九話
「はぁ……すまない。待たせたな」
「お前、一体何者なんだよ」
「生物」
「カーイートー!!」
「冗談だ。だから、落ち着け」
「お前が言わせてんだろ!!」
色々と一段落(主に私が騒いだが)したのでエーベハルト達に説明することにした。まぁ、これだけ騒いで人が出てきて馬車の中に部屋があれば誰でも疑問を持つもの。だから、エーベハルトの質問は正しい。でも、堅苦しいのが嫌だったので茶化したが。これである程度緊張が解れただろう。私の後ろで揺れるクリシュナも居ることだし。さて、本題だ。
「私は異世界から来た人間だ」
「異世界?」
「そう。私がこの世界に来たのは一昨日。私は知らない内にネフィリムの近くの森の中にある湖に浮かぶ神殿にいたんだよ」
「!?」
何だろう、大人組の反応がやけにデカイな。嫌な予感がする。
エーベハルト、アルシュタート、フィオリーナは驚いて私を見る。そして、顔を顰めた。
「……本来なら保護されるべき人間が独立しようとしてるのか」
「へぇ〜。保護されるべき人間なんだ」
「異世界から来た方は様々な恩恵をもたらしてくれます。ですから、国で保護する事が決められています」
恩恵……ね。それってさ、国で保護はするけど何も技術を持ってなかったら殺されるって言う落ちじゃないよね?まぁ、お偉いさんはそういう考えだよね。王宮に閉じ込めて必要ないなら始末すればわからないし。汚いな、人間って。
「もうギルドに所属した以上、国は手出しできないけどな」
「そう。なら、良かったよ。私に逆らうなら国だろうが何だろうが潰すだけだし」
「……そんな簡単に国を潰せるわけないだろ」
「できるよ。首都に広範囲殺戮型炎属性の魔法を打ち込めば一発さ。それか王宮に乗り込んで結界張って毒を撒くとか疫病を蔓延させるとか王家の血に呪いをかけるとか」
いくらかギルドに所属して国が手を出せないと言っても頭のない王家ならやりかねないよね。まぁ、そう言う奴等の末路はいつも同じ。皆、平等に訪れる終焉だから誰も文句は言わない。だって平等だもん。だから、言わせない。
「止めろ。マジで止めろ!!お前恐い!!恐いから!!規模が違うぞ!!規模が!!王家はともかく他の奴等巻き込むな!!」
「手っ取り早い話ってだけだよ。私にちょっかい出さなければ私は何もしないよ。私はね」
アルシュタートとフィオリーナは顔を青くしてる。エーベハルトも顔を青くして私を止める。まぁ、今は何もしないよ。今はね。でも、私が何かをする前にアレらが手を出すだろう。アイツラの専売特許だし。
「カイトが短気なのはよくわかった。だから、手を出すなよ!!」
「わかってるよ。これでも私は寛大だからね」
「……」
エーベハルトに念押しされ胸を張って答えると大人組がため息を吐いた。酷いな、コイツら。
「ともかくだ。カイトの事情はわかった。次にコイツらなんだ?」
「うん?僕?僕はクリシュナ。よろしくね〜」
「……俺はマーラ。よろしく」
「……」
エーベハルトに指を指され、そちらを向くと縄を抜け出しちゃっかりお茶してるクリシュナと反省中の札を剥がされクリシュナの膝の上に座らせられているマーラがいた。話を振られ暢気に自己紹介するクリシュナとマーラに私は脱力した。
「あー……シドー、エリスー、リュツィー」
「お呼びでしょうか?」
「あぁ」
気が抜けた私はシド達を呼び出した。私の呼び声にすぐに来るシドとミカエリスとリュツィフェール。
「右からシド、ミカエリス、リュツィフェール。この三人は私専属の執事をしている者達だ。それと買い物の荷物持ちをしていた他の奴等も執事。これらはクリシュナとマーラを含め全て私の部下だ。これから私の世話とその他雑務をするためにここに居るから宜しくしてやってくれ。何か足りないものや不便な事があれば言い付けてくれて構わない。それがコイツらの仕事だ」
