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世界は運命を変えるほど俺たちを嫌う  作者: 池田ヒロ
第一章 巡り出会う者たち
17/96

偽者 後編

「世界はあんたたちのためにあるわけじゃない」


 広場から飛び上ってきた二人の内の一人がそう告げた。その人物――少女の前にマティルダが躍り出てくる。彼女の手はボールドウィン家に伝わる青色の槍が握られていた。


「あなたは何を考えているの!?」


「何を? 悪いねぇ、あんたこそ何を言っているの?」


 少女はバルコニーへと降り立つ。もう一人の少年はじっとワイアットを無表情で見ていた。今までに感じたことのない不穏な空気。


「付き人さんたちに教えてあげよう。彼らは僕の歯車だ」


 直後、ワイアットに少年からの攻撃、マティルダに少女からの攻撃を受けた。二人はその攻撃を防ぐが彼らの力が強くて押されていた。


「なっ……『ハルマチ』さん!?」


「違う、その人『アイリ』じゃない!」


 メアリーはマティルダに声を張り上げると、謁見の間に飾られていた甲冑の剣を抜いた。それを少女――ディースに向けて振りかざそうとする。ワイアットの相手をしていた少年はメアリーの方へ走り向かった。


「お前が死ね」


 メアリーの首を目掛けて蹴りを入れようとしたところをケイが止める。思ったよりも力が強く、自身の腕の骨が痛むようだった。


「邪魔」


「お前、『デベッガ』じゃないな? 誰だ」


 目の前にいる少年――キリらしき人物を睨む。彼によく似た少年は表情一つも変えることもなく、じっとケイを見た。


「俺が『キリ・デベッガ』だ。お前が誰だ」


 自称キリと名乗る誰かはバルコニーの手すりに手をかけると、身動きが取れるもう片方の足を浮かせて、ケイの腹を蹴った。その衝撃でケイはラトウィッジと共に壁にぶつかる。


 そのまま宙に浮いたまま、体を捻らせてもう一度メアリーに向けて蹴りを入れようとした。彼女はその攻撃に甲冑の剣で防ぐも、謁見の間の方へと飛ばされた。


「メアリー!」


 急いでエブラハムが駆け寄り、メアリーが手に持っていた剣を取ると、キリに似た誰かにそれを向けた。


「学徒隊員の者か?」


 ようやくと言ってもいいほど、謁見の間に城内で警備を行っていた王国軍隊が到着した。レナータが呼びに行ったのだ。それを待ち侘びていたかのようにエブラハムは剣先をハインたちに向けた。


「反逆者たちを捕えよ!」


 一斉に彼らは武器を構えてハインたちに突撃していく。謁見の間の方からは軍隊、左右にはにじり寄る三銃士軍団たち。


「わらわら、わらわらと」


 煩わしそうにすべてを薄い青い目で周りを睨みつけると、ハインから勝手に剣を奪い取った。まるで竜巻のごとく、周囲の軍隊を蹴散らしてしまう。謁見の間は血に塗れる。そこで意識がはっきりとあるのはメアリーとエブラハムのみ。キリらしき人物は彼らをじっと見つめていた。


     ◆


 キリたちが城門前の広場へと来たとき、そこから見える演壇上には人の頭が乗せられていた。そこから血が垂れ、明らかに誰が見ても切断された首であるとわかる。


「な、何が?」


「ハイチ!」


 呆然と王城を眺めている四人のもとへとハイネが駆け寄ってくる。彼女は焦った様子でいた。


「ハイネ、何があった?」


「皇妃が、演説が終わって、首を……」


 あの首は黒の皇国の皇妃のものらしい。一体誰がとバルコニーの方を見ると、そこから覗かせているのは無表情の仮面をした男がいた。仮面の男は置かれていた頭を掴み上げると、その場所へと登り立った。


《今、ここにいる者たちに宣言をする!》


「うでっ――」


 途端、自分の鼻がもげるような勢いで異臭が漂ってきた。更に町中から地響きが鳴る。ヴィンは初めて感じ取っているのか、不快そうに鼻を押さえ込んだ。


「おい、ハイチ!」


 町中からは慌てた様子でセロが走ってきた。


「王都中に異形生命体が現れた! 一体じゃなくて、そこら中にだ!」


 セロの言葉に誰もが耳を疑う。王都中に異形生命体?


「軍がお前の協力を要している! 来い!」


「えっ、おまっ、ちょっ!?」


 ハイチはセロに連れて行かれてしまったが、キリはマイクと生首を手にしている者の方へともう一度顔を向ける。仮面の男は慌てふためく群衆を前にして口を開いていた。


《『皇妃たち』は死ななければならなかった! なぜか。それは『彼女たち』の考えは人としてこの世界には必要ないからだ! 世界に反して生きる者たち、青の愚民どもよ! 貴様らは人として生きる価値なしっ! ただの人間の器だけとして与えられし生きる屍よ!  今こそ、神の裁きを受けよ!!》


 その間を待たぬ内に、広場の入り口付近に異形生命体が現れた。広場は阿鼻叫喚と化する。キリは服の下にある歯車を握った。


「あれ、異形生命体?」


 ヴィンは初めて目の当たりにするバケモノに写真を撮る暇もなく、息を詰まらせた。


「と、とにかく、一般の人を避難誘導しないとっ!」


「は、はい! どこに避難を?」


 入り口は異形生命体がいる。ここは建物に囲まれた場所だ。どこかへ行くだなんて――。


「私に任せろ!」


 そうヴィンは懐からワイヤーを取り出すと、建物の壁に引っかけて高いところにある窓まで上り、ガラスを割って入った。そこへと入ると、窓から顔を見せる。


「今から城内に続く入り口を開けてくる!」


 城内へ続く入り口は一つしかない。広場入口の向かい側にある大きな門だろう。それは固く閉ざされており、安易に入城することは不可能だった。


「それまで、みんなに被害が及ばないようにしなきゃってこと?」


「それなら、あたしがどうにかしましょ」


 アイリは自分のポケットからに連絡通信端末機を取り出すと、それを異形生命体へ向けて投げつけた。巨体なバケモノはこちらを睨んでくる。


「あ、アイリちゃん? どうにかって――」


「ハイネ先輩はガズ君と一緒に一般の人をお願いします」


 走ってバケモノのもとへと向かった。向こうは攻撃をしかけてくるが、その攻撃が当たらないように避けつつ、広場へと遠ざけようとするのがアイリの魂胆だった。近付いてみるも、腐臭が彼女の行動を邪魔してくる。急いで連絡通信端末機を拾い上げた。だが、怪物はなぜかターゲットをキリへと仕向けているようだった。どうにかして、こちらに広場の外へと誘導させられないか。アイリはテレビ局の機材を奪い取った。標的を自分に変えさせるために叩きつける。


