リカゴ街
身体が鉛にでもなったかのように重い。長い距離とはいえ徒歩、それも少しづつ休憩しながら歩いていたにも関わらず、全身が疲労していた。ふくらはぎが爆発しそうな程膨れ、スライムに呑み込まれたかのように身体が思ったように動かず一動作するにも疲れる。
そんな状態で俺達はある一室の石造りの長椅子へと倒れ込むように腰をかけた。座っただけなのに疲労が急激に取れた感じがして心地いい、ゴルドもレネも思わず声が漏れ、ウラロに関しては目の前の長机に寝そべって気持ちよさそうにしていた。
ここは王国側の最前防衛線、リカゴ街にある騎士団の防衛基地だ。元々街の中心にデカデカと基地があった訳では無いが、魔王軍の進行の都合がある故緊急で建てられた。時間はそこまで余裕はなかったろうに中々立派な建物だ。
ゴルド達の故郷、ナブリット村で俺は魔王軍の軍勢を撃退したが、それで前線は進行した訳ではなく寧ろ後退した。俺の倒したのなんて一部隊でしかないんだからな、当然の結果だ。
つまり、いまゴルド達の故郷は魔王軍の物、消滅したといっても過言ではない状況だ。この基地へ来てここの責任者と話した時に分かった事で、ゴルド達は少なからずショックは受けていたが意図も簡単にその事実を飲み込んだ。きっと、王都へ行く時から薄々勘づいていたのかもしれないな。
「ふぅ〜...よし、疲れてるだろうけど早速作戦練るぞ〜。ほれ、皆集中だ。」
俺は両手を叩きながら注目を集めるが、三人とも疲労困憊で冷ややかな目をぶつけてきた。
「んだよ〜、ちょっとくらい休もうぜ?もう俺はクタクタだぞ....」
「それは作戦練った後にしてくれ。お前らが休んでる間に俺だけでも見直したいからな、我慢してくれ。」
「えぇ〜?...お!そういえば、多数決をやる取り決めだよな?それじゃあよ、多数決やろうぜ!」
「駄目だ、却下。命の危機とか重要な場面だったらまだ分かるが、俺の我儘くらいは付き合ってくれよ。」
ウラロとレネは嫌々ながらも椅子に座り直し、ゴルドはネチネチずっと文句を言った。しかし、二人に諭され、口を尖らせつつも会議に参加。
図体の割に結構面倒なところあるな。
「....じゃあ気を取り直して、皆で考えるとしよう。魔塔・ギングスタンにどうやっていくのか。」
魔塔・ギングスタン。それはこの街から見える魔王軍の前線にある巨大な建物をそう呼んでいる。キングスタンは既に王城レベルで大きいが、未だ建設中の痕跡が見えることから更に大きくなっていくことが予想される。
魔王軍との戦いで前線に見えるほどの建物を建設し始めたのは歴史を遡っても初めてのことで、騎士団は目に見えない危機に慌てていた。
何故これを建てたのか定かではないが、一番有力な説は最後の仕上げをする為だとここの責任者は言っていた。ここは距離が離れているとはいえ、手を伸ばせば王都の首元に手が届く。故に、ここが王都侵略する為の中間基地だと言う。
その説が本当なのなら、あそこには相当の魔王軍の戦力が集まっている。とてつもなく恐ろしい現状だが、逆に言えばここを何とか潰すことが出来たのなら、魔王軍は相当な痛手を負う。一気に前線を塗り替えられるだろう。
乗り込む気満々だった俺だが、それ自体をあまりよく思っていないのか、レネは不満そうに声を上げた。
「その事なんだけどさ...無理して乗り込む必要ないんじゃない?危険区域抜けたら直ぐに魔塔って訳じゃないし、小さな基地が点々としてるんでしょ?ならまずは前線基地を潰して、王国側の前線を上げることに専念しましょうよ。そうすれば、魔塔に騎士団も干渉出来そうだし。」
「それじゃあ俺達が騎士団関係なく行動できる意味が無い。少数人だからこそ潜伏ができ、奥底に潜り込めるってものだ。やっぱ暴れるのは外からじゃなく中からの方が効果的だからな。」
「それはそうだけど、言ってしまえば周りが全部敵って事よ?騎士団の援助もない、孤立無援で殴り殺されちゃうのは目に見えない?」
「そうだな。だけど、今は王国側は絶体絶命って言ってもいいほどに押されている。魔王軍の勢いを潰す為にはこれくらいの事をしないとなと俺は思ってる。」
俺はその場で立ち上がり、三人に俺の心の熱を伝えるように続けて話をした。
「多数決で決めてもいいが、俺は魔塔に絶対に潜り込みたい。未だ俺達人間は魔王城へ辿り着いた試しがない。だから、俺達がその場所へ行く前に寿命でくたばる可能性も十分に有り得る。
無謀かもしれないが、少しでも俺は近道をしたいんだ。」
俺は正直、多数決で違う道に決定したらパーティーを抜けてでも一人で行きたい。だが、そういうことをしたり、それを脅し文句で言ったら取り決めの意味が無いから従う。だからこそ、熱く熱弁した。
すると、その熱が伝わったのかゴルドは頬杖しながらも微笑んでくれた。
「いいんじゃね〜か?お前の気持ちは分かるし、そういう暴れんのは俺も好きだしな。周りの基地とか潰してる間に魔塔で準備完了されたら、それこそ俺達のした事が無駄になることもあるだろうし、俺は乗った。」
「....ウラロは怖いから安全に行きたい。だけど、ゴルドの言う通りかも。ウラロも賛成かな?ダンジョンで魔物に囲まれてウラロ達だけって状況は今まで何回もあったし、何度も乗り越えてきたから今度も何とかなるかも。」
