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魔女はペン先と黒インクにて集う  作者: wicker-man
光の章
25/211

光の魔女2

『"光の魔女"の専門は名前の通り、光学と照明工学よ。モル・ニスの街に研究所兼工房の施設を建てて『クルーラー・グーニィ光陽社』なんて看板を掲げてるわ。

 そこではレンズの生産と照明器具の設計、一部生産を行なっているわね。特にレンズなんかはものすごく儲かってるみたいよ。

 彼女自身はかなりの目立ちたがり屋の派手好み。パイレンの暗森エルフの出だけれど、先代の"腑の魔女"に育てられたからエルフ文化には全く触れてないわね。

 "腑の魔女"が代替わりしてからは、10年間空座だった"光の魔女"を継いで、次々と革新的な技術や発明を世に送り出し続けているわ。いわゆる天才型よね』




大トカゲ車の荷台で揺られながら、相互紙より送られる情報に目を通していく。

馬車に比べて、大トカゲ車はいくぶん揺れ幅が大きいため、乗りながら返事を書くことはできない。

故に、一方的に送られてくる情報を読むばかりである。


「あんちゃん、着いたよお!」


御者の呼びかけで顔を上げ、周囲に注意を向ける。


「あれがモル・ニス市さ」


やや得意げに御者が指差した前方を見たならば、板塀と空堀に囲まれた街並みが平野に立つ姿が見えた。

それは威容や格式に於いてはタルギンに劣るものの、実直さと活気、規模では迫っており、商人らしい効率に満ちた街だった。

様々な方向から関所に伸びた何条もの轍には全て大トカゲ車が乗っており、関所の前では渋滞を起こしている。

衛兵には屯所の正規兵の他、軍装の異なる傭兵の姿もちらほらと見られた。

どうやら正規兵が手続きを行い、その間傭兵が関を防備するという分担のようである。


「傭兵が街の警護をしてるんですか?」

「アルヴァンス島の"流木団"だ。ヴァレク候の時代から、奴らは雇い雇われの関係だった。なんせどっちも北のデルグンドラ諸侯とは敵対してたからな。ヴァレク家は滅んで、デルグンドラとアルヴァンスが統王に臣従しても、それ以前の関係が消えたりはしねぇのさ」


