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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
七節【アストラルクス】

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7 王配

 


「わあああぁぁサリー! 急げ急げ! 」

「サリーくん早く早く! もう後ろ来てるから! 」

「わかってますよ!! 」


 うるさいなぁ!という言葉を飲み込み、ぴしゃりと鞭をあてる。嘶きををあげた馬たちは、たしかに速度を上げたが、それは牽引する馬車の乗り心地と引き換えにした速度だった。

 縦にも横にも揺れているだろう車内から、くぐもった複数の悲鳴が聞こえてくる。


「もっと早く! 」

「これ以上は馬車が横に振れて落ちます! 」

 シオンの指示に、ほとんど怒声といえる強さでサリヴァンは叫び返す。


 湖沿いの街道は片側が緩やかな崖になっており、バランスを崩せば非常に危ない。

 飛び去って行く木々の切れ間、深い青緑に沈む湖畔の対岸に、ラブリュス城の群青の屋根が見えた。




 ――――ああ、どうしてこんなことに!




 ✡




 昼食会は和やかに始まった。

 サリヴァンは男性神官の服をシオンに譲ったため、皿に料理を盛ってもらい、食堂ホール近くの従者用の個室にて待機である。

 状況は、ヒースの足元に忍ばせたジジの目から把握している。


 誰も明言はしなかったが、どうやらシオンがここにやってきたのは、サリヴァンのした選択によるものらしい。


 サリヴァンに予定されていた『役割』を、複数人に分散して行うようなのだ。

 シオンはコネリウスの脇にヒースとともに侍り、その『時』を待っていた。



 乾杯の音頭からはじまり、一時間ほどの食事と生徒からの歓待のあと、コネリウスが立ち上がった。

 外国の王族でありながら、この国の辺境伯家に婿入りした伝説の英雄の姿に、おしゃべりだった生徒たちも息を殺して言葉を待つ。

 コネリウスは、簡潔に生徒たちからの心配りに感謝を述べ、ひと呼吸黙り込んだ。


「――――そして、この場には学院の生徒であるという他にも、貴族子弟や子女としての方々もいると思う。年始の王都での社交で正式に発表されることではあるが、ここにいる諸君の中には、そちらへ出席されないものも多いことだろう。


 ……であるからして、わたしはサマンサ領の領主であり、陰王の一の家臣たる我が家門の長、フランク・ライト辺境伯の代理として、この場を借り、ある人物のお披露目をしたいと思う」


 フードを脱ぎながら、シオンが前に出る。

 生徒よりも、教師陣のほうが遥かに衝撃が大きかったようだった。

 そうそういない美青年の登場に、生徒たちは『誰? 』と首をかしげている。





「―――――紹介しよう。陰王陛下の王配おうはい……シオンどのである」




 シオンは、この学院の卒業生である。

 彼の忘れたくても忘れられぬ顔は、ある人物とセットで紐づけられている。

 恋人であるアイリーン・クロックフォードは、いまだ一部にとって、誉れも悪名も高い卒業生として頭に刻まれていた。


 そんな彼が、陰王の王配(伴侶)として紹介されるのならば、それはつまり―――――。



 長らく伏せられていた陰王の正体が、ここで暗に明かされたという事実に、貴族を中心として爆発のような動揺が起こった。口々に「どういうこと? 」と情報が共有されていく。

 そして話は、それだけでは終わらない。


「――――皆様……」


 愁いを含んだ微笑みとともにシオンが口を開くと、場はふたたび静寂に包まれた。

 さきほどまで無かったヒリつく緊張感をものともせず、シオンは逆に、場の空気を操作している。


「――――昨今、この国は『陽王派』と()()()()国を開きたい人々と、『陰王派』と()()()魔法を守りたい人々とで、さまざまな意見の食い違いによる小さな争いが絶えません。それはこの学院においても例外ではないと聞きました。とくに『陰王派』を名乗る方々の方針には、陰王陛下も、とくに心を痛めておいでです」


 紫紺の瞳が、ぐるりとホール内を見渡す。中にははっきりと目が合ったと感じたものもいただろう。


「――――かつてこの国は、時空蛇の化身であらせられる陰王と、始祖の魔女の手で建国されました。陰王陛下は、民の中から初代陽王陛下を選び出し、民意の化身として国政を任され、みずからは神意の反映者として、民の作る国を見守ることと定めました」


 誰もが知る建国神話だ。しかしそれを、この場でこの人が繰り返すことに意味がある。

 陰王は今も昔も政治には関与しないということを強調するとともに、『陰王派』は陰王の配下ではないと、権威のあり方を今一度問うているのだ。



「――――今年で建国より、三千百二十一年を数えます。このたびにおいて、陰王陛下が私を遣わせたのには、理由があります。

『時は来たれり』と、陰王陛下はおっしゃりました。

 次の年、この国は大きな節目を迎えることとなるでしょう。

 そのとき、この国は団結の機会を得ます。陰王、陽王陛下もまた、手を取り合い、この苦難へ立ち向かうことを約束いたしました」


 『陰王派』『陽王派』の内情を知るものなら、これは『両王それぞれが、ついにこのハリボテの代理戦争に手を入れることになった』とわかる。

 それは陰王派と呼ばれる保守派が、じっさいは陰王の意向を無視したものとして処断されるまで、秒読みだということ。

 この言葉で慌てるものがいれば、それは十中八九、痛い腹を抱えていると言っているのに等しい。



「わたくしはここに滞在している間、短いながらも、みなさまの生活ぶりを目にしてきました。そのうえで、まだ若い皆様こそ、この国の未来そのものと確信いたしました。陰王陛下もまた、後輩でもあるそんな皆様の尽力を期待しておられます。そのご期待を裏切らぬよう、お願い申し上げます」



 そう締めくくり、シオンはいつのまにか設えられた、壇上の空席に収まった。

 ふたたびコネリウスが立ち上がり、うやうやしく終了の音頭を取れば、フェルヴィンの王族たちはそのまま生徒たちの拍手とともに退場し、門前に待機した馬車へと乗り込み、出発するということになっている。

 サリヴァンはすでに立ち上がり、御者として出発の準備を万全に整えて待機しているところだった。


 まだ会場は動揺しているだろう。

 重く受け止めるもの。

 冗談半分に受け止めるもの。

 名誉に震えるもの。

 いろいろいるだろう。


 しかしこれは、まだ非公式のお披露目である。

 上級生ともなれば、その意味が分かるはずだ。

 いまごろ多くの貴族子弟たちが、実家へ飛ばす手紙を書きなぐっているに違いない。



(――――さて、誰が、どう動く? )



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