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ばんぱいあヴァンパイア  作者: 葉月
第四章 友達
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論より証拠


新学期が始まった。

二年も最後の三学期。このクラスも後三ヶ月もなく『さようなら』、ということになる。


屋上でのあの日。

鎹と話したあの日を境に、私達は本当に接点を無くしてしまった。

あれから本当に全く会話というものをしていない。二年の最初の頃のように、ただのクラスメイトになっていた。

クラスで噂されていた、鎹と私が付き合っているという噂は、私が鎹にフラレたという事になって一個の終幕を迎えた。何故なら鎹には彼女が出来たからだ。


鎹の彼女。

ラブレターの彼女だ。


彼女の姿自体は私も何度か見かけた事がある。教室に鎹に会いに来たり、廊下ですれ違ったり、鎹と二人で帰っている所を見かけたり。


可愛い子だと思う。

笑顔が眩しかった。鎹と付き合えて本当に嬉しいのだと傍目からみて分かる。

鎹も彼女ができて楽しそうだった。良かったと思う。

これで良かったのだと、本当にそう思う。



それなのに何処かすっきりとしないのは、やはり「私が鎹にフラレた」とクラス連中に思われているせいなのだろう。

実は、私と鎹があの東棟三階にある第二多目的教室で会っている事も噂されていた。噂の出所は解らないが、私がそこから出ていく所を見られ、鎹が出てくる所も見たのだという。

それが、あの久遠とあらぬ疑いをかけられ、鎹にしつこく問いただされ、私がぶちギレ叫んでいたあの日だというのだから致し方ない。


その日その時その場所に小日向もいたのだが、噂とはそういうものだ。小日向の存在は抹消されていた。


それについては『勉強を教えてもらっていた』と、丸わかりな嘘を鎹と口裏あわせていたのだが、丸わかりなだけに誰もそれを信じようとはしなかった。

だが、鎹に彼女が出来たのでは信じるより他にない。数人は信じてくれた……ように思うが、大半はやはり疑ってかかった。

そして結論。

私が鎹にフラレた、という悲しい結末に行き着いてしまったわけだ。


何だか物凄く惨めな気持ちになった。フラレてないのに。ましてや付き合っていたわけでもなければ、好きだったわけでもないのに。

友人らには慰められ、周りからは『どんまい』の目で見られてしまった。

普通に、やめてくれ、と思った。今の私の立場と同じ思いをしていた久遠はよく耐えられたなと感心した。


そして月日は流れ、正月も過ぎ、二年最後の学期を迎えた。

鎹の事は、解決はしていないが終結はしている。このまま春を迎え三年になれば鎹との最後の接点、クラスメイトという肩書きも無くなってしまうのだろう。

そうなれば、本当に綺麗に真っ白になる。今まであったあれこれも。悩んだり騒いだりした気持ちも。鎹という存在も、私の中から消えるだろう。

そして私は元に戻るのだ。吸血鬼としてここにいる自分に。人とは違う自分に。壁を作る自分に。


鎹に何もお礼をしていない事が、実は少しだけ頭を悩ませていたのだが、今さら私が鎹に話しかけることなど出来るわけもなく。するべきでもない。

鎹は彼女とらぶらぶに、幸せになれたのだから、まぁいっかと思うようになっていった。





このまま穏やかに時間が過ぎればいい。ゆっくりと流れる白い雲のようにふわふわと。

そうすれば、このもやもやも無くなるのだろう。雲が流れて見えなくなるように。ふわふわ動いて、私の前から消えるように。







だが、そんな穏やかな時間も長くは続かないらしい。

二年も最後を迎えるのだから、出来ればこのまま安穏と過ごしていたかった。

そう出来ると信じていた。






「話があります。進藤先輩」



唐突に私の前に現れたのは鎹の彼女の存在がなければ。






「話、ですか…」


後輩に敬語を使ってしまうほど、鎹の彼女の気迫は凄かった。怖い。半歩後ろに後退してしまう。

彼女は自らを自己紹介し「佐倉凛さくらりん」と名乗った。


「双弥先輩の彼女です」

「………」


知ってます、とは言えず黙ったまま続きを促す。


「進藤先輩。進藤先輩は双弥先輩とはどういう関係なんですか」


問いただすようにキツい口調でそう言って、細かいところも見逃さないようにキッと私を見てくる佐倉。

関係、と言われましても。クラスメイトです、と言ってもこの子は満足しないんだろうな、と思いつつも、それ以外に何も言い様も無かったので「クラスメイトです」と言ってみた。

