表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/7

第2節 ― 無名死者受付所の夜番

無名死者受付所は、死者名記録庁の裏手にあった。


正面から見れば、死者名記録庁は白い石壁と黒い尖塔を持つ荘厳な建物である。

だが裏へ回ると、景色は少し変わる。


荷車の跡が残る石畳。

夜間搬入口の鉄扉。

雨よけの黒い庇。

壁際に並べられた空の棺台。

番号札だけが結ばれた小さな木箱。


そこは、名のある死者が通る正面玄関ではない。


身元のわからない死者。

名札の欠けた遺品。

戦場から運ばれた骨片。

川辺で見つかった指輪。

誰のものとも知れない髪束。

葬送される前に、まず「誰だったのか」を待つものたち。


そうしたものが、最初に置かれる場所だった。


リシェは、黒い鉄扉の前で一度足を止めた。


扉には、記録庁正面と同じ言葉が刻まれている。


――死者を名なしに捨ててはならない。


だが、無名死者受付所の扉に刻まれたその文字は、正面玄関のものよりずっと古く、ところどころ擦れていた。

毎日のように荷車がぶつかり、雨に濡れた手袋が触れ、徹夜明けの職員が額を押しつけてため息をつくからだ。


リシェは胸元の調査帳を抱え直し、鉄扉を押した。


ぎい、と重い音がする。


中は、外よりもさらに冷えていた。


無名死者受付所の空気には、インクと古い木材、冷めた茶、湿った布、それからわずかな香料の匂いが混じっている。

壁一面に、札棚が並んでいた。


小さな白札。

黒札。

灰色の仮札。

番号だけの札。

文字が途中で切れた札。

何かを書こうとして、結局空白のままになった札。


それらが、壁の端から端まで吊られている。


一つひとつが、誰かの代わりだった。


受付所の中央には長い机があり、その上には死者搬入簿、遺品確認簿、未照合名簿、仮札箱、封蝋、印章、使い古された手袋が積まれていた。


そして、その書類の山に半分埋もれるようにして、一人の男が机に突っ伏して寝ていた。


灰茶色の髪は、寝癖で片側だけ跳ねている。

黒い受付官用の外套は肩からずり落ち、襟元はだらしなく開いていた。

片手には冷めきった茶の入った杯。

もう片方の手には、食べかけの焼き菓子。


その焼き菓子には、齧った跡が二つあった。


一つは人間の歯形。

もう一つは、なぜか小さな丸いへこみだった。


リシェはそれを見て、少しだけ眉をひそめた。


「……また机で寝ています」


男は動かなかった。


リシェは机の前に立ち、軽く咳払いをした。


「ルゼさん」


反応はない。


リシェはもう一度、少しだけ声を強めた。


「ルゼ=カロウさん。勤務中です」


机に突っ伏したまま、男が低く答えた。


「死者は急がない。俺も急がない」


「生者の書類は急ぎます」


「じゃあ生者が悪い」


「その理屈を主任に提出しますか」


「やめろ。紙に残すな。俺が死んだあと墓碑に刻まれる」


ようやく、ルゼ=カロウは顔を上げた。


二十四、五歳ほどの男だった。

目の下には深い隈があり、寝起きのせいで瞳は半分閉じている。

だが、その瞳の色は濁った琥珀のように妙に印象的だった。


彼は口元についた菓子の欠片を親指で払うと、冷めた茶を一口飲み、すぐに顔をしかめた。


「まずい」


「冷めていますから」


「茶は冷めても茶だろ」


「勤務中に寝ていた人間が、茶にだけ厳格にならないでください」


「俺は死者には誠実だ。茶にはわがままだ」


「生者には?」


ルゼは少し考えた。


「相手による」


「最低限、勤務相手には誠実でいてください」


「善処する。で、ベルレイン嬢。朝っぱらから夜番の城に何の用だ」


リシェは静かに調査帳を机に置いた。


「空白墓地で異常葬送が発生しました」


