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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
七節【アストラルクス】

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188/226

7 風は呼んでいる

ヴェロニカ→224cm(フェルヴィン女性平均205cm)

コネリウス→260cm

グウィン→238cm





 ヴェロニカは、シーツを這い寄ってくる空気の冷たさに目を覚ました。

 国が違えば気候も違う。故郷、フェルヴィンの気温は、この国の初夏ほどしか下がらない。

 ヴェロニカも、十代から二十代後半までは、世界各地を旅していた。そのころは、気候の差などは楽しむべきアトラクションでしかなかった。

 しかし今は、はりつめた状況が、ヴェロニカの心をそうさせてくれない。


 カーテンの向こうはまだ薄暗かったが、ヴェロニカはそっと寝床を抜け出した。

「……ダイアナ」

 駄目もとで床に落ちる影に囁くが、やはり応える声は無かった。




 語り部は、主人を魂で選ぶという。

 ダイアナは以前の主人であるジーン・アトラスの出現から、【教皇】の権能を使った呼び出し以外では沈黙を保っている。

 エリカはそんなダイアナの状態を、『主人が二人この世に存在していることが負担になっている』と説いた。

 ダイアナの魔人としての機能は、現在もヴェロニカとともにある。しかし一方で、ジーンという『いるはずがないもの』を感知し、機能不全エラーを起こしているのだと、説明を受けた。


『ジーンの魂がぶじに冥界へと還れば、確実に無くなる不具合でしょう。しかしそれより前に、ダイアナ自身で、この機能不全エラーを自己修復する可能性もあります。語り部は主人の影響を大きく受けて、姿かたちを変えていくものです。彼らには、自分を変化させ対処する機能が、もともと備わっているのです。

 ……ですから皇女殿下は彼女を信じて、ご自身の気を強くお持ちください』





 着替えをひとりで済ませ、コートを着て部屋を出た。

 渡り廊下の上から広い運動場が見えたので、ヴェロニカの足は、しぜんとそちらへと向かった。


 学舎であるから、人の気配が無いわけではない。

 この城で生徒の世話をする勤め人はもちろん、熱心な学生や教授も徹夜明けの顔で徘徊していたりもする。

 ヴェロニカはよく目立つので、相対した彼らは一様にびっくりした顔をして、礼儀正しくあいさつを返してくれた。

 なかには厨房に寄った帰りだという学生が、温かいお茶の入った水筒を差し入れてくれて、ヴェロニカの弱った心に温かく滲みる。


 広々とした運動場は、昇り始めた朝日に照らされる湖と森がよく見えた。

 冷たい空気とともに土のにおいを吸い込んでいると、低いが軽快な声が、彼女の背に投げかけられた。


「皇女殿下は早起きですなぁ」

「コネリウス伯父さま! 」


 朝日にまぶしそうに目を細めて、ヴェロニカから見ても大柄な伯父が立っていた。


「やはり、気は塞ぎますかな」

「……そうですね。けれど、兄の決断はもっともだと納得しております」



 【教皇】をサリヴァンから貰い受ける――――その提案に反対したい気持ちは、ヴェロニカにはもちろんあった。


「わたくしこそが、兄から【皇帝】を奪ったのですから、もちろんそうです。……でも、わたくしが兄ならば、きっと同じようにしたでしょう。しょせん『守る』などと言って前に立ちふさがることは、姉として傲慢な行いです。兄には兄の、弟たちには弟たちの、戦う理由というものがありますもの」


「では、悔いていらっしゃるのは、弟殿下のことですかな」


「そうですね。わたくしは、わたくしの弱さが、あの子をああしたのだと……思えてしまって」


 ヴェロニカはふう――――、と白い息を吐いた。空を見る青い瞳は乾いている。


「なぜ……襲撃のとき、体が動かなかったのか。わたくしのこの鍛え上げた体なら、アルヴィンだけでも逃がすことができたのではないか……そうすれば、あの子はまだ、と、思えてならぬのです。……けれど、そうしてわたくしが悔いているあいだに、あの子は旅立ってしまった。語り部も失くし、ひとりきりで」


