後半
「……なんだ!? 滾ってきたぁぁぁっ!!」
俺は思わず雄叫びを上げた。
身体の奥底から、凄まじい力が湧き上がってくる。
いや、違う。
これは俺自身の力ではない。
俺の下腹部。
そこに装着された、呪いのパンツが黄金色に輝いていた。
「……ほぉ」
女魔王が興味深そうに目を細めた。
「どうやら、その話は本当らしいな」
「……何がだ!?」
「真の強者に相対したとき、その呪いが解けるという話だ」
「……おぉっ!?」
そうか!
つまり、目の前にいる女魔王こそ、このパンツが認めた真の強者ということか!
「……やったぞ!」
「……何がだ?」
「ついに、俺の聖剣が抜けるんだ!」
「…………」
女魔王が、なんとも言えない表情を浮かべた。
「……勇者よ」
「なんだ!」
「先ほどから気になっていたのだが……」
「おう!」
「……お主、なぜそんなに嬉しそうなのだ?」
「決まってるだろ!」
俺は満面の笑みを浮かべた。
「一ヶ月も脱げなかったパンツが、ようやく脱げるんだぞ!」
「…………」
「こんなに嬉しいことがあるか!?」
「……いや、知らんが」
女魔王は呆れたようにため息をついた。
そして、玉座からゆっくりと歩み寄ってくる。
「……まぁ、よい。どれ、妾が少し調べてやろう」
「本当か!?」
「ただし、妙な真似をしたら容赦なく殺すぞ」
「任せろ!」
「……何を任せるのだ?」
女魔王は俺の返事を無視すると、右手を差し出した。
その掌に、禍々しい紫色の魔力が集まっていく。
「……ふむ」
「……どうだ?」
「確かに、凄まじい防御術式だな。しかも、複数の神代魔法が重ね掛けされておる」
「……すごいだろ!」
「なぜお主が自慢する?」
「俺のパンツだからな!」
「…………」
女魔王は一瞬だけ目を閉じた。
そして、何事もなかったように話を続ける。
「……この防具は、妾の魔力に反応しておるようだ」
「……おぉ!」
「ならば、もう少し力を込めれば……」
女魔王が右手を握り締めた。
途端に、周囲の空気が震え始める。
ゴゴゴゴゴッ!!
「……お、おい!?」
「動くな」
「いや、なんかすげぇ音がしてるんだけど!?」
「当然だ。妾の魔力を直接流し込んでおるのだからな」
「……大丈夫なのか!?」
「案ずるな。妾は魔王だぞ?」
そう言うと、女魔王は不敵に微笑んだ。
「この程度の呪い、解けぬはずが……」
バチィィィン!!
「……ぐっ!?」
突如、黄金色の光が弾けた。
女魔王の身体が僅かに後退する。
「……お、おい!? 大丈夫か!?」
「……ふん。なるほどな」
女魔王は右手を見つめた。
そこには、小さな火傷のような痕が残されている。
「……まさか、妾の魔力を弾くとは」
「……すげぇだろ!」
「だから、なぜお主が自慢するのだ!?」
女魔王が苛立たしげに声を荒らげた。
しかし、すぐに表情を引き締める。
「……面白い」
「……ん?」
「ならば、この妾が本気で相手をしてやろう」
そう言って、女魔王は両手を広げた。
次の瞬間。
玉座の間を、凄まじい魔力が満たした。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
「……なっ!?」
天井が軋む。
床に亀裂が走る。
壁に飾られていた燭台が、次々と砕け散っていく。
……おいおい。
冗談だろ!?
なんだ、この魔力は!
今まで戦ってきた魔族とは、文字通り桁が違う!
「……勇者よ」
「……な、なんだ!?」
「これでも妾は、数百年にわたり魔族を統べてきた存在だ」
女魔王の赤い瞳が、妖しく輝く。
「神々の呪い程度、妾が打ち破ってくれよう!」
そして。
「……はぁぁぁっ!!」
女魔王が両手を振り下ろした。
凄まじい魔力が、俺の下腹部へと集中する。
「……うおおおっ!?」
パンツが激しく輝き始めた。
黄金色の光。
紫色の魔力。
二つの力が絡み合い、眩い閃光を放つ。
「……くっ! なんという頑強な術式だ!」
「……お、おい!?」
「黙っておれ! 今、解除してやる!」
女魔王がさらに魔力を注ぎ込む。
すると。
……ピキッ。
「……ん?」
何かが、小さく軋んだ。
俺は恐る恐る下腹部へ視線を落とす。
そこには、これまで一度たりとも動かなかったパンツ。
その縁が、ほんの僅かに浮き上がっていた。
「……おっ!?」
おおっ!?