ルゼの眠そうな瞼が、ほんの少しだけ上がった。


「異常葬送?」


「空欄の棺です」


リシェは、オルヴァ主任から預かった白い葬送札を取り出した。


その瞬間、ルゼの顔から眠気が消えた。


空気が変わった。


彼は、茶杯も焼き菓子もその場に置いた。

だらしなく開いていた襟元を片手で直し、机の引き出しを開ける。


中から、新しい黒手袋を取り出した。


リシェはその動作を見て、声を落とす。


「……触れるのですか」


「触れない」


ルゼは手袋をはめながら答えた。


「触れないために、替える」


彼は白い葬送札を直接取らず、銀の小さな挟み具で持ち上げた。

いつもの雑な態度からは想像できないほど、動きは丁寧だった。


札の表面を見て、裏返し、端に鼻を近づける。

墨の匂いを確かめるように、ほんの少しだけ息を吸う。


そして、低く呟いた。


「……これ、どこで拾った」


「空白墓地です」


「誰が持ってきた」


「葬列案内人です。棺は搬入済みですか」


ルゼは答えず、もう一度札を見た。


白い札。

何も書かれていない。

しかし、ただの未記入ではない。


リシェにもわかる。

そこには、名前を書かなかった空白ではなく、名前を受け付けない空白があった。


ルゼは挟み具ごと札を机の上に置き、指先で机を二度叩いた。


「悪いことは言わねえ。記録庁の帳にそのまま入れるな」


「理由を」


「帳のほうが名前を持っていかれる」


リシェは目を細めた。


「帳が、ですか」


「死者名簿は、強い。強すぎる。普通の無名なら、仮札を与えれば帳が受け止める。だがこれは違う」


ルゼは札を見下ろしたまま、声を落とした。


「空白が先に口を開けてる。名を入れようとしたら、入れた側まで食われる」


リシェの指先が、わずかに冷えた。


前にで触れたときも、同じ感覚があった。

紙に触れているのに、触れたという記録だけが薄れていくような感覚。


「棺を見せてください」


「来い」


ルゼは椅子を蹴るように立ち上がった。


外套の裾が机の上の書類を巻き込み、数枚が床に落ちる。

リシェは反射的に拾おうとした。


だが、ルゼのほうが早かった。


彼は落ちた札を、片手ではなく両手で拾った。

番号札の角を揃え、埃を払い、棚の正しい位置へ戻す。


その動作だけは、眠そうな態度とも、乱雑な机ともまるで違っていた。


リシェはそれを見逃さなかった。


「書類は落としても怒らないのに、札は怒るのですね」


ルゼは振り返らずに言った。


「書類は生者が書き直せる。札は、死者が待ってる」


それだけ言うと、受付所の奥へ進んだ。


リシェは一拍遅れて、その背を追った。


奥の保管室は、さらに冷えていた。


壁際には仮棺が並び、棚には遺品箱が積まれている。

箱にはそれぞれ番号があり、中には布切れ、靴片、壊れた腕輪、焦げた祈祷札、名前の欠けた身分証などが収められていた。


名を失ったものたちは、どれも静かだった。


けれど、静かすぎるものには、特有の重さがある。


リシェはいつも、この部屋に来ると少し呼吸が浅くなる。


死者の声が聞こえるわけではない。

むしろ、ここにある多くのものは、声になる前の状態で止まっている。


誰かに呼ばれるのを待っている。

誰かに探されるのを待っている。

誰かが、まだ自分を忘れていないことを待っている。


「足元、気をつけろ」


ルゼが言った。


リシェが視線を落とすと、小さな木箱が通路の端に置かれていた。

中には、空の仮札が束で入っている。


「なぜ床に」


「棚が足りない」


「整理してください」


「整理した結果、床になった」


「それは整理とは呼びません」


「呼び名は大事だぞ、記録官」


「今その話を私にしますか」


