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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
最終章 ツナグミライ
47/109

真実と信実と進日と

説明文。

難しい。嫌い。

今起きている事件。女性が襲われ、首元には二つの傷痕。そして襲われた女性は必ず貧血状態である。

吸血鬼の仕業なのか。それとも異常者か。


もし、吸血鬼の仕業なのだとしたらカグラが何か知っているかもしれない。あんなに吸血鬼を探しているのだから。知らないわけがないだろう。



「カグラちゃん、何か知ってる?」


私はカグラに聞く。

カグラは難しい顔をして首を横に振る。


「その事は私も前々から気にはしていたの。こうやって大々的に『事件』として扱われる前から」


テレビや新聞などのメディアで大きく取りざたされるようになったのは、つい昨日に起きた事件がきっかけだった。

それまでは女性が襲われて貧血状態になっていたとしても、それは病院に運びこまれるほどの事ではなかった。


だが、この昨日襲われた女性は病院に運び込まれる状態にまで陥っている。

奇怪な事件、ではなくこれはもう傷害事件、殺人未遂と呼んでもいいほどの事件だ。


「確証はない。だけど、これは吸血鬼の仕業で間違いないと思う」

「…そうなの?」


私以外の吸血鬼がここにいいる。そんな感覚は感じてたけど、改めてそう言われると問いたくなる。本当にそうなのか、と。だって、今までそんなこと無かったのだから。


「しーちゃん、私まだ貴方に言ってない事があるの」


「何?」と私が返すと、カグラは私をじっと見てから「30年ぐらい前の話らしいんだけど」、と言った。


「吸血鬼には守らなければいけないルールみたいなのがあるの。勿論私達蝙蝠にもあるし、そして、人間にもある。法律っていうルールがね。それが……、30年ほど前一度破られている」

「ルール…」


吸血鬼のルール。吸血鬼の世界での規律。

私は吸血鬼なのにそんな事も知らない。人間の世界での規律しか知らない。


「ルール、というのも少し表現が違うのかもしれない。それは、決められたこと、って訳じゃなくて絶対に『無い』ことなの」

「…破られたルール、って何?」


ルール、ではなく絶対に『無い』こと。


「殺しよ。同胞を、殺す」


真っ直ぐ私と視線を合わせ、カグラはゆっくりと一語一語を発音した。


「人間は人間を簡単に殺す。それがいけない事なのだと分かっていても、人間は簡単に同胞を殺す。だけど、吸血鬼は吸血鬼を殺さない。これは仲間意識が高い、だとかそんな簡単な問題じゃないの。吸血鬼は吸血鬼を殺さない。殺せない。絶対に。確実に」

「…だけど、それをやった吸血鬼がいたんでしょ?」


「そう」とカグラは言う。

確かに、人は人を簡単に殺す。親も友達も兄弟も、そして知らない人までも。


「吸血鬼は吸血鬼を殺さない。殺意すら同胞には湧かないの。もしかしたらそれは種の保存、とでも言うのかもしれない。…だけど、ある吸血鬼はそれを破り、同胞である吸血鬼を殺した。禁忌とも言えることを犯した」


禁忌。


「その吸血鬼の名は『オルロック』。同胞を殺した後、消息が掴めないままらしいわ」


オルロック。

外国人っぽい名前。やはり、ヨーロッパ系の人物なのだろうか。


「日本は狭い、と言ってもやっぱり吸血鬼ね。全く手掛かりもなし」

「…日本にいるの?」


カグラのその言い方に疑問を感じ聞いてみる。その言い方だと、まるでその吸血鬼が日本にでもいるような言い方だったから。


「多分日本にいる、と言われてる。日本生まれの日本吸血鬼だし」

「でも、オルロックって物凄く外人っぽい名前なんだけど」


それでも日本人なのだろうか。


「オルロック、は吸血鬼としての名前よ。ちゃんと日本人としての名前もある。その名前は…、分からないらしいけど」



日本生まれの日本吸血鬼。

吸血鬼としての名前。

吸血鬼にも色々あるらしい。

そして思う。その禁忌を犯した吸血鬼が、もしかしたらこの事件の犯人なのではないか、と。だからカグラはこんな話をするのだ、と。


「その、吸血鬼がこの事件の犯人なの?」

「かもしれない。そもそも、こんな大っぴらに日本でこんな事するのはその人ぐらいしか考えられないし」


吸血鬼にもルールがある。

種として少なくなってきている吸血鬼。今は昔とは違い、ひっそりとこの世界に存在している。だから大抵の人間は吸血鬼の存在なんて知らない。本当にいるだなんて思わない。夢物語だと思う。