これは……!
まさか……!
「……ま、魔王!!」
「なんだ!?」
「……脱げそうだぞ!!」
「……当然だ! 妾を誰だと思っておる!」
女魔王が勝ち誇ったように笑った。
そして、最後の力を込める。
「……これで終わりだ!!」
その瞬間。
パンツが、黄金色の光に包まれた。
「……おっ!?」
身体の奥底から、これまでにない力が湧き上がってくる。
全身の血が沸騰するような感覚。
まるで、何かから解き放たれるかのような……。
「……お、おおおおっ!!」
俺は両手を広げた。
「なんだ!? なんだ、この力はぁぁぁっ!!」
「……勇者!?」
「……滾る!」
「……は?」
「……滾ってきたぁぁぁっ!!」
パァァァァァァンッ!!
突如、凄まじい破裂音が響き渡った。
黄金色の閃光。
吹き荒れる衝撃波。
そして、空高く舞い上がる一枚の白い布。
「……なっ!?」
女魔王が驚愕の表情を浮かべた。
俺は、ゆっくりと下腹部へ視線を落とした。
「…………」
…………。
……ない。
あれほど忌々しかったパンツが。
あれほど頑強だったパンツが。
……消えている。
「……お、おぉっ!?」
俺は思わず歓喜の声を上げた。
「……やったぞ!」
「…………」
「やったぁぁぁっ!!」
俺は両手を突き上げた。
「ついに! ついに脱げたぁぁぁっ!!」
「……お、おい」
「見たか魔王! これが勇者の力だ!」
「……いや、待て」
「はははっ! 世界最強の防具といえど、俺の前では無力だったようだな!」
「……勇者よ」
「なんだ!」
女魔王が、ひどく疲れた表情を浮かべた。
そして、ゆっくりと視線を逸らした。
「……お主、今、自分がどのような格好をしておるのかわかっているか?」
「……ん?」
俺は自分の身体を見下ろした。
…………。
…………。
……あ。
そういえば。
先ほどの解除魔法で、ズボンまで吹き飛んでいた。
「…………」
「…………」
俺は、全裸だった。
いや、正確には上半身の服と靴は残っている。
しかし、腰から下には何もない。
……なんということだ。
だが!
「……ふっ」
俺は不敵に笑った。
「……何を笑っておる?」
「魔王よ。これこそが、真の勇者の姿なのさ!」
「違うと思うぞ」
「いいや! 今の俺にはわかる!」
「……何がだ?」
「この世に生まれたとき、人は誰しも何も身につけていない!」
「……それがどうした?」
「つまり! 俺は今、勇者として生まれ変わったのだ!」
「……お主、頭は大丈夫か?」
女魔王が、心底呆れたような顔をした。
だが、今の俺には、そんな言葉など届かない。
なにしろ。
ついに。
ついに、あの聖剣を抜けるのだから!
「……魔王よ!」
「……なんだ、今度は?」
「これまでの無礼、許してくれ!」
「……は?」
「そして、見せてやろう!」
俺は下腹部に刻まれた聖痕へ右手をかざした。
すると。
パァァァァッ!!
眩い光が溢れ出した。
「……なっ!?」
女魔王が目を見開いた。
「……こ、この魔力は!?」
「はははっ! 驚いたか!」
俺は光の中から現れた柄を掴んだ。
懐かしい感触。
女神から授かった、伝説の聖剣。
あの日以来、一度たりとも抜くことのできなかった神造兵装。
その柄を、俺は力強く握り締めた。
「……いくぞ!」
そして。
「うおおおおおおっ!!」
シャキィィィィン!!
