伝えられればいい vorbesc.クリスマス企画
十二月二十五日。
晴れ。
今日はクリスマスです。
数日前に鎹から「クリスマスに予定は入れるなよな!」と嬉々として言われていた進藤ちゃんですが……。
「思いっきり仕事を入れております」
「名々賀さん、さっきから煩い」
ナレーション口調で喋る名々賀を私は睨む。
一体誰に説明しているのか。
「だって進藤ちゃんがクリスマスなんかに仕事してるから」
まぁ俺としては嬉しいんだけど、と名々賀。
「でもほら。鎹が」
「鎹君にはちゃんと謝りました」
クリスマス、一緒に何処か行こう!と張り切っていた鎹。その鎹に、私は数日前にクリスマス、仕事が入った。とメールをした。
「メールで謝るって」
「別にわざわざ呼び出して謝るのもおかしいじゃないですか」
鎹からは「分かった」と返事が来た。
文句は無かった。ただ、了解したとのメールだけが返ってきた。
「進藤ちゃんさ、わざとでしょ?」
「…………」
カウンター席に座る名々賀は酒を飲みながらそう聞いてきた。相変わらず名々賀は人の心意を読むのが上手い。嫌になる。
「仕事、休みだって取れたはずなのにわざと入れたでしょ?」
「…ご想像にお任せします」
私がそれだけ言うと、名々賀は笑った。
「相変わらず」と言って。
「それより名々賀さん。最近毎日来ますけどそんなに暇なんですか?」
皮肉っぽく言ってやるが、名々賀には効かない。
「暇じゃないよー。ほら、俺こないだまで長期間海外行ってたからさ、デスクワークが溜まってて溜まってて。皆もさぁ、やっておいてくれたらいいのに、きっちり俺の分残してるんだよ?酷くない?」
その後もぐちぐちと会社の悪口を言う名々賀だが、その顔は楽しそうで。
多分、楽しいのだろう。何だかんだ言って。
「その写真、気に入ってくれたの?」
暫くして、名々賀はカウンター内に飾ってある一枚の写真を指差す。それは名々賀が撮った写真で。
名々賀にしては珍しく風景写真で、海外の何たら言う所で撮ったものだと言う。
陽の出の写真。
「私じゃないですよ。カグラちゃんが気に入ったみたいで…。久遠君が飾ってました」
「そうなんだ」
「でも、風景写真なんて。名々賀さんにしては珍しいですよね」
名々賀は生き物を撮るのが好きだ。
動物や植物を撮るのが一番好きで、人を撮るのは好きじゃない、と言っていたのだが、最近は「人間もいいもんだ」などと言って何だかんだで撮っている。
逆に風景だけの写真などは撮らない。
「うん、まぁ…それはね。なんていうか、あれだ。女の子向けの写真。女の子さ、そういうの好きでしょ?だから進藤ちゃんも好きだろうなぁ、と思って撮ったの」
「気に入ってくれた?」と言う名々賀に、「まぁ、綺麗ですよね」と私は返す。
陽の出の写真。
朝の写真。
日はまた上る。
「陽はいつまで上り続けてくれるんだろうね」
「何ですか、急に」
突然詩人っぽいことを言う名々賀に私がそう問うたら、名々賀は笑って「鎹にさぁ」と言いながら私に視線を向ける。
「鎹にさぁ、まだ言えないの?好きだ、って」
「…………」
「進藤ちゃん、相変わらず逃げ腰。まっ、クリスマスは恋人達の日だし?逃げたくなるのも分かるけど、でももう実際問題付き合ってるようなもんなんだし。別に良かったんじゃない?あ、それとも鎹から俺に乗り替えてくれる決心がついたとか?」
「……名々賀さんは、一体何処からそんな情報仕入れてくるんですか」
あの日。
鎹に再会したあの日、私は結局鎹には何も言ってはいない。好きの一言も私もの一言も。
だけどまぁ、鎹は分かっていると思う。
私が鎹を好きなこと。
だから「付き合って下さい」「はい」みたいなやり取りはなくとも、なんやかんやでそんな流れにはなっている。
「俺に乗り替え、ってのは完全スルーだね。情報なんて仕入れなくても進藤ちゃん見てれば分かるし。愛の力だよ」
「…………」
「てのは冗談で。鎹が愚痴ってるのを聞いたんだー。可哀想に。いいきみだね。ざまぁないな」
「どっちですか」
不敏に思ってるのか。
面白がっているのか。
「そんなに難しい?好き、の一言を伝えるのは」
名々賀が私をじっと見るが、私は名々賀から視線を反らす。
「……別に、そんなんじゃないですけど」
ただ。
高校生のあの時に一度逃げ出してしまった私には、その境界線を踏み越える事がとても難しいだけ。
口に出すのが難しいだけだ。
