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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第四章 友達
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片割れの絆

解決していたと思っていた問題が、実は全く解決していなかったとしたら、貴方はどうしますか。










あれからの約一週間ほどは特に問題は無かった。あれ、というのはチキチキトライアルレースなる、ただの鎹双弥に関する常識問題クイズで。

問題、というのは鎹双弥の彼女である佐倉凛が私に言った『証拠を見せろ』の件だ。


佐倉は、つい一週間ほど前に行われたあのレースで勝利し、不安を捨て、自信を取り戻し、『証拠』などどうでもよくなったのだろう。私に何か言ってくる事は無くなった。


鎹とも仲良さそうにやっている。彼女の嬉しそうな笑顔を見ていると、私も嬉しくなる。面倒事を持ち込んできた張本人だが、恋する少女は可愛いなと素直に思えた。


唯一問題があるとすれば、それは私に対する周りの態度だろうか。こうなる事が分かっていただけに、やるせない。友人らの目も、どこか痛々しい。やるせない。

クラスメイト達だけじゃなく、他のクラスの生徒の目もちくちくと私に刺さって仕方がなかった。やるせない。



だが、高校二年の刻も終わりを迎えようとしている。あと数ヵ月で、私達は三年生となる。三年生になればクラス替えだ。新しいクラスになれば、こんな私の体面も少しは良くなるだろう。

忘れ去ってはくれないが、徐々に風化はしていく。それを残りの数ヵ月、黙って待っていようではないか。







だが、私は黙っていても、周りは黙っていてはくれなかった。


どうして放って置いてくれないの?

私はもう泣きそうだよ。

泣いてもいいかな?

泣いてもいいよね?



駄目なの?










「進藤先輩。好きです。俺と付き合ってもらえませんか」


帰り道、突然私の前に現れた男はそう言った。

薄く茶色に染めた髪の毛に、まだ少し幼い感じのする造りの顔。背丈は私より頭一つ分ぐらい高い。男の服装は私が通っている学校の制服。したらば、この男は同じ学校の生徒だ。そして私を『先輩』と呼んだ事からみるに年下、一年生だ。


告白なんて初めて受けたな、と私はびっくりして目の前の後輩君を無言で見つめ続ける。


「…あの、聞いてますか?」


後輩君が眉をひそめて私に聞く。私は、はっとして、慌てて「聞いてる」と返すのだが、やはり何か現実味がなかった。

自分が告白された事が。


「あの、とりあえず君は誰?」


同じ学校なのは確かだが、見たことはない。だが、何処かで見たような気もしないでもない。

誰かに似ている、と言った方が正しいかもしれない。だがそれが誰かは分からなかった。


「…玲衣、と言います。進藤先輩と同じ学校の一年です」


玲衣。

れーくん。

うむ。

苗字は?


「その、れーくんはどうして私が好きなの?」

「好きに理由なんていらないと思いますけど」



………、はい?