「暴れるより、あたしと追いかけっこしようじゃん?」


 アイリの挑発に上手く乗せられた異形生命体は拳に力を入れて振りかざした。彼女は軽々と拳を避けていく。だが、逃げ場所がない群衆にとって広場を右往左往しているため、誰かとぶつかってしまい――地面に尻餅をついてしまった。


「ハルマチ!?」


 危険だ、とキリは反射的に武装していた銃砲を一発巨大な生物へと撃った。当然、皮膚の硬い異形生命体は弾丸を弾く。違和感だけは確かなようで、一瞬だけ動きを止めた。その一瞬だけでもよかったのだ。彼はアイリの手を取ると、広場から出ていった。異形生命体は彼らの後を追い始めた。その背中を見るハイネは不安で仕方ない表情を見せていた。


     ◆


 一度広場から離れた場所へとアイリの手を引いて逃げて行く。後ろからはおぞましい殺気が伝わってきているではないか。今は仮面の男――腕なしを気にしている場合ではない。こちらが優先なはず。


「デベッガ君! こっち!」


 人気のないところはどこにあるか。キリが周りを見ていると、アイリが急に路地の方へと引っ張った。その裏道へと入り込み、更には人と人がすれ違えるくらいの建物と建物の隙間へと逃げ込んだ。彼女は疲れたように、壁に背を預けて息を整える。


「ご、ごめん……。体力切れっ……」


 アイリの持久力があまりないことを思い出した。いや、彼女にも限った話ではない。キリ自身も現在、同じような状況であるからだ。息が切れそうで、呼吸が整わない。


「いい。いい、けど……お前、危ないことはするなよ」


「だって、デベッガ君が出たところで……それはまだ書き変えたことを、後でなかったことにされる可能性があるでしょ?」


「こ、これには頼らずだってっ!」


「それだ」


 大きく深呼吸をし、アイリは隙間の奥の方へと向かう。慌ててキリも彼女を追った。


「どこに行く気だよ?」


 ちらりと隙間の外を見た。彼らを追いかけていた異形生命体の姿が見えた。それと目が合ってしまう。すぐに巨大な怪物は建物の壁を破壊してまでも二人のもとへと行こうとした。


「うわっ、見つかった!? こっち来てぇ!」


 アイリも想定外だったらしく、焦りを見せて走り出す。異臭を放つバケモノは周りを破壊してやって来る。


 二人が駆け抜けた先――そこは建設作業場だった。地面に盛られた土に突き立てられたスコップ二つをアイリが抜き取ると、一つをキリに投げ渡す。彼女はスコップを手にしてこちらへとやって来る異形生命体を見据えた。


「あたしがあいつの注意を引きつけるから、弾があいつの目に当たったらデベッガ君も動いて」


 そうアイリが言うと、武装していた銃砲を抜いた。


「これで殴れ、と?」


「最後まで聞いて。それをやつの口の中に突っ込むのよ。奥までね」


「はあ!? そんなこと――」


「できるように、考えるの! やるしかないの! 自分の銃弾は取っておいてねっ!」


 建設作業場へと踊り込んできた異形生命体に、アイリは数発発砲した。だが、目には当たらず、怪物の腕やら胴体に当たるだけ。それを痛くも痒くもないような素振りを見せていた。


「デベッガ君、動いてぇ!!」


 スコップ片手にしどろもどろするキリに発破をかける。彼はアイリの声に足を一歩だけ動かす。


 目に当てたら、これをやつの口の中へと突っ込む。大方、窒息死を狙いとしているようだが――。


――やるって言ったって、歯車の方が強いんじゃねぇの!?


 いくら、書き変えがなかったことになったとしても、一時凌ぎぐらいはできるのだから問題ないのではないだろうか。そう思ってしまうが、アイリはアイリなりに何か考えでもあるのだろうか。


「危ない!」


 いや、この場においての考え事は禁物。アイリの声が聞こえたかと思えば、キリの目の前には異形生命体の腕が。


 キリは材木が立てかけられていた壁まで勢いよく吹き飛ばされた。振動が地面から伝わってくる。それらは彼を下敷きにする。歯車を所有していてよかった、と痛む体を起こした。傷の回復のスピードは早いくせに疲労や痛みの回復は遅いのか、スコップを杖代わりにして立ち上がる。


 アイリと怪物を見た。材木を見る。どうせ、口の中に突っ込むくらいならば――。


 キリは動いた。


     ◆


――でかいくせにして動きだけは早い!


 なんとか片目だけでも潰そうとアイリは躍起になっていた。だが、この異形生命体は攻撃をすべて腕で防いでいた。これまで、どれくらいの銃弾を撃ってきたか。もう二、三発で弾切れを起こすのではないか、と不安になる。銃砲は空かした音を出してしまった。


「え」


 思っていたよりも弾切れは早かったらしい。


――うわっ。


 攻撃の隙はこちらにあり。巨大怪物は防御の体勢を解いた。アイリに向けて大振りの拳を振り落とす。反射的に彼女は持っていたスコップの金属部分で防ぐも嫌な形に曲がった。圧し折れなかっただけでも十分だが――腕が痺れる。力比べなんて圧倒的差があるのに。自分自身が地面に減り込みそうな勢いで押されていかれている気がした。


「うぅ……!」


 腕が限界とアイリが諦めかけたとき、すぐに力が軽くなった。スコップと自身の腕の隙間から見えるのは、もう一つのスコップが異形生命体の目に突き刺さっていたことである。


――え?


 理解するのに時間が要った。何が起こったのか。誰が、このバケモノの目にスコップを突き刺したのか。すべてを理解し終えたときに、真上から叫び声が轟いた。



「あああああああああああああああ!!!」



 頭上より、長い材木を手にしたキリが巨大な怪物の大きな口の中へと押し込めた。飛びかかりの衝撃で一人と一体は地面へと倒れ込む。


 異形生命体は地面を転がるようにしてもがき回る。急いでキリは起き上がると、アイリから曲がったスコップを取った。もう片方の目に先ほどよりも、もっと深いところまで突き立てる。スコップを通して握る手に潰れる感覚が伝わってきている。気持ちが悪いと思うが、これも『死なないため』にすることなのだ。


 ほどなくして、痛みに暴れていた怪物は力が抜けるように全く動かなくなってしまった。ずっと押さえつけていたせいか、手の平と歯の奥が痛い。息が荒い。疲労が見えているのか、立っているのがつらそうである。


「…………」


 何を思ったのか、キリは直接目へと差し込んだスコップをゆっくり抜いた。ずるりとスコップの先には得体の知れない黒っぽい何かが付着していた。思わず顔を歪めてしまうような悪臭がその場に漂った。彼にとって、それが何であるかは理解できた。


