前半
俺の名前はレオン。
どこにでもいる、ごく普通の青年だ。
……いや、普通だったと言うべきか。
なにしろ今の俺は、女神から魔王討伐の使命を授かった、正真正銘の勇者なのだから。
事の始まりは、一ヶ月ほど前に遡る。
ある日の夜、俺は突然、眩い光に包まれた。
気がつけば、そこは見渡す限り真っ白な世界。
目の前には、神々しい光を纏った絶世の美女が立っていた。
「……よく来ましたね。選ばれし勇者よ」
「……は?」
「私は女神アリア。この世界を見守る存在です」
女神と名乗る美女は、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「この世界は今、魔王によって滅亡の危機に瀕しています。どうか、あなたの力で世界を救ってください」
「……ちょっと待ってくれ」
「なんでしょう?」
「俺、ただの村人なんだけど?」
「問題ありません。あなたには勇者の素質があります」
「……本当に?」
「えぇ。それに、魔王を討ち滅ぼすための聖剣も授けましょう」
「聖剣!?」
その言葉に、俺は思わず身を乗り出した。
聖剣。
なんとも素晴らしい響きではないか!
世界を救う勇者に相応しい、伝説の武器だ。
「その聖剣には、あらゆる魔を滅ぼす神聖な力が宿っています」
「おぉっ!」
「ただし、少々特殊な召喚方法になりますが……」
「特殊?」
「はい。あなたの下腹部に聖痕を刻みました。そこから聖剣を取り出すことができます」
「……下腹部?」
俺は自分の腹を見下ろした。
すると、へその下あたりに、小さな紋章が浮かび上がっている。
「……なんでこんな場所なんだ?」
「魂と肉体の力が交わる場所だからです」
「……ほぉ」
「聖痕に意識を集中すれば、剣の柄が現れるはずです」
「なるほど。ちょっとやってみるか」
俺は言われた通り、聖痕へ意識を集中した。
すると、下腹部から黄金色の光が溢れ出す。
「おおっ!?」
次の瞬間、光の中から一本の柄が姿を現した。
俺はそれを掴み、一気に引き抜く。
「うおおおおっ!!」
シャキィィィン!!
眩い閃光とともに、一振りの長剣が現れた。
黄金に輝く刀身。
神秘的な紋様が刻まれた柄。
剣からは、凄まじい神聖な力が溢れている。
「す、すげぇ……!」
「それこそが、神造聖剣エクスカリバー。魔王を討ち滅ぼすことのできる、唯一の武器です」
「これが……!」
俺は感動に打ち震えた。
まさか自分が、こんな伝説の武器を手にする日が来ようとは!
しかし、ふと疑問が浮かんだ。
「……女神様」
「なんでしょう?」
「これって、服を着てたら取り出しにくくないか?」
「…………」
「いや、だってそうだろ? こんな場所から剣を取り出すなら、いちいちズボンを下げなきゃならないじゃないか」
「……多少の工夫は必要でしょうね」
「戦闘中に?」
「…………」
「敵に襲われてるときに?」
「…………」
「……女神様?」
女神は、そっと視線を逸らした。
「……勇者よ」
「はい?」
「聖剣より先に、パンツを履くことを忘れないように」
「だから、そのパンツが邪魔なんだって!」
俺の抗議も虚しく、女神は優雅に微笑んだ。
そして俺は、元の世界へと送り返されたのである。
こうして、俺の魔王討伐の旅が始まった。
……女神様。
できれば、もっと普通の聖剣が欲しかったです。
◇
それから数日後。
俺は魔王領へ続く街道を、一人で歩いていた。
勇者となったからには、世界を救わなければならない。
そう意気込んで旅立ったものの、現実は厳しかった。
「……腹減ったなぁ」
すでに食料は底を尽き、財布の中身も心許ない。
しかも、道中では何度も魔物に襲われた。
そのたびに聖剣を召喚して戦っていたのだが、これが想像以上に面倒だった。
なにしろ、聖剣を抜くには下腹部の聖痕を露出させなければならない。
戦闘のたびにベルトを緩め、ズボンをずらして聖剣を引き抜く。
そして戦闘が終わると、再びズボンを履き直す。
……なんだ、この勇者。
我ながら情けなくなってくる。
そんなことを考えながら森を歩いていると、不意に茂みが揺れた。
「……ん?」
次の瞬間。
「グオオオオオッ!!」
「うおっ!?」
木々の間から、巨大な魔物が飛び出してきた。
全身を分厚い筋肉で覆った、三メートルを超える巨体。
手には、人間の胴体ほどもある棍棒を握っている。
「……オーガ!?」
まずい!