ルゼは肩をすくめた。


保管室の最奥に、問題の棺が置かれていた。


黒布は外されている。

棺の蓋も開いたままだった。

内側には白い布が敷かれているが、そこには遺体の沈みも、重みの跡もない。


ただ、内側の木に刻まれた引っ掻き傷だけが、やけに生々しかった。


リシェは棺の前で立ち止まった。


その瞬間、耳の奥が少しだけ痛んだ。


声ではない。

叫びでもない。

ただ、何かが記録される直前で引き裂かれたような、鋭い空気の震え。


彼女は無意識に、腰の死者名簿へ手を伸ばした。


ルゼが言う。


「開くな」


リシェの手が止まる。


「まだ何もしていません」


「しようとした顔だった」


「顔でわかるのですか」


「記録官は、困ると帳を開く。菓子好きが困ると袋を開けるのと同じだ」


「同列にしないでください」


「似たようなもんだ。どっちも中身に頼る」


リシェは少しだけ言い返そうとして、やめた。


ルゼは棺の側面にしゃがみ込み、そこに結ばれた小さな仮札を示した。


「これだ」


リシェは札を見た。


番号ではなかった。


そこには、ルゼの雑な字で一言だけ書かれていた。


――星屑。


リシェはゆっくりと視線を上げた。


「ルゼさん」


「何だ」


「勝手に仮名をつけないでください」


「仮名じゃない。仮札名だ」


「言い換えても規則違反です」


「規則は、番号を与えろとは言ってる。番号以外を与えるなとは言ってない」


「詭弁です」


「現場では詭弁も毛布になる」


ルゼは札を指先で軽く弾いた。


「空白のまま置くよりはいい。空白は、死者を冷やす」


その声には、軽さがなかった。


リシェは何も言えなくなる。


ルゼは、死者を雑に扱う男ではない。

机で寝る。

茶に文句を言う。

書類は散らかす。

生者にはだらしない。


けれど、死者にだけは違う。


この男は、名前のない死者を番号だけで放置することに耐えられないのだ。


「星屑、ですか」


リシェは小さく呟いた。


「なぜ、その名に」


ルゼは棺の中を見た。


「空っぽの棺に、花が一輪だけ残ってた。白い花弁が崩れて、棺の底に散ってた。朝霧の中で見たら、星の欠片みたいだった」


「詩人ですね」


「やめろ。死んだあと変な異名で記録される」


「札番詩人ルゼ」


「燃やすぞ、その記録」


リシェはほんの少しだけ口元を緩めた。


だが、すぐに表情を戻した。


「仮札名は、正式記録には載せません」


「載せるな。俺も載せる気はない」


「では、なぜ」


ルゼは棺から目を離さずに答えた。


「今夜だけでも、呼び名があったほうがいいだろ」


受付所の冷気が、少しだけ重くなる。


リシェはその言葉の意味を考えた。


今夜だけの呼び名。


正式な名ではない。

墓碑に刻まれる名でもない。

死者名簿に残る名でもない。


けれど、完全な空白ではない。


誰かが、そこに何かがいると認めるための小さな印。


「ルゼさんは」


リシェは静かに尋ねた。


「空白が怖いのですか」


ルゼの横顔が、ほんの一瞬だけ動きを止めた。


それは、問いが的を外したからではない。

むしろ、近すぎたからだとリシェには思えた。


ルゼはすぐにいつもの調子に戻る。


「怖いものだらけだ。未処理書類、主任の説教、冷めた茶、給料日前の酒場の勘定」


「今、最後だけ具体的でした」


「切実だからな」


「答えになっていません」


「答える義務は受付範囲外だ」


ルゼは立ち上がり、棺の内側を指した。


「見ろ。傷の向き」


リシェは棺に近づいた。


引っ掻き傷は、確かに内側から外へ向かっているように見える。

けれど、よく見ると少し違った。


爪で引っかいたというより、文字を刻もうとして失敗した痕に似ている。