そんな吸血鬼が人間達の前で正体をばらす様なことなどしない。その証拠に、何十年何百年と、人間達は吸血鬼の存在を本気でいるのだとは認めていないのだから。


「だから、こんな事する吸血鬼はオルロック様ぐらいしか考えられないの。オルロック様は禁忌を犯してしまったのだから、こんなことぐらい平気でやってしまうかもしれない」


オルロック、様。

敬称をつけるのはカグラが蝙蝠だからだと言う。蝙蝠は所詮吸血鬼の僕。いくら禁忌を犯した吸血鬼だったとしても、逆らう事は許されない。体がそう動いてしまうらしい。


「ね、しーちゃん。貴方を吸血鬼にした吸血鬼を、私話を聞いてから調べていたの。やっぱりおかしかったから。吸血鬼が吸血鬼にした人間を放置するだなんて」


私を吸血鬼にした吸血鬼さん。

会ったのは小学生の時。いなくなったのは中学の時。

そして、一度再会したのが去年の事。

吸血鬼のことなど何も教えてくれなかった。ただ、生きるために血を吸うことだけを教えられた。ただそれだけ。


「それって、そんなにおかしいことなの?」

「おかしいわよ。吸血鬼という存在を知ってる者なら誰だってそう思う」


やっぱり私にはよく分からない。


「しーちゃん。私は貴方を吸血鬼にした吸血鬼を調べている時にこの話を聞いた。その意味が、分かるわよね」

「………」


カグラは、私を吸血鬼にした、あの吸血鬼さんが禁忌を犯した吸血鬼、オルロックなのではないか、と言いたいのだろうか。


だけどそれは。


「違う、と思うけど」


吸血鬼さんが同胞を殺した吸血鬼。

吸血鬼さんのことを思いだしてみても、やはり何処かピンとこない。


「しーちゃんはホントお気楽ね」


悲しいのか嬉しいのか、カグラは分かりづらい表情でそう言った。


「しーちゃん、吸血鬼の殺し方って知ってる?」

「殺し方…」

「吸血鬼には苦手なものがある。十字架、ニンニク、太陽の光。だけど、そんなもの今の吸血鬼には毛ほどの障害にもならない。ウイルスだって進化する。動物だって賢くなる。人間もそれは変わらない。じゃあ吸血鬼だって同じじゃない?苦手なものは苦手なままじゃないし、昔と比べて衰えてしまった所もあるけれど、確実に進化として力が上がっていることもある。」


昔のように、漫画やテレビのように、十字架や太陽の光なんかで死ぬようなやわな吸血鬼なんて、もうこの世にはいない。


「だけど、一つだけ。これだけはどうやったってどうにも出来ないことがある。それが吸血鬼の殺し方。確実な殺し方。オルロック様はこれで同胞である吸血鬼を殺したんじゃないか、って言われてる」


それはどの様な方法なのか。

私はカグラの続く言葉を待った。


「吸血鬼の殺し方。ただ一つ、これだけはどうにもならなかった事。それは、…心臓に杭を打ち込むこと」


心臓に杭。そういえば、そんなやり方も漫画やテレビで見たことがあるような気がする。


「心臓って言うのは、共通して急所なのよね。心臓だけはどうしたってどうにもならない。心臓を潰されたら終わり。でも、一貫に杭、と言ってもただの杭では駄目。ホワイトアッシュの杭じゃないと吸血鬼の体は貫けない」

「ホワイトアッシュ?」

「白木、よ。まぁ、その辺りは帰ってから自分で調べなさい。私が言いたいのはその事じゃないから」


カグラはポイポイとその話を捨てるかのように手を振ってから私を見る。


「いくら心臓に杭を打ち込むのが一番効果的だと言っても、そんなこと簡単には出来ない。だってそうじゃない?杭を打ち込むには吸血鬼の懐に飛び込まないといけないんだから。だけど、懐に飛び込んで言ったら確実に吸血鬼に殺される。じゃあどうするか。それは、懐に飛び込む相手がその吸血鬼の油断する相手であればいい」