俺は慌てて聖剣を召喚しようとした。
だが、その瞬間。
「グオオッ!!」
「ちょっ、待て! まだベルトが!」
ドゴォォォン!!
「ぐはぁっ!?」
棍棒が俺の身体を直撃した。
凄まじい衝撃とともに、俺は地面を転がっていく。
「……いってぇぇぇっ!!」
くそっ!
これじゃ聖剣を抜く暇もない!
俺は必死に立ち上がり、森の奥へと逃げ込んだ。
背後からは、オーガの咆哮が響いている。
「グオオオオッ!!」
「くそっ! しつこいな!」
木々の間を駆け抜ける。
しかし、相手は人間の数倍もある巨体だ。
踏み出す一歩が違いすぎる。
あっという間に距離を詰められてしまった。
「……やばい!」
そのときだった。
木々の向こうに、古びた石造りの建物が見えた。
「……遺跡?」
考えている暇はなかった。
俺は半ば転がり込むように、その建物の中へ飛び込んだ。
どうやら、かつての神殿らしい。
内部には崩れた石柱が並び、奥には祭壇のようなものが残されている。
そして、その祭壇の上には……。
「……箱?」
古びた木箱が置かれていた。
表面には、見覚えのない文字が刻まれている。
俺は恐る恐る蓋を開けた。
「……なんだ、これ?」
そこに入っていたのは、一枚の白い布だった。
いや、違う。
これは……。
「……パンツ?」
そう。
どこからどう見ても、ただの白いパンツだった。
「…………」
なんでこんなところにパンツが?
俺は首を傾げた。
しかし、よく見ると、そのパンツには金色の紋様が刻まれている。
しかも、僅かに魔力を放っていた。
「……まさか、魔法の防具か?」
箱の底には、一枚の羊皮紙が敷かれていた。
俺はそれを取り出し、書かれている文字を読み上げる。
「……神々の祝福を受けし、究極の防具?」
なになに?
『この聖衣を纏う者、あらゆる災厄から守られん』
「……おぉっ!」
『鋼の刃も、魔の炎も、その身に届くことなし』
「すげぇ!」
『ただし、一度身につければ、真の強者と相対するまで、決してその身から離れることなし』
「……ほぉ」
なるほど。
つまり、簡単には脱げない呪い付きというわけか。
しかし、今の俺には、そんなことを気にしている余裕はなかった。
なにしろ外にはオーガがいる。
しかも、あの棍棒をもう一度食らえば、今度こそ死ぬかもしれない。
「……よし!」
俺は覚悟を決めた。
「世界を救うためだ! パンツくらい、いくらでも履いてやる!」
そして、究極の防具を身につけた。
その瞬間。
パァァァァッ!!
「うおっ!?」
身体が黄金色の光に包まれた。
凄まじい魔力が、全身を駆け巡っていく。
「……な、なんだ、この力は!?」
身体が軽い。
先ほど棍棒を食らった場所も、まったく痛くない。
それどころか、全身に力が漲っている。
「……こいつはすげぇ!」
俺は思わず拳を握り締めた。
これなら、あのオーガにも勝てるかもしれない!
そして次の瞬間。
ドゴォォォン!!
遺跡の入口が吹き飛んだ。
「グオオオオオッ!!」
オーガが、巨大な棍棒を振りかざしながら迫ってくる。
「……来たな!」
俺は堂々と立ちはだかった。
「さぁ、かかってこい!」
「グオオオッ!!」
オーガが棍棒を振り下ろす。
凄まじい風圧が、俺の顔を叩いた。
しかし。
ガキィィィン!!
「……おっ!?」
棍棒が俺の頭上で止まった。
見れば、黄金色の光が身体を包み込み、棍棒を完全に受け止めている。
「……すげぇ!」
「グ、グオッ!?」
オーガも驚いたようだ。
だが、すぐさま怒りに任せて棍棒を振り回し始めた。
ドゴンッ!
ガキィンッ!
ドガァァン!!
「はははっ! 効かねぇ! まったく効かねぇぞ!」
凄まじい攻撃の嵐。
しかし、俺は傷一つ負わなかった。
それどころか、衝撃すらほとんど感じない。
「……これが究極の防具!」
俺は確信した。
これなら魔王だって倒せる!
