法の魔女7
「へぇ、いきなり外でズドドドーッてものすげぇ音がして、びっくりして酒をこぼしたもんですから、文句言ってやろうと思って外出ましたら、あの女がいたんでさ」
第二回審理は昼を回ってすぐに開かれた。
判事はソルチェンタイウスで、被告側原告側、それぞれの代理人に立会人と、満座の法廷。
そこで、かれこれ一時間は証人による証言が続けられていた。
「なんだかでっかいバケモンと戦ってるみたいで、あんまり速くってなにがなんだかわかんなくってオレぁ呆気に取られっちまってさ、そのうちに静かんなって女の方が出てきて、そん時やっと、女が魔女だってわかったんでさ」
今話している歯抜けの老人は柱街の住人。
彼らが魔女と言う時、それは必ず"兵の魔女"のことを指す。
だが、裁判では記録を残し、あとから検証できなくてはならない。
通り名や俗称は、必ずそれが表す人物と正確に結びつけなくてはならない。
「その魔女は今この場にいますか?」
「そりゃそうに決まってまさ、昔っから目は良いんだ。山菜採りとイモムシ採りをやってた頃にゃあ、尾根の怪我人をめっけたことだってあんだ」
「指をさして、その人の名前を言ってみてください」
「あの魔女だよ」
老人が被告人席のアイランを指差す。それに応えるようにして、アイランもにっこりと微笑んで手元で小さく手を振り返した。
すると、老人も美人の笑顔にほだされてか、笑みを浮かべて手を振る。
「名前は?」
「んあ? ああ、名前ね、えーと、んー、なんだったっけ。最近兵隊が名前を言ってたのは憶えてんだよ。でも、なんてったかなぁ……ア、アイ、そうだ、アイから始まる! アイリ、アイシャル、アイモ、アイヴィは二辻向かいの売女の名前か。アイセン、アイートリン、アイメリアも違うし」
この老人は、クロスと"法の魔女"が送り込んだ証人の一人である。
証言に割く時間を増やし、時間を稼ぐため、金を握らせて原告側に送り込んだ者たちだ。
審理が始まる前は2人程度と見積もっていたが、不信弾劾が一日半を稼いでくれたおかげで、4人まで証人を雇えた。
とはいえ、彼らに嘘を吹き込んではいない。
証人の人数を増やせればそれでよいからだ。
嘘を吹き込み、下手な芝居をさせてしまえば工作を見抜かれる恐れがある。
故に、彼らが語る言葉は実際に彼ら自身が体験した、本物の真実。
様々な動機から名乗りをあげなかった証人たちを、金でひっぱたいて証言させているのだ。
「アイーガ、アイサック、アイリ……はさっき言ったか。でも似てる感じがすんだよなぁ。アイリ、アイリ……アイレ、アイロ、アイル、アイラ、そうだ、アイラ、アイランだ!」
やっと名前が出て、判事の顔色にいくぶんかの安堵が現れた。
本当は苗字まで呼ばせたかったが、立会人もいることだし、名前だけで十分だろう。
法的にも問題はない。本名を全て呼ばせるのはあくまで後に起きるかもしれない面倒をできるだけ回避するためであり、進行に絶対必要というわけではない。
本名でさえあれば、その一部であっても法律上は大丈夫なのだ。当然、立会人をしっかりとつけた上で、ではあるが。
「その人は、外に出てきて、その後どうしましたか?」
「あっという間に走って行っちまったよ。なんだか、でっけぇひと抱えぐらいの玉を持ってたな。こんぐらいのやつ」
手の動きで空中を囲って、その玉の大きさを表そうとする。
法廷の進行や、法律上の記録の必要性も、彼のような第三者の一般人にはどこ吹く風だ。
文面に起こして正確に表現するのに苦労するような証言も、書記はきちんと記録しなくてはならない。
判事や質問者も、記録可能な形になるように、質問を重ねていかなくてはならない。
「玉は何でできているように見えましたか? 材質は?」
「鉄っぽかったなあ。あと、剣も持っとった。血がついてたよ」
「この剣ですか?」
原告側の法定代理人が、一振りの剣を掲げた。
刃を紙で挟んで掴み、柄の色合いと形を見せたのだ。
