かって走った。
――私だって、可能性があるならば。
片足でケイの膝に乗り、両手の上にもう片方の足に力を込めた。それは彼も同様であり、ターネラは力強く空へと飛んだ。軽機関銃へと手を伸ばす。今にも届きそうなくらいだった。
だが、それを許さないのが巨大バグ・スパイダーである。口から吐き出した糸でターネラの自由を右手以外奪った。それでこちらに引き寄せる。あまりの一瞬にケイとワイアットは目を疑った。
「スタンリー!?」
バグ・スパイダーはターネラを食おうと、大きく口を開けた。助けに間に合うか? ケイが走り出す。金属の棒にぶら下がるワイアットは彼女の姿を見て驚愕した。右手には軽機関銃。銃口は糸を吐いている口へ。
「私だって、戦ってやる!」
闘志に燃える心。自身が食べられないように、口周りへと足を着地させる。そして、軽機関銃の銃口を口の中へと突っ込むと連射し始めた。片手で連射しているものだから、上手い具合に焦点をきちんと合わせられない。食べられないように、足に踏ん張りを利かせているから集中できない。
――うぅっ……!
だが、そこはケイが支えに来てくれた。
「シルヴェスターさん!」
「ワイアット! 振り落とされるなよ!」
ワイアットは返事をすると、体勢を立て直してもう一度背中に乗り上げた。関節に再度金属の棒を突き立てる。奇声を上げ、暴れ回る巨大バグ・スパイダー。今度はしっかりしがみついて、食らいついてやる。
「諦めるものかっ!!」
▼
倒壊するビルより、下へ落下するガズトロキルスはマティルダと目が合った。彼女は不安そうな目でこちらを見てくる。真上にはフェリシアがいた。何を思ったのか、彼女たちの手を引いて自分をクッション代わりに地面へと着地する。
痛感はないのだが、落下したときの疲労は心身ともに蝕んでくるようだった。
「だ、大丈夫か? 二人とも」
「うっ、は、はい……」
「なんとか……」
ふらふらと起き上がる三人の目の前には、言葉を失うかのような巨大バグ・スパイダー。急いで探す武器。だが、あるのは突撃銃が一挺のみ。他はすべて瓦礫に埋もれてしまって見当たらない。見えたとしてもそれは壊れた武器だ。
「し、慎重に行かないと」
それもそのはず。弾が無限にあるエレクトンガンと違って突撃銃には残弾に限りがある。無闇にやたらと撃ちまくっていれば、追い詰められるがオチだ。
どうすれば――そうフェリシアが考えていると、マティルダが落ちていた金属の棒を手にしてその先端を巨体に向けていた。ようやくそれを向けられて彼らに気付く巨大バグ・スパイダー。
「私が相手になりますわ。その隙に二人が弱点を見つけてちょうだい」
「し、しかし、マティルダ様!」
「フェリシア。あなた、私の家のことを知っているでしょう? 私は蒼武術勲章を持つ槍術の名人であるロジャー・ボールドウィンが子孫、王族私軍である三銃士軍団が団長、マティルダ・ロジャー・ボールドウィンよ!」
マティルダは眼前にいる敵を見据えて言い放った。気品に満ちあふれた彼女は気高く美しい。そんな彼女の隣には同じようにして金属の棒を握るガズトロキルスが並んだ。
「ガズ様?」
「ぶっちゃけ、俺は貴族でも名家の人間でもないけど。戦うことならできる。俺も一緒に戦おう」
いつもの歯を見せて笑わず、優しく微笑んだ。普段のガズトロキルスとは違う気がするが、それを気にしている場合ではない。今は戦いに集中するのみ!
「それでは、フェリシア! あなたがあのウィルスの弱点を探ってちょうだい! 行きましょう、ガズ様!!」
「ああ!!」
二人は鉄の棒を手にして巨大バグ・スパイダーに突撃していく。声に反応した巨体は足を忙しく動かしてきた。
マティルダはすべての攻撃を避け、払う。動作は流れる水のよう。その回避術に翻弄されるコンピュータウィルス。その隙をついてガズトロキルスが脳天に金属の棒を叩きつける――が、予想以上の皮膚の硬さに腕が重く感じた。それでもと攻撃は止めない。
一方でフェリシアはそんな二人を見て驚愕する。しなやかさと力強さ。静と動。二つが折りに折り重なって一つの形――。
ああ、そうか。これは――。
「まるで、二重奏みたい」
息がぴったりではないし、動きもでんでばらばら。全くの正反対の戦い方だというのに思わず見惚れてしまうのはなぜだろうか。
そう言えば、とフェリシアは思う。
――オブリクス君はマティルダ様をどう受け止めているのだろうか?
