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星よきいてくれ  作者: 陸一じゅん
七節【アストラルクス】

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7 闇に目を凝らせば

サリー→身長156㎝

エリカ→身長170㎝



おまけのジジ→身長146㎝

ちなみにのヒース→身長175㎝


 夜、石造りの塔は、ことさら冷える。

 窓には鎧戸があるが、この塔は本来、物見のためのものである。

 サリヴァンは、ぴたりと扉の前で持ち上げたこぶしを止めた。

 斜め後ろに立つジジは、その横顔をちらりと見上げて、相棒の決意が整うのを待つ。ほんの三呼吸ほどを、白いもやが空を漂った。



「――――師匠せんせい、失礼します」



 ✡




 エリカは寝る準備もせずに、テーブルへ書類を広げていた。


「散らかっていて、ごめんなさいね」

 フルド卿は、エリカ・クロックフォードが、研究成果などを世に放出するときに使っている名義のひとつである。

 その功績にあわせてか、貸し出された部屋は、ダイニングルームとベッドルームが分かれた上等なものだった。

 フルド卿の年齢は八十近いという。老女の彼女の視線は、それでもサリヴァンより上にある。



「こんな夜更けに、何を? 」


「報告と決意表明と、そして提案を持ってきました」


「あなたは? ジジ」


「ボクはほら。なんだろ、野次馬? 」


「あら、そう」



 エリカが杖でお茶を出した。うながされて腰を下ろす。

 サリヴァンとヒースは、魔法をアイリーンに、礼儀作法、そして剣は彼女に学んだ。

 まっすぐ視線をあわせるだけでも緊張する相手だ。

 サリヴァンは少しだけ目をつむり、正面の彼女を見て言った。




「師匠は言いましたね。【教皇】を譲渡し、皇太子となるか。それとも【教皇】のままで旅に出るか。()()第三の選択を提案いたします」




 エリカは、うすく目を細めて先をうながした。


「あなたが、なぜこの二つの道を私に提示したのかを考えました。そして私自身に何ができるのか。

――――何がしたいのか。


 第一に、ヒース・クロックフォードに、婚姻の申し入れをし、受け入れられました。


 ……お許しくださいますでしょうか」




「第一に、なのね。……いいわ。結婚を許します」


「ありがとうございます」


(ここからだな)

 そう思いながらも、ジジはそっと胸を撫でおろした。



「……まだ他に? 」


「――――その前に、ヴァイオレット・ライトが皇太子の候補者に挙がっているという噂は事実ですよね」


「ええ。陽王の采配でしょう。ヴァイオレットは了承したそうです。ミリアムも出生の開示を受け入れたと聞きました。……あなたにとっては、残念なことでしたね」


「……いいえ。母たちが決めたことです」


 サリヴァンは恐れていた。

 母の出生の秘密によって、彼女たちの身に危険がおよぶこと。サリヴァン自身の出生の秘密から、それが露見する可能性を何よりも恐れていた。


「陽王陛下は味方なのですね? 」


「この計画は、陽王の協力なしには立ち行きません。私と彼は、国と民のために同じ方向を向いている同志です」


(サリーの一番の懸念は消えた)


 一連の計画を立てたときには知らなかった、サリヴァンの家族の現状。

 サリヴァンの望みは、故郷サマンサ領にいる家族が、平穏に暮らすことだった。

 しかし彼らもまた、サリヴァンと同じ血を引く一族である。戦うべきと定めれば、走り出すことは厭わなかった。


「……第二に、皇太子の任命を辞退させてください」


 エリカも予想はしていただろう。

 いままでサリヴァンは、誰よりも貴い血を持ちながらも、下町で作法や礼儀を叩きこまれながらも、ただただ一人の少年でしかなかった。

 決意も覚悟も足りてはいても、貴族としての実践の機会などほとんどなく、十八歳まで育ったのだ。


 そんな少年に『王になれ』とは、酷なことだとジジは思う。

 だからこそ、エリカも、『王になるなら【教皇】を譲れ』と言ったのだろう。

 エリカも分かっていたはずだ。

 『王にはならず、【選ばれしもの】として旅をする』ほうが、サリヴァンには選ぶに易い選択肢に映るはずだと。

 想像しづらい宮廷での戦いより、冒険の経験があるいま、後者での働きのほうが想像に易く、ジジもまた、相棒には後者のほうに適正があると思う。

 しかし後者は、サリヴァンにとって大切なものをひとつ、置いていくことになるだろう選択だった。



(だから、サリーは考えた)

