あめのしるし vorbesc.進藤・鎹
赤い瞳はヒトじゃない赤証。
口元の牙はヒトを傷付ける狂鬼。
違う所を見つけては違う所に傷付いて。
違う所を見つけては違う所に安心する。
そんな矛盾だらけの感情を、ヒトは何と言うのだろうか。
恋と言うのだろうか。
愛と言うのだろうか。
希望と言うのだろうか。
失望と言うのだろうか。
執着と言うのだろうか。
関心と言うのだろうか。
ヒトと私は違う。
だけど、狂鬼とも私は違う。
越えられる境界線と越えられない境界線。
その二つの線の真ん中で、私は一人立ち尽くしている。
これをヒトは『みれん』と呼ぶのだろうか。
これをヒトは『いんが』と呼ぶのだろうか。
これをヒトは『何』と呼ぶのだろうか。
雨が降ってきた。
「……通り雨、かなぁ」
さほど強くもないソレに、私は上を見上げてぽつりと溢す。どんよりと曇る空の色に今日の天気予報を思い出す。夕方から雨。
瞼に当たる滴に自然目を細め手で拭う。そうこうしているうちに雨足はだんだんと強くなって行き、傘を持たない私は品の入った買い物袋片手に屋根のある方へと向かう。
降り続ける雨に走って帰る事を諦め、私は雨足が弱まるのを待つことにした。壁に凭れて周りを見る。
私と同じ様に傘を持っていないのか、数人が屋根の下で雨宿りをするも数分も経たぬ内に何処かへと去っていく。皆急いでいるのだろう。
「雨、弱くならないかなぁ」
さほど急いで帰る必要もない私は、皆忙しそうだなと呑気にそんな事を思っていた。
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「買い出し、ですか」
進藤に会いに行ったら進藤はいなく。
代わりにそこにいたのは『吸血鬼さん』と『カグラちゃん』だった。
「ついさっき出かけた」
「すぐ帰ってくると思うわよ?そんなに買うもの無かったはずだから」
「そう、ですか」
二人の言葉に俺はぎこちなくそう答える。が、馴れない。
じっと見てくる二人の視線にこれほどまでにどぎまぎしてしまうのは、俺がこの二人を苦手としているからだろう。こんな時に限っていつもここで邪魔してくる名々賀の姿はないのだから、まるで見計らったかの様なそのタイミングに、わざとではないだろうかとの疑念が頭を過ったのも無理はない。
「座って待っていれば?」
子供の様だけれど子供では決してないカグラがカウンター席、自身の隣を指差してくる。あまり気乗りはしなかったが、断るわけにもいかず俺は隣に座る。そんな心の内は気付かれない様に。
「何か飲むか?」
そう言ってくれた吸血鬼さんにお構い無くと断るも、グラスに入れたお酒が目の前差し出される。それはいつも俺がここでよく飲む酒で、ついでと言わんばかりに隣のカグラが口にしているものと同じものが目の前に置かれた。
小皿に乗せられた一口サイズのソレは、きっと進藤がよく口にする『吸血鬼さんが作る新作』なのだろう。美味しそうなソレに自然と手が伸びる。
「ありがとうございます」
吸血鬼さんと話をした事はあまりないのだが、俺がよく飲む酒を知っているという事は、俺の事を少なからずも見てくれているという事なのだろう。そんな視線はいつもあまり感じないけれど。
「ねぇ」
隣からの子供らしくないその凛と響くあまりに『女性』らしい声にどきりとし、俺は手にしていたグラスを揺らす。それを見たカグラの顔が少しだけ険しくなる。
「別にそんなに怖がらなくてもいいんじゃない?まぁ、貴方のその反応が本来は普通なんだけれど」
「あの、別に怖がっているわけでは……」
吸血鬼さんは『吸血鬼』。そして、隣に座るこのカグラと呼ばれる少女は『蝙蝠』と呼ばれる吸血鬼に遣える種族であり、二人とも人間ではない。
見た目子供だけれど纏う雰囲気は子供とはかけ離れているカグラ。そして、人の血を吸う『吸血鬼』である吸血鬼さん。
人間とは違う二人に恐れを持っているわけでは決してないのだが、肌が感じる空気感が他とは違うのは確かで。そして多分、自分とは違う他人に対する感覚も、二人は俺達『人間』とは違うのだろうと思う。
「それにしても……、貴方の反応がいやに新鮮に感じるわね。静やせーちゃんの私達に対する態度があまりにも異常だからかしら」
「異常、ですか」
「ええ。普通人間はね、恐怖を抱くものでしょう?私達みたいな『異形』な存在には、ね。だけど、せーちゃんは嬉々として話しかけてくるし、静は……まぁ、静はちょっと特殊だからかもしれないけれど」
