携帯電話(前) vorbesc.玲衣
作者は思った。
「私、進藤さんの携帯話で1章分ぐらい話かけるな」と。
そう思った作者は、そう思ってしまった作者は指をぺそぺそと動かしたのだった。
……………。
そんなわけで、この話は『携帯電話 vorbesc.鎹・進藤』より以前の話。進藤さんと玲衣君が『付き合って』いた時の話ですね。
ついでだから『玲衣君頬っぺたバチコン事件』も詰め合わせておきました。書きたいと思ってたんで。むしろ書く呈であの辺りの話は書いてたんで。
でも、心配だなぁ。
玲衣君の好感度が下がらないか。
私は好きなんだけどなぁ。名々賀さんも好きなんだけどなぁ。嫌われるんだよなぁ。
可哀想に。くすくす(笑)
『付き合って』まだ数日。
話の内容がイマイチ掴めないかもしれませんが、そこはがんばって想像していただければ幸いです。
あと、(続)と違って笑い要素は一切ないです。だって玲衣君だから。
携帯話で1章分ぐらい書けるけど、ほぼ進藤さん目線では書けないという……。ふふ。
ではでは前書きを終わります。
え、前書きが長いってか。
だって完結したんだから。私は前書きでもやりたい放題しますよ。やりたい放題書いちゃいますよ。
だって完結したんだから。
完結したらやりたい放題しても別に誰にも迷惑かけませんよね?
ではでは。
作者的気分転換というかもうこれアンソロジー的なノリな感じでかなり遊んでます玲衣君話です。
「進藤先輩、携帯持ってないんですか?」
俺は前に座る進藤先輩を失礼ながらも目を丸くして見てしまった。
放課後。学校帰り。
俺達はいつも通り『カップル』として、こうやって喫茶店やファーストフード店、その辺りにある店や屋台、出店、などわりと様々な場所で他愛なくくだらない談笑などをしてはこうやってカップル感をいつもいつも醸し出している。
今日はここ。
帰り道を少し外れた所にある割りとこじんまりした小さなお店。
進藤先輩が発見したお店。
このお店に来るのはまだ今日で二度目なのだが、初めて入った時から俺は気に入っているお店でもある。雰囲気もよく、出されたコーヒーも美味しく、メニュー自体は少ないが一つ一つのクオリティは高い。
これぞまさに『新規開拓成功』と言って良いお店だった。
俺と進藤先輩の『お店開拓意欲』に俄然火をつけたのが、この店だったりもするのだが、またそれは別の話だ。
「いや、今は持ってないってだけなんだけど…。ちょっと前は持ってたんだよ?」
そんなよく分からない事を言う進藤先輩を、どういう意味ですか、と俺がじっと見ていると進藤先輩は「実は」と言いにくそうにこう切り出した。
「実は、落としちゃって…」
「落としたって…。トイレとかにですか?」
よくある話だ。
トイレにちゃぽん。
俺の周りでも何人かやっちゃった奴がいて、新しく代えるかどうか相当迷っていた奴なんかもいた。まぁ、壊れてしまったのなら代えないと仕方がないのだが、防水だったりなんかして壊れなかったのだとしたら悩んでしまうのも頷ける。
トイレに落とした携帯を使い続けるのは、誰だって些か抵抗があるもんだ。
だけど、進藤先輩が落としたのはトイレなんかではなかった。
「いや、えっと、トイレじゃないんだ…。トイレじゃなくてね、普通に落としたんだよ。『無くした』って言った方がいいのかな」
無くした、って。
「電話、かけてみました?」
自分の携帯に。
進藤先輩は頷く。
「かかりはするけど誰も出なかった。何処で落としたのかも分からなくて…。家には確実にないから多分歩いてる時にどっかで落としたと思うんだけどね」
「…進藤先輩、ちゃんと携帯会社には電話しましたよね?」
いや、参ったまいったー、と笑う進藤先輩に不安になり俺は一応聞いてみた。
誰か悪人にでも拾われて、もし悪用でもされていたらことがことだ。
携帯というのは諸に個人情報の宝庫なのだから。
「それは大丈夫。すぐに連絡しといたから」
進藤先輩はそう言った。
実は進藤先輩は最近まで携帯を持っていなかったらしい。そんな、ほんの数ヵ月前に買った携帯をすぐに無くしてしまったという進藤先輩。