予想通り、佐倉は私を見る目を強め、睨み付けるようにした。


「ただのクラスメイトじゃないですよね」

「………」


これは何言っても駄目だな、寧ろ何か言ったら火に油を注ぐ感じになってしまうな、と思った私は何も言わずにいた。

心の中では「ただのクラスメイトですよー」と叫び続けながら。


「双弥先輩と進藤先輩の噂、知っています。進藤先輩も知っていますよね?当事者なんだから」

「………噂でしょ?」


鎹と私が付き合っている、という噂だろう。その噂については見に覚えがあるし、つい最近までその噂に苦しめられていた。だが、未だにそんな噂が流れているのだろうか。年も明けたというのにしつこいなと思う。それとも何処かの誰かから、こんな噂があったのだ、と聞いたのだろうか。


ともかくも、それは噂であって真実ではない。噂が流れてしまうほどの関係はあったが、それは愛だの恋だのとはほど遠い。恋愛などとはほど遠い。



「それ、デマだよ」

「デマであったとしても、噂が流れるだけの関係はあったって事ですよね?違いますか」

「……勉強教えてもらってただけだって」

「双弥先輩もそう言ってました。でも私は違うと思います」


女の勘、というやつだろうか。それとも『何か』あったと思わざるを得ない女の性とでも言うのだろうか。

佐倉は引かない。

確実に。


「鎹君とは本当に何でもないの。ありもしない噂流されて、こっちも迷惑してるんだよ?それに佐倉さんは彼女でしょ?鎹君を信じてあげなくてどうするの」


何とか言いくるめようとしたが無駄だった。


「信じてないわけじゃありません。ただ心配なだけなんです。だから……」


佐倉はただこれを言いたかったのだろう。色々とここまで私に対して話していた事はこれの伏線。

ただ彼女はこれが欲しかったのだ。










「証拠を見せて下さい。双弥先輩とは何でもないという証拠を」










――――――――



「ふむふむ。証拠ですか。相手もなかなかにねちっこい曲者野郎ですねぇ。こっちも本気にならなければですねぇ。ぐへへ」

「…瀬川さん、それ何キャラなの?」

「某アニメのメガネ敵キャラ」


私の目の前に座る瀬川空は、自身の隣に座る眼鏡男子、小日向に「分かる?」と小さく訊ねる。


「分からない」

「…そう、残念。場を明るくしてみようと思ったんだけど失敗ね」


残念、と言いつつもあまり残念がった様子ない瀬川に、私と小日向は心の中で嘆息する。




『証拠を見せて下さい』


そう言った鎹の彼女、佐倉を前に、私は何も言えずただ黙ってどうしたものかと撃ちひしがれて立っていた。


証拠と言われても、鎹とは何もないなどという形ない空気みたいな事柄の証拠など、どうやって見せればいいのか。

何かある、という風な証拠なら手を繋ぐなりキスするなりデートするなり色々方法はごまんとあるが、ない方の証拠など見せようがない。

それを承知で佐倉はこんな事を言ってくるのだろうか。それとも、私が考え及ばぬだけで、何か、『ない』事を証明出来るものでもあるのだろうか。


「………」

「…進藤先輩?」


黙りこくっていた私に、佐倉は苛立たしげに私の名を呼び眉ねを寄せる。


「…証拠、ですか」

「そうです。証拠です」

「あー…、どうやって?」


私のそののんびりした言葉に怒りを感じたのだろう。佐倉は「…っ、そんなもの、自分で考えて下さいっ!」とそう怒鳴って私を置いて立ち去ってしまった。


まさか怒鳴られると思っていなかった私は、驚いて立ち尽くし、佐倉を追いかける事すら出来なかった。

私はしばらくそのままの状態で佐倉が去っていった方向を見つめ続け、鞄から携帯を取り出しある人物に電話をかけた。










「瀬川さんも来てくれるとは思ってなかった」


私は改めて前に座っている瀬川に感謝するようにそう言った。


「瑛士君に進藤さんから電話がかかってきた時、瑛士君と一緒にいたから。おもしろそ…じゃなくて、心配だったからね」


一瞬本音が垣間見えた。


「進藤さんと鎹君の噂は聞いてたし、瑛士君からも少し話しは聞いてたから。本当に大変な事になったわね」


真剣な顔で瀬川が言うが、さっき瀬川がちらと見せた本音があるからか、本当に大変だと思っているのか疑わしかった。


「どうすればいいと思う?」


鎹とは何もない、ということの証拠。佐倉と対峙していた時に一つも考えが浮かばなかった私は、小日向に助けを求めた。

電話をし、簡単に説明をして、そして今、ここ『vlag-ブラグ-』という喫茶店でこうして顔を突き合わせている。小日向と一緒に瀬川がいた事には驚いたが、この手の話しは男よりも女の方がいいという瀬川、及び小日向の申し出で私は二人に佐倉とあった一連の出来事を話して聞かせた。


