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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
九節【セレナーデ】

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9 悪魔の踊り方

5/8 タイトルを変更「聖者のマーチ」→「悪魔の踊り方」


書いていて気づいたのですが、過去話「魔人の子」~「FIXER」までの三話を読み返すと、より背景が浮かび上がって没入できるかもしれません。

https://ncode.syosetu.com/n2519et/112

 まずは地球という星にいた、ある科学者の話をする。


 いや、どちらかといえば時代錯誤なオカルティストのたぐい。カルトの教祖と見る者もいる。

 生きているあいだに名を残さなかったその科学者は、死んでから各国首脳が雁首揃えてのぞきこむことになった資料の中に刻まれた。


 あまたのカルトと違ったのは、その科学者は、たしかに科学者であり高い水準の医学を修めた医師でもあったこと。

 遺伝子研究のすえに、ある思想から、世界七十億人を相手取った生物兵器の開発に成功したこと。


 中世の錬金術師が謡ったホムンクルス。『瓶の中の小人』という、万物を知る人造人間の生成を、20世紀末に真面目に実証しようとしていた愚かな男。



 そんな彼が最終的に『実現可能なホムンクルス』として設計したのは、類を見ないほど強力な超感覚的知覚能力者(ESP)だった。


 他者の脳に接続を繰り返しネットワークを生成することで、情報収集と演算を行い、果てに未来予測を超えた『未来予知』を可能にするという、精神感応に特化した超能力者。


 それが、その科学者が最終的にたどり着いた『全知の人造人間(ホムンクルス)』の設計思想だった。



 医学、心理学、脳科学、遺伝子工学、そして黒魔術や超常能力研究。それと、資金集めのための経営学や、金融のスペシャリストたち。


 集められた研究員の半数は適齢期の女性で占められ、最終的に生まれた『成果物』たちは、ゆうに二百二十五人におよんだ。


 開発は1990年代に結実し、十二年後に、科学者は最高傑作と題した成果物の手で殺害される。

 『母親』たちは故郷に帰り、残った半数は成果物たちによって掌握された。

 あとにできたのは、怪物たちの砦。

 彼らは『最高傑作(ホムンクルス)』を中心にして、膨れた資本の上に築かれた城を、こっそりと乗っ取った。

 彼らの城は、最高傑作(ホムンクルス)なくして成り立たない。(ホムンクルス)を取られたら終わり。

 年を重ね、知識を蓄えながら、大人たちの経験を盗み、地位を盗んで大人になった。



 そして動く。すべては万物を知る王(アリス)の望むがままに。

 202X年のことである。



 誕生から三十一年。『超常的な洗脳が行われた事件』として、一連の事案が【案件:D328】と命名される。

 さらにそこから、事件の首謀者に『魔王』の異名がつくまで、そう時間はかからなかった。


『D328』は、2020年代に存在が確定した当初は、なんらかのウイルスによって錯乱する病だと思われていた。


 それは先進国の都市でこそ発症し、本人の意思を無視した行動を起こさせる。

 たとえば、何十年も連絡を取っていない同級生へのコンタクト。

 習慣にない礼拝。

 知らない口座への継続した振り込み。

 突発的な旅行。

 消息を絶ったり、何年も逃亡していた犯罪者が、とつぜん自首をしてきたり。



 政府がそれらを把握するころには、『魔王(アリス)』は五百万の人間の脳に『感染』し、ひそかに決行の日を待っていた。



 時代は戻るが、2016年から2019年にかけ、日本のある地方都市で、チェーンメールならぬチェーン通話が流行ったことがある。


 『電話がきたら、三人に通話をかけて呪文を唱えなければ呪われてしまう』というもの。

 小中高生のあいだで爆発的とはいわずとも、長く流行したそれもまた『魔王』の力を広める実証実験のひとつであった。

 子が感染すれば親へ、親は職場やさらに親世代へ。

 計画初期のこの実証実験は、五年と四十六日かけてひとつの国家すべてを包んだことで、成功とされた。



 2020年代に入ってすぐ、ある国の戦争が止まった。主要な指揮官たちが、いっせいに司令部で自決したのである。

 ふるさとが瓦礫の山になった市民たちは、なぜか悲哀の色が薄かった。

 政治家たちは、政治的にもっとも的確な席に争うことなく収まり、的確な指示を行い、復興を促進した。

 周辺諸国の首脳も、私財を投じる勢いで同調を示し、かといって、自国内や他国からの反感を押さえる理想的な外交をはじめた。



 何かがおかしい。誰かが思う。


 何かがおかしくなっている。誰もが思う。



 でも世界が良くなっているのだから、と言われれば、動きずらい。



 感染者たちに自覚は無い。それがこの病の恐ろしいところだった。

 周囲の人間がそれに気づいても、その人もすでに感染していた。


 魔王は、視線をあわせれば感染する。声を聴いても感染する。

 電話越しでも、リアルタイムであれば感染する。


 つまり、朝の生放送に出演しているアナウンサーが感染者ならば、テレビを見た視聴者たちは、のきなみ『魔王』の配下となるということ。実際に、そうして感染は世界に拡大した。