どれだけ注意力散漫なのか。
この数日でこの人がたまにぼやっ、としているのは分かっていたことだがここまでとは。
「今度からは首から下げておいた方がいいですよ」
「さらっと地味に酷いこと言ったね、玲衣君」
「で、新しいの買いに行かないんですか?」
そこで進藤先輩は、うーん、と唸り迷っているかのような表情をした。
「別にそこまで使ってなかったし。別にいいかな、って」
「…………」
女子高生にあるまじき発言ではなかろうか。
携帯をいらないだなんて言うなんて。
「…俺が言うのも何ですが、携帯は持っておいた方が何かと便利ですよ」
もしかしたら友達とか少ないのだろうか。そう思い、俺は遠回しにそう言っておいた。
「そう?そんなに便利?」
「まぁ…、俺と連絡取る時とか」
「今まで別に携帯で連絡取ることなかったじゃない」
そうなのだ。
今日の今日まで俺は進藤先輩の携帯番号を聞いてはいなかった。
何故かって。まぁそりゃ、別にそこまでの仲になる気もなかったからだ。
だけど聞いたら聞いたで『持ってない』のこの始末。
「もう持つ気はないんですか?」
「ん、んー…持ってた方がいいなら買うけど」
俺の表情はその言葉に自然と歪む。それは俺の返答次第で携帯を持つ持たないどちらかを決めるという事なのだろうか。そんな決め方でいいのか。
「…自分で決めて下さいよ」
進藤先輩はよく分からない。
何を考えているのか。俺には全然理解出来ない。
魔性の女、などと言われていた人なのだから悪どい性格でもしているのだろうと思っていたら実はそうでもなかったし。
何故そんな噂が流れていたのか不思議で不思議で仕方がない。魔性どころか本人に聞いた所、一度も男と付き合った事すらないんだぞ。この人は。
それも嘘だろうと始めのうちは思っていたが、最近もしかしたら本当なのだろうかとも思い始めている自分がいるからこれまた不思議だ。
いや、もしやこれも作戦のうちなのだろうか。
「…っ、て進藤先輩聞いてます?」
俺が言った事を聞いていたのかいないのか。
またぼやっ、としている進藤先輩に若干イラっとしながらも俺は進藤先輩の顔の前で手を振った。
昨日もこんな感じだった。
昨日は寝不足と言っていたがそんなに夜遅くまで何をしてるんだか。
「早く寝て下さいよ」
ため息混じりにそう言ったら、進藤先輩は「ん?んー、あー、うん。ねぇ?」と言葉を濁した。絶対寝る気ないな、この人。
「…本当は……んだけどね」
ぼそりと進藤先輩が呟く。
だけど進藤先輩の態度に呆れ果てていた俺にはその言葉はよく聞こえなかった。
「……?すいません。よく聞こえなかったんですけど」
「玲衣君。耳悪いんだね」
「…進藤先輩はたまに俺を怒らせますよね」
「そうかな?」
にこりと笑う進藤先輩。
こういう所は魔性の女に見えなくもない。
「やっぱ携帯買うよ」
進藤先輩はそう言った。
「同じのを買おう」
「使いやすかったんですか?」
「別に。普通」
「………」
いや、まぁ、俺がどうこう言うことじゃないのかもしれないけれど。
「進藤先輩、今からショップ見に行きませんか?」
女子高生として本当にこの人は大丈夫なのだろうかと心配になってしまうこの俺の心の揺らぎようは何なのか。
もうちょっとこう、興味とか持てないものなのだろうか。女子として。進藤先輩からは女子感が全く感じられない。
これも作戦のうち。これもこの人の作戦のうちだ。と思うようにしていたがこれがこの人の作戦だったのなら、ちょっとその方向性間違ってないか、と俺は思う。
それか物凄く大物。
進藤先輩は最初からそうだった。
普通異性からキスとかされたらそれなりに心揺らぐものがあるのではなかろうか。
告白なんてされたら少しぐらいは狼狽えたりするものなのではなかろうか。
それをあの時の進藤先輩は全く動じず、さらに俺の『核心』を的確に突いてきた。
俺の『核心』。
全ては凜のため。