己の知識を誇るように語る御者。

仕入れ人だけあって、中々の事情通のようだった。


「お前さんはこの辺で降りなよ。トカゲ車は渋滞で暫く足止めだからな」

「そうですね」


身を乗り出して荷台から飛び降りる。


「ありがとうございました」

「いいってことよ。暫くは換勘場あたりに詰めてっから、よけりゃあ出る時にも声かけてくんな」


クロスは御者に数枚の紙幣を握らせ、御者は帽子を軽く浮かせて礼とした。

小利に敏く、商い心を忘れない。まさにモル・ニスがどのような土地なのかを象徴した男であった。


徒歩で関所を通る。

一度衛兵に呼び止められたが、魔女協会の紋章の刺繍を見ると、そのまま通してくれた。

"光の魔女"から既に話が通っており、責任を持つ旨が伝達されていたのだ。


モル・ニスの街並みは、タルギンとは明らかに異なっていた。

碁盤の目状に整理された区画、立ち並ぶのは生産所や加工所ではなく商店や卸売倉庫。

簡素な店構えや露天商から、歩き売りに、立派な大店まで、この世のありとあらゆる商店形式の見本市のようである。

地図を見ると、民家は南東部に集中し、目的地である『クルーラー・グーニィ光陽社』は北西部にあるようだった。

街は一本の川に貫かれ、環状の運河も整備されており、東へ伸びる川は恐らく海まで続いているだろう。

この水運を元にモル・ニスは発展を遂げ、統王による街道整備で最盛を迎えていた。


市場に踏み出すと、活気溢れる露天商の並びに、悠然と構える大店、行き交う物売りと客たちで溢れていた。

だがタルギンと違い、きちんと計画的な区画整理がされているためか、人通りは多くても混雑はしていない。

人の間を縫って進むだけの空間の余裕は必ず確保されており、客たちの買い物にも滞りはなかった。

とはいえ、地図を広げる空間までは無い。

クロスは致し方なく、果物売りからヨロイヤシの実を買い、道を訊ねる。




「ここかぁ」


十数分後には、彼はその前に立っていた。

宝石を散りばめた大理石の建材に、古の神殿を思わせる荘厳な建築様式。

全ての柱と梁は金細工の意匠で縁取られ、輝く白磁の紋章が出入り口の頂点に堂々と据えられている。

その巨大さと壮麗さは、まさに光そのものであり、実用主義の街中にあって明らかに異質であった。

ここが『クルーラー・グーニィ光陽社』。輝く金と白と石の殿堂である。


「すご」


滅茶苦茶な光の威容に、素直な感嘆が漏れてしまう。

彼は暫しの間、その光に見とれていた。

ここまでの光に覆われた建物は、この世に二つと無いと確信できた。


外観を堪能した後は、内部も気になるものである。

あまりの異質さゆえ、躊躇われはしたが、もとより役目のためには入らなくてはならない。

意を決し、立ち並ぶ石柱の間を抜けて中に入る。


内部は、外観をほぼそのまま建物の中にも引き込んだような豪奢さであった。

白磁の壁と天井、大理石の柱、金の壁掛け燭台には宝石がはめ込まれ、至る所に無意味に彫刻や金の装飾が施されていた。

それらを抜けた奥には受付が置かれており、大理石製の受付カウンターでは、一人の女性がクロスを待ち構えていた。

真っ白に染め抜かれたローブと手袋に金縁の片眼鏡という出で立ちであったが、エルフではない。"光の魔女"ではなく、単なる受付嬢のようである。


「あの」

「クロス・フォーリーズ様ですね? お待ちしておりました」


一声かけた瞬間、即座に対応があった。


「社長を呼び出しますので少々お待ちください」


受付嬢はカウンターからカンテラを取り出すと、中のロウソクを取り替え、火を灯す。

金色の火を湛えたそれを持って天井に手を伸ばすと、天井の彫刻から僅かに突き出していたフックに引っ掛けた。

その瞬間、彫刻が開き、フックと鋼線によって、カンテラは上へと続く縦穴へと引き込まれていった。


「わぁ」


ここでも素直に感心を示すクロス。

壁や天井の彫刻や装飾全てにこのような構造が仕込まれているのだとしたら、あながち無意味なものではないのかもしれない。

流石は魔女の拠点、といったところだろうか。


受付カウンターからは左右に向かって廊下が伸びている。

どちらかから姿を現すだろう。そう思い、頻繁に左右を確認していたところで、


「暑いわー!」


後方の、金で縁取られた壁の一部が開いた。

手で顔を仰ぎながら歩み出てきたのは、一人のエルフだった。


「魔力昇降機はやっぱり水冷式だわね。回路と巻き取り構造が熱持って仕方ないわ」


彼女は大声で独り言を呟きながら、閉じた扉に文字を書き始めた。

羽ペンではなく、ゴラの毛を束ねた毛筆であった。


「水冷式の弱点はわかる? クルーラー。そう、設備の大規模化と配管の造成上の脆弱性ね。整備点検に要する物資や労力に加えて、維持のための技術水準を保ち続けなきゃならない。そんな資金が今の光陽社にあるかしら? もちろんあるわ。だから、さあ、やって」


独り言とは思えぬほどの早口で捲し立てながら、筆を速める。

クロスが恐る恐る近づき「あの」と声掛けすると、指を立てて制した。


「クロス・フォーリーズでしょ? 当然知ってるわ。でも待ちなさい、あなたは私に会うために90時間以上かけてやって来た。だからあと数分程度なら、一切の問題なく待てるはずじゃない」


