全て終わらせたい
化け物がここにいる。
もしかしたら、その化け物は私を吸血鬼にした吸血鬼さんなのかもしれない。でも、私は何故かそうは思わない。私が記憶している吸血鬼さんは、化け物には見えない。だから確かめたい。もし、本当に吸血鬼さんがそうなら、私の言葉でどうにかなるものじゃないとは思うけど、今起きている事件を止めさせないといけないと思うから。違っていたとしても、吸血鬼さんに止めてもらえるかもしれないから。
『実際にいる吸血鬼が、そんな甘いもんだなんて絶対に思わないで』
カグラの言葉が甦る。
カグラの言いたいことも分かる。私は吸血鬼であるのに「吸血鬼」を知らない。吸血鬼が本来、どのような存在であるのか。
それは本来畏怖すべき者なのだろう。
人間にとって吸血鬼は捕食者。吸血鬼にとって人間はとるに足らない存在。
本来なら、きっとそんな関係性。
人間は吸血鬼に勝てはしない。
だけど。
だからこそ、私は今何かをしないといけないのだろうと思う。
真実が知りたい。
中途半端なこのままじゃ嫌だ。
私は、吸血鬼は、
私を吸血鬼にした吸血鬼さんは。
「…………」
だけど、探すにしてもどうしたらいいのか分からなかった。女性が襲われてる場所はバラバラだ。この辺り一体であるにはあるのだが。
「進藤ちゃん!」
その声に私は振り返る。そこには不思議そうな顔の名々賀がいた。「学校はどうしたの?」と聞かれ、私は咄嗟に言葉が出ず口ごもる。
「サボり?今日、学校休みじゃないよね?」
「…、はい、まぁ」
厄介な人に見付かってしまったなと思う。それが、顔に出てしまったのだろう。名々賀はニヤリと笑った。
「そういえば進藤ちゃん。なかなか俺の所に来てくれないよね?俺、返事待ってたんだけど」
「…………」
返事と聞いて鎹の顔が頭に浮かんだ。学校で鎹に言われた『話がある』と言われた言葉。鎹が私に話。話の内容は何なんだろう、だなんて今更思ってもいない。
私は鎹に返事をしなければならない。ちゃんと、返事をして。
それで。
「進藤ちゃん?」
はっ、と我に返り名々賀を見る。そんな私を名々賀は瞬きするのも忘れるほど暫く凝視した後、「何かあった?」と聞いてきた。その言葉にどきりとする。何故この人はこんなにも鋭く目ざといのか。
「んー…、鎹かな」
「…別に、何も無いですよ」
「ん、んー、でももしかして鎹以外にも何か心配事でもあるの?」
鋭すぎて言葉も出なかった。
そんな名々賀が核心をつく。
「もしかして、昨日女性がこの辺りで重度の貧血状態で見つかった事件のこと?」
私は目を見張る。
「…何か、知っているんですか?」
名々賀のその態度に何かを感じて、私は聞いてしまっていた。名々賀が何を知っているというのか。何も知るわけがないのに。
予想通り、名々賀は首を横に振る。何も知らない、と。
「だけど、進藤ちゃん。進藤ちゃんは、この事件に何か関係はあるの?」
「あるような、ないような…」
私は曖昧に答える。
ただの人間の仕業なら、関係はないのだろう。だけど、吸血鬼の仕業なら。それが、あの吸血鬼さんの仕業であるにしろ無いにしろ、同じ吸血鬼として私には関係があるのだ。
私は吸血鬼、なのだから。
「あるにしろ無いにしろ、進藤ちゃん。あまりこの件に関しては、動かない方がいいと思うよ」
名々賀の神妙そうなその言葉に、私は意味がわからず顔をしかめる。やはり名々賀は何か知っているのか?
「どういうことですか?」
「何か嫌な感じがするんだよね。きな臭いっていうか…。これって多分、吸血鬼の仕業なんでしょ?俺も現場を見たわけじゃないからわからないけどさ。多分、なんか、そんな感じがしてたんだ。だけど…、何だろ?何か、誘われてるっぽく感じるんだよね」
誘われてる?