玲衣が漫画のような台詞を言う。だが、今その台詞は何も心に響かない。寧ろこの状況でのその言葉は、誰かに言わされた何かの義務のように聞こえる。

やはり信じられない。

告白されたという事実が。

玲衣が私を好きだと言った言葉が。


「…そう。理由なしで私を好きなのね」


この玲衣君とやらが何が目的なのかは知らないが。


「私は君を好きじゃない。だからさっきの返事はNO。そういう事で。じゃあ」


私は手を胸の高さまで上げて、すっ、と一度だけ横に軽く振った。さようなら、と。

玲衣の横を通りすぎて、帰り道をまたてくてくと歩き出した私の前に玲衣が立ちふさがって来る。


「今は好きじゃなくても、付き合ってるうちに好きになっていく事は出来ると思います。友達から。それならいいですよね?」


坦々とそう言う玲衣の姿に、私は違和感しか感じなかった。


「友達もお断りします」

「何故ですか」


玲衣は引かない。

頑固さは鎹に匹敵する。


「何故もなにも。君…、玲衣君は私の事好きじゃないでしょ」

「つい数分前に、好きだから付き合って下さい、と言いましたけど」

「嘘臭いよ」

「嘘じゃありません」


それがもう既に嘘臭い発言なの。本当に好きなら、もっと熱いものがあるはずだ。鎹の彼女、佐倉のように言葉に込められた熱が。相手を想う、熱い熱が。


はあ、とため息をついた私の肩に何のつもりか玲衣が手を置き軽く引く。

引かれるままに数歩足を前に出してしまい、何だ?と思い顔をあげると、目の前至近距離すぐ近くに玲衣の顔があり、ふわりと唇に何かが軽く触れてすぐに離れる。

さらりと玲衣の髪が頬を撫ぜていく。


「嘘じゃありません」


玲衣が私の肩に置いていた手を離してから、またそう言った。



「あのねぇ……」


キスをされた。

軽く唇に触れるだけのキス。キスとも言えない。ただの唇と唇が触れあうだけの行為。風が流れていったと言っても過言ではない。


それにキスしたからと言って玲衣が私を『好き』であるという事が嘘ではない、とは言えない。


呆れた。

この年下男の行動に。

そして不思議だった。

何故ここまでするのか。


「玲衣君」

「嘘じゃありません」

「うん、まぁ解ったから。君の気持ちは。それで玲衣君」

「じゃあ付き合ってもらえるんですね?」

「…玲衣君」


落ち着け。そして話を聞け。と言いたい気持ちを我慢して、私はきっちりと玲衣と視線を合わせてから口を開く。


「玲衣君。何故そこまで私にこだわるの?」

「好きだからです」

「違う」

「違いません」

「違う」


私はすっと目を細め、もう一度「違う」と言った。言い聞かせるように。


「玲衣君。正直に話してもらえないかな。私が好きだと嘘をついて付き合おうとしている意味。そうしたら、私は君の力になれるかもしれない。私が必要なんでしょう?だからここまで堅くななんだよね?それともこれは何かの罰ゲーム?私を落としてこいとでも言われた?」

「………」


玲衣は黙った。

黙って少し目を伏せた。


「あと、まぁ気になってたんだけど…。玲衣君、君、苗字名乗らなかったよね。玲衣ってのが苗字ってのは違うよね。あえて苗字は言わなかった。それは何故?私には言えない、聞かせられない苗字だから?私が知っている苗字だから?私の知り合いの苗字だから?それとも自分の苗字が気に入っていないとか?」