振り向きすらせず、筆を速め続ける。

きっぱりと、そう魔女に言い切られては返す言葉もなく、クロスは一歩引いて待った。

その間に、彼は、彼女を見た。筆を走らせ続ける横顔を見た。


純白の腰丈ジャケットと膝上スカートには、金縁の装飾と銀色のラインが引かれ、受ける光の全てをあらゆる方向へ反射する。

金色のヒールは踵を高く持ち上げ、足首には金銀水晶の三種のアンクレット。

腰の革帯には細やかな錫の意匠が施された銀板が全体に渡って何枚も貼り付けられ、更に色とりどりの宝石が繋がれたチェーンがぶら下がっている。

頭には金縁と"光の魔女"の紋章の形に削り上げられた赤水晶の装飾が施された、純白のとんがり帽子。

眼鏡は金縁の上に、細やかな光る粒が弦に溶け込むようにして散りばめられていた。

それらは全て、彼女の白磁のごとき肌を飾り立て、溶け合っていた。

ただ一つ、ジャケットの下に着ている純白のシャツに、乱暴な筆跡で大きく書かれた「Dicen'd hal bain」の真っ赤な文字だけが印象から浮き上がっていた。


全身を白と宝石と金で飾り立てた、色白のエルフ。

鼻は高く、耳は尖り、眼鏡の奥で輝く瞳は緑。これらの共通があっても、彼女がエルフだとは余人には見抜けないだろう。

閉鎖的で保守的だが、効率的で合理的でもある。彼女はそんなモル・ニスとエルフ種族の特徴に対して、全身で背いていた。

全ての指にはめられた指輪の擦れる音が響く。

あらゆる指輪は金製か、宝石がはめ込まれているか、その両方か、のいずれかであった。


彼女こそ8代目"光の魔女"にして光陽社の代表、レンズの発明者、光輝の白き魔女、森に弓引く者、クルーラー・グーニィその人である。


「はい終わり!」


筆を投げ捨て、両耳の6つのピアスを揺らしながら嬉しそうに振り向く。

だがその視線は、クロスの奥へと向けられていた。


「エリンベル! あとでこれを技術主任に見せといて」

「かしこまりました」


後方から受付嬢の声が響いた。

グーニィは満足そうに頷き、いきなり歩き出す。

その後をクロスは慌てて追った。


「えっと、"光の魔女"様ですか? 魔女協会の使いの者です」

「わぁーかってるって言ったでしょ? だから当然あたしの名前も知ってるわよね? 自己紹介は省くわよ。あ、でもそれをするためにあんた来てるんだっけ? まあいいわ、まあよくないかな?」


幾度も首をひねりながら、速度を一切落とすことはない。


「あの、招待状を、これです」


何とか追いすがりながら、招待状を差し出す。

しかし"光の魔女"は受け取るどころか、さっきから振り向きすらしない。


「えーと、儀式が必要なんだっけ? アレよくわかんないわよね。相互紙じゃダメなのかな? まあ! 相互紙なんて、久しぶりの響きね。クリンに任せっきりだったもの。帽子は必要よね?」


その殆どは独り言のように聞こえた。

もしかして自分の声は幻聴か何かのようにしか受け取られていないのだろうか。

そんな心配を抱きつつ、とにかくついていくクロス。


だが、"光の魔女"はとにかく廊下を進むだけだった。

回廊を進み、すれ違う部下の作業師や事務方、魔法使いたちの挨拶を受け流しながら歩き続けている。

回廊の途上には上り階段や下り階段もあり、いくつもの部屋もあったが、そのどれにも足を運びはしなかった。


「あの、どこへ向かってるんですか?」


堪りかね、遂に訊ねる。

返ってくるのは、相変わらず大きな独り言であるが。


「そのクリンを探してるのよ。正確無比に言うなら探してもらおうとしてる、かしらね? あたしがいきなり昇降機に飛び乗ったから心配してるかも? 心配してるわよね〜悪いことしちゃった。と、こういう話をしておけば、実現するものよね」