マティルダはガズトロキルスをずっと思うほど好きである。しかし、彼は好きでいる様子でもないし、嫌いという様子でもない。どっちつかずの状況である。
そう、どっちつかずの――。
フェリシアは一発だけ撃った。なぜに撃ったのか。その心理は未だわからない。その弾は偶然にも真っ直ぐに。一直線に巨大バグ・スパイダーの頭と腹の関節部分に直撃した。そのせいで奇声を上げた。三人は驚いた表情でウィルスを見る。
――今のは?
当たった箇所は関節部分。まさかとは言うが、皮膚は堅いけど――バグ・スパイダーの視線の先はフェリシアに切り替わる。怒り狂ったようにして彼女の方へと突進してきた。逃げ出すフェリシア。
おそらくそうだ。
「お二人方、おそらく弱点は関節です!」
その報告にガズトロキルスは金属の棒を関節部分に突き刺した。またしても奇声を上げる。今度はガズトロキルスに標的を変えた様子。
「のわわっ!」
食もうとしてくる巨大バグ・スパイダーのあごを金属の棒で防御したり回避したりした。
「ガズ様!」
「俺は大丈夫! 二人はそれをどうするか考えてくれ!」
マティルダはガズトロキルスの言葉を信じてフェリシアの方へと駆け寄った。
「フェリシア! ど、どうなさるおつもり!?」
「か、関節が弱点であるならば。隙をついて、やっていくしかないんですが――」
そう何度も連続攻撃ができるだろうか。それは二人が思うことだった。
「一つ、考えはありましてよ」
ただ、その考え方は適切であるか甚だあやしい。それでもそれに賭けるしかないのか。否、するべきだ。現状で対バグ・スパイダーの武器を持つのはフェリシア一人だけ。他は残骸である。この鉄の棒だけでやっていくのは厳しい。だからこそ、フェリシアに賭けるしかない。
「私とガズ様がもう一度囮になりますわ。あなたはタイミングを見計らって私たちの方に来てちょうだい。上に上げるわ」
「上に乗って連射ですね」
「ええ。ガズ様には私がお伝えしておきますから」
「わかりました」
フェリシアの反応を見て、マティルダはガズトロキルスの方へと駆け出した。見れば、彼が危ない!
「危ないっ!」
マティルダも金属の棒で関節部分を突き刺した。奇声を上げる巨大バグ・スパイダー。今度の狙いは彼女であるが、それもこちら側の狙い。援護に入るガズトロキルスに攻撃を避けながら作戦を伝えた。
「ガズ様! フェリシアをこいつの背中に乗せますわ! だから――」
「わかった!」
すべてを把握したのか、ガズトロキルスは大きく頷く。
フェリシアは二人の動きに注視した。なかなか息が合わないのか、彼らはばらばらに動く。とてもじゃないけれども、タイミングを合わせようにもできやしない。そのことは彼ら自身も理解していた。息が合わない。どうすれば――。
――いいえ、私はガズ様をただ、信じるだけですわ!
そう、ずっと思っていれば。信じていれば。
――やらなきゃ……!
二人の動きが変わったことにフェリシアは気付いた。彼女は何かを確信得たのか、突撃銃を抱えて走り出す。向かう先は彼らの間。その片足が二人の間に割り込もうとした途端、二つの金属の棒が足にかかった。
「行きますわよ、ガズ様!」
「ああ!」
棒を持つ手にかかる重力に反を翻すかのように、ガズトロキルスとマティルダはフェリシアを上空へと投げ飛ばした。勢いよく飛ばされた彼女は銃を構えて最後の追い込みへと挑む。それは彼らも同様に、飛ばし終えるとすぐさま左右の関節部分に突き刺した。
ふと、フェリシアが上空から見えた二人の状況を見て眉をしかめた。
――どうしてだろう?
巨大バグ・スパイダーの背中へと上手い具合に着地し、銃口を関節へと向けた。
「行けっ!!」
二人の大声がフェリシアの耳に貫いた。
――オブリクス君は迷っているの?