黄金の閃光が、玉座の間を満たした。
次の瞬間。
俺の手には、一振りの長剣が握られていた。
神々しい光を放つ黄金の刀身。
刃に刻まれた神代の紋様。
そして、周囲の魔力を浄化する凄まじい神聖な力。
「……見たかぁぁぁっ!!」
俺は聖剣を天高く掲げた。
「これこそが! 女神より授かりし伝説の聖剣!!」
「…………」
「魔を滅ぼし、世界に平和をもたらす究極の武器!」
「…………」
「その名も! エクスカリバーァァァッ!!」
黄金の光が、玉座の間を照らし出した。
そして。
女魔王は。
「…………」
完全に固まっていた。
◇
……まずい。
女魔王ヴェルディアは、心の中で呟いた。
これは、非常にまずい。
目の前にいる人間。
いや、勇者と名乗る青年。
その手に握られた黄金の剣を見つめながら、彼女は背筋が凍るような感覚を覚えていた。
……あれは。
間違いない。
神造聖剣。
かつて神々が、魔族を滅ぼすために生み出したと伝えられる、伝説の兵装。
まさか、本当に実在していたとは。
しかも。
……よりにもよって。
目の前で聖剣を掲げている勇者は、実に晴れやかな笑顔を浮かべていた。
……下半身丸出しで。
「……はははっ! どうした魔王! 恐ろしくて声も出ないか!」
「…………」
ヴェルディアは、しばらく考えた。
確かに、恐ろしい。
だが、それ以上に。
……理解できない。
なぜ、この男は下半身を晒したまま、これほど誇らしげなのだ?
いや、そもそも、なぜ聖剣をそんな場所から取り出すのだ?
女神は、いったい何を考えている?
……駄目だ。
考えれば考えるほど、頭がおかしくなりそうだった。
「……勇者よ」
「なんだ!」
「……一つ、頼みがある」
「なんだ? 命乞いか?」
「……違う」
ヴェルディアは、深くため息をついた。
そして、傍らの収納魔法から一枚の布を取り出した。
「……これを履け」
「……ん?」
勇者が首を傾げた。
それは、どこにでもある普通のパンツだった。
「……なんだ、これ?」
「見ればわかるだろう。パンツだ」
「……パンツ?」
「そうだ」
「……俺に?」
「お主以外に誰がおる!?」
ヴェルディアは思わず声を荒らげた。
「いいから、さっさと履け! 目のやり場に困るのだ!」
「……ふっ」
勇者が不敵に笑った。
「……何がおかしい?」
「魔王よ。お前、意外と優しいんだな」
「…………」
「敵である俺に、パンツをくれるなんて!」
「……別に優しくなどない!」
「照れるなって!」
「照れておらん!!」
ヴェルディアは額を押さえた。
……もう嫌だ。
なぜ妾は、魔王城で勇者の下着の心配をしておるのだ?
しかし、これ以上の問答は無意味だろう。
彼女はパンツを勇者へ投げ渡した。
「……ほら。さっさと履け」
「おう! ありがとな!」
勇者は嬉しそうにパンツを受け取った。
そして、片足を通そうとした。
その瞬間。
バチィィィン!!
「……いってぇぇぇっ!?」
「……なっ!?」
勇者の身体から黄金色の光が弾けた。
パンツが勢いよく吹き飛び、玉座の間を転がっていく。
「……な、なんだ!?」
勇者が呆然と声を漏らした。
「……どうした?」
「……いや、なんか弾かれた」
「……は?」
「ちょっと待ってろ」
勇者はパンツを拾い上げた。
そして、もう一度足を通そうとする。
バチィィィン!!