静は特殊の言葉に、過去少しだけ耳にした事のある名々賀の昔の話を思い出す。
名々賀は昔、瀕死の重症だった所を運良く出会った吸血鬼に助けられ一命をとりとめた事があるらしいのだ。
それ以来、その後遺症の様な形で人とは違う存在に体が敏感に反応する様になったのだと言う。
「…………」
「あら、静の話は気に入らなかった?」
カグラは誂うかの様に優雅に微笑し、俺の反応を窺う。
「恋敵の話はしたくない?」
「そんな訳じゃないんですけど……」
「あら、じゃあ何かしら」
何と問われても何と答えれば良いのかと迷う。
ただ、どうしてこんなにも壁を感じてしまうのだろうかと、そう思っているだけだったから。
過去、吸血鬼に出会った事のある人物の中に、どうして自分は入っていないのだろうかと、そんな仲間外れにも似た何かを、自ら『異形』と宣う人達といると、名々賀や進藤といる時よりも殊更強く感じてしまう。
ただそれだけなのだ。
「相変わらずハッキリしない男ね」
俺がもごもごと口ごもっていると、カグラが苛立ち混じりにそうバッサリと切り捨てた。
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雨はまだ降り続けている。
「止む気配が全くないな」
止まないまでも、もう少し弱まらないだろうか。そんな自分に都合の良いことを口に出してみるも、神様はどうやら私の味方はしてくれないらしい。
次第に強さを増す雨に、やはり最初の時点で走って帰るべきだったかと後悔する。後悔先に立たず。
壁に凭れてただぼんやりと立ち尽くしているのも疲れて来たので、屋根沿いに帰り道の方角へと移動する。屋根の終わりがあれば、そこからまた別の屋根のある場所へ。また終わればまた別の屋根のある場所へ。
そんなゲームのような感覚を楽しみつつ帰り道を進む。だけど、そう上手くずっと屋根が続いている筈もなく、すぐに私は行き詰まり立ち止まる。しょうがなくここからは走って帰るかと息を吐く。買い物袋の中の商品が濡れないようにしゃがみこみ口を縛っていると、ふと動くものが視界の端に写り込んで来た。
「……久しぶりに見たかも」
ゆっくりと動くソレはこの雨の時期にはよく見かける、背中に『家』を背負った生き物。
地面を這い進む小さな小さな蝸牛だった。
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「雨が降ってきたみたいだな」
吸血鬼さんの突然過ぎるその言葉に俺は目を丸くする。隣のカグラはす、と立ち上がり何も言わずに何処かへと向かって歩いて行った。それを見送り俺は首を傾げる。
「……雨?」
「アレは傘を持って出なかった」
俺を見て吸血鬼さんはそう言葉を口にする。何の事かよく分からなかった俺は「はぁ」と間の抜けた返事をするも、「貴方バカなの?」と後ろから誰かに罵倒され振り返る。するとそこには、呆れているのか、はたまた怒っているのか。そんな顔をしたいつの間にか戻ってきていたらしいカグラが、手に一本の傘を持ってそこにいた。
「しーちゃんが傘を持って出掛けなかったから、貴方が傘を持って迎えに行けと言ってるのよ。貴方ホント成長しないわね。最初からそうだったけれど一から十まで全て説明しないと理解できないわけ?もう少し人の気持ちを察すると言う事を」
「い、行ってきますっ!」
カグラの持つ傘を受け取り慌てて店の出口へと向かう。が、ある事に気付く。
「あ、あの、俺も傘持ってないんですけど……」
手には進藤用のだろう傘が一本しかない。そう言うと、カグラの表情が更に険しくなる。
「貴方の頭の中には人の好意を受け取ると言う、そんな単純な発想すらないわけ?」
「え、えっと……」
「傘なんて一本で十分でしょう?」
それはつまり俺には傘なんて貸す気はないし、お前ごときが濡れて帰ってきた所で此方には何の問題もないと、そう言う事なのだろうか。
「い、行ってきます……」
俺は傘を借りることを諦め、すごすごと一人外に出る。確かに外は、雨がパラパラと降っていて行き交う人々の足並みを早めている様だった。
「何で分かったんだろ……」
雨の音など、店の中からでは全く聞こえてはこなかったと言うのに吸血鬼さんは雨の存在にいち早く気付いた。それはやはり吸血鬼さんが『異形』の者、だからなのだろうか。
「異形、か……」
雨足はだんだんと強くなって行く。
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「進藤っ!」
