小春日和と冬の始り vorbesc.瀬川・進藤
小春日和がやってくる。
そんなこの季節は憂鬱だ。
「はぁ」
「どうしたの?瀬川さん」
今日は朝からアンニュイな私に、進藤さんが珈琲を片手に問いかける。まだ少し熱いのか、口に持っていく事はしないで、カップに手を包み込む様にして置いている。
今日は些か暖かい。某喫茶店店内。ここの暖房の温度は低めの設定にされている様だ。
「小春日和がやってくるのよ」
「小春日和?」
ふーふー、と珈琲を冷ます進藤さんの視線は珈琲に注がれる。そんな進藤さんに「頼みがあるんだけど」と私がそう切り出せば、進藤さんはきょとんとした様子で顔を上げて私の続く言葉を待つ。私はそんな進藤さんを真剣に見つめ返しながら進藤さんにとあるお願いをした。
「小春日和の魔の手から私と一緒に瑛士君を守って」
進藤さんのきょとんとした顔は依然として元には戻らない。
「小春、進藤さんよ」
「ちは!」
「は、初めまして……」
進藤さんの働くお店。
私が連れてきた一人の男、小春にぎこちない笑顔で挨拶を交わす進藤さん。それに対し、小春はにっこり満面の笑顔で進藤さんに手を差し伸べる。
「俺は小春日和。宜しくなっ!」
「よ、宜しく」
やはりぎこちない笑顔で顔を引きつらせながらも、進藤さんは差し伸べられた小春の手をおずおずと握る。すると小春が力を入れ、がしっ、と進藤さんの手を掴む。ビクッとする進藤さん。
「なぁなぁ進藤さん。ここってさ日本酒置いてる?」
きょろきょろと物珍しそうにお店の中見回しながら、小春は楽しそうに進藤さんに問いかける。
「置いてます……けど」
「何で敬語?」
目を丸くする小春に、進藤さんは明後日の方向を見ながら「な、なんとなく?」と口にした。小春のキャラはもしかしたら進藤さんには苦手なタイプなのかもしれない。さっきから小春に対しての態度が可笑しい。
「別にタメでいいぜ?同い年じゃん」
「はぁ」
「でさぁ、日本酒の種類ってどれぐらい置いてるんだ?」
きらきらと顔を輝かせる小春。
そんな小春に若干躊躇う進藤さんはきっと、何故こんなことになったのだろうかと途方にくれているに相違なかった。
「ねぇ、瀬川さん。私は一体全体どうしたらいいわけ?」
お酒の種類がどれぐらいあるのかを、小春が久遠君から教えて貰っている隙に、進藤さんが私に話しかけてくる。小春と会って数分、既に疲れてしまった様で進藤さんは脱力ぎみだ。戦いはまだまだこれからだと言うのに。
「あいつが瑛士君に話しかけてきたら、とりあえず邪魔して」
「邪魔して、って……」
瑛士はまだ来ていないが、先程もうすぐ着くと連絡があった。小春と瑛士が出逢うのも時間の問題だ。どうせなら二人が逢うのを避けたかった所なのだがそれは無理な話。
小春は幼稚園の頃からの私と瑛士との幼馴染みで、この時期になると決まって小春は瑛士に会いにやってくる。
小学校の頃、転校して行ったにも関わらず。今は遠くに住んでいるにも関わらず必ず、だ。
「いつもこの時期になるとやってきて、アイツは瑛士君にべっったべっった、べっったべった……。絶対瑛士君に気があるに違いないんだから」
「……男だけど」
飽きれ顔の進藤さん。
進藤さんは小春の瑛士への態度を知らないからそんなことが言えるのだ。
そんなことを考えていたら店の扉が開かれ瑛士が入ってきた。
「空ちゃん、大丈夫?」
「瑛士く」
「えいじぃーーーっ!!!」
小春が叫び、勢いつけて瑛士に抱きつく。瑛士は多少驚きはするものの毎年の事なのでもう慣れっこなのかそんな小春に穏やかに笑う。
「日和、久しぶり」
「久しぶりっ、瑛士!」
抱き付いた格好のまま、二人はお互い笑い合う。
「ね?」
「…………」
進藤さんに同意を求めれば、進藤さんは小さく「そうだね」と賛同してくれた。
そうして、私達と小春との闘いの幕は、切って落とされたのだった。
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「でさぁでさぁ瑛士ぃ」
「うんうん」
「…………」
くいっ、と瀬川が顔を動かし合図。目が据わっていてちょっと怖い。
「あ、あの。小春君?」
カウンター席で、瀬川、小日向、小春の順に横一列で座っている小春に私は話しかける。瀬川に言われていた通りに。だけど。
「何?進藤さん」
「……えー、と」