「よぉし! 今度はこっちの番だ!」
俺は下腹部へ手を伸ばした。
そして、聖剣を召喚しようとする。
……が。
「…………あれ?」
光らない。
いつもなら聖痕が輝き、聖剣の柄が現れるはずなのに。
何も起きない。
「……なんで?」
もう一度、意識を集中する。
「……聖剣!」
…………。
「……エクスカリバー!」
…………。
「……出ろよ!!」
…………。
出ない。
まったく出ない。
「……まさか」
俺は恐る恐る、自分の下腹部へ視線を落とした。
そこには、先ほど身につけた白いパンツ。
しかも、妙に股上が深い。
へその下まで、すっぽりと覆っている。
「…………」
まさか。
いやいや、そんな馬鹿な。
俺はパンツの縁へ指を掛け、少しだけ下げようとした。
しかし。
「……あれ?」
動かない。
どれだけ力を込めても、ぴくりともしない。
「……おい」
グイッ!
「……おいおい」
グイグイッ!!
「……ちょっと待てよ!?」
慌てて両手で引っ張った。
しかし、パンツはびくともしなかった。
「……脱げねぇぇぇっ!?」
そう。
俺はようやく気づいたのだ。
このパンツ。
ただの防具ではない。
聖剣を封じる、呪いのパンツだったのである。
「……うそだろぉぉぉっ!!」
俺の絶叫が、森中に響き渡った。
ちなみにオーガは、俺が騒いでいる間も棍棒を振り回し続けていた。
……少しは空気を読んでほしい。
◇
それからというもの、俺の旅は苦難の連続だった。
いや、正確には命の危険がなくなったというべきか。
なにしろ、このパンツはとんでもなく強い。
魔物の爪も牙も通さない。
炎の魔法を食らっても、火傷一つ負わない。
崖から落ちても、平然と立ち上がれる。
まさしく世界最強の防具だった。
しかし。
「……聖剣が抜けねぇ」
これだけは、どうにもならなかった。
俺は何度もパンツを脱ごうと試みた。
引っ張った。
切ろうとした。
火で炙った。
教会で解呪を頼んだこともある。
だが、すべて失敗に終わった。
特に教会では、散々な目に遭った。
「……神官様。このパンツの呪いを解いてほしいんですが」
「……パンツ?」
「はい」
「……呪われたパンツ?」
「はい」
「……ちょっと何を言っているのかわかりませんね」
「俺だってわかんねぇよ!!」
結局、神官にもどうすることもできなかった。
だが、一つだけ収穫があった。
どうやら、このパンツに掛けられた呪いは、極めて古い神代の魔法らしい。
そして、その解除条件は……。
『真の強者と相対すること』
これだけだった。
「……真の強者、ねぇ」
俺は考えた。
真の強者とは、いったい誰のことなのだろう?
王国最強の騎士?
伝説の大魔導士?
それとも、神々に匹敵するほどの力を持った何者か?
しかし、俺には心当たりがあった。
「……魔王か」
そうだ。
この世界で最も恐れられている存在。
人類を滅亡へ追いやろうとしている、魔族の王。
そいつなら、きっと条件を満たしているはずだ。
「……よし!」
俺は拳を握り締めた。
「待ってろ魔王! 俺のパンツを脱がせてもらうぜ!」
こうして、俺の旅の目的は少しだけ変わった。
世界を救うため、魔王を討伐する。
その大義は変わらない。
ただし、その前に。
まずパンツを脱ぐ。
それが、俺に課せられた最優先事項となったのである。
◇
それから二週間後。
俺はついに魔王領へ足を踏み入れた。
黒い岩山が連なる荒涼とした大地。
空は厚い雲に覆われ、昼間だというのに薄暗い。
遠くには、巨大な城が聳え立っていた。
「……あれが魔王城か」
俺は思わず息を呑んだ。
話には聞いていたが、まさかこれほど巨大だとは。
無数の尖塔が天を突き、城壁には不気味な魔力が漂っている。
しかし、怖じ気づくわけにはいかない。
俺はここまで、数え切れないほどの魔物を倒してきた。
……いや、少し語弊があるな。
正確には、数え切れないほどの魔物に殴られてきた。
なにしろ聖剣が抜けないのだ。
まともな武器は、道中で拾った鉄の剣くらいしかない。
その剣も、すでに何本折れたかわからなかった。
だが、問題はなかった。
究極の防御力を誇るこのパンツがあれば、どんな敵が相手でも恐れる必要はない。
実際、ここまでの旅では、相手が疲れ果てるまで攻撃を受け続け、隙ができたところを拳で殴り倒すという戦法で勝ち進んできた。
……勇者というより、何か別の生き物になっている気もする。
だが、勝ちは勝ちだ!