縦線。

横線。

斜めに裂けた痕。

途中で折れた曲線。


「文字……?」


リシェは呟いた。


「そう見えるか」


「はい。でも、文字になる前に崩れています」


「俺もそう思った」


ルゼは棺の縁に手を置きかけ、直前で止めた。

代わりに、挟み具で白布の端を持ち上げる。


布の下には、木目に沿って薄い灰色の粉が残っていた。


「花粉では?」


リシェが問う。


「一部はな。だがこれは別だ」


ルゼは小瓶を取り出し、粉を少量だけ入れた。


「灰化許可院で使う灰に似てる。だが、匂いが違う」


「匂い?」


「ウル=マリスの灰は、もっと熱の匂いがする。これは冷たい」


リシェは眉を寄せた。


「灰が冷たい、ですか」


「正確には、燃えた感じがしない。焼いたんじゃない。抜いたあとに残った粉だ」


「名を?」


ルゼは答えなかった。


答えないことが、答えだった。


リシェは棺を見下ろした。


空欄の葬送札。

空の棺。

内側に残る文字未満の傷。

冷たい灰。

そして、鳴るはずのない眠りの鐘。


何かが、この棺から死者を奪った。


遺体ではない。

名を。

記録されるはずだった何かを。


そのとき、受付所の奥から小さな音がした。


かたり。


札棚の一角で、白い仮札が揺れていた。


リシェとルゼが同時に振り向く。


風はない。

受付所の扉は閉まっている。


札は一枚だけ揺れていた。

番号の書かれていない、空の仮札。


ルゼの顔が険しくなる。


「触るな」


リシェは頷き、ゆっくりと札棚へ近づいた。


揺れている札は、他の札と同じ白木でできている。

だが、表面がわずかに黒ずんでいた。

墨ではない。

焦げでもない。


白が、内側から痩せていくような黒ずみだった。


リシェの耳の奥で、また何かが震えた。


今度は、ほんの少しだけ声に近かった。


――お……


リシェは息を止める。


「聞こえたか」


背後でルゼが言う。


「まだ、声ではありません」


「じゃあ、何だ」


「声になる前のものです」


「厄介な返事だな」


「私もそう思います」


リシェは札に触れようとして、直前で手を止めた。


オルヴァ主任の言葉が頭をよぎる。


空白は、沈黙とは違う。

沈黙にはまだ意志がある。

だが空白は、意志ごと削る。


リシェは手を引いた。


「これは、終名聴取の前に準備が必要です」


「賢明だ」


「ただし、記録庁の帳には入れません」


「もっと賢明だ」


リシェは振り返った。


「ルゼさん」


「何だ」


「この件に、空名会が関わっている可能性はありますか」


ルゼの顔から、ほんのわずかに表情が消えた。


それは一瞬だった。

だが、リシェは見逃さなかった。


ルゼはいつものように肩をすくめようとして、途中でやめた。


「名前を消す連中は、空名会だけじゃない」


「では、空名会ではないと?」


「そうも言ってない」


「はっきりしてください」


「はっきりさせるには、まだ札が足りない」


ルゼは棚の仮札を見上げた。


「だが、ひとつだけ言える」


「何ですか」


「これは善意の顔をして来る類いのやつだ」


リシェは黙る。


善意の顔。


その言葉は、空欄の棺よりも不気味だった。


悪意なら、拒める。

暴力なら、止められる。

だが、救いの言葉で近づいてくるものは、もっと深く入り込む。


死者にも。

生者にも。


ルゼは棺のそばへ戻り、星屑と書かれた仮札を見下ろした。


「記録官」


「はい」


「この棺を、空白墓地へ戻す前に、もう一度だけ現場を見ろ。棺だけ見てても駄目だ。棺が通った道と、葬列にいた連中を見ろ」


「参列者の証言は取ります」


「証言だけじゃなくて、忘れ方を見ろ」


「忘れ方」