「…それは、親とか兄弟とか友達とかってこと…?」


殺されるはずがない。そうなんの保障もなく信じられる相手。

カグラが微笑する。


「そうね。でもさっき言ったように吸血鬼は吸血鬼を殺せない。吸血鬼が吸血鬼の心臓に杭を打ち込む事も不可能」


でも、オルロックという吸血鬼はそれを『した』と先程カグラは言った。どういうことなのだろうと思う。


「オルロック様が自分自身で杭を打ち込んだわけじゃない。オルロック様は……、しーちゃん、貴方みたいな吸血鬼を使ったのよ」

「…私?」


やっぱりカグラの言う事はよく分からない。さっきから色んな情報が入ってきているからかもしれないが、頭の処理能力が付いていっていない。だが、そのままの状態で続きを促す。


「吸血鬼は吸血鬼を殺せない。だけど、それは『本物』の吸血鬼の話。私、しーちゃんに初めて会った時言ったわよね、半端者だって。元人間の、半端者。だけど、人間だったからと言って『本物』になれないわけじゃないの。ちゃんとした手順を踏めば、人間だって吸血鬼になれる。本物の、ね」

「私は…、吸血鬼じゃないってこと?」

「いいえ、吸血鬼よ。まごうことなく。血を摂取しないといけないんだから。ただ、本物の吸血鬼みたいに『力』はない。それはしーちゃんだって分かるでしょ?」


吸血鬼の力。

体力や腕力や脚力などの基礎力は勿論、老化はしないし、吸血鬼によっては自然の力を使えたり、空を飛べたり、変身能力だってある吸血鬼もいるらしい。私にはそんな力も能力もない。


「そう言った半端者、まだ人間と吸血鬼の間の者は基本的に吸血鬼としての意志がまだ薄い。人間としての感情を持っている。だから吸血鬼に殺意も抱けるし、吸血鬼を…殺す事が出来る」


吸血鬼は吸血鬼を殺せない。

だけど、私のような吸血鬼なら吸血鬼を殺せる。吸血鬼の意思が薄弱なため、吸血鬼の、吸血鬼としての感情や心の縛りがない。だから、本来吸血鬼が抱く『同胞は殺せない』というものがないのだ。


「オルロック様はそういった吸血鬼を使った。だから同胞殺しもできたのよ」

「だけど…、そもそも吸血鬼は吸血鬼に殺意も抱けないんでしょ?どうしてオルロックっていう吸血鬼は同胞を殺そう、だなんて思えるの?殺そう、って思わない限りどうしたって同胞殺しなんて出来ないんじゃ…」

「…そこなのよね。そこは私にも分からない。オルロック様だけが特別だったのかも。だけど真実は、オルロック様本人と、殺された吸血鬼。そして吸血鬼を殺した半端者吸血鬼しか知らないことよ。何があって、どうしてそうなったのか。当の本人達にしかわからない。ただ、伝わってきたのはオルロック様が同胞を殺し、そして逃げた。そのことだけ」


どうしてオルロックがその吸血鬼を殺したのか。30年ほど前、何があったのか。何故禁忌を犯したのか。その答えは今の私達には分からない。知る必要も、もしかしたらないのかもしれない。だって、それは過去の出来事であって今の出来事ではないのだから。