立会人の魔道士たちがざわつく。どの魔道士たちも、実際に"兵の魔女"の剣を見るのは初めてだったからだ。
アイランが普段使いするのは短剣か徒手で、双剣が人目に触れる時は、まさしくその者が死ぬ時。
この白刃は、犠牲者が最期に見るきらめきだったのだ。
「ああ、この剣だと思うわ」
「ありがとうございます、証言は以上ですか?」
「あー、えー、ああ!」
強く頷いて肯定する。
被告側も原告側も、心の内で同じ言葉をつぶやいた。
「良し」と。
その後も、証言はおおよそ両陣営それぞれの思惑に適う形で進んでいった。
ハロバ卿に雇われていた用心棒、井戸城で働いていた労働者、アイランに拷問された被害者本人とその目撃者。
幾人もの証人たちがそれぞれの証言を行い、時系列順の物事が法廷に示されていく。
かけらを拾い集めて組み合わせ、事件の全体像を作り上げていく。
だが、この件の全体像などはクロスはとうに知っている。
故にこの時間は、"法の魔女"との会話に割いていた。
たまに時間稼ぎの質問を差し挟む程度で、あとはほとんどうつむいてペンを走らせている。
『証言のペースが思ったより早いですね。このままだと今日は初回の物証提示まで行ってしまいますよ』
『証人、判事、法定代理人の三者が魔道士会の思惑で動いていますから、やり取りが滑らかなのでしょう。判事は証人を詰めて事態の詳細把握につとめる必要が無いですし、法定代理人は有罪の方向に舳先を向け続けられるような証言さえあればよいのですから。しかし困りましたね。物証提示まで駆け足でされると審理が一回分省略される可能性があります』
『アイランさんに例の合図を出しますか?』
『いえ、あの手は計画通りに行うべきです』
『ではどうしましょう』
『仕方ありません、最終証人策を使いましょう』
「少々よろしいでしょうか?」
証言に割り込む形でクロスは挙手した。
証言台で熱弁を吐いていた御婦人の言葉の嵐がぴたりと止む。
法定代理人はとっさに「証言妨害だ」と叫び、魔道士たちもヤジを浴びせた。
だが判事は「静粛に」と声を張ったのち、クロスに発言を許した。
当然、法廷内が再び静かになるのを待ってからであったが。
「こちらの認識と少々異なる証言が多いものですから、証言齟齬理由の最終証人を申し立てたく思います」
原告側と被告側はともに、審理中であっても一名まで急遽証人を追加する権利を有する。
追加された証人は、割り込みではなく、最後の方に回されるため最終証人と呼ばれる。
通常、法定代理人は証人としては認められないのだが──
「わかりました。最終証人はここに来ていますか?」
「はい、被告側の法定代理人である"法の魔女"ハリシュ・リオソランの意思により、私クロス・フォーリーズを最終証人として指名します」
──今回は、例が特殊であった。
クロスはあくまで、本来の法定代理人である"法の魔女"の代理としてここにいて、彼女の決定を代言する立場でしかない。
被告側の代理人席に座ってはいても、法定代理人そのものではない。
つまり被告人や法定代理人とは人格的に切り離された人間と、法的には見なされるのだ。
もちろん、そうするためには法定代理人の意思を証明可能なものが必要になる。
法定代理人によって証人に指名、という形をとっているのだから、その法定代理人の意思が確認できなくてはならないのだ。
「ハリシュ・リオソランの手による念書はここにあります。これが認め証に引責事項書、それと封蝋印章書です」
必要な書類を掲げると、書記助手がそれを受け取り、判事に手渡した。
これらの書類は偽造ではない。正真正銘、"法の魔女"が自らの手で作成した文書である。
文書そのものは"法の魔女"が今回の件を引き受けた時に作成し、伝書鳥で発送したもの。
罪状認否工作と不信弾劾で時間を稼いだおかげで、それがつい4時間前に届いてくれたのだ。
本来は証言を第三回審理まで引っ張った上で使う予定だったが、仕方ない。
魔道士たちは静かにしている。この若者がアイランと行動を共にしていたのは、全員が知っていた。