わからない。フェリシアは神妙な面持ちで突撃銃を連射していた。
▼
「なんなんだぁ、こいつは……」
予想以上のことが目の前で起きている。今のマッドは人という形すらも捨てたバケモノ。見た目がキリであることに加えて、体の半分がバグ・スパイダー状態になっている彼を見て顔をしかめた。
「マッド」
ぼそりと呟くキリの声が聞こえたのか、マッドは表情を一変させた瞬間、動き始めた。
「俺がっ、キリ・デベッガだ! 大人しく、お前を寄越せっ!」
キリに掴みかかろうと、手を伸ばそうとした。だが、それはハイチが撃った銃弾で止められた。銃口から煙を吐き出しつつ、マッドを睨みつける。
「俺を忘れたわけじゃあ、ねぇよなぁ?」
「大嫌いだね」
ハイチを睨むマッドの隙をついて、アイリも動き出した。エレクトンガンの銃口を向けるも、その気配を察知されてすぐ目の前に来られてしまった。じっと彼女を覗くようにして見る。薄くて青いの目と吸い込まれるような黒い目がぶつかり合った。
「変わったデータだな」
「あんたに言われたかない」
アイリの頭をわし掴みしようとするマッドの腕をハイネが走り出して廃材で弾いた。それに彼がにやりとあやしい笑みを浮かべて口を開こうとする。だがその前にハイネが怒声を上げた。
「私もあなたが大っ嫌い!!」
言葉で隙を見せたマッドに対して――アイリが、ハイチが連射する。その際、ハイチはキリにエレクトンガンを投げ渡した。ないよりはマシ。それをキリは構え連射した。しかし、撃たれ続けてもなお、マッドは倒れない。弾丸の穴が空いてもすぐに元通りになる。まるで、現実世界の自分のようだ。過去の歯車が死なせないのと同じ。
「ふざけんなよ、ハイネ・キンバー」
キリを睨むマッドはやってくる攻撃すらも、無視をして迫ってきた。ハイネが彼を庇おうとする。
「ハイネぇ!」
危険だとハイチとアイリが駆け出したとき、庇うハイネの前にキリが躍り出て銃身で殴った。当然、攻撃するつもりだった彼の攻撃を直に受けてしまい、彼女と共に地面に転がった。
直接攻撃を受ける。それはすなわち、キリの脳情報のデータの一部を取ったということ。奪ったということ。事実、マッドの右手には何かのデータらしき物が形となって現れていたのだから。
「返せっ!」
ハイチとアイリは左右から銃身でマッドを殴ろうとするが、そんな殴打攻撃は効きやしない。すぐに二人はあしらわれてしまった。
「返せ、とな」
嘲笑をしながらキリから奪い取った記憶、賑やかそうな色をした球体を眺めた。それを見たマッドはとても好ましいし、羨ましいとも思った。その記憶は彼にとって楽しくも嬉しい記憶か。今のキリに残る記憶は――。
「キリ君!? キリ君!?」
地面に伏せたままのキリを起こそうと、ハイネは不安そうに呼びかけた。だが、返事はない。
「なあ、今のキリ・デベッガよ。お前にとって記憶とはなんだ? 必要な物なのか?」
「必要に決まっている!!」
ハイネは涙目でマッドを睨みつけた。そのお返しに無情の目で見下す。
「それがなぜなのか、あなたには一生わかりっこない!」
「そうだな。俺はハイネ・キンバーが大嫌いだから。お前の記憶を思い出すだけでとてもイライラしてくる。なぜにこいつはディースを選ばなかったのか、甚だ不愉快だ」
その発言に三人は瞠目した。やっぱり、だ。
――こいつ、彼の記憶を!!
「それだから、お前は俺に負け、キリ・デベッガでなくなるんだ」
マッドはキリから奪い取った記憶を取り込もうと天へ掲げ出す。記憶の塊がより一層煌びやかに光り始めた。どうにかしてでも阻止しなければ――。
「返してっ!!」
ハイネが廃材でマッドを叩いた。それを煩わしそうに横目で見てくる。
「返してよ! キリ君と私の記憶を、思い出を!!」
悲痛の叫びを上げるハイネに鼻で一蹴した。
「大っ嫌い」
ハイネの首を掴むと、上へと持ち上げた。それでも、彼女は諦めたような表情をしない。決意のある面持ちでマッドを見る。更にそれを彼への怒りの増幅へとつなげてしまった。手に力が入る。
「ハイネぇ!?」
「ハイネ先輩!」
ハイネを助けようとする二人の周りにバグ・スパイダーの爪が行く手を阻む。これではキリとハイネが――!