「ご紹介賜りました、執事をしておりますシドと申します。宜しくお願い致します」
「同じくミカエリスです。宜しくお願い致します」
「同じくリュツィフェールです。宜しくお願い致します」
私がエーベハルト達に紹介する。シドとミカエリスとリュツィフェールはそれぞれ自己紹介した後に頭を下げた。本来なら私以外に頭を下げない三人は執事と言う職業を良く理解している。丁寧な物腰をしていた。私にもそう言う態度が良かったな。
「これはご丁寧に。私はアルシュタートと申します」
「俺はエーベハルトだ。よろしくな」
「私はフィオリーナと申します」
「ぼくはせふぃりな!!」
「おれはあるばーと!!」
「わたしはりーりな!!」
「みー!!」
「この子はミーアです。私はサーシャと申します」
「ぼ……私はクリスと申します」
エーベハルトとアルシュタート、フィオリーナと子供達が自己紹介をしてくれた。なるほど。私に食いかかって来たのはクリスか。それにしてもアルシュタートは何者だ?何故仕草が洗礼されている?エーベハルトみたいに大雑把でない?これは隠されし王家の秘め事(厄介事)で間違いないだろう。戦争とか巻き込まれたくないわー。んでもってあのミーアと言われた子供。五歳くらいの子供なのになんで喋れない?あのエルフの里での出来事で喋れなくなったと言うわけでは無いだろう。そうしたら言葉を発することができない。では何故?
「ミーアには言葉が難しいようでなかなか発音出来ないみたいなんです」
「発音?」
私がミーアを見て一人思案しているのに気が付いたフィオリーナが苦笑しながら説明してくれた。それに私は眉を顰め、グリモワールを取り出した。
「【いでよ 我が半神 オリフィエル】」
グリモワールの一番後ろのページを開いて私の半神であり全知全能の神オリフィエルを召喚した。召喚されたオリフィエルはミーアの存在に気が付き、ミーアに笑みを向け、ミーアの額に口付けをして消えた。それにエーベハルト達が呆然とした。一人、神の祝福を受けたミーアだけがキョトンとして呟いた。
「……天使……?」
「ミーア!?」
「うわぁあ!?」
ミーアの呟きを聞いたフィオリーナがミーアに抱きついた。それに驚いたミーアは目を白黒させた。
オリフィエルがミーアに施した神の祝福の効果は言語理解。彼女の中で言葉が言葉として結び付いていなかった。後は聞き取りと舌の使い方の問題だ。それが原因で喋れなかっただけ。それが改善された今、普通に喋れる。まぁ、余計な効果も付くけど。
「あぁ、なるほど。その子から感じた異変は輪廻から外れた転生か」
「輪廻から外れた転生って何かな?」
「……その名の通り輪廻から外れた魂が新たなる生を受けたことだよ。人が死ぬと輪廻に還りまた生を受ける。だけど、その子……ミーアは輪廻から外れて転生した。本来なら輪廻から外れた魂は殺すのが常套。何故なら輪廻から外れた魂は人を怨み、神を怨み、全てを怨む。その怨みは世界を破壊する。故に見つけ次第殺すのが古くからの慣わし。でも、カイトが生かした。カイトの半神であり全知全能の神オリフィエルは神の祝福を施した。輪廻から外れた魂に輪廻に還る道標を授け、再び生まれ変わることを赦した。それが意味するは世界の理の破壊」
クリシュナが納得したように呟いた。それを聞いたアルシュタートが聞き返す。それに答えたのはマーラだった。マーラは無表情でその重要性を語り、私を見る。その瞳には怒りが宿っていた。私はマーラの怒りに肩を竦めた。