言葉通りかどうかは計りかねるが、そこでちょうど、前方から一つの人影が走って来るのが見えた。

光り輝く小柄な"光の魔女"とは正反対の、全身を黒衣で包んだ長身の人物だった。


「クーリーンー!」


名を呼ばわりながら大きく手を振ると、黒衣の人物はますます速度を上げた。

"光の魔女"はやっと足を止め、黒衣の人物は彼女の前で止まった。

かなりの速度だったはずだが、息切れはしていなかった。


「光陽、私を常に傍に置くように、と何度申し上げればよいのですか」


中性的な顔立ちに四つの目、声色は女性で、女性特有の二又の尾。

魔界主要種族の一つ、アーゲルン人の特徴だ。


「いやぁ、悪いわね。昇降機を早く試したくてしょうがなかったの。魔力使うと熱くなりすぎるってわかったわ。長持ちさせるには水冷式がいいかしら? 空冷式がいいかしら? 私のオススメは水冷と薬冷の組み合わせよ!」

「魔力って、まさか魔法使ってないですよね!?」


クリンが躊躇いなく"光の魔女"の胸に右手を押し付ける。

四つの目のうち二つが閉じられ、数秒後には再び開かれた。


「よかった、魔法は使っていないようですね」

「当たり前じゃないの。言いつけは破らないわよ、破る必要が出るまではね。理由をつけてあたしの薄っぺらい胸触りたいだけなら、好きなだけ触っていいわ。あれ、よくないかな? よくないかも」

「一人で行動するのが悪いのですよ。もっと自覚を持ってください」


やり取りを交わしながら、胸から手が外される。

しかしクロスは、目が閉じられている間、荷物から下げられているカンテラの火が微かに反応していたのを見逃していなかった。


アーゲルン人が具える最も顕著な特徴。それが魂感応である。

本来ならば相互に干渉しないはずの魂に於いて、彼らのみが互いの個別性を保ったままでの感応を可能にする。

ソウルテイクは彼らの性質を検証し、模倣し、体系化した技術に過ぎない。

この性質によって、アーゲルンは魔界の主要種族の一つとなるまでに隆盛したのだ。


「その方は?」


やり取りが落ち着いたのか、話がクロスに移る。

"光の魔女"は目を丸くしながら「誰?」などと聞き返したので、クリンは自らクロスに歩み寄った。


「あ、どうも、私魔女協会の使いの者です。クロス・フォーリーズと申します」


先んじて名乗りつつ礼をする。

それが効いたのか、クリンも破顔し、礼を返した。


「魔女協会の! お話伺っております、私"光の魔女"従者のクリン・ヴィ・カントと申します」


返しの名乗りと共に、右手が差し出された。

クロスが「Clin vi (死の) kant(残り時間)ですか?」と訝しみながらも握手に応えると、異常に気付いた。

その異常は彼にとって、即座に一つの答えへと結びつけられるものであった。


「ええ、死人ですから」


掴んだ手は、あまりにも冷たかったのだ。

魔女協会領やシリネディーク城で暮らす、数多の死人たちと同様に。

だから彼女は廊下を走っても、息一つ切らせていなかったのである。


「え、自我持ちってことは、今の協会長から派遣されて来たんですか?」

「そうです、主に光陽様の身の回りのお世話や取次や雑務をさせて頂いています」

「へぇー、こんなところで同郷者に会えるとは思いませんでした。よろしくお願いします」

「こちらこそ」


軽い挨拶が終わると、クロスは既に"光の魔女"の姿が無いのに気付いた。

「あの」と声をかけつつ後方を指差すと、振り向いたクリンが即座に再び走り出す。

やはりその後を追うクロスであったが、荷物を負ったまま追随するのは大変に体力が要った。


結局、二階の回廊をぐるぐると回り続けていた"光の魔女"と再会するまで、8分は走り通しであった。

彼女が二階の回廊を回り続けていた理由も、先ほどと全く同じであった。

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