「ぎゃああああっ!?」
「…………」
「……な、なんだこれ!?」
勇者が悲鳴を上げた。
「……履けねぇ!?」
「……何?」
「パンツが履けねぇぇぇっ!!」
「…………」
ヴェルディアは目を見開いた。
そして、恐る恐る勇者の下腹部へと視線を向ける。
そこには、先ほどまで存在しなかった奇妙な紋様が浮かび上がっていた。
「……まさか」
「……ん?」
「……呪いが反転したのか?」
「……反転?」
ヴェルディアは眉をひそめた。
「……お主が装備していた防具は、極めて古い神代の呪装だ」
「……おう」
「それを妾の魔力で無理やり解除した結果、術式そのものが反転してしまったらしい」
「……つまり?」
「……本来は、一度装備すると脱げない呪いだった」
「……そうだな」
「それが、今度は……」
ヴェルディアは小さく息を吐いた。
「……下着を装備できない呪いになったようだ」
「…………」
「…………」
勇者が固まった。
そして。
「……な」
「……な?」
「……なんだとぉぉぉっ!?」
絶叫が、玉座の間に響き渡った。
「お、おい! どういうことだ!?」
「……今、説明しただろう」
「つまり、俺はもうパンツを履けないのか!?」
「……そういうことになるな」
「……一生!?」
「……それは、まだわからん」
「……うそだろぉぉぉっ!!」
勇者が膝から崩れ落ちた。
聖剣を握ったまま。
……いや、危ないから、その剣を下ろしてほしい。
ヴェルディアは、心の底からそう願った。
しかし、勇者の嘆きは止まらない。
「……なんてことだ!」
「…………」
「ようやく脱げたと思ったのに!」
「…………」
「今度は履けなくなるなんて!」
「…………」
「……魔王!」
「……なんだ?」
勇者が、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、怒りと悲しみが入り混じっていた。
そして。
「……お前のせいで!」
「……ん?」
「……お前のせいで、こんな身体にぃぃぃっ!!」
「妾のせいにするなぁぁぁっ!!」
ヴェルディアの怒号が響き渡った。
「そもそも、お主がそのような怪しい防具を身につけるからだろう!」
「だって、すげぇ強かったんだぞ!?」
「知らん!」
「魔物の攻撃だって、全部防げたんだ!」
「だから知らんと言っておる!」
「責任取れよぉぉぉっ!!」
「なぜ妾が責任を取らねばならんのだ!?」
ヴェルディアは叫んだ。
だが、そこでふと気づく。
……待て。
この勇者。
今、何と言った?
……責任を取れ?
ヴェルディアの視線が、勇者の手に握られた聖剣へと向けられた。
黄金色の刀身。
凄まじい神聖な魔力。
そして、その刃から漏れ出す、魔族にとって致命的な力。
……まずい。
これは、非常にまずい。
もし、この勇者が本気で斬りかかってきたら。
妾とて、無事では済まぬかもしれん。
いや。
それどころか。
……消滅する可能性すらある。
ヴェルディアは、ごくりと唾を飲み込んだ。
「……ゆ、勇者よ」
「なんだよ!」
「……まぁ、落ち着け」
「落ち着いてられるか!」
「……と、とりあえず、その剣を下ろしてくれぬか?」
「なんでだよ!」
「……いや、危ないのでな」
「危なくねぇよ!」
勇者はそう言って、聖剣を軽く振った。
ブォンッ!!
「……ひっ!?」
黄金色の斬撃が、玉座の横を掠めた。
次の瞬間。
ズガァァァァン!!
背後の壁が、真っ二つに切り裂かれた。
「…………」
「…………」
玉座の間に、静寂が訪れた。
勇者は驚いたように聖剣を見つめた。
「……おぉっ! すげぇ威力だな!」
「…………」
「これなら、どんな魔物でも一撃だぜ!」
「…………」
ヴェルディアの額から、冷たい汗が流れ落ちた。
……危なかった。
今の一撃。
ほんの少し角度が違っていたら。
……妾の首が飛んでいたぞ。
「……勇者よ」
「……ん?」
「……一つ、提案があるのだが」
「なんだ?」
ヴェルディアは慎重に言葉を選んだ。
「……その呪い、妾が調べてやろう」
「……えっ?」
「妾は魔族の王だ。古代魔法にも多少の心得がある」
「……本当か!?」
「……あ、あぁ」
「……解けるのか!?」
「……それは、まだわからぬが」
ヴェルディアは小さく咳払いをした。
「少なくとも、何もせずに放置するよりはよかろう」
「……おぉっ!」
勇者の顔が、ぱぁっと明るくなった。