にこーっと無邪気に笑い私を見る小春に何を言って良いのかも分からず、私はやはり小春から視線を逸らしてしまう。逸らした先、瀬川の視線とぶつかれば瀬川が眉間に皺を寄せた。
そんな顔されても。私にどうしろと。
瀬川の言う通り、小春は小日向にべたべただった。まぁ、特別仲が良いだけと言われれば納得しないこともないのだが、瀬川はそれでは納得しないらしい。
「あの……」
「うんっ」
「……な、仲良いよね?確か、瀬川さんと小日向君とは幼稚園の頃からの幼馴染みなんだって?」
私はとりあえず当たり障りの無い会話でお茶を濁す。
「おうっ!小学生の時に俺が引っ越してからも、この時期には会いに来てるんだ」
「毎年会ってるから離れてる感じ、全然しないけどね」
「俺は毎日でも会いたいぐらいだけどなっ」
皮肉混じりの瀬川の言葉に小春は気付いているのかいないのか。やはり無邪気に小日向を見ながら『毎日でも会いたい』とそう言った。小春と瀬川。何だか二人の間にバチバチと火花が見える様な見えないような。
「でも小春君。どうしてこの時期だけなの?」
小春が小日向に会いに来るのは決まってこの時期だけらしい。別に金銭面や時間の都合上問題が無ければ別の時期にだって会いに来れるはずだ。だが、小春が来るのはこの時期だけ。
「……小春日和」
小春がぽつりと呟く。
「……?」
「この時期ってさ、世間一般的に『小春日和』って呼ばれてるだろ?ほら、晩秋から初冬にかけての暖かい天気の日の事」
「あぁ……」
この時期暖かい日が来ると『今日は小春日和ですね』と天気予報で言われる。間違えられやすいが、『小春日和』と言うのは『春』じゃなくて『冬』の季語なのだ。
「だから、だよ。まぁ、俺の名前と引っ掛けてるだけなんだっ」
にこっ、と笑い自身を指差す小春。
小春日和と『小春日和』。
「覚えやすいだろ?」
「まぁ、確かに覚えやすいけど……」
私は首を傾げた。
それが理由なの?
その後も昔話に花を咲かせたり近況を話したりとする幼馴染の三人は、それでもやはり楽しそうで。
邪魔して、と言っていた瀬川も何だかんだで小春の事をそこまで邪険にもしていないようだ。だが、小日向がトイレに立つと瀬川が小春に切りだす。「この際だから今ここではっきりさせるわ」と。
「何だよ。そんな改まってさ」
小春の顔は赤い。だいぶ飲んでいる小春は機嫌よさそうに赤ら顔でへにゃへにゃと瀬川を見る。
「好きなの?」
「……は?」
「だから、好きなの?瑛士君の事」
「……なっ……!!」
小春の顔がみるみる赤く染まっていく。元々赤かった顔がさらに赤く染まる様は分かりやすく、動揺は隠しきれていない。
「おっ、俺はべ、っ別にっ!す、っすきっ、とか、そ、そんなっ」
「はっきりさせたいのよ。好き?」
じっと小春に視線を注ぐ瀬川。叫ぶ小春。
「お、俺は別にっっっ!!」
「何騒いでるの?」
タイミング悪く小日向が小首を傾げながら戻ってくる。ぎゃっ、と小春が飛び跳ねた。
「はぁ……別に何でも無いわよ、瑛士君」
瀬川が諦めたかの様にそう言った。
だけど、小春の反応はあからさまだった。
「じゃあ、ちょっとタクシー探してくるね」
そう言って小日向と瀬川は外に出ていく。
小日向がトイレから戻ってきてからの小春は動揺を隠しきれず、それを何とかしようと酒に逃げ込んだ様なのだがそれが裏目に出てしまい結果酒に呑まれ潰れてしまった。なかなか起きない小春に、小日向と瀬川はタクシーを拾おうと言うのだ。
「…………」
他のお客も既に皆帰ってしまい、店は閉店ガラガラ。久遠が気を効かせてくれて、片付けはやってくれている。
「裏」
店のバックヤードを指差し言う久遠に「あ、うん」と返事。多分少なくなっている在庫や消耗品を取りに行くのだろう。
扉を開けて裏へと向かった久遠を見送り、私は小春を見る。酔い潰れ机に突っ伏している姿は誰かを彷彿とさせる。私は店の片隅に置いてある小さな海のオブジェを見る。青い色の小さな置物。名々賀から貰ったもの。
「…………」
あの季節がまた、やってくる。
「……うー」
「……小春君?」
唸る小春。ゆらりと頭をもたげたかと思えば、カウンター席から立ち上がろうとでもしたのか、ガタリと音を立てて膝から崩れ落ちた。
「小春君っ、大丈夫?」
慌てて駆け寄り体を起こしてやれば、小春が私にガバリと抱き付いて来た。
「おわっ!」
「瑛士……」
私は目をぱちくりさせる。
推測するに、小春は私を小日向と間違えている模様。
「小春君?私……」
「忘れないで」
…………忘れないで?