「だから、あんまり近付くのは」、と言った所で名々賀がバッ、と体の向きを返る。まるで何かに気付いたかのように。表情が硬くなっていた。
「名々賀さん?」と私が呼ぶと、名々賀は険しい顔で「走って」、と言いながら私の手を引き走り出した。
「どうしたんですか?」
「…こっちに何か来てるっぽい」
何か、って。
「吸血鬼、ですか?」
「多分」
名々賀が苦笑する。
「進藤ちゃんみたいな吸血鬼ならいいんだけど、奴さんはどうも違うっぽ」
い、と言えず名々賀は固まってしまった。足も止まる。
何故ならすぐ目の前に『吸血鬼』がいたから。
その吸血鬼は間違いなく、私を吸血鬼にした吸血鬼だった。
「吸血鬼さ」
「少し借りる」
そう云うや否や、吸血鬼さんは私の腰を抱き抱えて跳んだ。一瞬でさっきまですぐそこにいた名々賀が見えなくなる。ここはどこだ。
「しばらく目と耳と口を閉じていろ。移動する」
「あ、あの」
「内臓飛び出したくなかったら、目と耳と口を閉じていろ」
そのグロッキーな言葉にぎょ、として私は慌てて目を閉じ口を閉じ耳を手で塞いだ。
その後はよく分からない。
ただ、高速で縦横無尽に走る車に乗ったかのような気持ち悪さだけが体に残った。
「………」
「大丈夫か」
大丈夫じゃない。
私は真っ青になりながらも辺りを見回す。もう本当にここはどこ状態だ。
見たことない景色が広がっている。
物凄く遠い所まで来てしまったのだろう。
吸血鬼さんは遠くの方をじっと見ていた。
「………」
私はこの吸血鬼に聞きたいこと、確認したいことがある。だけど、何から尋ねたらいいのか分からない。頭の整理がまだついていない。何から聞くべきなのかも分からなかった。
カグラが言っていた禁忌を犯した吸血鬼、オルロックとはこの吸血鬼のことなのか。女性を襲っていたのは貴方なのか。
私を吸血鬼にした理由は、結局何なのか。
私が一番気になっているのは何なんだろう。
「吸血鬼さん」
「何だ」
「吸血鬼さんのお名前は、オルロック、なのですか?」
吸血鬼がこちらを向く。
そして、「違う」とだけ言った。
「違うのですか?」
「何処でその名を?」
私は正直に蝙蝠の知り合いがいて、その子に聞いたのだと答えた。
「貴方がオルロックじゃないかって言ってました」
そう言ってやると、吸血鬼は小さく「そういうことにされてるのか」と呟いた。
そういうこと?
私は眉を潜める。されている、とはどういうことなのだろうか。
「あの、最近この辺りで起きている事件、吸血鬼さんがしてることじゃないんですよね?」
吸血鬼さんがオルロックじゃないのなら、そういうことになるのだろう。私は吸血鬼に尋ねる。
「あれは俺じゃない」
違うらしい。
「あれは俺を誘き寄せるためにやったことだろう」
誘き寄せる?
何が何やらさっぱり掴めない。さっきから質問してもろくな答えが返ってきていない気がする。訳の分からないことだけが増えている。
誘き寄せるって何?この吸血鬼さんは何かをしたのか?
「誘き寄せる、ってどういうことですか」
「お前を使って俺を炙り出したんだ。オルロックの名前を使ったのもそういうことだろう」
ど、どういうこと?
私の表情をみた吸血鬼は、さらに口を開く。
「俺は今まであちこちを転々としていた。だが、…ここ何年かはずっとここに留まっている。留まってはいても、見付かるようなへまはしない。だから…、誘き出すために人間を何人か襲った」
「え、っと…。人間を襲うことが貴方を誘き寄せることになるんですか?」
「俺が動かなくても、お前が動くと踏んだんだろう。お前が動けば俺が動かざるをえないとも踏んでいた」
「………」
その言い方だと、何か私が。
「オトリ、ですか?」
私は自身を指差しながらそう言葉にする。オトリ、というか餌だ。吸血鬼さんを釣るための餌。今私はまんまと餌になってしまっているのだろう。
だけど。
「追われている理由は、一体何なんですか?」
あちこちを転々としている。そして、こうやって今誘きだされようとしている。ということは、この吸血鬼さんは追われているのだ。誰かに。誰に?