「……魔王!」
「……な、なんだ?」
「……お前、いい奴だな!」
「…………」
「まさか、俺のパンツのためにここまでしてくれるなんて!」
「……いや、その……」
「ありがとうな!」
勇者は満面の笑みを浮かべた。
その手には、依然として黄金の聖剣が握られている。
ヴェルディアは、その刃をちらりと見つめた。
……仕方あるまい。
今は、この男を刺激しない方がよい。
「……う、うむ」
こうして。
世界を救うために魔王討伐へやって来た勇者は。
なぜか、魔王の協力を得ることになったのである。
◇
それから三日が経った。
俺は現在、魔王城の客室で暮らしている。
……いやぁ。
まさか、こんなことになるとは思わなかったな。
魔王城というからには、もっと恐ろしい場所だとばかり思っていた。
しかし、実際に暮らしてみると、意外なほど快適だった。
食事は豪華。
部屋は広い。
風呂もある。
しかも、女魔王自ら俺の呪いを調べてくれている。
……いやぁ。
いい奴じゃないか、魔王。
もちろん、困ったこともある。
なにしろ俺は、パンツを履けなくなってしまったのだ。
下着を身につけようとすると、身体が勝手に弾いてしまう。
しかし、どうやらズボンやローブのような普通の衣服なら着用できるらしい。
おかげで、今は魔王から借りた黒いズボンを履いている。
……助かった。
さすがに、四六時中下半身丸出しというのは、勇者としていかがなものかと思う。
とはいえ。
「……やっぱ落ち着かねぇなぁ」
俺は小さくため息をついた。
下着のない生活。
これが、想像以上に不便なのだ。
どうにも心許ない。
まるで、最後の砦を失ってしまったかのような感覚。
……くそっ!
早くパンツを履きたい!
そんなことを考えていると、部屋の扉が開いた。
「……勇者よ」
「……おっ! 魔王!」
そこには、数冊の古びた魔導書を抱えたヴェルディアが立っていた。
「……調子はどうだ?」
「最悪だ!」
「……そうか」
「パンツが履けねぇ!」
「……それは知っておる」
「なんとかならねぇのか!?」
「……今、調べているところだ」
ヴェルディアは、疲れたようにため息をついた。
見ると、目元には僅かに隈ができている。
「……おい、大丈夫か?」
「……何がだ?」
「なんか、すげぇ疲れてないか?」
「……誰のせいだと思っておる?」
「……ん?」
「……いや、なんでもない」
ヴェルディアは首を振った。
そして、抱えていた魔導書を机の上へと置いた。
「……一つ、わかったことがある」
「……おぉっ!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「なんだ!? 呪いの解除方法か!?」
「……いや、まだそこまではわからぬ」
「……なんだよ」
「しかし、呪いの仕組みについては、ある程度理解できた」
そう言って、ヴェルディアは一冊の魔導書を開いた。
そこには、見たこともない古代文字が並んでいる。
「……この呪いは、装備者の魂に直接刻まれる特殊な術式らしい」
「……ほぉ」
「本来は防具を脱げなくすることで、装備者を永続的に守護するためのものだったようだ」
「……なるほど」
「だが、妾が魔力を注いだことで、術式の性質が反転した」
「……つまり?」
「……お主の魂そのものが、下着を拒絶するようになってしまったのだ」
「…………」
俺はしばらく考え込んだ。
なるほど。
つまり……。
「……俺の魂が、パンツを嫌ってるってことか?」
「……まぁ、そういうことになるな」
「……なんてこった」
俺は頭を抱えた。
まさか、自分の魂にまで裏切られる日が来ようとは。
「……しかし、希望がないわけではない」
「……おっ!?」
「この術式には、外部の魔力と共鳴する性質がある」
「……共鳴?」
「うむ。特に、呪いを反転させた者の魔力とは、強い繋がりが生じるらしい」
「……ほぉ」
ヴェルディアが、自分の胸元へ手を当てた。
「つまり、妾の魔力を利用すれば、呪いを抑制できる可能性がある」
「……本当か!?」
「……あくまで可能性だがな」
俺は思わず立ち上がった。
「……やったぞ!」
「……まだ喜ぶには早い」
「いや、十分だ!」
「……何?」
「だって、これでようやく希望が見えたじゃないか!」
「……まぁ、そうだな」
ヴェルディアは小さく頷いた。
その顔には、僅かな安堵が浮かんでいる。