ようやく起き上がったキリは苦悩の表情を浮かべていた。自分が覚えていることは楽しくもなんともない、嫌な思い出ばかり。いいことなんて最初からなかったかのような記憶しかない。
「……は、放せ……!」
喜びや楽しさ。嬉しさ、笑い。どれもどうすればそんな表情が作れるのだろうか。ふらふらながらも立ち上がった。
「さあ、もう一度訊こうか。今のお前にとって、記憶というものは必要か?」
「だ、誰が、お前なんかに……!」
「必要もないくせに。生きていて、いいことあったか? 楽しいと思えることあったか? 嬉しいことあったか? あるわけないよな、ないんだから」
そう、ない。何度思い返しても悲しい、つらい、悔しい、恐ろしい。そんな記憶しかないのだから。
「人の記憶は所詮、ただのメモ用紙みたいな薄っぺらい紙でしかないんだよ。メモ紙だから結局どこかへ失ってしまうんだよ。わかるだろう? キリ」
マッドはハイネを掴む力を強めた。彼女は苦しそうにしている。
「それは、人になれないあなたの……僻みじゃないっ!」
それでも言うハイネに、マッドは眉を動かした。
「記憶はメモじゃないっ! 誰かとのつながりを確かにしてくれる証! つながりさえあれば、失ってもまたよみがえるに決まっている!!」
その反論に苛立ったのか、マッドはビルの外へとハイネを投げた。その姿を隙間から見ていたハイチは走り出す。ビル倒壊のときに使ったロープを片手に飛び降りた。
「ハイネぇええ!!」
手を差し伸ばすハイチの声が聞こえた。声がする方を見る。ハイネは今にも泣きそうな表情で手を差し伸ばしてきた。
「お兄ちゃん……!」
二人は互いの手を取った。
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気味の悪いその足を動かして、キリのもとへと近づいた。彼は俯いていて、表情がわからない。マッドはにやにやと耳元でささやいた。
「さあ、要らないのはいなくなった。もうお前にとって記憶は要らないも同然だろう?」
「……要らない?」
「ああ、お前の持つ記憶は大事に持っておく価値はないからな」
「……価値?」
「つながりだなんて、ばかばかしいしな」
「……つながり?」
「そう、お前がキリ・デベッガを明け渡すと言うならば、世界……いや、俺たちのためになるんだ。だから――」
新たにキリの記憶を盗もうとするマッド。こちらへと手を伸ばしてくる。だが、キリはそれを――彼を殴ってまで拒否反応を起こした。
急に風が吹いてくる。茶色い髪から覗かせる薄青色の目はマッドの姿を鋭く捕らえていた。それに対してマッドもこちらを睨む。
「お前を寄越せ」
「嫌だ」
「お前に記憶なんて必要ないくせに」
「必要だ」
「お前なんか、つながりなんて持たないくせに!」
「そんなことないっ!!」
突如、キリが服の下に隠していた過去の歯車が光り出した。
「人はただ記憶を持つだけの器なんかじゃない! 記憶はすべてにおける可能性の示唆を提示してくれる存在なんだ!!」
歯車の光に煽られて、天より一筋の光が落ちてきた。それはマッドが持っていたキリの記憶と共に淡い光の周りを囲う。
「なっ!?」
そして、その光は壁を作っていたバグ・スパイダーの足を塵へと変えた。アイリはこの現状を見て目を丸くする。
淡い光はキリが持つエレクトンガンへと絡みついていった。
――想うがために。
記憶の欠片と過去の歯車の光はエレクトンガンに力を与えた。
――記憶を想うがために。
キリが構えるのはすべてにおける可能性の示唆を提示してくれた記憶より生まれし対マッド・バグ・スパイダーへの武器である。いつもの過去の歯車の剣やカムラの剣と違い、剣の見た目は一緒ではあるが、材質はエレクトンガンの物。その周りにはいつも絡みつく淡い光に加え、キリの記憶に対する想いや感情が光のオーブとなって彼の周りに漂っていた。
――記憶が為す想いがために!!
その武器――記憶為想思にこめられた霊剣を強く握る。
「お前みたいなやつが人や記憶を語るなっ!!」
「黙れっ!!」
キリはマッドの攻撃をかわし、彼の胸にその剣で貫いた。
その直後、マッドは光の粒子となって消え失せた。その場にはキリとアイリが残り、二人は互いの目を見ていた。彼女は何か言いたげな視線を送るが、何も言わなかった。
いつの間にか、空は雲一つない空へと変わっていたのだった。