故に、有罪を覆すような展開にはなるまいとタカをくくっていた。
ソルチェンタイウスは味方なのだ。領主や判事としての立場を優先せざるを得ないような、消極的な忖度など吹き飛ぶ圧倒的な事実の暴力が吹き荒れぬ限り、負けはない。
そう自惚れていた。
そしてその見立ては、正しかった。
証人26名の証言は三時間程度で終了した。
罪状が多いため、それぞれの事件の目撃者や、捜査や検分にあたった衛兵たち、あるいは生存者など、証言可能な人物も多いのだ。
26名という数字は、それでもかなり少なくまとめた方であろう。
拷問を受けていたトゥガン・セレイパ衛兵部曲長が激昂する場面もあったが、事件の重大性に比べて、裁判はおおむね順調に進行していた。
そこで、いよいよ27人目の証人、クロスの番がやってきた。
立ち上がり、証言台へ向う途中でちらりとアイランを見やると、彼女は微笑みを贈ってくれた。
衆人環視の中で、なんだか気恥ずかしくなり、慌てて視線をそらす。
それでも、証言台について、手元の書類を広げた時には、もうウブな少年の顔つきではなかった。
気を張り、それでいて臆さず。これまで後ろに置いていた魔道士たちの威圧的な視線を前にしても、物怖じしていない。
自分より年上の男たち。大集団の立会人。だが、結局、見ているだけだ。
広げた書類に視線を落とす。
紛れ込ませた相互紙には、彼が最初に言うべき言葉がすでに浮かんでいた。
「クロス・フォーリーズ。証人として、嘘偽りなく事実のみをここで証言することを誓います。後見者ストイル・カグズ・アッサルート、エルガン・ナッカラン、ハリシュ・リオソラン」
クロスは拾い子であるがゆえ、法的な後見人は肉親ではない。
だが、統王によって養子縁組が制度として整備されたおかげで、今や肉親以外の後見者を持つ者も多い。
事実、ここで立ち会っている魔道士たちも半数以上は、肉親のもとを離れて育っている。
異種族間では子が出来ない場合も多いが、種族間の関係強化には家庭を持ってもらうことが不可欠である。
そのためには、子を望む世帯に子を提供可能な体制が必要だった。
天核教、魔道士会、魔女協会、その他様々な組織も子供たちを受け入れ、その養育に励んでいる。
ともあれ、法的にも文化的にも、クロスの宣誓は受け入れられた。
早速、資料をごそごそとめくりながら証言を始める。
「アーリー・マードック氏殺害の件ですが、当時私は被害者に拉致されており、被告はその救出のために現場に現れたところを被害者に攻撃され、やむなく反撃に及びました。それでも被害者は投降せず、抵抗の意思を明らかにしたために、被告は止むを得ず被害者を殺害したのです」
事実だけでいえば、これは正しい証言である。
真実と異なるのは、アイランは初めから殺す気満々で乗り込んだ点であろうが。
ただ、状況的には十分に正当防衛、または犯罪行為制圧権の行使と言えた。
ただちに、判事の質問が飛んでくる。
「あなたが拉致された理由は?」
「被告をおびき出すためです。被害者は明らかに、被告を殺害しようとしていました」
立会人席から「言いがかりだ」と叫ぶヤジが響いた。
賛同する声もあがったが、結局は判事に静止される。
証言台に立つ若僧を萎縮させようとしているのだ。無駄なことなのに。
「特殊例法三十九条に基づきアーゲルン特別聴取を行なっていただいても結構です。誓って、あの日あの時、私は被害者に拉致され、井戸城は第三地下倉庫に監禁されていました」
アーゲルン人には人の魂を読む力がある。
故に、厳しい試験と審査で選別された一部のアーゲルンは、証言の信ぴょう性を確認する役職に就いている。
これは同時に、事件の容疑者の精神鑑定を行う役目も兼ねており、何よりも絶対に信用が置ける人物でなくてはならない。
そのため、コー・ナイルのような僻地では、呼び寄せるだけで下手をすれば数ヶ月はかかってしまうだろう。
つまりは、この地では馴染みのない制度なのである。