「……よし。行くか!」
俺は大きく息を吸い込み、魔王城へ向かって歩き始めた。
しかし、城門へ近づいたところで。
「……止まれ!」
鋭い声が響いた。
見ると、巨大な城門の前に、黒い鎧を纏った魔族の騎士が立っていた。
背中からは蝙蝠のような翼が伸び、額には鋭い二本の角が生えている。
「……何者だ、貴様!」
「俺か?」
俺は胸を張った。
「俺は勇者レオン! 魔王を倒すためにやって来た!」
「……勇者だと?」
魔族の騎士が眉をひそめた。
そして、俺の腰元へ視線を落とす。
「……聖剣はどうした?」
「……あるぞ」
「……どこに?」
「……ここだ」
俺は自分の下腹部を指差した。
「…………」
「…………」
魔族の騎士が、ゆっくりと剣を抜いた。
「……ふざけているのか?」
「ふざけてねぇよ!」
「勇者を騙る不届き者め! この場で斬り捨ててくれる!」
「だから本物だって!」
しかし、騎士は聞く耳を持たなかった。
漆黒の剣を振り上げ、一気に距離を詰めてくる。
「死ねぇぇぇっ!!」
ガキィィィン!!
「……なっ!?」
剣が俺の肩に命中した。
しかし、黄金色の結界がそれを受け止める。
「……馬鹿な!?」
「……ふっ」
俺は不敵に笑った。
「どうした? それが魔王軍の実力か?」
「……くっ!」
騎士が再び剣を振り下ろした。
ガキィン!
ガキィン!
ガキィィィン!!
だが、何度斬りつけても、俺の身体には傷一つつかない。
「……ば、馬鹿な!」
「はははっ! 無駄だ、無駄!」
「……何者なのだ、貴様は!?」
「俺か?」
俺は腰に手を当てた。
「世界最強の防具を身につけた勇者だ!」
「……世界最強の防具?」
「そう! この呪いのパンツこそ、俺の力の源なのさ!」
「…………」
騎士が沈黙した。
そして、ゆっくりと剣を下ろした。
「……貴様」
「なんだ?」
「……正気か?」
「正気だよ!!」
その後も騎士は何度か攻撃を繰り返したが、結局、俺に傷を負わせることはできなかった。
最後には剣が根元から折れ、騎士は呆然と立ち尽くしてしまった。
「……な、なんなのだ……この化け物は……」
「ふっ。諦めたか?」
「……くっ!」
「ならば道を開けろ! 俺は魔王に用がある!」
そう言って、俺は騎士の横を通り過ぎた。
「ま、待て!」
「……なんだ?」
「……本当に魔王様と戦うつもりなのか?」
「当然だ!」
「……お前、死ぬぞ?」
「安心しろ!」
俺は親指を立てた。
「俺には、このパンツがある!」
「…………」
騎士は何か言いたそうな顔をしていたが、結局、何も言わなかった。
……なんだろう。
妙に憐れむような目をしていた気がする。
◇
魔王城の内部は、想像以上に広かった。
巨大な廊下。
豪華な装飾が施された柱。
壁には、魔族の歴史を描いたと思われる絵画が並んでいる。
「……すげぇな」
俺は思わず感心した。
魔王城というからには、もっと不気味な場所を想像していたのだが。
意外にも、城内は綺麗に整えられていた。
……まぁ、ところどころに魔族の兵士が倒れているのは、俺のせいだけど。
「……くそっ! なんなんだ、あの人間は!」
「攻撃が通じないぞ!」
「魔法も効かん!」
「化け物だぁぁぁっ!!」
俺が歩くたびに、兵士たちは悲鳴を上げながら逃げていく。
どうやら、このパンツの防御力は魔王城でも通用するらしい。
「……ふっ」
俺は小さく笑った。
やはり、女神に選ばれた勇者というのは、こうでなくてはならない。
ただし。
「……聖剣、抜けねぇかなぁ」
こればかりは、どうにもならなかった。
城へ入ってからも、何度かパンツを引っ張ってみた。
しかし、相変わらずびくともしない。
……おかしいな。
真の強者に相対すれば脱げるはずなのに。
これまで戦った魔族では、まだ条件を満たしていないということか?
「……となると」
やはり、魔王本人に会うしかない。
俺は気合いを入れ直し、城の奥へと進んだ。
そして、幾つもの扉を抜けた先。
ついに、巨大な広間へと辿り着いた。
「……ここか」
そこには、天井まで届きそうな巨大な柱が立ち並んでいた。
床には赤い絨毯が敷かれ、奥には豪華な玉座が設けられている。
そして、その玉座には……。
「……ほぉ」
一人の女性が座っていた。
長い銀髪。
透き通るような白い肌。
血のように赤い瞳。
黒いドレスを身に纏った、恐ろしく美しい女性だった。
だが、それ以上に驚いたのは、彼女から溢れ出す魔力だ。
……なんだ、これ?
