7 Line of sight 後編
新作書きました。
【完結】私がママになった異世界系VTuberが、たぶん隣に住んでいる。(https://ncode.syosetu.com/n3498ij/)
「いい人ですわ。……もう会えないのが残念なくらい」
シモンズ教授が退出した校長室で、フルド卿……エリカ・クロックフォードは呟いた。
デボラ・シュロー校長は、その言葉にきゅっと眉を寄せる。
「フルド卿、めったなことを」
「校長、わたくしに時間が無いことは事実なのです。来たる王宮での新年祝いの日、わたくしの寿命は尽きますでしょう。
以前からお伝えしていた通り、来たる『審判』第二の『雨の試練』。この国の全土に降り注ぐであろう、滅びの雨。それによる被害を防ぐために、この国で千年、準備を重ねてきたのですから」
「! それは本当ですか」
グウィンがエリカに向かって腰を浮かせる。
エリカはグウィンに頷いた。
「ええ。誓って真実です。前の試練から数えて120日ごとに、次の試練が起こる――――必ずその日、天から神の贈り物が降り注ぐことでしょう。一度始まってしまえば、準備はできるのです」
「……では、あなたをもってしても、第一の試練で起こったことを防ぐことはできなかったのですね」
「ええ、陛下。とても残念なことに。
……そして校長、申し上げたいのは、まさにその『第一の試練』で起こった悲劇についてなのです」
エリカは、皇帝とその家族を手で示した。
「前アトラス皇帝レイバーン陛下は、とある神と、それに賛同した過去の亡者たちにより、国民と我が子たちを盾に『審判』の蜂起を強要されました。この悲劇により、陰王陛下と私が『ホルスの目』で観測していた未来とは違えた道を、この世界は歩もうとしているのです」
「首謀者は神だというのですか」
「この事態を引き起こした一派の長は『魔術師』の選ばれしものとなりました。
そして冥府より溢れ出した亡者たち。このことから、冥府にゆかりある神の一柱が関与していることは明白なのです。
また、亡者の中には、かの地の名の元となった『始祖の魔女』がおります。彼女は『悪魔』として復活を果たし、いまやこの国へと足を踏み入れている。
現在、陰王アイリーン陛下御自身が、その首謀者を特定する調査のために、冥府へと潜入しております。
人類存亡をかけた『審判』において、その脅威は校長にも分かりますでしょう」
投げかけられ、息の詰まる沈黙がしばらく続いた。
「――――真実……なのですね」
校長は絞り出すように呟く。
とまどい。悲しみ。焦り。寂寥感。その表情は、いまにも泣き出しそうにも見えた。
しかしそれを瞬きの間に引っ込め、シュロー校長は校長室にいる全員の顔を見渡す。
「ではそれを、これからどうするかですね。
『審判』が始まっていることを、世界中は認知しなければならない。なぜならこれは、人類すべてで取り掛からなければならない事態であるからです。これは学院の歴史を担う校長としての立場から、ラブリュス魔術学院の総意としてもいいでしょう。
しかし次にそれを、この魔術師の国『アストラルクス』の総意としなければ、道はより困難なものとなるはずです」
「校長。あなたの助力が得られた今、その道は断崖からゆるやかな山道へと変わったのですわ。ラブリュスが同意すれば、多くの人の心が動く。この学院の歴史が、この試練へと立ち向かわなければならないという真実を、現実のものとして受け止める根拠になるのです。それこそが、私の千年の時をこの国に……魔術師たちへと捧げた、私という存在に宿る意味なのです。
……だから私は、証明をしなければならない。かつての友であっても敵であり、我々は弱くは無いと」
おもむろに、エリカの手が高く上がった。その手には杖がある。
「――――『光よ』」
虹の輝きを纏って、部屋中が白く染まった。
複数の男女の苦しげな悲鳴が上がる。
その光が収束したとき、意識があるのは五人だけだった。
つまり、エリカ、デボラ、サリヴァン、ヒース、コネリウス。
「サリヴァン、彼らの語り部を呼び出すのです! 」
「―――――『“王権執行”! 』『杖の王” 』! 」
「『光よ』」
魔人ならば、光にひるむことはない。
今度こそ魔術師たちはその目で確かめることができた。語り部たちの中に『いた』者の存在である。苦悶の顔が、それを示している。
光が過ぎ去ると、彼らはぼんやりとした表情になり、はっとして自らの主人たちの影に戻っていった。
主人である王家の兄弟たちも、頭を振って困惑している。
「気が付かれましたか? 」
「ああ……先ほどまで気が付かなかった存在が、私の中から逃げていくのを感じた。まるでこの目を通して盗み見をしていたかのようだ。……驚いたな」
「これが『悪魔』の選ばれしもの……アリスの力です。陛下。おそらくあの霧の中で『感染』したのでしょう。彼女に一人感染すれば、近しい者、同じ血を持つ者へと感染を広げることができる。他者の意識にもぐりこみ、盗み見るだけではありません。思考させ、その人ならば必ずやらないような行動ですら誘導できるのです。
考え、策略を巡らせることから、かつて彼女を脅威としたものは『脳ある病』と呼びました。それが、『悪魔』に選ばれた人物の正体です」
「そうか……。そうだ! 船にまだ私の妻が! 血のつながりというなら末の弟も危ない! 」
「そちらにも同じように対処するよう申し付けております。……ねえサリヴァン」
「はい。后殿下はジジに任せたので、抜かりはありません」
「アルヴィン殿下にも事情を知るものが近くについております。さきほど連絡したので、対処は終わっているでしょう」
グウィンはほっとして椅子に沈み込んだ。
「そうか――――ありがとう」
「……ところで、なんでそこ五人は『感染』してないんだ? 」
興味深そうにヒューゴが訊ねる。
エリカの視線を受け、サリヴァンが言った。
「魔法使いの持つ『銀杖』には、魔を払う聖なる銀が使われているのです。コネリウス様にもお持ちいただいています」
「悪魔避け、ということですわ。のちほど語り部たちの機能にも追加させましょう」
「おれのは魔法なんて使えんけどな」と、コネリウスはおどけて言う。
「つまり、杖を持つこの国の人々は、誰一人として感染することはできないということです。
『アリス』は感染者がいなければ、ただの虚弱な少女でしかありません」
エリカはきっぱりと言い切った。
「『悪魔』は、この国で完封するのです」
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「これが貴女の重ねてきた準備ということね……」
どこかの森で、アリスは呟いた。
いまだ光の影が過ぎさらない瞳を手で覆い、倒れこんだそのまま、背中に木の葉の感触を味わっている。
頭の横に立つ人物が、どうしていいのか分からないように足踏みしていた。
「あなたも座るといいわ。あたし打ちのめされちゃって、まだしばらく立ち上がれそうにないもの」
掌が濡れている。これは決定的な決別による涙か、それとも。
「―――――ありがとう。三千年も忘れないでいてくれて。……愛してるわ」