双子の俺の姉である佐倉凜のために、俺は別に好きでもないこの進藤先輩と、嘘の彼氏彼女として付き合っているフリをしている。
凜は今、同じ学校の先輩である鎹双弥先輩という人と付き合っている。だけどこの鎹先輩がまた少し厄介で。
実は今俺の目の前にいる進藤先輩とただならぬ噂が流れていた先輩であったりするのだ。
だけど今鎹先輩はは凜の彼氏であることに変わりないのだから俺が何か言わないでも鎹先輩は凜を大切にしてくれるだろう。
だけど凜は気にするのだ。
気にしていないフリをしていても、気にしているのだ。
この進藤先輩のことを。
進藤先輩が本当の魔性の女だったならどれだけやり易かったことか。
「…って、また聞いてませんね」
進藤先輩のぼやぼや感が今日は酷い。どんだけ寝不足なんだ、この人。
「ぐらぐらするね」
「今日は帰ったらすぐ寝て下さいよ」
「うん。今日はやらないとね」
「いやだから…」
寝ろよ。
寝ろって言ってんのに。
この人は何をやるというのか。
「…で、進藤先輩。俺の話聞いてました?」
「聞いてたよー。でも私この後用事があるの思い出したから」
そう言って進藤先輩は立ち上がった。
進藤先輩はこのあと用事があるらしい。なので携帯は今度の休みにでも一緒に見に行こうという結果になった。
そして休みの日。
ショップに携帯を見に行き、その場で購入しその場で番号を交換した。
それからは恋人らしくメールや電話などしたりしていた。
「最近、携帯触りすぎじゃない?」
家のソファで寝そべりながら進藤先輩にメールしていた俺に凜がじとりと睨みながら声をかけてきた。
「俺達、ラブラブだから」
そう言ってやると、凜は嫌そうな顔をした。まぁ、進藤先輩にメールするのも電話するのも、殊更凜に分かるようにわざと目の前でやっていたりするのだが。
凜の不安はまだ解消されていない。
鎹先輩も何をやっているんだか。
「…ねぇ、玲衣」
凜が何処か遠くを見ながら口を開く。そんな凜に、俺は体は起こさず視線だけをやる。
「何だよ」
「もう別にいいよ?」
「…………」
凜は何処か遠くの方へとやっていた視線を、まっすぐに俺の方へと向けた。
「別に、進藤先輩を好きなわけじゃないんでしょ?」
「………」
凜は気付いてる。
俺が何故進藤先輩と付き合っているのかの真実を。
自分のために弟が犠牲を払っているのだと。
だけどそれをすぐに「知ってたのか…」と自らバラすほど、俺はバカでも諦めやすい人間でも況してや考えなしでもない。
俺はこの嘘を貫き通す。絶対に。
凜に信じさせる。
それが凜のためだから。
「何だよ、それ。まさか自分のために弟があの女と付き合ってるー、とかって言うつもりかよ」
「実際そうでしょう?」
俺はお腹を抱え、笑い声を上げながら寝そべっていた体を起こし、ソファの後ろにいた凜を見る。
「言っただろ?俺達ラブラブなんだって」
「…………」
「俺は進藤先輩のこと好きだし、進藤先輩も俺のこと好きだから。自信満々に言えるぜ?このまま結婚とかしてゴールイン、なんてものもあるかもしれないな、って最近では考えてるぐらい」
俺は凜の目をまっすぐに見続ける。
「俺を、あんまり見くびるな」
「…………」
凜は何も言わなかった。
ただ無言で視線を反らして自室へと帰ろうとしたので、俺はこの際だからと凜を焚き付ける言葉を口にする。
「なぁ、凜。お前らは何処まで進んでるんだよ」
ぴたりと立ち止まり凜は振り向く。明らかに機嫌が悪いのはその表情で分かった。
「玲衣に関係ないでしょ」
「キスぐらいはしたか?」
凜の眉がピクリと動く。
その反応だけで分かった。
まさか鎹先輩がそこまで奥手だったとは。予想外過ぎる。
「因みに俺達はもうキスまでする仲だ」
「……嘘でしょう?」
「本当」
なんなら今進藤先輩に電話して確認してやろうか?と言ってやるが凜は黙ったままだ。
「鎹先輩がしてくれないなら凜から迫れば?」
「…………」
「案外、鎹先輩もそれを待ってるのかもしれないしな」
「…………」
「それとも俺が言ってやろうか?奥手過ぎるダサい鎹先輩に凜と」
パァンッ!!!!