 自分が何をしたのか、自分がどうしたのか。


 スコップを地面に突き刺し、大きく深呼吸をすると――空を見上げて大声を上げた。


 それは悲観的雄叫びか、それとも勝利の雄叫びか。


 キリはすぐに地面に刺したスコップにもたれかかる。しかし、それでも立っていられないのか、その場に座り込んだ。彼の後ろ姿をアイリは黙って見ていた。


「……なあ、俺――」


「うん。正真正銘書き変えじゃない事実だよ」


 ゆっくりとキリに近付き、優しく肩に手を置いた。


「失くしていないよな?」


「失くす?」


 何を言っているのか、わからない。どういう意味だ? どこか震えている声。一体どうしたのだろう。


「俺、あのときみたいに何も……誰かの記憶とか大切なこととか、失くしていないよな?」


「……うん。間違いないよ。デベッガ君はデベッガ君の実力で、こいつを倒した。嘘じゃない」


「ほう、流石はってところか」


 安堵する二人のもとに、不愉快な拍手が聞こえてきた。彼らはその音の方へと顔を向ける。中途半端に破壊された建物の隙間からあの大柄な男が現れた。


「お前さん、本当すごい物を作り上げたな」


「はぁ?」


 この男は何を言っているのだろうか。話が見えてこなかった。


「だが、見た感じ、一体で疲れているようじゃあな。この国は落とすのは厳しいだろうし、『過去の歯車』も『未来のコンパス』も見つけるのに苦労するぜ?」


「ハルマチ」


 そっとアイリに耳打ちをする。彼女も小さく「わかっている」と返答すると、大男を不審そうな目で見た。


「何の話? おじさん、誰?」


「おいおい、俺のことを忘れたとか変なこと言うなよ、『ディース』。どんだけ、俺を忘れるほど『マッド』に惚れているんだ?」


 ディース。その名前を聞いただけで、二人は戦慄した。ああ、そうだ。ディースは黒の皇国の人間とつながっていたんだった。だから、今回の事件も――。


 キリは黒ずんだスコップを手に持ち、男に攻撃を仕向ける。これに驚いた大柄な男はかろうじて避けた。スコップの金属音が建物の壁に当たり、嫌な音を辺りに響かせる。


「いきなり何をする!?」


 怯える男は尋常ではないキリの雰囲気に冷や汗を掻く。彼はすぐに構えた。


「お前、黒の軍だな?」


「は?」


 にじり寄るキリに後退していると、男の後頭部に冷たい物が当たった。微かに火薬臭がする。頭に当たる物からただならぬ気を感じ取られた。


「デベッガ、こいつは少し違うぜ」


 背後には散弾銃を手にしたハイチとセロがいた。左右に建物の壁、前後に武器を手にした三人。狭い場所に囲まれてしまった男に逃げられるようなルートはないように見えた。


「キイ教にご熱心な反政府軍団の一員だろ」


「お、お前は――!?」


「よぉ、おじさぁん。俺のこと覚えてくれて……あんま嬉しかねぇな。いつの間にか脱獄しやがって」


「ははっ……。それ、下ろしてくれねぇか? おお、マッド。俺はお前の味方だってこと、忘れたか? 助けてくれよぉ」


 スコップを構えて殺気立つキリに、男はそう言う。その言葉で更に気を立たせた。


 ふざけるな。


「ハイチさん、そいつをそのままお願いします」


 キリは大きく振り上げ、それを大男の脳天に振り下ろす。


     ◆


「国王様! メアリー様!」


 二人の危機に、誰よりも先に動いたのはラトウィッジだった。鞘をつけたままの模造剣を抜き、キリに似た少年に拝み打ちをする。彼はそれを素早く防いだ。彼らは互いに目を合わせる。


「貴様はあのとき、キンバーと共にいた者か」


「お前も邪魔者か」


 少年は表情一つ変えずに、ラトウィッジに腹に蹴りを入れる。それを受けるが、受け身を取ってすぐに体勢を整えた。慌てて駆け寄るワイアットの前には、倒れた王国軍人の剣を手にしたハインが立ちはだかる。


「あなた、メアリー王女とそっくりですね」


「だから何ですか」


「いえ。ただ、そう思ったことを口にしたまでですよ」


 ハインはそう言うと、ワイアットに攻撃を仕掛けてくる。護身用に持っていた小型銃の銃身で受け止めた。


「ワイアット!」


 ワイアットの危機にケイとマティルダが動いた。そんな彼らの前にキリらしき人物が前へと踊り出てくる。


「お前は危険だな」


 刃先が当たる寸前を二人は上手くかわす。キリに似た少年は空いていた左手でケイの頭を掴みかかり、振った剣を首に目掛けて返し斬りしてきた。それをワイアット同様に銃身で防いだ。頭を掴んでいる手を取り、彼を足払いで体勢を崩して頭から手を離す。


 足元を取られてしまった少年にラトウィッジが模造剣で、マティルダは青い槍の柄で腹へと叩き込んだ。だが、逆に空いた手で刀身へ食いつくように掴み取り、自分の方へと引き寄せた。そのままラトウィッジに向けて剣を突き刺そうとするところをケイが小型銃を一発撃ち込んだ。


 キリに似た少年は反動で謁見の間の床へと転がり込む。腹には一発が入ったようで、青色の服に赤い血がにじみ出ていた。これを機にマティルダはワイアットに応援へと向かおうとするが、ディースが王国軍人の剣を手にして攻撃を仕掛けてきた。槍でその攻撃を防ぐ。


「あなた、何者ですの!?」


 思ったよりも力が強いのか、マティルダは押されていた。


「誰って、あんたは死ぬから教えても無駄じゃん」


 ディースは剣で槍を捌き、体勢を崩したマティルダにもう一度迫ってきた。避けたつもりが、仰け反るようにしてバルコニーから身を乗り出してしまう。


「マティルダさん!」


 剣と銃で競り合いをしていたワイアットはそれを目撃する。その一瞬の隙にハインは剣で捌いた。突攻撃するが、体を捻らせて避けられた。急いでワイアットは助けに走るが――。


 バランスを崩したマティルダは落下する。


――あ。


「マティイイ!!」


 頭から地面へと着地してしまいそうなマティルダをガズトロキルスが城門の壁を越え、抱きかかえて難を免れた。


「が、ガズ様!」


「うん、怪我ないみたいだな。俺も助太刀する。上まで案内してくれないか?」


「はい!」


 マティルダがガズトロキルスを謁見の間へと案内しようと、移動しようとするのだが――彼らの目の前に悪臭漂う異形生命体が現れた。


 バルコニーの床に転がっているマイクにラトウィッジは急いで拾い上げて声を張り上げた。


《本軍、学徒隊員! 総員に告ぐっ! 異形生命体及び、反逆者を駆逐せよ! 心してかかれ!!》


「おじさん、怖いねぇ」


 ラトウィッジの目の前には剣を突き立てようとするディース。その振りかざされた物を模造剣で受け払う。丸腰になった瞬間に、彼女を謁見の間の方へ投げ飛ばした。


「次はハイン皇子、貴様だ!」


 ラトウィッジがハインの方を振り向こうとすると、謁見の間の方から妙な気配を感じ取った。それに気付いたときは遅く、部屋とバルコニーの間の壁を破壊しながら首のない異形生命体が現れる。あまりの衝撃にバルコニーからは嫌な音が大きく聞こえてきた。この音は誰の耳にもきちんと届いていた。