「…………」


最後はおどけて言ってみた。だが、それでも玲衣は黙り込んだままだった。黙って視線を伏せていた。

先程までは何かに突き動かされるようにしゃんとしていた玲衣のその姿に、同情しないでもないが、玲衣が何も言ってくれないのでは話しにならない。

私はそこまで良い人ではない。優しい人物ではない。出来れば面倒事には巻き込まれたくないと思っている、最低の人間。いや、吸血鬼だ。


そして玲衣に、それほどの思い入れも持ってはいない。


玲衣は何も言わない。

何も言う気がないのだろう。

なら私がする行動は決まっている。


小さくため息だけついて、私は玲衣の横を通り過ぎる。家に帰る。それだけだ。


今度は玲衣は追ってこなかった。暫く歩いてから携帯を取り出す。時計を見た。かなり時間は経っていた。見たいテレビに間に合うだろうか。



「進藤先輩っ!」


遠く離れた後ろから玲衣が私を呼んだ。私は振り向く。何?と言うように玲衣に視線をやる。


玲衣は何かを決心したのか、真っ直ぐに私を見て早足で近付いてきた。私と玲衣の距離が、さっきまでと同じ距離になる。


「進藤先輩にお願いがあります」


私は頷く事もせず、黙って続きを促した。

玲衣は、さっきまでの俯いて目を伏せていた顔でも、私に告白してきた時の坦々とした表情でもない、真面目で切実な話をするかのような真剣な表情で私を真っ直ぐに見つめた。


「俺の彼女になって下さい」


「付き合って下さい」という言い方を変えただけのその言葉に、私の眉間に皺がよった。


「本当の彼女じゃなくていいんです。彼女のフリで構いません」


続けて出た言葉に、私の眉間から皺が消える。


「彼女のフリ?」

「はい。進藤先輩にしか頼めないんです。進藤先輩じゃないと駄目なんです」


私じゃないと駄目とはどういう事か。

私は訝しむ。


そして玲衣は改めて自身の名を名乗った。





「俺の名前は佐倉玲衣。佐倉凛の双子の弟です」





玲衣は佐倉の弟だった。

それにも驚いたが、双子という言葉の方にこそ驚いた。


こんなに間近に双子がいたなんて。

私はまじまじと玲衣の顔を眺め続ける。最初に感じた、あの誰かに似ている感じは佐倉だったのだ。そう言われれば似ている。顔立ちがどことなく。そして雰囲気も。


じっと玲衣の顔を見続ける私に、玲衣は困ったような顔をした。


「進藤先輩…」

「あ、ご、ごめんごめん。双子なんて初めて見たから」


玲衣は馴れた様子で「大丈夫です」と言った。


「でも、佐倉さんの弟である所の玲衣君が何で私に彼女のフリを?」


玲衣の姉、佐倉とは、知り合いと呼べる程度の仲ではあるが仲良くはない。寧ろ、本当に知っている人程度の仲で、悪ければ私は佐倉に嫌われているだろう。憎まれ、恨まれているかもしれない。


そんな存在である私に、佐倉の弟、玲衣が彼女のフリを頼むとは何事か。


「知ってるしご承知だろう事実である事を前提に話しますが、うちの姉、凛は進藤先輩のクラスの鎹先輩と付き合ってます。鎹先輩の彼女です」


そうだ。

佐倉は鎹の彼女。それはまごうことなき真実だ。


「鎹先輩と付き合えるようになって、凛は嬉しそうでした。凄く。俺も、凛が鎹先輩の事を好きなのを知っていましたから素直に祝福しました。凛が嬉しそうなのが俺も嬉しかった。だけど、一時期、凛の元気がたまに変なのに気付きました。双子だからですかね。それとも家族だからかもしれません…。凛の元気がおかしかったのは、ある噂が原因でした。その噂、進藤先輩なら分かりますよね。言わなくても」

「……分かるね」


私はため息をつきたい気分だった。またその噂が私を苦しめるのか。根も葉もない、デタラメでしかないあの噂がまた私を苦しめるのか。


「噂は噂であって噂でしかない。凛もそれは分かってた。でもそう知ってはいても、凛は不安そうでした。俺も何とかしてあげたかったけど、どうにも出来なかった。噂は噂。そんなもの気にしなければいい。鎹先輩は凛の彼氏なのだから。今、鎹先輩の彼女は凛なのだから。そう言いましたけど、凛の元気はやっぱり変わらなかった。何処かおかしかった。俺の言葉では駄目だった」


玲衣の顔は、苦虫を噛み潰したかのような顔だった。自分には無理だったのだと、自分を責めていた。


「進藤先輩。一週間ほど前、凛と一緒に鎹先輩の件で何かしましたよね?」

「…したね」


馬鹿くさいゲームを。

佐倉のために。それは佐倉を想っての行動だった。佐倉と鎹のためにやったことだ。


でも本当に?

佐倉のためだった?

それは佐倉の事を思っての行動だったか。

ただの厄介払いではなかったか。佐倉にした事は、本当に佐倉によかれと思ってやった事だったのか。


「その事があってから、凛は少しだけ変わりました。噂は噂であって噂でしかない。過去じゃなく今を見る。今を鎹先輩と一緒に歩くのだ、と前よりも前向きに考えるようになってました」


それを聞いて、私は胸を撫で下ろす。あれは無駄ではなかったのだ。やった事には意義があった。佐倉のためにはなっていた。

だが、玲衣の話の続きを聞いて、私は気落ちした。


「凛は少し変わりました。だけどそれは少しなんです。全部じゃない。凛の不安が無くなったわけじゃない」

「…………」

「凛を安心させてあげたかった。過去の噂ごときで凛の気持ちを煩わせたくない。凛には、ちゃんと元気でいてほしいから。鎹先輩と付き合ってるのに、こんなの違う気がするから」


私もそれは同じ気持ちだ。

鎹が私と付き合っている、などという過去のでたらめな噂で、二人の仲を悪くはしたくない。

佐倉にも、鎹にも。私は幸せになってほしいと思っている。


でも、じゃあ。


「どうやって?」


どうやったらいい?

何をしたらいい?