 ほんとうは、サリヴァン・ライトに与えられた選択肢は二つきりではない。

 彼は自由に考え、行動することができる。

 ライト家は表舞台に出ようとしているが、サリヴァン・ライトはまだそうではない。ライト家の長男は死んだままで、彼はまだ、ただの魔術師でいられている。


 与えられた役割の中で自分の意地を通すことだって、()()してもいいはずだ。





「第三に、【教皇】をフェルヴィン皇帝グウィン・アトラス様に継承いたしました」



「―――――なんですって? 」





(さすがにこれには、彼女も目を剥くか)

 これこそが、闇に目を凝らすようにサリヴァンが選んだ、もうひとつの道だった。


 フェルヴィン皇帝には、すでに空の上でずいぶん前に承諾を得て、さきほどこの部屋に来る前に継承を済ませた。

 完全に事後承諾だ。しかし、サリヴァンは怯んでいない。



「【女帝】があっても、ヴェロニカ殿下に万が一があれば、フェルヴィン側にはアルヴィン皇子の【星】だけが残ることになる。【教皇】は、語り部たちの管理者権限をも持ちます。復興のためにも、血を受け継いでいるとはいえ外国人である自分にあるより、フェルヴィン皇帝のもとにあったほうが良いと判断しました。【教皇】をしかるべき方へ渡すのなら、そのしかるべき方はあの方です。実際、【継承】はつつがなく行われました」


「それでは、あなたはどうするというのです」


「【選ばれしもの】でなくとも、旅に同伴する実力と理由はあるはずです」

 サリヴァンは、きっぱりと言い切った。



「ほかでもない貴女が、そのように私を育ててくれました。魔人ジジを制御できうる魔術師だって、私の他には誰がいますか? そもそも、生誕の預言には【選ばれしもの】になるとは明言されていない。【王を束ねるもの】とあるだけです。そしてその預言も、広く知られているわけではないでしょう」



 エリカは額を押さえ、お茶を飲みほした。


「……提案とやらは、それで終わり? 」


「はい」


「【選ばれしもの】ではなく、ただの魔術師として、旅に同行したいというのね? 」


「魔人であるジジを【愚者】として公的に記録するのはまずいでしょう。この身を【愚者】とすれば丸く収まります」


「そうね。……それでも【教皇】は惜しかったわ」


「アリスも、【教皇】はまだおれが持っていると何割かは考えるはずです。陛下の頭の中を覗いて【継承】することを知っていたとしても、それがいつ行われるのかは分からない。【魔術師】たちとアリスが繋がっているのなら、これは好機と」


 サリヴァンの言葉をさえぎって、エリカが言った。



「分かっているの? サリヴァン。それは、あなたが狙われるということよ」


「そうです。そうするべきでしょう。こちらはこうして予想して備えることができます」




 そしてサリーにとっては長い沈黙が落ちた。

 やがて、呆れたような、感嘆したようなため息がこぼれた。

 知らない人を見るように弟子を見て、師は笑う。


「……ここに、アイリーンもいてほしかったわ。

――――さて、お茶はしまいましょうか。ジジ、テーブルの上を片付けるから、あなたはお酒の手配をしてくれる? 」


「交渉は成功ってことかい? 」


 まだ緊張が途切れないようすのサリーの肩を叩き、かわりに訊ねた。


「成功よ。ついでに娘も付けるのよ。こんなの、もう仕事にならないわ。だから乾杯するの。どこからでもいいから一番いいのを持ってきてちょうだい」



 

 ――――得意分野だ、と、()()()笑う。


 さて、サリーはなかなか()()()()()だったことを、ここに明記しておこう。


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