……そうか。
そういうことだったのか。
俺は腕を組み、深く考え込んだ。
パンツを脱げなくする呪い。
それを解除した魔王。
そして、今度はパンツを履けなくなった俺。
しかも、その呪いを解くには、魔王の力が必要だという。
……なるほど。
すべてが繋がった。
「……魔王」
「……なんだ?」
俺は、ゆっくりと顔を上げた。
「……俺たち、もうパンツの一部なんじゃないか?」
「…………」
「…………」
「……は?」
ヴェルディアが、怪訝そうに眉をひそめた。
「……お主、今、なんと言った?」
「俺たちは、もうパンツの一部なんじゃないかって言ったんだ」
「…………」
「考えてもみろ!」
俺は拳を握り締めた。
「俺のパンツは、お前の力で脱げた!」
「……まぁ、そうだな」
「そして、今度はお前の力がなければ、俺はパンツを履けない!」
「……それも、そうだが」
「つまり!」
俺は、堂々と胸を張った。
「俺とお前は、パンツを通じて繋がっているんだ!」
「…………」
ヴェルディアが、口を半開きにした。
そして、しばらく俺を見つめる。
「……勇者よ」
「なんだ!」
「……お主、何を言っているんだ?」
「だから、パンツの話だ!」
「……それはわかる」
「なら、話は早い!」
「……いや、何もわからぬのだが」
ヴェルディアが困惑したように首を振った。
しかし、俺は構わず続けた。
「……魔王」
「……な、なんだ?」
「俺は、ずっと考えていたんだ」
「……何をだ?」
「この世界を平和にする方法を」
俺は真剣な表情で告げた。
「俺は女神に選ばれた勇者だ。魔王を倒し、世界を救う使命がある」
「……う、うむ」
「だが、お前は俺のパンツを脱がせてくれた」
「……まぁ、そうだな」
「しかも、今は俺のパンツのために、こんなに頑張ってくれている」
「…………」
「だから、思ったんだ」
俺はヴェルディアの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「……魔王」
「……な、なんだ?」
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前がパンツの代わりとして、これからも俺と一緒にいてくれるなら……世界も平和になるかもしれない」
「…………」
「…………」
沈黙。
ヴェルディアは、何も言わなかった。
ただ、じっと俺を見つめている。
「……どうだ?」
「…………」
「……魔王?」
「……いや」
ヴェルディアが、ようやく口を開いた。
「……ちょっと待て」
「……ん?」
「……なぜ、妾がパンツの代わりにならねばならぬのだ?」
「……え?」
「……え、ではない!」
ヴェルディアが声を荒らげた。
「そもそも、パンツの代わりとはなんだ!?」
「……魔王だろ?」
「妾は魔王だ!!」
「知ってるぞ!」
「ならば、なぜパンツの代わりなのだ!?」
「だって、お前がいればパンツが履けるかもしれないんだろ?」
「……それは、まぁ……」
「だったら、もうパンツみたいなもんじゃないか!」
「違うだろうがぁぁぁっ!!」
ヴェルディアの怒号が、部屋中に響き渡った。
……なんだよ。
そんなに怒ることないじゃないか。
俺は少しだけ肩を落とした。
「……そうか」
「……ん?」
「……嫌なんだな」
「…………」
ヴェルディアが、ぴたりと動きを止めた。
「……じゃあ、仕方ないか」
俺は小さくため息をついた。
「……魔王討伐の旅、再開するか」
「…………」
その言葉に、ヴェルディアの表情が凍りついた。
◇
……待て。
ヴェルディアは、心の中で呟いた。
今、この男は何と言った?
……魔王討伐の旅を再開する?
つまり。
……妾を倒すつもりなのか?
ヴェルディアは、勇者の腰元へ視線を向けた。
そこには、黄金色の聖剣が下げられている。
いや、正確には、召喚した聖剣を適当な革紐で腰に括りつけているだけなのだが。
……あれで斬られたら。
妾とて、消滅する可能性が高い。
それどころか、魔王城ごと吹き飛ばされるかもしれん。
……まずい。
非常にまずい。
「……ゆ、勇者よ」
「……ん?」
「……いや、その……」
「なんだ?」
ヴェルディアは必死に考えた。
どうすれば、この男を刺激せずに済むのか。
そもそも。
なぜ妾は、パンツの代わりになるかどうかで命の危険を感じておるのだ?