「個々の証言の有効性は、他の証言や証拠とあわせて総合的に判断します。二重宣誓は慎んでください」
案の定、アーゲルン人を呼ぶつもりは無いと見た。
そうとわかれば、クロスの独壇場である。
「失礼、続けさせていただきます。私を拉致したのは本件の被害者であるアーリー・マードック氏ですが、現場にはもう一名いました。被害者と共謀しているようで、何かを話し合っていました」
「どのような人物でしたか?」
「ハロバ・ヴ・セネイレ氏です」
ハロバ卿。現在消息不明の、スロヴ人である。
彼は元貴族で、しかもスロヴ共同体の一員だ。
踏んでしまった陰謀という糞を擦り付けるには、格好の岩と言える。
たとえ、本人の真の姿が無力な臆病者だとしても。
「ハロバ卿とマードック氏、ひいてはスロヴ共同体と魔道士会分離派が共謀している疑いがあったので、私と被告は共同で調査にあたっており、その最中に事件に巻き込まれました。更に、私が拉致される際には魔道士会分離派所有と思われるゴーレムと"流木団"による襲撃を受けており、これはこれまでの証言とも合致すると思います」
大きなざわめきが起こった。
いま、クロスは公の場でこう言ったも同然なのだ。
「マードックは魔道士会分離派に寝返っていた」と。
「ゴーレム、とは何でしょうか?」
「専門的な解説は避けますが、要は魔力で動く人型の構造物です。性質としてはエレメンタルに近いものですが、開発者である"石の魔女"が所有しているものは現在魔女協会領にありますので、この街で使用されたものは魔道士会分離派による模造品と思われます」
「これまでの証言では"流木団"の存在は示唆されていませんが?」
「"流木団"は筋金入りの傭兵で、しかも諜報には分離派やスロヴ共同体が加わっていました。目撃者を殺害して、自分たちがいた痕跡も消したのでしょう。被告は多数の"流木団"と交戦し殺害しましたが、その死体は一つも発見されていません」
アイランが"流木団"の包囲を突破し、拉致されたクロスを探し始めた頃、証拠の隠滅と目撃者の始末が始まっていた。
"流木団"の姿を直接見た住民や情報筋の者は全員、行方不明になるか、死体で発見されている。
だが、柱街では大きな騒ぎがひとたび起こると、それに乗じた殺人、強盗、強姦が横行する。
そのため、あの日の柱街での死者は全員、捜査中の案件として闇に葬られるのだ。
どうせ探しても、見つけ出す頃には犯人はとうに死んでいるに決まっている。
柱街の犯罪者たちの間で起きていることは、どうせ解決などしないのだ。
だからこそ、反統王連衡は自分らの痕跡だけを消し、事件そのものは残した。
どうせ未解決事件として葬られるか、"兵の魔女"の仕業として余罪に加えられるか。
そのどちらかでしかありえないと知っていたからだ。
「被告は柱街の住民を殺害していません。マードック氏の殺害も正当防衛であり、他7名の殺害についても同じです。あの7名はいずれもマードック氏に雇われた用心棒であるとの確認が取れていますから」
7名とは、地下倉庫に乗り込む前にアイランが平らげた前菜たちのことだ。
いずれも元衛兵や貴族崩れ、浪人者といった連中で、マードックは外部雇用契約書を行政使府に提出していた。
「被告側はこれまで無罪を主張していましたが、要求を減刑に切り替えるということですか?」
正当防衛は基本的に無罪ではなく、減刑の要素と見なされる。
どのような正当な理由があったとしても、暴力は必ず刑事罰か民事補償義務に落着するのだ。
「いえ、これはあくまで私個人が見たものの証言に過ぎません。法定代理人と被告人の意向としては、無罪判決の要求という方針に変わりはありません」
減刑の要求、つまりは量刑裁判になってしまっては、時間が稼ぎづらくなる。
事実認定と証拠の証明力の追求が簡略化され、ある程度の事実が固定されてしまう。
議論の数が少なくなり、結論が出るまでの時間を短縮してしまうのだ。