「俺で練習してみる?」
名々賀が言う。
「進藤ちゃん、そもそも好きって言葉自体言えないんじゃない?鎹うんぬん関係なく」
「言えますよ。馬鹿にしてんですか」
「えぇー、本当に?」
じゃあ言ってみてよ、とにやにや笑う名々賀。
「早く早くっ、俺にー、好きって!」
「…嫌ですよ。何考えてんですか」
名々賀の魂胆が見えた。
「えー、俺へのクリスマスプレゼントだと思ってさぁ。大丈夫。『俺も好きだよ』って言ってあげるから」
「嫌です」
「…漫画とかでさぁ、『好き』とかって言った時にタイミング良く恋人が表れてさ、誤解して喧嘩して破局、みたいな感じになるのを期待したんだけど」
何だその展開。
「そんな展開になるわけ」
ない、と言おうとしたら店に煩入者が入ってきた。
「いい加減ウザいわぁぁぁぁぁっ!!!」
ガンッ、と店の扉を開けて入ってきたのは瀬川。その後ろから小日向。
あと。
「こいつ邪魔よっ!!!」
ポイッ、と店に投げ捨てられた鎹。
「瀬川さん。小日向君」
「進藤さん、貴方責任持ってコレ引き取りなさいよね!慈悲の心でクリスマスに付き合ってあげてたらぐちぐちぐちぐちとっ!!泣き上戸よ!ソイツ泣き上戸!!」
「そ、空ちゃん」
うぅ、と鎹が床で泣く。
「ウザいわっ!心底ウザい!あと進藤さんもウザい!!」
まさかの飛び火。
「せ、瀬川さん」
「何で仕事入れるのよ!バカじゃないの?!バカなの?貴方バカなの?!」
「そ、空ちゃんちょっと落ち着いて」
「瑛士君は進藤さんにいつまでも甘いっ!!」
ぎゃんぎゃんと騒ぎが収まらない。
さすがにこれ以上は不味い。店には他の客だっている。常連客なら「またか…」で済むが、今日はクリスマス。初めて来てくれているお客だってわりといるのだ。
そんな時、名々賀が「進藤ちゃん、これ俺からのクリスマスプレゼントね」と言ってポケットから取り出した物をカウンターに置いて立ち上がり、瀬川や小日向に近付いて行く。
「まぁまぁお二人さん」
そう言って二人を宥め、名々賀は店の外へと二人を連れて行く。
「進藤ちゃん、ちゃんと俺にもクリスマスプレゼント頂戴ねー」
「えっ、ちょ」
バタン、と扉は閉められ名々賀、そして瀬川と小日向も連れられ出ていった。
「…………」
プレゼント、って。
私はため息を吐く。
カウンターにはリボンの付いた小さな箱が置いてあった。Merry Christmas、と書かれた金色のシールが貼ってあり、ラッピングの色合いも赤と緑でクリスマスらしさを醸し出している。
「うぅ……」
まだ床に寝転がっている鎹が呻く。
私はソレを見て、さらにため息を吐いた。
「…はぁ」
鎹を何とか店の裏へと連れていき、横広の椅子に寝かせる。鎹はかなり酔っているのか意識は虚ろだ。
「ねぇ、鎹君。大丈夫?」
「うぅ…、ひっく」
そして泣く。
泣き上戸、というのは本当らしい。
「…ま、いいや。ここで頭冷やしてなよ」
伝わっていないだろうがそれだけ言って、私は店に戻った。暫くして出勤してきた久遠に一応鎹の事を説明して許可を取り、たまに様子を見に行ったりしたが鎹がその後意識を取り戻す事はなかった。
「全然起きないな…」
仕事が終わり帰り支度を終える頃になっても鎹は眠りに入っていて起きない。揺さぶるが全く起きる気配ない。どうしたものか。
「…………」
クリスマス。
十二月二十五日。
この日、仕事を休むことなど容易に出来た。だけどそれをしなかったのは。
「…むぅぅ」
鎹が唸る。眉間に皺。寝苦しいのだろうか。
だが、声をかけても起きる気配なくそのまままた眠りに入った鎹。そんな鎹の頬を、私は手を伸ばしてそっと触る。
酔っているからか鎹の頬は熱かった。それとも私の手が冷えきっているから、そう感じるのだろうか。
「…変わらないね、鎹君は」
眠る彼の顔はあの頃と変わらない。一度だけ見た高校生のあの頃。無理矢理眠りにつかせたあの日。
結局あの日から。
「変われないな…、私も」
変わらないんじゃなく、
変われない。
どうしてもあの時言えなかった言葉がある。再会したあの時、好きだと言ってくれた鎹にどうしても言えなかった言葉。
意識のある鎹には言えない言葉。
「鎹君」
呼んでも彼は起きない。
「…ねぇ、鎹君」
起きない彼に私は言う。起きていない、眠っている意識のない彼だから私はこうやって言葉を口に出来るのだ。
「鎹君はどうして…」
どうして、
私を好きになってくれたの?