「世界の理の破壊なんて考えてはいないさ。ただ、気になることがあるから生かすだけ。だって巻き込まれただけなら殺すのは可哀想じゃん」
「……貴女は何を思い考えている?」
「ふふふ、何だろうね。それを理解した時はこの世界の理を知る時だよ」
そう。余計な効果と言うのが輪廻への道標を与えること。輪廻から外れ転生した魂の弊害の一つでもある言語障害。それを解消できるのはオリフィエルしか居ないんだから仕方ないじゃん。それに私は世界を破壊したい訳ではない。ただ、この世界では輪廻から外れた転生に何かあると踏んでいる。それに巻き込まれただけの人間に残酷な宣言はしないよ。でも、私の考えは正しい気がするんだよね。まぁ、証拠がないから言わないけど。
理由を告げない私にマーラは瞳を閉じた。マーラもある仮説を立てて居るのだろう。でも、それは私達にとったら厄介事にしかならない。この世界がパラディース・ミラージュで無いことを願うしかないね。
「……あ、の……!!私、生きて良いんですか……?」
「構わないよ。君が私に反旗を翻さなければ私は何もしないよ」
「……私にそんな力ありません」
「それはどうかな。君にはこの世界ではあり得ない知識がある。それを国に売って作らせれば私を滅ぼすなんて造作もないよ」
ミーアが手をあげた。そして、私に質問をする。それに素直に答えてあげれば困った顔で呟いたミーア。私が一番信頼してないのは人類種だから疑うのは仕方無いんだけど、この子は知らないからね。
「そんな!!一端の女子高校生がそんな高度な事できません!!私、成績悪かったんですよ!!」
「す、すまない。そんな剥きにならなくても……」
「笑うな!!」
全力で否定して忘れたいであろう過去を暴露するミーアに笑いが込み上げてきた私。笑う私に涙目で声をあげた。ここまで素直な子は珍しい。お詫びをしないとね。
「じゃあ、お詫びにこれをあげよう」
「……簿記の問題集……?」
「そ。今後の為にも今から頭に突っ込んどいてよ。一日一ページからやれば負担も少ないでしょ。将来、職には困らないと思うよ」
「……わかりました。貰っておきます」
私は不思議ポーチからある本を取り出した。それをミーアに渡す。ミーアはその本の題名を見て唖然とした。私に向ける表情が何故?と顔が語っている。前世の成績が悪いなら幼い今から詰め込めば違うでしょ?そう言う意味を込めて言えばミーアは諦めたように溜め息を吐いて貰ってくれた。でも、ミーアの事を思ってだよ?わかってくれてるかな?まぁ、わかってなくても良いけどね。
「……あの、カイト様」
「ぶっ!!クリス……君が私に対して敬称をつける必要はないよ。だって君達は私の部下じゃない。だから、普通に喋っていいよ」
「ありがとうございます。じゃあ、カイトさん。その本は何?」
「あ、俺も気になる」
次に手をあげたのはクリス。私の部下ならいざ知らず他の子に言われるのは違うので普通に話すように言うと素直に頷いた。それでクリスが指を指して聞いてきたのはグリモワールの事だった。それにはエーベハルトも気になるようで手をあげた。
「これは特殊な魔術書でグリモワールって言うんだ。中には精霊や悪魔、天使や神が描かれている」
「グリモワールって魔術書って意味ですよね?」
「お、よく知ってるね。グリモワールと言う言葉自体は魔術書を意味するよ」
私が説明するとミーアが首を傾げた。おや?知ってるなんてなかなかやるね。
「でも、魔術書って術が書いてあるんじゃないんですか?」
「書いてあるよ。召喚するための術式が」
「ッ!?それって黒魔術!!」
「ブッ!!」
ミーアの質問に答えるとミーアは悲愴な顔をして叫んだ。その反応に吹き出した私。一体何の番組を見たんだ!!