 床に寝転がっていた、キリに似た少年が勢いよく起き上がた。彼は完全に止めを刺すようにして、剣を突き刺した。この衝撃でバルコニーは下の方へと崩れ落ち始めるのだった。


 首のないバケモノはハインを助けて広場の方へと着地する。群衆は騒ぎ立てるが、命令を受けた王国軍人と学徒隊員たちは各々の武器を手にして、民衆たちを守るように前へと出た。そこへ続くようにして、ラトウィッジとケイ、ワイアットが受け身を取って落ちてくる。


「ワイアット君!?」


「は、ハイネさん、下がっていてください」


「下がっていろ、と言われても。無茶言うな。こいつ、俺たちだけで対処できるほどのやつじゃないぞ」


 ケイが体勢を立て直しながらそう言った。どういう意味だ、と周りは騒然する。


ハイン皇子(あいつ)は半異形生命体だ」


     ◆


 大柄な男にスコップを振り下ろしたキリ。だから、男は倒れていなければならないはず。なぜか。彼を庇うようにアイリがスコップで、セロが散弾銃の銃身で止めていたから。


「何ですか」


「お前から不穏な空気を感じた」


 不穏な空気? 自分のどこにそのような要素があるのか。自分はいつだって普通だ。こいつに、反政府軍団のやつに殺意を持って何が悪い。


「越えてはいけないラインを越えようとしたでしょ」


「言っている意味がわからない」


「か、勘弁してくれよ、マッドぉ……」


 攻撃されずに済んだ男は大量の汗を掻いていた。男のその物言いに苛立ちは隠せないようで、キリは舌打ちをする。


「俺は反政府軍の人間じゃない!」


「知ってるし! それくらい!」


 アイリはスコップの柄でキリの頭を叩いた。男たちは驚いたように彼女を見る。


「あんたは『キリ・デベッガ』。誰だって、それくらいわかる。このおっさんがあたしたちを混乱させようって魂胆もね」


 じろりと大男を睨みつけた。見透かされたのか、目付きが気に食わないのか。男の目は不快になった。


「舐めんなよ、クソガキども」


 男は低い声でそう言うと、ポケットから白い長方体の物を取り出した。その瞬間――それから周りが見えなくなるほどの白い煙を出す。煙幕か、とハイチは散弾銃の銃身で彼がいた場所を叩きつけた。ガツンと手応えはあったが、これがあの男かどうかの確信はない。しかし、逃げられても困るのも事実。当てた場所に手を伸ばした。誰かの服らしき物を手に取ることはできた。後は目の前の白い煙さえ晴れてくれれば――。


 しばらくすると、煙が晴れて辺りの視界が良好になった。ハイチは自身が手に掴んでいる物を見て、苦虫を潰すような表情を見せる。銃身で殴りつけたのはセロだったのである。彼は完全に伸びきっており、その場に座り込んでいた。


「ヴェフェハルさん!?」


 キリたちもこの現状を見て目を丸くする。


「セロ……ごめん」


「上手いこと逃げられましたね」


 周りを見渡しながら、アイリもどこか悔しそうな表情をしていた。建設現場の方へ確認しに行っても、あるのは地面に横たわる異形生命体のみ。果たして、あの男はどこへ逃げたのか。


「これ、お前らが倒したのか?」


 アイリの後に続くように、セロを支えるハイチが目の前の現状を見て驚愕していた。よくよく彼らが持つスコップの先を見れば、土がついたとは言いがたい黒に近い何かがこびりついているではないか。その黒色と地面に転がる怪物から流れる体液は同じ色である。


「あたしじゃないです。デベッガ君自身が倒しました」


 ハイチはキリの方を一瞥すると、空笑いをした。確かに「待っている」とは言ったが――倒したというのは、拳銃を使わずになのか。地面には所々、先端部が潰れた弾丸が転がっている。巨大な怪物の体には銃痕は存在しない。


 一番ハイチが驚いたのは口の中に長い材木を突っ込まれていることだった。傍から見れば、ある意味シュールな光景であるが――。


――とんでもないやつだ。


「な、なあ、デベッガ――」


 もう一度、キリの方を見るが――彼はどこにもいなかった。いつの間にかいなくなっており、アイリもどこか慌てた様子で周りを見渡す。


「どこへ行った?」


「いや、あのおじさんを追いかけたってわけじゃ――」


 可能性はありえなくもない。あの大男は反政府軍団員の人間だ。ということは、行き先は――。


「王城広場か?」


 ここからでは全く見えない王城であるが、ハイチはその方角の方を見つめた。アイリは急いで建物の隙間を駆け抜け、通りへと出る。そこから見える王城の一部は破壊されているではないか。町中を見れば、黒い煙が立っているのも見えた。各地で戦闘員たちが異形生命体に苦戦しているということが窺えるようである。


「うわっ、黒の連中ヤバいだろ」


「あたし、気になるから行ってきます。城が破壊されるってよっぽどのことですし」


 アイリがそう言うと、怒号が鳴り響く方向へと足を進めようとした。だが、それをハイチが止める。彼の方へと振り向くと、散弾銃を投げ渡してきた。


「いくら何でもスコップで逃げきれるほど、ハルマチは器用じゃねぇだろ」


「よくおわかりで」


 鼻で小さく笑うと、手にしていたスコップをその場に置き、散弾銃を手にして走って行った。その場に残されたハイチはひとまず、セロを安全そうな場所へと運び出すのだった。


     ◆


 現在、ガズトロキルスとマティルダは城内の倉庫内に身を潜めていた。何かがおかしい。それは王国の民であるならば、誰もが感じ取れることである。黒の皇国の皇妃の演説後、実の息子からの殺害された。その息子である皇子が世界中から嫌悪を抱かれている異形生命体を操っている。


「ガズ様……」


「しっ。まだ廊下にはあいつらがいる」


 あいつらとは無論、異形生命体のことである。どこからともなくわらわらと沸き上がってきていた。それはまるでハイン皇子に忠誠を尽くすための兵士のよう。あんな者たちの相手など一体ですら逃げることしかできないのに、どう戦えと?