「こはる君?ちょ……、おおおぉ」
ぎゅーっと私を抱き締める小春の力が徐々に徐々に強くなって行く。
「瑛士……」
『瑛士君に絶対気があるに違いないんだから』
「…………」
小春が私を離す気配は無いようだ。
私はため息一つ、小春の背に手を回して背中をぽんぽんと優しく叩いてやる。ぎゅっ、と力を入れていた小春だが、私がそうしてやっていると落ち着いて来たのだろう。だんだん力が弱まっていく。
そうして多分、目が覚めたのだろう。「うわぁっ!」と言って私から両腕を離した。
「あ、あれっ?俺」
「大丈夫?」
「ご、ごめっ!」と小春。
「なんか俺、凄い寝惚けてたみたいでっ!?」
「みたいだね」
私は笑う。
「ねぇ、小春君。小日向君の事好きなの?」
一瞬表情が固まった後に、小春の顔はみるみる赤に染まる。
「おっ、俺は……っ!」
「別にいいんじゃない?言っても」
私は小春に微笑み、小春はそんな私を驚いたように見つめ返した。
「大丈夫だよ。本人にも……、瀬川さんにも言わないからさ」
「…………」
小春は何故だか少しの間の後、苦笑した。
「でも、どうせ叶わないからさ」
「…………」
叶わない。
きっぱりとそう言う小春。
「……小春君はさ、小日向君と瀬川さんが付き合ってるのは知ってるの?」
「そりゃ、知ってるよ」
小春が笑う。
だけど、それは何処か哀しさの混じる笑い方だった。
「まぁ、瑛士に彼女がいてもいなくても叶わない恋なわけなんだけどな」
叶わない恋。
それはとても悲しい恋だ。
「……告白は、しないの?」
「出来ると思う?出来ないでしょ」
出来ないよ、と小春。
「俺さ、忘れないでくれれば良いんだ。瑛士がさ、誰の事を一番好きでも。誰の事を一番大切にしていても。……ただ、俺の事を覚えていてくれればそれだけで良いんだ。他はさ、望まないよ」
望まない。
何も望まない。
ただ、忘れないでいてくれればいいから。
これ以上だなんて、何も望まないから。
今ある幸せを。
今ある幸せだけを。
それだけを願うのは、今がとても幸せだからだ。
「…………」
「進藤さんもさ、もしかして叶わない恋をしてたりするの?」
小春のその言葉に私の呼吸が一瞬止まる。
「……ど、どうして?」
「俺とさ、重ねてるでしょ?」
にこっ、と無邪気に笑うその顔は先程とは違い、今日今までに沢山見てきたあの小春の笑い顔だった。天真爛漫。まるで子供の様に素直に笑う。
「俺を見る目がそう語ってるよ」
あはははは、と笑う小春。そして、にやりと広角を釣り上げ「図星だろ?」と一言。
「……図星、です」
「あははははっ!」
声をあげて笑う。そんな小春に私もくすりと自然に笑みが溢れて落ちた。
「……甘えてるんだよ」
そうぽつりと溢す私に、小春は耳を傾けてくれるかの様に静かになった。
「私は、甘えてるんだ」
小春とは違い、私のは叶わない恋な訳じゃない。むしろ私のそれは『叶っている恋』なのだ。
鎹は私を好きでいてくれて。そして私は鎹が好きだから。小春の『恋』とは違う。だけど。
「彼の優しさに、甘えてるんだよ」
何処までも優しくて。
何処までも素直で真っ直ぐで。
何処までも暖かくて。
何処までも不安になる。
彼のそんな想いに、私は甘えきっている。
「駄目なのにね」
「…………」
駄目だって分かってる。
このままじゃ駄目なんだって理解してる。だけどそれでも、怖くなるのだ。言い様の無い不安が私を襲うのだ。
いつだって優しい鎹。だけど、その優しさが私の不安に繋がってしまう。
「いいんじゃないか?」
「……へ?」
小春がけろりと言い放つ。
「別にさ、甘えるのは悪いことじゃないはずだろ?まぁ、甘えすぎるのは駄目だとは思うけど。だけど、進藤さんは自分で気付いてるじゃん」
「……気付いてる?」
「甘えたままなのは駄目なんだって気付いてる。気付いてて、変えたいとは思ってるんだろ?」
「……そう、だね……。だけど……おわっ!」
私の頭、髪の毛をぐしゃぐしゃと小春が急に勢いよく掻き回し始めた。「な、何っ?」と私がおっかなびっくりしていると、「難しく考えんな」と小春が高良かに笑う。
「これ、俺の必殺技だから」
にんまり、と自信ありげに笑う小春は私にもそれを要求してきた。私がおずおずと同じようにしてぐしゃぐしゃと小春の髪の毛を掻き回せば、小春は嬉しそうに破顔した。
そんな小春を見ていたら、なんだかとても可笑しな気持ちになってくる。
「俺の必殺技、聞いただろ?」
「ふふ、そうだね」
「よしよし、さすが俺の必殺技だなっ」と得意気な小春は徐に立ち上がり腰に手を当て意気込んだ。
「よし!俺、決めた!」
「…………?」
「瑛士に告白するっ!!」
「ええっ?!」
ぐっ、と握りこぶしを作る小春は何やら決心を固めたようだ。一体何が彼の心を動かしたのか。先程は告白など出来ないと言っていたのに。
そうして、まだ屈んでいた私を見下ろし小春はいたずらっ子の様ににやーっと笑って私を見た。
「どっちが先に告白出来るか、競争な?」と言って。