ゴルドだけでなくウラロまで賛同してくれた。俺は嬉しさを胸に秘めつつレネに目線を向けると、彼女は嬉しそうにしながらもため息を吐いた。
「はぁ〜...多数決って事ね。いいよ、私も乗る。アンタが暴走してるって訳じゃないし、やってやろうじゃない。」
「有難うレネ。...魔塔に行くにはまず危険区域を抜けないとな。魔王軍が誘導してロー・オークが蔓延っているだろうけど、ここは慎重に動けば抜けられるだろう。
問題は無数の基地だが....ここをどうするかだな。」
俺は机に地図を開き、そこに描かれている地形を睨むように見つめる。魔塔が建てられている場所は目測で凡そ判断がつき、危険区域から少し離れた場所にあると推定される。そして、危険区域から魔塔までの間にも何個か基地が設置できるスペースはある為、これも凡そ予想がつく。
「恐らく、二・三は基地があるだろうな。ここの基地で俺達が見つかり戦闘にでもなったら魔塔は防御を固めちまう。そうなったら中で暴れることなく、外で四方八方から魔物の軍勢に潰されるだろうな。」
「そこは状況判断でしかないんじゃない?基地が何個あってどこに設置しているのかなんて分からないし、何とかなる感じで行く以外私には思いつかない。」
「まぁ確かにな...でも、ここで考えられる限りは尽くしたい。何か考えはないか?皆。」
俺含め全員が何とか良案を探そうと考えていた。だが、俺に関しては全く思いつかない。俺のスキルなら、多少の目は盗めるがゴルド達はそのスピードを出せない。何とかして基地にいる魔物の目を盗んで魔塔までいけないだろうか....
すると、この中で一番頭の回転が遅いであろうゴルドが口を開けた。
「それじゃあよ、ここで小さな爆弾とか大量に用意して、どうでもいい方向にぶん投げて音に奴らが反応している間に進むってのはどうだ?中々いいんじゃないか?」
「ゴルド...あんたねぇ〜?そんなのしたら何かが潜んでるって思われて警戒されるのがオチじゃない!私達の目的分かる?潜伏なのよ潜伏!変に警戒されることしたら意味ないじゃない。」
「な、なんだよ。そんなに責めることないじゃないかよ....俺、必死に考えたのに。」
レネの言葉に似合わずしょんぼりとするゴルド。彼的には自信があったのだろうな。
だが、俺はそれをキッカケにある案を思いついた。
「...それなら、匂いはどうだ?」
「どういうことベグド?匂いで私達の存在を消せるなんて意味不明なこと言わないわよね?ゴルドじゃあるまいし。」
「いや、ゴルドの案のように誘導に使うんだ。ロー・オークは遊びでたまにこっち陣営に色々ゴミとか何やらぶん投げてくるだろ?だから、逆に魔王軍の方にもしてる場合も考えられる。
何か臭いが充満した煙玉か何かを用意して、それに気を取られている間に行動するのはどうだろうか?」
俺の意見はすぐに反対されることはなく、レネは目を瞑って考え込んでくれていた。因みにゴルドも色々と悩んでいたが、ウラロに関しては飽きて欠伸をしている。
「...まぁそのくらいしかないわよね。魔王軍がどんな形で基地を配置してるか分からないし、これ以上はただ時間の無駄な気がする。私はそれで良いと思うけど。」
レネの賛成を筆頭にゴルドも頷いた。ウラロに関してはウトウトしていて賛成しているのか寝落ちしそうなのか分からなく、俺はそんな彼女を見て少しイラッとした。
「....じゃあウラロも眠そうにしているから、これくらいにしておこうか。皆は休んでくれ、俺は煙玉を調達してくる。」
「大丈夫?アンタだって疲れてるでしょ?私も手伝うわ。」
「大丈夫だ。それにレネ達は俺の歩くペースに着いてきてくれて、大分疲労が溜まってるだろ?すぐ買ってすぐ出発じゃない、俺だって小休憩するから遠慮なく休んでくれ。」
そうして俺は申し訳なさそうに見送るレネと目を閉じて寝ているゴルドとウラロを置いて街へ買い出しに出た。別に目的の煙玉だけじゃない、他にも食糧だったり、気になった物を買った。戦いと関係ない、自分の私欲の為の物もだ。
買う気すら無かったが、無理矢理その感情を叩き出した。それは王都でのカリの言葉を意識した行動だ。こういうことで合ってるかどうか分からないが、皆の金を私利私欲の為に使い、食べ歩く。
これをしたからどうなるって言われると俺も困るが、王都の時の俺は異常だった。俺はあの時カリの言う聖人になっていたのか?そしてその聖人になることに何の抵抗感も恐怖心もなく、寧ろまたあの感覚を味わいたいという高揚感を感じている俺に少なからず恐怖を感じる。
聖人になったからどうなるかは知らないが、カリの言う通りならロワンと会うことが出来ない。聖人になりたくない理由には十分すぎる。
「ふぅ〜...難しいもんだな。悪人、善人、聖人...加減がわからん。カリももうちょっと具体的な事を教えてくれればいいのに....」
俺はブツブツ文句を言いながら皆の金で干し肉を食べ歩いた。勿論、カリに文句などあるはずもなく、これも敢えて不満を出している俺の意思によるものだ。