「人は、忘れるときにも癖が出る。顔から忘れるやつ。声から忘れるやつ。名前だけ忘れるやつ。悲しみだけ残るやつ」


ルゼは指で仮札を押さえた。


「今回の連中は、たぶん名前から抜かれてる」


リシェはその言葉を調査帳に書き留めた。


――名前から抜かれている。


文字を書いた瞬間、インクがわずかに滲んだ。


リシェは眉をひそめる。


ルゼも見た。


「ほらな」


「まだ何も聞いていません」


「聞く前から、向こうが聞いてるんだろ」


受付所の冷気が、ひときわ深くなった。


リシェは調査帳を閉じた。


「空白墓地へ向かいます」


「一人でか」


「職務です」


「職務って言葉は便利だな。死にに行くときまで使える」


「縁起が悪い言い方はやめてください」


「死者名記録官がそれを言うのか」


「生きている間は気にします」


ルゼは鼻で笑った。


「なら、これを持ってけ」


彼は机の引き出しから、小さな仮札を一枚取り出した。

何も書かれていない白札だった。


ただし、端に小さな銀の留め具がついている。


「これは?」


「迷子札」


「私は迷子ではありません」


「死者に引っ張られた記録官は、だいたい迷子になる」


「経験談ですか」


ルゼは答えず、札をリシェの調査帳に挟んだ。


「もし自分の名前が遠くなったら、それを握って自分で名乗れ」


「自分の名前が遠くなる、とは」


「そのままの意味だ」


ルゼは少しだけ目を伏せた。


「呼ばれない名前は、案外すぐ冷える」


リシェは、胸の奥に小さな違和感を覚えた。


ルゼの言葉は、ただの知識ではない。

彼は、それをどこかで経験している。


あるいは、誰かをそうして失ったことがある。


だが、今は踏み込むべきではないと思った。


「お借りします」


「返せよ。備品じゃない。私物だ」


「大切なものですか」


ルゼは少し考えた。


「大切だったかもしれないものだ」


その答えに、リシェは何も返せなかった。


受付所の奥で、星屑と書かれた仮札が、かすかに揺れた。


まるで、その呼び名を嫌がるように。

あるいは、呼ばれたことに気づいたように。


リシェは棺を振り返る。


空っぽの棺。

内側に刻まれた文字未満の傷。

冷たい灰。

星屑という仮札。


そこに死者はいない。

けれど、何かは確かに残っている。


リシェは静かに息を吸った。


「行ってきます」


ルゼは机に戻りながら手を振った。


「死者が急がなくても、生者は急げ」


「さきほどと違うことを言っています」


「状況が変わった」


「勤務態度も変えてください」


「それは別件だ」


リシェは少しだけ呆れた顔をし、受付所の扉へ向かった。


背後で、ルゼが椅子に腰を下ろす音がした。

茶杯を持ち上げ、冷めきった茶をまた飲んで、また顔をしかめる。


「やっぱりまずい」


「淹れ直してください」


「死者は急がない」


「茶は急いだほうがいいです」


扉を開ける直前、リシェはそう言い残した。


外の朝の光が、受付所の冷たい床に細く差し込む。


リシェが出ていったあと、ルゼはしばらくその扉を見ていた。


それから、机の上に置かれた白い葬送札へ視線を落とす。


空欄。

何も書かれていない。


ルゼは低く呟いた。


「……空白のままじゃ、寒いだろ」


彼は新しい白札を一枚取り出し、筆を持った。


少し迷ってから、もう一度、同じ仮札名を書く。


星屑。


その文字が乾く前に、受付所のどこかで、小さく木が軋んだ。


ルゼは顔を上げた。


棺の中には、やはり誰もいない。


けれど、内側の傷のひとつが、さっきより少しだけ深くなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