 彼らが所持している武器は、マティルダが持つ青色をした槍一本とガズトロキルスが所持していた銃一丁のみ。これで対処できるかと言われると、『不可能』としか口に出せない。考えろ。何かこの場から脱出して、あの怪物どもから逃げる方法ぐらいはあるはず。必死に彼は頭を抱えて策を模索するが、大きく項垂れるしかない。何も思いつかないのだ。周りにある道具類を見ても――使える、使えないの判断ができそうにない。


「何か、いい方法」


 心配そうにマティルダが見守る中、倉庫内にある通気口の蓋が突然外れた。一瞬にしてその場から緊迫感が走り、二人は手に持っている武器を構えた。まさかそこからあのバケモノが?


「マティ、後ろに」


「は、はい!」


「マティ? もしかして、ボールドウィンさん?」


 どこかで聞いたことある声がすると思えば、その通気口からヴィンが顔を覗かせていた。彼がゆっくりとそこから這い出てくるのに対して、彼らは緊張の糸が解れたのか、肩を下ろした。


「ざ、ザイツか? なんでこんなところに?」


「私かい? 広場にバケモノが現れてね。民衆を助けるために城門を開きに行こうとしたんだけど、さっき地響きがして、遠回りして行かざるを得ない状況になったんだよ」


「い、いえ、遠回りして正解ですわ。実は城内にも……」


 ヴィンは僅かながら顔をしかめた。そっと入り口の方に近づいて廊下を覗き見る。そこは王国軍人ではなく、異形生命体たちが徘徊していた。


「冗談だろう?」


「冗談ならば、私たちがここにいるはずないでしょう?」


「だね、ごめん。それじゃあ、ここから身動きが取れないとなると、広場の人たちが心配だ」


「そちらもですけど、国王様とメアリー様も心配よ。今、謁見の間にお二人とハルマチさんの偽者とデベッガさんがいらっしゃるんだから!」


 悔しそうにマティルダは槍を握りしめる。しかし、状況を詳しく把握できずにいる二人は首を傾げた。


「マティ、どういうことだよ。キリ? がいるんだろ?」


「あいつがお二人を守っているんじゃないのかい? って、ハルマチさんの偽者?」


「違いますわ! あの方はメアリー様を殺そうとしたのよ!? デベッガさんが裏切って!!」


 ガズトロキルスとヴィンは顔を見合わせた。キリがメアリーとエブラハムを殺そうとした? それは何かの見間違いではないのだろうか。


「ああ、早く行きたい。でも、あの怪物どもがいるせいで行けないわ! ねえ、あの人は私たち王国を裏切ったの!?」


「お、落ち着けよ。その、マティが見たキリは本人じゃないかもしれないだろ? あいつが国を裏切るなんてありえないから」


「そうさ。幼馴染の私だからこそ知っている。あいつは皇国を毛嫌いしているし、王国軍人になりたいとも夢を語っていたんだ」


「じゃあ、私が――」


 マティルダが言葉を続けようとした途端、倉庫中に強烈な悪臭が漂い始めた。一斉に入り口の扉の方を見ると、巨大なバケモノどもと三人は目が合ってしまう。大きな声を出し過ぎた!


 彼らの視線が合図かのように異形生命体たちは扉を破壊して中へと入ってきた。硬直状態で為す術のない三人が死を覚悟した瞬間、真上に積み重ねられていた大きな荷物が巨体たちの上に圧しかかる。


「なっ……!?」


 大きな物音と煙を利用するかのように、ガズトロキルスはマティルダの手を引いて倉庫から出た。続けてヴィンも出る。廊下にいたすべての人外兵士たちは声と音に反応してこちらに集まってくる。倉庫から出ると、人やそれ以外の気配はなかった。


 異形生命体たちの身動きが取れない内に、と走った。マティルダは後ろを振り返る。少しばかりふらつきながらも怪物たちは倉庫から這い出てきていた。見つかれば一巻の終わり。そう感じ取ってしまった彼女は二人を右側の通路の方へと誘導した。


「こっち!?」


「ええ!」


 入り込んですぐにマティルダは壁に取りつけられたロックを操作し出す。


「ボールドウィンさん!?」


「あなたたちは先に行ってください! 私もすぐに駆けつけますわ!」


 暗証番号式のロック解除には三つの暗証番号を入力しなければならない。さすれば、この通路は分厚い壁に阻まれるだろう。これで巨大怪物どもはこちらへ来られないはずだ。


「……っ!」


 しかし、最後の暗証番号を入力する指が止まってしまった。焦りと恐怖で入力番号を忘れてしまったのだ。思い出せ、思い出せ。早く。視界の端から自分をターゲットに見てくるバケモノ兵士たちに指が震える。頭が『思い出せ』という言葉で埋め尽くされる。思い出させる余裕を与えてくれない。


「えっと――!」


「マティ!」


 見かねたガズトロキルスが彼女のもとへと駆け寄ろうとしたとき、彼の横を誰かが通り過ぎた。その人物は長い髪をした女性。


「マティルダ様!」


「れ、レナータ!」


 レナータはマティルダのもとへとやって来ると、最後の暗証番号を素早く入力をし出す。異形生命体たちはすぐそこまで迫ってきている。


「これでっ――!」


 決定を押すと、真上から分厚い壁が降り落ちてきた。二人を掴もうとしていた怪物の腕を巻き込み、その腕は見事に切断されてしまう。周りに黒い液体が飛び散って腐臭がした。


「これが……」


「マティルダ様、早くこちらに! みなさんも!」


 レナータは三人を連れて、その場を離れた。


「このエリアにはあのバケモノどもはおりません。比較的安全な場所ではあるのですが――」


 四人は窓際にやって来た。この建物の目の前にある建物には別の四人の人影があった。二人床に座り込んでおり、もう二人は立っている姿が見える。内、一人の手には剣らしき物が握られていた。


「あそこは謁見の間! ああ、国王様! メアリー様!」


「お姉さん、あっちに行くにはどうしたら!?」


「行くのであれば、元来た道へ戻らなければなりませんが――行け、ますか?」


 それに三人は沈黙する。あの壁の向こう側は圧倒的パワーを持った人外どもが待ち伏せているのだ。最新兵器を持っていたとしても、勝てるかどうか関の山であった。


「もし、あの場所まで辿り着くのであれば、元の道に戻るか、ここの窓から縄か何かを利用して行くかになります」


「な、縄とか――」


 もちろん、誰も長い縄など持たない。ヴィンはワイヤーを取り出すが、長さ的に足りないようだ。


「どうやって……」


 ガズトロキルスが窓に手を当てて、向かいの建物へ行ける方法を模索する。そうしていると、誰かが走っている姿が見えた。その人物は手にスコップを持っていた。


「あれは?」


 レナータが声を出した。


「あいつ」


 その人物が誰なのか、ガズトロキルスにはわかった。だが、どうしてキリがここに?