と、部屋中に響き渡るほど大きな音がした。その数秒後、俺の頬はじんじんと熱と痛みを生み出していき、その翌日。俺は頬に大きなガーゼを張り付けて登校せざるを得なくなってしまった。
「…どうしたの?その頬っぺた」
進藤先輩がじっと俺の頬を見ながら真顔で聞いてくる。この質問、今日で何度目だろうか。
「凜と喧嘩しました」
「えっ!双子でも喧嘩するんだ?!」
「…………」
この人は双子をどう解釈しているのか。
「双子でも喧嘩ぐらいしますよ。子供の頃はそりゃもう喧嘩ばっかりです」
「双子って仲良しだと思ってた」
「いや、仲は良いですけど。喧嘩ぐらいはするんですよ」
「そう…。大丈夫?」
大丈夫です、と笑って言ったが進藤先輩に納得した様子はなかった。
しっかし。
鎹先輩は本当に何をやっているのか。
俺はため息を吐く。
鎹先輩は凜にまだ手を出していない。それがただの奥手や大切だからなかなか手を出せない、という理由ならまだいいが、もし凜に手を出さない本当の理由が全然違うものならば。
「………」
俺がちらりと隣を見れば進藤先輩がこっちをじっと見ていて、ちょっとびっくりしてしまった。
「…な、何ですか?」
「お姉さんのこと、本当に好きなんだなぁって思って」
「…………」
この人はどういうつもりでこんな事を言うのか。責めている感じでもないし、ましてや妬いている感じでは絶対ない。
多分、きっと、絶対。
この人はバカなんだと思う。
「……………」
オレハモシカシタラナニカヲマチガッテハイナイダロウカ…?
俺は頭を軽く振った。
そして進藤先輩に笑いかける。
「携帯は、ちゃんと首から下げてますか?」
「しつこいな。下げないよ」
「落としますよ」
「落とさない」
不思議だな。
隣を歩くこの人を俺は全然好きなんかじゃない。恋愛感情なんて持ってなどいない筈なのに。
毎日毎日貴重な放課後の時間を割いてもらって罪悪感なり後ろめたさなりなら感じなくもない。嫌いだと思っていたあの頃とは違って、俺はこの人が悪人ではないことをこの数日で知ってしまっている。だからこんな事に付き合わせて悪いな、と少しは感じているのだ。
だけど当の本人がそれを「大丈夫」と、笑って言ってのけるから。
「進藤先輩は、心配ですね」
心配する必要もないのに。
大丈夫だというこの人を気にかけてやる必要などないんだと思うのに。
俺はどうしてこの人の行動や言動をこうやって気にしているのか。
進藤先輩は怒ったように「もう絶対落とさないし」と携帯を握り締め俺に向かって付きだした。俺は苦笑する。
俺は気付かなかった。
気付いていなかった。
自分がこの不思議な人に引かれていっているその事実にこの時はまだ気付いていなかった。
そして気付いた時にはもう遅かった。
この人の『恋人』にはもう絶対になれないのだから。