……おかしい。
何かが根本的におかしい。
しかし、目の前の勇者は、実に真剣な表情を浮かべていた。
「……魔王」
「……な、なんだ?」
「お前が嫌なら、無理強いはしないさ」
「…………」
「でも、世界を平和にするには、やっぱり魔王を倒さなきゃならないんだろ?」
「…………」
ヴェルディアは、ごくりと唾を飲み込んだ。
……駄目だ。
ここで断れば、確実に面倒なことになる。
少なくとも、この男は本気だ。
しかも、聖剣を持っている。
……仕方あるまい。
「……いや」
「……ん?」
「……まぁ……」
ヴェルディアは、ゆっくりと視線を逸らした。
「……別に、駄目とは言っておらん」
「……おっ!?」
「……その、なんだ。呪いの調査には、まだ時間が掛かるのでな」
「……おぉ!」
「……それまで、ここに滞在するくらいなら……」
「……いいのか!?」
「……う、うむ」
ヴェルディアは、小さく頷いた。
「……まぁ、構わぬ」
その瞬間。
勇者の顔が、ぱぁっと明るくなった。
「……魔王!!」
「……な、なんだ!?」
「……ありがとうな!」
「…………」
「これからもよろしく頼むぜ!」
勇者は満面の笑みを浮かべた。
「……俺のパンツ!」
「その呼び方はやめろぉぉぉっ!!」
ヴェルディアの絶叫が、魔王城中に響き渡った。
しかし、勇者は実に満足そうだった。
……こうして。
魔王を討伐するために旅立った勇者レオンは、なぜか魔王ヴェルディアと共に暮らすことになった。
勇者は魔王を倒さなかった。
魔王もまた、勇者を倒さなかった。
そして、両者の間に奇妙な休戦協定が結ばれることとなったのである。
後に、この出来事は歴史書に記されることになる。
『勇者レオンと魔王ヴェルディア。両者は長きにわたる争いの末、互いの存在を認め合い、人類と魔族の共存への道を切り開いた』
……と。
しかし、その裏に一枚のパンツが関わっていたことは、誰も知らない。
いや。
正確には、知っている者が二人だけいた。
一人は、勇者レオン。
そして、もう一人は。
「……はぁ」
魔王城の執務室。
山積みになった魔導書を前に、ヴェルディアは深いため息をついた。
……まったく。
どうして、こんなことになったのだ?
妾は魔王だぞ?
数百年にわたり、魔族を統べてきた存在だぞ?
それが、なぜ。
……なぜ、勇者のパンツのために徹夜で魔導書を調べておるのだ!?
「……くそっ」
ヴェルディアは頭を抱えた。
しかし、そのとき。
「……魔王!」
勢いよく扉が開いた。
そこには、実に晴れやかな笑顔を浮かべた勇者が立っていた。
「……なんだ、勇者よ?」
「……いいこと思いついた!」
「……何?」
「俺たち、せっかく一緒に暮らすんだからさ!」
「……う、うむ」
「これからは、毎朝一緒にパンツを探そうぜ!」
「…………」
「きっと、俺に似合うパンツが見つかるはずだ!」
「…………」
ヴェルディアは、ゆっくりと目を閉じた。
そして、心の底から思った。
……頼む。
誰でもいい。
神でも、悪魔でも構わぬ。
……この男を、どうにかしてくれ。
しかし、そんな願いが届くはずもなかった。
なにしろ。
その男は、神に選ばれた勇者なのだから。
ヴェルディアは、もう一度深いため息をついた。
「……勇者よ」
「……ん?」
「……一つだけ、聞いてもよいか?」
「おう! なんだ?」
「……お主に聖剣を授けた女神は、いったい何を考えておったのだ?」
「……さぁ?」
「…………」
「でも、最後に一つだけ言ってたぞ!」
「……何をだ?」
勇者は、嬉しそうに答えた。
「……聖剣より先に、パンツを履けって!」
「…………」
「……なぁ、魔王」
「……なんだ?」
「……俺、どうすればいいと思う?」
「…………」
ヴェルディアは天井を見上げた。
そして。
「……そんなこと、妾が知るかぁぁぁぁっ!!」
魔王城に、今日も平和な絶叫が響き渡った。
こうして世界は、ひとまず平和になった。
なお、勇者のパンツ問題については、現在も解決の目処が立っていない。
〈完〉