「とにかく、この場で向こう側へ渡れる物がないか探すことが先決かもしれません。できないことはないはずです」


 レナータの言葉に三人は頷くと、各々で使えそうな物がないか探し始めるのだった。


     ◆


 広場ではハインを守る異形生命体に苦戦を強いられていた。十分な武器が揃わない上、貴族の三人が思うのは謁見の間に残されたメアリーとエブラハムの無事である。そのため、戦いなど集中できずにいた。目の前にはバケモノが二体。


「そこのあなた、失礼なことを言いますね。僕が半異形生命体だって? このような状況の中での冗談は止めていただきたい」


「じゃあ、お前のその仮面はなんだ? その仮面、腕なしが着けていた物だろう」


「失礼にも甚だしい。僕をあんなカムラに飲まれたカスと一緒にするなっ!」


 キレたハインは首のないバケモノ兵士に指示を出した。言葉を理解しているのか、忠誠を誓っているのか定かではないが――怪物は動き出した。真っ先に狙いを定めるのはハイネ。ワイアットは急いで彼女の手を引いて、攻撃から免れた。


「ハイネさん、僕から離れないでください」


 ハイネを守らんとして、異形生命体とハインを睨みつけた。その様子を見て彼は煩わしそうにする。


「下々を見下す青の貴族が滑稽事を言うなんて――」


「何が滑稽だ!」


「いやいや、滑稽だろ。青の先祖の血が流れているなら、なおさらだ」


 一人高らかに大笑いするハインは首のない怪物に命令を下そうとするが、ケイが背後を取った。彼の頭に銃口を向ける。


「そちらが滑稽だ。後ろがガラ空きだぞ」


「ははっ、これはこれは。僕を殺すのかい? 殺す前に周りを見てごらん?」


 ケイは横目で周りを見た。群衆が混乱しているくらいで、特に何も変わりはないように見える。


「油断はダメだぞ、付き人さん!」


 周りを確認して隙を見せてしまったケイにハインは持っていた王国軍の剣を大きく振りかざすも、ラトウィッジがそれを止めた。


「ああ、総長さんがいたか」


「そうだな。ここまで私の甥っ子たちを貶めた貴様にはっ!」


 そう言うと、ラトウィッジは剣を捌いた。模造剣及び、銃砲を取り出してそれらをハインに向けた。


「この国で好き勝手にしようとした貴様には、投獄の罰を与えようではないか」


「僕をこの国で裁くとでも?」


「ここは王国の土地だ。皇国の土地ではない」


 ラトウィッジがハインを見ていると、急に笑い出した。誰もが不快そうに睨める。


「カムラを庇っている貴様らが!? 僕を裁く!? 本当にこの国の人たちは滑稽だ、あははは!!」


 剣を、銃口を向けられているのにも関わらず、ハインは異形生命体の方に顔を向けた。


「おい! ここにいるやつらをぶっ潰せ!!」


 命令を承った人外兵士はワイアットとハイネをターゲットとして絞り、攻撃を仕向けてくる。逃げる二人に大笑いするハイン。彼は何がおかしいとでも言うのか。ここまで追い詰められているし、いつ自分たちが引き金を引くのかわからない恐怖があるはずなのに。そうして笑っていられるものだろうか。


「神に見放されている貴様らなんぞ、僕を裁くことができないし、殺すことすらもできない! ほら、撃ってみろよ! 殺してみろ! 代わりに貴様らが死ぬだけだ!!」


 余裕のある挑発。ラトウィッジはハインと異形生命体を交互に見る。ワイアットを助けたい気持ちはある。だが、目の前にいる犯罪者を放っておけるか。ケイ一人で対処できるほど、甘い者ではないと見える。どうすれば――。


 王城広場に破壊音が轟く。


 誰もが驚いて、音源を見れば――それは王国軍の最新装甲車が広場を囲う建物を突き破ってきたのだ。この堅い防御力を持ち、どんなに悪道であろうが、走ることができる優れた装甲車。そんな代物を運転するのは――。


「お前が潰れろっ!」


 アイリだった。建物から飛び出てきた装甲車はそのまま、ワイアットたちに襲いかかっていた異形生命体を轢いた。撥ね飛ばされる怪物に対し、その車はボンネットが多少へこんだだけの損傷である。


「なっ、ディース!?」


 驚きを隠せないハインは一歩だけ後退した途端、後頭部に銃口が当たった。


「逃げられないぞ」


「……ディース! 貴様は僕を裏切る気か!」


「誰がディースだ! よく聞け、イカレ野郎!! あたしは『アイリ・ハルマチ』!! 王国軍学徒隊所属の、あんたの敵だぁああ!!」


 半分怒り気味のアイリは運転席から散弾銃の銃口を見せて、一発発砲した。その弾はハインの足下に当たる。彼女は装甲車から降りてきて、銃を構えた。


「どいつも、こいつも……あたしを見る度に裏切り者だの、なんだの言いやがって。あの女と一緒にするなっ! 虫唾が走る!!」


 アイリが思い返すのは広場まで向かう際、出会った王国軍人や学徒隊に裏切り者や反逆者と言われ続けたことに苛立ちを覚えていたのだ。この事件に反政府軍団が絡んでいるとするならば、王都内にディースが存在するのも頷けると確証を得ていた。その苛立ちは現在、最高潮に達する。


「あんたが何者だか知らないけど、なんで腕なしの仮面を被ってんの」


 アイリの言葉にケイは目を丸くする。ハインは腕なしではないのか!?


「貴様こそ、勘違いするな。僕と腕なしを一緒にするな!」


「皇子、そうかっかするなよ」


 そのような言葉が聞こえてきたかと思えば、アイリの後頭部にも冷たい何かが当てられた。この声は――。


「さっきのおじさん」


「はい、大当たり。ディースの偽者さん、今ここで皇子を殺されても困るんだよねぇ」


 アイリの後頭部に銃口を当てる大柄な男はハイネの方を見た。


「お兄ちゃんは元気かな?」


「あ、あなたは信者の町の――!」


「はい、大当たりぃ。いやあ、みんな頭がいいね。そんなみんなにおじさんからプレゼントだ」


 途端にその場は白い煙に包まれてしまった。まただとアイリはハイチと同様に逃げられないように男に向けて銃身で殴ろうとするが、空かした。代わりに一発の銃弾が頬を掠める。


 煙が晴れた頃にはあの大男とハイン。そして、アイリが乗ってきた装甲車がなくなっていた。


     ◆


 キリは壊れて段差となっている城壁を上っていた。スコップは邪魔で置いてきている。丸腰ではあるが、この歯車がある。これで対処しなければ。腕なしはきっとこの上にいる。あの大男が反政府軍団であるならば、こちらへ行く可能性だってあるのだ。


 自分が腕なしに対する止めを刺す役割を担っている以上、町中で暴れ回っている異形生命体の制圧よりも優先したかった。自分がいなくても、王国軍人たちは武器をたくさん持っている。倒すことは不可能ではないはずだ。


「遠いな」


 早く、早く行かなければ。腕なしは、黒の連中は逃げてしまう。少しでも皇妃に同情してしまった自分がばかに思う。心の中で愚痴りながらも上っていると、上の方から悲鳴が聞こえてきた。この声はメアリーだ!


