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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第四章 友達
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私の中のダレカ

「進藤先輩」


玲衣の声で目を開ける。

私は今、寝てはいなかったと思うのだが今のいままで自分がどうしていたのか分からなかった。意識がなかった。

だけど、寝てはいない。

それが分かっているからこそ不安だった。


私は今。


「玲衣君、私何してた?」


玲衣が不思議そうな顔をして私を見る。


「寝てましたよ?もしかして寝ぼけてます?」


玲衣が笑う。

寝てた、ということはここにずっと座っていたことは確かだった。

座って何をしていた?何かした?

寝ていない。私は寝ていないはずだ。



何も言わない私に、玲衣が不安になったのか顔をのぞき込み「大丈夫ですか?」と聞いてきた。


大丈夫、とは言えなかった。

大丈夫、と言ったら駄目だと思った。


ここまで頑張ってきたけど限界だ。早く、私はここを離れて血を求めるべきだ。そう感じた。


「…大丈夫…じゃないかも。玲衣君、ごめん。私、帰る…」


玲衣が、じゃあ俺も一緒に、と言ったがそれは嫌だった。

さっき私は玲衣に言ってしまったのだ。無意識に。望んでしまった。玲衣の血を。

だから一緒にいるべきではないと思った。今のこの状態はまずいのだ。いつ玲衣を襲ってしまっても不思議ではない。私は玲衣を傷つける。


「大丈夫。一人で帰れる」


だが玲衣は引かなかった。


「駄目です。俺も一緒に帰ります」

「大丈夫だよ、玲衣君」

「駄目です」

「大丈夫だって」

「駄目です」

「…しつこいなぁ」

「駄目ですよ」


玲衣は引かない。

このやり取りに意味はない。ならどうする?玲衣の言うとおり玲衣と一緒に帰るか?




駄目だ。




「…分かった。じゃあさっきのはキャンセルで」

「キャンセル?」


帰る、というのをキャンセル。

私は帰らない。


「行こう。凛ちゃん達が待ってるんでしょ?」


玲衣が私の名を呼んだのは、きっと観覧車の時間が来たからだろう。凛からメールや電話でもあったのだ。

私は立ちあがった。


「ちょ、進藤先輩!」


歩きだす私の後ろから玲衣が追いかけてくる。


「進藤先輩ってば!」

「何?」

「何?じゃないですよ。具合、まだ悪いんですよね?だったら帰った方がいいですって」

「一人で帰してくれる?」

「それは駄目です!何かあったらどうするんですか」


君と帰る方が何かあるんだよ。

何か起こってしまう可能性が高いんだよ。


すたすた歩く私の腕を、玲衣が掴んで止まらせる。


「何でそう頑ななんですか!」


玲衣が少し怒り気味に問いただす。玲衣が怒るのも無理はないが、玲衣には言えない。言えるわけない。


「頑なって…、玲衣君のが意固地っぽいけど」

「茶化さないで下さい。帰りますよ。凛と鎹先輩には電話しますから」


ぐいっと私の腕を掴んだまま玲衣が方向転換して歩き出した。私はその手を振り払う。

玲衣が驚いたような表情で振り返る。


「帰らないってば」

「…進藤先輩」


玲衣が傷ついたような顔をした。

分かってる。私は今とてもわがままな行動をとっている。


「帰っていいのなら、お願い。一人で帰らせて」

「……そんなに俺といるのが嫌ですか」


違う。


「違うよ」

「じゃあ何でですか」


言ってください、ときつく私を玲衣が見る。真っ直ぐに、挑むような瞳。それを私は避けるようにふっと視線を横に逸らせた。

駄目だ。このままじゃ。


「玲衣君が悪いんじゃないの。私の問題なの」

「問題って何ですか?進藤先輩が一人で抱え込まないといけないことなんですか」

「そう。だから一人で帰りたいの。玲衣君、お願い」

「…危ないです」

「大丈夫。玲衣君は心配してくれなくていいの」

「…進藤先輩はすぐに大丈夫だと言いますよね。でもそれは本当ですか?俺には大丈夫には見えない。今の進藤先輩が大丈夫なようには、全く見えない」


玲衣が私を見る。

その瞳に強い何かを感じて私は何も言えなかった。

ただ、前にもどこかで同じことがあった気がする。

それは何だ?


「問題があるのなら一緒に解決します。さっきも言いました。進藤先輩がしてほしい事。チョコ以外にも、俺は貴方に何かしてあげたいんです。しないと駄目なんです。力になりたいんです」


熱い言葉だ。

とても熱い、優しい言葉。


それでも君には言えないの。

これは私の問題だから。

言ったら君は離れて行くでしょう?