俺は思わず息を呑んだ。
今まで戦ってきた魔族とは、まるで次元が違う。
その場に立っているだけで、全身に凄まじい圧迫感を覚えた。
……こいつが。
「……魔王か?」
俺の問いかけに、女性は薄く微笑んだ。
「いかにも。妾こそが、この魔族の地を統べる魔王、ヴェルディアだ」
「……やっぱりな」
「それで、人間よ。何用でこの城へ参った?」
「決まってるだろ!」
俺は胸を張った。
「お前を倒し、世界に平和を取り戻すためだ!」
「……ほぉ」
女魔王が、興味深そうに目を細めた。
「随分と威勢がよいな。だが、妾の前に立っていながら、剣すら抜いておらぬとは……」
「……ふっ」
俺は不敵に笑った。
「見たいか?」
「……何をだ?」
「俺の聖剣を!」
「…………」
女魔王が首を傾げた。
「……聖剣?」
「そうだ! 女神より授かりし、伝説の聖剣エクスカリバー!」
「……ほぉ。それは興味深い」
「この剣の前では、お前の魔力など無意味!」
俺は勢いよく腰に手を当てた。
「待ってろ魔王! 俺の股間の聖剣が火を吹くぜぇぇぇっ!!」
「…………」
女魔王が固まった。
そして、ゆっくりと俺の顔を見つめる。
「……勇者よ」
「なんだ!」
「……今、なんと言った?」
「俺の股間の聖剣が火を吹くと言ったんだ!」
「…………」
「どうした? 恐ろしくて声も出ないか!」
「……いや」
女魔王は、こめかみに手を当てた。
それから、大きくため息をつく。
「……お主、本当に勇者なのか?」
「当然だ!」
「……その聖剣とやらは、どこにある?」
「ここだ!」
俺は自信満々に下腹部を指差した。
「…………」
女魔王の視線が、俺の腰元へと落ちた。
そして。
「……なるほど」
小さく呟いた。
「……どうした?」
「いや。お主が妙な魔力を纏っている理由が、ようやくわかったのでな」
「……ほぉ?」
「その防具……随分と古い呪いが掛かっておるようだな」
「……わかるのか!?」
「当然だ。妾を誰だと思っておる?」
「魔王!」
「……そうだ」
女魔王は、どこか疲れたような表情を浮かべた。
「して、お主はその防具をどうするつもりなのだ?」
「決まってるだろ!」
俺は拳を握り締めた。
「この呪いのパンツを脱いで、聖剣を引き抜く!」
「…………」
「そして、お前を倒す!」
「…………」
女魔王が黙り込んだ。
なぜだろう。
先ほどから、妙に呆れた顔をしている。
やがて、女魔王は玉座からゆっくりと立ち上がった。
「……勇者よ」
「なんだ!」
「……一つ、確認しておきたい」
「おう!」
女魔王は、俺の下腹部を指差した。
そして、実に冷静な口調で言い放った。
「……まず、それ脱いでみろよ」
…………。
…………。
俺は、思わず口元を緩めた。
……ふっ。
やはりな。
ようやく、ここまで辿り着いたか。
「……魔王よ」
「……なんだ?」
「……それができれば、苦労はしないんでね!」
「…………は?」
俺は堂々と胸を張った。
「このパンツはな……!」
そして、声高らかに宣言した。
「……本当の強者に相対したときしか、外れないんでね!」
「…………」
女魔王が、静かに目を細めた。
「……ほぉ」
その口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「……面白い」
次の瞬間。
玉座の間を、凄まじい魔力が満たした。
……おっ?
……おおっ!?
俺は思わず身震いした。
こいつは……。
まさか……!
俺は下腹部へ視線を落とした。
すると、そこにある白いパンツが、僅かに黄金色の光を放ち始めていた。
「……お、おい!」
「……どうした、勇者よ?」
「……こいつは、まさか……!」
俺は歓喜に打ち震えた。
ついに。
ついに、運命の瞬間が訪れようとしている!
「……お、おおおおっ!!」
身体の奥底から、凄まじい力が湧き上がってくる。
女神様!
見ていてください!
俺はようやく、真の勇者になれそうです!
「……なんだ!? 滾ってきたぁぁぁっ!!」
女魔王は、そんな俺を実に怪訝そうな表情で見つめていた。
……この後、世界の命運を左右する、とんでもない出来事が起こることを。
このときの俺たちは、まだ知らなかったのである。
前編・了