自分を呼ぶ声がして振り向けば、そこにいたのは何故か慌てた様子の鎹だった。
「大丈夫かっ?」
「何が?」
「いや、踞ってるから……。気分でも悪いのかと……」
思って、と最後は尻すぼみになる鎹。私は立ち上がりそんな鎹に苦笑する。
「蝸牛がいたから見てただけだよ」
「蝸牛?」
私が指差す方、鎹が視線をやる。
「鎹君は?どうしたの」
はっ、と蝸牛からこっちに視線を戻した鎹が説明してくれる。
「いや、店に行ったら進藤いなくて……、で、吸血鬼さんとカグラちゃんと話してたんだけど雨が降ってきたから」
私を迎えに来てくれたらしい。
ありがとうと私がお礼を言うと、鎹が僅かに微笑んだ。
「じゃあ帰ろうか」
これで濡れて帰らなくて済む。
仕事がまだ終わっていないこの時間、鎹のこの行為は正直ありがたかった。何故なら濡れた服を着替えないといけない手間が省けるから。
だけど、帰ろうと言った私に何故か困ったような顔をする鎹。
「どしたの?」
「あのな、進藤……」
鎹はその後、たっぷりと数秒間を置いた後「俺も傘に入れて下さいお願いします」と一息でそう宣った。
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「自分も傘持ってなかったんなら店で借りれば良かったのに」
「貸してくれなかったんだよ」
傘に入れて下さいと言ったその後、進藤はぽかーんとした表情をしながらも良いよとそう言ってくれた。飽きれ半分失笑半分、と言った所だろうか。物凄く惨めだ。
俺達は一本の傘に狭いながらも二人で入り帰り道を歩き出す。進藤は買い物袋が濡れないように胸に抱き抱えながら隣を歩いている。
「自分の傘を持たないって、何のためのお迎えなのさ」
「……俺、カグラちゃんとは相性悪いから」
「若しくは嫌われてるから」。
そんな悲観的な俺の言葉に、意外にも進藤が訳知り顔で「ああ……」と小さく言葉を口にしたのでぎょっとする。
「えっ!?半分冗談のつもりだったんだけど、俺ってもしかしてカグラちゃんに嫌われてるのかっ?」
「い、いやっ、嫌われてはいないと思うよ。…………多分」
俺の慌てた様子に進藤はすぐに否定するも、ぼそりと最後に呟いた『多分』の言葉がぐさりと心に深く突き刺さった。はぁ、とため息を吐くと、隣の進藤がちらと視線を俺に向けるのだがそれには残念ながら気付く事が出来なかった。
「そもそも鎹君、吸血鬼さんとかカグラちゃんに苦手意識持ってるじゃない。それで相性が悪いって……、失礼だよ」
「いや、それは分かってるんだけどさぁ……」
「あれだね。鎹君ってば苦手なものからは結構逃げ腰になるタイプなんだね」
ちょっとばかし楽しそうに進藤は笑う。
多分進藤の言っている事は当たっているのだろうと思う。苦手で、どうしたらいいのか分からないから動く事も出来なくて、向こうの動きに過敏に反応してしまうのだ。
「…………」
傘一本の距離は近い。すぐ隣に進藤。
いつもならここまでの近い距離に俺が接近すると目に見えて嫌がると言うのに、こういう時は嫌がらないんだよな、とふと思う。
「…………あぁっ!!」
「……っ!?えっ、な、何っ?」
突然叫んだ俺に進藤の肩が飛びあがる。「何でもない」と進藤に誤魔化すも進藤は眉間に皺を寄せ訝しげに俺を見る。
気付いたのだ。
カグラが傘を一本しか俺に渡さなかったその意味を。
「そういう事かぁ」
「…………?」
カグラはあの時『好意』と言った。俺への嫌がらせの意ではなく、これは俺への『好』の意なのだ。
「それならそれでそう言って欲しかったな……」
「……何の話?」
カグラにそう言えば、多分彼女は「察しなさいよそれぐらい」と言いそうだけれど。だけど、俺も別にそこまで鈍感なわけでは決してない。残念ながら彼女や吸血鬼さんに対しては、多分苦手意識の方が先に立ってしまうのだろう。
そして多分、進藤に対しても。
お店までの距離はもう少し。『一緒の傘』をしているのなら、どうせなら手もつなぎたいな。
どうせ逃げられないのだし。
そう思うも、二人ともが濡れないように傘を真ん中に持っている手では、虎の尾を踏むというものだった。
離れていたら不安になる。
だけど、近くにいても不安になる。
その二つの不安は、種類は違えども心にかかるこの感情は同じものだ。
こんな事なら友達のままの方が良かったとか言う奴もいるけれど、それは穢い綺麗事。
赤い瞳は吸血鬼の証。
口元の牙は鬼の証。
彼女のソレは、俺には無いもの。