吸血鬼さんは答えてはくれなかった。まるで、お前は知る必要などないとでもいうみたいに。
だけど、もう私は嫌なんだ。
はっきりさせたい。何もかも。
吸血鬼のことも、吸血鬼さんのことも、何もかも。訳が分からないのはもう嫌だ。
もやもやして悩みたくない。
全て終わらせたいんだ。
自分が何なのか。
何のためにここにいるのか。
どうしてここにいるのか。
私はもう逃げていられない。
自分で決めなきゃいけない。
私がこれからどうすべきなのか。
周りに流されるのは、もう終わりだ。
全て、終らせる。
「吸血鬼さん、答えて下さい」
私は声色を強めて吸血鬼に言う。
「貴方は一体何者ですか」
貴方は吸血鬼。
だけど、貴方は色んなことを隠してる。私には何も話さない。吸血鬼のことも、私を吸血鬼にした理由も、私を『吸血鬼』にしない理由も。
何も。
昔はそんなに気にならなかった。
だけど、今は違う。私は知らないといけないのだ。知って、確認して、理解して。
それで。
それで。
そうしたら。
きっと。
「お願い」
小さく呟いた言葉が吸血鬼さんに届いたのかどうかは分からない。吸血鬼さんが話そうとしていたのかどうかも。結局、私はその時真実を知ることは出来なかった。
じゃり、と誰かの足音がして私と吸血鬼さんはそちらに目をやる。そこにいたのは吸血鬼さんと同じぐらいの年代の男。
見ただけで分かった。
それが、吸血鬼なのだと。
「………」
男は無言でこちらを見る。
あの吸血鬼が、吸血鬼さんを追っている者なのだろうか。吸血鬼さんも無言だった。だけど、吸血鬼さんと吸血鬼の男はそれだけで何かを二人ともが了承し理解したようだった。
吸血鬼の男はじゃり、と言う音とともにその場から一瞬でいなくなり、そして吸血鬼さんは私の腰を抱き抱えて、さっきよりはゆっくりとした速度で移動を始めた。
ゆっくり、とは言ってもそれなりの速度はあるため、私は口を開くことはなかった。目と耳と口を閉じていなくても、内臓が飛び出すことはなかった。
着いた場所は元の場所だった。
名々賀はさすがにいなかった。
私を下ろし、そのまま何処かへ行こうとする吸血鬼を私はがしりと捕まえる。だけど言葉は何も出ない。俯いたまま、私は吸血鬼の言葉を待つ。
だけど、何の声も聞こえない。
どれだけ待っても、吸血鬼さんは話さない。私は手を離した。
吸血鬼さんは、そのままその場から消えた。
私は学校に戻った。
どうして学校に戻ろうと思ったのか、私にもよく分かっていなかった。ただ、時間はまだ昼近くで家に戻ることが出来なかったから、なのかもしれない。
家に帰れば親がいる。学校をサボっていたなど知られる訳にはいかないと思った。
ちょうど昼休みの時間だったらしく、教室では弁当を広げるもの、食べ終わり、歓談しているもの、遊びに行っているのだろうものなどがいた。その教室には久遠もいた。顔は見えない。机に突っ伏している。寝ているのだろうか。
それとも。
あれからどうなったのだろうか。
久遠がここにいるということは、久遠がカグラの言うことを聞いたということだ。
私は久遠の方へと足を向ける。近付いて行って、私は何を言う気なのか。久遠に何を聞く気なのか。
「………」
私は足を止めた。
「進藤さんっ」
呼ばれて振り向く。二人で何処かへ行っていたらしい瀬川と小日向がそこにいた。
「今日、サボるんじゃなかったの?」
小日向に聞いたのだろう。瀬川が驚いたように言う。
「…用事、終わったから。それに鞄置きっぱなしだったし」
朝来て、鞄はそのまま教室に置いたままカグラの所へ行ったのだ。あの時、授業が始まってしまったから取りに戻れなかった。
「お昼からは授業に出るの?」
「そのつもり」
「…そう」
授業に出て、私はどうするのだろう。授業に出て、勉強して。それで。
それで?
チャイムが鳴った。
授業が始まる。
久遠は顔を上げない。そのままの状態でピクリともしなかった。
授業が始まった。
私の耳に、先生の声は入ってこない。