一連の、といっても佐倉と話していたのは数十分ぐらいなのだが。



「まぁ…、無理よね」


瀬川が珈琲を飲みながらはっきりとそう口にした。


「空ちゃん、そんなハッキリ…」

「だって無理でしょ。どうやって『ない』ものの証拠を見せるのよ。ないものはないのだから、形として見せろって言われても無理なものは無理」


お手上げ、という風に瀬川が軽く手をあげる。


「やっぱ無理だよね…」


私は小さく呟く。

だが、証拠を見せない限り佐倉は引かないだろう。そして、佐倉は鎹とこれから付き合いながらも、ずっと不安を内に抱えてしまわなければならない。抱える必要はないのだが、佐倉のあの様子だと確実に抱え込む。佐倉には恨みなどない。嘘八百のデタラメなあんな噂で、心悩ませるのは少し心苦しい。


「それに、進藤さんと鎹君。本当に何にも無かったって事はないんでしょ?」


瀬川が真面目な顔を崩さず私をじっと見つめる。

小日向からある程度話しは聞いている、とは言っていたがある程度とはどの程度なのだろう。私が吸血鬼である事は伝えていない、とは思う。いくら幼馴染みである瀬川に、とはいえ言わないだろう。その辺りでは、私は小日向の事を信頼していると言ってもいい。




「…勉強は教えてもらってました」


鎹と口裏を合わせていた嘘を、瀬川に視線を向けずにテーブルを見つめながら言う。


「勉強ねぇ…。何の勉強?保健体育的な勉強なのかにゃ?」


顔をあげると瀬川のにやにや笑いが目に入る。

保健体育的な勉強ではありません。


「そもそもそれが良くなかったんじゃない?何にもないことないのに何にもないって言っちゃってさ。何かあるに決まってんじゃん」


私はため息をつく。


「愛だの恋だのの恋愛的な何か、は無かったよ。これは本当。命かけられるぐらい本当。だから、愛だの恋だのが無かったんだから、それは何にもない事と同じじゃない」

「進藤さんも頑固だねぇ。男と女が一緒にいて、何にもないわけないじゃない。瑛士君から話しは聞いてるんだから。私にはそんなに頑なにならなくてもいいんだよ?」

「……」


瀬川の隣で大人しくしていた小日向をちらと見る。小日向は目を逸らす。


「…ちなみに、小日向君からはどういった話を?」


私は殊更笑顔で問いかける。


「進藤さんと鎹君は付き合ってはいないけど、付き合うのは時間の問題だ。的な?」

「……へぇー」


付き合うのは時間の問題、ね。私は笑顔で小日向に視線を向ける。小日向は怯えたように肩を奮わせ、隣に座る瀬川におどおどと話しかける。


「そ、空ちゃん。僕、そこまでは言ってないよ」

「だから、的な話だってば」

「的な話でも何でもいいんだけど、小日向君の恋愛脳が考えるような関係は私と鎹君にはないから」


何故そこまで私と鎹をくっ付けたがるのか意味が分からない。


「小日向君の恋愛脳には、ほとほと呆れを通り越して大丈夫かと心配になるわ」

「……でも」

「でも?小日向君、キミ、今、でもって言った?自分の恋愛が上手くいったからって世の中の男女皆がみんな恋愛に加担してると思ったら大間違いだよ。いい加減にしないと私も本気で怒る」


小日向は押し黙った。

瀬川がそんな私を見て、意地悪そうに笑う。


「進藤さんは鎹君の事好きじゃないわけだ」

「恋愛的な意味での好きはない。いい人だとは思うけど」


吸血鬼だと黙っていてくれる、血をくれた同い年の男の子。嫌いにはなれない。


瀬川が、また、ふーんと楽しそうに笑う。その瀬川の態度がなんか腹立つ。


「ま、それならそれでいいけど」


それならそれも、それしかないから。


「で、まぁ進藤さんと鎹君の間に『何か』はあったけど何もないという『証拠』、の件なんだけど」

「瀬川さんは私に対して何か当たりがキツいですよね」



話が大分逸れたが、それを戻すかのように、瀬川は「いい考えがある」と、楽しいことでも始めるかのようないたずらっ子の瞳で笑ってそう言った。



もう、何だか嫌な予感しかしなかった。





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