私が本当は人間ではなく、

吸血鬼なのだと。


人ではなく、

鬼なのだと。


人を襲う、

醜い生き物なのだと。



そう言ったら君の、



私を見る目が変わるでしょう?











さっきから喉が渇きを訴えてこない。

気持ち悪さもない。

ただ漠然とした不安だけが私の全身を支配している。

今、私は人間じゃない。

きっと私は人間じゃない。



玲衣と二人になった時、

私は玲衣を襲うだろう。








それだけはやってはいけない。

玲衣を、傷つけたくない。











もう誰も、巻き込みたくない。










「玲衣?それに進藤先輩?」


突然どこからか声をかけられる。声がした方向を見ると、そこには佐倉と鎹の姿があった。


「遅いから探してたのよ。何してるの?」


首を傾げて佐倉が問う。


「今向かってた所」


すかさず私がそう笑顔で言う。


「進藤先輩っ!」

「玲衣君」


腹立たしげな玲衣の声に、私は有無を言わせぬようにキツク視線を送り、それをとめる。凛がいる。玲衣は黙った。






その時、




突然、突風が吹いた。




ごぉ!と風がぶつかってきて私はよろける。その私を庇うように玲衣が私を抱きしめてくれる。突風はすぐに収まった。


玲衣の体がすぐ近くにある。

暖かさが伝わる。

息遣いが近い。



玲衣が私から離れる。


「ありがと」

「…いえ」


玲衣の優しさが嬉しかった。

私は素直にお礼を口にした。




「双弥先輩っ?!」


佐倉の慌てる声に私と玲衣が素早く振り向く。

そこには手のこうから血を流す鎹の姿があった。




赤い血が、鎹の手のこうから流れていた。







血。










ドクッ

と、私の心臓が動いた。








「鎹先輩!」



玲衣が走って鎹に近寄る。










ドクッ







「飛んできた何かで切ったみたいで…」


血の匂いがする。

鎹の血の匂い。

甘い甘い血の匂い。







ドクッ








「…進藤先輩?」


その場を動かない私に、玲衣が名前を呼んだが、そんな声、私の耳には入っていなかった。


だって血の匂いがするの。甘い甘い血の匂い。鎹の匂い。鎹の血の匂い。ずっとずっと口にしてきた。この口で味わってきた。あの甘い血の匂い。美味しい血の匂い。美味しくて甘い血の匂い。



私が欲しい、

甘い甘い血の匂い。




それが、すぐそこにあるの。











気付けば私は鎹のすぐ傍にいた。

甘い血が流れる、そこに。







何も聞こえなかった。

何も考えていなかった。



ただ赤い血がそこにあるのだ。

すぐそこに。

甘い血が。


私の欲しいものが。



今目の前に。










「進藤っ!!」







鎹の怒鳴り声に、私ははっと目を覚ます。

目の前に鎹。

血が流れる手の甲を、痛々しそうに押さえている鎹。

その鎹に、私は手を伸ばしていた。






私は今、


何をしようとしていた?







「…………っ!!」



私は今。

鎹の血を。


ぞっとした。





体の血の気が引いた。


「…ご、め……、わたし、ちょっと…」


私はふらふらと歩きだす。

その場を離れる。

後ろからは玲衣が付いてきていた。

付いてきてくれていた。






鎹や佐倉から離れた場所で私は立ちすくむ。

鎹達からは声も聞こえないぐらいの距離。だけど姿は確認できるほどの距離。

玲衣が「大丈夫ですか?」と近くで聞いてくれているのに、私は聞いていなかった。聞こえてすらいなかった。



私は今。

無意識に。

鎹の血を。






吐き気がした。

気持ち悪い。

ガンガンと、頭をハンマーで殴られているような音が、ずっと頭の中で騒がしく響いているようだ。

頭が痛い。

胸やけがする。

気持ち悪い。

ぐるぐるする。




私は、





私は。





私は?





誰。






何かがお腹から湧き上がってくる不快さに、私は崩れて膝をつく。


「……っ!」



吐きそうだ。

吐きそうだ。

吐きそうだ。




泣きたくなった。








「大丈夫かっ?」


いつの間にか傍に来ていた鎹が崩れ堕ちている私に手を伸ばしていた。


だけど、私はその手を


払い飛ばした。







駄目だ。

鎹、駄目だ。





お願いだから優しくしないで。

お願いだから放っておいて。

お願いだから傍にいないで。

お願いだから。




お願いだから。






私の近くに来ちゃ駄目。




私が貴方を、


喰らい尽くしてしまうから。





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