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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
詰合編 Diverse Am încercat
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桜の樹下には


春です。

お店を臨時休業にした私達はお弁当を持って近くの広場へと花見をしに来ました。


「ねぇ久遠君」


私と久遠、二人がシートを敷いて場所を確保している中、吸血鬼さんは一人、少し離れた場所で桜の元にいます。だけど、吸血鬼さんは桜の花が爛漫咲き誇る頭上ではなく何故か下を見つめていて。


「吸血鬼さん、お花見に連れ出したのはもしかして不味かったかなぁ」


シートを敷き終え荷物を重り代わりに四隅に置く久遠は、視線をちらとだけ吸血鬼さんに向けた後「どうだろうな」と適当な返事をした。そんな久遠に私は息をつく。


私達がこうして花見に出てきたのは、別にそこまでお花見がしたかったからというわけではない。昨日の晩、お店に来たいつもの常連のお客さん達にしつこいほどお花見に誘われたからなのである。

誘われたら誘われただけ行く、という事でもないのだが、常連のお客さんのしつこい誘い、そして『お花見』の魅力に少し惹かれてしまった私が最後には折れてしまい、こうしてお花見と相成った。

ちなみに、誘った常連客の面々はこれまた少し離れた場所で既にお花見を初めている。まだ昼過ぎなので人数は二、三人ほどしかいないが、これから夜にかけて徐々にいつものメンバーが増えて行くのだろう。


「桜の木の下には死体が眠ってるって言うよな」


ぽつりと唐突に久遠がそんな事を言った。


一説によると、桜の木の下には死体があるらしい。だけど一体全体誰がそんな事を言い出したのか。そんなものが本当に眠っているわけはないだろうに。

だけど、桜の根元を見ている吸血鬼さんも、もしかしたらその迷信じみた話を信じていたりするのだろうか。


「久遠君は桜の樹の下には何があると思う?」


お昼もまだだった私達はお店で作って来たお重を広げる。ほぼ吸血鬼さんの作品であるそれは、六段もあるお重に敷き詰められとても豪勢で綺羅びやかだ。私は誘ってくれた常連さん達におすそ分けするべく持ってきたトレーに小分けしていく。


「根」

「そりゃそれはあるだろうけどさ」


私が聞きたいのはそんな現実的な事じゃないしとぼやいてみるが、久遠にそんなぼやきが伝わる筈もなく。

私は私で桜の木の下にあるものを想像する。

昔話や神話などでは、こういう時必ずと言っていいほどその場所には財宝や宝物が眠っていたりするのだが、現実的に考えたらやはりタイムカプセルとかだろうか。


昔々の自分から未来の自分へ向けての贈り物。過去を思い返すことの出来る懐かしき遺産。


「…………」


桜を見ると物哀しくなる人もいるという。今、吸血鬼さんも何かを思い出して哀しんでいたりするのだろうか。


私はお重の取り分けを久遠に託し、吸血鬼さんの元へと歩く。

吸血鬼さんが哀しむ事といえば、多分それは『リコさん』の事だ。吸血鬼さんが好きになった人間の女の人。目が見えなくて嘘つきで、白いワンピースがとてもよく似合うという可愛らしい女性。

私は小さな頃、吸血鬼さんにリコさんの身代わりとして吸血鬼にされた。だけど、リコさんを失った吸血鬼さんが必要としたのは、他の誰でもない『リコさん』ただ一人だけ。


近付いてきた私に気付いたのか、吸血鬼さんがこちらを振り向いた。

最初に会ったあの頃から変わらない吸血鬼さんの姿。そんな姿が桜と重なって何故だか儚く映る。


「桜、綺麗ですか?」

「…………」


吸血鬼さんは目を細めて私を見た後、上を見上げて桜を見る。緩やかな風が桜を揺らして桜の花がはらはらと舞い散る。


「綺麗だな」

「……すみません」


私は何故だか謝ってしまった。意味も無く急激に、唐突に気分が落ち込んだのだ。

吸血鬼さんが不審げに眉間に皺を寄せ私を見る。


「どうした」

「……吸血鬼さん、やっぱりお店で待っていたかったですか?」


少しの間の後、「綺麗だぞ」と吸血鬼さんはまたそう口にした。そうして満開に咲き誇る桜の木に手を伸ばし、まだ小さな蕾である一つのそれに優しく触れた。


吸血鬼さんが触れた桜の蕾は瞬間、嬉しそうに、そして元気を貰ったかのように力強くその綺麗な花弁を広げ鮮やかに鳴いた。








桜の木の下には死体が眠っていると言う。

もう何年も前の話、夏の暑い頃に吸血鬼さんはリコさんと出会った。噴水がある大きな広場。沢山の人達がいて、夏休みだからか沢山の子供たちもいて。

そんな中、涼しげな白いワンピースに身を包んだ女性が一人、そこに立っていた。目を瞑っている彼女に、吸血鬼さんは最初奇異な人間だなとの印象を持ったのだと言う。

だけどその女性は好きで目を瞑っているわけではなくて、病気で目が見えないのだという真実を知った。ドジで間抜けでおっちょこちょいで。真正の『嘘つき』であるリコさんに吸血鬼さんは振り回され、そして惹かれていった。


だけど、その気持ちはリコさんに伝えられぬまま、彼女はこの世から姿を消した。

ずっと一緒にいると言った言葉を『嘘』にしてしまった吸血鬼さんは、たった一人の大切なリコさんを無くしてしまった。


リコさんは死んだ。

死んだ理由も、そしてリコさんの御墓の場所も吸血鬼さんは知らない。


なら、リコさんはもしかしたら桜の木の下で眠っているのだろうか。


綺麗であり、壮大であり、儚くもあり。

行き交う人々の目を奪う、『赤』と『白』が交わったそんな色を咲かせる春花は、もしかしたら『吸血鬼きゅうけつきさん』と『人間リコさん』のために芽吹いてくれた、そんな小さな小さな命なのかもしれない。



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