「ら、ライアン!」


 急いで上るにしても、時間がかかり過ぎる。早く、腕なしがメアリーを殺そうとする前に行かねば。


「きみ、手を貸してあげよう!」


 ふと、見知らぬ青年が意気揚々と言ってきた。いつの間に隣にいたんだろうか。いや、考えている暇はない。急ぐが先決だ。


「急いでいるので」


「だから、手を貸すって!」


 金髪碧眼の青年がそう言うと、キリが服の下に隠していた歯車が淡く光り出す。何事かとそれを取り出すと、歯車はあの剣へと変貌した。


「さあ、準備はいいかい?」


 なんて青年はキリの服を掴んだ。何をし出す気だ?


 キリの返事の有無も聞かずして、腰に剣を提げた青年はそのまま彼を上へと投げ飛ばした。キリは謁見の間まで転がり込む。後から追うようにして青年も飛び上ってきた。


「いってぇ……」


 ゆっくりと上体を起こし、その部屋で起きていることの状況にキリは目を疑った。こちらを見ているのはアイリ――否、ディースだ。右手首に赤い石のブレスレットがあるから。そして、涙目で血塗れのエブラハムを守ろうとするメアリーの前には自分がいた。その自分はこちらに気付こうともせず、剣を彼女に向ける。


――ライアンがっ!


 走っていては間に合わない。そう考えたキリは歯車の剣を投げつけた。振り下ろされた剣に霊剣がぶつかり、もう一人の自分が持つ剣が弾かれる。ようやく彼はこちらを見た。


「……で、デベッガ君に、お兄さん……」


「誰だ、お前」


 奇妙な光景だとキリは感じる。目の前にいるもう一人の自分とディース。同じ格好をしているから余計に気味が悪いと思えた。


「……誰。そうか、ディースが言うキリかぁ。ああ、お前がキリかぁ」


 自分によく似た誰かは嬉しそうに笑みを浮かべた。その笑顔はどこからどう見ても普通の笑顔ではなかった。おぞましいとも言える。


「会えて嬉しいよ、キリ。そして、さようならぁ!」


 笑顔のキリは投げられた歯車の剣を手に取ると、叩き斬るように攻撃を仕向けてくるが――。


「おっと、俺の存在を忘れてもらっては困るぜ」


 青年――『お兄ちゃん』がその攻撃を受け止めた。


「どけよ。邪魔だ」


「いや、彼に死なれては困るよ」


「いいや。そいつが死んで、俺がそいつになればいい」


「恐ろしいことを言うな、きみは!」


 キリに似た少年が持つ歯車の剣を捌き、不意をついたところで剣の鞘で叩き飛ばした。それにより、部屋の端まで飛ばされる。瞬時に彼のもとへと歯車の剣は戻ってきた。


 キリはメアリーとエブラハムを見た。彼女は不安そうな目で父親を見つめている。


「人って弱いな」


 立ち上がって、にたにたと少年は笑っていた。


 ああ、そうか。彼らをここまでやったのはこいつか。


「……王様」


 こいつの仕業ということは――。


「大丈夫だよ、ライアン。俺に任せろ」


 キリはメアリーに優しく微笑んだ。その優しい笑顔に彼女は再びエブラハムを見る。彼はおぼろげながらも意識も取り戻した。


「パパ!」


 しかし、これを気に食わないとする者がいた。そう、ディースだ。彼女は形相の睨みをキリに向ける。


「きみは何をしているの!?」


「二人を助けようとしているだけだ」


「カスどもを助けたい!? きみ、頭おかしい悪党連中を助けて何がしたいの!?」


「お前が何をしたい!? こんなことしてま――!?」


 ディースに叱責をしている途中で、偽者の自分が丸腰で突進してきた。とっさに剣で防ぐが、偽者は素手で刃先を握りしめてくる。当然、血はあふれ出てくる。それすら厭わない精神。想像していたよりも力が強い。見た目、自分と同じなのに!


 力を押されている気がして、キリは仰け反り始める。


「頼むよ、キリ。死んでくれよぉ。さすれば、『俺』が『お前』になれるんだ」


「わからないこと言うなっ! 何なんだ、お前っ! おっ――!」


 あの大柄の男の言っていたことを思い出す。


【おお、マッド。俺はお前の味方だってこと、忘れたか?】


 男はキリに対して『マッド』と言っていた。


【お前さん、本当すごい物を作り上げたな】


 ディースは異形生命体を作り出している危険人物。MAD計画、もしくはオリジン計画に関わる人物。まさか――。


「彼はねぇ、きみの遺伝子から作られた正真正銘のきみだよ」


 ディース直々からの発言にキリは頭が真っ白になりそうだった。いけない。気を緩めれば、目の前にいる自分――マッドにやられてしまう。


「だから、あのカスどもを助けようとしていることには本当いただけない話だよ。やっぱり、きみはキリ・デベッガじゃない。彼こそが本物のキリ・デベッガ!」


 ふざけたことを、とキリはディースに苛立ちを見せていたが――。


「違う! 本当のデベッガ君はパパを殺そうとしたりしないもん!」


 メアリーが涙を流しながら訴えた。


「デベッガ君はどんな人に対しても優しいし、カッコいいもん! そんなパパや誰かを傷付けるデベッガ君こそ偽者だわ!」


 メアリーの反論を聞いて、ディースはこめかみに青筋を立てていた。手に握る剣を強く握りしめる。


「うるさいっ! カスから生まれたカスがっ!」


 大きく剣を振りかざしてメアリーに攻撃を仕向けてくるが、そこは『お兄ちゃん』が自身の剣で受け止めた。彼の姿を見て、より一層ディースの表情は怒り狂う。


「退けっ!」


「メアリーを傷付けるつもりだろう。退くものか」


 冷たい目でディースを一瞥すると、腹を蹴り、飛ばした。彼女はそのまま床へ転がり込み、苦しそうにもがく。


「クソが、クソが、クソがぁ! 青のくせにっ! 情のない連中のくせにっ!」


「……心ない黒の考えのお前に言われる筋合いはない」


『お兄ちゃん』がディースに追撃をしようとしたとき、マッドが血塗れの手で剣を受け止め、彼女を守った。更に血が出てくる。これには目を疑った。


「ディースを傷付けるなら、お前が死ね」


 そのまま、剣を自分側に引き寄せた。バランスを崩した『お兄ちゃん』の頭を掴んで、床に叩きつける。


「お兄さん!?」


「ぐっ!」


 マッドの真っ赤な手の隙間からは青色の鋭い目が見えていた。


「いいか、ディースは殺させない。なぜなら、いいやつだからだ。だから、お前みたいな非道な人間は死ぬことが何よりも世界のために……いや、俺のためになる」


「――死、ねぇ!」


『お兄ちゃん』がそう呟いたとき、マッドの視界の端に攻撃を仕掛けてくるキリの姿が見えた。すぐさまその金色の頭を持ち上げて、盾にしようとする。


 無論、急激なことにキリは『お兄ちゃん』ごとマッドを貫いた。メアリーはこの光景に言葉が出ない。貫かれた体からは鮮血が出てくる。それなのに、マッドは口元を歪ませていた。否、口を歪ませているのは彼だけではなかった。目の前にいるやつから笑い声が漏れてくるのだ。