「………」
言えない言葉。
言えなかった言葉。
踏み出せない一歩。
変わらない自分。
人とは違う私。
「好きだよ」
笑う君が好き。
怒る君が好き。
泣く君が好き。
嬉しそうな顔も、
楽しそうな声も、
いつだって私に差し出してくれる優しい手さえ。
「好きなんだよ」
君は多分、私を見捨てたりはしない。
私が助けを乞えば、必ず君は助けてくれる。手を貸してくれる。守ってくれる。
そばにいてくれる。
ずっと好きでいてくれる。
だからこそ。
「私は…」
私は。
「起きてる時に言わないと意味がないだろ」
ビクッ、と突然の声に驚いた私は振り向く。そこには久遠がいた。こちらを見つめる久遠の顔は心なしか険しい。
「女は分からないな」
久遠の手には毛布。
久遠はソレを私に渡しながら眠る鎹を見る。
「起きないのならここに泊まらせて構わない、とオーナーからの伝言だ」
「…そう」
久遠から手渡された毛布を鎹にかけてやると、鎹は少し身じろいだがやはり起きなかった。
久遠が店の鍵も渡してきたので、私は受けとる。その後久遠は帰るかと思いきや、その場に立ったままこちらを見下ろし、ポツリと言葉を溢す。
「進藤」
「何?」
「鎹の血は何故吸わない?」
「……へ?」
何なんだ、突然。
私は久遠を見る。久遠の顔はやはり険しい。
「鎹が前に言っていた。再会してからは一度もないと」
「…………」
鎹よ。
お前は何処まで。
「久遠君には関係ないでしょ、そんなこと」
「関係ならある」
はっきりと久遠はそう口にした。
「何故吸わない。必要な行為だろう?鎹本人が良いと言っている。それに高校時代は鎹の血を貰っていたんだろう?何故今は吸わない」
「…いいでしょ、別に」
今日の久遠はやけに突っかかってくる。察するに何か嫌なことでもあったのだろう。
一緒に仕事をするようになってから見えてきた久遠という人間の性格。
わりと一人で何でもこなす奴だが、どうにもこうにも自分一人では行かなくなった時だけは、こうやって誰かに意見を求めるのだ。
高校生の時に一度相談を受けた、あの時と同じ。
「本人が良いと言っているんだ」
「………」
久遠を見る。
多分これ、私の話じゃなく自分の話だな。
と、私は思った。
「まだ諦めてないの?」
吸血鬼さんに血を吸って貰うこと。私は呆れた。
久遠は吸血鬼さんに血を吸って貰うことを最終目標みたいなことにしている。カグラちゃんが吸血鬼さんにお熱だからだろう。
だが、いつまでいい続ける気なのだろうか。吸血鬼さんにその気はないというのに。
「別にさ、そこまで吸血鬼さんにこだわらなくても」
「こだわるだろ」
久遠が私を睨む。
睨まれるほど、今日の久遠は機嫌が悪い。
これは相当だ。
「な、何。どうしたの?」
「好きなら好きと言え。鎹はそれを望んでいる。鎹『が』それを望んでいる。お前達は吸血鬼だろう。吸血鬼なら吸血鬼らしくしろ」
「………」
じ、と私の反応を見た後、ふい、と久遠は回れ右して帰っていった。
「…機嫌、わるっ」
絶対何かあった。
そんな確信を持ち、かなり不機嫌な久遠に八つ当たりされた私はため息を吐いた。
「…鎹君のせいだ」
眠る鎹を睨み付ける。
鎹がペラペラぺらぺら誰彼構わず喋るから。
「…………」
好きなら好きと。そう簡単に言えたなら、こんなに苦労はしない。吸血鬼なら吸血鬼らしく。そこまで割りきれるほど、私は吸血鬼じゃない。
吸血鬼じゃない。
人でもない。
存在が中途半端で、やることもすることも何もかも中途半端。
そこまで分かってても、言葉に出来ないものがある。どうしたって、伝えられない想いがある。
日はいつまで上り続けてくれる?
「メリークリスマス、鎹君」
上り続けてくれているうちに。
「大好きだよ」
この言葉を君に、伝えられればいい。