 朝日からまぶしそうに顔をそむけて、ヴェロニカは首を振る。


「……男の子の成長って、飛ぶように早いですわね」


 微笑むヴェロニカの肩を、コネリウスはねぎらうように叩く。ヴェロニカの父よりも大きな伯父の手は、父自身よりも兄と似ていた。


 そういえばこの人は、ヴェロニカと同じ『龍の先祖返り』であるのだと思い出す。

 巨躯と怪力、そして長寿。


 父の兄であるのに、三十も四十も若く見えるこの疎遠な伯父が、肉親の中で最も濃く近い血を受け継いでいるというのは、ヴェロニカにとっては不思議な心地だった。


 ヴェロニカは顔をぬぐい、伯父を振り返る。


「……ねえ伯父さま、気晴らしに付きあってくださいませんこと? 」


 コートを脱ぎ、身軽になると、コネリウスもまた『気晴らし』が何かを察したようだった。

 力強く笑って上着を投げるように脱ぐと、腰を低くして構える。



「いいだろおう! さあ、来ォいッ! 」


「――――いきますっ! てやーッ! 」


 剛腕に打ち上げられた巨躯が、朝日に舞う。


「……何やってんだぁ。うちの爺さんは」

 日課で剣を振りに来たサリヴァンは、ギャラリーが増えそうな気配に、すべて見なかったことにして踵を返す。



 グウィンがその騒ぎを聞きつけてやってきたのは、それから二十分ほどあとのことだった。


 慌ててやってきたようすの他国の貴賓に、ギャラリーが割れるように道を開けていく。

 その後ろでは、夫の尻尾のようについてきた小柄な彼の妻が、運動場での壮大な『気晴らし』に「あらあら」と笑って、学生たちとともに観戦の構えを取った。


 グウィンはこの寒空の中、コートも羽織っていない。シャツ一枚の姿で、全身から湯気を立てるような勢いで、妹たちへと近づいていく。


「ロニーッ! 」


「お兄様!? 」


 ヴェロニカはちょうど、コネリウスへと打ち込む拳を打ち抜いたところだった。そのこぶしを受けるはずのコネリウスが半身でかわしたところに、駆け出したグウィンが入り込む。


 肉が肉を打ったとは思えない音が、運動場に響いた。


 妹の拳を両腕で受け流し、グウィンは間近にあるアイスブルーの瞳をのぞきこむ。


「僕も仲間にいれてくれないか? 」


「え……でも」


 戸惑うヴェロニカの目に、グウィンの肩越しに肩をすくめるコネリウスの姿が映る。


「お兄様、怪我をさせてしまいますわ。大事なお体なのに」


「すこしなら大丈夫さ。じつは空の上で、伯父上に少し鍛えなおしてもらったんだ。昔みたいにはいかないだろうけれど、成果を見てほしい」



「おーおー! ありがたいのう! 」わざとらしくコネリウスが腰を曲げた。


「そろそろ老体には堪えてきたところ! 若いのに選手交代できるのなら、ありがたいのう! 」



「……駄目かい? ちゃんと許可は取ってきたんだが」


 と、グウィンはちらりと、運動場を囲む石段に座り込んだ妻を視線で示す。


「……眼鏡は、お義姉さまにお預けになったほうがよろしいと思います」


 ヴェロニカの強張った顔が、どんどん温かく赤らんでいくのが、答えだった。




 ✡




 遠く歓声が聞こえる。

 皇女たちの『気晴らし』は、白熱しているらしい。

 サリヴァンはルーティーンを終え、部屋に戻るところだった。


(みんなあっちに行ってるから、助かったな)


 サリヴァンとヒースは、コネリウスとの続き間になった使用人用の小部屋をそれぞれ与えられた。

 サリヴァンが身支度を整え、朝食に向かおうと隣のドアを叩くと、まだ眠そうな顔がよろよろと出てくる。


「……寝てなかったのか? 」


「うーん、ちょっと考えごとしてたら、朝方まで眠れなくて。朝ごはんは部屋で食べるよ」


「じゃあ、なんかもらってくる。いっしょに食おう」


 神官服のフードを深く被って、サリヴァンは廊下に戻る。厨房で食料をもらうときも、下町での生活が長いためか、まめまめしく働くその身分を怪しむ職員はいなかった。



 ヒースの部屋に戻ると、サリヴァンは顔を険しくさせた。何やら図面や走り書きがされたメモ紙が、ナイトテーブルやベッドの上にまで散らかっていたのだ。


「……夜通しで何してたんだ? 」


「きみこそ~。朝帰りだったじゃない」


「おれのほうは、まあ、うん。あとで話す」


「ふーん? 」


 ナイトテーブルの上にはインク瓶やペン先が転がっていたので、二人はベッドに肩を並べ、パンをかじった。

 温かいお茶で脳が覚醒したのか、ヒースがゆるゆると口を開く。


「どうやらさ、『運命の輪』ってやつは、新しい魔法の式みたいなんだよね」


「なんだぁそれ 」


「こういうのなんだけど……」


 ヒースは、メモの中から無造作に一枚取り出して見せた。


「なんの変哲もない、魔法陣の下書きじゃないか」


「そう、二重丸のこれさ。【運命の輪】っていうのは、ようするにこれらしいんだ。つまり僕が【運命の輪】を完成させる必要があるってわけだね」


 サリヴァンの眉間にしわが寄る。ヒースからメモ書きを受け取り、パンを食みながら、眼鏡越しの目は描きこまれた式を読み込んでいく。


「見たことがない式だ。【運命の輪】は、知識が権能ってことか」


「そう。……わかる? 」


「時間がいる。資料も」


「わからないとは言わないのがさすがサリーだね。……手伝ってくれる? 」


「うん。そりゃ、もちろん」


「ありがとう」


「おまえのほうが得意分野だろ」



 ふう、と息を吐いて、サリヴァンはメモ書きをヒースに戻した。

 食後のお茶を淹れなおしながら、ヒースは「そういえばさ」と口を開く。


「きみのほうは、なんで朝帰り? いや、僕も眠れなかったからさ、隣の部屋に聞き耳を立ててたわけじゃあないよ? いつもサリーって規則正しいから気になってね」


「ジジも一緒にちょっと、あー、うん」


 サリヴァンは目をそらす。

「あの……ほら、必要だと思って」

 その視線を追って、ヒースは眉を寄せた。不満げである。

 








「……師匠せんせいに結婚の承諾を」


「えーっ!!? 」


 ヒースは、ひっくり返る勢いでのけぞった。



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