だが、これで、クロスの証言の真偽を判定するには、ハロバ卿本人の証言が必要となった。
証言に有効性がないと切り捨てるためには、その理由となる根拠が必要になる。
事前に確認した物証の中に、それを裏付けそうなものは見当たらなかった。
魔道士会にとって絶対に否定したい、「マードックが分離派に寝返っていた」という事実。
それを完全に否定し切るためには、ハロバ卿を呼ばなくてはならないようにしたのだ。おそらくはもう死亡しているであろう人間を。
もしくは、月単位の時間をかけて、法的に完璧な信頼を得たアーゲルン人をここに呼ぶか。
どちらにしろ、判決までの時間をかなり引き伸ばせる。
確実に、師アッサルートの根回しが完了するまでの時間を稼げるだろう。
当然、代償はある。払うことになるかわからない代償ではあるが、そのような状況が訪れないよう祈るばかりだ。
「証言は以上です」
やるべきことを済ませ、即座に席を立つ。
それに呼応するように、ざわめきが更に大きくなった。
原告団らも、声をひそめながらであるが法定代理人たちと激しく口論し始める。
判事は静粛を呼びかけ続けたが、場の喧騒は止まなかった。
クロスは元々の席に戻ると、小さく息をついて相互紙を見る。
自分が何をどう証言したかを書き送れば、すぐさま返事が浮かび上がった。
『上出来です。しかし、忍耐が必要な場面にもなりました。今日はもう審理後のことに集中してください。先々を見据えて、自分を抑えるように』
それは奇妙な指示に思えた。
『どういうことでしょう?』と送り、返信を待つ。
『魔女協会と"兵の魔女"が統王への反逆者について調査をしていたと明かし、マードック、ハロバ卿という地元の人間にとって関心が大きい対象を巻き込みました。陰謀を匂わせ、それを暴かない限り魔道士たちの望む結果が得られないようにしました。闇に潜む存在に向けて、縄を投げ込んだのです』
ふと、視界の端が動きを捉えた。
顔を上げると、原告側の法定代理人が席を立ち、判事と何かを話している。
やりとりは数言で終わったが、ざわめきのせいで何を話したのかは聞き取れなかった。
『そのときに何が起こるかは明白です。気を張り、警戒を強めてください。差し当たっては、サイザル・モロウナへの代理面会要請は非公式なものとします。今夜にでも、夜陰に乗じて誰か信用の置ける者を使い、彼女へ手紙を届けさせましょう』
法定代理人が席に戻ると、判事は聴衆をなだめながら、呼びかけた。
「原告側の最終証人が申し入れられました。申請をここに受理します」と。
その直後に、扉が開かれ、男が一人入廷する。
『起こるべきことは二つ。一つは第三回審理の延期です。魔道士会は物証の再調整と戦略練り直しのための時間を欲し、判事はその意を汲むでしょう。これは見事な成果と言えます。時間を稼いだ上で、代理面会を確実に注意深く行えるだけの準備ができます。そして、もう一つは──』
労働者風のくたびれた着こなしだが、いかにも背伸びした、着るのではなく服に着られているかのような上等な服装。
それとは不釣り合いな、潰れたパンのような、ほつれた帽子。
足取りは固く、視線は泳ぎ、丸まった背は気持ちの萎縮を表していた。
その出で立ちはまさに、これまで注目など浴びたことの無い、一小市民の狼狽。
注目される場に立たされて、精一杯取り繕ってきたものの、取り繕い切れていない労働者そのもの。
ごくありふれた日常の繰り返しの中で長い時を使い、質素で貧しいが荒波もない人生を送ってきた一般人。
掃いて捨ててもまた吹き出る、誰でもない男。
だが、その顔を知っていた。
うつむきがちにかしこまって小走りで進む、卑屈な男の仕草。
クロスはそれが、演技であると知っていた。
見抜く必要すらなく、知っていた。
最終証人として証言台に自ら立った。その代償とは──
『──反統王連衡の、本格的な介入です』
クランツ・フェルマー・ルネイ。
ついに、再び姿を見せ、大衆にその姿をさらした。
それがたとえ、偽りであっても。