どうやったって、何をやったって、何を言ったって。凛が堅くななら、どうしようもない。手がない。足も届かない。八方塞がりだ。


「だから進藤先輩。俺と付き合って下さい」

「付き合って、私達が彼氏彼女になったとして。それがどうなるの?どうにもならないじゃない」

「なりますよ。進藤先輩には『彼氏』がいる、とそうあの二人に思わせればいいだけの話なんですから」

「……?」


私に彼氏がいる。

それがそんなに重要か?


「進藤先輩の事、俺ははっきり言って嫌いでした。会った事もない話した事もない。顔すら最初は知らなかった。だけど、進藤先輩が凛を苦しめてるんだって思うと腹がたって仕方なかった。ただの噂だけど、進藤先輩には何の罪もないのかもしれないけれど、進藤先輩が嫌いだったんです」


仕方がない。

だって私が、私の存在が佐倉を苦しめているのは事実なのだから。


「だから最初は嘘の告白をしました。好きだと言って。それで俺に落ちてくれるなら、それはそれで良かった。凛の不安が無くなるまで進藤先輩と付き合って、そしてふってやればいい。そう思ってました。でも進藤先輩は断った。さらに言えば、好きだと言った俺の言葉すら信じなかった。それは嘘だと言われて、絶対に嘘だと突き付けられて…、少しカッとなったんです。信じさせてやろうって。譲らないこの女に絶対に信じさせてやろうと思って。だから……、すいません。」


玲衣が罰が悪そうな顔をする。だから玲衣はキスをした。信じさせるために。だけどそれは不発に終わった。私は信じなかったから。


「すみませんでした」


玲衣が深く頭を下げた。


「もう別にいいよ。そんなに気にしてないし」


顔を上げた玲衣はやはり罰が悪そうだった。


「そんな事よりも、もし私達が彼氏彼女のフリをしたとしても、それって嘘だってバレないかな?佐倉さんの弟である玲衣君が、佐倉さんの彼氏である鎹君とあらぬ噂がたっていた女と付き合うって、なんか怪しくない?」


あと、私の立場がさらに悪化する恐れがあった。恋敵であった佐倉の弟に手を出した、と。

それが少し怖かった。最低な女だと皆に思われる恐怖は、『負け組』や『フラれ女』と罵られ馬鹿にされる事の非ではなかった。


「嘘だってバレないように、すでに手はうってあります。あと、進藤先輩の事が悪く言われないように、ちゃんと対処はするつもりですから。まぁ進藤先輩が初めから俺に落ちてくれていたら、そんな事はやるつもりなかったですけど」


私が口には出さなかった、私が持つ不安の事も、玲衣は考えてくれているようだ。その玲衣の優しさが素直に嬉しかった。


「本当に私が玲衣君の彼女になるだけで、事態は良くなるのね?」


はい、と玲衣が頷く。


「でも進藤先輩…、言い出しっぺの俺が言うのもあれなんですけど。良いんですか?俺っていう彼氏…、嘘彼氏がいると普通の彼氏が作れなくなります…。もし今好きな人がいるんだったら協力しますよ。俺的には進藤先輩に『彼氏』がいればいいだけなわけですから」

「大丈夫。好きな人なんていないから。それに私は彼氏を作る気もないの。私より玲衣君はいいの?」


玲衣にだって、本当の彼女は作れなくなるのだ。


「俺もいいんです。凛があのままの状態で、俺だけ幸せになるのは嫌だから」


ふわりと玲衣が微笑する。

初めて見る、怜衣の微笑み。

どこまでも姉想い。

どこまでも優しい玲衣に、心が暖まる。

玲衣が佐倉の事をどれだけ想っているのかが分かる。双子だからなのだろうか。片割れのためなら何でもする。そんな強い絆みたいなものを感じた。暖かくて力強い。目に見えない絆。


それはとても素晴らしい。




私も微笑した。


私は、このとても優しい姉想いの玲衣のために。そして玲衣の愛する佐倉のために。そして色々迷惑をかけた鎹のために。




私は力を尽くそう。





私と玲衣は彼氏彼女となる。

嘘の彼氏彼女だけれど、それが皆のためになるならば。




私は喜んでこの身を差し出そう。










『解決していたと思っていた問題が、実は解決していなかったとしたら、貴方はどうしますか。』



この身を差し出してでも、解決の糸口を掴み、そして必ず解決へと導いてみせる。



それが私の答えだ。






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