終章:親愛なる家族へ
腕の中にいる、小さな命。
「ねえ。この子の名前、“ちはる”にする」
わたしたちの、尊い宝物。
「ちはるか。いいんじゃないか?」
「私の名前と、あなたの名前を一文字ずつ取って、“千晴”」
「そうだろうと思った」
「もー! 安直だなって思ったでしょ! ちゃんと意味も考えてあるんだから」
「ほう」
「幾千の空の下で、晴れている――――笑っている子で、ありますように。そんな願いを込めてるの」
「まあ、お前にしてはよく考えているな」
「酷い! ねぇ千晴。貴女のパパはとっても意地悪なのよ~」
「こら、千晴の頬をつつくな。せっかく気持ちよさそうに寝てるのに、起きるだろ」
「ふふ。パパの根暗で無愛想なところは似ないでね~。私に似て明るく可愛い子に育ってくれるといいなぁ」
「お前に似てセクハラ三昧な子に育ったらどうするんだ……」
「いいじゃない。きっと毎日が楽しくなるわよ」
「おい、散々周りに迷惑を振り撒いといて、お前というやつは」
「ま、この子がどんな子に育ったとしても…………それで幸せなら、親として本望だと思わない?」
「そうだな」
「そうそう。私の友人もね、今年子供を生んだんだって。うちの子とその子、同級生になるのよ? なんだか変な感じ」
「そうか。それは、将来仲良くなれるといいな」
「きっといい友達になるわ。いっぱい喧嘩して、いっぱい一緒に遊んだ、私と友人みたいにね」
「ああ」
「これから、楽しみだわ。楽しみでしかたない。これから、この子と、あなたと、三人になるんだもの」
「……頑張るよ」
「うん、頑張って働いてね、パパ」
「はは……ああ、任せとけ」
「ちゃんとこの子を、守ってね」
「もちろんだ。この子もお前も、守るよ」
「あら頼もしい。ニートだった時代が嘘のよう」
「それは言うな」
「あははは」
「笑うなっての」
「あ、千晴も笑ってる」
「む……ああ、ほんとだ。さっきはあんなに泣いていたのにな」
「赤ちゃんだもの。表情はころころ変わるわよ」
「ああ、どんな顔でも可愛いな」
「親バカねぇ」
「うるさい」
千晴。
この世界でたった一人の、貴女。
愛しい、我が子。
貴女は、これからどんな人生を歩んでいくのだろう。
どんな人生でもいい。
たとえ貴女がどんな道を選んだとしても、わたしたちは祝福しよう。
貴女が選んで、決めたのなら、わたしたちは見届けよう。
貴女が掴んだ、幸せを。
千晴。
千晴。
*
*
*
「千晴さん」
「ん? どした?」
「呼んでみただけです」
「……………あ、そう」
「あと、大好きです」
「毎日聞いてる」
「さすがにもう飽きました?」
「それはない」
「良かったです」
「……柚葉」
「なんですか?」
「呼んでみただけ」
「ふふっ、くすぐったいですね」
「………………」
本当は言いたいことが沢山ある。
けれど、言ってしまったら、もう終わってしまうような気がして。
でも、伝えなければ、とも思う。
今も、これから先も。
この鼓動が止まってしまうまで、たくさんの想いを遺していきたい。
「柚葉」
これから、あと何度、彼女の名を呼べるだろう。
「千晴さん」
何度、自分の名を呼んで貰えるだろう。
――大切な人たちに、会えるだろう。
色々思うことはあるけれど。
ただ、今は。
ありがとう。
これまでの日々に感謝を。
これからの未来に希望を。
悲しいことも、苦しいこともあった過去を振り返っても。
私が選んだこの道に、後悔などあるはずもなく。
悩みは尽きず、問題が目の前にぶら下がっているような今でも、思うことは、きっとひとつしかない。
私たちは、胸を張って言える。
“ 幸せだよ ” って。
end