「ダメだよ、クリス!!魂とられちゃう!!」
「アハハハ!!本当によく知ってるね!!でも、それは一般的な魔術書や闇の書ね。これは私が作ったから基本的に魂は取られないよ。魔力は取られるけどね。でも、魔力の源は魂と同じだから魔力を持たない者が持つと魂を取られちゃうね」
「!?」
「まぁ、グリモワールと呼ばれる魔術書は大概が失敗作だから施行しなければ大丈夫だよ。もし変な本を見つけたら私に報告してよ。たまに本棚とかに禍々しい気配を出しながら存在を主張してたりするからさ。調べるからね」
ミーアは半泣きになりながらクリスに訴えた。しかし、クリスには意味が通じていないのでオロオロするだけ。笑いが治まらない私は大爆笑。リュツィフェールとミカエリスも端で静かに爆笑してシドは苦笑していた。よくもまぁ、片寄った知識をお持ちなこって。まぁ、変なものに触らなければ何も起きないよ。然り気無く注意しておいた。
「……(シャリシャリモグモグ)」
「?セフィリナ?アルバート?リーリナ?何をしているの?」
「んー?(シャリシャリモグモグ)」
「これおいしいの!!」
「……(シャリシャリモグモグ)」
「……何食べてるの?」
先程から静かなお子様三人に気が付いたサーシャが話し掛けた。すると、三人は丸い何かを食べていた。セフィリナとアルバートはサーシャに話し掛けられても食べ続け、リーリナだけがサーシャに丸い何かを渡した。渡されたサーシャはその丸い何かに眉を顰めた。それに気が付いたシドが答える。
「あぁ、それは桃ですよ」
「……桃ですか?シャリシャリいってますけど……」
「はい。カイト様が品種改良して固く甘味の多い桃を作ったのです」
シドの言葉にサーシャは半眼して桃を見た。見た目は赤く中も赤い。食べ頃の桃であるのは間違いない。だけど、手に持つ感触は林檎を連想させた。サーシャは思いきって口にすると確かに桃の甘みが口に広がる。だが、食感はシャリシャリしていた。
「……確かに甘いですけど、このシャリシャリ感はもはや林檎ですよ。桃じゃないです」
「文句はカイト様までお願いします。軟らかく甘い桃もありますから、そちらにご用意しますね」
シドはすぐに軟らかい桃を用意してお子様三人から固い桃を回収した。
「カイト様、そろそろ出発なさいませんと」
「あぁ、そうだな。エーベ、キアラ海溝ってどこだ?」
「そんな事だろうと思ったよ」
「はぁ……キアラ海溝は世界の中心だ。ここがキアラ海溝」
長々と話していた私達にミカエリスがストップをかけた。出発するのを忘れていた私はエーベハルトに場所を聞く。それにアルシュタートは苦笑して世界地図を出してくれた。エーベハルトが世界地図の中心にある大海を指差して教えてくれた。
「……何も書かれていませんが、エーベさん」
「昔、ここには大陸があった。だけど、知らない内に消えていたんだ」
「……まぁ、行くだけ行くか」
あのオヤジ!!録な説明も無しに売りやがって!!まぁ、沈んでいるにしろ隠れているにしろ見付けてやるよ!!
変な執念を燃やす私に呆れた視線を寄越すミカエリスとリュツィフェール。酷いな、この悪魔二人組。
「では、現在地は何処になりますか?」
「現在地はジューン王国のネフィリムになるからここだ」
「そうですか。なら西に向かえば海に出ますね」
「そうなるな」
「途中の奴隷都市レイザードで食糧の補充によった方が良いと思うよ」
「では、そういたしましょう。出発致しますね」
私を無視したミカエリスがエーベハルトに現在地を聞く。ミカエリスの中で走るルートを立てているようだ。アルシュタートからのアドバイスも入れてミカエリスの中でルートが出来上がったようだ。ミカエリスは居間から出て行った。それから程なくして馬車が動き出した。
「ま、わからないことがあったら随時確認と対応だな。色々とよろしくね」
「よろしく!!」「よろしくお願いします」「あぁ」「はい」
お子様組は元気よく、サーシャとクリスとフィオリーナは優雅に、エーベハルトは頷き、アルシュタートは微笑み、返事をしてくれた。楽しい旅になりそうだ。
こうして私の異世界を廻る冒険が始まりを告げた。
20120928 サブタイトル1―1〜1―4→一話〜九話に変更。本文修正に伴い差し替えしました。タイトル数が増えていますが、前とほぼ変わりありません。