「これは、これは……」


 そう言った途端、頭を掴んでいたマッドの腕が切れた。その腕を斬ったのは『お兄ちゃん』であり、彼の剣は血で濡れていた。そのまま立ち上がる。マントが破け、そこから見せる『お兄ちゃん』の胴体にはどこにも傷はなかった。


「俺は相当幸運がある人間だな」


 マッドは大きく目を見開く。



「――偽者は消え失せろ!」



 呆然とするマッドの隙をつき、キリは突き刺した歯車の剣でそのまま体を斬り裂いた。マッドは力なく、その場に倒れ込む。


「なっ!?」


 予想外の出来事に驚愕するディースにキリは彼女を睨みつけた。


「な、何なのっ!? 悪いのは全部、全部王族じゃないっ! 人を下に見てから!!」


 怒りを爆発させるディースの大声と共に、部屋の外の廊下側の窓が割られた。その物音に誰もが振り向く。


「国王様! メアリー様!」


 廊下から駆けつけてきたのはガズトロキルスとマティルダ、ヴィンにレナータの四人だった。


「ああ、ご無事ですか!? 急いで、衛生兵は!?」


 レナータは焦った様子で衛生兵を呼びに行くため、その場から走り去ってしまう。彼らが来る前にマティルダはエブラハムの応急処置をする。キリの方にガズトロキルスとヴィンが駆け寄ってきた。


「ここに怪物は!?」


 その問いかけにキリはディースの方を向くが誰もいなかった。それはもちろん、マッドも。歯車の剣も我が身を隠すように元の大きさに戻り、彼の手の中に隠れていた。キリはそれをポケットに仕舞い込む。


「俺は――」


 今回ばかりは誤魔化しきれるかとメアリーが「お兄さん」と言っていた青年の方を見るが、彼すらもいなくなっていた。いや、おかしい。事実の書き変えがあったにしても、青年までがいなくなるなんて。


「どうしたんだ?」


 ヴィンが愁眉を見せていた。下手にあの人のことを話さない方がいいのかもしれない。


「……いや、俺が来たときは誰もいなかった」


「誰も? あなた、黒の皇国の皇子と手を組んでメアリー様を殺そうとしたでしょう?」


 マティルダがキリに対して青色の槍の先を向けていた。彼女の目は疑いの眼差しをしている。


「本当は、あなたは黒の皇国の内通者ではないのですか?」


「お、れ――違う……!」


 もしかして、マティルダはマッドの姿を見ていた? 現時点でこの場にマッドがいないとするならば、真っ先に自分を疑うのも無理はないが、心外だ。キリは思いっきり歯軋りをする。


「違う!? あなた、自分のことをキリ・デベッガと仰ったじゃない!」


「ああ、俺はキリ・デベッガだよ! でも、俺はあいつじゃない!」


「あいつ? あいつって誰だ? キリ、お前は何か知っているのか!?」


 ガズトロキルスがキリの肩を掴んできた。彼は下唇を噛みしめて悔しそうな表情をする。もう隠しきれない。


「――俺の偽者だよ! ボールドウィンがあいつを見たならハルマチの偽者も見たんだろ!?」


「な、なんでそれを!? あなた、やはり本当はここで誰かと会ったのでは!? メアリー様、あなたは誰とお会いになりましたか!?」


「……デベッガ君」


 心なしか、メアリーは自分を見る目が変わっている気がした。自分を見てどこか怯えているようである。ああ、そうだ。書き変えがなかったことになるから、彼女の記憶もなかったことになる。メアリーの頭に残る記憶は自分が来る前のマッドの姿に行動、言動のみ。それは自身に対する恐怖心しか残らないということ。


「――の偽者とディースを見た」


「…………」


「……本当はデベッガ君が、お兄さんが私とパパを助けてくれた。倒してくれた。だから、ここにいないのはおかしいよ……!」


 否、メアリーの怯えた様子の目は自分がマッドだと認識しているのではない。証拠がこの場にないことに不審がっているものだった。


「デベッガ君、あなたはいつも私を助けてくれた。でも、なんでなの? なんでいつも……」


 その直後、衛生兵を引き連れたレナータが戻ってきた。


「め、メアリー様?」


 泣くメアリーにレナータが優しく声をかける。彼女の泣き声に気付いたのか、エブラハムは優しくメアリーの頭をなでた。


「パパ……」


「メアリー、か」


「パパ。私たち、デベッガ君が助けてくれたおかげで死ななかったよ」


 マティルダはキリの方を一瞥した。彼は俯いていた。


――あなた方二人は何を見たと言うの?


 マティルダには疑心が残るだけだった。


     ◆


 町中に解き放たれたすべての異形生命体はラトウィッジや単身で倒したことのあるハイチを筆頭に殲滅させることに成功。だが、黒の皇国が王都に残した爪痕は甚大なものであり、民間人の死亡者が約千八百名、軍人の死亡者は約千二百名までも及んだ。そして、王都内の住宅で全壊が九百棟、半壊が千五百棟を越えた。この黒の皇国の皇妃殺害事件をきっかけに、青の王国の民たちは隣国である黒の皇国に対してより一層憎悪感を見出し始めるのだった。また各地で黒の皇国の国教であるキイ教の信者たちを追放する運動も起きたり、逆にその教徒たちが反発運動をしたりして、国内はいつも緊張感に包まれることになる。


 王国民にとって許しがたい皇国の皇子であるハイン自身も「黒の民は理想の世界を創り上げることがこの世界の誇りである」と発言をし、各国の国交を断絶すると宣言。つまりはいつ、どこで戦争の火種が起きてもおかしくはない状況になるのだった。


     ◆


「ハイチ・キンバー、キリ・デベッガ。前へ」


 王都、王城内のエブラハムの書斎にて。厳かな雰囲気の最中、周りには三銃士軍団とメアリー、ラトウィッジがいた。彼らの中央にはキリとハイチが真っ直ぐと彼を見つめる。


「貴殿らの功績を称えて双方ともに、王族私軍である三銃士軍団の一員とし、心身ともに王族に仕えなさい」


 二人は建国式典・黒の皇国の皇妃殺害事件後、三銃士軍団へと入団することとなる。

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