 インターネット配信サービスによる世界同時配信のスポーツ中継が、決定的なものとなったと、後に判明する。


 もちろんリスクはあった。

 魔王本体の肉体は、人生のほとんどが医療用のベッドの上にあるほど虚弱であった。

 彼女を作った科学者は、彼女がいつか次世代の血を繋ぐことで、完成品による完成品、()()()()()()()が生まれるように設計していたが、彼女の設計には妊娠や出産に耐えられる強度が組み込まれていなかった。


 誰かを操るには脳の容量がひとりぶんでは負担が大きく、感染者が一万を超えて、ようやく負荷を感染者たちの脳へと分散することで、彼女はゆっくりと眠れるようになった。


 ホムンクルスは、瓶の中で僅かなあいだでしか生きられないという。『魔王』はまさしく、そういう生き物として生まれていた。


 決行の日。

 世界はすこしの争いもなく稼働していた。

 地球上すべての人間が、天空に星空色の裂け目ができても、ただじっと、テレビから流れる国連総長の喉を使った『魔王』からの発表に耳を傾けていた。


 世界はすでに団結し、侵略者にそなえた防備を固めていた。


 資源を投じ、知恵を絞り、叡智にも届くほど重ねられた準備が、異世界人の軍勢を迎え撃った。



 戦地となる周辺地域の人々は粛々と故郷を捨てたあとだ。移民たちは新天地で排斥されず、苦悩もなく新しい故郷となる場所の言語を学んでいる。

 戦地で犠牲になった兵たちの親兄弟や恋人、友人たちの悲しみは、復讐心に傾かない。受容し、問題への対策をする。


 ここまでしてはじめて、地球という星は異世界人たちとの交渉の場につくことができた。


 終戦は2030年。地球人口は一時は最大84億まで膨れ上がり、そして72億が残った。


 地球という星は、異世界人との交渉に成功し、独立した自治を手に入れる。不干渉ではない。外交の必要があった。そしてその外交の席は、『魔王』の配下たちで固められた。



 『魔王』とはそういう経歴の女だ。

 だから狙われた。誘拐された。『利用つかわれ』た。


 魔王はもともと、この世を憂いて世界を救ったわけではない。

 未来を予測したら、異世界人からの侵略があると出た。だから対策を考えた。それだけだ。

 動機を掘り下げるなら、生きたかったから。兄弟たちを死なせたくなかったから。


 『成果物』たちは能力によってランクがあり、待遇の違いがあった。

 成果物を生んだ母体たちには、あえて遺伝的な繋がりが無い組み合わせがされていたから彼らは等しく孤児であり、清いまま母となった女たちに対しても孤児たちは責任感を期待していなかった。


 彼らは、自分たちの未来を、お互いだけが祝福すれば十分だったし、そうした閉鎖的な愛情や絆で、自分たちの境遇を癒していた。

 最高傑作であった魔王は、誰もが分かるほど知能が高く、整えられた容姿は彼らの王にふさわしい箔となり、じっさいに期待以上の能力を宿していた。

 彼女の欲望は、家族の安寧と、人間観察という彼女の趣味に投じられていた。

 兄弟の中で、その趣味に理解は示しても、共感するものはいなかったことだけが、魔王と呼ばれていた女の不幸だろうか。



「人間の頭の中って、おもしろいのよ。心というものを知れば、世界はどの側面から見ても美しく見えるの。不思議で興味深いわ。涙や汗や血膿、泥にまみれて、遮られるものが無い場所に立つの。そこで眺める空の、なんて胸を打つこと―――――」


 ―――――そんな中で死ねたら、すてきね。



「……まさにそういう場所で、そういうふうに死んだ人を知ってるわ」


 エリカ・クロックフォードは、はじめてその感覚に共感を示したひとだった。



「アリス。あなたって、ぜんぜん慈悲深くないし、人の痛みに鈍いでしょう。世の中すべてをエンタメとして消費してみている。あなたの原動力は、愛情ではなく好奇心。わたし、あなたによく似た人も知ってるわ。昔のわたしと、わたしの母親よ」


 はあ、とエリカはため息を吐いて頭をがりがり掻いた。


「……だからなのね。あなたを放ってはおけないのよ」


 伏せた目を上げ、エリカは荒野の瓦礫の中でアリスに挑みかかるような視線を向けた。

 『だからといって、このエリカを能力で操ろうとするなら容赦はしないぞ』という目。『それまでは仲間よ』という目。

 崇拝が無い信頼と、怖れが無い警戒心。油断なく、さりとて甘さがある。情をもって戦うことを決めた、正義という氷の荒野を進んできた戦士の目。


 それこそが、魔王に挑む勇者の瞳だとアリスは思った。





(……ああ、あなた。なんてまばゆい目をするのかしら)



 魔王には、勇者が必要だ。


 運命とは、そういうふうにできている。


 神のお導き? いいえ。

 けれど磁石のように引き合う力がわたしたちにあるのなら、それには感謝をしなければ。

 くそったれな神よ、選んでくださってありがとう。


 わたしはわたしが抱える愛の重さだけ、この世界を救ってみせる。

 必ず、あなたに報いることでしょう。

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