腑の魔女13
「さぁて」
わざとらしく勢いをつけて椅子に腰を下ろす。
隣には既にクロスが座し、前方には寝台から上体を起こしているデザンの神妙な顔があった。
クロスの配慮により、スノウル女公は他の入院患者がいる寝台室より更に奥の個室に寝かされていた。
「よくも、この私に病気を隠してたわね。2年も隠し通すなんて大したもんだわ」
小振りな眼鏡の位置を直しながら皮肉をぶつける。
実際、憤りのようなものは覚えていた。
「あんたは今、あたしの技術じゃなくて、ただの運で生きてるのよ。先天ヘレズイ病、聞いたことはある?」
「いや」
デザンは些かも怯んだ様子を見せなかったが、反抗するような態度もなかった。
「あんたの心臓の形は、生まれつきおかしくなってるのよ。体が温まったり興奮した時に、悪心か胸痛があったはず。その状態が続いて、心臓の血管が詰まったの」
病気の説明を受けても、動じてはいなかった。
自分が倒れた瞬間に、ある程度は理解していたのだろう。
もしくは、まだ麻酔が効いていて感覚が鈍いのか。
「そうか、迷惑をかけたな。いつごろ退院できる?」
「10日後再手術よ。その後の経過観察も含めて一ヶ月は居てもらうわ」
「手術、もうしたのではないのか?」
「あんたが今すぐ死にそうだったのを取り敢えず何とかしただけよ。おかしくなったままの心臓を治すためには、もっかい切んなきゃダメ」
デザンが顔を僅かにしかめる。元々、しかめ面ではあったが。
「それは困る。いま重要な仕事の最中だ。知っているはずだ」
「悪いけどそんな事あたしに関係ない。あんたが病気だと分かったからには、何があろうと治療させてもらうわよ」
「命じたくはないが、命じるべきか?」
「関係ないって言ったでしょ、殺したきゃ殺せばいいわ。あんたの意思なんて求めてない」
医療については、テコでも決して動かない。
デルグンドラ全軍、否、全世界中の人間が向こうに回ろうと、彼女は命尽き果てる瞬間まで妥協を許さないだろう。
デザンは、初めてため息をついた。
こうなることが分かり切っていたから、恩人である"腑の魔女"にすら打ち明けられなかったのだ。
病そのものを甘く見ていた、というのも秘匿の原因ではあったが、秘密を守って当主のままで居させてくれるなど天地が返ってもあり得ないのだ。
彼女が当主として相応しくなくなれば、御家は断絶するか、大恥をかいてしまう。
自分が我慢さえしていればいい。故に、医者にすら打ち明けなかったのだ。
だが、こうなってしまっては、暫くの間は誰かに事業の進行を仕切ってもらわなくてはならない。
かと言って書記のバンカシンや講師のハラインラッドなど、地元の人間に頼んでは、自分の病気が知れ渡ってしまう。
と、なると、選択肢はたった一つだった。
「クロス」
「はい」
予感していたのか、彼は直ぐに応えた。
「私が治るまで、計画をお前に任せなくてはならないようだ」
「承知しました……と、言いたいところですが」
折り畳んだ羊皮紙一枚を差し出す。
それを受け取り、訝しげに開き始めるデザンに、クロスは口頭でも内容を説明した。
「ディゴ荒野の大規模街道整備事業は魔女協会による提案という形で実現させていただきます。主に予算編成と労働力の提供、企画責任の面で事業に協賛していきますが、魔女の受け入れ先として今後ディゴ荒野地方を活用させてもらいたいとのことです」
渡されたのは、事業計画書の一枚目、表紙にあたる部分だった。
そこにははっきりと魔女協会が発起者であること、スノウルが協賛人の一人として名が連なっていることが記されていた。
「事業乗っ取り、というわけか?」
羊皮紙の下部には街道の略図も描かれている。
スノウル領を含んだ放射状の道筋は、デルグンドラ諸侯が一つの勢力として結合し、独立するような様相を思わせた。
「事業買い取り、と言ってください。スノウル領に街道を引くにあたっては、これが最も有効なんです」
ディゴ荒野に街道を引くという大事業を主導する母体として、スノウルと魔女協会のどちらが成功の確率が高いか。
未開発の荒野の片隅で身を寄せ合う一領主か、それとも全世界の様々な業界に精通し技術力とコネも事業の経験も豊富な魔女協会か。
それは最早、語る必要すら無いだろう。
「まったく」
疲れたように背を寝台に預ける。
手術跡が微かに痛むのか、左手でさすりながら羊皮紙を膝に置いた。
「魔女どもめ」
忌々しげな呟きではなく、呆れたような声だった。
そして、誰にも気付かれないほど小さく、微笑みを滲ませた。
「ヘラシュ=ノグさん」
デザンの病室から戻る途中で、クロスは"腑の魔女"を呼び止めた。
「何?」と振り向いた彼女の眼前にあったのは、クロスの手のひらの上で鎮座する小箱。
その瞬間、彼女の両目が見開かれたのがありありと見て取れた。
「統王様から、あなたに渡すようにと預かったものです。今まで渡しそびれてしまっていたのですが……」
震える手で、小箱を受け取る。
手元で回して眺めながら、喉を震わせた。
「これ、御典医の試験だわ。試験で解いたやつ」
構造に対する洞察と理解は医者の資質。
このパズルボックスは、それを量るための試験の場で出題されたものと全く同一だった。
まさしく、彼女が試験で解いたパズルボックスそのものなのである。
カンニング対策のため、パズルボックスは受験者一人一人専用の品で、この箱は世界でこれ一つしか存在しない。
つまり、解けるのはパンタント・ヘラシュ=ノグだけということである。
「開けてみましょう!」
その事実に思い至り、クロスも興奮気味であった。
素直に、やや上ずった声で「うん」と応え、木組みの箱を開き始める。
突起を動かし、隠し戸を開き、木目から暗号を読み解き、自壊のカラクリを定まった手順で解除。
およそ20もの仕掛けが詰まった箱を一つ一つ、手慣れた様子で滑らかに解いていく。
服を編むような大胆さと、脳を手術するような精密さで、完璧に箱を開く。
そうして箱はあっという間に開かれた。
完全に平面の板となった箱は全ての金属部品を脱ぎ捨て、中央に一枚の手紙とペンダントを残していた。
"腑の魔女"はまずペンダントを手に取り、目の前にぶら下げる。
「これ、母さんの」
彼女の母が大事に身に着けていたペンダント。
どうしてここに? などと考える暇もなく、自然な揺らめきが裏面を晒した。
そこにあるのは、王家──ハーバント家の紋章だった。
首のエラ痕が浮き上がる。
それは"腑の魔女"がスロヴの血を引く、明確な証であった。
息を切らせながら、今度は手紙を手に取る。
そこに記された字の形に、クロスは見覚えがあった。
統王の直筆だ。
『君に心から謝罪したい。
君の名はパンタント・ヘラシュ=ノグではない。
本当の名はパンタント・コードラン・ハーバント。
私の娘だ』