「もし、しーちゃんを吸血鬼にした吸血鬼がオルロック様だとしたら…、しーちゃん。貴方をそのままの状態で放置した理由も分かるわ」

「………」


私を『吸血鬼』にはせず、私に吸血鬼を殺させる。私なら、相手の吸血鬼からは一応吸血鬼な私を殺せないが、私ならその相手を殺せるから。

吸血鬼さんが『オルロック』本人なら、きっとそういうことになるのだろう。だけど。


「カグラちゃん。やっぱり何か釈然としないよ」


色々不可解な事が多すぎる。オルロックにしろ、殺された吸血鬼にしろ、殺した吸血鬼にしろ。

そして、私を吸血鬼にした吸血鬼さんにしろ。


謎が多すぎる。





「そもそも、私吸血鬼を殺せとか言われてもそんなこと出来ないし」


今この辺りを騒がせている吸血鬼。もし、それがオルロックで、もし何らかの理由で私に吸血鬼を殺せと言ってきたとしても、私はそんなことしない。

だが、カグラはため息を吐く。


「これだから……しーちゃんも、くーちゃんも甘いって言ってるのよ」


キッと睨みつけるようにカグラが私を見る。


「吸血鬼に反抗できるとか抵抗できるとか、そもそも文句付けられるとか。そんな甘い考え、通用しない。しーちゃんもくーちゃんも分かってない。全然、全く、分かってないっ。これは漫画やテレビとは違う。実際にいる吸血鬼が、そんな甘いもんだなんて絶対に思わないで。今は吸血鬼が人間に危害を加えることなんてないからいいけど、もし吸血鬼の考えが変わったら?一瞬で人間なんて吸血鬼に殺され、支配されるわよ。人間なんて一瞬で握りつぶされるぐらい、吸血鬼の力は絶大なの」

「………」

「殺せと言われたら……、しーちゃん。貴方は殺すわ。だって、貴方は吸血鬼なんだもの。『吸血鬼』には逆らえない。逆らえるすべがない。そしてオルロック様、オルロック様は同胞殺しをしている。吸血鬼は吸血鬼を殺せないはずなのに、オルロック様はそれを成している。吸血鬼が吸血鬼を殺す。それはあり得ない事。絶対に不可能な事。そんなことが出来るだなんて、それはもう……、化け物と一緒」


化け物


「だから…」


カグラの声が止まる。カグラが目を見開いて見つめるそこには久遠がいた。まだ学校は終わっていないはずなのに何故ここにいるのか。


「…くーちゃん、貴方もサボりなわけ?」

「………」


久遠は何も言わない。


「くーちゃん、学校に戻りなさい。学生の本分は勉強よ。貴方にはサボっていい理由なんてない」


厳しくそう言うカグラ。だが、久遠には戻る気配なんてない。何やら物々しい空気を感じ、私はここから立ち去ることを決めた。


「…じゃ、じゃあ私…、そろそろ…」


お暇します、とじりじりとゆっくりその場を離れて行く。カグラと久遠が残されるそこに背を向け、私は歩き出した。だけど…。



「くーちゃん、我儘もいいかげんにしなさい」

「我儘じゃない」

「我儘よ。子供の我儘。通らないことに我を貫き通すのは我儘な子のすること。子供がすること」

「だったら、別に我儘でいい。子供でだっていい」

「くーちゃん」

「好きだって言っただろっ!!」



その久遠の叫びに思わず立ち止る。久遠が叫び声を上げるなんて…。信じられなくて後ろを振り向く。だけどカグラと目が合ってしまい。


私はまた歩き出し、物陰に隠れた。



「俺はお前に好きだと言った!」

「くーちゃん…、またその話を持ち出すの?」

「持ち出す?あぁ持ち出すよ、だってまだ好きなんだからな」

「私の気持ちは伝えたと思ったけれど。伝わっていなかったの?」

「人間じゃなくて蝙蝠だから、だろ。そんなもん…」

「もし」


カグラが口調を強める。


「もし、吸血鬼様に貴方を殺せと言われたら、私は躊躇なくくーちゃん、貴方を殺す」


久遠の声はない。


「くーちゃんだけじゃない。くーちゃんの家族も友達も、その他の人間も。私は殺す。それが吸血鬼様の命令なら、私は殺人を犯す。人間を殺す」


淡々と、カグラは自分が人間を殺すと言葉にする。久遠を殺すと、その口で言う。なんの迷いもなく。なんの怖気も無く。それが当たり前のように。


「くーちゃんが考えているほど、吸血鬼も、そして蝙蝠である私も甘くない。死にたくないなら、今すぐ学校に戻りなさい」


やはり久遠の声はない。



「………」


私はゆっくりとその場を離れた。







『吸血鬼が吸血鬼を殺す。それはあり得ない事。絶対に不可能な事。そんなことが出来るだなんて、それはもう……、化け物と一緒』



化け物。




もしかしたら、その化け物が今ここにいるのかもしれない。



そして、その化け物が



私を吸血鬼にした、あの吸血鬼さんなのかもしれない。






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